第2節 近年における治安回復への取組と犯罪情勢をめぐる社会的背景
1 総合的な犯罪対策の枠組みの構築
(1)政府の取組
平成14年に刑法犯認知件数が戦後最多の約285万件を記録するなど、治安情勢が危険水域に達し、国民が強い不安感を抱くようになったことを背景に、政府全体として犯罪対策を進めることの重要性が認識された。そこで、「世界一安全な国、日本」の復活を目指し、政府では、15年9月から、首相が主宰し、全閣僚を構成員とする犯罪対策閣僚会議を開催した。同会議において、同年12月には、国民の治安に対する不安感を解消し、犯罪の増勢に歯止めをかけ、治安の危機的状況を脱することを目標とする「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」が策定された。
同計画では、治安回復のため、「国民が自らの安全を確保するための活動の支援」、「犯罪の生じにくい社会環境の整備」等の視点を前提としつつ、「平穏な暮らしを脅かす身近な犯罪の抑止」、「社会全体で取り組む少年犯罪の抑止」、「治安回復のための基盤整備」等の重点課題を設定し、国民、地方公共団体、民間事業者等の協力を得ながら、同計画に基づく施策が着実に推進された結果、刑法犯認知件数が減少するなど、犯罪情勢には一定の改善がみられた。しかし、刑法犯認知件数が140万件前後で推移していた戦後の安定期には及ばなかっただけではなく、高齢者を狙った振り込め詐欺の被害が多発したほか、無差別殺傷事件や子供が被害者となる犯罪が相次いで発生するなど、社会の変化に伴う新たな不安要因も発生する中で、国民の体感治安は依然として改善していなかった。このため、20年12月、同会議において、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」が策定され、犯罪情勢に即して各種の施策を講じ、社会全体を犯罪に対して強いものにするための総合的な対策が推進された。また、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を視野に入れ、地域の絆(きずな)や連帯の再生・強化を図るとともに、新たな治安上の脅威への対策を含め、官民一体となった的確な犯罪対策により良好な治安を確保することで、国民が安全で安心して暮らせる国であることを実感できる、「世界一安全な国、日本」を創り上げることを目指す「「世界一安全な日本」創造戦略」(注)が25年12月に同会議において策定された。
注:227頁参照
(2)警察の取組
警察では、犯罪が発生してからの対応だけではなく、発生そのものを防止するための諸対策を強力に推進し、特に、増加が著しい罪種や手口に着目して個別に対策を行ったり、重点を絞って警察力を集中的に投下したりすることによって全体としての治安回復を図ることとした。また、国民、地域社会、関係機関・団体等のそれぞれが果たすべき役割が大きいことから、国民一人一人や関係機関・団体等による自主的な防犯活動を促進することにより、犯罪に強い社会を構築していくこととした。これらを基本的な考え方として、平成15年を治安回復元年とすべく、同年以降、総合的な犯罪対策を推進したほか、刑法犯認知件数の大幅な増加や複雑化・多様化する警察事象に的確に対処するため、図表特-10のとおり、14年度から19年度にかけて全国で約2万人の地方警察官の計画的な増員を行うとともに、特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律に基づく取組等の侵入犯罪への対策を推進した。
各都道府県警察では、街頭犯罪及び侵入犯罪の発生を防止するため、地域の犯罪実態に応じ、重点を置くべき地域や犯罪類型を絞った街頭犯罪等抑止計画の策定、交番機能の強化をはじめとした街頭活動を強化するための執行体制の確保、街頭犯罪等の検挙活動の強化、街頭犯罪等の手段となり得る行為の取締りの推進等、防犯と検挙の両面から諸対策を講じた。
① 防犯活動の推進
警察では、特に刑法犯認知件数の増加が著しかった罪種や手口に着目して、例えば、自動販売機ねらいを対象とした対策、住宅等に対する侵入犯罪対策、深夜のスーパーマーケット等を対象とした強盗対策等、対象とする個別の犯罪手口ごとに、地方公共団体、民間事業者等と連携しながら対策を講じた。また、犯罪発生状況に関する情報の地域住民への適時適切な提供のほか、従来から行ってきた広報啓発、防犯指導等に参加・体験・実践型の手法を取り入れるなど、防犯効果を高めるため、創意工夫を凝らした取組を推進した。
② 検挙活動の推進
警察では、検挙体制の整備、捜査における科学技術の活用等、捜査力・執行力の総合的な充実・強化のための取組を推進した。
検挙体制の整備については、例えば、都道府県警察において、街頭犯罪等の検挙に重点を置いた対策本部を設置するなどの体制強化が図られたほか、機動力をいかした捜査活動を行う機動捜査隊の充実、機動力強化のための車両・通信資機材の整備、都府県警察の単位を越えて広域的に捜査を行う広域捜査隊の編成等を推進した。また、的確な捜査指揮や効率的な捜査を支援するための情報分析支援システム(注1)の構築・整備を行った。
捜査における科学技術の活用については、例えば、犯行や逃走に悪用された車両を発見・捕捉するため、自動車ナンバー自動読取システム(注2)の整備を進めたほか、指掌紋自動識別システム(注3)の運用により、犯行現場から採取した指紋及び掌紋(以下「指掌紋」という。)がより効果的に活用され、様々な事件の被疑者の検挙につながった。また、鑑識資機材の開発・整備、DNA型鑑定(注4)の高度化、情報技術の解析能力の向上(注5)等が、犯罪捜査に大きく貢献した。
注1:113頁参照
注2:113頁参照
注3:112頁参照
注4:111頁参照
注5:112、127頁参照
MEMO 「安全・安心まちづくり推進要綱」の制定
街頭犯罪及び侵入犯罪の増加に対応するためには、パトロールの強化、地域安全運動等のソフト面の施策に加え、ハード面の施策として、犯罪防止に配慮した環境設計の推進に本格的に取り組む必要があった。そこで、警察庁では、平成12年2月、建設省都市局(当時)と共に、学識経験者、関係団体等の協力を得て、道路、公園、駐車・駐輪場等に関する防犯基準及び共同住宅に関する防犯上の留意事項を盛り込んだ「安全・安心まちづくり推進要綱」を制定した。
「安全・安心まちづくり」とは、公共施設や住居の構造等について、犯罪防止に配慮した環境設計を行うことにより、犯罪被害に遭いにくいまちづくりを推進し、国民が安全に安心して暮らせる地域社会とするための取組をいう。この取組は、警察、地方公共団体、民間事業者、地域住民等が問題意識を共有して推進する必要があることから、警察では、関係者と連携しながら、「安全・安心まちづくり」のための様々な取組を推進している。
MEMO 特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律の制定
多くの侵入犯罪において、ピッキング用具をはじめとした特殊開錠用具が使用されていたことを踏まえ、特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律が平成15年6月に制定され、16年1月までに全面施行された。警察では、同法の施行から29年にかけて、特殊開錠用具の所持罪等で5,867件・3,368人を検挙している。また、16年の特殊開錠用具を使用した侵入強盗及び侵入窃盗の認知件数は8,286件であったが、29年中は333件と大幅に減少しており、同法の制定は、防犯性能の高い建物部品の開発・普及とあいまって、侵入犯罪の未然防止に大きく寄与していると考えられる。
ピッキング用具
サムターン回し
MEMO 空き交番対策
事件、事故等の増加やパトロールの強化等により、交番勤務員の不在が常態化する「空き交番」が多数生じ、交番の機能回復が求められていた。平成15年12月に犯罪対策閣僚会議において策定された「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」では、「平穏な暮らしを脅かす身近な犯罪の抑止」のための施策として、「「空き交番の解消」と交番機能の強化」が掲げられ、政府を挙げて取り組む課題として、交番で勤務する地域警察官の増加、交番の配置の見直し、交番相談員の活用、パトカーによる支援等の取組が進められた。警察では、現在も事件・事故の発生状況、地域住民の意見・要望等を踏まえた交番機能の強化に努めており、近年の交番等における相談取扱件数の増加にみられるように、交番は、地域住民の安全と安心のよりどころとなっている。
パトカーによる支援と交番相談員
CASE
大阪府警察では、ひったくり、路上強盗等の街頭犯罪が多発していたことを受けて、街頭犯罪対策を一元的かつ総合的に推進するための組織として、14年1月、本部長を長とする「大阪府警察街頭犯罪総合対策本部」とその運営を専門的に行う組織として「街頭犯罪対策室」を本部に設置し、警察署には署長を長とする「警察署街頭犯罪対策本部」を設置した。同室では、街頭犯罪の多くが少年によるものであることに着目し、非行少年グループの検挙・補導活動を重点とした少年非行対策、ひったくり等に対する検挙対策、共同危険行為等禁止違反事件の検挙を主眼とした暴走族対策等を推進し、一定の成果を収めた。
CASE
広島県警察では、暴走族対策を強化することによって、集団暴走を減少させるとともに、暴走族等の資金獲得手段として敢行されることが多かったひったくり等の街頭犯罪を封圧するため、13年10月、暴走族特別取締本部を設置して取締りを徹底することとし、その後、14年4月には、交通、生活安全、刑事の各部門を統合して、「暴走族・少年犯罪対策課」を設置し、暴走族の取締りや離脱対策等を推進した。その結果、ひったくりの認知件数が大幅に減少するなどの効果があった。