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4.カナダにおけるテロ事件被害者等への経済的支援

10の州(province)と3の準州(territory)から成るカナダは連邦制を取っており、カナダ政府(連邦政府)と州政府がそれぞれ存在している。連邦政府および州・準州政府のいずれも、1985年に国連で採択された「国連被害者宣言(注124)」を1988年に批准し、「カナダにおける犯罪被害者のための司法基本原則宣言(Canadian Statement of Basic Principles of Justice to Victims of Crime)(注125)」を採択している。

原則として国内の犯罪・テロ被害者への経済的支援は、州・準州によって担われており、それぞれの州・準州が独自の規範や基準に基づいた補償制度を運用している(注126)。その補償内容は州・準州によって様々であるが、中には補償制度が存在しない州・準州もある(注127)。また、連邦政府による被害者への経済的支援制度も、昨今において国外での犯罪・テロ被害者への支援の関心が高まっていることから、2007年から限定的な内容ではあるが運用が開始されている。

本章では、カナダにおける連邦政府及び各州・準州政府による犯罪・テロ被害者への補償制度について整理する。なお、P.6~7、P.12~13にて、国内の犯罪及びテロに関する全ての州・準州での補償制度をまとめているので参照されたい。

表4-1:カナダにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援制度
  犯罪 テロ
国内 国外 国内 国外
各州における犯罪被害者補償制度 * × * ×
被害者基金(Victims Fund) × ×
*:
補償制度がない州・準州も存在する。

4-1:犯罪被害者への経済的支援

前述のとおり、カナダにおける犯罪被害者への経済的支援は州・準州レベルで行われている。かつては連邦政府から州・準州の補償制度に対して助成が行われていたが、1993年以降は助成を打ち切っている(注128),(注129),(注130)。

被害者への支援制度を持つ州・準州はいずれも犯罪被害者に対する支援についての法律(Crime Victim Assistance Act「犯罪被害者支援法」、Victims of Crime Act「犯罪被害者法」等、名称は州・準州により異なる。)を根拠法令としており、それぞれが独自の基準をもって支援制度の内容を定めている。そのため、州・準州によって補償内容は異なり、補償を受けられる対象はおおむね共通しているものの、金額の上限や補償される範囲等、州によって大きな違いがみられる場合もある。ここでは、人口が第1位のオンタリオ州(英語圏)、そして第2位のケベック州(フランス語圏)における経済的支援に関する制度を中心に論じていくこととする。

4-1-1:オンタリオ州における犯罪被害者への経済的支援

オンタリオ州は、人口約1,300 万人でカナダ総人口(約3,360万人)のおよそ3分の1弱を占めている国内人口第1位の州である(注131)。州都はカナダ最大の都市トロントであり、連邦政府の首都であるオタワもオンタリオ州に属する。他国家からの移民が多いことから、多民族的な特徴を形成しており、また州の公用語は英語となっている。

オンタリオ州における犯罪被害者への経済的支援の制度として、「犯罪被害者のための補償制度(Compensation for Victims of Crime Program)」が存在する。以下にその詳細を述べる。

(1)制度の根拠法令および理念・趣旨
「犯罪被害者のための補償制度」の法的基盤は、1971年に成立した「犯罪被害者補償法(Compensation for Victims of Crime Act, CVCA)」である。かつて存在したオンタリオ州における最初の補償制度は、1967年成立の「法律による補償の執行法(Law Enforcement Compensation Act, LECA)」によるものであるが、この補償は保安官や警察官、消防士といった公安の職業にある者が犯罪によって被害を受けた際に補償を行うという内容のものであり、一般の犯罪被害者は対象外であった。LECAの成立から4年後、これに代わるものとして、一般の犯罪被害者にも補償を適用できる内容を含めた法律が、現行の「犯罪被害者補償法」である。施行以来、この法律は何度も改正されており、2000年改正のものが最新である(2009年9月現在)。2000年の改正において変更された制度の内容として、「申請期限が延長されたこと(被害に遭ってから1年までだった申請期限を2年へ延長)」、「医療費や葬儀費等に対する臨時支払いの適用要件から、被害者の財政状況が除外されたこと」、「継続支払いの上限がCAN$250,000 からCAN$365,000に引き上げられたこと」などが挙げられる(注132)。
  また「犯罪被害者補償法」の成立に伴い、犯罪被害者への補償に関する一切の役務を担当する機関として「犯罪被害補償委員会(Criminal Injuries Compensation Board, CICB)」が設立された。CICBは「準司法的な行政機関(quasi-judicial administrative agency)」として、オンタリオ州内で起こった犯罪により被害を受けた者に対して補償金を給付することを活動の目的及び意義として掲げており、申請の窓口業務から給付額の決定までの全工程を担当している。またCICBの委員メンバーはオンタリオ州内の各地域から、「オンタリオ州民の多様性を反映して選出されている」としており、犯罪被害者施策に関連する公務員や法曹出身者、心理学の専門家等が委員として活動している(注133)。
(2)給付対象(注134
「犯罪被害者のための補償制度」による給付を受給するための具体的な要件は、オンタリオ州内で起きた犯罪によって被害を受けた者のうち、以下となる
  • 直接被害を受けた者(一次被害者)
  • 保護者又は後見人
  • 被害者の扶養家族(被害者が死亡した場合)
  • 犯罪の抑止や警察への逮捕協力等をした際に被害を受けた者
  上記の被害者はオンタリオ住民やカナダ国籍である必要はなく、他の国・地域の者でも適用される。また、ひき逃げや飲酒運転といった車による被害には、この制度は適用されない(後述)(注135)。ちなみに、CICBによる給付対象の区分として、逮捕協力等の際に被害を受けた者は別の項目として分けられているが、これらの被害者に対して特別な経済的支援を行うといった制度は存在しない。なお、上記の要件に該当していても、当該の犯罪に被害者自身も加担していた場合は給付の対象とならないほか、事件の捜査に対して被害者が警察に協力しない場合も給付の対象とはならない(注136)。
(3)給付内容及び併給調整
補償による給付内容の項目は以下のとおりである(注137)。
  • 医療、歯科療法及び心理療法の費用(注138
  • 苦痛(注139)に対する補償
  • 葬儀費用
  • 法的代理人の費用(注140
  • (治療および出廷にかかる)旅費
  • 賃金損失
  • 死亡した被害者の扶養家族への経済的支援
  これらの給付は、民間による生命保険等の他の財源からの支給がない場合のみ給付される(注141)。支払いの方法には一括支払いと継続支払いとがある。継続支払いの対象は、主に犯罪被害によって永久的な障害を持つこととなり継続的な支援が必要と判断された被害者であり、それ以外は一括支払いの対象となる。一括支払いの場合は1人につき上限CAN$25,000であるが、1つの事件に対し複数の被害者が存在する場合は、その事件に対しての支払いの上限はCAN$150,000であり、それぞれの被害者に対し分配する形で支給される。継続支払いの場合の上限は1か月につきCAN$1,000であり、総額での上限(一括支払いと同様に1つの事件に対する上限)はCAN$365,000である。その他、葬儀費用の上限はCAN$9,000、賃金損失に対する補償の上限は1週につきCAN$250など、項目により上限が細かく設定されている。また、医療費と葬儀費用に対しては、給付の決定がなされる前に臨時で支払われることもあるほか、被害者の状況の変化に応じて支払いの形式等を変更 することもある。
  この補償制度において補償がされない項目として、「財産・所有物の損害(窃盗含む)」、「自動車による事件・事故(ひき逃げ、飲酒運転等も含む)」、「法廷における弁護費用」、「刑事裁判への出廷に伴う精神的苦痛」、「職場での事件・事故」が挙げられる。なお、自動車による事件・事故及び職場での事件・事故の場合は「犯罪被害」としてではなく、それぞれ「交通事故」及び「労働災害」として認められ、他の財源による補償が適用される(注142)。
(4)申請方法および査定方法(注143
犯罪被害に遭ってから2年以内にCICBへ申請する必要があるが、特別な事由があればCICBの決定次第で申請期限が延長される場合もある。被害者が18歳以下である場合は、保護者が代理人として申請する必要がある。
  CICBへ連絡をした後、CICBから申請書が被害者のもとへ送付される。被害者は申請書に自分の名前や住所、生年月日といった個人情報や、事件についての詳細を記入し、事件に関する警察調書(注144)や診断書などを添付し、CICBへ送り返す(注145)。申請書や関連書類は補償アナリスト(Compensation Analyst)により査読される。
補償アナリストによる査読の後、事件に関する審問会が開かれる。文書による審問の場合、被害者は審問会に出席する必要はないが、口頭による審問の場合は招集される。CICB審問会と提出された書類を考慮して、[1]申請者が犯罪によって被害を受けた者であるかどうか、[2]申請者が犯罪被害者である場合は補償の金額の2点を、審問会の20週間後以降に決定する。

図4-1:CICBへの補償制度申請フローチャート(注146
CICB への補償制度申請フローチャート
(5)財源および給付実績
CICB による補償制度の財源となっている被害者司法基金(Victim’s Justice Fund)は、オンタリオ州における連結収入基金(Consolidated Revenue Fund)を基盤としている(注147)。2005/06年度におけるCICB年次報告書によると、当年度における補償制度への申請件数は3,838件、うち給付が認定された件数は2,321件であり、補償のための支出の総額はCAN$18,337,680と報告されている。うち一括支払いがCAN$16,385,100、継続支払いがCAN$1,952,580であることから、一括による支払いの決定が大半を占めていることがわかる。また、補償内容の種類別に支出をみると(表4-2)、「苦痛」に対する補償が最も多くなっている。なお、1件あたりの平均支給額はCAN$6,815と報告されている。
表4-2:2005/06年度・項目別補償給付金の支出額と比率(注148
項目 支出金額の合計(CAN$) 比率(%)
苦痛
$13,528,370-
83.0
賃金損失
$609,990-
3.7
医療費
$568,760-
3.5
葬儀費
$316,470-
1.9
法的費用
$66,980-
0.4
金銭損失(注149
$53,880-
0.3
その他(注150
$1,163,680-
7.1

4-1-2:ケベック州における犯罪被害者への経済的支援

ケベック州の人口は約780万人であり、オンタリオ州に次いでカナダ第2位の規模を持つ(注151)。主要都市としては州都のヴィル・ド・ケベック(ケベック・シティ)や、カナダ第2位の都市であるモントリオール等が挙げられる。他の州と比較してケベック州の最大の特徴は、フランス語圏社会であることといえる。公用語をフランス語のみとしている唯一の州であり、フランス語の地位を守るための「フランス語憲章」が制定されているなど、他の州と一線を画した政策が取られている。ただし移民の受け入れはオンタリオ州等と同様に活発であり、多様な文化の共生もみられる。

犯罪被害者への経済的支援として、ケベック州では「犯罪被害者補償計画(Crime Victims Compensation Plan)」による制度を確立している。その詳細について以下に述べる。

(1)制度の根拠法令および理念・趣旨
ケベック州における犯罪被害者への支援制度は、1972年に成立した「犯罪被害者補償法(Crime Victims Compensation Act)」を基盤としている。
  この制度を担当している機関として、「犯罪被害者補償法」による制度を管轄している「労働健康・安全委員会(Commission de la Sante et de la Securite du Travail, CSST)」と、実際に補償金の申請に対する責務を負うCSSTの関連組織である犯罪被害者補償局(Indemnisation des Victims d’Actes Criminels, IVAC)が設置されている。CSSTはケベック州における労働者の安全を管理する政府機関であり、ケベック州全域において窓口が存在する。そこで申請を受け、犯罪被害者への経済的支援を専門としているIVACで管理をするという構造が取られている。犯罪被害者への支援についてCSSTが関与している理由は明記されていないが、「犯罪被害者補償法」の基礎となった法律に「労働者補償法(Workers’ Compensation Act)」が存在している(注152)ことに関連性があると考えられる。また、犯罪被害者支援に関する情報を発信している主な州機関として、犯罪被害者支援センター(Crime Victim Assistance Centre, CAVAC)がある。
(2)給付対象
「犯罪被害者補償計画」による補償の給付を受ける資格は、ケベック州内で起きた犯罪によって被害を受けた以下の者に与えられる(注153)。
  • 犯罪により直接傷を負った者(一次被害者)
  • (被害者が死亡した場合は)被害者の保護者や扶養家族
  • 犯罪の抑止や警察への逮捕協力等をした際に被害を受けた者
  オンタリオ州と同様に、給付はケベック州外の住民にも適用される。また、「犯罪の抑止や警察への逮捕協力等をした際に被害を受けた者」という区分もオンタリオ州と同様であるが、ケベック州においてこの区分の被害者には、「犯罪被害者補償法」の他に「良き市民活動を促進するための法律(Act to Promote Good Citizenship)」が適用される。この法律の下、これらの被害者は追加として最大CAN$1,000 の給付が受けられる(注154)。また救護活動により被害者が永久的な障害を持つこととなった場合、あるいは被害者が死亡した場合はその扶養家族に対し、障害の度合いや被害者の収入、扶養家族の数などに応じて算出された金額が「年金」として支払われることが明記されている(注155)。
  なお、欠格事由として、
  • 被害者自身による挑発や粗雑な不注意、違法行為等が原因で被害に遭った場合
  • 労働環境における犯罪被害
  • 交通事故による被害
  • 被害者自身が犯罪行為に加担していた場合
の4つが挙げられる(注156)。うち「労働環境における犯罪被害」と「交通事故による被害」は、それぞれ別の法律に基づいた補償制度が適用される(注157)。
(3)給付内容および併給調整
IVACによる補償の内容は以下のとおりである(注158)。
  • 賃金損失の補償
  • 医療費
  • 永久障害への支援
  • リハビリテーション支援
  • 死亡補償
  • 財産・所有物の損害補償
  「賃金損失の補償」とは、犯罪被害による一時的な障害によって働けない、あるいは普通の生活ができない期間に損失する賃金に対する補償のことである。原則として被害者の純収入の90%が支払われる(注159)。被害者が無職である場合は、事故当時の最低賃金の90%が補償されるほか、18歳以下の被害者には一週につきCAN$35が支払われる(注160)。「医療費」には、救急車の費用、投薬治療費、旅費、歯の治療・矯正・義歯の費用、理学療法による治療費等が含まれる。「永久障害への支援」の金額は被害者の肉体的・精神的な障害の度合いに応じて決定される。「リハビリテーション支援」における心理療法の費用、引っ越しの費用(州外の住民は除く)、自己防衛のための設備費、家事サービス費、社会復帰のためのプログラム費用等も実費での支払いとなる。「死亡補償」は基本的に亡くなった被害者の収入によって決定されるが、被害者が扶養のうちにある子どもである場合は、その保護者に対してCAN$2,000が支払われる。なお、葬儀費はCAN$600、遺体の搬送費はCAN$500とそれぞれ上限があり、「財産・所有物の損害補償」にもCAN$1,000の上限が設定されている。
(4)申請方法および査定方法
窓口業務を担当しているCSST(IVACでも可)に、被害が発生してから1年以内に申請書類を提出する必要がある。申請書類として必要なものは以下のとおりである(注161)。
  • 診断書(身体被害および精神被害)
  • 法的手続書(警察調書、事件番号、被害者による声明文等)
  • 事件の目撃者に関する情報(名前、住所、電話番号等)
  • 事件担当者や被害救済の担当者の名前(警察官、被害者支援機関の担当者等)
  この他にも関連する書類があれば提出することが望ましいとされている。CSSTに提出された書類はIVACによって査読され、これらの情報に基づいた調査が行われた後に給付が決定する。
(5)財源および給付実績
ケベック州における犯罪被害者への経済的支援は、主に犯罪者や法令違反者等からの課徴金収入や州税からの収入を財政基盤としている。2007/08年度のIVAC報告書によると、当年度における補償制度への申請件数は5,960件であり、うち承認されたのは4,810件である。補償金の支出の総額はCAN$73,860,430.36であり、これはカナダの州・準州の中でも最大の金額である(注162)。また、補償内容を種類別にみると(表2-3)、「永久障害への支援」の金額が最も多く、その後には「賃金損失」、「医療費」と続いている。
表2-3:2007/08 年度・種類別補償給付金の支出額と比率(注163
補償の種類 支出金額の合計(CAN$) 比率(%)
医療費
$12,957,968.55-
17.5%
リハビリテーション支援
$7,543,216.16-
10.2%
賃金損失
$19,870,991.67-
26.9%
社会復帰プログラム
$1,361,832.63-
1.8%
葬儀費
$99,105.93-
0.1%
永久障害への支援(注164
$32,015,315.41-
43.3%
その他
$20,000.01-
0.0%

4-1-3:国外で犯罪被害に遭った場合の経済的支援

カナダの国内における犯罪が州および準州の管轄であることに対し、国外における犯罪により被害者となった人々に対しては、連邦政府による「被害者基金(Victims Fund)」からの経済的支援が行われている。

(1)制度の根拠法令および理念・趣旨
連邦政府における犯罪被害者への支援については、カナダ刑法(Criminal Code)が根拠法令となっており、第718条において、被害者の傷に対する補償(注165)を行うことを支持すると明記されている。国外で犯罪に遭い、他の財源からの支給がないカナダ国民の犯罪被害者が持ち得る「緊急性(注166)」に対応することを制度の理念としている(注167)。
  カナダ国民が国外で犯罪被害に遭った場合は、領事館によるサービスを受けることができるとされている。しかし、かつて領事館によるサービスの中には経済的支援に関するものは存在しなかったため、国外でカナダ国民が犯罪被害に遭い、犯罪の起きた国・地域が経済的支援に対応していない場合、被害者は給付を受けることができないという状態にあった。2005年度において約260人のカナダ国民が殺人や暴行等の犯罪被害に遭っているにもかかわらず、経済的支援がない場合があることを憂慮した連邦政府は、2007年4月1日、「被害者基金」制度を確立した。これにより、国外で犯罪被害に遭ったカナダ国民に対し、緊急に経済的支援が必要であるにもかかわらず、他の財源による給付がない場合や、犯罪の起きた国・地域からの経済的支援がない場合にのみ補償が可能となった。
  なお担当機関は、カナダ連邦政府司法省内にある被害者問題政策センター(Policy Centre for Victims Issues, PCVI)であり、PCVIにおけるこの「被害者基金」は被害者への経済的支援の他にも、犯罪被害者支援を行う団体等にも財政支援を行うための基金として活用されている。
(2)給付対象(注168
「被害者基金」によって給付を受けられる対象は、カナダ国籍の者であること以外は以下のとおりである。
  • 国外で暴力的な犯罪に遭った被害者
  • 国外で暴力的な犯罪に遭い死亡、重篤あるいは障害を患うこととなった被害者の家族
  • 被害者が子どもである場合はその保護者
  ただし、犯罪の発生した国・地域において財政支援制度があり、それが利用できる場合は対象外となる。
  また、犯罪の種類も以下のもののみに限定されている。
  • 殺人
  • 性的暴力
  • 加重暴行(注169
  • 個人への深刻な暴力行為(子どもに対しても含む)
  国内の州・準州による犯罪被害への補償の場合、原則としてカナダ刑法に「犯罪行為」として定義されているもののうち、詐欺や窃盗など身体的な被害のないもの以外は補償の対象となるが、国外の場合はこのように犯罪行為が限定されていることが特徴である。
(3)給付内容および併給調整(注170
給付される内容は以下のとおりである。
  • 旅費
  • 犯罪被害によって被害者自身が負担した費用
  • カウンセリング費用(注171
  「旅費」の項目の詳細として、「被害者が法廷に出席または証言するために犯罪被害を受けた国・地域に行くための旅費」、「被害者の支援者(家族等)が被害発生の直後に被害の発生した国・地域へ行くための旅費」、「被害者がカナダへ戻るための旅費」と定義されている。なお、上限はCAN$5,000であるが、旅費はこの限りでなく上限はない。
  また「被害者基金」によって賄われない項目は以下の通りである。
  • 被害者の加入している医療保険や旅行保険で賄われる出費
  • 賃金の損失
  • 補償費用
  • 被害者自身の犯罪行為による損失
  • 2007年4月1日(注172)以前に発生した事件における出費
  ここで特筆すべきは、「補償費用」が給付の対象とならないと明記されていることである。PCVIによる基金の説明が記載されているWebページの第一文にも、「PCVIは犯罪被害者に対して、犯罪被害への補償は提供しない(注173)」と明記されていることから、PCVIの経済的支援ではあくまでも補償という形ではなく、国外で犯罪被害者となったカナダ国民のうち、緊急に金銭的な援助が必要な者にのみ支援を行うという、被害者の「緊急性」を重視したものであることがわかる。州・準州による国内被害者への補償制度と比較すると、この「被害者基金」による経済的支援がかなり限定的なものであるといえる。
(4)申請方法および査定方法(注174
申請方法の手順は以下のとおりである。
  • [1]カナダ大使館または領事館に犯罪被害の報告をする。
  • [2]現地の警察へ通報する。
  • [3]カナダ法務省へ緊急支援を申請する。
  カナダ大使館または領事館への報告を通じて、犯罪被害者の身の安全が確保されるほか、被害者基金のマネージャーへも犯罪の事実が連絡されることになる。その後、現地の警察に通報する際に、警察による調書の写しを入手する必要があるとしているほか、現地における犯罪被害への補償の有無などもこの時点で確認する必要がある。そして連絡を受けた被害者基金のマネージャーを通して、緊急支援への申請が行われる。その際には警察調書が必要となるので、あらかじめ入手しておいた調書の写しをここで提出するほか、既に被害者自身で負担した費用等を証明する書類を提出し、申請が完了となる。
  申請の後の査定では、書類の不備がないか、申請者が受給資格を満たしているかなどを確認する。確認の終了次第、給付の決定が下され、受給する被害者へは可能な限り早い段階での援助が行われることから、やはり被害者の「緊急性」が重要とされていると考えられる。
(5)財源および給付実績
「被害者基金」の財源は、連邦政府によって集められたカナダ国内での犯罪における加害者(犯罪者)からの課徴金によるものであり、この財源についてはカナダ刑法第737条にも明記されている。給付実績に関しては未発表であるが、2007年度の連邦政府における「被害者基金」への予算のうち、国外における犯罪被害者への給付予算は約CAN$1,950,000(注175)とされている。
注124
正式名称は「犯罪及び権力濫用の被害者に関する司法の基本原則の宣言(Basic Principles of Justice for Victims of Crime and Abuse of Power)」。
注125
2003年に改正。
注126
Office for Victims of Crime, International Directory - Canada,
<http://www.ojp.usdoj.gov/ovc/intdir/canada.htm>, accessed on August 5, 2009.
注127
2009年現在、ニューファンドランド・ラブラドール州、ユーコン準州、ヌナブト準州には犯罪被害者への経済的支援制度がない。
注128
CRCVC, Victims’ Rights in Canada (2006), p.3, <http://crcvc.ca/docs/vicrights.pdf>,accessed on August 6, 2009.
注129
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.23, <http://www.crcvc.ca/docs/terrororism_report_2007_final.pdf>, accessed on August 3,2009.
注130
なお、1993年の連邦政府からの助成の打ち切りにより、ニューファンドランド・ラブラドール州における犯罪被害者への経済支援制度が終了し、以来州内での犯罪被害者への補償は行われていない。
注131
Statistics Canada, Canada’s population estimates (2009),
<http://www.statcan.gc.ca/daily-quotidien/090623/t090623a2-eng.htm>, accessed on August 10, 2009.
注132
The Criminal Injuries Compensation Board, History of the Board
<http://www.cicb.gov.on.ca/en/about1.htm>, accessed on August 5, 2009.
注133
The Criminal Injuries Compensation Board, Current Board Members,
<http://www.cicb.gov.on.ca/en/about2.htm>, accessed on August 5, 2009.
注134
The Criminal Injuries Compensation Board, 32nd Annual Report 2005/06 (2006), p.13,
<http://www.cicb.gov.on.ca/resources/32nd%20Annual%20Report.pdf>, accessed on August 5,2009.
注135
ただし、車が犯罪の「武器」として用いられた場合は補償制度の対象となる。
注136
Board Considerations,
<http://www.cicb.gov.on.ca/en/nextstep4.htm>, accessed on August 5, 2009.
注137
The Criminal Injuries Compensation Board, What Kind of Compensation is Available to Me?,
<http://www.cicb.gov.on.ca/en/faq2.htm>, accessed on August 6, 2009.
注138
救急車や眼鏡、処方箋等の費用にも適用される。
注139
“pain and suffering”:事件や事故を原因とする、身体的・精神的な痛みやストレスのことを指す。
注140
補償制度への申請の際に法的代理人を立てた場合のみ適用。刑事裁判や民事裁判における弁護費用等は対象外。
注141
社会扶助による受給は除く。
注142
The Criminal Injuries Compensation Board, 32nd Annual Report 2005/06 (2006), p.15.
注143
同上, p.15-17.
注144
日本における「供述調書」の内容も含めた、警察による事故・事件の調査結果をまとめた書類であり、被害者のための特別に作成するものではないと考えられる。
注145
警察調書や診断書を取得する際の費用はCICBが負担する。
注146
The Criminal Injuries Compensation Board, 32nd Annual Report 2005/06 (2006), p.17より作成
注147
The Criminal Injuries Compensation Board, 32nd Annual Report 2005/06 (2006), p.11.
注148
同上, p.24を元に作成。
注149
支払い対象となる項目(p.68参照)より、「旅費」や「死亡した被害者の扶養家族への経済的支援」等が含まれると考えられる。
注150
警察調書や診断書など必要書類を取得する際の費用が含まれる。
注151
Statistics Canada, Canada’s population estimates (2009).
注152
「犯罪被害者補償法」及び「良き市民活動を促進するための法律」を適用するために、「労働者補償法」の改正がなされたという経緯がある。
注153
IVAC, A ray of hope for crime victims ? Crime victims compensation (brochure),
<http://www.ivac.qc.ca/PDF/RESANG.pdf>, accessed on August 10, 2009.
注154
IVAC, Admissibilite, <http://www.ivac.qc.ca/VAC_2.asp>, accessed on August 14, 2009.
注155
IVAC, Helping - The Act to Promote Good Citizenship (brochure),
<http://www.ivac.qc.ca/PDF/DC_100_509_2A.pdf>, accessed on August 10, 2009.
注156
IVAC, A ray of hope for crime victims - Crime victims compensation (brochure).
注157
同上 労働環境での犯罪被害には「労働災害および職業病に関する法律(Act respecting Industrial Accidents and Occupational Diseases)」、交通事故による被害には「自動車保険法(Automobile Insurance Act)」が適用される。
注158
IVAC, A ray of hope for crime victims - Crime victims compensation (brochure).
注159
2007年度における上限はCAN$59,000。年度ごとに上限が指数的に設定されている。
注160
IVAC, Indemnites et services, <http://www.ivac.qc.ca/IND_inctotale.asp>, accessed on August 14, 2009.
注161
IVAC, A ray of hope for crime victims ? Crime victims compensation (brochure).
注162
各州の支出総額に関するデータは別添の表(p6,7)参照。ただし各州におけるデータの年度は統一されていない。
注163
IVAC, Rapport Annuel d’Activite 2007 (2008),
<http://www.ivac.qc.ca/PDF/DC200_1013_12_IVAC_2007.pdf>, accessed on August 5, 2009.
注164
被害者への直接支援のほか、被害者の扶養家族への補償も含む。
注165
ただし「被害者基金」の給付は「補償」ではなく「緊急時の経済的支援」という捉え方がされている。詳細は後述(p.73)。
注166
「緊急性」については後述(p.73)にて説明する。
注167
Policy Centre for Victims Issues, Legislations,
<http://canada.justice.gc.ca/eng/pi/pcvi-cpcv/def.html>, accessed on August 6, 2009.
注168
Policy Centre for Victims Issues, Emergency Financial Assistance for Canadians Victimized Abroad, <http://canada.justice.gc.ca/eng/pi/pcvi-cpcv/financ.html>, accessed on August 6, 2009.
注169
別の人間に対し不法な攻撃を加えることで、火器を使用するか脅迫的に振りかざしたり、被害者を骨折させたり、その歯を折ったり、内臓を傷つける恐れのある行為を行ったり、重い裂傷を負わせたり、意識不明に陥らせるなどのケースを指す(アメリカ司法省連邦捜査局(2000))。
注170
Policy Centre for Victims Issues, Emergency Financial Assistance for Canadians Victimized Abroad.
注171
カウンセリングに対する給付があるのは、国外における犯罪被害者の居住している州・準州にカウンセリング費用への補償制度が存在する場合のみである。
注172
「被害者基金」の施行年月日。
注173
Policy Centre for Victims Issues, Funding,
<http://canada.justice.gc.ca/eng/pi/pcvi-cpcv/fun-fin2.html>, accessed on August 6, 2009.
注174
Policy Centre for Victims Issues, Emergency Financial Assistance for Canadians Victimized Abroad.
注175
Department of Justice Canada, New Funding Package for Victims of Crime,
<http://www.justice.gc.ca/eng/news-nouv/nr-cp/2007/doc_31990.html>, accessed on August 6,2009.

4-2:テロ被害者への経済的支援

カナダにおいて、テロに特化した被害者への経済的支援システムは連邦政府及び州・準州のどちらにも存在せず、国内および国外におけるテロ被害に対しては、前項における犯罪被害者への支援システムがそのまま適用されると考えられる(注176)。また、経済的な支援がないだけでなく、その他の犯罪被害者支援(情報提供、カウンセリング等のサポートによる支援)においても、テロに特化したものは存在しない。これに対し、テロ被害者への支援の必要性を示しているレポートが、カナダ犯罪被害者情報提供センター(Canadian Resource Centre for Victims of Crime, CRCVC)177から2007年3月にリリースされている。このレポートは、主にテロ被害者となったカナダ国民に対する支援のニーズについて論じているものである。以下にその内容を参照しながら、カナダにおけるテロ被害者支援のあり方について論じていく。

4-2-1:テロ被害者への支援の現状

前述の通り、カナダにはテロに特化した被害者支援制度は存在しないが、テロによる被害の経験はあり、カナダ国内又は国外でのテロにより被害者となったカナダ国民も少なからず存在する。カナダでの1900年代後半におけるテロの歴史は以下のとおりである(注178)。

  • 1970:過激派組織であった「ケベック解放戦線(Front de Liberation du Quebec, FLQ)(注179)」がケベック州首相を含む2人の政府要員を拉致し、うち首相を殺害。その他にも殺人や誘拐を起こし、6人の犠牲者を出す(「オクトーバー・クライシス事件」)。
  • 1985:インド航空182便爆破事件により280人のカナダ人が死亡。
  • 1996:チェチェンでの発砲事件で1 人のカナダ人看護師が殺害される。
  • 2001:アメリカ同時多発テロにより24人のカナダ人が死亡、負傷者も多数。
  • 2002:インドネシア・バリ島での爆破事件で3 人のカナダ人が死亡。
  • 2002:ロサンゼルス空港でアルカイダの関係者にカナダ人女性1人が撃たれる。
  • 2005:インドネシア・バリ島での爆破事件で3 人のカナダ人が死亡。
  • 2005:エジプト・シナイ半島でのテロ事件でカナダ人平和部隊員2人が負傷。
  • 2005:イラク・バグダッドのテロ組織によりカナダ人2人が人質になる。

また、アメリカ同時多発テロの発生後、2001年12月にカナダ反テロリズム法(Anti-Terrorism Act)が成立した(注180)。この法律には主にカナダ国内外におけるテロリズムへの対抗のためのセキュリティ強化や有事の際の対抗計画の成立等を施策とすることが明記されており、CAN$900億もの予算が割り当てられている。しかし犯罪被害者への救済を目的とした活動への予算はほとんど割り当てられなかったことから、カナダ反テロリズム法は「犯罪被害者には何もしてくれない」ものと、レポート内で比喩されている(注181)。

さらにCRCVCレポートでは、アメリカ同時多発テロにも言及されている。テロ事件発生の直後、アメリカが「航空運輸安全および航空システム安定化法(Air Transportation and System Stabilization Act)」を発令し、アメリカ同時多発テロの被害者(アメリカ国民以外も含む)に対し莫大な経済的支援(注182)を行ったこととは対照的に、カナダ連邦政府による被害者への経済的支援が一切行われなかったことに対しても批判している(注183)。


このように、カナダにはテロの歴史が少なからず存在するにもかかわらず、連邦政府によるテロに特化した被害者への支援制度はない。また前述のとおり、カナダにおける犯罪被害者への補償といった経済的支援は、連邦ではなく州・準州の管轄と考えられており、連邦政府は被害者に対して直接的な支援も、州・準州へのサポートも行わない(注184)。また、州・準州の中には事件1件につき支払うことのできる額の上限が設定されているところもある。たとえばオンタリオ州では、1つの事件につき上限がCAN$150,000だが、仮にオンタリオ州内でテロによる500人の大量被害が起きた場合、500人の被害者全員で上限のCAN$150,000を分け合わなければならないという状況が生まれかねないことが、レポート内でも危惧されており、制度の改善が必要であるとされている(注185)。

4-2-2:オンタリオ州によるアメリカ同時多発テロ被害者への経済的支援(注186

アメリカ同時多発テロの際、カナダ連邦政府からの被害者に対する経済的支援はなかったが、州レベルにおいては、オンタリオ州政府による「911テロ事件被害者のためのオンタリオ州緊急被害者支援制度(Ontario Emergency Victim Assistance Program for Victims of September 11th Terrorist Attack)」が設置された。

この支援制度は同時多発テロの犠牲となった被害者の家族を救済することを理念としており、給付対象も、同時多発テロの被害者となったオンタリオ州民の家族に限定された。また、財源となる基金の予算はCAN$3,000,000とされた。給付内容については以下の通りである。

  • 旅費
  • 葬儀費用(上限CAN$6,000)
  • カウンセリング(上限CAN$7,000)
  • 法律相談費用(上限CAN$1,000)

旅費に関しては、「行方不明となった家族を探すため」、「負傷した家族に会うため」、「被害者の遺骸や私物をカナダへ持ち帰るため」、そして「式典等への出席のため」にニューヨークへ向かうための旅費であることが定義されている。また、法律相談費用とは具体的に、不動産の相続や保険、アメリカの補償制度への申請に関する相談のためのものである。

しかし、この制度が活用されることはほとんどなく、実際に支払われた金額等のデータは不明である。これは、アメリカによる同時多発テロ被害者のための経済的支援(前述)の方がはるかに充実していたことから、オンタリオ州による経済的支援への申請をしなくても十分な援助が受けられたからではないかと推察できる。なおこの制度は2005年6月に終了している(注187)。

このように、カナダにおいてテロ被害者に特化した経済的支援制度は有事の時にのみ存在していたが、その活用は十分にされていなかったことが窺える。

注176
カナダ刑法で定められている犯罪の種類の中には、「爆発」や「重火器の使用」といったものも含まれており、これらの手段によるテロ行為に遭遇した被害者にも、通常の(テロとは異なる)犯罪被害と同様に経済的支援が受けられると考えられる。
注177
CRCVCは国家組織であると同時に、非政府・非営利組織という位置づけの組織である。またCRCVCの活動の目的及び意義として、「犯罪被害者に対する支援活動を行うこと」及び「犯罪被害者の権利・サービスを充実化するために政府へ働きかけること」の二つが掲げられている。
注178
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.5-6.
注179
FLQ はこの他にも、1963年から70年にかけて爆弾テロ、銀行強盗、誘拐を含む200件以上のテロ行為を行った。
注180
その内容はアメリカの反テロ法である「米国愛国者法」とほぼ等しいものである。
注181
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.4.
注182
当法を基に「2001年9月11日犠牲者補償基金(September 11 Victim Compensation Fund of 2001)」を設立し、その支援総額は$70億を超える(CRCVC(2007), p.21)。
注183
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.21-22.
注184
同上, p.23. ただしCRCVC(2007)がリリースされた直後に設立された「被害者基金」による国外犯罪被害者への緊急経済的支援を管轄しているのは連邦政府であることから、2009年現在においては連邦政府も少なからず犯罪被害者への経済的支援を行っている。
注185
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.24.
注186
同上, p.24.
注187
同上, p.24.

4-3:総括

以上の制度概要を踏まえ、さらに別添の犯罪被害者への経済的支援制度についての表(p6,7)より、カナダにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援の特徴をまとめることとする。

まず国内の犯罪・テロ被害者への支援について、制度の内容が州・準州によってかなり隔たりがあるということがいえる。全体的には、人口の多い州(オンタリオ州、ケベック州等)の方が、少ない州(プリンス・エドワード・アイランド州、ニューブランズウィック州等)よりも給付内容が金額的に充実している傾向がある。これは州ごとの財源の大きさ(注188)に比例しているのではないかと考えられる。またカナダにおいては、全ての州・準州に経済的支援制度があるわけではなく、同じ連邦制をとっているアメリカやオーストラリア(後述)において全ての州・準州に補償制度が存在していることと比較すると、他の連邦国家とは異なる特色である。つまり、たとえ同じカナダ国内であっても、犯罪事件の起きた場所が補償制度の存在しない州・準州であった場合、被害者は経済的支援を受けられないということになる(注189)。原則として犯罪被害者への経済的支援に関しては州・準州のみで行われ、連邦政府は関与しない(注190)ことが、州・準州間の格差を広げる要因の一つとして捉えられており、この問題の解決を求める意見も存在する(注191)。

補償制度の存在しない州・準州には今後制度が制定されるのかなど、カナダにおける制度の改正等の動きには注目する必要がある。


注188
ほとんどの場合、カナダにおける被害者への補償の財源は、犯罪や違法行為等を行った者から徴収した課徴金(surcharge)で賄われている。
注189
国外の事情と同様に、補償制度をもつ州・準州の住民であっても、州・準州外での犯罪被害に対する補償は受けられない。
注190
ただしノースウェスト準州の経済的支援制度に関しては、例外的に連邦政府管轄の司法省からの財源で賄われている。
注191
CRCVC, A Report on Responding to the Needs of Canadian Victims of Terrorism (2007),p.23.