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3.スペインにおけるテロ事件被害者等への経済的支援

3-1:犯罪被害者への経済的支援

スペインでの犯罪被害者に対する補償制度は「被害者支援制度」による(注73)。経済産業省を中心とし、法務省・内務省と提携しつつ、暴力犯罪やテロ事件による身体的な被害を支援すると同時に、精神的疾患についても事件との関係性が示される場合は治療費を補償している。国内犯罪に関しては1995年制定の法35(注74)、テロ事件については1999年制定の法32(注75)が基盤となっており、補償対象を国内に居住する外国籍を有する者や国外に居住するスペイン人に広げるなど、幾度かの改正を経て現在の補償制度に至っている。損害を受けた物質に関して補償が行われないのは、被害者の痛みというのは物で補らえるものでなく、暴力行為の撲滅を達成することのみが唯一本物の補償であると考えるからである(注76)。なお、バスク地方においては1960年代からETA(バスク祖国と自由)(注77)によるテロ事件が頻発しているため、独自の被害者支援団体が存在する(注78)。ETAが関わっていると考えられる主な事件とその補償への取組については3-2-3で後述する。暴力犯罪・テロ事件ともに、近年特に1999年発効のアムステルダム条約以降は、ヨーロッパ連合に加盟する国家間で相互に補償し合う制度が成立し、国境を越えた申請・補償が容易となっている。国境を越えての補償制度については3-1-2で説明する。

表3-1:スペインにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援制度
  一般犯罪 テロ
国内 国外 国内 国外
暴力犯罪と性的自由に対する国内犯罪の被害者支援法 * × ×
テロ事件被害者との団結法 × ×
*
EU諸国内のみ適用

3-1-1:スペイン国内犯罪被害者への経済的支援

スペインは17の自治州からなる立憲君主制国家であり、スペイン国内での犯罪による被害者への支援は1995年12月11日に制定された法35「暴力犯罪と性的自由に対する犯罪の被害者支援法」に基づいて実施されている。同法は、被害者が保険など他の財源からの補償を同時に受け取らないことを条件に経済的支援を行い、補償費は経済産業省内の公的年金局の特別予算から拠出されることを定めている。以下、同制度の概要について述べる。

(1)制度の根拠法令および理念・趣旨
同法はスペイン国内にて発生した暴力犯罪の直接的被害者又は間接的被害者に対する公的支援を実施することを目的とし制定された。死亡や身体の重度障害等の被害のみならず、精神的な被害を受けた場合は、治療費を含めた補償が行われる。また、性的自由に対する犯罪が暴力を伴わずに行われた場合も同様に精神的な被害を補償する。性的自由に対する犯罪被害者への支援に力を入れるのは、女性に対する性的差別が平等な社会や平和の実現、国の発展を妨げるものと考え、特に夫婦間の虐待、社会生活におけるセクシャル・ハラスメント、労働に関しての差別の3項目を重点的に取り組んでいる。
(2)給付対象
給付を受けられる資格を有するのは、犯罪の被害者がその犯罪が起こった時点で以下の[1]~[4]に該当する者である。
  • [1] スペイン人である
  • [2] EUに加盟する国家の国民である
  • [3] スペインに居住している
  • [4] スペインと同様の支援を施している国家の国民である
  補償対象がEU諸国民やEU諸国での犯罪に広がった過程については3-1-2で詳述する。基本的には暴力犯罪により身体的・精神的な被害を受けた本人が直接的被害者として支援を受けるが、被害者が死亡した場合には間接的被害者が国籍や居住地を問わず支援を受けることができる。間接的被害者とは、
  • [1] 死亡した被害者の配偶者
  • [2] 死亡した被害者と永続的に同居していた者
  • [3] 死亡した被害者から経済的に独立している子供
  • [4] 以上の条件を満たす者がいない場合、被害者の親
であり([2]の場合は性別は問われない)、受け取った補償費は、[1]配偶者と[2]子供、[2]同居者と[3]子供、もしくは[4]親の間で半分に分けるものとする。   2004年の改定により、性的自由に対する犯罪の被害に対する補償を間接的被害者は受益することがなくなった。(注79
(3)給付内容及び併給調整
補償による給付額は、「多目的収入の公的指針」(IPREM(注80))を基準とし、障害の程度によって給付額は異なるが、以下の限度額を超えることはない。
  • 6か月を超える一時的な就業不能→IPREM 2か月分
  • 部分的永久就労不能(33%~44%の障害)→IPREM 40か月分
  • 全体的永久就労不能(45%~64%の障害)→IPREM 60か月分
  • 完全永久就労不能(65%以上の障害)→IPREM 90か月分
  • 総合的不能(75%を超える障害で、第三者の介護が必要)→IPREM 130か月分
  • 死亡時→IPREM 120か月分
  • 未成年者又は身体障害者が死亡した場合→葬儀料のみの保障(最大でIPREM 5か月分)
以上を限度額とし、実際に支給される金額は被害者や受益者の経済状況、被害者や受益者に経済的に依存している人数を参考に決定する(注81)。一度補償額が決定されたのちに、被害の程度が変わった場合は最終的な補償額と当初申請した補償額との差額を受け取ることができる。例えば完全永久就労不能と裁定されIPREM90か月分を受け取っていた被害者がその後に犯罪の被害と直接的な関係が認められる形で死亡した場合、IPREM120か月分との差額、IPREM30か月分を再び受け取ることができる。
  被害者が当補償を受けようとする場合、原則として被害者は保険会社など他の財源からの供給を受け取れないが、被害者が永久就労不能又は死亡した場合は公的財源からの支給であればいかなる補償とも同時に受けることができる。
  医療費や、病院までの交通費等は原則として支給されることがないが、性的自由に対する犯罪の被害者に対しては被害者が自由に選んだ治療方法の費用全額を補償し、その際の限度額はIPREM の5か月分である。
  犯罪により損傷を受けた物品に関しても補償は適用されないが、性的自由に対する犯罪の被害者に対しては眼鏡や歯の治療費などが支給される。

なお、2004年度から2009年度までのIPREM額は以下である(注82)。
ユーロ
2004 460,50€
2005 469,80€
2006 479,10€
2007 499,2€
2008 516,90€
2009 527,24€
(4)申請方法及び査定方法
被害者は、犯罪が起きた日付から1年以内に以下の書類を経済産業省に提出する必要がある。
  • 被害者が死亡した場合、死亡証明書と受益者を間接的被害者と示す証明書
  • 日時、場所など事件の詳細が記録された暴力犯罪の記述
  • 受益者による補償、援助の申請書
  • 刑事裁判を終了させた判決文の複写
  経済産業省は、援助の申請を解決するために必要なあらゆる情報を財務省、裁判所に要求することができる。また、必要である場合に限り、同省は被害者の職業や経済的状況などの情報もあらゆる団体に要求することが認められている。国境を越えての情報の請求については3-1-2国外への支援にて後述する。

また、経済的に不安定である被害者は、以下の書類を提出することで裁定が出る前に一時的な援助(注83)を受けることができる。
  • 被害者が死亡した場合、死亡証書と受取人を間接的被害者と示す証明書
  • 身体的損傷や健康的被害を記録したもの
  • 死亡や損傷と事件、犯罪との関連性を示す財務省による証拠
一時的な援助が認められた場合、支給額は全て(3)で示した限度額の80%以内となる。
  また、国家は、後の裁定により暴力犯罪がなかったことや被害が援助に値しなかったと判断された場合、一時的援助として支給した額を全額又は部分的に返済させることができる。受益者が事件後3年にいかなる他の補償を受けていたことが発覚した場合や、補償の申告に虚偽が発覚した場合は全ての援助において国家は補償の返済を求めることができる。
(5)給付実績
1997年から1999年の間に280件の申請を受理した。また2000年度は1,468件の申請を受理し、うち1,052件については裁定が下され277件について支給、755件について補償が認められない結果となった。1,468件の申請のうち27件がスペイン以外のEU諸国からの申請であった(注84)。

3-1-2:EU諸国との相互支援

前段落で述べた1995年法35は、スペイン国内で発生した犯罪の被害者に対しての支援制度であったが、2006年の勅令によりスペイン国内の犯罪の被害者が外国籍であった場合の補償、またスペイン国民が他のEU諸国で被害にあった際の補償が認められた。国境を越えての補償制度に関しては、内務省が裁定権を持つと同時に被害者支援機関として申請の手続から補償までの決定権を担うものとする。

1999年に発効されたアムステルダム条約(注85)は全EU諸国民が共通して外交・安全保障を享受できる必要があるとし、あるEU国家の国民がEUの他国で起こった犯罪において被害を受けた場合、容易に補償制度を受けられることを目的とした。2-1-1(4)で前述した被害者の経済的不安定による一時的な補償も国外との連携を取り補償の対象としている。

スペイン内務省では、他国で起こった犯罪の被害者の申請と裁定をより容易にするため、被害者が受けられる可能性のある補償や支援、申請に必要となる書類とその記入法、手続方法等といった情報を被害者に提供している。さらに、犯罪が起こった国の被害者支援制度担当機関が必要とする被害者の支援申請書等の書類を送るとともに、申請者に事情聴取を行うなど、犯罪が起こった国の担当機関と連携して申請と補償の容易化を図っている。事情聴取は被害者と受取人のみならず、必要があれば関係者に対しても行うことができ、テレビやテレビ会議を通して行われ(注86)、録音されたデータが裁定権を持つ機関に送られる。

国外でスペイン国籍を有する者が被害者となった場合、経済産業省が裁定権を担う機関となり、申請者と事件の起こった国の当該支援機関と連絡を取る。この際も経済産業省は、被害者支援制度担当機関に被害者や必要と考えられる参考人物へ事情聴取をするなどの協力を要請することができる。

3-2:テロ被害者への経済的支援

スペインでは1999年の法32によってテロ被害者への支援制度が制定された。また3-1-2で述べたアムステルダム条約により、テロ被害者に対してもEU 諸国間との相互援助が定められた。他にもスペイン国内には、州による独自の被害者支援事務局やスペイン全土に補償対象を持つ組織・財団が数多く存在する。その中でもETAによるテロ事件を主な対象とするバスク自治州テロ事件被害者支援事務局、AVT(テロ事件被害者組織)について3-2-3、3-2-4でそれぞれ詳述する。

3-2-1:国内テロ事件に対する被害者支援

(1)制度の根拠法令及び理念・趣旨
スペインにおけるテロ被害者支援の法的基盤は1999年の法32「テロ事件被害者との団結法」である。スペイン国家はテロ事件の犠牲となった国民に対する敬意を表するため、1999年に同法を定めた。
  法施行以前は、賠償責任は加害者又はテロ事件に関与したと考えられる団体にあるとし、国による補償は存在しなかったが、この賠償責任を国家に移したのが同法である。この法の理念は、「永久にスペイン国家を守る為の敬意・賞賛・感情の表明をテロ事件の犠牲者が享受するために、そして平和が和解と正義の産物になるように、正当なスペイン国民代表者たちの一致団結を表現する」とされ、これまでなされなかった国家による支援を、国家の団結を表現するために実施すると謳っている。同法が成立する以前もスペイン政府はテロ被害者に対して常に注意を払っており、司法が中核となって様々な補償を被害者やその家族に認めてきたものの、被害者がその補償によって満足したことは決してなく、未解決の犯罪も多くあるという状態であった。だが、本法は、当時施行されていた法律の庇護の下で授与される援助や給付を改善したり完璧なものにしようとする性格のものではなく、犠牲者が持っている民事責任上の賠償を受ける権利を「連帯」の理由から実現させようとするものである。そのためにその援助や給付を支払う義務を国が代位するものである。
(2)給付対象
同法では、「テロ行為(注87)や武装集団に属する人物による事件の被害者」、「国の平和・安全を混乱させるという目的のもとに起こった行為の被害者」が給付対象となる(注88)。給付の対象者は被害者本人、あるいはその被害者の関係者となり、具体的にはテロ事件によって以下の損害を被ったものである。
  • 死亡
  • 重度障害
  • 部分的永久不能
  • 全体的永久不能
  • 完全永久不能
  • 永久的な傷
  • 誘拐
  被害者が死亡した場合には、確定判決によって補償を受ける権利があると認められた者、若しくは相続人が補償受取人となる。裁定が下っていない場合は、死亡時まで最低でも2年以上にわたって法的な配偶者であった者又は類似した関係により永続的な形で同居していた者、2等親以内の直系の子孫又は先祖が補償を受ける権利を有するが、共同生活を送るのに経済的に充分と考えられる故人との子孫がいる場合は対象外となる。
(3)給付内容及び併給調整
テロ事件による被害者に給付される補償額は以下の表のとおりである(注89)。
表3-2:テロ事件の被害による障害または死亡に対する補償額
症状 額(ペセタ/ユーロ)
死亡 23.000.000/138.232,78
重度障害 65.000.000/390.657,87
完全永久不能(注90 16.000.000/96.161,94
全体的永久不能(注91 8.000.000/48.080,97
部分的永久不能(注92 6.000.000/36.060,73
  なお、誘拐の被害にあった者に対する補償額は、部分的永久不能の補償額を限度とする。
  表3-2に定められた補償額以外に、民間の保険等により補われていない治療や人工装具、外科手術にかかった費用も給付される。表3-2に定められた補償額は、テロ事件の起こった場所や時間にかかわらず一定である。民事責任としての補償が確定判決によって認められている場合、表3-2に沿った金額が補償されるが、判決による補償額が表2-1より低かった場合は国家がその差額を補償するものとし、民事責任としての確定判決がない場合は、表3-2に定められた金額を全額国家が補償するものとする。
  この法によって定められているテロ事件の被害者に対する補償は、他に年金、他団体による援助・補償、損害賠償を既に受け取っている場合又はこれから受け取る予定である場合でも受給資格を有する。
  また、2003年の改定では、テロ事件被害者が死亡した場合に遺族の要望があれば政府から被害者に「大十字章」の勲章を与え、その他けがを負った者や誘拐の被害者に対しては「エンコミエンダ」の勲章93を与えることを定めた(注94)。
  また、様々な教育機関が、テロ事件の被害者とその配偶者、子どもに対して、あらゆるレベルの教育費用を免除する制度を採用している。
(4)申請方法及び査定方法
テロ事件による被害者の支援に関する手続、裁定は内務省が担当する。申請から12か月を手続と裁定を終える期限とする。
(5)財源及び給付実績
一連の手続と裁定を行う内務省が、本法に定められた補償金も支払う。

3-2-2:国外テロ事件被害者に対する補償

1999年の法32では、スペイン国内におけるテロ事件の被害者がスペイン人であった場合のみ補償が施されたが、2004年の勅令8(注95)により対象が拡大された。同勅令によれば2004年の10月10日以降のスペイン国内テロ事件によって平和や安全のための国際的な組織の活動に参加する外国籍者が被害を受けた場合、スペイン人と同様の補償が受けられることとした。2006年にはアムステルダム条約に基づいて国境を越えての補償(スペイン国内で起こったテロ事件にEU諸国民が被害にあった場合の補償、EU諸国で起こったテロ事件にスペイン人が被害にあった場合の補償)を承認する勅令が発行された。

3-2-3:バスク自治州内におけるテロ事件被害者支援制度

バスク自治州

(http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3b/Locator_map_of_Basque_Country.png, 2010年2月23日)

バスク人は、特有の言語を持つのみならず民族的にも文化的にも独自のものを有し、バスク自治州内の人口は215万人である(注96)。ETAは1959年にバスク国民党から分離する形で設立された民族組織で、スペインとフランスに居住するバスク人の国家としての分離独立を目指している。スペイン内戦に勝利し、1939年以降独裁体制を引いたフランコは、バスク語(注97)の使用を禁止し自治権獲得運動を弾圧した(注98)。スペイン内戦以前にもバスク人の民族意識は存在したが、この弾圧の中で先鋭化した人々がETAを結成し、体制を震撼させるテロ活動を行った。ETAは主な財源を税金(注99)と誘拐や強奪によってまかなっている点に特徴がある。1961年の列車転覆事件から数多くのテロ事件に関与しており、2003年にはアメリカ合衆国、EU諸国がそれぞれ作成するテロ組織リストに加えられた。活動拠点はバスク地方、マドリード、バルセロナなど観光客が多い地中海沿岸地域に限られている。ETAによる主なテロ事件の歴史は以下のとおりである。

以上に見たようにバスク地方ではETAによるテロ事件が数多く起きていることから、2002年にテロ事件被害者に対する支援事務局が設けられた。

(1)理念・主旨
こういった状況に対応するために設けられたのが、「バスク政府テロ事件被害者事務局」である。当事務局は、バスク地方におけるテロ事件被害者に対する支援を改善し完全なものとするため2002年に発足した。より緊急な支援を必要とする被害者並びにその家族への支援や物質的な損害に対する補償の強化を図る。2002年の勅令214に定められたように支援への申請と受理を容易化するのみならず、民により身近な存在であることを示し、長い間孤立無援で放棄された状況にあるテロ事件被害者の傷跡を軽減することも行う。当事務局は法に基づく平和的共存を保証することを必要不可欠な使命であると考える。
(2)給付内容及び給付対象
給付内容は補償対象によって様々であり、以下項目別に序列する。
  • [1]健康体への補償
      テロ事件の結果で負った身体的損害に必要な治療費を補償する。ここでは身体的損害により起こった経済的負担は補償されない。
      給付対象はバスク地方内で起こったテロ事件により被害を負った者。ただし、バスク自治政府の公共医療保険を受け取っている者はその限りでない。
  • [2]精神的補償
      テロ事件の被害によって精神的な支援が必要とされる被害者並びにその家族、同居人に対する医療費が補償される。補償額の上限は一人あたり3,100ユーロである。
  • [3]教育に対する補償
      当支援法では教育の分野に関する直接的な支援は規定されていないが、2002年の勅令214はバスク自治州における公立の教育機関への授業料免除を全てのレベルにおいて定めている。また同勅令は年に一度、文部省や大学、研究機関などが募る奨学金を被害者が享受しやすくするため、奨学金への条件を他の一般市民に比べ簡易化することも定めている。奨学金の募集者は1.75倍に拡大される。
      文部省による奨学金を受けるための教育的な必要条件に関しては、テロ事件が起こってから最初の年度は適用されず、次年度に必要条件0.60倍が基準として適用される。
      テロ事件により直接被害を受けた者、またその子供(注101)が補償の対象となる。
  • [4]住居への補償
      テロ事件の被害により住居の被害を負った者は、専門家による助言を受けることができ、住民登録は無料となる。またVPO(注102)の住居を選択するために必要な住民登録等の費用が免除される。
  • [5]労働への補償
      テロ事件の被害により労働市場において職を見つけることが難しくなった者や元の仕事への再就職が不可能になった被害者に対して、職業を再び見つけるための助言や情報提供を行う。
  • [6]物質的被害への補償
      同法では、テロ事件による動産・不動産の被害を、その財産が保険を伴っているかどうかにかかわらず補償するが、総補償額が被害額を超えてはならないものとする。補償額は、保険により受け取ることができる補償額や被害総額の計算された証書を元に実施する適切な査定により定められる。すべての場合において、他の公共機関や保険会社による補償額を計算してから同支援事務局による補償額を減らしていく。限度額は90,152ユーロとするが、被害額が600ユーロ未満の場合の補償に関しては修理費請求書の提示のみが必要とされ査定を行う必要はない。法的に所有権を持つ者又は団体が補償の受益対象となる。
      住居に関する補償では、6か月と1日以上そこに住んでいることが補償を受ける条件である(注103)。補償は査定された損害額の100%(全額)であり、事件以前の状態に住居を戻すために損害を負った骨組、据付け、家具も全て補償するが、奢侈品についてはその限りでない。分譲マンションにおける複数の居住者による共有物やガレージや付属建造物も敷地内にあるものについて補償の対象となる。
      住居の修復が不可能な場合や、修復費用がその時点で地価の50%を超える場合は以下のような措置が取られる。
    • 完全に住居をなくした被害者がバスク自治州内で似通った家を賃貸すること又は再建築を希望する場合、補償額は台帳価格に達することもあり、90,152 ユーロという限度額を超えることもある。不動産を希望しない場合は、他の住居を賃貸するための補助金を一年ごとに受け取ることができる(注104)。
    • 居住者が用益権や使用権の贈与税に貢献していた場合、他の住居を賃貸するための補助金を受け取ることができる。ただし、全ての金額は設定された限度額を超えないものとする。
      商工業を営む施設、政党や社会的組織の本部が損害を受けた場合も、再度同じ機能を持った施設に修復するための100%の補償がなされる。
      乗り物に関しても修理のために必要な費用全額が補償されるが、修理費が売値より高くなる場合においては市場にて似た性能を持つ乗り物を専門家が査定し90,152ユーロを限度に同価値の新たな乗り物が購入できる金額を補償する(注105)。
  • [7]交通手段と滞在費の補償
      テロ事件により所有する乗り物が損傷を受け、交通手段を奪われた者またその同伴者(注106)に対する補償である。乗り物が修理を受けている間、一人一日当たり73ユーロを限度にホテルに宿泊する費用を補償される。乗り物の修復が不可能であった場合、居住地域への帰省にかかる費用も補償される。
  • [8]新居への補償
      テロ事件以前に居住していた家が修復可能な場合、修復期間のホテル滞在費(注107)が[6]で述べた家の修理費に加えて補償される。居住地が住める状態でなくなった場合は、本来居住していた市内若しくは隣接する市にある同じ賃貸料の家を提供する。テロ事件によって被害を受けた家で年6か月1日以上生活していることが補償を受ける条件である。
  • [9]その他の支援
      商業的活動のために所有していた物質的財産が損害を受けた場合、また被害者の家族の経済状況によっては損害を受けた所有物の修復が家計を支えるのに間に合わない場合に対する支援がある。所有物が負った損害による商業的・工業的活動への被害を適切に査定し、その査定の結果決められた限度額の中で所有物の修理費が支給されるのを待つためのつなぎ融資が認められる。
  • [10]組織に対する支援
      バスク地方に住むテロ事件被害者を人道的に支援するための広報活動や企画に対して補助金を出す。その活動は以下の3つに分類される。
    • 公共機関の支援活動を強化するための組織会員による社会福祉活動
    • 被害者やその家族に対する支援活動のために生じた営業や経営における諸費用(注108)の援助
    • 情報番組の作成、市民の共感を呼ぶための振興活動、被害者への認識を促進
      バスク自治州内に住所を持つ法人又は法的に設立された組織で利益を上げることを目的とせず、上記のいずれか若しくは複数以上を活動の目的としている団体に補助金を出す。
(1)申請・査定方法
支援を受けるための申請・査定方法は、対象者や補償の内容によって申請に必要な書類や補償額、裁定に必要な期間等が異なる。
・精神的補償
受益者(注109)は、テロ事件被害者支援事務局に医師により発行された正確な患者の状態、治療法並びに治療期間が記された診断書を提出する。事務局はその診断書を参考に患者が支援を受ける妥当性を有しているかを判断する。支援を実施する旨の返事を受け取った被害者は、その他必要な書類を提出する前に3か月分の支援を受ける。
  被害者は全ての必要項目が記載された申請書、身分証明書のコピー、テロ被害証明書、第三者による所得申告、正確な診断の記された医師による報告書、他の公共機関から一切の補償を受け取っていないという誓約書を提出する。
・教育に対する補償
治体による正式申込書を定められた期間内に文部省に提出する。その際に経済的、学問的必要条件におけるテロ事件被害者用の特別指数を適用させるためにテロ事件被害者証明書も提出する。学費の免除の適用を希望する場合も、入学時に入学申込書と共にテロ事件被害者証明書を提出する。
・住居への補償
被害者は申請書とともに財産の申告と住居の特別な必要事項について説明した報告書をテロ事件被害者支援事務局に提出する。
・労働への補償
被害者は申請書と身分証明書のコピーをテロ事件被害者支援事務局に提出する。
・物質的被害への補償
適切な査定のために、他の補償に比べ必要書類が多いことが特徴である。被害者は支援申請書、身分証明書又は納税者番号のコピー、告訴状のコピー、訴訟を起こした場合は任命する行政官への委任状のコピー、損害を受けた施設の記録のコピー又は法的に有効な名義を証明する書類または賃貸契約書、保険を契約している場合は保険証券のコピー、契約していない場合は保険を契約していないという誓約書、災害時の保険会社との通信の記録又は保険会社による支払い書のコピーを提出する。
・交通手段と滞在費の補償
被害者は支援申請書、身分証明書若しくは納税者番号のコピー、必要な費用の記された申告書と実際にかかった費用の勘定書を提出する。
・再居住の補償
被害者は支援申請書、身分証明書若しくは納税者番号のコピー、必要な費用の記された告発状と実際にかかった費用の勘定書を提出する。
・その他の補償
被害者は支援申請書、身分証明書のコピー、つなぎ融資を証明する書類、その他必要とされた書類を提出する。またバスク自治州テロ事件被害者支援事務局は家族の経済状況を知るためのあらゆる情報を要求することができる。申請期間はテロ事件発生の翌日から1年間とし、裁定にかかる期間は原則6か月以内とする(注110)。
・組織に対する補償
被害者はバスク自治体の補助金募集要項の公表から1か月以内に申請書を提出する必要がある。その他必要な書類は、身分証明書のコピー、組織の設立証明書と成文法・登録証明書のコピー、組織がその名前において義務を負える能力があることを裏付けする適切な機関による証明書、目的や方法論を明示している報告書、支援対象者や企画における被害者支援の位置づけについての企画報告書、企画を担当する人的資源、企画に必要な費用の詳細、納税証明書、他の機関に申請している援助とその状態111について、他の援助を申請していない場合はその旨を記した誓約書、その他申請者が必要とする全ての書類、またそれ以前にバスク自治州の実施する補助金を受け取っていない場合は財務証明書のコピーと財務省による所得申告である。
  補償額は、以下の6項目を100点満点で換算し限度額と照合し決定される。
項目 点数
以前にテロ事件被害者のために似た性質を持つ企画を行った経験がある
10点
提出された書類が補助金の方式に沿っている
10点
企画の支援対象となる人数と領土の広さ
20点
独自性、安定性、継続の見込みと他の活動にはない社会への影響力
20点
企画実現のために必要な人員、機材の環境
20点
組織が今後発展させていく活動の継続性、安定性、信頼性
20点
  被害者が全ての申請を終えてから3 か月を期限とし上記の基準を元に審議会は補償額を決定する。決定された内容は期限内にバスク自治州の公式報告書に公表される(注112)。

3-2-4:テロ事件被害者組織(AVT)

AVT(注113)は、1981年に設立された非政治的組織で、スペイン全土におけるテロ事件被害者やその遺族を援助することを目的としている。AVTは、今日までの被害者支援のための重要な社会的・政治的・法的な対策の改善に必要不可欠な存在であり、被害者の立場や状況を改善することのみならず、テロ行為の野蛮さを一般市民に認識させることにも貢献してきた。被害者の需要に迅速に応えられるよう、スペイン全土に15の支部を持ち、活動を行いやすくするため、それぞれの自治州における団体との連携を保ち、情報や補償の協力の強化を図っている。

(1)補償について
AVTは、被害者支援のための計画を促進し発展させるために必要な資金の獲得に従事する。あらゆる団体(注114)から被害者が補償を受け取るための手続を代わりに担当する。
(2)その他の支援
被害者並びに家族に対しては直接関係を保ち、AVTのみならずあらゆる機関(注115)から受けられる補償や貸付に関するガイダンスを提供する。被害者が精神的疾患を予防することをはじめとし、被害者の要望に対する調査・査定や、実施された補償・支援についての追跡調査も行う。支援と同時進行で、心理学と病理心理学に基づいた余暇や自由時間を文化的に楽しむためのいくつかのプログラムを発展させ、被害者が労働環境に戻れるよう指導する。最高裁判所で裁判が開かれる場合は、被害者を支援し自発的な行動を刺激するためにAVTから同伴者を同行させる。
  また、被害者の味方であるAVTの姿勢を世間に伝えるため、テロ事件に対する社会的関心を呼ぶために各メディアと協力してテロ事件被害者を援助する活動を行っている。
(3)給付実績および財源
設立から今日に至るまで、スペイン全土で6,000人以上の被害者を支援してきた。その財源は、労働省と内務省、FVT(注116)による資金援助、さらに団体や個人からの寄付でまかなっている。AVTホームページには過去に支援した全ての被害者の名前と職業、テロ事件の日付とテロ組織の名前が記されている(注117)。

3-3:総括

以上の制度概要をふまえ、スペインにおける犯罪・テロ事件被害者に対する経済的支援の特徴をまとめる。

まず、犯罪被害者支援について、性的自由に対する犯罪被害者への支援が強化されていることが特徴といえる。暴力犯罪においては補償されない物品の損失も修理費が補償され、男女平等社会の実現が国の発展のためには必要不可欠だという姿勢が見て取れる。

1999年のアムステルダム条約は加盟国間の相互援助を確立するために重要な役割を果たし、多くの人が国境を行き来する時代に即した補償制度の設立に向け前進した。しかし、EU 外で起こった犯罪事件に関するスペイン人被害者への補償制度や、スペイン国内でEU加盟国以外の国籍を有する者が被害にあった場合の補償制度は設立されておらず、今後、海外からの移住者又はスペイン人の海外への移住はますます増えるであろうことが予想されるため、課題といえる。給付実績に関して、申請の認められないケースが目立つことも注目すべき点であり、申請制度や手続きを容易にすることや必要条件を浸透させていく必要がある。

テロ事件に関しては、地域に根差した支援制度や事件を限定した被害者協会が多く存在することが特徴といえる。国全体を網羅するように、被害者を支援する組織・協会が互いに連携を図りながら支援を行っている(注118)。2-2-3で見たバスク自治州テロ事件被害者事務局のような地域に根差した支援団体もアンダルシア州(注119)やカタルーニャ州(注120)などに見られ、またAV11-M(注121)やAsociación 11-M Afectados del Terrorismo(注122)のように2004年3月11日のスペイン列車爆破事件の被害者に対象を特化した団体も存在する。多くの組織・協会が連携して被害者を補償する反面、国外のスペイン人被害者に対しての補償は2009年からと出遅れた。またETA はスペイン国内各地でテロ事件を起こしているが(注123)、バスク自治州テロ事件被害者事務局はバスク自治州内で起こったテロ事件のみについて補償を規定していることも補償の対象拡大などが見込める。スペインでの被害者支援制度は、EU諸国との関係に影響を受け新たな制度の整備が進められてきている。しかしEU外の地域との補償に関する連携は確立されておらず、今後連携する地域や補償対象をどのように拡大していくか注目である。また、被害者を支援しようとする組織・団体をさらに援助するバスク自治州テロ事件被害者支援事務局やAVTのような団体も目立つため、国内においていかに被害者への同感を呼び、事件そのものを撲滅させることへ繋げていけるのか期待される。

注73
Ministerio de Justicia, Asistencia a las victimas 法務省、被害者支援制度
http://www.mjusticia.es/cs/Satellite?c=Page&cid=1057821035264&lang=es_es&menu_activo=1057821035264&pagename=Portal_del_ciudadano%2FMJusticia%2FPage%2FAsistenciaVictimas
注74
暴力犯罪と性的自由に対する犯罪の被害者支援法
http://www.boe.es/aeboe/consultas/bases_datos/doc.php?coleccion=iberlex&id=1995/267
注75
テロ事件被害者との団結法
http://noticias.juridicas.com/base_datos/Admin/l32-1999.html
注76
性的自由に対する犯罪においてのみ物の修理費が支給される。
注77
バスク語Euskadi Ta Askatasuna の略、バスク地方の分離独立を目指す民族組織
注78
La Direccion de Atencion a las Victimas del Terrorismo del Gobierno Vasco、バスク政府テロ事件被害者事務局
注79
2004年12月28日、追加条項第3項
 
http://www.mir.es/SGACAVT/indeyayu/ayudavictdelviolts/beneficiarios.htmlによる。
注80
Indicador Publico de Renta de Efectos Multiples の略、多目的収入指数。住宅取得補助や奨学金、失業者への補助金といった手当てを受け取る際に用いられる参考指数。
注81
間接的被害者が未成年又は法的に行為能力を持たない者である場合、葬儀費のみが支給される。またその際の限度額はIPREM 5か月分である。
http://www.mir.es/SGACAVT/indeyayu/ayudavictdelviolts/cuantia.html
注82
http://www.iprem.com.es
注83
ayudas provisionales、一時的な援助は1995年法35の第10項に定められている。
注84
Repairing the irreparable (2001), Julia Mikaelsson, Anna Wergens, P127
注85
1995年から交渉が始まった同条約では、欧州理事会のみならず各国内でも長期にわたる批准手続きが行われ、マーストリヒト条約やローマ条約といったEUの基本条約を大幅に変更した。
注86
使用する電子技術やテレマティーク技術については1996年の勅令263に定められている。
注87
ここでは主にETAのテロ行為を中心にしていると思われる。
注88
ここでは個人(被害者あるいは被害者の関係者)の申請による給付。
注89
1999年法32の付属表http://www.mir.es/SGACAVT/derecho/le/le32-1999.html
注90
全ての仕事において何もできない状態。http://www.incapacidadpermanente.es/ 10//03/01
注91
日常の仕事において全てのことあるいは基本的なことができない状態。
注92
日常の仕事において効率性が33パーセント以上減少する状態。
注93
賞賛に値するもの、功績のあるものに送られる勲章。
注94
2003年法2Distintos honorificas(様々な名誉職)による。
注95
勅令8/2004年10月29日http://civil.udg.es/normacivil/estatal/resp/RDL8-04.htm
注96
INE(Instituto Nacional de Estadistica)「統計局」2008年のデータ。http://paisvasco.tv/
注97
ETA はバスク語の理解をバスク人であることの条件として掲げており、バスク自治州内の公用語に79年指定されたが、日常言語とするのは住民の23%に過ぎない。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%AF%EF%BC%88%E5%9C%B0%E6%96%B9%EF%BC%89/
注98
ETA のみならず、アストゥリアスやカタルーニャ、マドリードでの経済格差の拡大によるストライキ、反体制の学生運動なども激しく弾圧された。立石博高、『スペインの歴史』(2004)P229-237
注99
革命税という税金をバスク地方の企業や商店から集めている。賛同しない企業や商店に対しては爆破テロや社員誘拐を行ってきた。
http://www.special-warfare.net/data_base/101_war_data/euro_01/spain_01.html
注100
フランコの40年来の忠実な補佐役だった。
注101
被害者により法的に保護されている者も補償の対象となる。
注102
La Vivienda de Proteccion Oficial の略。スペインの公共機関による補助金を元に国民が最低料金で賃貸できる住居のこと。
注103
その地の占有期間が一年未満の場合は、半分以上の日数をそこで過ごしていることが条件となる。
注104
補助金を受け取る期間の限度は20年間。
注105
乗り物の解体費は、新しい乗り物とは別枠で補償される。
注106
同伴者が複数おり、1週間以上補償によりホテルなどの施設に滞在する場合、2週目からは1人分のみの宿泊費が補償される。
注107
1人1日あたり73ユーロが上限。
注108
賃貸料、電気代、電話代など。
注109
受益者が未成年又は永久不能である場合は親権者か後見人。
注110
最大で3か月まで審査の延長がありうる。
注111
申請が拒否された、裁定待ち、または支援が実施されたなどの状態。
注112
申請の終了から3か月以内に報告書の発行がない場合は、申請が却下されたものとする。
注113
La Asociación Victimas del Terrorismo、『テロ事件被害者組織』の略称。
http://www.avt.org/historiayfines.php
注114
公立・私立は問わず、国内の団体のみならず国外の団体とも提携している。
注115
私立機関・団体からの情報もまとめて提供する。
注116
Fundación Victimas del Terrorismo、テロ事件被害者財団の略称。
http://www.fundacionvt.org/index.php?option=com_content&task=view&id=591&Itemid=147
注117
http://www.avt.org/victimasdelterrorismo.php
注118
例えば3-2-4(3)で挙げたFVTは、35の組織・団体と提携している。
注119
AAVT, Asociación Andaluza Victimas del Terrorismo『アンダルシアテロ事件被害者協 会』の略称。http://www.aavt.net/
注120
Associació Catalana de Victimes d’ Organizacions Terroristes 『カタルーニャテロ組 織被害者協会』の略称。http://www.acvot.org/v2/?opcion=3
注121
Asociación de Ayuda a las Victimas del 11M、『11-M被害者支援協会』2004年10月に設立された。http://www.ayuda11m.org/
注122
『11-Mテロ事件被害者協会』マドリードに登録されている。事件から3か月後に設立された。http://www.asociacion11m.org/
注123
3-2-3事件一覧参照。特に首都マドリードでの事件が多い。