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5.オーストラリアにおけるテロ事件被害者等への経済的支援

カナダと同じく英連邦の一つであるオーストラリアは、6の州(state)と北部準州(Northern Territory)、そしてオーストラリア首都特別地域(the Australian Capital Territory, ACT)及びその他の特別地域(注192)から成る連邦国家である。

全ての州・準州及びACTにおいて、犯罪(及びテロ事件)被害者への経済的支援を行う制度が存在する。また、それぞれ刑法を独立して持っており、それに伴って犯罪被害者への経済的支援に関する根拠法令も全て異なるものが存在している。それゆえ、被害者への経済的支援の内容も州・準州によって異なっている。

また、テロ被害者への経済的支援に関しては、独立した制度は存在しないものの、テロを「災害」の一種として捉えることで、自然災害等に被災した場合と同等の経済的支援を受けることができる制度が存在する。

本章では、オーストラリアにおける各州・準州政府、さらに連邦政府による犯罪・テロ被害者への補償制度について論じる。また、P.8~9、P.14~15にて、オーストラリア国内の犯罪及びテロに関する全ての州・準州での補償制度をまとめている。

表5-1:オーストラリアにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援制度
  犯罪 テロ
国内 国外 国内 国外
各州における犯罪被害者補償制度 × ×
AGDRP による支援制度 × × #+ +
#:
2006年の適用から現在に至るまで国内におけるテロ事件は発生していない。
+:
家族・住宅・地域サービス・先住民問題担当大臣より指定されたテロ事件のみ対象。

5-1:犯罪被害者への経済的支援

オーストラリアにおいて、国内犯罪によって被害者となった場合、全ての州・準州・地域において経済的支援を受けられる制度が存在しており、オーストラリア国内であればどの場所で犯罪被害者となっても、経済的支援の対象になるといえる。ただし、前述のとおりそれぞれの州・準州において根拠法令が異なっていることから、支援金額の上限もAUS$30,000(タスマニア州)からAUS$75,000(クイーンズランド州、西オーストラリア州)と幅があり、州によって金額の差がある。給付の内容の詳細についても、受給できる金額が被害状況に応じてあらかじめ細かく規定されている制度であったり、医療費やカウンセリング費用等の実費を補償するものであったり、またはその2つを併用していたりと、その在り方は様々である。次節より、8つの州・準州・首都特別地域のうち、ニュー・サウス・ウェールズ州(人口第1位)とヴィクトリア州(人口第2位)における国内(州内)犯罪被害者への経済的支援制度について述べる。なお、国外における犯罪によって被害者となった場合の経済的支援は連邦政府及び州・準州のいずれにも存在しない。

5-1-1:ニュー・サウス・ウェールズ州における犯罪被害者への経済的支援

オーストラリア最大の都市であるシドニーを州都とするニュー・サウス・ウェールズ州は、国内でも最も多い人口(7,401,400人)(注193)を誇るオーストラリア経済の中心となっている州である。ニュー・サウス・ウェールズ州では、「被害者補償制度(Victims Compensation Scheme)」が犯罪被害者への経済的支援制度として存在している。

(1)制度の根拠法令及び理念・趣旨
ニュー・サウス・ウェールズ州における「被害者補償制度」は、1996年制定の「被害者支援及び社会復帰法(Victims Support and Rehabilitation Act)(注194)」を法的基盤としている。第3条において同法の制定目的が明記されており、「犯罪被害者に対し支援や社会復帰の機会を提供するため」、「制度に基づいた補償の支払いを可能にするため」、「加害者からの課徴金収入を可能にするため」(注195)といった内容が示されている。ひいては、被害者への補償や社会復帰のためのプログラムを通じて、犯罪被害者の社会復帰を支援することを、制度の理念としていると考えられる。
  また、州の司法長官事務局(Attorney General’s Department)内の被害者サービス局(Victims Services)、さらにその下部の組織である「ニュー・サウス・ウェールズ被害者補償機関(Victims Compensation Tribunal of New South Wales)」がこの制度の執行担当となっており、申請の受付から補償金の支払いに至るまでの工程を担っている。
(2)給付対象(注196
「被害者補償制度」に申請することができるのは以下のとおりである。
  • 一次被害者(primary victim)
  • 二次被害者(secondary victim)
  • 死亡した被害者の家族(family victim)
  一次被害者とは直接的に暴力犯罪を受けた被害者に加え、犯罪の抑止や犯人の逮捕、被害者の救護といった協力活動をしようとして傷を負った者も含まれる(注197)。つづいて二次被害者とは、実際に犯罪の現場を目撃したことで精神的にダメージを負った者が対象である。また、被害者が死亡した場合はその家族(注198)に対して補償が行われる。以上の3つはそれぞれ区別されており、それぞれ補償の範囲が異なっている(注199)。
  また、この制度の欠格事由としては、
  • ニュー・サウス・ウェールズ州の外で起きた犯罪による被害である場合
  • 犯罪被害が証明されない場合
  • AUS$7,500 以下の被害である場合(注200
  • 財産・所有物に対する被害の場合
  • 自動車等による被害の場合
の5点が挙げられる。うち、自動車等による被害の場合は、交通事故に関する補償制度が適用される(注201), (注202)。
(3)給付内容及び併給調整(注203
補償制度によって支払われる給付の内容は、以下の項目となる。
  • 身体的な被害に対する補償
  • 精神的な被害に対する補償
  • 医療費の実費
  • 賃金の損失
  • 事件の際に身につけており、犯罪被害の過程で破損した衣類や所有物
  ここでの特筆事項としては、犯罪によって身体・精神に被害を受けたという事実に対する補償と、医療費の実費とが別々に区分されていることである。これは、身体・精神被害においてはそれぞれ細かく条件が設定されており、実際にかかった医療費とは別に、被害の状況に応じて一定の金額が支払われるというシステムに起因するものである(表3-2に規定の抜粋を掲載)。1 つの犯罪による被害で複数の身体・精神被害を受けた場合は、最大3つの被害を数え、それに応じた金額を受給できる(注204)。なお、身体・精神被害への補償は上限AUS$50,000、医療費、賃金損失、衣類・所有物の損害に対しては、これらを合わせて上限AUS$10,000 が設定されている(注205)。被害者が死亡した場合は、その家族が上限額であるAUS$50,000を家族の人数分で均分することとなる。
  また、申請の過程において、被害者サービス局内の査定者が必要であると判断した場合は、最終的な決定が下される前に、一時的な給付金が被害者へ与えられる場合もある。一般的には被害者やその家族が、突然受けた犯罪被害による医療費や葬儀費用等の出費に対応できず、それが証明可能であれば、この一時給付のシステムが適用される(注206)。
  なお、保険などの他の財源からの支給がある場合や、加害者から直接補償金が支払われる場合は、これらの給付の対象外となる。
表3-2:犯罪による被害に応じた補償額一覧(抜粋)(注207
被害状況 補償額(AUS$)
軽度の脳障害
36,000
重度の脳障害
50,000
片方の耳の聴力喪失
36,000
両方の耳の聴力喪失
50,000
前歯の喪失(1本)
3,600
前歯の喪失(4本以上)
7,200
腕の喪失(片腕または両腕)
50,000
腕の火傷(軽度)
3,600
麻痺
50,000
性的暴行(注208
7,500-50,000
(4)申請方法及び査定方法
事件による被害の発生から2年以内に、被害者サービス局に申請する必要がある。申込用紙及び実際にかかった費用の証憑書類等の受領後、被害者サービス局は警察調書、法廷記録、その他の事件に関係する証拠書類を集め、その後は局内の査定者による決定に委ねられる。また、被害者の警察への協力がない場合や、被害者が病院へ行かないなど自己の管理を怠っているなどの場合は、給付が却下されることもある。
  なお、給付が認められ、被害者が金額に同意した場合は、通常は28営業日以内に給付金が支払われるとされている。金額に同意しない場合は3か月以内であれば、再審査の請求をすることができる。
(5)財源及び給付実績
「被害者補償制度」は、加害者や法令違反者等からの課徴金を主な源としている「犯罪被害者補償基金(Victims Compensation Fund)」を財源としている(注209)。2007/08年度における犯罪被害者への経済的支援への申請件数は7,031件であり、うち認可された件数は2,630件であった。支払いの総額はAUS$6,100万であり(注210)、金額の内訳は不明であるものの、申請された件数の割合を犯罪種類別でみると、「暴力」が31%、「家庭内暴力」が28%、そして「性的暴力」が27%となっており(注211)、これらの犯罪に対し補償の多くが支払われたと考えられる。

5-1-2:ヴィクトリア州における犯罪被害者への経済的支援

州都メルボルンを擁するヴィクトリア州はオーストラリア大陸の南東部に位置する州である。面積こそ大陸部の州の中では最も小さいが、人口はオーストラリア内で第2位(5,364,800人)(注212)であり、人口密度の高い州である。ヴィクトリア州では、「犯罪被害者支援(Victims of Crime Assistance)」が犯罪被害者への経済的支援の制度となっている。

(1)制度の根拠法令及び理念・趣旨
ヴィクトリア州における犯罪被害者への経済的支援制度は、1996年に成立した「犯罪被害者支援法(Victims of Crime Assistance Act)」が根拠法令となっている。またこの法律の制定とともに、被害者への経済的支援を担当する機関として、「犯罪被害者支援裁定機関(Victims of Crime Assistance Tribunal, VOCAT)」が設立された。VOCATの役割としては被害者への経済的支援の他にも、犯罪被害者に対する情報提供や、被害者のためのフォーラムの開催等が挙げられる(注213)。なお、オーストラリア内において、VOCATのような被害者への経済的支援を担当する専門機関が存在するのはヴィクトリア州及びニュー・サウス・ウェールズ州(「被害者補償機関」)のみであり、他の州・準州では司法省や司法長官事務局の中に設置される被害者サービス局が対応している。
  当制度やVOCATのもつ理念は、「ヴィクトリア州内で起こった犯罪により被害者となった人々に対し理解を示し、経済的支援を提供することで、被害者の犯罪被害からの回復を支援し促進する(注214)」こととしている。また、犯罪被害者支援法の第1条において、当法律の制定の目的が明記されており、その中には「犯罪の加害者及び他の財源からの補償が支払われない場合に、当法律の下で被害者が経済的支援を受けられるようにするため(注215)」という内容があることから、被害者に対する他の補償手段がない場合に当制度が適用されると考えられる。
(2)給付対象
犯罪被害者への経済的支援を受けられる対象は、ヴィクトリア州内で起こった犯罪によって被害を受けた者であり、それらは以下の通り区分され、給付内容はそれぞれ異なっている(後述)。
  • 一次被害者(primary victim)
  • 二次被害者(secondary victim)
  • (被害者が死亡した場合)家族等(related victim)
  「一次被害者」として区分される被害者の中には、直接犯罪被害に遭った者の他に、犯罪の抑止や犯人の逮捕、被害者の救護といった協力活動をしようとして傷を負った者も含まれる(注216)が、このような被害者に対する特別な経済的支援制度はなく、直接の被害者と同様の支援内容となる。「二次被害者」は、実際に犯罪の現場を目撃したことで精神的にダメージを負った者及び一次被害者となった18歳以下の子どもの親や保護者の二者を指す(注217)。また「家族等」には、死亡した被害者の近親者(注218)、扶養者、内縁関係の者が含まれる(注219)。
(3)給付内容及び併給調整
前述の通り、被害者の区分(「一次被害者」、「二次被害者」、「家族等」)によって給付内容は異なっており、上限の金額もそれぞれ設定されている。
1)一次被害者(注220
一次被害者の場合、上限はAUS$60,000と設定されている。内容は以下のとおり分けられる。
  • カウンセリング費用
  • 医療費
  • 賃金の損失(注221
  • 被害時に身に着けていた衣服の費用
  • 回復補助のための費用(注222
  これに加え、上限AUS$10,000の特別経済的支援(Special Financial Assistance)が一次被害者にのみ支払われる(注223)。ただし、すべての一次被害者にこれが支払われるわけではなく、「2000年7月1日以降に犯罪被害に遭った者」、「1997年7月以降に性的犯罪被害に遭った子どもの被害者」が有資格者となる。
2)二次被害者(注224
二次被害者に対する給付額の上限はAUS$50,000 である。内容は以下のとおりとなる。
  • カウンセリング費用
  • 医療費
  • 賃金の損失(注225
  • (例外的な場合の時)回復補助のための費用(注226
  一次被害者とは異なり、二次被害者への特別経済的支援の適用はない。
3)(一次被害者が死亡した場合)家族等(注227
死亡した一次被害者の家族等には、合計してAUS$100,000の補償金が分配の形で家族に支払われる。分配する額についてはVOCATがそれぞれ決定するが、1人頭の分配金の最高額はAUS$50,000である。希望する場合はカウンセリングを受けることも可能である。被害者の葬儀費用に関しても考慮されるが、この場合は補償の分配金が差し引かれる。また、死亡した一次被害者の家族等でない者が葬儀費用を負担した場合は、VOCATからの補償がある。
  この他、VOCATへ申請する際に法曹によるサービスを利用した場合は、その費用も補償金で賄われる(注228)。さらに審査の過程で緊急に補償が必要と判断された場合、給付の決定に先んじて一時的な給付がなされる場合もある(注229)。なお、犯罪被害が被害者自身の行為の責による場合、被害者は給付の資格を喪失する。また、保険といった他の財源からの支給がある場合は併給調整の対象となる。
(4)申請方法及び査定方法
申込用紙(VOCATホームページから取得可能)に記入の上、事件の発生後から2年以内にヴィクトリア州各地にあるVOCATの窓口に届け出る。VOCATは申請者が被害者(一次被害者、二次被害者、死亡した被害者の家族等)であるかどうか、現行の法律の条文に合致しているか、申請書に漏れがないかを十分に確認する。警察調書や医療記録等の関連書類等も考慮する。必要に応じて審問会が開かれることもあり、被害者の出席要請がなされる場合もある。これら全てを考慮し支給の可否が決定され、被害状況等に応じて算出された金額が支払われる。
  また、申請者が補償額に不服である場合は、再審の請求が可能である。VOCATの決定から28日以内にヴィクトリア市民・行政機関(Victorian Civil and Administrative Tribunal,VCAT)に申請を無料で行うことができる。
(5)財源及び給付実績
「犯罪被害者補償法」第69条第1項において、当制度の財源はヴィクトリア州の連結収入による基金(Consolidated Fund)と定められており(注230)、州による基金で賄われている被害者への経済的支援はVOCATが唯一である(注231)。2007/08年度報告書によると、VOCATへの申請件数は4,743件で、うち認可された申請の件数は3,343件であった。また、犯罪被害者への支援総額はAUS$35,825,119であり、うち被害の状況に応じた金額や実費等に対して一括で支払われた金額がAUS$28,737,988、将来的に必要となる出費に対する補償金額がAUS$7,087,131であった。
表3-4:2007/08 年度・種類別一括支払い補償金の支出額と比率(注232
補償の種類 支出金額の合計(AUS$) 比率(%)
特別経済的支援
7,810,102
27.2%
苦痛
5,803,906
20.2%
カウンセリング・医療以外の費用
4,083,710
14.2%
法的費用
3,224,645
11.2%
賃金の損失
2,973,230
10.3%
カウンセリング費用
2,161,809
7.5%
医療費
1,918,538
6.7%
葬儀費用
544,442
1.9%
その他
71,455
0.2%
合計
28,737,988
100.0%

  表3-4の内訳をみると、一次被害者のみに支払われる特別経済的支援が最も多く、それに続いて苦痛、カウンセリング・医療以外の費用となっている。支払いの対象となった犯罪被害者のうち、一次被害者に区分された被害者の割合は83.0%と、全体の大半を占めているであることから(注233)、支払われる特別経済的支援の額も必然的に最多となったと考えられる。また、実際に消費した費用よりも苦痛に対する補償の額の方が多いことから、ヴィクトリア州における犯罪被害者支援の在り方が単純に被害者の出費した金額だけを補償するのではなく、被害者の受けた苦痛そのものを考慮していることが窺える。

5-1-3:国外で犯罪被害に遭った場合の経済的支援

オーストラリア国民が国外で犯罪被害に遭った場合、原則として国及び州・準州からの経済的支援はない。オーストラリア外務貿易省内の機関であるスマートラベラー(Smartraveller、海外諸国の情報や旅行者への啓発を行っている部署)はそのWebページにおいて、オーストラリア国民が海外で死亡した場合、犯罪被害に遭った場合等における領事館サービスの内容について触れている。しかしそのサービスの中には被害者への補償は含まれておらず、葬儀費用の支払いや被害者の帰還のための費用を負担することはできないことが明記されている(注234)。

以上のようにオーストラリアでは、国外における犯罪被害者に対しての補償が存在していないことから、スマートラベラーでは国外へ旅行するオーストラリア国民に対し、「旅行保険に入る余裕がないのであれば、旅行する余裕がないのと同じである(“if you can’t afford travel insurance, you can’t afford to travel”)」という標語を掲げるとともに、旅行保険への加入を強く勧めている(注235)。

注192
クリスマス島、ノーフォーク島等の海外領土が該当する。
注193
Australian Bureau of Statistics, 3010.0 ? Australian Demographic Statistics, Dec 2008,
<http://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/mf/3101.0/>, accessed on August 17, 2009.
注194
1987年制定の「被害者補償法(Victims Compensation Act)」を廃止し、新たに作られた法律である。
注195
New South Wales Consolidated Acts, Victims Support and Rehabilitation Act 1996,<http://www.austlii.edu.au/au/legis/nsw/consol_act/vsara1996372/>,accessed on August 17, 2009.
注196
Victims Services : Lawlink NSW, Compensation - Who Can Apply, <http://www.lawlink.nsw.gov.au/lawlink/victimsservices/ll_vs.nsf/pages/VS_compensationwhocanapply>, accessed on August 17, 2009.
注197
ただしこのような協力者に対して、特別な補償を行うことはなく、他の「一次被害者」と同様に扱われる。
注198
被害者の配偶者、2年以上同居している内縁の配偶者もしくはパートナー(性別は問わない)、親もしくは保護者、子ども、兄弟姉妹(いずれも血縁は関係ない)が対象となる。
注199
たとえば、二次被害者に対しては身体的被害に対する補償の適用はないこと等が明記されている。
注200
申請する被害に対する設定金額がAUS$7,500を超えなければならず、軽度の身体・精神被害のみの場合はこの設定に達しないため、原則として補償が適用されない。程度に応じた金額についての詳細は後述。なお、AUS$200以上$1,500以下の軽い犯罪被害の場合は、この制度とは別に「被害者支援制度(Victim Assistance Scheme)」という縮小版の制度が適用される。
注201
Motor Accidents Authority of NSW, < http://www.maa.nsw.gov.au>, accessed on August20, 2009. 交通事故による被害者に対しては「自動車事故補償法(Motor Accidents Compensation Act, 1999)」が適用され、同法に基づく補償が行われる。
注202
また、2003年の「被害者支援及び社会復帰法」改正により、交通事故により死亡した被害者の直近の家族は、同法の新規定の下で20時間のカウンセリングサービスを受けられるようになった。
注203
Victims Services : Lawlink NSW, Compensation ? Calculating your Award,
<http://www.lawlink.nsw.gov.au/lawlink/victimsservices/ll_vs.nsf/pages/VS_compensationcalculating>, accessed on August 17, 2009.
注204
金額として最も大きなものを第1 の被害とし、これに対しては規定の100%が支払われる。第2の被害には規定の10%、第3の被害には規定の5%の補償金が支払われる。
注205
これら二つを合わせて受給する場合の上限はAUS$50,000となる。
注206
Victims Services : Lawlink NSW, Compensation - Interim Awards,
<http://www.lawlink.nsw.gov.au/lawlink/victimsservices/ll_vs.nsf/pages/VS_compensationwhocanapply>, accessed on August 17, 2009.
注207
New South Wales Consolidated Acts, Victims Support and Rehabilitation Act 1996 - Schedule 1, <http://www.austlii.edu.au/au/legis/nsw/consol_act/vsara1996372/sch1.html>, accessed on August 17, 2009. 実際の規定は200以上に分類されている。
注208
性的暴行に関してはその度合いによりカテゴリー1から3に分類されており、カテゴリー1はAUS$7,500-10,000、カテゴリー2はAUS$10,000-25,000、そしてカテゴリー3はAUS$25,000-50,000と金額の幅が設定されている。
注209
New South Wales Consolidated Acts, Victims Support and Rehabilitation Act 1996.
注210
Victims Compensation Tribunal of New South Wales, Chairperson’s Report 2007/2008(2008), p.10,
注211
同上, p.17.
注212
Australian Bureau of Statistics, 3010.0 - Australian Demographic Statistics, Dec 2008
注213
VOCAT, 2007-08 Annual Report (2008),
<http://www.vocat.vic.gov.au/wps/wcm/connect/b7c1f980426faf778c758f2b0760a79a/VOCAT_Annual_Report_07-08.pdf?MOD=AJPERES>, p.6, accessed on August 18, 2009.
注214
同上, p.4.
注215
Victorian Law Today Act, Victims of Crime Assistance Act (1996),
<http://www.legislation.vic.gov.au/Domino/Web_Notes/LDMS/LTObject_Store/LTObjSt4.nsf/DDE300B846EED9C7CA257616000A3571/CB77F7C10335522ECA257761002F3ED0/$FILE/96-81a047.pdf>,p.1, accessed on August 18, 2009.
注216
VOCAT, Primary Victim Applicants (brochure),
<http://www.vocat.vic.gov.au/wps/wcm/connect/87f8380042703a689129932b0760a79a/Primary_Victim_Applicant_brochure.pdf?MOD=AJPERES>, accessed on August 18, 2009.
注217
VOCAT, Secondary Victim Applicants (brochure),
<http://www.vocat.vic.gov.au/wps/wcm/connect/a5230280404ab67292c3fbf5f2791d4a/Secondary_Victim_Applicant_brochure.pdf?MOD=AJPERES>, accessed on August 18, 2009.
注218
配偶者、両親または保護者、子、兄弟姉妹(いずれも血縁は関係ない)が対象。祖父母、叔父叔母の関係にある者の場合は、被害者との親密な関係(同居の事実等)を証明する必要がある。
注219
VOCAT, Related Victim Applicants (brochure),
<http://www.vocat.vic.gov.au/wps/wcm/connect/ce945c00404ab67b92e9fbf5f2791d4a/Related_Victim_Applicant_brochure.pdf?MOD=AJPERES>, accessed on August 18, 2009.
注220
VOCAT, Primary Victim Applicants (brochure).
注221
事件発生から2年以内の賃金分のみを補償する。上限はAUS$20,000。
注222
長期的に傷病を回復するために必要な、医療費及びカウンセリング費用以外の費用を指す。
注223
VOCAT, 2007-08 Annual Report (2008), p.10. 2007年7月1日以降に発生した犯罪被害については、従来のAUS$7,500からAUS$10,000に増額するとある。
注224
VOCAT, Secondary Victim Applicants (brochure).
注225
一次被害者の場合と同様。
注226
二次被害者が18歳以下の場合、及び一次被害者となった18歳以下の子どもの両親若しくは保護者の場合のみ適用される場合がある。それ以外の事件目撃による二次被害者には適用されない。
注227
VOCAT, Related Victim Applicants (brochure).
注228
VOCAT, 2007-08 Annual Report (2008), p.11.
注229
同上, p.11. AUS$5,000 以内の一時的な給付となる。
注230
Victorian Law Today Act, Victims of Crime Assistance Act (1996), p.69.
注231
VOCAT Web page, <http://www.vocat.vic.gov.au>, accessed on August 18, 2009.
注232
VOCAT, 2007-08 Annual Report (2008), p.28-29 を元に作成。
注233
VOCAT, 2007-08 Annual Report (2008), p.28, Table 3
注234
Smartraveller, Death overseas,
<http://www.smartraveller.gov.au/tips/death_overseas.html>, accessed on August 21, 2009.
注235
Smartraveller, Travel insurance,
<http://www.smartraveller.gov.au/travel_insurance.html>, accessed on August 21, 2009.

5-2:テロ被害者への経済的支援

オーストラリアにおいて、テロ事件の被害者にのみ特化した経済的支援制度は存在しない。国内におけるテロ事件に関しては、犯罪事件と同様に各州・準州の経済的支援制度が適用されると考えられる。ただしオーストラリア国内におけるテロ事件は現在に至るまで発生していないため、実際にテロ事件に各州・準州の支援が適用されたケースはない。

前述の通り、テロ事件のみに特化した支援制度は存在しないが、オーストラリア国内外で起きた「災害」によって被害を受けた被害者に対する経済的支援制度は存在しており、テロ事件が「災害」として認可された場合、テロ事件被害者に対する経済的支援が可能となる。次項にて詳細を述べる。

5-2-1:オーストラリア政府災害復興給付金

オーストラリア国内外における「災害」によって被害者となったオーストラリアの住民に対し経済的支援を行うための制度として、「オーストラリア政府災害復興給付金(Australian Government Disaster Recovery Payment, AGDRP)」が存在する。

AGDRPによって定義されている「災害」は、具体的には、家族・住宅・地域サービス・先住民問題担当大臣(Minister for Department of Families, Housing, Community Services and Indigenous Affairs, FaHCSIA)により、オーストラリア住民に甚大な影響を及ぼし、政府による対応が必要だと宣言された災害のことを指している(注236)。そしてテロ事件による被害が政府によって「災害」として認められた場合、テロ事件の被害者がAGDRPによる経済的支援を受けられるということになる。現在までにAGDRPによる支援が適用されたテロ事件はいずれも国外での事件であるが、国内における自然災害にもAGDRPが適用されることから、仮に国内でテロ事件が発生した場合は、国外テロ事件と同様にAGDRPが適用されると考えられる(注237)。

(1)制度の根拠法令及び理念・趣旨
AGDRPの根拠となっている法律は、1991年に制定された「社会保障法(Social Security Act)」である。この法律は、一定の条件に応じて年金や支援、手当等を支給することを理念としており、AGDRPは、災害の発生により被害を受けたオーストラリア住民に対し、この法律の目的を遂行するために設立された支援制度である。この制度を担当する組織は、センターリンク(Centrelink: 正式名称は「連邦サービス提供機関(Commonwealth Service Delivery Agency)」, CDSA)という、社会保障に関する各給付金の問題について取り扱う連邦政府機関である。
  AGDRP において特筆すべきは、国内における犯罪被害における「被害者支援」としての観点からの州・準州による支援とは異なり、AGDRP は年金や手当といった概念を含む「社会保障」の観点からの支援を確立していることである。なお、AGDRPが有効となったのは2006年12月1日であり、それ以前においてはAGDRPの前身である「災害被害への救済給付金(Disaster Relief Payment)」が存在していた(注238)。
(2)給付対象(注239
給付の資格を持つ者は、以下の16歳以上の者である。
  • オーストラリア国籍を持つ者
  • オーストラリア永住権を持つ外国籍の者
  • 一定期間オーストラリアに滞在したニュージーランド国籍の者
  • その他国家が認定するビザを持つ外国籍の者
  また、以上の有資格者のうち、政府が認定した災害により以下のような被害を受けた者が給付の対象となる(注240)。
  • 災害により深刻な身体的被害及び精神的被害を受けた者
  • 災害により直近の家族が死亡した者
  • 災害により住居が居住不可となった者
  • 国外での災害により他の財源では賄われない出費を余儀なくされた者
  なお、16歳未満の子どもに関してはAGDRPからの給付を直接受け取ることはできないが、その保護者が以上の条件に当てはまる者であれば、保護者が子どもの代わりに給付を受けることになる。
(3)給付内容及び併給調整
原則として、以下の金額が給付の基本となる。
  • 成人(16歳以上):AUS$1,000
  • 子ども:AUS$400
  これらの額が短期のうちに支払われる。この金額は被害者の収入等には左右されず、一括で支払われる。なお前述のとおり、子どもが被災した場合はその保護者が給付を受け取る形式となる。
  またこれ以外にも、特別に給付がなされる場合がある。この場合の金額は災害の規模や被害の大小によって異なっており、それらは家族・住宅・地域サービス・先住民問題担当省(FaHCSIA)によって決定される(注241)。この特別給付に関しては医療費等の実費、カウンセリング費用、葬儀費、旅費等も含まれる場合があり、それらの上限も適用対象の災害によって様々である。
  なお、災害保険といった他の財源からの給付によって賄われる場合は、支給の対象外となる。
(4)申請方法及び査定方法
被害に遭ってから6か月以内に、センターリンクのカスタマーサービスセンターもしくは関連の窓口を通して、センターリンクへ申請する必要がある。また災害の発生時には臨時のホットラインからの申請も可能である。申請の受領後はセンターリンクにて、申請者の災害発生時における居住地・滞在地等を確認し、被害者への保険等による併給がないことを確認した後、支払いの決定が下される。
(5)財源及び給付実績
FaHCSIAの2007/08年次報告書によると、2007/08年度におけるAGDRPによる給付金の総額はAUS$39,068,000となっている(注242)。AGDRP の財源に関しては、オーストラリアにおける社会保障費のための予算よりAGDRPの予算が組まれていることから、国民からの税金や社会保険料等から賄われていると考えられる。
(6)AGDRPの最近の適用例
2008年11月26日から29日にかけて、インドのムンバイにて起こった同時多発テロ事件(注243)によって直接的に、身体及び精神への被害を受けたオーストラリア住民に対し、11月28日にAGDRPを適用することが決定された。この事件における給付の対象は以下のとおりである(注244)。
  • 事件に巻き込まれた、もしくはそれを目撃した者
  • 事件の人質となった、もしくは人質となる状況を目撃した者
  • 事件により重傷を負った人物を目撃した者
  • 事件により殺害された人物の遺体等を目撃した者
  • 事件により殺害された人物の直近の家族
  (3)のとおり、原則として成人にはAUS$1,000、16歳未満の子どもにはAUS$400が一括で支給されることとなったほか、ムンバイでのテロ事件により死亡した被害者の家族もしくは葬儀費用の負担者に対し、上限AUS$5,000の葬儀費用が支援された。
  さらに上記の支援とは別に、このテロ事件により身体的及び精神的に被害を負った者に対し、他の国家・州・準州による補償プログラムや旅行保険、健康保険等によって賄われない場合のみ医療費やカウンセリング費用といった治療のための実費も支援の対象となった。上限については設定されていないと考えられる。
  なお、このムンバイでの同時多発テロ事件による被害者へのAGDRP支援は、支給決定から半年後の2009年5月27日に終了している(注245)。
注236
Centrelink, Australian Government Disaster Recovery Payment (AGDRP),
<http://www.centrelink.gov.au/internet/internet.nsf/payments/disaster_relief.htm>, accessed on August 25, 2009.
注237
ただしAGDRP設立以降、さらにその前においても、オーストラリア国内において大規模なテロ事件は発生していないため、実例は存在しない。
注238
同上
注239
Centrelink, What Qualification Requirements does the Australian Government Disaster Recovery Payment (AGDRP) have?, <http://www.centrelink.com.au/internet/internet.nsf/payments/qual_res_drp.htm>, accessed on August 6, 2009.
注240
ただし、テロ事件の内容によってさらに細かく条件が設定される場合がある。
注241
FaHCSIA Website, Disaster Recovery,
<http://www.fahcsia.gov.au/sa/communities/progserv/Pages/disaster_assistance.aspx#_ex-gratia_assistance>, accessed on August 24, 2009.
注242
FaHCSIA, Annual Report 2007-2008 (2008), p.263,
<http://www.fahcsia.gov.au/about/publicationsarticles/corp/Documents/2008%20Annual%20Report/docs/AR0708_P2.pdf>, accessed on August 25, 2009. ただしこれは自然災害等への支給も含めたAGDRP全体でのデータであり、テロ事件のみを対象としたデータは存在しない。
注243
外国人向けのホテルや複数の駅等で銃撃、爆破、人質事件に発展したテロ事件である。現地の住民と外国人合わせて164人が死亡、多数が受傷した(オーストラリア人は2人が死亡、2人が受傷)。
注244
An Australian Government Initiative: Disaster Assist, Mumbai Crisis - November 2008,
<http://www.disasterassist.gov.au/mumbai_crisis/index.htm>, accessed on August 25, 2009.
注245
2009年9月現在、ムンバイでのテロ事件による被害者への給付実績は発表されていない。

5-3:総括

以上の制度概要から、オーストラリアにおける犯罪・テロ事件被害者への経済的支援制度に関してまとめることとする。

全ての州・準州・地域において国内(州内)犯罪被害者に対する経済的支援が整っていることから、オーストラリア国内であればどこで被害を受けても、被害者は給付を受けられる。補償の内容に関しては、地域によって受給できる金額の上限は異なるなど、制度のバリエーションこそあるが、基本的には身体・精神被害に対する補償や、賃金の損失に対する補償(クイーンズランド州を除く)を共通して受けられる制度がオーストラリア全土において存在することは、アメリカと同様の特徴である。

また、いくつかの州では、犯罪被害者への経済的支援制度を「加害者からの弁償が不可能である場合のための補償制度」であることを明記している(クイーンズランド州、南オーストラリア州、タスマニア州)ことから、被害者への支援は原則として加害者が行うものという考え方が先行した上で、被害者への経済的支援の制度を確立していることも、オーストラリアにおける支援制度の特徴であるといえる。

テロ事件被害者への支援に関しても、AGDRPによってカバーされている。テロ事件被害のみに特化している制度ではないが、テロ事件として国家が認識さえすれば、AGDRPによる支援がすぐに受けられることから、テロ事件被害者への経済的支援制度として確立しているといえる。原則として受けられる金額はAUS$1,000(子どもはAUS$400)と少額であるが、災害(事件)の規模に応じて特別に給付がなされる場合もあるため、テロ事件被害者への支援体制は比較的充実していると考えられる。

しかしながら、アメリカにおける同時多発テロ事件(911)の被害者に対するアメリカによる支援と比較すると、その規模は著しく小さいといえる。AGDRPの前身である「災害軽減給付金」が運用されていた時期の2002年、インドネシアで起こったバリ島テロ事件の被害者となったオーストラリア住民に対し経済的支援が行われたが、その内容は被害者の医療費及び交通費の負担のみであり、911 における支援には遠く及ばないものであった(注246)。この支援に対し、オーストラリア住民はその支援内容の乏しさに不満を持ったという記事も存在する(注247)ことから、今後の連邦・州・準州政府の対応に注目したい。


注246
The Age, “Free health care for Bali victims”,
<http://www.theage.com.au/articles/2002/11/01/1036027034885.html>, accessed on June 16,2009.
注247
World Socialist Web Site, “The Australian government and the “war on terrorism””, <http://www.wsws.org/articles/2003/oct2003/bali-o11.shtml>, accessed on June 15, 2009.