栃木大会:パネルディスカッション

「被害者支援の気運をもりあげるために」

コーディネーター:
辻 惠介(武蔵野大学教授)

パネリスト:
嶝口 知宏(和歌山県県民生活課生活安全班長)
安田 貴彦(公益社団法人全国被害者支援ネットワーク顧問)
工藤 光広(栃木県警察本部県民広報相談課犯罪被害者支援室長)
和氣 みち子(公益社団法人被害者支援センターとちぎ事務局長)

辻:では、早速始めさせていただきます。

 今、舞台の袖で安田先生に、「先生、とってもよかったです」と、つい本音で言ってしまいました。被害者支援についての今までの大きな流れを解説してくださった上で、これからの課題は何かということを端的にご教示いただけたと思います。地域社会で被害者支援の気運を盛り上げるには、公的な支援を充実させ、民間支援団体の活動の基盤を強化する必要もある訳ですが、それに止まらず、漏れのないきめ細かな支援活動を行うには、被害者支援の総合化を図ることが大切で、そのためには、地方自治体で犯罪被害者支援条例を整備していく必要があるのだという御指摘をいただきました。残念ながら、少々時間が足りず、最後のほうは駆け足でお話しいただかざるを得ませんでしたが、なぜ犯罪被害者支援条例が必要なのかという具体的な論拠については、このパネルディスカッションのなかで、また御指摘いただけると思います。
これからの流れとしては、初めに、われわれがどういうところを改善していったらよいのか明確にするために、和氣事務局長に、被害者の立場からの生の声をお聞かせいただければと思います。昔と比べて被害者支援活動に進展が見られるのは確かですが、まだまだ足りないところが多いので、被害に遭われた方々は、今日でも社会に対していろいろな思いを抱かれていることと思います。続いて、工藤室長に、事件事故の直後から被害者に関わる警察官として、どう感じて、どんな対応ができて、どんな対応ができないかといったあたりをお話しいただきたいと思います。警察を代表して発言するとお考えになると、言いにくいこともあるかも知れませんが、一人の警察官として、被害者にこういうことをしたかったが立場上できずもどかしかったとか、そういったあたりをおっしゃっていただいてもよいのではないかと思います。そして、それではどうしたらよいだろうかと考える段になりますと、ほかの地域ではどうしているのか知りたくなりますので、栃木県に先立ち、犯罪被害者支援条例を立ち上げた和歌山県の例を、嶝口班長に教えていただきたいと思います。

 このお三方にお話しいただいた上で、最後に安田先生に、なぜ犯罪被害者支援条例が必要なのかご解説いただきつつ、ディスカッションをまとめていただければと考えております。国としての法律はできているのだから、栃木県と県内の市町でもがんばれよと喝を入れていただくことになるかも知れませんが。

 さて、では、早速、和氣事務局長、よろしくお願いいたします。

和氣:皆様、こんにちは。公益社団法人被害者支援センターとちぎの和氣でございます。日ごろは被害者支援活動に関しまして、御支援、御協力をいただき大変ありがとうございます。改めて感謝申し上げます。

 栃木県内の被害者支援の活動は、お陰様で全国の中でも活発に活動ができていると思っておりますけれども、被害者等のかゆいところにはまだまだ手が届かないところがあります。先ほど安田先生による基調講演でもありましたように、今後、充実した被害者支援を提供していくにはどのようにしていくことが望ましいのか、ディスカッションしたいと思います。本日はよろしくお願いいたします。

 それでは、犯罪被害に遭うとどのような状況になってしまうのか。なぜ、犯罪被害者支援が必要なのか、理解を深めていただきたいと思います。

 私も2000年、平成12年、最愛の娘、由佳、当時19歳と8カ月を飲酒居眠り運転の大型トラックによって正面衝突されて命を奪われた犯罪被害者です。その日から生活がまず一変してしまいます。家族がバラバラになります。心身ともに悪影響が出てしまいます。今年で娘を亡くして19年となりました。犯罪被害者をやめることができないんです。やめることができたらどんなに幸せかと思います。娘の命が戻ることがあれば戻れるかもしれません。

 突然被害に遭遇して、悲しみ、苦しみ、怒り、自責の念に駆られながら毎日を送ることになりますので、犯罪被害者等には第三者の支援が必要となります。その第三者の中核にいるのが被害者支援センターとちぎではないかと思います。全国被害者支援ネットワークの加盟団体でして、全国47都道府県、48カ所に開設されておりまして、それぞれに公安委員会から早期援助団体の指定を受けて、被害者等の被害軽減、早期回復、生活の再建が図られるよう、支援活動に取り組んでいるところでございます。

 被害者支援センターとちぎも全国のセンターとネットワークを構築しながら活動しておりますが、被害者等の支援はセンターだけではできません。警察や県、市町、行政、検察庁、裁判所、保護観察所、医療機関、弁護士会、学校等の連携がとても重要になります。誰もが安全、安心して暮らせることができる社会の実現を目指すことが必要ですが、被害者支援の充実にはまだ道半ばです。

 被害者のニーズを把握し、被害者等の意思を尊重しながら、関係機関と連携を図り支援を行いますけれども、犯罪被害者等基本法の更なる充実や県、市町、行政の条例制定が必要であると常々強く感じております。

 それでは被害者支援センターとちぎの支援活動広報のDVDがございます。御参考にご覧ください。約10分間です。それではお願いいたします。

<DVD上映>

 はい、ありがとうございました。もう少し詳しい部分は皆さんのお手元の資料に同封しました「あなたに知ってほしいこと」という冊子がございます。こちらを後ほど御覧ください。

 被害者支援の気運を盛り上げるためには、先ほど安田先生の基調講演にもありましたが、「地域社会の支援と民間団体の基盤強化」が必要ということです。県や市町、行政に条例を制定していただくことで、被害者支援の地域社会づくりが活発になります。活発になると、犯罪被害者等の正しい理解と支援が浸透します。また、理解が深まることで二次的被害も防止できます。社会全体が思いやりを持って、助け合い、支え合いの精神が芽生えて、被害者支援の気運が盛り上がると期待しております。私からは以上です。

辻:ありがとうございます。被害者支援センターとちぎが立ち上がって十数年、こうしてDVDを見ていますと、「ここまで漕ぎ着けたか」という感慨と、「まだまだ痒いところに手が届かない」というご指摘の重さと、その両方を感じます。後ほど、民間支援団体の基盤強化という課題に絡めて、センターとして現在困っていらっしゃることなどを確認させていただくことになるかも知れませんので、よろしくお願いいたします。

 では、続きまして、工藤室長、お願いいたします。

工藤:警察本部犯罪被害者支援室長の工藤と申します。私は今から約15年前に犯罪被害者支援室に勤務しており、「被害者支援センターとちぎ」の設立に関わりました。そんな縁もあって、今日はこの席に呼ばれたのかなと思っていますので、よろしくお願いします。
私からは、警察は被害者に最初に接する機関でありますので、警察における被害者支援の取組を簡単に説明させてもらい、その後で、今日のテーマが「被害者支援の気運をもりあげるために」とありますので、そのために警察はどのように関わっていくのかということをお話ししたいと思います。

 まず、警察における被害者支援の取組ですが、時間の制約がありますので簡単にお話ししますと、まず、被害者に対する情報提供ということで、刑事手続の流れであるとか相談窓口等の被害者が必要する情報をまとめた「被害者の手引」というものを交付しているほか、被害者に対して、捜査状況や検挙、起訴、不起訴等の状況を連絡する「被害者連絡制度」を実施しております。また、犯罪被害に遭われた方の中には、心に大きなダメージを受けられる方もおられまして、どちらかというと警察官ではなくて心理学的な立場からの専門的なカウンセリングが必要な場合があります。そうした方に対してカウンセリングができるよう、被害者支援室に臨床心理士の資格を有する職員を配置するなどしてカウンセリング体制を整備しております。また、経済的負担の軽減といたしまして、先ほど国による「犯罪被害給付制度」の話がありましたけれども、これとは別に病院における診断費用であるとか、また性犯罪の被害に遭われた方への緊急避妊に関する費用といったものを公費で負担するという制度も運用しております。この他にも被害者を支援するいろいろな制度がありますが、決して忘れてはならないのが、こうした制度が現場でしっかり機能していくことだと思いますので、しっかり現場を指導していきたいと思っております。

 続きまして、被害者支援の気運をもりあげるために警察が果たすべき役割は何かということですが、これは栃木県警察としての考え方ではなく、被害者支援に携わる者の私見としてお話をさせてもらいたいと思います。

 「被害者支援は誰のためにやるんだ。」ということを考えた時に、犯罪被害者等基本法の前書きに、「国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性がある。」ということが書いてあります。そのとおり、犯罪被害者支援の施策というものは、被害者のみのための施策ではなくて、やはり明日被害に遭うかもしれない県民全てのための施策だと思います。どうしても被害者支援の施策というと、被害者や御遺族にといったイメージがつきやすいところですが、決してそんなことはありません。ただ、やっぱり被害に遭っていない方については、「被害に遭った方はかわいそうだよね。」などといった他人事感が否めないのが正直なところであります。被害者支援の施策は県民の理解と協力がなければ、その効果は十分に発揮されませんので、一人でも多くの県民に被害者の現実であるとか、またその生の声をしっかり伝えていかなければならないと思っています。

 先ほど、作文コンクールの優秀作品として表彰をされた中学生、高校生の2名が作品を朗読してくれましたが、私はその予備審査に携わりました。普段、あまり本を読みませんが、あがってきた作文については一つ一つ真剣に読ませてもらい、本当に感動しました。和氣さんや小佐々さんが中学校や高校に行って話をしてくれるのですが、やはり中学生や高校生が生の声を聞いて受け止めるというのは本当に大きな意味があると思いました。今日は、教育関係の方も来られていると承知していますが、こうした「命の大切さを学ぶ教室」みたいなものを、まずはしっかりとやっていく必要があると思っています。

 あと、ちょっと違う観点で、栃木県という枠組みではなくて、我が国における被害者支援の発展というところでみたときに、安田先生らの御努力をはじめとする、警察がリードしてきたというところは一つの事実としてあると思っています。ただ、現場で被害者と接すると被害者のニーズというのは非常に多岐にわたっており千差万別です。これは、よく言われている話ですが、被害者支援というのは警察が一人で、できるものではありません。むしろ、警察が行っている被害者支援というのは、全体から見るとごく一部でしかないのかしれません。被害者支援は、いろいろな機関であるとか人々が参加して、県民的な広がりを持つ活動だと思いますが、それぞれの機関、団体、地域社会が適切な役割分担のもと、相互連携を深めながらやっていくというのが大事であると思っています。ただ、最も大事なことはそれをまとめていく「仕組み」です。それを誰がまとめるのか?誰がまとめるのが望ましいのか?という「仕組み」が実際のところ、これまでは警察がリードしてきたところがありますが、県民に一番近い行政というのは市町ですので、今後は、どちらかというと市町が旗振り役、まとめ役となりまして、そこに警察が支援していくという形が望ましいのではないかと思います。

 最後に、安田先生から基調講演におきまして「皆様のお力で栃木県の全ての自治体に犯罪被害者条例を制定していただけないでしょうか。」、また、和氣さんからも「栃木県にも条例を…。」という話がありました。まだ被害者支援条例について勉強不足なところがありますが、条例のイメージとして、条例ができているまちは、「被害者に優しいまち」、「弱者に優しいまち」という印象を持ちまして、そういう弱者に優しかったり、被害者に優しいまちというものは、安全・安心なまちづくりではありませんが、警察目的に資するところが重々あると思います。私は、個人的に警察は被害者の第一の応援団であるべきだと思っており、被害者の声により条例制定の気運が高まる中で、警察としてやるべきことがあるならば力を尽くしたいと思っています。私からは以上です。

辻:ありがとうございます。制度ができることもさることながら、制度がしっかり機能することが重要で、被害者支援は警察だけでできる訳ではなく、県民のなかでの広がりが大切というご指摘は、安田先生からいただいている「被害者支援の総合化」というテーマにも重なるように感じました。

 栃木県内の状況が確認できると、先ほどもお話ししましたように、他所の県ではどうしているのかが、とても気になってまいります。ここは、本音も建前も併せて、和歌山県での被害者支援活動のご様子を嶝口班長に教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

嶝口:御紹介にあずかりました和歌山県県民生活課生活安全班の班長をさせていただいています嶝口と申します。本日はよろしくお願いします。

 このたびは犯罪被害者週間栃木大会にお招きいただきまして本当にありがとうございます。また、先日の台風ではここ栃木県におかれましても大変な被害が出たというふうにお聞きしております。この度、被害に遭われた方に対しましてお見舞いを申し上げます。

 条例のことについてお話しする前に、ちょっと私自身のことを紹介させていただきます。元々は、私、和歌山県の警察官として拝命いたしまして、それから主に交通捜査部門で勤務をしてまいりました。今年度から知事部局に出向させていただきまして、また、こうして栃木県で犯罪被害者支援についてディスカッションさせていただく機会をいただきまして、並々ならぬ御縁を感じているところでございます。

 私ども県民生活課では、実は今年4月1日に犯罪被害者等支援条例の他に、2つの条例を施行してございます。飲酒運転根絶に関する条例、それから自転車の安全利用に関する条例、この2つの条例も同時施行しております。

 スライドを見ていただきますと、テーマは「途切れない支援のために」ということで、下にあるのが、紀州犬のモチーフとなっております「きいちゃん」という和歌山県のマスコットキャラクターでございます。このきいちゃんの手にはハート、真心のハートを抱いておるのですが、実はこのバージョンが別にありまして、飲酒運転根絶のポスターにはこのきいちゃんがすごく怒った顔で載っております。「和歌山県飲酒運転根絶」、これでクリックしていただきますと、和歌山県のホームページに飛びます。そこでポスターが掲示されておるのですけれども、そこで御覧いただくことができますので、また時間のある方はクリックしていただければと思います。

 それでは、条例の制定についてスライドを使いながら御紹介させていただきます。

 最初に和歌山県の犯罪情勢でございます。刑法犯認知件数につきましては御覧のとおり、内訳で重要犯罪は増加している年もあるのですけれども、全体的には減少傾向でございます。交通事故件数につきましても減少傾向が続いております。ただ、一方で、紀の国被害者支援センター様の統計によりますと、電話や面接による相談件数、直接的支援の件数については増加傾向にあるとお聞きしております。単純に発生件数が減っても相談件数が減らないということは、やはり一つ一つの事件を捉えてみると、被害者にとって深刻なケースとなる場合が増えているのではないかというふうにも窺えます。

 次に、条例の制定に至るまでの和歌山県の犯罪被害者支援に係る取組について若干説明させていただきます。和歌山県では平成18年に和歌山県安全・安心まちづくり条例を施行しております。この条例では、第4章第28条なんですけれども、ここで「犯罪被害者及びその家族又はその遺族に対する情報提供、助言、支援にあたる関係機関・団体の連携、県民の理解と県が行う支援への協力等について」規定をしております。この規定に基づきまして、知事部局において総合的対応窓口の設置、それから犯罪被害者支援ハンドブックの作成、このハンドブックをもとに全市町における相談窓口の設置、研修事業等々を実施しております。また、各相談受理、合同街頭啓発、メディアを活用した広報啓発、内閣府と連携いたしました事業も展開してまいりました。

 条例制定前の取組、具体的には相談・情報提供、県のホームページを利用いたしまして対応窓口を広報したり、県民の理解の推進ということで広報啓発であったり、出前講座、病院さんとか事業所さんに対する被害者支援の講座、それから居住及び雇用の安定ということで県営住宅への優先入居、それから支援体制の強化ということで、警察庁(内閣府)の事業、それから県の被害者支援連絡協議会、市町村担当者への情報共有といったところで支援の強化を図っております。また、民間支援団体さん、性暴力救援センター「わかやまmine」、それから紀の国被害者支援センターさんとの連携した取組を展開してまいりました。

 このように、県の安全・安心まちづくり条例の中でも、規定に基づきまして各施策を実施してきたわけですが、弁護士会様あるいは被害者支援センター様といった関係団体の皆様から条例制定の必要性、特に経済的支援は必要ですよ、ということでいろいろなアドバイスをいただきながら、支援の更なる充実のためには基本的理念あるいは基本的施策を定めた特化条例の制定が必要との判断に至りました。

 条例制定までのスケジュールですけれども、関係機関・団体様との協議、それから条例制定に向けての検討、特に都道府県レベルで経済的支援を明記しておられる神奈川県さんにもアドバイスをいただきながら、条例制定に向けた検討を重ねてまいりました。そして骨子案を策定いたしまして、平成30年11月から12月にかけまして、県民の皆さんの意見もお聞きする機会ということでパブリックコメントを実施。そして、今年の平成31年2月に議会に上程、3月に交付、4月1日に施行ということに至っております。

 続きまして、条例の概要、枠組について御紹介させていただきます。

 章立ては全てで22条の構成でございまして、1条から9条までは総則、10条から22条までは支援に関する基本的施策について規定をしております。赤枠の7条までは目的、定義、そして県民事業者さん、関係団体の責務ということで規定をしております。

 この条例をイメージした図がこちらになります。犯罪被害に遭われた方は、先ほど和氣さんの御説明であったり、安田先生の御説明でありましたけれども、心身の不調から生活上の問題、周囲の人の言動による傷つき、捜査・裁判等に伴う様々な負担、いろいろな負担を強いられてしまいます。犯罪被害に遭われた方、全ての方の個人の尊厳が尊重されて、また再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援が途切れることなく受けられるように、これは社会全体で支えていきましょうと、こういう理念となっております。そのために行政は支援のための総合的な施策を推進、支援団体の皆様には支援に関する情報収集、人材の育成等々が求められます。また、職場での理解、これも必要です。そして、広く県民の皆様にも被害者支援の重要性といったものを理解してもらう、これも大事なことでございます。

 そして、この条例の特徴なんですけれども、第10条からは支援に関する基本的施策について定めております。先ほども触れましたけれども、被害に遭われた方に対する経済的支援に関する施策を盛り込んでございます。

 第10条は相談及び情報の提供等ということで、犯罪被害者等基本法の11条を受けた具体的施策でございます。第12条は生活資金の貸付の施策について規定しております。第10条の関係につきましては、具体的には弁護士の無料相談制度でございます。和歌山県弁護士会様と協定を結びまして、援助に精通しておられる弁護士さんとの無料相談費用を公費を負担するという制度で、法律相談1回につき8,000円、最大2回まで県で費用負担することとしております。

 次に、貸付金制度でございます。故意の犯罪により重傷病を負った方やその御家族におかれましては療養期間1カ月以上かつ入院3日以上の場合、あるいはPTSD等の精神疾患で療養期間1カ月以上かつ3日以上の就労不能の場合、そして、殺人事件の御遺族の方、限度額を100万円として無利子で貸付を行うという制度でございます。貸付の対象者は原則としまして犯罪被害給付金制度の申請者等となっております。

 この制度につきましては、経済的支援については、実は和歌山県内で上富田町という町で白浜町の隣なんですけれども、条例が平成29年に施行されております。そちらでは、見舞金の制度がありまして、障害見舞金10万円、遺族見舞金30万円の支給が明記されております。そことの条例との棲み分けといたしまして、県では当面の生活資金ということで貸付金制度を規定することといたしております。

 先ほどもDVDの御紹介がありましたけれども、こうした制度については押し付けであってはならないと思います。ただし、こうした制度がせっかくあるので、これは必ず周知していただかないと漏れが出てくるわけでございます。ですので、被害者の方と接する機会の多い警察の方、それからセンターの方に周知をきっちりしていただいているところでございます。

 県ではこの条例の周知をするために、今年6月に犯罪被害者等支援フォーラムを開催いたしまして、またこのフォーラムでディスカッション形式によりまして、これからの犯罪被害者支援のあり方ということで全国被害者ネットワークの平井理事長様にもお越しいただきまして実施したところでございます。

 また、先ほど申し上げました県内の市町村では上富田町で支援条例が制定されております。今後、紀の国被害者支援センター様や弁護士会様が上富田町以外の市町村にも条例制定に向けて積極的に働きかけていくといった状況でございます。県としては、条例の制度について、一人でも多くの方に知っていただけるように広報・啓発に努めてまいりたいと思っているところでございます。条例の説明については以上となります。

辻:ありがとうございます。やはり被害者支援の取組が非常に多岐にわたることが、この条例にも表れていますね。条例では、被害者支援の基本理念を打ち出すと共に、被害者支援に必要な活動を取りまとめないことには、被害者支援の全体像を関係者が把握できなくなってしまう危険性がありそうですね。条例を定めて周知することで、行政の窓口を担当されている方などにとっては、条例が使い勝手のよい手引として機能することもあるのかななどと思いながらお話を伺っていたのですが、条例が有効に活用されるようにすることも大切なのでしょうね。

嶝口:そうですね。やはり、この目的というのは被害者の方の負担がちょっとでも軽くなるように、これが大命題でございますので、それに向けた条例の運用ということを第一に考えていきたいと思っています。

辻:ありがとうございます。わかりやすく整理していただき、本当にありがとうございます。

 この後、安田先生にマイクをお渡しすることになりますが、その前に、和氣事務局長、民間支援団体の基盤強化と絡めて、条例がないことで被害者支援センターとして困っている点がおありでしたら、教えていただけると議論が深まると思うのですが、いかがでしょう。

和氣:被害者の方が被害者支援センターに来られてお話を伺う中で、行政窓口での手続等が非常に大変であるということが多々あります。私も被害者となって行政窓口に行きましたけれども、どの様な使える制度があるかまずわりませんでした。混乱している中で窓口に行くのですが、どこの窓口に行けばいいのか分かりません。そうしますと窓口をたらい回しにあってしまう。そしてその都度つらい話を何度もしなければならない状態となりました。混乱している被害者にとって行政手続は非常に分かりにくく重労働な作業なのです。中には、そういうことで気力・体力がなくなり、使える制度があっても行政窓口に行くのをやめてしまう被害者の方もおります。せっかく使える制度や法律があるのに、最後には「使わなくてもいいや」というように諦めてしまう結果になるケースもあるので被害者支援が必要になります。

 現在、市町行政には犯罪被害者支援の窓口は100%設置され、担当者も配置されました。しかし各市町の行政は非常に温度差があり過ぎており被害者支援センターとしては困惑しています。
例えば非常に気配りのある行政では、被害者の方と市役所にいきますと、部屋を用意してくださって、その被害者が必要であろう窓口の担当者を集めてくださり、ワンストップの支援ができている行政もあります。一方で、「我々は被害者支援のプロじゃないから、被害者支援がやればいいんじゃないか」というような発言をするような行政もあります。どこの市町で被害者が生まれるかは分かりませんので、どこで被害に遭っても同じ支援を途切れなく行っていただきたい。当センターでの支援では、行政にお願いしなければならないニーズであれば行政の方に橋渡しをさせていただくことになります。被害者支援センターは行政のプロではありませんので、プロである行政の方にお願いしたいのです。その様なことが非常に歯がゆく思っているところです。

辻:ありがとうございます。被害者支援に対する意識が低い人に対しては喝を入れて、意識が高い人に対しては動きやすくしてさしあげるという形になってまいりますかね。

 さて、だんだんわれわれも、確かに条例は必要そうだ、という気持ちになってまいりました。ここで安田先生にマイクをお廻しして、時間の関係で若干割愛していただいた基調講演の後半部分も含めて、犯罪被害者支援条例の必要性を再度ご解説いただきたいと思います。いかがでしょう、ここまでの生の声も踏まえていただいて。

安田:まず、先ほどの和氣さんのお話にもございましたけれども、条例で定められていないと、担当の職員の方々としてはどこまでやっていいのか不安な部分もあるだろうと思います。はっきりした法的な根拠がないと、自分のやっていることが「ちょっとやりすぎじゃないのか」と心配になったり、本来の自分の担当の福祉なら福祉、雇用なら雇用の仕事の中で、「この被害者を優先的に扱っていいのか」などについての判断がつきにくかったりするだろうと思います。窓口で受け付けた後、先ほどのお話のように一つの部屋で事務処理をしていただければ有り難いんですが、窓口担当の方が仮にそういった形で処理したいと考えたとしても、他の部門の方からは「なんでそんなところまで行かなきゃいけないの?」といった反応になりかねないことは、正直言ってあるだろうと思います。行政も暇にしているわけではありませんから、「いやいや、こうやって条例で決まっているじゃないですか」ということがはっきり言えないと動きづらいというのは事実だろうと思います。

 先ほどは話し切れなくて恐縮でございます。少し捕捉をさせていただきます。条例制定が求められるとしても、条例をつくるのは大変な作業でもございますし、本当にそこまでの必要性があるのだろうか、という疑問を持たれる行政や議員の方々、あるいは住民の方々がいらっしゃっても不思議ではないと思います。

 幾つかよく耳にする疑問点について、自分なりに整理してみたので、少し解説をさせていただきます。まずは国に基本法という立派な法律があるのだから、自治体がわざわざ条例を定めなくてもいいんじゃないですか、という意見もあろうかと思います【スライド71】。それに対しましては、私自身はこう考えています。基本法は、国の基本方針を定めているだけです。しかも、国の具体的施策については政府が基本計画をつくるということに、ある意味では投げている部分がありまして、法律で定める基本的施策は比較的抽象的にまとめてあります。柔軟に対応できるうまくできた法律だと、国の行政をやっていた者としては思います。では、その基本計画は誰がつくるのかといいますと内閣が、現在は内閣総理大臣が議長の被害者等施策推進会議というところで決定をするという構造になっているわけです。これは行政権の範囲で、しかも国の行政に関わる話なので、繰り返し申し上げましたように、地方自治体に対して「ああせい、こうせい」、あるいは「こうしなければならない」ということは書けないものなのですね。地方は地方で、自治体自身が判断するというのがまさに憲法で定められた地方自治の本旨であります。

 ですから、国が法律をつくっても、国の制度ではない限り、必ずしも各地域で支援が提供されるとは限らない。その保障はないと言ってもいいかもしれません。そういうことで、やはり地方においてきちんと何を具体的にやるのかということを定めていただく必要があるだろうと考えています。

 2番目に、「いや、うちは要綱や指針を定めてやっていますから、敢えて条例までつくらなくてもいいんじゃないですか」という、これも比較的よく聞かれる意見があります【スライド72】。要綱を策定しておられることはもちろんいいことではありますけれども、要綱が縛っているのはあくまで行政内部だけです。市なら市役所、県なら県庁の内部規定なんですね。先ほども申し上げましたが、首長さんのお考えが変わればいつでも変えてしまうことも可能なわけであります。その効果が及ぶ範囲も内部規定ですから、行政機関以外には及びません。民間事業者とか地域住民の方々がこうすべきであるというようなことは書けませんし、ましてや先ほど申し上げたような被害者支援連絡協議会の構成員に守秘義務をかけて、安心して相談できるようにしましょう、というようなことは要綱では絶対できません。そういう意味で、条例ではないとできないこと、及ばない効果といったものがあるということでございます。

 次に、先ほどのお話しの和歌山の条例もそうだったのですけれども、その中に犯罪被害者に対する支援が盛り込まれているので、改めて被害者支援に特化した条例をつくるまでの必要性はないでしょう、という御意見もあり得ると思います【スライド73】。

 これは、確かにあります。栃木県でも2005年に「安全・安心なまちづくり推進条例」が制定され、当時随分議論があったと伺っておりますが、21条に犯罪被害者のための施策、そして22条に犯罪被害者のための施策への協力が盛り込まれております。全国的に見て早い時期の取組であり、高く評価できるものだと思いますけれども、現時点から見ますと、これで十分でしょうか。

 といいますのは、先ほど犯罪被害者等給付金支給法の改正の中で目的規定を設けましたということを申し上げましたが、法律は、何のためにこの法律を定めるんですか、この政策を行うんですか、ということが非常に重要なんですね。ところが、残念ながら、栃木県の条例では、目的の中に“犯罪被害者の支援”という言葉は出てこないんです。和歌山もなかったですね。多くの自治体の安全・安心まちづくり条例はそうなのです。

 つまり、この条例は防犯が目的なんですね。犯罪が起きないようにしましょうということが目的であって、犯罪が起きて被害に遭われた方々をどう助けましょうか、ということについては目的に盛り込まれていないんです。言い方は悪いですが、これでは被害者の立場から見たらどうでしょうか、付け足しみたいな印象を与えてしまうのではないでしょうか。規定を設けてはいただいていますけれども、やや物足りない状況かなと思います。

 せっかくそこまでおやりになっていただいているのですから、もう一歩進める時期が来ているのではないでしょうか。実際、和歌山県においても、いわゆる盛り込み条例から特化条例に改められましたけれども、そうした例は、埼玉県や佐賀県などでも見られているところであります。ぜひ、そういった形で更に充実した条例を新たに制定していただければありがたいと思います。

 4番目に、確かにいずれは条例を作ったほうがいいかなと思ってはいるけれども、隣の県や同じくらいの規模の県でまだ作っていない県もあるし、それを待ってからでもいいんじゃないですかね?とか、本県は他県と比べてあまり犯罪が多くないのに、そこまで必要ですかね?というようなお声も確かに聞きますし、行政の担当者としてはそういう部分も気になるだろうなというのは、役人だった人間からすると分からないではないのです【スライド74】。ただ、被害者支援という政策は、よそがやるまで待っていればいいような性質の施策なのでしょうか。いいことだと思っておられるのであれば、他に全く例がないならともかく、既にかなりの県や市町村でも制定されているわけですから、もうよそがやるまで待つ必要があるような段階なのでしょうか、というのが私の思うところであります。

 犯罪情勢についても、あまり犯罪が多いまちではないから、と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、これからいつ、どんな犯罪や事故が起きるかということを予測するようなことは誰にもできません。現に、栃木県下も、残念ながらそれほど他県と比べて少ないとは言えない犯罪情勢であります。

 もっと申し上げると、例えば、2019年もいろいろな悲惨な事件や事故が起きてしまいましたが、川崎市登戸での児童等の殺傷事件、あるいは京都アニメーションの放火殺人事件等、ああいう事件はいつどこで起きるか全くわからない事件ですね。ついこの間、栃木県で大阪と茨城の女の子が監禁されていた事件がありましたけれども、こうした犯罪は、防ごうと思っても容易に防ぐことができないものです。

 ですから、防犯のための安全・安心まちづくり条例は、当然重要なんですけれども、そういった犯罪を防ぐ努力をする、しかしながら、それでも防ぎ得なかった犯罪被害者の方は残念ながら必ず出てくると考えなければならないわけですから、発生した犯罪被害に対処する体制まで整備してこそ、初めて安全・安心な地域社会だといえるのではないでしょうか。

 また、犯罪といっても、目に見える犯罪というか、統計に載ってきたものだけが犯罪の全てではありません。例えば、性犯罪について申し上げれば、内閣府の調査を見ますと、無理やり性交されたという経験を、女性の7.8%、男性の1.5%が持っていると答えているわけですが、残念ながらその中で誰かに相談したという人はせいぜい3割程度なんです。警察に相談したという人は4.3%に過ぎません。警察の認知件数というのは、性犯罪に関しましては、ひょっとすると実際の20分の1くらいかもしれないのです。

 そういう状況ですから、条例ができれば、犯罪の被害に対して行政が支援をしてくれるんだということがそうした被害者にも明確になるわけで、そうなれば、例えば警察に相談しにくい方も市役所の窓口なら行ってみようか、県庁の窓口に行ってみようかと思い、被害の相談に来られるということです。こうして被害相談の件数が増えても、それは決して治安が悪くなったことではありません。取組が進んだからこそ、第3次基本計画の中でも強調されているように言ったように、潜在化していた被害者が見えてくるようになったということです。見えてくることによって支援の手を差し伸べることができるようになるわけですから、それは決して恥ずかしいことではなく、むしろ施策が進んだということの証明であり誇るべきことであろうと思います。

 もう一つだけ申し上げますと、都道府県と市町村と両方で条例を定める必要があるんですか、二重行政ではないですか、という御意見もあるかもしれません【スライド75】。

 ただ、これはちゃんと役割分担があるだろうと私は考えています。私が特に重要だと思うのは市町村の方ですね。市町村が基本的に地域の住民の方々に行政サービスを提供する、まさに基礎的な自治体ですので、市町村でこそ、条例を制定する意義が大きいのだろうと私は思っております。

 その上で、では県は必要なのかということですけれども、例えば県がつくることによって市町村をリードしていくという要素も非常に大きいのは事実です。大分県では県条例を検討する過程で、やはり市町村と足並みを揃えて制定するべきだという議論になり、各市町村でも制定する動きが非常に盛り上がったと承知しております。また、都道府県は広域の事務、各市町村との連絡調整の事務、市町村だけでは賄い切れないことを補完する事務、あるいは市町村の行政を支援する事務というものがあるわけですから、県の役割は大変大きいし、決してこれは二重行政ではありません。

 仮に、窓口が県と市町村に二重にできていても、それは全然いいことじゃないですかと思います。支援につながる窓口は多ければ多いほどいいです。市町村では、逆に身近過ぎて行きづらいということもあり得ますね。被害に遭われた方の中には、親戚や友人が市役所にいらっしゃるので、そこには行きたくないという方も少なくないと思います。だったら、県の窓口に相談してみようか、ということもあり得るわけです。県には県なり、市町村は市町村なりに条例を制定する意義がある、と私は考えております。

辻:ありがとうございます。非常にクリアになってまいりました。

 さて、いかがでしょう、今の安田先生の御解説を受けて、和氣事務局長、工藤室長、それと嶝口班長から何か具体的な御発言はおありですか。

和氣:私の体験になってしまいますけれども、娘が交通事故に遭って、病院に駆けつけて、遺体を引き取ることになりましたが、そのときに20万の請求が来ました。すぐにお支払い出来る額ではありませんでしたし、当時は大変混乱時期でした。後で少し落ち着いてから支払いは可能になりますが、葬儀費用等大きい額の金額が必要になりました。そうしますと数ヶ月間は生活費の工面が必要でした。やはり貸付金を利用出来たら有り難かったと思います。お見舞金を支給されているところも全国の市町村でたくさんあるんですけれども、私はお見舞金制度より貸付金制度を望みます。特に急性期はその場を凌ぐことが必要だったかなと思っております。

 別の被害者の方で、飲酒引きずりの交通死亡事故がありましたけれども、その被害者の方も遺体を引き取りに行った際、30万の請求が来ました。その額を支払えない訳ではないのですが、1カ月以内に支払ってくださいというふうに、病院のほうも支払いを拒否して踏み倒されてしまう場合もあるようですから、期間をもうけて早く支払ってくださいというようなことがありました。会計窓口のほうは、そういう規定があって、期間内にお支払い願います。と融通が利きませんでした。そこで県警の皆さんにお願いをして医療機関の総務の方にお願いに行っていただきました。その御尽力があって2カ月ほど支払いを待っていただいたという経緯もあります。
また、県や市町条例を制定していただきたい理由として、行政の方々は異動があり、非常に短い期間で異動されてしまいます。前の方には細かく気配りがあってやってもらえた、だけれども、次に来られた方にはやっていただけなかったというようなことで、温度差がある場合もありますので、条例が制定ことで、どの担当の方でも同じような対応ができるのかなというような期待をしているところです。

工藤:私のほうから、ちょっと話が違う形になるかもしれませんが、今日のパネルディスカッションに参加しながら、「被害者支援センターとちぎ」を立ち上げたときのことを思い出しました。あの時も、被害者や御遺族の方からの貴重な声をいただきながら、被害者支援センターとちぎを立ち上げました。あれから15年もの月日が経っているわけですが、被害者支援というのはいろいろと進んでいると感じる一方で、実はやっぱり変わらないものもあってとりわけ和氣さんをはじめとする被害者や御遺族の方が抱える苦労というのは全然変わらないと改めて思いました。今、和氣さんからも被害当時の苦労話を改めて聞きましたけれども、本当に全てを補完していくというのは難しくて、まだまだやるべきことがあるんだなと思いました。

 被害者支援センター立ち上げの際もそうでしたが、栃木県では、御遺族の方の声を待って動くというところも多少ありまして、今回の条例につきましても、和氣さんはもとより、もっと多方面からの声が聞こえてきて、それをしっかり聞いていく必要があると思っていますが、私自身まだまだその他から声が聞こえてこないと感じるところがあります。私は交通事故抑止対策官というポストを務めたことがありまして、こういうところに来てくださる方々は本当に意識が高くて、本当に一生懸命やってくれますが、こういう場に出てこられない方々への浸透がなかなか難しくて、更に気運を高めていくためには、先ほど申し上げた広報・啓発といったところが必要なんだなと思う次第であります。

 引き続き、知事部局くらし安全安心課ともしっかり連携しながら、被害者の声にしっかり耳を傾けられるように努力していきたいと思います。

 私からは以上です。

嶝口:和歌山県では今年4月1日に先ほど紹介させていただきました条例を施行したばかりでございます。これから運用というところになってきますので、まだまだいろいろな問題とか、これから出てくるかもしれないんですけれども、一つ大事なことは、何のための条例かということを見失わないように、いつも見直しの姿勢を持っていきたいと思っております。

 ちょっと話はずれてくるんですけど、犯罪被害者ということについては先ほどからお話が出ているのですけれども、一般的にはあまり認識されていなくて、大きな事件が起こって、一度、テレビ等で報道されれば、一時的には社会の耳目を大きく惹きます。ただ、被害者の方にとっては一時的なものではなくて、ずっと続いていく、一生続いていくような問題でございます。

 犯罪に巻き込まれることは誰も考えたくないですし、話題にもしたくないようなことなんですけども、こうしたことを、こういった機会を通じて一人でも多くの方に制度について知っていただく、考えていただくといったことは非常に大事なのかなと思います。

 犯罪被害者支援を取り巻く環境といいますのは、先ほど安田先生からも歴史的な経緯の説明があったんですけれども、20年前、10年前と比べたら全然違う、着実に前進していると思います。それは、和氣先生であったり、ここにおられる、御尽力いただいている関係の方々のご尽力の賜物だと思いますけれども、そして今後、条例を推し進めていくに当たって、やはり広報・啓発というのは行政に課せられた使命だと思います。ただ、悲しいかな、広報・啓発活動というのは、すぐに目に見えて効果として表れるものではございません。ただ、10年前、20年前はどうだったか。逆に言うと、今後、10年後、20年後、どうなっていくか。やはり、今のこの瞬間、瞬間のコツコツとした地道な活動というのがモノを言っていくんじゃないかなと、こういうふうに信じて条例の運用について努めてまいりたいと思っております。

辻:本当にありがとうございます。まさか、パネルディスカッションでこんなにパネリストの先生方の議論が噛み合うとは予想もしていませんでした。嬉しい驚きです。

 さて、さまざまなお立場のパネリストの方々に並んでいただいている訳ですが、本日は、フロアのなかにもいろいろなお立場で被害者支援に関わられていて、それこそ条例の制定という点でも、実際的な疑問を抱えていらっしゃる方もおいでではないかと思います。時間の関係もありますので、皆さんにという訳にはいきませんが、どなたか、ぜひという方がいらっしゃいましたら、マイクをお廻ししようと思いますが、いかがでしょう。うちの市や町でも作りたいのだけどとか、そんなようなお話でもいいかなと思うのですが、よろしいでしょうか。

 さて、いろいろと見えてきたような感じがいたします。嶝口班長、いかがでしょう。条例を制定されて、まだそれがどういうように活きているかは実感しにくいとは思うのですが、一方で、現場からの報告はないにしても、条例ができたお蔭で助かったという事案も出てきているのではないかなと思います。ご印象としてはいかがでしょう。それともうひとつ、条例について、どうせ作るのなら、ここをこうしておけばよかったなどという点がもしおありでしたら、教えていただけると栃木県の参考になると思うのですが。

嶝口:この条例をいたしまして、経済的支援というところで2つ紹介させていただいたんですけれども、現在のところ、貸付金制度の運用実績というのはございません。ただ、弁護士さんの無料相談、これについては1件、今、手続中で運用しているところでございます。ですので、件数的には、捉え方の問題かもしれないですけど、増えてくればいいという、そういうわけではないと思うのですけれども、1件運用しているということは警察さんなりセンターさんなりでちゃんと周知していただいている、被害者の方に制度の案内がちゃんとなされている、こういうことの裏返しだと思います。非常にありがたいと思っております。

 今後の、条例でこうしておけば良かったというところなんですけれども、これは今後の問題になってこようかと思いますので、運用面で不具合がないかしっかりと見ていきたいと思っております。

辻:すみません、変なことを伺ってしまいまして。

 今回のパネルディスカッション、こうしてお話を進めていきますと、何だかコーディネーターとパネリストのお三方とで、安田先生の生徒になって教えていただいているような気分になってまいります。ある意味では、この条例について考える作業は、それこそ安田先生を先生として、われわれが生徒になって考えていくことにほかならないのかも知れません。まだ現時点ではあまり出来がよくないかも知れませんが、将来性はあるかも知れない生徒たちに、安田先生から何か最後にお言葉をいただければと思うのですが。

安田:そんなおこがましいことは私からは申し上げられません。山形では条例制定のきっかけくらいはつくりましたけれども、私自身が条例を策定したわけでもありません。ただ、遡って申し上げると、既に20年近く前、基本法ができるよりも前になるわけですけれども、2001年に犯給法を全面改正した後、次何をやろうかと検討していたときに、やはり条例が必要じゃないだろうか、という議論にもなりました。それが先ほど申し上げた宮城県での全国初の特化条例につながる一つの契機になったことは事実であります。

 犯罪被害給付制度が三菱重工爆破事件を受けてできた、あるいは地下鉄サリン事件等があって被害者の心のケアが注目を浴びたというように、大きな事件が被害者支援が進むきっかけになってきたというのが、残念ながら歴史を振り返りますと実態ではあるのですが、もう、そんな大きな事件の発生を待ちたくはないです。事件が起きるということは当然予期していなければならないわけですから、その発生以前に備えをしてほしいという気持ちです。

 それから、多分、条例をつくる方にとってみると、すごく予算がかかるのではないか、ということも気にされているのではないか思います。もちろん財政的な支援はいただければいただくほどいいに決まっているのですが、でも、実際にはそれほど大きなものではないんじゃないのかなと思っております。例えば、先ほど和氣さんがおっしゃったような貸付金制度であれば、最初に何らかの基金を造成しておけば、貸し付けたお金は戻ってくるわけですから、それ以上お金がかかるというものではないわけですね。見舞金についても、昨年、一昨年について調べた数字を警察庁から参考にいただいたんですが、京都市が570万円で一番多くて、その次が神戸市の280万円、その他、100万円を超える自治体はほとんどありません。かなり大規模で犯罪もそれなりに多い自治体でもそれくらいです。

 私は、栃木県は客観的に見て被害者支援が進んでいない県だとは思っておりません。例えば、民間団体に対する支援も、県も市町村も400万円ずつ補助していただいていますし、寄付金付の自動販売機の普及も非常に力を入れていただいております。大変ありがたいことです。また、地元の下野新聞は非常に熱心に、しばしば犯罪被害者の問題を取り上げていただいていますし、また新人の記者さんたちの研修でも被害者の声を聞いていただいているということで、被害者支援を形成していく土台というか、実績は栃木県には十分にあると思っています。
私は先生なんかには当然なり得なくて、条例をつくる主体は地域住民とその代表者である議員あるいは首長の方々以外にはないんです。よそから何か言おうが、皆様方が決意を固めてつくっていただく以外の方法はあり得ないわけです。ですから、つくるかつくらないかということは、まさしく皆様方御自身が判断される課題として、ぜひお考えをいただきますようお願いをしたいと思います。

辻:ありがとうございます。褒めていただいて少し嬉しくなりました。さて、そうこうするうちにそろそろお時間になってまいりました。本日はパネリストの各先生方、本当にありがとうございました。コーディネーターが自画自賛してはいけないのですが、先生方のお話がとても噛み合っていて、議論が深まったように思います。また、この条例についての議論をひとつの契機として、被害者支援活動をさらに一歩進めたいと、本当に強く感じております。

 本日のパネルディスカッション、これでお開きとさせていただきたいと思います。4人のパネリストの先生方にどうぞ盛大な拍手をお願いいたします。

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