第3節 高齢者に係る交通事故の防止

 モータリゼーションの進展に伴い、我が国における近時の自動車交通の過密、混合化には著しいものがあり、高齢者にとって、急速に変容する交通社会に適応することがより困難な時代となってきている。このような状況において、高齢者の保護活動の一環として、高齢者が交通社会の変化に適応し、安全に生活できるようなシステムを確立していく必要がある。

1 高齢者が被害者となる事故への対応

(1) 交通事故による高齢者の被害状況
 昭和60年に発生した交通事故による死者数9,261人のうち、高齢者は、2,462人で、全死者数の26.6%を占めている。この割合は、総人口に高齢者の占める割合が14.7%であるのに比べ、かなり高くなっている。過 去10年間の高齢者の交通事故死者数の推移は、表1-15のとおりで、高齢者の占める割合が漸増している傾向がみられるが、一方、年齢層別にみた人口10万人当たりの交通事故死者数の推移は、表1-16のとおりで、高齢者について大きな変化は認められず、高齢者の交通事故死者数

表1-15 高齢者の交通事故死者数の推移(昭和51~60年)

表1-16 年齢層別にみた人口10万人当たりの交通事故死者数の推移(昭和51~60年)

の増加は、基本的には、我が国における高齢者人口の増加に伴うものとみられる。
(2) 高齢者が被害に遭う交通事故の特徴
 高齢者と60歳未満の者に分けて、状態別にみた昭和60年の交通事故死者数は、図1-9のとおりであり、高齢者については、歩行中及び自転車乗車中の事故による死者の占める割合が73.2%で、60歳未満の者の26.8%と比べて非常に大きいのが特徴である。

図1-9 状態別にみた交通事故死者数(昭和60年)

 また、過去10年間の高齢者の状態別死者数の推移は、図1-10のとおりで、近年、自動車乗車中の死者数が増加する傾向にあるものの、依然として歩行中又は自転車乗車中の事故による死者が圧倒的に多い。
 60年の状態別にみた年齢層別死者数の状況は、図1-11のとおりで、「歩行中」では全死者数2,656人のうち1,304人(49.1%)、「自転車乗車中」では全死者数965人のうち497人(51.5%)が高齢者によって占められており、歩行中及び自転車乗車中の死亡事故抑止策を推進するに当たっては、高齢者対策をその中心課題とすべきことを示している。

図1-10 高齢者の状態別死者数の推移(昭和51~60年)

図1-11 状態別にみた年齢層別死者数の状況(昭和60年)

(3) 高齢者の被害防止のための方策
ア 高齢者保護のための交通安全活動の推進
 高齢者が交通事故の被害に遭うのを防ぎ、その生活の安全を確保していくためには、家庭や地域において、高齢者に配意した交通安全活動を推進していく必要がある。
 このため、警察では、関係機関、団体との密接な連携の下に、春、秋の交通安全運動において、重点目標の一つとして高齢者の保護を掲げ、高齢者に係る交通事故の防止に努めている。また、高齢者に対して交通安全活動への積極的な参加を呼び掛けるとともに、高齢者の居る家庭を個別に訪問し、高齢者を交えて家族で交通安全についての話合いをするよう促している。
 さらに、高齢者の安全な通行を確保するため、交通安全用の各種用具等の開発、普及を促進している。
〔事例〕 山梨県警察では、高齢者交通安全教室を開催する際、夜間でも自動車等の運転者からよく見える反射シールを配付し、その積極的な活用を促すなど、夜間における歩行中の高齢者の事故防止を図っている。
イ 高齢者の交通安全意識の高揚
 過密、混合化の進む大量交通社会においては、高齢者の自助努力を促すという観点から、高齢者に対する交通安全教育の充実を図り、高齢者もまた交通社会における重要な構成員であることの自覚をより一層高めることが肝要である。
 このため、警察では、生涯にわたる交通安全教育の一環として、高齢者に対する交通安全教育に積極的に取り組み、交通安全教室や交通安全講習会等の各種行事を開催している。また、高齢者同士の相互啓発により交通安全意識を高揚させるため、全国の老人クラブ、老人ホーム等に交通安全部会等の設置を促すとともに、高齢者を交通安全指導員に委嘱するなどして、高齢者の自主的な交通安全活動を推進している。昭和60年10月末現在、約4万の交通安全部会等に約300万人の高齢者が加入しており、また、約3万6,000の団体に約6万9,000人の高齢者の交通安全指導員が置かれている。
〔事例〕 京都府警察本部婦人交通指導員室では、関係機関、民間団体等の協力を得て、60歳以上の高齢者を対象として継続的に老人セイフティ・クラブを開講しており、高齢者の交通事故発生状況、基本的な交通ルール等を教示し、受講後は修了証を交付するなど、高齢者の交通安全意識の高揚に努めている。
ウ 交通環境の整備
 警察では、高齢者が安心して通行できる交通環境を確保するため、信号機や横断歩道等の交通安全施設の整備を図っているが、特に、高齢者福祉施設や高齢者の利用度の高い施設等の周辺地域については、シルバーゾーン(高齢者保護ゾーン)を設定し、歩行者用道路、速度規制、一方

通行、一時停止等の交通規制を総合的に組み合わせて実施している。
 高齢者や視覚障害者等が道路を横断する場合、歩行速度が遅いために青信号の時間内に渡りきれないことがある。そこで、警視庁では、歩行速度の遅い高齢者等が横断する場合には、歩行者用の青信号の時間を長くして高齢者等の安全を確保する信号システムを開発し、都内2箇所で試験実施を行っている。
 この信号システムは、小型の超音波発信器を携帯している高齢者等が超音波受信器を備えている信号機の近くで発信器を操作すると、歩行者用の青信号の時間が延長されるというものである。
 このほか、警察では、メロディ等により歩行者の横断を誘導する視覚障害者用付加装置の整備を進め、視覚障害者ばかりでなく、視覚機能の低下することが多い高齢者の安全を図っている。

2 高齢運転者による事故への対応

(1) 運転免許人口に占める高齢者の比率の推移
 人口の高齢化につれて、運転免許人口の高齢化も進行している。昭和45年から5年ごとにみた年齢層別運転免許保有者数の推移は、表1-17のとおりで、60年の運転免許保有者総数約5,235万人のうち、高齢者は約339万人(6.5%)、その中の65歳以上の高齢者は約163万人(3.1%)となっている。これを45年と比べると、保有者総数は約2.0倍増加しているのに対し、高齢者では約5.4倍、特に65歳以上の高齢者では約7.6倍の増加となっており、運転免許人口の急速な高齢化が進んでいることが分かる。
(2) 高齢運転者による交通事故の状況
 運転免許人口の高齢化に伴い、高齢運転者が第1当事者(交通事故の

表1-17 年齢層別運転免許保有者数の推移(昭和45~60年)

図1-12 第1当事者(自動車又は原動機付自転車の運転者に限る。)の年齢層別交通事故発生件数の推移(昭和51~60年)

主たる原因者をいう。)となる交通事故も増加している。第1当事者(自動車又は原動機付自転車の運転者に限る。)の年齢層別交通事故発生件数の推移は、図1-12のとおりで、高齢運転者による事故件数の伸びが著しく、昭和60年は、高齢者では51年の約2.3倍、特に70歳以上の高齢者では約3.6倍となっている。
 また、第1当事者別にみた高齢者による交通事故発生件数の推移は、図1-13のとおりで、自動車及び原動機付自転車の事故件数が急増している。
 一方、第1当事者(自動車又は原動機付自転車の運転者に限る。)の年齢層別免許保有者1万人当たりの交通事故発生件数の推移は、表1-18のとおりで、高齢運転者の事故件数には大きな変化はみられない。また、高齢運転者の事故件数は、他の年齢層に比べてむしろ少なくなっている。

図1-13 高齢者の第1当事者別交通事故発生件数の推移(昭和51~60年)

表1-18 第1当事者(自動車及び原動機付自転車)の年齢層別免許保有者1万人当たりの交通事故発生件数の推移(昭和51~60年)

 これらのことから、最近の高齢運転者による交通事故の増加は、自動車や原動機付自転車を運転する高齢者が年々増加していることによるものであると思われる。
 運転免許人口の高齢化がこのまま進展すれば、高齢運転者による交通事故の増加傾向が今後とも続くものとみられ、高齢運転者対策は、道路交通の安全を確保する上で重要な課題となりつつある。
(3) 高齢運転者対策
ア 高齢運転者に対する交通安全教育
(ア) 運転者としての高齢者に対する交通安全教育
 警察では、従来、歩行者や自転車利用者としての側面に重点を置いて、高齢者に対する交通安全教育を推進してきたが、最近では、高齢者の運転者としての側面にも注目し、交通安全教室や交通安全講習会において、高齢運転者による交通事故の発生状況、高齢者の心身特性等について教養や指導を積極的に行っている。
〔事例〕 和歌山県警察では、65歳以上の高齢運転者に対し、高齢運転者の特性等についての講義、シートベルトの効用を理解してもらうための衝撃体験装置の試乗等を内容とした「シルバー教室」を定期的に開講し、受講者の好評を得ている。

(イ) 更新時講習における高齢者学級の編成
 警察では、運転免許証の更新時に行う講習(更新時講習)において、運転者の年齢、使用する車両等の別によって特別学級を編成し、それぞれの特性に応じた教育を推進しているところであるが、高齢運転者についても、こうした特別学級を編成し、高齢運転者による交通事故の実態及び高齢者の身体的機能の特性を踏まえ、交通事故防止のために必要な安全運転に関する教育を行っている。
〔事例〕 高知県警察では、運転免許証の更新時に、65歳以上の高齢者を対象として「高年学級」を編成し、映画、ビデオ、手引書等を活用した講習を行うとともに、希望者に対して実技指導を含めた運転技能講習を実施している。
イ 高齢運転者の安全確保のための調査、研究
 今後ますます人口の高齢化が進展していく中で、高齢運転者の安全を確保するためには、その交通事故の実態や運転特性を正確に把握し、適切な対応策を講ずることが必要である。
 このため、警察庁では、(財)国際交通安全学会に委託して、「運転免許適性試験の在り方に関する調査研究」(加齢に伴う視覚機能の低下と運転適性との関係に関する調査研究、昭和59年度)を行い、また、自動車安全運転センターにおける「高齢運転者の運転の実態と意識に関する調査研究」(59年度)、「高齢運転者の事故・違反の特性に関する研究」(60年度)に対し必要な協力を行うなど、高齢運転者に関する各種調査、研究を進めている。
(ア) 「運転免許適性試験の在り方に関する調査研究」(加齢に伴う視覚機能の低下と運転適性との関係に関する調査研究)
 視覚機能のうち、交通事故の発生に関係する機能で、年を取るに従って変化すると考えられる静止視力、動体視力、夜間視力、深視力及び周辺視野についてみると、それぞれ個人差もあり、年齢的影響に強弱の差はあるが、いずれも高齢になるほど機能の低下が見受けられる。
 平衡感覚、筋覚等の運動機能は、視覚機能に依存しているが、高齢者の場合、視覚機能が低下する結果、運動機能も低下することとなる。
 高齢者は、前方の物体や信号への認知能力は低下しないものの、これらに対する視反応や判断の遅れ、距離感、速度感のあいまいさが顕著に認められ、夜間ほどこの傾向が強い。実際の運転行動のうち、制動操作に関する運転適性をみると、高齢運転者は、制動時の空走時間が他の年齢層に比べて長く、高齢者の視覚機能の低下による運転適性への影響が考えられる。
(イ) 「高齢運転者の運転の実態と意識に関する調査研究」
 高齢者の運転する車両は、年を取るに従ってトラックや普通乗用車等から軽乗用車や原動機付自転車等の小型車両に移行する傾向にあるが、調査対象となった高齢運転者の大半の者が週に5日以上運転しているという状況にある。その運転目的をみると、全般的には仕事を目的とするものが多いが、高齢になるほど家族の送迎や通院を目的とするものの割合が高くなっている。
 また、実際の運転に際して不安を感じる場面としては、「進路変更をするとき」、「速い車の流れに合わせて運転するとき」、「狭い道で対向車と擦れ違うとき」等を挙げる高齢運転者が多く、特に、狭い道での擦れ違いについては、60歳を超えると急にその不安感が増加しているのが特徴的である。
 一方、高齢運転者の約8割が運転を継続する意思を持っており、本人が運転可能と考える年齢は、50歳代までは65歳前後であるのが、60歳以上では平均73.2歳と、高齢になるほど高くなっていることが注目される。
(ウ) 「高齢運転者の事故・違反の特性に関する研究」
 高齢運転者による交通事故は、その半数以上が交差点内で発生しており、特に右折時及び出会い頭の事故が多い。また、交通量の多い市街地における事故は他の年齢層に比べて少なく、非市街地での事故が多くなっている。
 高齢運転者の交通違反では、優先通行妨害、一時停止違反、安全不確認等が多くなっている。高齢運転者には、免許取得後の経過年数及び事故車種の実運転経験年数の長いベテランドライバーが多い反面、運転への慣れ等から人や車がいないと思い込む傾向が見受けられる。
 高齢運転者は、他の年齢層に比べ、わき見運転による事故を起こすことは少ないが、ぼんやりしたり考えごとをしたりして、前方不注意による事故を起こすことが多く、運転に対する集中力に欠ける面があるのではないかとみられる。
 また、高齢運転者による事故のほとんどは昼間に発生しており、夜間や悪天候時の事故は少なくなっていることから、高齢者は、悪条件下における運転を控えたり、慎重に運転していることがうかがえる。


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