第1節 高齢化の進展と高齢者をめぐる諸問題の発生

 人口の急速な高齢化に伴い、我が国は、かつて経験したことのない新しい時代を迎えようとしている。高齢化の波は、今後ますます大きなうねりとなって我が国に打ち寄せ、国民生活の様々な分野に多くの問題を発生させることになるであろう。

1 我が国における高齢化の進展状況

(1) 長寿社会の到来
 我が国は、これまで他に例を見ないほど急速に人口の高齢化が進み、今や世界有数の長寿社会になりつつある。
 60歳以上の高齢者の総人口に占める割合をみると、昭和15年には7.8%で、しばらくこの状態が続いたが、35年に8.9%、40年に9.7%、45

図1-1 総人口に占める高齢者人口比率の推移(昭和15~155年)

年に10.6%、50年に11.7%、55年に12.9%、60年には14.7%と急速な上昇線を描いている。厚生省の推計によれば、71年に20.0%を超え、その後も上昇傾向を続けるが、113年の28.3%をピークに緩やかな下降に転ずるものと予測されている。
 総人口に占める高齢者人口比率の推移は、図1-1のとおりである。
(2) 独居老人等の状況
 戦後における家族制度の改革と国民意識、生活様式の変化は、我が国の家族の形態を大きく変ぼうさせ、人口の都市集中、住宅事情等も加わって急速に核家族化が進展し、老人の独居世帯や老夫婦世帯等の増加をもたらした。
ア 独居老人数及び要保護独居老人数
 昭和60年10月末現在、警察が巡回連絡等を通じて把握している近親者等が近所に住んでいない一人暮らしの老人(以下「独居老人」という。)で65歳以上の者は、約63万8,000人で、その内訳は、男性が約16万9,000人(26.5%)、女性が約46万9,000人(73.5%)となっている。また、これらの独居老人のうち、事件、事故の被害者となりやすいなどの理由で、警察官が警ら等の機会を利用して努めて立ち寄ることとしている要保護独居老人は、全体の37.5%に当たる約23万9,000人に上り、その内訳は、男性が約6万人(24.7%)、女性が約17万9,000人(75.3%)となっている。
イ 要保護老夫婦等の数
 要保護独居老人のほか、犯罪や事故の被害に遭いやすいなどのため、警察がその保護、奉仕活動に力を入れている対象として、近所に住んでいる近親者等もなく、老夫婦あるいは高齢の兄弟姉妹だけで暮らしている者(以下「要保護老夫婦等」という。)がある。
 60年10月末現在、警察が巡回連絡等を通じて把握している65歳以上の要保護老夫婦等は、約16万3,000人で、その内訳は、男性が約8万3,000 人(50.9%)、女性が約8万人(49.1%)となっている。

2 地域社会における高齢者をめぐる諸問題

(1) 高齢者に係る困りごと相談の状況
ア 高齢者自身からの相談
 昭和60年に警察が受理した高齢者自身からの困りごと相談の件数は、2万9,772件で、総受理件数の13.6%を占めており、その相談内容は、防犯問題、家事問題、民事問題等多岐にわたっている。
 最近5年間の高齢者自身からの困りごと相談の受理状況は、表1-1のとおりで、受理件数、総受理件数に占める割合とも逐年増加の傾向にある。その相談内容をみると、「その他の契約取引」や「物品貸借」等の民事問題の増加が著しく、高齢者が経済取引に絡んだトラブルに巻き込まれやすくなっていることがうかがえる。また、家事問題では、「転職、就職」や「扶養、認知」等が増加しているのに対し、「生活困窮」が著しく減少しているのが目立っている。
〔事例〕 兵庫県長田警察署では、妻(75)と二人だけで暮らしている男性(80)から、「夫婦の間に子供がないので養女をもらったところ、この娘が暴力団員と内縁関係になり、同居するようになった。二人は全く働かず、覚せい剤を乱用しているようで、自分たちの老齢年金や生活保護のお金まで持っていってしまい、大変困っている」との相談を受けた。直ちに事実関係を調査したところ、暴力団員に覚せい剤取締法違反の事実があることが判明したので、これを検挙するとともに、関係機関に連絡して老夫婦が老人ホームに入所できるよう取り計らった。

表1-1 高齢者自身からの困りごと相談の受理状況(昭和56~60年)

イ 同居人等からの相談
 60年に警視庁が受理した同居人等からの高齢者に関する困りごと相談の件数は、1,215件で、その受理状況は、表1-2のとおりである。これによると、「その他の契約取引」に関する相談が201件と最も多く、総受理件数の16.5%を占めている。次いで「身上問題」が183件(15.1%)、「犯罪予防」が101件(8.3%)となっている。また、「同居人」からの相談については、「身上問題」が116件と最も多く、同居人からの相談件数の17.8%を占めている。
〔事例〕 警視庁家事相談所では、一人暮らしの母親(90)を田舎から呼び寄せて同居生活をしている男性(59)から、「母は、妻との折り合いが悪く、毎日のように家族に八つ当たりをするので、家中困り果てている」との相談を受けた。そこで、担当の警察官が間に立ち、双方の言い分をよく聞いて話合いを進めたところ、母親も納得し、今後は仲良く暮らしていくことを約束した。
(2) 痴ほう症老人の保護の状況
ア 痴ほう症老人の現状
 痴ほう症老人は、老化に伴う病的な脳の障害により、正常な思考や判断ができないことから、自分の居場所、方位等が分からなくなって行方不明となったり、犯罪や事故の被害者となる危険性が高い。また、妄想や幻覚等により自己を傷つけたり、他人に害を及ぼすなど、日常生活を営む上で常時介護を必要とすることが多い。
 全国に約50万人いると推計される痴ほう症老人は、老齢人口の増加、とりわけ75歳以上の高齢者の増加に伴ってますます増加することが予想されるが、他方、核家族化の進展や女性の社会進出の活発化等家族等による痴ほう症老人の常時介護を困難にする社会的要因もあることから、痴ほう症老人の問題は、長寿社会対策を推進する上で重要な課題となっ

表1-2 同居人等からの高齢者に関する困りごと相談の受理状況(昭和60年)

ている。
イ 痴ほう症老人に対する保護、奉仕活動
 人口の急速な高齢化に伴い痴ほう症老人の増加が予想される現在、これら保護を要する高齢者の介護については、関係機関、団体をはじめ、地域、家庭等がそれぞれの役割を果たしていくことが強く求められている。警察では、痴ほう症老人を犯罪や事故の被害から守るため、その居住実態を的確に把握するとともに、警らや巡回連絡の際にはできるだけその居宅へ立ち寄り、日常生活面での介護や、家族等に対する助言、指導を行うなど、保護、奉仕活動を推進している。また、痴ほう症老人に対して関係機関、団体による総合的な保護活動等が行われるよう、市町村の福祉担当部門や民間ボランティア団体等との緊密な連携に努めている。
〔事例〕 福井警察署A派出所では、道路を異常な挙動で歩いていた女性(78)を保護したが、同女は、痴ほう症のため自分の住所、氏名等を答えることができなかった。しかし、同署が以前に独居老人を対象として配布した安心カード(住所、氏名、電話番号、連絡先等を記載したカード)を携帯していたので、これにより身元を確認することができた(福井)。
(3) 高齢者の自殺の状況
ア 高齢者の自殺の実態
 昭和60年の高齢者の自殺者数は、7,143人で、全自殺者数の30.3%を占めており、この割合は、総人口に高齢者の占める割合が14.7%であるのに比べ、極めて高くなっている。また、60年の高齢者の自殺率(注)は、40.1で、60歳未満の者の15.9に比べて著しく高く、深刻な問題を抱えている高齢者の多いことがうかがえる。
(注) 自殺率とは、同年齢層の人口10万人当たりの自殺者の数である。
 高齢者の自殺では、「病苦等」を原因、動機とするものが4,900人と最も多く、高齢者の自殺者総数の68.6%を占めているが、この割合は、60歳未満の者の「病苦等」の割合が31.0%であるのに比べ、その約2.2倍と高くなっている。高齢者の自殺の原因、動機では、次いで「家庭問題」が720人(10.1%)、「精神障害、アルコール症等」が618人(8.7%)となっている。
 高齢者と60歳未満の者に分けて、原因、動機別にみた60年の自殺の状況は、図1-2のとおりである。

図1-2 原因、動機別にみた自殺の状況(昭和60年)

 高齢者の自殺について最近5年間の推移をみると、「精神障害、アルコール症等」、「経済生活問題」を原因、動機とする自殺が著しく増加しているのが目立っている。
 最近5年間における高齢者の自殺の状況は、表1-3のとおりである。
イ 自殺の大きな要因となっている寂しさ、孤独感
 自殺しようとして警察に保護された高齢者について、その原因、動機をみると、「一人娘が嫁いだので、話し相手がいなくなってとても寂し

表1-3 高齢者の自殺の状況(昭和56~60年)

い」、「妻の看病に疲れてしまい、行く末に不安を抱いた」、「アル中のため、回りの者から相手にされない」など、寂しさ、孤独感のために自殺を図った例が多くみられる。これら高齢者が無事保護された事例をみると、警察への早期通報によるもののほか、隣近所の人々の温かい思いやりや関係機関の適切な措置が自殺を思いとどまらせるのに効を奏したと認められるものが多い。
 高齢者の自殺を防止するためには、高齢者を取り巻く地域社会の連帯感を醸成するとともに、その孤独感をいやすための社会参加活動等を推進することが必要である。
(4) 高齢者の家出の状況
ア 高齢者の家出人についての捜索願受理状況
 昭和60年の高齢者の家出人についての捜索願受理件数は、4,423件で、全捜索願受理件数の4.6%を占めており、この割合は、総人口に高齢者の占める割合が14.7%であるのに比べ、その約3分の1と低くなっている。
 高齢者の家出では、「疾病関係」を原因、動機とするものが1,374件と最も多く、高齢者の家出人についての全捜索願受理件数の31.1%を占めているが、この割合は、60歳未満の者の「疾病関係」の割合が5.3%であるのに比べ、その約5.9倍と極めて高くなっている。高齢者の家出の原因、動機では、次いで「家庭関係」が782件(17.7%)、「放浪癖」が556件(12.6%)となっている。
 高齢者と60歳未満の者に分けて、原因、動機別にみた60年の家出人捜索願受理状況は、図1-3のとおりである。
 高齢者の家出について最近5年間の推移をみると、「事業関係」を原因、動機とする家出が増加しているのが目立っている。
 最近5年間における高齢者の家出人についての捜索願受理状況は、表

図1-3 原因、動機別にみた家出人捜索願受理状況(昭和60年)

1-4のとおりである。

表1-4 高齢者の家出人についての捜索願受理状況(昭和56~60年)

イ 自殺のおそれがある家出人等の早期発見と保護
 高齢者の家出の原因、動機をみると、60歳未満の者と比べて、「疾病関係」、「放浪癖」の割合が高くなっていることが目立っている。
 高齢者の家出人のうち、「疾病関係」を原因、動機とする者には、自殺するおそれのある者が多く、また、「放浪癖」を原因、動機とする者には、一般に自救能力がなく、その生命又は身体に危険の及ぶおそれがある痴ほう症老人等が多いので、警察では、多くの場合特異家出人として手配するとともに、地域防犯組織等の関係機関、団体の協力を得て、その早期発見、保護に努めている。


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