第2節 住民の困りごとの実態と警察の対応

1 犯罪のない安全なまちづくりのために

 昭和58年の刑法犯の認知件数は、約154万1,000件と、49年から一貫して増加を続けている。また、内容的にも侵入盗の多発に加えて、金融機関等対象強盗事件の激増や人質誘拐事件の多発等いわゆる欧米型犯罪現象が現われ、警察に寄せられる犯罪予防等に関する相談も、58年には約6万8,000件に上るなど、国民の犯罪に対する不安感は大きいものがある。
(1) 国民の犯罪に対する不安感の実態
 国民が、どのような犯罪に不安を抱き、防犯にどのような意識を持っているかについて、昭和58年12月に警視庁と大阪府警察が科学警察研究所と協力して、東京都及び大阪府に居住する20歳以上の男女1,606人に対してアンケート調査を実施した結果は、次のとおりである。
ア 居住地域における犯罪に対する不安感
 自分たちの居住地域における犯罪の発生感を尋ねた結果は、図1-5のと

図1-5 居住地域における犯罪の発生感等(昭和58年)

おりで、「少ない」と答えた人が62.0%を占める。しかし、この3年間の犯罪発生の増減については、「増えた」と感じている人が「減った」と感じている人よりも多い。さらに、将来の犯罪予測についても、「増えるだろう」と感じている人の方が多く、将来に対しては、不安を抱いている人が多いことがうかがわれる。
イ 犯罪に対する不安感の内容
 地域住民が、日常どのような犯罪に対し不安を抱いているかをみると、図1-6のとおりで、留守時の侵入盗、子供に対する変質者のいたずらや強盗に対して不安を抱いている人が多い。

図1-6 犯罪等に対する不安感の実態(昭和58年)

ウ 近隣関係と犯罪に対する不安感等との関連
 近隣関係の希薄化が社会の犯罪抑止機能の低下に結び付いているといわれているが、この関連をみたところ次のようなことが分かった。
 まず、近隣関係をみるため、近所付き合いの程度を尋ねたところ、表1-4のとおりで、「会えばあいさつする程度」、「立ち話をする程度」といった比較的疎遠な関係が多数を占めている。

表1-4 近所付き合いの程度(昭和58年)

 次に、近所付き合いの程度別に、この3年間の犯罪発生の増減感をみると、表1-5のとおりで、犯罪が増えたと感じている人は、「顔も知らない」では34.5%であるのに対し、「何でも相談する」では12.2%となっており、近所付き合いの親密な方が犯罪の発生が少ないと感じていることが分かる。

表1-5 近所付き合いの程度別にみたこの3年間の犯罪発生の増減感(昭和58年)

 また、近所付き合いの程度別に、留守時の侵入盗に対して心配している人の割合は、「互いの家に上がる」、「何でも相談する」という親密なグループでは52.0%であるのに対し、それ以外のグループでは58.4%に達している。
 さらに、近所で不審者を見かけた場合の対応をみると、表1-6のとおりで、「近所に知らせる」、「警察に知らせる」という積極的な対応をすると答えた人は、「何でも相談する」では45.9%であるのに対し、「顔も知らない」では16.7%にすぎない。
 以上のことから、近隣関係の親密な地域では、人々の連帯意識が高く、犯罪に対する警戒心が高いため、住民の不安感も少なく、犯罪が行われにくいまちになっていることがうかがわれる。

表1-6 近所付き合いの程度別にみた不審者を見かけた場合の対応(昭和58年)

(2) 地域社会との連携
 犯罪を防止し、住民の犯罪に対する不安感を解消するためには、警察活動のみでは十分ではなく、社会の犯罪抑止機能を強めることが必要である。前述のアンケート調査においても、身近な犯罪を防止するため、どのような対策が必要であるか尋ねたところ、表1-7のとおりで、警察活動の強化のほか、防犯意識の高揚、自主防犯活動の強化が必要だとする人が8~9割、防犯施設、まちづくりの工夫を望む人が9割以上あり、さらに、4割以上の人

表1-7 住民が必要と考える防犯対策(昭和58年)

が自主パトロールの必要を感じていることが注目される。警察では、このような住民の意識を踏まえ、地域社会と連携し、犯罪の防止を図っている。
ア 地域における自主防犯活動
(ア) 防犯協会、防犯連絡所等の活動
 自主防犯活動の中心的な組織として防犯協会がある。防犯協会は、全国各地におおむね警察署単位で組織されており、地域における犯罪の予防、社会環境の浄化等犯罪のない安全なまちづくりのため幅広い活動を行っている。
 防犯連絡所は、昭和58年12月末現在、全国で約68万9,000箇所(54世帯に1箇所)設置されており、付近で発生する事件、犯罪情報の警察への通報、警察や防犯協会からの資料の伝達、防犯座談会の開催等を行っている。
 さらに、宮城県、福井県ほか13県においては、防犯指導隊が設置されており、警察と協力して防犯パトロール、防犯診断、雑踏整理等犯罪と事故の防止のために活躍している。
〔事例〕 青森県の地区防犯協会防犯指導隊は、収穫したリンゴや稲束の盗難防止のための夜間パトロールを警察官と協力して行うなど、地域の特性にあった活動を実施している。
 警察では、防犯協会、防犯連絡所等の活動の活発化を図るため、派出所等

を活動の場として提供するとともに、地域に即した犯罪情報や防犯資料の提供、研修会の開催等に努めているが、防犯活動に対する住民の関心を高めていくため、都道府県防犯協会連合会の法人化等体制の整備、環境浄化活動の積極化等活動の活性化を図るための方策について検討を進めている。
(イ) 盗犯防止重点地区活動
 侵入盗の発生率が高い地域を中心に、52年から住民と警察が一体となった侵入盗犯防止重点地区活動が進められており、58年には、678地区(警察庁指定85地区、都道府県警察指定593地区)を「盗犯防止重点地区」に指定した。これらの地域においては、地区住民代表、民間防犯団体役員、所轄警察署等が推進協議会を設置し、各種防犯対策の推進を図っている。
〔事例〕 58年度警察庁指定盗犯防止重点地区の一つである高井戸地区では、地区住民との座談会の開催、共同パトロール、防犯診断の実施、防犯広告塔の建設等積極的な防犯対策を推進した。その結果、侵入盗犯の発生は、指定前の前年同期と比べ65件(50.0%)減少した(警視庁)。
(ウ) 全国防犯運動
 防犯意識の高揚と自主防犯活動の積極化を図るため、毎年秋に全国防犯運動が実施されている。58年は、「侵入盗犯の防止」を中心テーマとして全国各地で住民大会の開催、防犯パレード、防犯展等多彩な行事や街頭広報、事務所、アパート等に対する防犯診断等が実施された。今後とも、地域、対象に応じたきめ細かな活動を一層推進する必要がある。
〔事例〕 栃木県烏山地区防犯協会では、独りで留守を守る老人が多いことから、全国防犯運動の期間中に警察署等と協力して「第1回南那須町防犯・交通ゲートボール大会」を開催し、その際、家を留守にするときの近所との頼み合い、不審者を発見した際の連絡方法等について話し合い、老人の防犯意識の高揚を図った。
イ 職域における自主防犯活動
 地域住民の防犯活動のほか、地域に存する企業等においても、防犯対策が進められている。金融機関、ホテル、スーパー・マーケット等犯罪の被害を受けやすい業種では、それぞれ職域防犯組織が結成され、自主的な防犯活動を積極的に行っている。58年12月末現在の職域防犯団体の結成状況は、表1-8のとおりで、54年に比べ7.2%増加している。

表1-8 職域防犯団体(警察署単位)の結成状況(昭和54、58年)

 58年に新たに結成された主な団体として、農協暴力防犯対策協議会(静岡ほか3県)とゴルフ場防犯協会(熊本ほか4県)がある。農協暴力防犯対策協議会は、農協を襲う強盗及び暴力団員による保険金の不正請求事案等に対処するため結成されたもので、防犯設備の整備を図るとともに、警察への被害届の励行、支部組織と警察署の懇談会の実施等積極的な防犯活動を進めている。また、ゴルフ場防犯協会は、ゴルフ場において暴力団によるいやがらせやゴルフ賭博(とばく)等が目立っていること及びゴルフ場を襲う強盗事件等の発生が続いていることから結成されたものである。
 警察では、職域防犯組織の結成を促進するとともに、その活動に対しては、業種に応じた防犯に必要な方策等について研修会の開催、資料の配布を通じて必要な助言や協力を行っているが、最近、金融機関やスーパー・マーケット等特定の業種を対象とした強盗事件が多発していることから、これら犯罪の被害に遭いやすい特定の営業所、事業所等については、備えるべき防犯施設、機器等について防犯上の基準を策定するとともに、防犯責任者の設置を含めた総合的な防犯管理体制の在り方について検討を進めている(注)。
(注) 金融機関の防犯設備の設置状況(昭和54、58年)は、資料編統計1-3参照
ウ 防犯的諸制度の整備、充実
 地域、職域の防犯機能の強化と相まって、優良な防犯機器の普及、警備業との連携等防犯的観点からの仕組みを整備、充実させることが必要である。
(ア) 優良防犯機器の普及
 警察庁では、優良防犯機器の普及を図るため、55年4月から優良防犯機器型式認定制度を実施している。58年12月末までに、住宅用開き扉錠を19機器認定し、その普及を図っているが、今後は、認定の対象となる機器の種類の拡大、充実を図り、その普及を促進する必要がある。また、侵入感知センサー等に先端技術を利用した新しい防犯機器も使用され始めているので、技術の発達に対応しながら、優秀な機器の普及を図っていくこととしている。
(イ) 警備業の健全育成
 最近の警備業は、原子力関連施設等の重要施設から一般家庭に至る施設警備、工事現場、祭礼等の雑踏警備、現金等の輸送警備、ボディガード等社会の幅広い分野にわたるとともに、エレクトロニクスの成果を取り入れた機械警備業が急速な発展を遂げている。特に、一般家庭に侵入感知機等のセンサーを設置し、基地局において事故の発生を警戒し、防止する家庭向けの機械警備が急速に普及し、安全産業として深く国民生活に定着してきている。
 58年12月末の警備業者数は3,550業者、警備員数は14万4,177人で、前年に比べ、4業者、1万231人増加し、一貫して増加傾向にある。
 警察では、家庭向けの機械警備等の普及に伴って、警備業が民間防犯システムの一環として地域防犯活動、職域防犯活動と並んで一層重要な役割を果たすようになることから、58年1月15日に施行された改正警備業法に基づき、事業者に対する指導監督を強化し、警備業務を通じた犯罪防止等がより効果的に行われるよう警備業務と警察活動との連携を促進するとともに、警備業協会等を通じて警備業の健全育成を進めている。
(ウ) 自転車防犯登録等の普及
 都道府県警察では、自転車盗を予防し、被害回復の迅速化等を図るため、自転車防犯登録制度を推進している。この制度は、自転車販売店等と協力して、自転車の購入等の際、登録証票を車体にはり、所有者の住所、氏名、車体番号等を記録したカードを警察本部等に保管するもので、58年12月末現在、約3,242万台が登録されている。58年の盗難被害自転車の回復状況は、表1-9のとおりで、登録車の被害回復率は未登録車に比べ6.5%高い。

表1-9 盗難被害自転車の回復状況(昭和58年)

 警察では、防犯協会、自転車商組合等との連携を更に緊密にして、登録制度の普及活動を推進していくこととしている。
(3) 犯罪を行いにくいまちづくりの推進
 警察では、死角空間の増大する都市環境について、都市工学等の科学的手法を用いて施設配置の在り方等を防犯的視点から再検討し、死角空間を少なくし、住民相互に「わがまち」意識が育ちやすいように工夫された安全性の高い都市づくりのための研究を進めている。
 愛知県警察では、56年から安全なまちづくりの一環として「防犯モデル道路」(21地区)を設定している。これらの地域では、委嘱された民間有志の推進員が中心となって、防犯活動を推進するとともに、防犯連絡所、公衆電話ボックス、防犯灯を増設したほか、防犯モデル道路表示板や防犯ベルの新設等の施設環境の整備が行われている。これらの地域における58年の犯罪発生件数は158件で、前年に比べ124件(44.0%)減少するなどその効果が現れている。
 また、神奈川県警察では、犯罪の発生状況、住民の不安感等に基づいた防犯灯の設置基準を作成しているが、58年度には地区防犯協会より申請を受け、6,000灯の防犯灯を設置した。
 今後は、都市の備えるべき安全機能に関する総合的な基準を策定し、安全性の高いまちづくりを進める必要がある。

2 暴力から地域住民の日常生活を守るために

 暴力団の資金獲得活動は、ますます多様化する傾向にあるが、最近においては、特に、債権取立て、家屋賃貸借、商品売買、交通事故の示談等住民の日常生活や経済取引に民事上の権利者や関係者の形をとって介入、関与し、不法な利益の獲得を図る「民事介入暴力」的手口が目立っている。このため、警察では、各都道府県警察本部及び各警察署に、民事介入暴力の被害で悩んでいる住民にその解決策等を指導、助言し、住民を暴力から守るための常設の相談窓口(民事介入暴力相談コーナー、暴力相談所等)を設置するとともに、対応する地元弁護士会等と連携して、住民の日常生活からの暴力の排除に努めている。
(1) 相談からみた民事介入暴力の現状
 昭和55年以降の民事介入暴力相談の受理件数の推移は、表1-10のとおりで、年々増加している。

表1-10 民事介入暴力相談の受理件数の推移(昭和55~58年)

 58年に民事介入暴力相談窓口に寄せられた相談件数は、1万2,091件に上るが、それらの相談内容からみた最近における民事介入暴力の特徴点は次のとおりである。
ア 債権取立て、金銭消費貸借等に絡む事案が急増している
 類型別にみた相談の受理件数の推移は、図1-7のとおりで、「売掛債権等の取立てに絡むもの」、「金銭消費貸借に絡むもの」、「売買代金等日常生活に絡むもの」、「交通事故の示談に絡むもの」の増加が特に著しい。
 「金銭消費貸借に絡むもの」は、暴力団又は暴力団系金融業者が貸し付けた金を暴力的に取り立てる場合が典型的なものであるが、これについては、暴

図1-7 民事介入暴力相談の類型別受理件数の推移(昭和55~58年)

力的な取立てを行うだけでなく、たとえ、全額の返済を受けても、借り主という相手の弱みを突き、返済の事実関係を不明確にした上で、再度、未返済分あるいは利子と称して金銭の支払を迫ることが多く、一度、かかわりを持ったら「骨までしゃぶる」という暴力団の悪性をあらわにしているものが少なくない。
 「売買代金等日常生活に絡むもの」は、暴力団員が購入商品の代金支払や遊興費の支払を免れるために手続やサービス等のささいなことに因縁をつけ、相手の請求を断念させるというケースが多く、最近は、特に、クレジットを利用した販売等の普及に伴いこの種の手口が目立っている。
イ 暴力団員が債権者側に立って市民を「追い込む」形のものが半数を占める
 民事介入暴力相談は、相談者の立場に応じて分類すると、債権者から債権取立てを依頼された暴力団員、又は自ら債権者と称する暴力団員の取立て行為に困惑した債務者等が相談に来る「債務者等相談型」、逆に、債務者側に暴力団関係者がいることから、支払を受けられず困りきった債権者等が相談に来る「債権者等相談型」及び債権取立てその他権利の実行を暴力団に依頼したところ、回収金を横領されたり、法外な手数料を要求されたため債権者等が相談に来る「自業自得型」の三つの態様がある。58年に、北海道、警視庁、神奈川県、愛知県、大阪府、岡山県、広島県、高知県及び福岡県の9都道府県警察本部で受理した民事介入暴力相談1,283件について、相談の類

表1-11 民事介入暴力相談の類型別、態様別受理件数(昭和58年)

型、態様別にみたものは、表1-11のとおりである。
(ア) 債務者等相談型
 債務者等相談型は、690件(53.8%)と全相談件数の過半数を占めている。類型別にみると、債務者等相談型が占める比率が最も高いものは、「交通事故の示談に絡むもの」(72.6%)であるが、これは、示談に介入した暴力団が保険会社等に強引に支払を請求する事例が多いためである。
〔事例〕 喫茶店経営者(28)は、資金繰りに窮し、暴力団系金融業者(44)から約700万円の融資を受けた際、所有不動産に抵当権を設定され、所有権移転の仮登記を付された上、土地権利証まで取り上げられた。その後利子も含めて全額支払を済ませたが領収証を出してもらえない上に、組事務所に呼び付けられ、「まだ利息に1,500万位未払分がある、支払え」と脅かされた。喫茶店経営者が、思い余って、警察に相談に来たことから、暴力団員を恐喝未遂で逮捕した。以後、喫茶店経営者に対する不正な請求はなくなった(滋賀)。
(イ) 債権者等相談型
 債権者等相談型は210件(16.4%)であり、類型別にみると、債権者等相談型が占める割合が特に高くなっているのは、「家屋賃貸借等不動産に絡むもの」(30.9%)と「売買代金等日常生活に絡むもの」(30.0%)である。これは、暴力団員が、事務所や居宅を借りていながら家賃を支払わず居座ったり、言い掛かりをつけて、売買代金、飲食代金等を支払わないことが多いためと思われる。また、最近では、サラ金からの取立てに対し、暴力団を使って支払を免れようとする者もみられる。
〔事例1〕 暴力団員(43)は、寝具をクレジット契約で購入したが、代金の未払を続けた。そのため、信販会社が督促状を送付したところ、暴力団員は社員を呼び付け、「いきなり督促状とは何事だ。責任を取れ。おれが失った信用は金では買えんが、この際金で解決してやる。」等と代金を支払うどころか、逆に現金30万円をわび料として脅し取った。困りきった会社の担当者が警察の窓口に相談に来たことから、担当者に、恐れずに相手と交渉を進めるよう指導するとともに、暴力団員を恐喝で逮捕した(愛知)。
〔事例2〕 金融業者(35)が市役所職員(34)に100万円を貸したところ、満期になっても支払わないため督促した。市役所職員は暴力団員(30)に交渉を依頼したため、暴力団員は金融業者に対し、「商売を続けたいのなら100万円を30万円でのめ」等と脅した。困りきった金融業者が警察に相談に来たことから、暴力団員を暴力行為で逮捕するとともに、暴力団員を使って交渉をすることは、場合によっては、犯罪を構成することもある旨市役所職員に対し厳重注意した(京都)。
(ウ) 自業自得型
 自業自得型は62件(4.8%)と少ないが、これを類型別にみると、割合が最も高いのは、「金銭消費貸借に絡むもの」(11.5%)である。これは、「やみ金融」の債権や、事実上取立て不能に陥っている債権等を暴力団の力を借りて取り立てようとすると、逆に、暴力団が依頼者側の弱みに付け込んで、全額着服したり、手数料と称して多額の金銭等を要求することが多いためと思われる。
〔事例〕 金融ブローカーに手形(額面1,000万円)をだまし取られた不動産業者(42)が、知人から紹介された山口組系暴力団員にその手形の回収を依頼したところ、暴力団員は、依頼者たる不動産業者を組事務所に呼び付け、「日当50万円を出せ。金を持ってくるまで土地権利証を預かっておく。」などと怒号し、暴行を加えた上、土地権利証等を脅し取った。不動産業者が警察に相談に来たことから、暴力団員を恐喝で逮捕した(神奈川)。
ウ 相談者は金融、保険関係者が目立つ
 前述の9都道府県警察本部で受理した相談1,283件について、相談者の職業をみると、会社員が621人(48.4%)と最も多く、次いで、自営業者が454人(35.4%)となっている。会社員のうち、243人(39.1%)は金融、保険関係者であり、これは、他人の金融機関との金銭貸借関係に暴力団が介入したり、暴力団員が交通事故の示談等で保険金等の支払交渉に介在するなどの事例が多いことを示している。また、自営業者の内訳は、小売卸売業98人(21.6%)、不動産業74人(16.3%)、飲食店業66人(14.5%)の順に多く、これらの業種が暴力団とのかかわりを持ったり、被害を受けやすいことを示している。
エ 助言、指導により解決するものが多い
 58年の民事介入暴力相談の措置状況は、表1-12のとおりで、相談内容が既に暴力団員の犯罪行為であると認められるものについては、刑事事件として検挙することにより問題を解決しているが、相談の内容が直ちに犯罪には

表1-12 民事介入暴力相談の措置状況(昭和58年)

当たらないが、暴力団がその威嚇力を背景に、事実上、相談者を圧迫し、不利な立場に追い込んでいたり、市民の正当な権利の行使を困難にしている場合には、相談者に、取り得る民事上の手段や暴力団員との交渉の際の注意事項等を助言するなど事案に応じた各種の措置を講じている。また、交渉時において違法なことが行われないように、110番、派出所等との連絡体制を強化するとともに、場合によっては、相手方たる暴力団等関係者に違法行為があれば検挙する旨警告するなど相談者の実質的な保護を図っている。こうして刑事事件には至っていないが、警察の助言、指導等により問題が自主的に解決されたものが7,367件と6割以上を占めている。
〔事例1〕 貸しビル所有者(61)から「入居者の募集を行ったところ、『化粧品販売事務所に使いたい』と女性から申し込みがあったので、申込み金30万円を受領した。ところが、この女性は暴力団関係者で、部屋は組事務所として使う予定であることが分かったため、契約の解除を申し入れたが、暴力団は、『貸さないなら1,000万円の損害金を支払え』などと言って応じない。どうしたらよいか。」との相談があった。警察では、相手が交渉に応じない場合には、簡易裁判所に調停の申込みをし、受領した30万円は法務局に供託して解約手続を進めるよう助言するとともに、暴力団に対し、交渉に際し違法な行為を行った場合には検挙する旨警告したところ、暴力団は入居をあきらめ、契約解除に応じた(福島)。
〔事例2〕 自動車修理業者(65)から「車の修理を依頼された際、代車を貸していたところ、相手は暴力団員らしく、修理が済み納車したにもかかわらず、代車を返してくれない」との相談があった。警察では、恐れずに、複数の社員が、暴力団事務所以外の場所で、相手と会って直接交渉すること、それでも返還してくれない場合には内容証明郵便等で督促するなど正規の法的手続を進めること等を助言するとともに、関係の暴力団組長に対し、交渉に際し違法な行為を行った場合には検挙する旨警告したところ、暴力団員は、即日、代車を返しにきた(兵庫)。
(2) 民事介入暴力対策の課題
 間断ない警察の取締りと長引く経済不況により、伝統的な資金源活動(賭博(とばく)、ノミ行為、覚せい剤、用心棒代等)に窮した暴力団は、最近、市民の日常生活や経済取引に介入して新たな資金源を求める傾向を急速に強めている。さらに、57年10月1日から施行された改正商法により全国の上場企業等から排除された総会屋等の多くは、経済取引や商品、サービス等に因縁をつけて法外な金銭を得る「事件屋」、「たかり屋」化しつつあるのが現状である。このため、警察では、この種の違法行為の取締りを更に強力に推進するとともに、市民がこの種の被害に遭わないために、また、市民を暴力から実質的に保護するために、次のような対策を進めていくこととしている。
ア 相談窓口の周知徹底と整備、充実
 警察の民事介入暴力の相談窓口には、54年の開設以来多数の相談が寄せられているが、現に民事介入暴力の被害を受けながら、警察の相談窓口の存在を知らなかったために、あるいは暴力団等の仕返しを懸念して、警察に相談せず又は相談の機を失して、被害が拡大しているケースが多数存在しているものと思われる。
 このため、警察では、市民に対する相談窓口の周知徹底を図るとともに、相談専用電話の増設、夜間相談受付体制の整備に努め、相談者に対する保護の万全を期している。なお、58年中の民事介入暴力相談1万2,091件中、警察に相談に来たために「お礼参り」等を受けたなどの事例は皆無であった。
イ 他の相談窓口との連携
 民事介入暴力に関する相談のなかには、刑事的措置だけでなく、民事上の権利の保全、確保等につき、専門的な法律手続を要するケースも少なくない。このような場合には、地元弁護士会に設置されている「民事介入暴力被害者救済センター」(注)等を紹介し、所要の措置を採ってもらっており、58年にはこのようなケースが688件に上った。また、事案によっては、自治体等の市民相談室等への紹介、引継ぎを行っている。今後とも、これら他機関との連携の強化を図り、相談者に対して幅広い実質的な保護、救済措置を講じていく必要がある。
(注) 「民事介入暴力被害者救済センター」は、民事介入暴力による被害の発生の抑止と速やかな被害者の救済を図るため、55年から、各弁護士会に設置が進められており、警察との連絡、調整等の協力体制が確保されている。
ウ 地域、職域における自主防犯活動の促進
 民事介入暴力の被害を未然に防止するためには、その被害に遭いやすい自営業者、企業等が日ごろから警察との連携を密にしつつ自主防犯対策を進めることが必要である。このような見地から、多くの地域、職域で暴力団等に対する自主防犯組織が結成され、活発な活動が行われている。
〔事例1〕 全国の企業2,964社は、地域単位に「企業防衛協議会」を結成し、警察と密接な連絡を取りながら、総会屋、暴力団等の介入の手口、被害実例等についての研修、各企業間の情報交換等を活発に行い、総会屋の排除、経済取引への暴力団等の介入の防止等を図っている。
〔事例2〕 58年12月、兵庫県内の電気、ガス、電話、水道の関係事業体が、暴力団員の公共料金の不払防止のため「兵庫県公共料金暴力対策協議会」を結成し、各団体の情報交換、不法行為のあった場合の警察への連絡の励行等が決議された。
 警察では、今後ともこのような自主防犯組織の結成を促すとともに、これらと常時緊密な連携を取りつつ、民事介入暴力に対する自主防犯活動にあらゆる支援と協力を行い、被害の未然防止を図っていくこととしている。

3 非行のない清浄な地域社会を目指して

 少年非行は、刑法犯で補導した少年の数が戦後最高を記録するとともに、内容的にも、中学生の非行の増加、女子非行の急増、シンナー等薬物乱用の多発等深刻さを加えている。また、非行の前兆とみられる不良行為で補導した少年の数は、昭和58年には約143万人と、54年の1.5倍にも上っている。こうしたなかで、少年や保護者が自ら解決できない悩みや困りごとを警察の相談窓口に寄せる少年相談は、年間10万件以上に達している。
(1) 少年相談からみた少年、保護者の悩み
ア 保護者からの相談が一貫して増加
 昭和58年に寄せられた少年相談は、11万9,733件で、54年の1.3倍となっている。最近5年間の少年相談の受理件数の推移は、表1-13のとおりで、保護者等からの相談は一貫して増加し、また、少年自身からの相談も、58年には若干減少したものの、54年の1.4倍と大きく増加している。
イ 中学生に関する相談が多い
 少年自身からの相談を本人の学識別に、保護者等からの相談を問題となっている少年の学識別にみると、表1-14のとおりである。少年自身からの相談では、中学生からの相談が1万6,138件とその相談総数の39.8%を占め最

表1-13 少年相談の受理件数の推移(昭和54~58年)

も多い。また、保護者等からの相談でも、中学生に関する相談が3万1,434件とその相談総数の39.2%を占めており、悩みを持つ中学生、あるいは、中学生の子供について悩んでいる保護者等が多いことが分かる。

表1-14 相談を寄せた少年及び相談で問題となっている少年を学識別にみた少年相談の状況(昭和58年)

ウ 少年はヤング・テレホン・コーナーに
 「ヤング・テレホン・コーナー」等の電話相談の利用状況は、表1-15のとおりで、電話による相談は、少年自身からでは9割以上を占めているが、保護者等からでは約4割にすぎず、利用が簡便で、気軽に悩みや困りごとに対する助言を得ることができる電話相談が少年によって多く利用されていることが分かる。

表1-15 電話相談の利用状況(昭和58年)

エ 少年は交友問題、保護者等は非行問題等
 相談内容は、図1-8のとおりで、少年自身からの相談では、交友問題が34.2%と最も多く、次いで、性、健康問題(26.0%)となっている。保護者等からの相談では、非行問題等及び家庭問題がそれぞれ全体の3分の1以上を占めている。

図1-8 少年相談の内容(昭和58年)

相談内容を具体的にみると、次のとおりである。
(ア) 家庭問題
 家庭問題に関する相談の内容は、表1-16のとおりで、家出、しつけ、家庭不和の順に多く、保護者等からの相談がその大部分を占めている。しつけに関する相談の具体的内容をみると、少年が深夜外出する、家に寄り付かない、たまり場に出入りしているといった問題が多く、このような問題を家庭自体で解決することが困難な状況がうかがわれる。

表1-16 家庭問題に関する相談の内容(昭和58年)

〔事例1〕 女子店員(15)の母親から、「近所のアパートに独りで住んでいる娘が、毎晩友人をアパートに連れ込んでたまり場にしてしまい、近所から苦情が絶えず、家主からも退去を迫られている。娘は家には戻らないと言って、私の言うことは全く聞かない。」との相談があった。相談員が、少女に面接し、独りで生活するのであればルールを守らなければならないこと等をさとすなど、数箇月にわたり家族とともに指導に努めたところ、その生活態度は好転した(警視庁)。
〔事例2〕 高校2年生の女子(16)の母親から、「娘は、家庭や学校がつまらないと家出を繰り返し、現在、県外のスナックで働いているという電話があっただけで、どこにいるかも分からない」との相談があった。調査の結果、暴力団員にスナックで働かされていることが判明し、暴力団員を児童福祉法違反等で検挙するとともに、少女を保護した(愛知)。
(イ) 学校問題等
 学校問題等(職場問題を含む。)に関する相談の内容は、表1-17のとおりである。相談の具体的内容をみると、学業成績、進路に関する悩みのほか、学校嫌いからの家出、怠学等の不良行為、あるいは、登校拒否等深刻な問題が伴っているものも多い。

表1-17 学校問題等に関する相談の内容(昭和58年)

〔事例〕 中学2年生の女子(14)の父親から、「娘が、友達もいないし、学校もおもしろくないといって何箇月もほとんど登校しない。最近では家にも寄り付かず、毎晩遊び回っているようだ。親が共働きであることも原因だろうが、何とかしてやりたい。」との相談があった。相談員が少女に面接し、数箇月にわたり継続して指導を行うとともに、家族に対しても子供との対話を深めるよう助言したところ、少女は次第に家に帰るようになり、徐々に生活態度も好転し、数箇月後にはすすんで登校するようになった(愛知)。
(ウ) 交友問題
 交友問題に関する相談の内容は、表1-18のとおりで、少年自身からの相談がその多くを占め、異性に関する悩み、友達にいじめられるといった内容が多い。また、保護者等からのものについては、自分の子供が暴走族、暴力団等と付き合っているなどの不良交友の問題が多い。
〔事例〕 中学3年生の男子(15)の母親から、「息子が1年前から暴力団員

表1-18 交友問題に関する相談の内容(昭和58年)

と付き合い始め、学校にも行かなくなった。最近では、暴力団の事務所で寝泊まりしているが、何とか立ち直らせたい。」との相談があった。相談員が、暴力団員に対して注意、警告するとともに、少年に面接し継続して指導したところ、数箇月後には家に戻り通常の生活を送るようになった(茨城)。
(エ) 非行問題等
 少年の非行問題等に関する相談の内容は、表1-19のとおりで、校内暴力、暴走族、家庭内暴力等の暴力非行、窃盗、薬物乱用、自殺等多岐にわたっており、保護者等からのものが3万90件と圧倒的に多い。また、校内暴力

表1-19 非行問題等に関する相談の内容(昭和58年)

事件について教師が相談に来る事例も数多くみられる。
(オ) 性、健康問題
 性、健康問題に関する相談は、少年自身からのものが1万546件と圧倒的に多く、その内容は、思春期における体の変化や性に関する悩みが多い。
(カ) 有害環境問題
 最近、享楽的営業が増加、多様化するなど少年を取り巻く社会環境は、急激に悪化の一途をたどっているが、このような状況が少年の健全な育成に深刻な影響を与えていることをうかがわせる事例は、少年相談においても数多く現われている。
〔事例〕 中学2年生の男子(14)の母親から、「息子がゲームセンターに入りびたり、学校をさぼったり、そこで知り合った不良少年グループと付き合っており心配だ。たまり場となっているゲームセンターを何とかしてほしい。」との相談があった。相談員が少年を指導するとともに、ゲームセンター業者に、深夜、少年のたまり場にさせないよう協力を要請し、補導活動を強化した結果、たまり場状態は解消された(大阪)。
オ 少年相談への対応
 58年に警察が受理した少年相談の措置状況は、表1-20のとおりで、助

表1-20 少年相談の措置状況(昭和58年)

言指導が全体の66.4%を占め最も多い。また、面接指導、継続指導を行ったものは約4分の1を占めているが、保護者等からの相談については、その割合が高く、深刻なものが多いことがうかがわれる。
(2) 地域ぐるみの少年の健全育成活動の推進
 少年問題は、相談の分析でみたとおり、非行が多発しているだけでなく、非行に至る前段階とみられる問題が広範に存在し、その解決を図ることが急務となっている。警察では、非行に陥った少年を補導するだけではなく、関係機関、団体、民間ボランティア等と緊密に連携し、少年が非行に陥らないよう、その健全な育成に資するための活動を推進している。
 警察が委嘱している民間ボランティアには、少年補導員と少年警察協助員がある。少年補導員は、全国で約5万4,000人が委嘱され、警察が行う街頭補導、環境浄化活動、少年相談等の活動に協力している。また、少年警察協助員は、約800人が委嘱され、警察と協力して、主として非行集団の解体補導を行っている。
 また、学校、職場と連携して少年の非行防止を図るため、学校警察連絡協議会が、全国の小学校、中学校、高等学校の約90%に当たる約3万8,000校の加入の下に約2,300組織、職場警察連絡協議会が約2万9,000の事業所の加入の下に約1,000組織それぞれ結成されている(注)。
(注) 少年補導員、学校警察連絡協議会、職場警察連絡協議会の人員、組織数等は昭和58年4月15日現在、少年警察協助員の人員は、同年12月末の数字である。
ア 少年の規範意識の啓発活動
 少年に社会や集団の一員としての自覚や克己心をはぐくませることにより、その規範意識を啓発する活動が活発に行われているが、警察では57年度からこうした活動に対する協力を強化している。
(ア) 少年の社会参加活動
 少年に主体的に社会とのかかわりを持たせることにより、社会の一員としての自覚を高めるという観点から、明るいまちづくり運動、社会奉仕活動、生産体験活動、文化伝承活動等の社会参加活動が活発に行われており、58年

にこれらの活動に参加した少年の数は、延べ約200万人に上った。
(イ) 少年柔剣道活動
 少年に克己心や自立心をはぐくませ、社会的ルールを体得させるため、警察署等の道場を開放して、指導者による適切な指導の下に、地域の少年に柔道や剣道の指導を行うほか、各種のスポーツ活動が幅広く実施されている。
(ウ) 少年を非行からまもるパイロット地区活動
 警察では、少年を非行からまもる必要性の高い地域を「少年を非行からまもるパイロット地区」に指定している。58年に指定された全国292地区のパイロット地区では、家庭、学校、地域との連携の下に、主として小学校高学年と中学生を対象として、啓発活動や非行防止ハンドブック等を利用した非行防止教室(延べ約84万人の少年の参加の下に約5,600回)、非行防止座談会等を開催している。
イ 有害環境浄化活動
(ア) 地域ぐるみの環境浄化活動
 警察では、53年以降、「少年を守る環境浄化重点地区活動」を推進しており、58年には、全国で331地区を「少年を守る環境浄化重点地区」に指定した。これらの地区では、住民が中心となって有害図書自動販売機、有害広告物等の撤去運動、少年のたまり場の解消活動、住民大会の開催等の活動が推進されており、警察では、有害環境の実態、有害環境に起因する非行事例等の資料、情報等を提供するとともに、活動に際しては、警察職員も積極的に参加するほか、警察署等をその活動場所として提供するなどの協力と支援を行っている。
〔事例〕 伊勢崎地区では、「地域の子供は地域で守り育てる」ことを主眼に、少年補導員を中心として地域住民に働き掛け、「青少年健全育成住民総ぐるみ運動」を展開し、有害図書自動販売機撤去について署名運動を行った結果、地域内の13台中6台の有害図書自動販売機が撤去された(群馬)。
(イ) 関係業界等への協力要請
a 不良少年のたまり場解消のための営業所等への協力要請
 警察では、少年のたまり場となったり、少年の福祉を害する犯罪の被害者となるきっかけを提供することが多いゲームセンター、喫茶店、スナック等に対して、営業所の管理の徹底、深夜における少年の立入り等への配慮を求め、これらの営業所がたまり場とならないように努めている。
〔事例〕 警視庁小岩署では、深夜まで少年のたまり場となっているゲームセンターに対し、深夜、少年を立ち入らせないこと、喫煙等を行っている少年に注意すること等を要請するとともに、PTA等地域団体と協力して補導活動を行ったところ、同店では、少年が夜遅くまで集まることはなくなった。
b シンナー等取扱業者、出版関係業界への要請
 現在、シンナー等取扱業者の間では、少年に対しては用途や目的が確認されない限りシンナー等を販売しないという自主規制が採られ、かなりの効果を挙げているが、警察では、なお自主規制の一層の徹底を要請している。
 また、出版関係業界等との懇談会等を通じて、少年非行の実情や有害図書等の影響を受けたと思われる非行事例を紹介するなどして、少年に有害な図書等の出版、販売等の自粛を要請している。
(3) 今後の課題
 少年問題の解決を図るため、警察では、現在進めている施策を更に強力に推進するほか、法制面の検討を含め総合的な対策を進めることとしている。
 第1に、少年相談業務の充実である。昭和58年12月に警視庁が都内の成人901人を対象に行ったアンケートによると、「自分の子供が非行化した場合どのように対処するか」という質問に対しては、「警察の相談室等関係機関に相談に行く」と答えた人が23.5%を占めており、少年相談に対する期待は大きいものがある。警察では、ヤング・テレホン・コーナー等専用電話の増設を図るほか、警察官や婦人補導員等だけでなく、民間ボランティアや心理学の専門家の積極的な参加を得て、相談業務の一層の充実を図ることとしている。
 第2に、地域住民との連携の強化である。少年の社会参加活動、柔剣道活動、環境浄化活動等少年の健全育成のための諸活動に対し、一層の支援と協力を行うこととしている。
 第3に、有害環境浄化のための法制面の整備である。警察庁では、風俗環境を浄化し、少年の健全な育成に資すること等を目的として風俗営業等取締法の一部を改正する法律案を策定し、同法案は、59年4月に、第101回国会に上程されている。改正法案は、ゲームセンター等に対して、一定の規制を加えるとともに、少年の補導等の活動を行う少年指導委員の制度と風俗環境に関する苦情処理、違反防止の啓発活動等を行う風俗環境浄化協会を新設するなどの内容となっている。

4 地域の静穏な環境を守るために

 都市化の進展等による生活様式の変化、深夜飲食店、娯楽施設の増加、音響機器の普及等に伴う様々な騒音によって、地域の静穏な環境が悪化している。一方、快適な生活環境を求める国民の声は一段と高まり、警察に寄せられる騒音苦情も年々増加の一途をたどっており、なかでも、カラオケ騒音や拡声機騒音等の近隣騒音の苦情の増加が著しい。これに伴って、騒音を原因とする近隣間のトラブルの発生が目立ち、殺人等の凶悪事件に発展するケースもあるなど、騒音問題は大きな社会問題となりつつある。
〔事例1〕 昭和57年9月7日午後11時30分ごろ、大工(44)が自宅で休憩中、隣のスナックのカラオケ音がうるさいので、スナックの経営者に「夜も遅いので静かにしてくれ」と苦情を言ったところ、カラオケで歌っていた客(28)と口論になった。そこに騒ぎを聞いて駆け付けた大工の息子2人が加わり、3人で客に暴行を加えたため、激こうした客がナイフで大工を刺殺、息子2人に傷害を与えた(兵庫)。
〔事例2〕 58年8月2日午前0時40分ごろ、アパートの2階に居住する予備校生(19)が友人とラジカセで歌謡曲を聞いていたところ、隣室の店員(31)に「音がうるさい。外に出ろ。」と怒鳴られ、外に出ると、店員に持っていたナイフでいきなり切りつけられ、2週間の傷害を負った(警視庁)。
(1) 苦情からみた騒音問題の実態
ア 年々増加する騒音苦情
 警察が昭和58年中に受理した騒音苦情は4万3,560件(注)で、これを54年と比較すると1.3倍となっている。最近5年間の騒音苦情の受理件数の推移は、表1-21のとおりで、年々増加している。
(注) 警察で受理したもののうち、公害苦情処理票を作成した件数である。

表1-21 騒音苦情の受理件数の推移(昭和54~58年)

イ 一般飲食店からのカラオケ音によるものが多い
 騒音苦情を、騒音の発生源別、種類別にみると、表1-22のとおりで、ス

表1-22 騒音苦情の内訳(昭和58年)

ナック等の一般飲食店からのカラオケ音に対するものが1万8,926件(43.4%)と最も多く、次いで、道路、広場等からの車両音が6,331件(14.5%)となっている。また、住宅からのものでは、楽器音等及び人声が多くを占めている。
ウ 昼間は拡声機音、夜間はカラオケ音
 騒音苦情を、騒音の種類別、昼夜間別(注)にみると、表1-23のとおりで、夜間が3万9,296件(90.2%)と圧倒的に多く、そのうちの2万618件がカラオケ音に対するものである。また、昼間では、拡声機音に対する苦情が973件と22.8%を占めて最も多い。
 夜間のカラオケ音に対する騒音苦情2万618件について、発生源別にみると表1-24のとおりで、その90.0%に当たる1万8,549件が一般飲食店から発生している。これは、スナック等の深夜飲食店が全国で約35万軒と多く、しかも住居地域に混在し、防音装置を設けないで深夜までカラオケ装置を使用している店舗が多いためと思われる。また、一般飲食店、風俗営業所に次

表1-23 騒音苦情の種類別、昼夜間別受理状況(昭和58年)

いで、住宅からのカラオケ騒音に対する苦情が779件もあることが注目される。

表1-24 夜間のカラオケ騒音苦情の発生源別状況(昭和58年)

(注) 昼間とは午前6時から午後8時までの間をいい、夜間とは午後8時から翌日の午前6時までの間をいう。
エ 午後10時から翌日の午前2時までの間に集中
 58年下半期において受理した騒音苦情2万3,370件について、時間帯別受

表1-25 騒音苦情の時間帯別受理状況(昭和58年下半期)

理状況をみると、表1-25のとおりで、午後10時から翌日の午前2時までの間に集中しており、この4時間で全体の65.9%、夜間の72.2%を占めている。
オ 政治活動及び物売り等に多い拡声機騒音
 拡声機音は、著しく大きな音を長時間繰り返すなど「音の暴力」ともいえるものも多く、騒音苦情の中で最も深刻なものの一つとなっている。
 58年下半期において受理した拡声機騒音に対する苦情の地域別、目的別の受理状況は、表1-26のとおりで、総数920件のうち、政治活動に伴うものが337件(36.6%)と最も多く、次いで、ちり紙交換等移動しながら行う商業宣伝が287件(31.2%)、固定式の商業宣伝が159件(17.3%)の順となっている。

表1-26 拡声機騒音に対する苦情の地域別、目的別受理状況(昭和58年下半期)

力 夜間騒音は、一戸建て住宅よりもアパート、マンション
 58年下半期において受理した騒音苦情のうち、住宅が発生源となっている

表1-27 住宅を発生源とする夜間の騒音苦情の受理状況(昭和58年下半期)

ものを夜間についてみると、表1-27のとおりで、総数2,294件のうちアパート、マンションから発生したものが1,502件(65.5%)と、一戸建て住宅からのものを大きく上回っている。
キ 騒音苦情の措置状況
 騒音苦情の措置状況は、図1-9のとおりで、注意や指導によって措置したものが全体の84.4%と最も多く、次いで、話し合いのあっせん(2.8%)等の順となっている。注意や指導によって措置したもののうち、関係者の理解や協力が得られ、それが1回で解決する場合もあるが、なかには、警察官が立ち去ると、また同じ行為を繰り返したり、関係者間で解決することができず、注意や指導が十数回に及ぶ場合もあるなど、騒音苦情を解消することが極めて困難な事案も多い。

図1-9 騒音苦情の措置状況(昭和58年)

〔事例1〕 新興住宅地において、子供がペットとして飼育している鶏が毎朝5時ごろ鳴くために、近隣から「安眠が妨げられて困る」と派出所に届出があった。これを受けて派出所員が関係者の間に入って話し合いを進めた結果、鶏小屋を人家に面していない方に移転させることで解決した(京都)。
〔事例2〕 1階が飲食店、2階以上が住居となっている建物で、1階の飲食店から漏れるカラオケ騒音をめぐり、飲食店経営者、2階の居住者及び家主の間で紛議が続いていたが、騒音苦情を受理した警察署員が市とも連携を取りながら関係者による話し合いを進めた結果、飲食店経営者と家主が費用を負担して防音設備を設けることで解決した(岐阜)。
(2) 今後の課題
 騒音苦情に対して警察が行っている注意、指導は、あくまでも説得の範囲にとどまり、相手方の理解と協力がなければ騒音の発生行為をやめさせることまではできず、根本的な解決を図ることができないのが現状である。このため、最近、地域住民の間に新たなルール作りの気運が盛り上がり、騒音を規制する条例が制定されたところもある。
〔事例〕 8月30日から9月2日までの4日間、真庭郡湯原町において、「日教組第58回定期大会」が行われたが、これに反対する右翼団体が連日宣伝カーで押し掛け、拡声機の音量を一杯に上げて騒音をまき散らし多くの住民に被害を及ぼしたことから、「音の暴力を追放しよう」という住民運動が盛り上がり、12月5日、「暴力追放県民会議」が33万5,000人の署名を集め、知事、県議会議長及び警察本部長に対して「音の暴力を追放する条例」の制定を求める請願、陳情を行った。これにより、昭和59年3月19日、公安委員会が騒音防止上必要な行政処分を行うことを内容とする「拡声機等による暴騒音規制条例」が制定された(岡山)。
 国民の生活様式等の変化とともに、騒音問題は、ますます深刻になっていくものと思われる。警察では、静穏な生活環境を守るために、関係機関との連携を図りつつ法制面の検討を含め、実効ある対策を進めている。

5 健全な消費生活のために

 サラ金等の消費者金融、訪問販売、クレジットを利用した販売等消費生活のための新たな仕組みが普及、発展したことにより、国民の消費生活はますます便利で豊かなものとなったが、反面、これに起因する犯罪や各種トラブルの発生は後を絶たない状況にある。特に、サラ金禍の問題は深刻な社会問題となるに至っている。
 警察では、警察本部、警察署に困りごと相談、家事相談、あるいは「サラ金110番」等の相談窓口を設置して、消費生活をめぐるトラブル等に関する各種相談に応じているが、警察に寄せられた最近5年間の消費生活等に関する相談の受理件数の推移は、表1-28のとおりで、年々増加の一途をたどり、特に、サラ金等金銭貸借に関するものと訪問販売等契約取引に関するものが著しい。

表1-28 消費生活等に関する相談の受理件数の推移(昭和54~58年)

(1) サラ金禍に陥らないために
 サラ金をめぐっては、高金利、過剰貸付け、強引な取立て等から借受人やその家族等の自殺、家出、凶悪犯罪が多発している。サラ金返済苦に係る自殺、家出は、昭和58年下半期だけで、自殺者は813人、家出人は7,932人に上っている。また、サラ金返済苦を原因、動機とする凶悪犯罪で検挙したものは、表1-29のとおり58年中で288件にも上っており、なかでも、強盗殺人については、全検挙件数の35.5%がサラ金返済苦によるものとなっている。

表1-29 サラ金返済苦を原因、動機とする凶悪犯罪の検挙状況(昭和58年)

〔事例1〕 遊興資金のためサラ金会社22社から3,800万円の借金を重ねた女店員(52)は、サラ金業者(41)から呼び出しを受け、6月16日早朝、同人の自宅を訪ねたところ、厳しく返済を要求された上、不実をなじられたため、包丁で背中を突き刺して殺害し、現金等を強奪した。8月8日逮捕(大阪)
〔事例2〕 生活苦からサラ金会社10社から約370万円の借金を重ねた主婦(41)は、その返済に窮し、2月14日未明、夫(53)と長男(11)に鎮静剤を飲ませた上、ネクタイで首を絞めて殺害し、無理心中を図ったが、自分は死にきれず、警察に自首した(警視庁)。
ア 相談にみるサラ金禍の実態
 58年に、警察署等の相談窓口と「サラ金110番」等の専用電話に寄せられた相談は2万5,713件に上った。相談者及び相談内容の内訳は、表1-30、31のとおりであるが、ここに示されたところからだけでも社会問題化しているサラ金禍の一端をかいま見ることができる。

表1-30 相談者の内訳(昭和58年)

(ア) 相談者の圧倒的多数が本人ではなく家族
 相談者の内訳をみると、女性が過半数を占め、そのうち主婦が8,452人と最も多い。また、年齢層別では、30、40歳代でほぼ半数を占めるが、20歳未満の人からの相談も177件ある。
 相談者と負債者の関係は、図1-10のとおりで、負債者本人からの相談が32.3%であるのに対し、配偶者、親、子、兄弟姉妹等親族からのものは55.0%にも上り、サラ金からの借金が家族等をも巻き込んで家庭全体を深刻な事

表1-31 相談の内容(昭和58年)

態に立ち至らせていることをうかがわせる。
 これは、相談内容中「離婚したい」というものが2.1%、「サラ金から借金できないようにしてほしい」というものが5.5%、「配偶者に支払義務があるのか」が9.0%、「親族に支払義務があるのか」というものが12.4%を占めていることからも裏付けられよう。

図1-10 相談者と負債者の関係(昭和58年)

(イ) 遊びのための借金がサラ金悲劇の第一歩
 サラ金から金を借りた原因、動機については、図1-11のとおりで、遊びの資金とするためが36.4%と最も多く、その中には、競馬、競輪、さらには、賭博(とばく)、覚せい剤購入の資金とするためというものまでみられる。また、借金返済のためが8.1%あり、返すために借りるという悪循環に陥っている者も少なくない。
 これは、図1-12の借受け先業者数にも現われており、1業者からだけという者は、わずか23.2%にすぎず、10業者を超えるという者が13.3%にも上

図1-11 借金の原因、動機(昭和58年)

図1-12 借受け先業者数(昭和58年)

図1-13 借金の額(昭和58年)

っている。
 また、借金の額についてみると、図1-13のとおりで、50万円未満の者が24.9%と最も多いが、なかには、2,000万円以上という者もある。
(ウ) 執ような取立てが相談者の最大の悩み
 相談の内容については、表1-31のとおりで、「取立てに悩まされている」というものが7,451件(29.0%)と最も多く、次いで「返済に困っているが、何か良い方法はないか」というものが7,236件(28.1%)となっている。また、「金利が高すぎるのではないか」という疑問も1,165件(4.5%)と少なくない。
 相談聴取の結果、「取立てに悩まされている」というもの7,451件のうち、実際に取立てに行き過ぎがあると認められたものが21.1%に当たる1,572件、また、「金利が高すぎるのではないか」という相談1,165件のうち、出資法で定める法定金利を超えていたものが324件(27.8%)であった。さらに、取立てその他に明らかに暴力団員が関与していると認められたものが、相談総数の2.4%に当たる619件もあったことが注目される。
a 配偶者その他本人以外の親族が取立てを受けていることが多い
 取立てに悩まされているという相談7,451件について、だれが取立てを受けているかをみると、表1-32のとおりで、サラ金から金を借りた本人よりもその配偶者、親等の家族が多い。なかには、職場関係者が取立てを受けているものもみられる。

表1-32 取立てを受けている者の状況(昭和58年)

〔事例〕 理容業者(31)から「父親がサラ金から500万円借金したまま家出したため、業者が『親の借金は子が返すのが当然』等と再三取立てに来るので困り果てている」との相談を受けた。警察では、行方不明の父親の捜索願を出させる一方、相談者には法的な支払義務がないので、取立てにはき然と応接し、違法なことがあった場合には直ちに110番するよう助言するとともに、業者に対しては違法な行為を行った場合には検挙する旨警告した。以後、業者から相談者に対する取立てはなくなった(岩手)。
b 取立ては、とき、ところ、手段を選ばない
 取立て場所についてみると、取立てに悩まされているという相談7,451件中、自宅が6,344件(85.1%)と最も多く、次いで、職場が1,165件(15.6%)で、なかには、入院先まで取立てに来たというものが58件、冠婚葬祭の場へまで押し掛けたというものが8件あった。
 また、取立てを受けた時間については、7,451件の20.1%に当たる1,500件では、深夜、早朝(午後10時~午前8時)に取立てが行われており、まさに、取立ては、とき、ところを選ばないというのが実情である。
 さらに、取立ての手段、方法についてみると、表1-33のとおりで、連続的に電報を打つ、自宅にはり紙をはるなど、執ような、いやがらせに類した方法による取立ても行われている。

表1-33 取立ての手段、方法(昭和58年)

(エ) 措置状況
 警察の相談窓口では、専門の担当者が相談者からサラ金関係の困りごと、悩み等の内容を詳細に聴取し、民事上の知識等の不足が原因のものには、これを教示し、交渉や取立てへの対応にとまどう者には、それについて指導、助言し、あるいは、業者に行き過ぎがあると認められるものについては警告、検挙を行うなど、事案内容に応じた適切な対応策を講ずることにより問題解決を図っている。
〔事例1〕 主婦(58)から「甥(おい)がサラ金から借金して家出したため、業者が私の所に取立てに来て困っている」との相談を受けた。相談員は、再度の取立てが予想されたため、同様な取立てを受けた場合には、110番すること等を助言していたところ、数日後、相談者から「今、取立てに来ている。助けてほしい。」との110番通報があった。派出所員が急行し、業者の従業員から事情聴取するなど所要の捜査を行ったところ、深夜、相談者の自宅を訪れ、ドアを激しくたたいたり、大声で怒鳴ったりして取立てていたことが判明したので、貸金業規制法違反で検挙した。以後、相談者に対する取立てはなくなった(愛知)。
〔事例2〕 主婦(66)から「長男がサラ金から借金して家出したため、業者から強い取立てを受けて困っている」との相談を受けた。警察で事情を聞いたところ、相談者は、長男に代わってサラ金業者に返済していたが、取立てを受けた際、これを断ったところ、サラ金業者の従業員2人が「表に出ろ、泥棒野郎」等と約40分にわたり近隣に聞こえるような大声で取立てていたことが判明したので、貸金業規制法違反で検挙した。以後、相談者に対する取立てはなくなった(宮城)。
イ 今後の課題
 サラ金禍に陥った市民や陥りつつある市民を1人でも多く救済するためには、警察の相談窓口を整備、充実していくとともに、相談に対して、更にきめ細かい、総合的な措置が講じられるよう、自治体等に置かれている「困りごと相談室」、「サラ金相談センター」等との連携、連絡を一層緊密化していく必要がある。
 また、相談等を通じ、悪質業者の実態把握に努め、「貸金業規制二法」(昭和58年11月1日施行)違反をはじめとする各種違反行為に対しては、強力な取締り、検挙活動を進めることはもとより、関係行政機関による行政的排除措置が講じられるよう、連携を緊密に保つことが必要である。このため、各都道府県警察では、関係行政機関により構成される「貸金業関係連絡会」等に参加し、積極的な情報交換を行っている。さらに、相談内容等からもうかがえるように、返済のあてもなく安易にサラ金から借金をして深みにはまるなど、消費者の側にも問題があるケースが多いので、あらゆる機会をとらえて消費者の啓発を図っていく必要がある。
(2) 訪問販売のトラブルに巻き込まれないために
 急速に普及した訪問販売による商品販売方式は、最近では、消費者の住居を訪問して行うものだけでなく、街頭で通行人相手に勧誘する「キャッチ・セールス」、電話等で消費者を喫茶店等に呼び出し勧誘する「アポイントメント・セールス」、特設会場を設け、日用品等を無償で配布するなど消費者の購買意欲をあおった後、高額であるにもかかわらず、安いと信じ込ませて売り付ける「催眠商法」等の新しい形態が出現するなど多様化している。また、信販会社の割賦購入あっせんの利用も増加している。このような販売方法の急速な多様化に伴い、消費者と業者の間でトラブルが多発している。
ア 相談にみる訪問販売のトラブルの実態
 昭和58年に警察本部の「困りごと相談室」等に寄せられた相談2,417件からみた訪問販売のトラブルの特徴、傾向は次のとおりである。
(ア) 老人からの相談が目立つ
 相談者の内訳をみると、表1-34のとおりで、主婦が多く、また、60歳以上の老人が593人(24.5%)と多いのが目立っている。

表1-34 相談者の内訳(昭和58年)

(イ) 消火器に関する相談が最も多い
 商品別にみると、表1-35のとおりで、消火器が1,000件(41.4%)と最も多く、次いで、学習教材137件(5.7%)等となっている。学習教材については、家庭教師の派遣、添削等の役務の附帯したものが16件あり、その不履行に関するトラブルも目立っている。また、つぼ、多宝塔に関しては、「幸運を呼ぶ」、「病気が治る」等のうたい文句で、主に老人に対して数百万円もの価格で売り付ける場合が多い。さらに、訪問販売等に関する法律(以下「訪問販売法」という。)上の指定商品ではないが、ゴルフ場や宿泊施設の会員券、クーポン券に関するものも17件寄せられている。

表1-35 訪問販売に関する相談の商品別受理状況(昭和58年)

〔事例〕 女子中学生(14)から、「学校から帰宅途中にセールスマンに呼び止められ、『これを買うと、家庭教師を月に2、3回派遣する』と言われたので、学習教材を購入したが、家庭教師は2回ほど来ただけで以後音信不通となってしまった。契約を解除したい。」との相談を受けた。警察で販売業者を突き止め、事情を聴くとともに、誠意をもって交渉するよう指導した(愛知)。
(ウ) 長時間の居座り等強引なケースが多い
 訪問販売員の勧誘時の状況をみると、表1-36のとおりで、住居に長時間居座ったり、路上で付きまとうなど強引な勧誘を行っているものが897件(37.1%)と最も多い。次いで、虚偽の説明をしたり、公務員と紛らわしい服装をしていたなど詐欺に近い勧誘方法が616件(25.5%)で、その多くは消火器に関するものである。また、かなり高齢の老人を対象として契約内容を十分理解させずに強引に契約させようとするケースも目立っている。

表1-36 訪問販売員の勧誘時の状況(昭和58年)

〔事例〕 老婦人(78)から、「セールスマンに『先祖の霊が成仏できずにいる。供養しないと不幸になる。』などと言われ、100万円で大理石のつぼを買ったが、家族に反対された。解約したいがどうすればよいか。」との相談を受けた。販売業者から事情を聴取し、誠意をもって交渉するよう指導したところ、間もなく解約が成立した(警視庁)。
(エ) 解約方法についての相談が最も多い
 相談内容をみると、表1-37のとおりで、解約の方法を尋ねるものが最も多く、クーリング・オフ制度を知らない人も多い。また、高額の商品については、売買契約が信販会社の割賦購入あっせん契約と抱き合わせになっているものも多いことから、解約等をめぐり信販会社とのトラブルも少なくない。

表1-37 相談者の要望(昭和58年)

イ 対策の現状と今後の課題
 警察では、寄せられた相談に対しては、消費者保護の見地から、クーリング・オフ制度等の解約方法を教示したり、詐欺的販売を行うなど問題のある業者に対しては、警告、指導を行うなど事案に応じた対応を行っている。また、悪質な事犯については、訪問販売法はもとより、割賦販売法、刑法、押売防止条例等を適用してその取締りに努めており、58年は、相談等を端緒として訪問販売法違反113件、105人を検挙した。
〔事例〕 「公民館で特売があり、電気製品を買ったが、返品しようとしても業者が分からず困っている」との相談が数多く寄せられたことから、警察で捜査したところ、訪問販売業者が主婦を公民館等に集めて、たわし、缶切り等を無償配布するなど催眠商法により電気製品を販売し、しかも、販売時に契約書面を交付していないことが判明したため、業者8人を訪問販売法違反で検挙するとともに、被害に遭った消費者に解約の方法等を助言、指導した(長崎)。
 警察では、今後とも関係機関と連携し、消費者の知識を高めるための啓発を行う一方、詐欺的な勧誘等を行う業者に対しては指導、監視を強化することとしている。また、現行法の規制が及ばない犯罪すれすれの巧妙な販売方法等については、消費者保護の見地から関係省庁と協力して、関連法令の整備を含めた各種措置を講じていくことが必要である。
〔事例〕 埼玉県東入間警察署では、消火器、健康食品等の悪質な訪問販売事案が多発し、消費者からの相談も多く寄せられたことから、管内2市2町に働き掛け、「悪質訪問販売防止協議会」を発足させ、消費者啓発のための広報活動、訪問販売業界に対する指導、監督を積極的に推進し、トラブルの未然防止を図り、効果を挙げている。

6 地域の交通安全を守るために

 昭和58年の交通事故死者数は9,520人と、交通事故の動向は極めて懸念される事態に立ち至っている。また、自動車台数及び免許人口の増加に伴って道路交通の過密化、混合化の度合が深まるとともに、特に、都市における駐車問題、暴走族問題等地域の交通環境の悪化が進行している。
 このような情勢を反映し、警察署等の交通相談窓口に寄せられる相談件数は、58年には約46万2,000件に上っている。内容をみると、図1-14のとおりで、交通事故の相談のほか、交通環境を著しく害している駐車、放置自転車問題や暴走族問題、さらに、交通安全教育、街頭における交通安全指導に関する要望等多岐にわたっている。

図1-14 交通相談の内容(昭和58年12月)

(1) 駐車、放置自転車問題への対応
 自動車の常態的な違法駐車や放置自転車、放置バイクの実態は、悪化の傾向にあり、緊急に解決を迫られる都市問題の一つとなっている。
ア 駐車問題の実態とその対応
 都市における駐車の実態をみると、警視庁が昭和58年6月に東京都の繁華街で調査した結果は、表1-38のとおりで、路外駐車場を利用せずに路上に駐車する者が多いことを示している。
 また、58年における全国の駐(停)車違反取締り件数は、前年に比べ11.7%と大幅に増加し、206万1,315件にも上っている。さらに、駐(停)車車両が関係した交通事故は、都内だけで58年の事故総数3万2,877件の4.3%に当たる1,429件発生しており、その要因は、表1-39のとおりで、駐(停)車車両の

表1-38 東京都の繁華街における駐車の実態(昭和58年6月)

表1-39 駐(停)車車両が関係した交通章故発生状況(昭和58年)

ための発見の遅れやその陰からの飛び出し等が多い。
(ア) 路上駐車に対する意識
 (財)日本交通管理技術協会が、57、58年に行った「駐車に関するアンケート」の結果は次のとおりである。
a 事故の危険、迷惑を感ずる居住者
 都内の住宅地域に居住する609人に対し、「自宅の前や近辺に駐車されることによって受ける迷惑の内容」について尋ねたところ、図1-15のとおりで、交通事故の危険性を感じる者が37.0%と最も多く、歩行の邪魔、車両通行の障害等の迷惑を感じる者も多い。
b 事故の危険を身近に感じる歩行者等
 都内の商業地区において、歩行者、自転車利用者及び原動機付自転車利用者424人に対して、「路上駐車に起因する事故等の経験」について尋ねたところ、図1-16のとおりで、一部の者は実際に事故に遭った経験を有するとともに、約3割から5割の者が「事故に遭ったことはないがヒヤッとしたことはある」と答えており、潜在的な事故発生の危険性の高いことが分かる。

図1-15 駐車車両によって受ける迷惑の内容

図1-16 路上駐車に起因する事故等の経験

c 駐車場等を探さないドライバー
 都内の商業地区に路上駐車しているドライバー181人に対し、「路上駐車する前に駐車場やパーキング・メーターを探したか」と尋ねたところ、「事前に探した」と答えた者はわずか11.0%にすぎず、大多数のドライバーは、事前に駐車場等を探しておらず、駐車場等があっても、そこに駐車しようという意識が極めて希薄であることを示している。
(イ) 駐車問題に対する各種施策の実施
 警察では、駐車禁止等の交通規制の実施及び違法駐車に対する取締りを推進するとともに、ドライバーの遵法意識の高揚及び地域における違法駐車追放気運の醸成を図るための啓発活動を積極的に推進している。また、地域住民の間でも、安全で快適なまちづくりのため、違法駐車を追放する運動が各地で展開されつつある。
〔事例1〕 愛知県警察が58年6月に調査したところ、名古屋市の繁華街では、夜間のピーク時には1,000台を超える車両が違法駐車をして、歩行者の安全な通行を阻害し、渋滞の原因となっていたことから、運転者、歩行者、地域住民等の意識も調査した上で、12月20日から、平日の午後10時から深夜1時までの間、自動車通行禁止規制を実施した。規制実施後、違法駐車が一掃されるとともに、その後のアンケートによると、住民の68%が「道路が広くなって非常に良い」、28%が「まちが静かになり環境が良くなった」と感じているなど、住民の理解が得られていることも分かった。また、規制実施後、地元商店街のメンバーが交代で地域の角々に立ち、車両が地域内に入らないよう監視を続けるなど、違法駐車をさせない地域ぐるみの活動がなされている。
〔事例2〕 警視庁では、住民の理解と協力を得て駐車問題の解決を図るため、地域ごとに、住民、地元商店会、輸送業者、路外駐車場管理者等に働き掛け、これらの者をメンバーとする「地区駐車問題懇談会」の結成を進めている。各地区懇談会では、駐車マナーを高める広報の推進、警察官との合同パトロールの実施、違法駐車の発生源となっている事業所等に対する指導と改善要請、駐車場整備についての関係者への働き掛け等地域の実情に応じた活動を推進している。例えば、A地区懇談会では、輸送業者が時差配送することを申し合わせたり、また、B地区懇談会では、メンバーの自主パトロールの際、駐車車両に付近の駐車場の位置を示した「駐車場マップ」を配布し、駐車場の利用の促進を図っている。
イ 放置自転車問題とその対応
 駅前等に放置された自転車等の問題を解消するため、地方公共団体、住民と協力して、利用者の遵法意識を高める啓発活動を行うとともに、駐輪場の整備と相まって、道路上の自転車等の整理、相当な期間にわたり放置されている自転車等の撤去等を行い、放置自転車等の追放に努めている。
〔事例〕 警視庁では、58年12月に調査したところ、都内の放置自転車台数が約16万9,000台に上っていることから、各警察署長から市、区、町、鉄道事業者等に対し、駐輪場の整備を働き掛けるとともに、駐輪場が整備されているにもかかわらず駅前等に放置されている自転車について、市、区、町等と連携し、住民の協力を得て、整理、撤去等に努めている。なお、58年には、綾瀬、調布等の駅において駐輪場が整備され、放置自転車問題の解消が図られた。
ウ 今後の課題
 悪化の傾向にある駐車問題、放置自転車問題の解決を図るため、警察では、自動車交通総量抑制の観点から、現在進めている施策を更に強力に推進するとともに、法制面の検討を含め総合的な対策を推進することとしている。
 第1に、業務上の駐車需要の多い地域においては、道路交通事情の変化の把握に努め、路外駐車場の整備状況、駐車需要、交通事故の発生状況等を考慮の上、パーキング・メーターを設置して短時間の駐車需要にも配慮するなど、きめ細かな駐車対策を実施する必要がある。
 第2に、都市交通管理の立場から、新たに大量の自動車、原動機付自転車、自転車の駐車、駐輪需要を生じさせるような事業内容を持つ施設等が新設される場合等にあっては、計画段階から、駐車(輪)場の整備や物流システムの改善等に関して積極的に提言を行っていく必要がある。
 第3に、違法駐車追放気運を高めるため、地域住民、地元商店会、輸送業者等を構成員とする組織づくりを働き掛け、恒常的に違法駐車状態を発生させている事業所、大規模店舗等に対しては駐車施設の確保、時差配送、共同配送の実施等自主的な駐車対策の促進を図るなどの活動を一層推進する必要がある。
 第4に、駐車場案内、満空状態等駐車場に関する情報提供の仕組みを整備し、既設の路外駐車場の利用率を高める必要がある。
 第5に、放置自転車、放置バイクについては、利用者の遵法意識の一層の高揚を図るほか、整理、撤去等がより効率的に行えるよう、関係機関、団体と密接な連絡を取りつつ、制度上の仕組みについて更に検討する必要がある。
(2) 地域ぐるみの暴走族追放運動
 昭和58年11月末現在警察が把握している暴走族は、608グループ、約3万9,000人であり、このうち約75%は少年である。近年、取締りの間げきをぬった暴走行為や新たな形態のスピードレース型の集団暴走行為が敢行され、警察に寄せられる相談内容をみても、暴走行為が行われる付近の住民からは走行に伴う騒音、他の運転者からは走行に伴う危険や迷惑についての苦情が多く、住民、ドライバー等に大きな不安と脅威を与えていることが分かる。
 暴走族問題を解決するため、警察では、強力な取締りを行うほか、暴走族に加入しやすい年齢層の者にきめ細かな個別指導を行うとともに、地域住民、関係機関と一体となった暴走族追放運動の促進に努めている。
〔事例〕 岡山県警察では、交通違反累犯者で25歳未満の若者を対象に、交通係又は派出所等の警察官が家庭を訪問し、本人及び家族に対し、暴走行為の危険性、暴走族の悪質さを訴え、安全運転の指導を行うことによって、無謀運転による事故防止と暴走族への加入の防止に努めている。
ア 追放気運の盛り上げ
 各都道府県では、警察等の行政機関や交通安全協会等で構成する「暴走族対策会議」等を設置し、住民大会、パレードの開催や広報活動の展開により、家庭、学校、職場、地域等における暴走族追放気運の盛り上げに努めている。また、多くの市区町村においても、同様の活動を活発に行っている。なお、58年12月末までに、28府県、254市区町村の議会で暴走族追放の決議がなされた。
〔事例〕 鶴岡市加茂地区では、海水浴場近くの公園駐車場に集まる暴走族のため、付近住民や観光客が著しい危険にさらされたり、騒音等の迷惑を受けていたことから、住民が、毎年暴走族の活動が活発になる4月から9月にかけて暴走族追放を訴える立て看板を設置するとともに、警察官と合同で夜間パトロール等を行っている(山形)。
イ 学校における取組
 高校、中学校では、ホームルーム活動等を通じて、暴走族に加入しないよう指導しており、生徒会が、自主的に暴走族に加入しない決議を行った学校もある。警察では、暴走族の悪性や暴走事故の悲惨さについて具体的な事例を提供するなど、学校における生徒指導が効果的に行えるよう努めている。
ウ 自動車関係業者等による運動
 警察では、不法改造車両の取締りを強化しているが、自動車整備業者の組合による「車両の改造拒否運動」のほか、最近では、ガソリン販売事業者の組合による「改造車に対する給油拒否運動」が各地で進められており、58年12月末現在、それぞれ36都道府県、30都道府県に及んでいる。また、タクシー運転手の間で、暴走族を発見した場合には、直ちに警察に通報することとしているところもある。さらに、暴走族のたまり場になるドライブイン、深夜飲食店等の営業者による暴走族締め出しの申合せ、自主的な通報活動等がなされるなど、自動車関係業者を中心に暴走族追放運動が進められている。
〔事例〕 大阪府下の刺しゅう商工業組合、印染商工業組合、旗商工業組合では、暴走族の戦闘服、はち巻き等への刺しゅうあるいはグループ旗等の購入申込みがあったときは、受注を拒否する、警察へ通報するなどの申合せを行い、暴走族の追放に積極的に取り組んでいる(大阪)。
エ 今後の課題
 今後とも、暴走族の不法行為、事故の実態等その反社会性、危険性等を強く訴え、追放気運を一層盛り上げるとともに、家庭をはじめ学校、地域、職域等において、暴走しない、させないための運動を促進していく必要がある。
(3) 地域交通安全活動の推進
 昭和58年12月に警視庁が科学警察研究所と協力して、都内に居住する901人に対して行った「交通に関するアンケート調査」によると、近所で発生する交通事故に関する意識を調査した結果は、図1-17のとおりで、現在は交通事故はそれほど多くないと感じているものの、将来は増えると感じている人が多い。

図1-17 近所で発生する交通事故に関する意識(昭和58年)

 また、近所で起こる交通事故の発生原因については、表1-40のとおりで、運転者、歩行者の不注意やマナーの悪さを挙げる人が最も多く、交通安全教育の必要性を感じている人が多い。

表1-40 居住者の考える近所で起こる交通事故の発生原因(昭和58年)

 また、58年の死亡事故9,045件中、運転者、自転車利用者の信号無視、最高速度違反、酒酔いといった基本的なルール無視に起因する事故は、3,158件(34.9%)、また、歩行者の信号無視が原因であるものも114件(1.3%)に上っている。
 交通事故のない住みよい社会をつくるためには、地域における交通安全指導を推進し、生涯にわたる交通安全教育の機会を確保するとともに、交通安全思想の普及徹底を図る必要がある。
ア 地域交通安全活動のささえ
(ア) 交通指導員等の民間有志者の活動
 都道府県警察、地方公共団体、交通安全協会等の委嘱を受けた民間有志者である交通指導員が全国で約21万人活躍している。交通指導員は、学童の登下校時における保護活動、交差点等における歩行者、自転車利用者等に対する正しい通行方法の指導、広報活動等に当たっている。
 警察では、関係機関、団体と協力して、交通指導員をはじめ地域における交通安全指導者に対する研修会の開催や交通事故実態の資料の配布を行うなど、その活動が効果的に行われるよう必要な協力を行っている。
(イ) 民間交通安全団体の活動
 住民の交通安全意識を高め、地域の交通安全を確保するために、交通安全協会等の民間団体が活動している。交通安全協会は、各警察署単位の地区交通安全協会を中心に、警察と連携して、全国交通安全運動やシートベルト着用推進運動をはじめとして、自転車、二輪車教室等各種講習会の開催、交通

安全広報の実施、教育資料の作成配布、優良運転者、交通安全功労者の表彰等幅広い活動を展開している。
〔事例〕 (財)群馬県交通安全協会連合会婦人部と県女性ドライバークラブ連絡協議会が中心となり、7月から、「レディス夏の交通安全旬間」を実施した。期間中、婦人会、交通安全母の会、PTA等の協力を得て、老人のいる家庭の訪問、スーパー・マーケット等の出入口で主婦に「交通安全は家庭から」を呼び掛ける「ショッピング・ママ作戦」等を展開した。
 また、二輪車安全普及協会は二輪車運転者の安全教育に、指定自動車教習所協会は初心運転者教育に、交通安全母の会は母親ぐるみの幼児の安全教育に、それぞれの立場から交通安全活動を推進しており、警察では、これら各団体の活動に協力を行っている。
イ 地域における交通安全教育の推進
 警察では、学区、団地等地域ごとに、交通安全教室、講習会等を開催している。交通安全教室、講習会等は、歩行者又は自転車利用者として交通事故の被害者となりやすい幼児、子供、老人等を重点として、婦人警察官、交通巡視員等の警察職員と交通指導員等の民間有志者が一体となって行っている。
(ア) 子供、老人等に対する安全教育
 子供に対しては、幼稚園、小学校、中学校とそれぞれの段階に応じた安全教育を推進しているほか、幼児交通安全クラブ、交通少年団等地域組織の育成に努めている。58年9月現在、全国で約1万9,000の幼児交通安全クラブが組織され、幼児約203万人、保護者約190万人が加入し、また、約4,500の交通少年団が組織され、小学生約78万人、中学生約7万人が加入している。
〔事例〕 警視庁では、子供に対し、楽しみながら経験的に交通マナーと安全意識を身に付けさせるため、小学校3年生から6年生を主体に、警察署、地区交通安全協会を単位とする交通少年団(91団体約1万9,000人)を結成している。これらの団員は、交通安全教室や自転車教室に積極的に参加するとともに、奉仕活動、スポーツ、レクリエーション、鼓笛訓練等を通じて地域の交通安全活動を活発に行っている。
 老人に対しては、老人のいる家庭に対する巡回指導を徹底するとともに、家族ぐるみ、地域ぐるみで老人の交通安全意識の高揚が図られるよう、町内会、交通安全協会等に働き掛けている。また、老人クラブ、老人ホーム等に交通安全部会や交通安全指導員制度の設置を促し、これらの自主的かつ組織的活動の促進を図っている。58年9月現在、全国で約3万4,000の団体に交通安全部会が組織され、約3万5,000の団体に交通安全指導員が置かれている。
〔事例〕 富山県警察では、老人福祉センター等において、交通巡視員等の指導による「交通安全福寿講座」を開催している。講座では、腹話術、ぬいぐるみ等を活用するとともに、交通安全体操を盛り込むなど、内容を分かりやすく、高齢者の特性に応じたカリキュラムを組み、10回受講した者に対しては、「修了証書」を交付している。

 身体障害者に対しては、点字の交通安全パンフレット等を作成し配布するなど、地域における福祉活動の場を利用して、交通安全指導に努めている。
(イ) 地域における運転者教育の推進
 運転者に対しては、更新時講習等のほか、交通安全協会、安全運転管理者協議会等との連携の下に、年齢層別、運転経験別、職域別等運転者の特性に応じた運転者教育を行っている。特に、若年層、女性の二輪車事故が増加傾向にあるため、高校生に対する白バイ隊員による実技指導、女性を対象とした二輪車教室の開催を行うなど、その安全意識と技能の向上に努めている。
〔事例〕 福岡県警察では、女性のミニバイク事故の防止対策として主婦を中心とした「婦人ミニバイククラブ」の結成を進めている。クラブでは、会員が中心となって「サンデー・バイクスクール」、「二輪車教室」等主婦層を対象とした安全教室を開催している。
ウ 事業所等における交通安全活動の推進
 58年の死亡、重傷事故7万4,334件について第1当事者の通行目的別にみると、「職業運転」が7.2%、「業務目的の運転」が16.8%と、24.0%が事業活動に伴う事故であり、また、「通勤中」が15.5%で、全体の約4割が事業活動に関連するものとなっている。
 一定台数以上の自動車を使用する事業所等で選任されている安全運転管理者、副安全運転管理者(58年3月末現在、約26万2,000箇所の事業所において、安全運転管理者約26万2,000人、副安全運転管理者約3万4,000人)は、運行計画の作成、自動車の運行前点検の実施等のほか、社内安全運転講習会の開催、優良運転者の社内表彰、シートベルト着用推進運動等事業活動に伴う安全対策を推進している。また、マイカー運転者に対する安全教育、さらには、従業員の家族の交通安全のための啓発活動を創意工夫を凝らして行っている安全運転管理者等も多く、まさに、事業所における交通安全活動の中核となって活動している。
〔事例〕 北海道名寄市にあるA事業所では、安全運転管理者が中心となり、徹底したシートベルト着用運動を推進している。同所では、マイカークラブのメンバーが交代で「着用チェッカーマン」となって、連日、出退勤時の社員の着用状況をチェックし、非着用者には着用指導をするとともに、全社員に「シートベルト着用車」のステッカーを配布するなどして社員の自覚を促し、シートベルト着用率100%を目指して活動を行っている(北海道)。
 また、都道府県ごとに安全運転管理者等を会員とする安全運転管理者協議会が結成されており、交通安全運動、シートベルト着用運動等を積極的に推進するとともに、安全運転管理に関する各種講習会の開催、教育資料の作成等地域、職域における交通安全思想の普及に努めている。
 さらに、安全運転管理者に対する事業主の理解と協力を得るため、道路交通の現状と交通事故の実態、交通事故と企業経営等を内容とする事業主講習会が各地で開催されている。また、管理者と事業主が一体となって安全運転管理及び交通安全活動を推進するために、各地で事業主会の組織化が進められ、58年12月末現在、青森県及び宮城県で県組織が、11県で地区組織が結成され、活発な活動が行われている。
エ 今後の課題
 交通事故を減少させていくためには、警察における安全諸施策の推進と併せて、安全意識の高揚を一層図る必要がある。そのため、次のような施策を進めることとしている。
 第1に、地域における交通安全指導者を養成し、その指導能力を一層向上させるため、これらの者に安全運転に関する専門知識、技能等の総合的な教育を実施する機関の設立について検討を進める必要がある。
 第2に、交通安全活動の推進母体となる民間団体について、その組織基盤を強化するとともに、その活動を活発にするため、育成指導に努める必要がある。なお、事業所等を中核とする交通安全活動がより効果的に行われるよう事業主会の結成を促進することとしている。
 第3に、幼児、主婦等安全教育を受ける機会の少ない層にその場を設けることに努めるとともに、警察庁で安全教育用のマニュアルを作成し、それに基づいた体系的かつ効果的な安全教育を推進する必要がある。
(4) 交通事故被害者を救済する活動
 警察では、警察署等に相談窓口を設け、交通事故に遭った人等からの相談に応じている。昭和58年の交通事故相談は約18万3,000件にも上っている。58年に愛知県警察で受理した2,161件についてその内容をみると、表1-41のとおりである。

表1-41 交通事故相談の内容(昭和58年)

 相談内容で最も多いのは、示談に関するもので全体の40.5%を占めており、示談の一般的な進め方を尋ねるもののほか、相手が示談に応じないためその対策を尋ねるものも少なくない。また、賠償責任の内容や範囲、過失割合等に関するものが14.6%である。このほか、保険の請求方法や、事故に伴う罰則や行政処分の内容、調停の申立てや訴訟の手続等についての相談が寄せられている。
 これらの相談に対しては、例えば、示談に関するものについては、一般的な示談の要領、心構え等を助言している。また、賠償責任の範囲や過失の程度については、よく似た事例や判例等を提示するとともに、相談者の求めに応じて弁護士会等を紹介している。さらに、生活に困っている人等に対しては、給付金制度の利用手続や育英資金等の受け方等を教示している。
 今後は、交通事故被害者等の救済を事業内容とする諸団体の活動を支援するなど、民間活動とも連携し、交通事故被害者の救済に一層努める必要がある。

7 身上困りごとの解決のために

 これまで述べた問題のほか、警察には、家庭不和、離婚問題、異性問題、生活困窮、さらに、独り暮らしの老人からの生活が不安であるといった相談等身上に関する様々な悩みや困りごとが寄せられており、昭和58年には、約9万8,000件にも達している。このような悩みや困りごとを抱えた人は、思い余った末最後の頼みとして警察に相談に来るのであり、これをそのまま放置すれば、犯罪や事故に巻き込まれ、あるいは、家出や自殺に立ち至る場合も少なくない。警察では、これらの人々に対し、助言、指導等を行い、困りごとの解決に努めるとともに、このような事態に立ち至らないよう積極的な保護活動を行っている。
(1) 独居老人家庭への訪問
 警察では、犯罪や事故の被害に遭いやすい老人に対する保護活動を行っている。特に、全国で約50万人に近い保護を要する独居老人に対して、受持ちの警察官は、巡回連絡、警ら等の際にできるだけその家に立ち寄って、各種事故防止等の助言を行ったり、困りごとの相談に応じるほか、隣近所の人に何かあった場合の連絡方を依頼するなど、きめ細かな気配りに努めている。

〔事例〕 黒石警察署A駐在所B巡査部長は、日ごろから管内の独居老人宅に立ち寄り、防犯指導等を行うとともに、駐在所の電話番号を知らせておいた。7月14日午前8時ごろ、駐在所に「助けてくれ、動けない」とかすかな声の電話があり、そのままとぎれてしまった。B巡査部長は、直感的にこの声が管内の独居老人で心臓病の持病のあるCさん(75)の声と判断し、同人方に急行したところ、発作を起こして受話器を持ったまま倒れていた同人を発見し、近くの病院に運び込んだ。発見が早かったため、同人は元気を回復した(青森)。
(2) 犯罪被害者等に対する救援活動
 人の生命又は身体を害する犯罪行為により、不慮の死を遂げた者の遺族又は重障害を受けた者に対し、国が給付金を支給する犯罪被害給付制度は昭和56年から実施されている(注)が、警察ではこの運用を行うほか、この制度を補完し充実させることを目的として、56年5月に設立された(財)犯罪被害救援基金の活動を積極的に支援している。
 同基金は、延べ約4万4,500の団体、個人から寄付された浄財を基本財産(57年度末決算で約30億円)として、犯罪被害遺児等に対する奨学金等の給与、その他の犯罪被害者等の救援事業を行っており、設立以来58年12月末までに、小学校から大学までに在学する犯罪被害遺児等の奨学生553人に対し、月額4,000円(小学生)から、1万2,000円(大学生)までの奨学金等の給与を行っている。
 また、電話相談コーナーの開設、機関誌の定期的発行、相談文庫の配本、文通相談等により、奨学生、保護者等との心の交流を深め、その抱いている不安や悩みの解消を図ることを目的としたふれあい活動を行っている。
 今後、同基金では、犯罪被害給付制度の実施前の犯罪行為により重障害を受け、給付金の支給を受けることのできない者に対しても、見舞金を給付する制度を新設するなど救援事業の拡大を図っていくこととしている。
 警察では、同基金の活動の支援を行うほか、派出所等の警察官が、巡回連絡、警ら等に際し奨学生の家庭を訪問し相談相手になるなど、奨学生、保護者との心のふれあいを図っている。
(注)給付金の申請、裁定の状況は、資料編統計1-6参照
(3) 酔っ払い、迷い子、精神錯乱者等の保護活動
 最近5年間に酔っ払い、迷い子、精神錯乱者等を保護した状況は、表1-42のとおりで、保護原因別にみると酔っ払いが半数近くを占めている。

表1-42 酔っ払い、迷い子、精神錯乱者等の保護の状況(昭和54~58年)

 昭和58年の被保護者に対する措置の状況をみると、家族、知人に引き渡された者が67.5%と最も多く、保護の必要がなくなって自ら帰宅している者が27.1%で、5.4%の者は医療機関、福祉施設等他機関に引き渡されている。
 なお、保護した精神錯乱者のうち、精神障害のために自身を傷つけ、又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めて知事に通報した者は3,238人、保護した酔っ払いのうち、アルコールの慢性中毒者又はその疑いのある者と認めて保健所長へ通報した者は1,783人である。
(4) 家出人の発見、保護活動
ア 年々増加する家出人
 昭和58年に警察が受理した家出人捜索願の受理件数は約11万5,000件で、前年に比べ9.1%増加した。最近5年間の家出人捜索願の受理件数の推移は、表1-43のとおりで、増加傾向にあるが、特に58年の増加が著しい。
 また、犯罪に巻き込まれ、又は自殺するおそれがある家出人等については特異家出人として受理し、特に迅速な発見、保護活動に努めているが、その数は、全捜索願受理件数の約1割を占め、年々増加している。

表1-43 家出人捜索願の受理件数の推移(昭和54~58年)

(ア) 増加の主役は壮年層
 家出人を年齢層別にみると、表1-44のとおりで、10歳代の少年が約4万6,000人と最も多いが、40、50歳代の壮年層の家出は一貫して増加しており、58年には54年の1.6倍以上となっている。

表1-44 年齢層別にみた家出人の数の推移(昭和54~58年)

(イ) 原因、動機では職業関係が急増
 家出人を原因、動機別にみると、表1-45のとおりで、夫婦間の不和、父兄のしっ責等による家庭関係、結婚、恋愛等が絡んだ異性関係が多いが、前年と比べると事業不振等の職業関係の大幅な増加が目立つ。

表1-45 原因、動機別にみた家出人の状況(昭和57、58年)

イ 多い職務質問による発見
 警察では、盛り場、駅等で家出人と思われる人に、積極的に声を掛けるなどして、家出人の発見に努めるとともに、その立ち回り先が判明している場合には、関係警察署等に対して保護を依頼するなど、家出人の発見、保護活動を積極的に推進している。特に、7~9月には、「家出人発見、保護強調月間」を設け、その活動を強化するほか、「行方不明者相談所」等を開設し、長期間の所在不明者の家族からの相談に応じるなど、身元確認活動も活発に行っている。
 最近5年間の家出人発見数は、毎年10万人を上回り、58年も11万2,392人に達した。このうち特異家出人の発見数は、1万697人であった。家出人の発見方法は、表1-46のとおりで、自ら帰宅した家出人を除くと、警察官の職務質問によるものが2万1,478人(19.1%)と最も多い。

表1-46 家出人の発見方法(昭和58年)

 警察庁では、51年から、警察官が家出人と思われる者を発見した場合に、家出人かどうかを確認するため、コンピュータによる家出人手配照会を実施しており、この活用による発見数は、58年は1万1,628人に上っている。
 なお、家出人の大部分の者は、無事に帰宅し、あるいは発見されているが、家出中に犯罪を犯した者が2,898人(2.6%)、自殺した者が2,092人(1.9%)、犯罪の被害者となった者が588人(0.5%)いることが注目される。
(5) 自殺の未然防止
ア 戦後最高を記録した自殺者数
 昭和58年の自殺者は2万5,202人で、前年に比べ3,974人(18.7%)増加

表1-47 男女別、年齢層別自殺者数、自殺率(昭和58年)

し、戦後最高を記録した。男女別、年齢層別に自殺者数、自殺率(注)をみると、表1-47のとおりで、男性が女性の約2倍で、年齢層別では、65歳以上の高齢者の自殺率が最も高い。
(注) 自殺率とは、同年齢の人口10万人当たりの自殺者の数である。
(ア) 増加が著しい壮年層
 最近5年間の年齢層別自殺者数の推移をみると、図1-18のとおりで、40、50歳代の壮年層の自殺が一貫して増加傾向にあり、特に、58年の増加が著しい。

図1-18 年齢層別自殺者数の推移(昭和54~58年)

(イ) 原因、動機では経済生活問題が急増
 自殺者を原因、動機別にみると、表1-48のとおりで、病苦等が最も多いが、前年と比べるとサラ金返済苦を含む経済生活問題が53.6%と激増し、3,651人に上っているのが目立つ。
イ 自殺の未然防止
 警察では、困りごと相談等を通じて、自殺の原因となり得る様々な悩み、困りごとの解決に努めている。また、自殺のおそれのある家出人に対しては、特異家出人として手配し、その発見、保護に努めている。
〔事例〕 神奈川県A市在住の男子会社員(40)は、2月3日、自殺するため車で家を出たが、静岡県内の東名高速道路サービスエリアから兵庫県にいる姉に自殺をほのめかす電話をした。姉は、同人の発見と保護を兵庫

表1-48 原因、動機別にみた自殺者の状況(昭和57、58年)

県警察を通じて静岡県警察に依頼した。同県警察では直ちに手配した結果、同日午後3時20分ごろ東名高速道路を走行中の同人を発見、保護し、無事家族に引き渡した(静岡)。


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