トピックスI 令和6年能登半島地震への対応を踏まえた警察活動の高度化
1 はじめに
令和6年(2024年)1月に発生した令和6年能登半島地震では、数多くの建物の倒壊、大規模な土砂崩れや火災等の発生により、多くの人命が失われるなど、能登地方を中心に甚大な被害が生じた。警察では、石川県警察において、警察本部長を長とする災害警備本部を設置するとともに、全国から警察災害派遣隊等の警察官等延べ約13万5,000人を石川県警察に派遣し、全国警察が一丸となり、その総合力を生かしながら、各種災害警備活動に当たった。
同年4月、警察庁では、「大規模災害における警察活動の高度化推進ワーキンググループ」を設置し、今回の災害対応において警察が実施した初動対応における情報収集・部隊展開、救出救助・捜索活動、交通対策、捜査活動、防犯対策、警察活動に係る情報発信、対応が長期化する中での警察活動の維持等の災害警備活動について振り返り、その教訓事項を取りまとめた。
警察では、今後の大規模災害において、迅速・的確な警察活動を展開することができるよう、同ワーキンググループにおいて取りまとめられた大規模災害における警察活動の高度化に向けた取組を部門横断的に推進するとともに、各種取組を不断に見直し、災害対処能力の向上を図ることとしている。このトピックスでは、こうした高度化に向けた取組を紹介する。

被災地の状況

広域緊急援助隊の活動状況

積雪寒冷下での活動状況
MEMO 現場警察官のインタビュー
神奈川県警察広域緊急援助隊特別救助班 班長
神奈川県警察広域緊急援助隊では、1分1秒でも早く、要救助者を救助し医療機関に引き継ぐべく、小隊長以下各隊員が共に厳しい訓練を実施している。令和6年能登半島地震における石川県への派遣は、正にこうした日頃の訓練成果が試された現場であった。私と部隊員は阿吽の呼吸で捜索活動を懸命に行い、要救助者を救助した。
救助後、要救助者とそのご家族が対面した姿を見たときには、自身及び隊員が昼夜を問わず被災地での救助活動をしてきたことが実を結んだと思わず感極まった。
今後も広域緊急援助隊の災害対処能力を向上すべく各種訓練に取り組み、災害の際に、一人でも多くの要救助者を救助していく。

石川県警察警備課課長補佐(現 石川県警察警備課次席) 竹原和宏
地震発生直後、警備課で災害担当だった私は急いで警察本部に設置された災害警備本部に参集した。元日の発災ということもあり、災害警備本部の要員がそろっていないという状況であったため、参集した職員から順次被害情報の収集等、本来の任務とは異なる任務を付与し、臨機応変に指示を行った。発災直後は、被災地に至るアクセスルートの解明に時間を要したり、被災地警察署で停電や断水が発生したりするなど、想定外の出来事の連続だったが、全国から警察部隊が空路等で応援に駆けつけ、倒壊家屋等の危険な現場で懸命に救出救助活動を実施する姿を見て、警察の組織力の強さを感じた。

2 大規模災害における警察活動の高度化
(1)初動対応における情報収集・部隊展開
今回の災害対応においては、警察用航空機により被害情報の収集を行ったが、早期に被害の全容を把握することが困難であった。また、能登半島が海に囲まれた山が多く平地が少ない地形であったことから、土砂崩れ等のために警察部隊が通行可能な道路のほとんどが損壊し、特に被害の大きかった珠洲(すず)市や輪島市への陸路での移動が困難であった。そうした中、警察では、自衛隊の協力を得て、自衛隊の大型輸送ヘリコプターで広域緊急援助隊(警備部隊)の輸送を行ったほか、四輪駆動車等を活用し、通行可能な道路に関する情報収集を行うことにより、被災地への部隊展開を迅速に行った。

自衛隊の大型輸送ヘリコプターによる部隊の輸送状況
こうした経験を踏まえ、警察では、被災地警察及び警察災害派遣隊が救出救助、捜索、交通情報収集等の初動対応を迅速・的確に行うことができるよう、災害警備本部の早期構築のほか、高度警察情報通信基盤システム(PIII)(注1)、無人航空機、ヘリコプターテレビシステム(注2)等による迅速な映像伝送の更なる活用等により、大規模災害の最初期における情報収集・集約能力の強化を図っている。
注1:226頁参照(第7章)
注2:警察用航空機から撮影された上空からの現場映像を地上の受信設備に伝送するシステム

PIIIを活用した映像伝送
また、部隊が必要な資機材を確実に輸送することができるよう、空路での輸送を想定した小型・軽量の救助用資機材や、悪路での大型資機材の輸送が可能な四輪駆動車等を整備するとともに、速やかな部隊派遣に資するよう、平素から、部隊の参集・出動に係る訓練や、資機材の点検・整備を徹底している。

小型・軽量の救助用資機材を使用した訓練状況
(2)救出救助・捜索活動
① 地域の共助意識の醸成等
今回の災害対応においては、全国から派遣された広域緊急援助隊(警備部隊)及び緊急災害警備隊が、石川県警察と一体となって、自衛隊、地方自治体、消防及びDMAT(注)と連携しながら、倒壊家屋等からの救出救助活動のほか、土砂崩れ現場や広範囲で建物が焼失した地域における安否不明者の捜索活動を実施した。一方で、これらの部隊が被災現場に到着し活動を開始するまでには、発災から一定程度の時間を要した。
注:Disaster Medical Assistance Teamの略。医師、看護師等で構成され、大規模災害等の現場において活動するための専門的な訓練を受けた医療チーム

緊急災害警備隊による捜索活動
こうした経験を踏まえ、警察では、広域緊急援助隊(警備部隊)等が被災現場に到着するまでに、被災地警察署の交番・駐在所の地域警察官等が、自主防災組織、消防団等と連携して的確な救助活動を行うことができるよう、平素から、警察署が中心となり地域住民も参画する災害対処訓練等を実施するとともに、自主防災組織、消防団等が主催する訓練に交番・駐在所の地域警察官等が積極的に参加し、警察の災害対処能力の底上げ及び地域の共助意識の醸成を図っている。
② 通信手段の冗長性(注1)の確保
今回の災害対応においては、警察が独自に整備・維持管理しているIPR形警察移動無線システム(注2)により、警察活動に必要な情報通信が確保された一方、電気通信事業者の回線を活用しているPIIIは、一部地域で使用困難になった。
注1:設備を最低限必要な量より過剰に用意しておくことで、一部の設備が故障してもサービスを継続して提供出来るようにシステムを構築すること
注2:Integrated Police Radioの略。警察が独自に整備・維持管理をしている耐災害性に優れた移動通信システムであり、通常では警察無線が届かない地域や災害現場においても、パトカー等に搭載された無線機が、その周囲の無線機の通信を臨時に中継することで、現場警察官相互の無線通話を可能にする機能等を有している。

機動警察通信隊の活動状況

ヘリコプターテレビシステムの受信設備の臨時設置状況
こうした経験を踏まえ、警察では、電気通信事業者の回線が途絶した際にも、PIIIの機能を維持し、初動対応における迅速な情報収集に資するよう、衛星通信を利用した新たな資機材等の活用可能性について検討を進めている。
③ 偽・誤情報対策
今回の災害対応においては、救助要請に係る偽・誤情報が、SNS上で拡散されることにより、救出救助活動の支障となるおそれがあることが改めて認識された。
こうした経験を踏まえ、警察では、災害警備活動を迅速・的確に行うことができるよう、違法情報に該当する偽・誤情報について、SNS事業者に対し、迅速な削除依頼を行うことができる枠組みを構築するなど、大規模災害発生時における偽・誤情報対策を推進しているほか、違法行為に対しては厳正な取締りを行うこととしている(注)。
注:今回の災害に際し、被災者を装って、救助が必要である旨の虚偽の情報を「X(旧Twitter)」アカウントに投稿した会社員の男を偽計業務妨害罪で逮捕した(6頁参照(特集))。
(3)交通対策
今回の災害対応においては、交通監視カメラ、光ビーコン(注)等の交通情報収集装置が未設置であった地域において交通情報の収集に困難が生じた。
こうした経験を踏まえ、警察では、大規模災害発生時に交通実態の把握が必要になると見込まれる箇所のうち、警察では直ちに実態を把握することができない箇所をあらかじめ選定した上で、これらの箇所における情報収集に関する道路管理者との協力関係の強化に取り組むとともに、簡易に設置・管理が可能なカメラ等の情報収集のための資機材の整備等について検討を進めている。
注:通過車両を感知して交通量等を測定するとともに、車載装置と交通管制センターの間のやり取りを媒介する路上設置型の赤外線通信装置

街頭における交通流・交通量の確認状況

交通実態の把握状況
(4)捜査活動
① 災害に便乗した悪質事犯への対策
今回の災害対応においては、地震の発生に便乗した義援金名目の詐欺等の悪質事犯の発生が懸念されたことから、警察では、関係行政機関等と連携の上、被害情報の収集に努めるとともに、収集した情報を集約・分析し、取締りの徹底を図った。警察では、引き続き、災害に便乗した悪質事犯に係る情報収集を推進することとしている。
② 捜査体制の構築
今回の災害対応においては、石川県警察のみでは十分な捜査体制を構築することが困難であったため、警察では、特別機動捜査部隊(注)を石川県警察へ派遣して必要な体制を構築した。
こうした経験を踏まえ、警察では、窃盗事件をはじめとする災害に便乗した犯罪に対する捜査体制を適切に構築するため、同部隊の派遣を迅速かつ円滑に行うための手続を整理・周知するとともに、被災地警察署の捜査体制を強化するため、被災地警察署長の指揮の下、同部隊を運用することを可能とした。
注:各都道府県警察の刑事部門に勤務する警察官により構成される部隊
CASE
会社役員の男(45)らは、令和6年能登半島地震で屋根が破損した家屋を訪問し、屋根のブルーシート取付工事に関する高額な役務提供契約を締結した際、契約解除に関する事項が記載されていない書面を交付し、顧客3人との間で約30万円の役務提供契約を締結した。
令和6年2月、同男ら4人を特定商取引法違反(不備書面の交付等)で逮捕するとともに、同種事案の発生を防止するため、同男が経営する法人の所在地を管轄する自治体に対して、同法の規定に基づく申出を行い、適当な措置をとるべきことを求めた(石川)。
(5)防犯対策
① 特別犯罪抑止部隊の新設
今回の災害対応においては、被災地における防犯対策の一環として、犯罪の発生状況、防犯カメラの設置に関する被災者のニーズ及び設置による防犯上の効果を考慮した上で、避難所のほか、避難により住民の多くが不在となっている地域の街頭等に防犯カメラ1,006台を設置した。こうした取組に対し、被災者からは、「防犯カメラが付いて安心している」などの声が寄せられた。

被災地に設置された防犯カメラ
こうした経験を踏まえ、警察では、被災地における犯罪の発生を抑止するため、警察災害派遣隊に特別犯罪抑止部隊(注)を新設した。同部隊は、被災地警察と連携して、避難所のほか、避難により住民の多くが不在となる地域の街頭、被災地域の目抜き通り、商店街等を中心に現地調査を実施した上で、必要な防犯カメラを設置することとしている。
注:各都道府県警察の警察官のうち、防犯カメラの設置等に必要な知識及び技能を有する者により構成される部隊
② 警戒・警らの強化
今回の災害対応においては、被災地の安全・安心を確保するため、延べ1万2,035台のパトカーが石川県警察に順次派遣され、石川県警察は、特別自動車警ら部隊(注)等と一体となって、被災地域や避難所周辺の警戒・警らを行ったところ、同部隊の体制や石川県警察と同部隊との間の連絡・調整に課題もみられた。
注:各都道府県警察の地域部門を中心とした警察官により構成される部隊

パトカーによる被災地の警戒・警ら活動
こうした経験を踏まえ、警察庁では、同部隊の派遣を迅速かつ円滑に行うための手続を整理するとともに、同部隊の都道府県警察別の派遣人数や派遣する指揮官の基準を明確化し、都道府県警察へ周知した。
③ 小型無人機の活用
今回の災害対応においては、被災状況についての情報収集や安否不明者の捜索のために小型無人機を活用した。
警察では、有線・無線切替型小型無人機(注)の整備を進めており、例えば、発災直後は、無線での運用により、被災状況についての情報収集を実施することとし、発災から一定期間経過した後は、給電しながら長時間飛行することができる有線での運用に切り替え、被災地の安全・安心を確保するための警戒活動においても、小型無人機を活用することとしている。
注:有線での運用と無線での運用の切替えが可能な小型無人機

有線・無線切替型小型無人機のイメージ
(6)警察活動に係る情報発信
今回の災害対応においては、被災者等の気持ちに寄り添い、また、避難に伴う不安を解消するため、SNS等を活用し、警察による被災者の救出救助活動、被災地における警戒・警ら活動等に関する情報や防犯に資する情報を積極的に発信した。さらに、警察庁では、これらの情報を被災者等に届きやすくするため、様々なメディアに対し、被災地での警察活動を撮影した映像を提供するとともに、警察庁ウェブサイトやSNS上の災害情報専用アカウントにおいて、これらの情報の発信を行った。

X(旧Twitter)を活用した広報活動

Youtubeを活用した広報活動
警察では、引き続き、大規模災害の発生に際し、警察活動に関する情報等を被災者等に迅速・的確に届けるための取組を積極的に講じていくこととしている。
(7)対応が長期化する中での警察活動の維持
① 警察活動の維持に資する資機材の整備
今回の災害対応においては、石川県内において、長期的な断水が発生し、資機材の洗浄等の警察活動に必要な水が不足したほか、トイレ、手洗い、シャワー等の生活用水が不足した。
こうした経験を踏まえ、警察では、使用済みの水を再生して循環させ、シャワー等の生活用水として再利用することができる可搬型水再生処理プラントや、断水時に活用する簡易トイレを都道府県警察等に整備している。

可搬型水再生処理プラント
また、厳寒、積雪等の厳しい環境下で災害警備活動に従事する警察職員の健康を確保するため、内側に起毛を施した防寒手袋や、耐浸水性等がある長靴を広域緊急援助隊等に整備している。
② 被災地警察における派遣部隊の受入れ体制の整備
今回の災害対応においては、石川県警察では、警察災害派遣隊の受入れに当たり、宿泊場所の手配や寝具等の調達等を実施した。
こうした経験を踏まえ、被災地警察における警察災害派遣隊受入れ時の膨大な事務等を支援することで、同部隊が円滑に活動することができるよう、警察では、警察庁災害警備本部や他の都道府県警察における被災地警察に対する支援体制を拡充した。
また、大規模災害に備え、平素から旅館・ホテル等の宿泊事業者やリネン供給事業者等の実態把握を行うとともに、大規模災害発生時における警察への補給等の協力を要請するなど、関係事業者との協力体制の構築を推進している。
③ 警察職員の心身の健康管理対策
今回の災害対応においては、警察職員は、停電、断水、厳しい寒さといった過酷な環境の下、徒歩による長時間移動や長期にわたる災害警備活動を余儀なくされた。特に石川県警察の職員は、本人や家族が被災した中で活動に従事し、心身に相当な負荷を受けることとなった。

徒歩による長時間移動
こうした中、警察では、持続可能な災害対処のための体制を確保する観点から、警察署の体制増強による活動基盤の確保や交替制勤務等の一時的な採用により職員の負担軽減等を講じたほか、被災地に派遣される他の都道府県警察の職員に対し、被災地における健康管理上の留意点を周知するなどし、警察職員の心身の健康管理対策を行った。
こうした経験を踏まえ、警察庁では、大規模災害発生時における警察職員の健康管理対策上必要な基礎知識や具体的な取組を都道府県警察に示し、災害警備活動に従事する警察職員の心身の健康管理対策の更なる推進を図っている。