第6章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)中国の動向

① 中国国内の情勢等

令和5年(2023年)3月、第14期全国人民代表大会第1回会議が北京で開催され、習近平(しゅうきんぺい)・中国共産党総書記が、国家主席及び国家中央軍事委員会主席に選出された。習近平国家主席は、閉幕式で「今世紀半ばまでに、社会主義現代化強国を全面的に建設する」と述べた上で、「国を治めるには、まず党を治めなければならず、党が繁栄してこそ、国は強くなる」などと中国共産党の指導と同党による中央集権・統一的な指導を堅持するとした。

同年7月には、改正「中華人民共和国反間諜法」(反スパイ法)が施行された。同法では、スパイ行為の定義が拡大され、従来の国家秘密等の窃取等に加え、「国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の窃取等が新たな対象とされた。また、スパイ行為の防止等を担う国家安全部門の権限が強化されたほか、国民に対してスパイ行為に関する通報が奨励された。

さらに、同年11月、習近平国家主席は、平成29年(2017年)4月以来、約6年半ぶりに訪米し、バイデン大統領と会談した。習近平国家主席は、同会談において、台湾統一への意欲を改めて示した。

 
全国人民代表大会において憲法に宣誓する習近平国家主席(時事通信)
全国人民代表大会において憲法に宣誓する習近平国家主席(時事通信)
② 我が国との関係をめぐる動向

平成24年9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域での中国海警局に所属する船舶等の出現が常態化するとともに、これらの船舶が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じ、体制を構築して警備に当たるなどして、不測の事態に備えている。

令和5年(2023年)8月、中国政府は、日本政府が決定した東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水放出に反発し、日本産の水産物の輸入を全面的に停止した。また、日本国内では、同放出開始後、中国から発信されたとみられる苦情等の電話が相次いだ。

岸田首相は、同年10月、日中平和友好条約締結45周年を迎え、中国の李強(りきょう)国務院総理とメッセージを交換し、更に同年11月、米国のサンフランシスコで習近平国家主席と会談を行った。同会談において両首脳は、日中関係の新たな時代を切り開くべく、「建設的かつ安定的な日中関係」を構築していくことを確認した一方で、岸田首相は、日本産食品輸入規制の即時撤廃や中国において拘束されている邦人の早期解放を、改めて求めるなどした。

③ 我が国における諸工作等

中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っている。我が国においても、目的を偽って機微情報を収集したり、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に対する研究者、技術者、留学生等の派遣、技術移転の働き掛け等を行ったりするなど、巧妙かつ多様な手段で様々な情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。

警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素から中国による我が国における諸工作の動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

CASE

国立研究開発法人研究員の中国人の男(59)は、不正の利益を得る目的で、平成30年4月、同法人の営業秘密であるフッ素化合物に関する技術情報が記載されたファイルデータを、中国所在企業のメールアドレスに送信して開示した。令和5年6月、同人を不正競争防止法違反(営業秘密の開示)で逮捕した(警視庁)。

(2)ロシアの動向

① ウクライナ侵略をめぐる情勢等

我が国は、令和4年(2022年)2月のロシアによるウクライナ侵略開始以降、G7をはじめとする国際社会と連携し、ロシアに対する制裁措置を強化した。同年3月、ロシアは我が国を含む48の国・地域を「非友好国」として指定したほか、我が国との平和条約締結交渉を継続する意思はないと発表するなど、強硬な姿勢を示した。

同年4月には、ウクライナ情勢を踏まえ、総合的に判断した結果、8人の駐日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員について国外退去を求め、これに対し、ロシア外務省は、8人の我が国の在ロシア大使館員の国外退去を求めた。

ロシアによるウクライナ侵略を受けて、G7各国等がウクライナに対する軍事分野を含む各種支援や対露制裁措置を発表する中、令和5年(2023年)2月、プーチン大統領は、年次教書演説の中で、ウクライナ侵略を改めて正当化するとともに、米露間の新戦略兵器削減条約(新START(注))の履行停止を発表した。

同年5月、プーチン大統領は、第2次世界大戦の対ドイツ戦勝記念日の演説で、ウクライナ侵略を継続する考えを強調した。また、同年10月、国際情勢をテーマにロシア南部ソチで開催された「ヴァルダイ会議」に出席し、ウクライナ侵略後の日本との関係について、日本側から対話の申出があれば応じる用意がある旨を主張した。

また、令和5年に入り、我が国はG7の議長国となり、同年3月、岸田首相はウクライナを訪問し、ロシアによるウクライナ侵略の被害状況等を視察するとともに、ゼレンスキー大統領と首脳会談を行い、ウクライナ国民に対する日本の揺るぎない連帯を伝えた。

同年5月、我が国で開催されたG7広島サミットでは、ウクライナに関するG7首脳声明が採択され、G7各国がこれまで以上に結束して、あらゆる側面からウクライナを力強く支援し、厳しい対露制裁を継続していくことを改めて確認した。

同月、これを受けて、我が国は、新たな対露制裁として、ロシアの個人・団体への資産凍結、ロシアの軍事関連団体等への輸出禁止等の措置を講じた。

注:Strategic Arms Reduction Treaty(戦略兵器削減条約)の略

 
戦勝記念日に赤の広場で演説を行うプーチン大統領(EPA=時事)
戦勝記念日に赤の広場で演説を行うプーチン大統領(EPA=時事)
② 我が国における諸工作等

近年においても、世界各地でロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事案が摘発されている中、令和4年(2022年)6月、プーチン大統領は、ロシア対外情報庁(SVR)本部においてスピーチを行い、ウクライナ侵略に伴う欧米の対露制裁強化を踏まえ、「産業・技術分野の発展と防衛力の強化を支援することが優先すべき任務だ」と述べ、外国での情報収集活動を活発化するように指示した。

我が国においても、ロシアの情報機関員が、大使館員等の身分で入国し、情報収集活動を活発に行っている。警察では、ソ連崩壊以降、令和5年12月までに11件の事件を検挙している。

ロシアは、今後も我が国において、大使館員等を装った情報機関員による先端技術情報の移転工作等を行うとみられ、警察では、ロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることがないよう、情報収集・分析に努めるとともに、対露制裁措置の実施及び違法行為の取締りの双方の側面から、G7をはじめとする国際社会と緊密に連携しながら対応することとしている。

(3)北朝鮮の動向

① 軍事動向

北朝鮮は、令和5年(2023年)4月及び7月に固体燃料推進方式の新型のICBM(注)級弾道ミサイルの試験発射を、同年11月に新型の中距離弾道ミサイルの固体燃料発動機(エンジン)試験をそれぞれ行うなど、令和4年(2022年)に引き続き、弾道ミサイルの試験発射等を行った。

また、北朝鮮は、令和5年中に3回、弾道ミサイル技術を使用し、「衛星」の打ち上げを目的とする「新型衛星運搬ロケット」の発射を強行した。北朝鮮は、このうち5月と8月の打ち上げを失敗と認めた一方、11月に行われた3回目の打ち上げでは、「成功裏に打ち上げた」とした上で、「衛星」を「軌道に正確に進入させた」と主張した。

さらに、令和5年9月に開催された最高人民会議第14期第9回会議では、「核武力政策」を憲法に明記することが採択されたほか、金正恩朝鮮労働党総書記兼国務委員長は、同会議で「核武力」の持続的強化に言及した。

注:Intercontinental Ballistic Missile(大陸間弾道ミサイル)の略

 
令和5年11月21日、「衛星」の打ち上げ(朝鮮中央通信=時事)
令和5年11月21日、「衛星」の打ち上げ(朝鮮中央通信=時事)
② 対外関係

金正恩総書記は、同会議において、米国を「我が共和国に対する核戦争の脅威を史上最悪の水準へ極大化している」と批判したほか、「帝国主義反動勢力により、全地球的範囲で「新冷戦」構図が現実化された」とした上で、日米韓の同盟強化について「実際の最大の脅威」と言及するなど、対決姿勢を明確にした。

また、北朝鮮は、令和2年(2020年)1月頃以降、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止措置として、人的往来や物流を厳しく制限したとみられたが、令和5年7月、「祖国解放戦争勝利70周年」に際して開催された慶祝行事にロシア及び中国の要人を招待したほか、その後、中朝間及び露朝間の航空便が運航されるなど、人的往来の制限を緩和する動向が認められた。

さらに、同年9月に金正恩総書記がロシアを訪れ、プーチン大統領と会談したほか、同年10月にはラヴロフ外相が訪朝し金正恩総書記と会談するなど、特に露朝関係の強化を図る動向が認められた。

③ 対北朝鮮措置に関係する違法行為の取締り

我が国は、北朝鮮による拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するため、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置(武器等の輸出入の禁止、人的往来の禁止等)のほか、我が国としての措置(北朝鮮籍船舶の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等)を実施している。

警察では、こうした対北朝鮮措置の実効性を確保するため、関係する違法行為に対し、徹底した取締りを行っており、令和5年12月までに41件の事件を検挙している。

④ 我が国における諸工作

北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に様々な情報収集活動を行っているとみられる。

例えば、北朝鮮と密接な関係を有する朝鮮総聯(注)の構成員やその関係者が、北朝鮮工作員の密入国や北朝鮮への大量破壊兵器関連物資等の不正輸出、北朝鮮による拉致容疑事案に関与していた事例が確認されている。

また、令和4年(2022年)5月に米国が発表した北朝鮮IT労働者に関するガイドラインにおいては、こうした労働者が日本人等に偽装している旨が指摘されており、実際、我が国でこうした労働者がソフトウェアの開発に関与した事例が確認されている。令和5年(2023年)4月になされた日米韓三か国共同声明においては、身分や国籍を偽装したこうした労働者がミサイル開発等の資金源となる収入を獲得しているとの懸念が表明された。これに関連して、令和6年3月には、日本国内の企業・団体においてこうした労働者に対する認識を深めることなどを目的として、警察庁、外務省、財務省及び経済産業省の共同により「北朝鮮IT労働者に関する企業等に対する注意喚起」を発表した。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報の収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、令和5年12月までに54件の北朝鮮関係の諜(ちょう)報事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(4)偽情報等の脅威と対策

① 偽情報等の脅威

近年、国際社会においては、いわゆる伝統的な安全保障の領域にとどまらない動きとして、偽情報等の拡散への懸念が高まっている。偽情報等の拡散は、普遍的価値に対する脅威であるのみならず、我が国の治安にも悪影響をもたらし得るものである。また、生成AI技術の発展等に伴い、巧妙な偽情報が大量に生成され、SNS等で拡散されるリスクへの対応が重要な課題となっている。

ロシアによるウクライナ侵略等では、軍事的手段に加え、SNS等を通じた偽情報の拡散等が複合的に用いられているほか、中国も、世論戦、心理戦及び法律戦から成る、いわゆる三戦を重視し、軍事力以外の要素も注視しているとされている。令和5年(2023年)9月、米国国務省は、中国の情報戦に関して発表した報告書で、「中国は海外の情報操作に毎年数十億ドルを費やし、自国と中国共産党に対する肯定的な見方を広めるために、虚偽の又は偏った情報を用いている」と指摘した。

我が国に関しては、令和5年8月の福島第一原子力発電所のALPS処理水放出開始に際し、過去の津波到達シミュレーション映像を悪用して、同処理水が危険であるかのように主張する偽情報が拡散された事例等が確認されている。

② 偽情報等の脅威への対策

我が国では、令和4年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」を踏まえ、外国による偽情報等の拡散への対処能力を強化するため、関係機関が連携し、情報の収集、集約及び分析、正確な情報発信等を実施する体制が内閣官房に整備された。

警察においても、関係機関等と連携し、情報の収集・分析に努めるとともに、違法行為に対しては厳正な取締りを行うこととしている。



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