2 AIをはじめとする先端技術等の活用による警察力の強化に向けた取組
警察では、科学技術を様々な警察活動に活用してきた(注)が、警察の活用すべき科学技術はあらゆる分野にわたっており、急速に変容する社会経済情勢の中で、国民の期待に応えていくためには、なお充実・向上を図るべき課題は多い。ここでは、最新の先端技術等の活用による警察力の強化に向けた取組について紹介する。
注:警察捜査における科学技術の活用については、82頁参照(第2章)
(1)先端技術を用いた実証実験等
警察活動の現場に先端技術を安全かつ適切に導入するためには、あらかじめその課題や効果を的確に把握する必要がある。警察庁では、先端技術の導入を検討するに当たっては、事前に実証実験等を実施し、当該先端技術の導入による効果やその活用の在り方について検証・評価を行っている。
① AIを活用した疑わしい取引に関する情報の分析に係る実証実験
犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度(注)により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、捜査機関等に提供されているが、特定事業者からの疑わしい取引の届出の年間受理件数は平成28年(2016年)以降5年連続で40万件を超えていることから、これらの膨大な情報の整理・分析を効率的に行う必要がある。
そこで、警察庁では令和元年度に、AIを活用して疑わしい取引に関する情報の分析を行う実証実験を実施した。本実証実験では、特定事業者が届け出た情報及びこれらの整理・分析をした結果をAIに学習させ、分析を担当する職員が注意を払うべき情報について、優先順位を付ける仕組みを構築した。実証実験の結果、業務の合理化が見込まれることが確認できたことから、令和4年3月に当該仕組みの本格運用を開始した。
注:28頁参照(トピックスII)
② AIを活用したSNSにおける規制薬物に関する情報等の探索・分析に係る実証実験
SNS上には規制薬物の広告に関する情報等の違法・有害情報が多数存在していることから、警察では、サイバーパトロール等により違法・有害情報の把握に努めるとともに、効率的な違法情報の取締り及び有害情報を端緒とした取締りを推進している(注)。
このような情報の探索・分析を効率化するため、警察庁では、令和3年度にAIを活用してSNSにおける規制薬物に関する情報等の探索・分析を行う実証実験を実施した。本実証実験では、規制薬物の広告等に関するSNS上の投稿をAIに学習させることで、SNS上の投稿の中から、規制薬物の広告等に関するものをAIにより効率的に抽出する仕組みを構築した。実証実験の結果、規制薬物の広告等に関するSNS上の投稿を高い精度で抽出できることが確認できた。
注:113頁参照(第3章)
③ AIを活用した車種判別に係る実証実験
捜査における容疑車両の特定等に当たっては、捜査員が事件発生現場付近等から防犯カメラ映像等を収集し、確認するとともに、我が国で流通している車両の部品や外観特徴等と対照することが必要となる。警察庁では、収集した大量の防犯カメラ映像等の確認・分析作業の合理化・高度化をするため、令和元年度に、AIを活用して防犯カメラ映像等から車種の判別を行う実証実験を実施した。本実証実験では、方向・角度、背景、天候等の条件の異なる様々な車種の車両の3D・CGデータをAIに学習させることで、AIにより防犯カメラ映像等に映った車両の車種を判別し、当該車両と似ている車種の車両が順に表示される仕組みを構築した。
また、令和3年度には、防犯カメラ映像等から車両を自動検出する機能を追加するとともに、判別精度の向上及び判別できる車種の拡大のための実証実験を実施した。
MEMO 加齢による顔の変化の推定
科学警察研究所では、平成24年度から平成26年度にかけて、「加齢顔画像作製システムの開発に関する研究」を実施した。本研究では、研究に協力した職員等の三次元顔画像を活用して加齢による顔の形状や肌のくすみ、シミ等の顔の色成分の約10年間にわたる変化を分析し、平均化等をすることにより、任意の対象者の顔の形状や色成分を加齢処理するための基本となるデータを得た。そして、このデータに基づき、任意の対象者の顔画像を加齢処理し、数十年後の顔を推定することができる、加齢顔画像作製システムを開発した。現在、科学警察研究所では、都道府県警察から依頼を受けて、加齢による被疑者の顔の変化の推定を同システムを活用して行っている。
(2)関係機関と連携した先進研究
警察庁では、警察における科学技術政策を総合的かつ強力に推進するため、警察庁長官を長とする「警察庁総合科学技術戦略推進本部」を設置し、府省横断的な研究開発プログラムやファンド事業等を効果的かつ戦略的に活用するための検討等を行っている。
MEMO 警察用航空機(ヘリコプター)や無人航空機(ドローン)の運用能力向上に向けた取組
警察では、警察用航空機(ヘリコプター)の安全な活動を確保するため、警察用航空機にJAXAが開発した「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)」システムを導入している。同システムでは、活動中の警察用航空機と災害警備本部等との間で、現場の被災状況や航空機の飛行状況等を衛星通信を介して電子地図上で共有するとともに、災害警備本部等からの指示等を瞬時に伝達することができる。警察では、同システムを大規模警備においても活用する(注)とともに、JAXAと協力してその機能の拡充を図っている。
また、災害対応をはじめとする緊急事態対処や過疎地等における各種警察活動において無人航空機(ドローン)を一層活用するため、研究機関等と協力して、無人航空機の性能向上や、警察用航空機と無人航空機を連携させて運用するための技術について研究開発を進めている。
注:26頁参照(トピックスI)
(3)諸外国の法執行機関における取組の例
AIや無人航空機以外にも警察の活用すべき科学技術はあらゆる分野にわたっており、国内外における技術シーズの動向を幅広く調査していく必要がある。ここでは、我が国の警察における科学技術の利活用について検討する上で参考となる、諸外国の法執行機関における取組の例を紹介する。
① 仮想空間を活用した警察活動の高度化
災害又は事故が発生した場合、警衛・警護警備や雑踏警備等を実施する場合、犯罪の捜査を行う場合等において、第一線の現場で活動中の警察官と遠隔地に所在する指揮官との間の指揮命令や連絡等が的確に行われるためには、現場の状況を迅速かつ正確に共有することが不可欠である。
現在、現実空間と仮想空間を融合させるクロスリアリティ(XR)技術(注1)、デジタルツイン技術(注2)等が進展している。これらの技術により、リアルタイムで取得した現実空間の情報を基に、仮想空間上で遠隔地の現実空間の状況を把握することができるほか、仮想空間上で現実空間の高度な分析やシミュレーションを行うことができるため、スマートシティ(注3)の実現、物流の効率化、観光振興等、幅広い分野における利活用が期待されている。警察では、事件、事故等が発生した際、現場警察官と遠隔地にいる指揮官との間において、無線通話や現場映像の撮影・伝送等を通じて現場の状況を共有し、指揮命令や連絡等を行っているが、これらの技術を活用することにより、現実空間における現場から得られる情報に相応する情報を瞬時に共有できる可能性があるなど、警察活動への利活用が期待されている。
例えば、オランダ国家警察では、研究機関等と連携してXR技術を活用した警察活動の高度化に取り組んでいる。現場警察官が撮影した現場の映像を遠隔地に所在する指揮官へ送信したり、指揮官からの指示等を現場警察官の頭部に装着したヘッドマウントディスプレイに表示したりすることにより、現場の警察活動の強化につながる可能性がある。
注1: VR(Virtual Reality(仮想現実)の略。仮想空間にいるような没入感が体験できる技術)、AR(Augmented Reality(拡張現実)の略。現実空間に仮想空間を重ね合わせて画像等の映像を映し出し、目前の環境に情報を付加した体験ができる技術)、MR(Mixed Reality(複合現実)の略。仮想空間を現実空間と密接に融合させる技術)等の総称
注2: IoT等を活用して現実空間の情報を取得し、仮想空間(サイバー空間)内に現実空間の環境を再現する技術
注3:情報通信技術等を活用したマネジメントの高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域
XR技術を用いてディスプレイに現場の状況を表示するイメージ
② 警察活動を支える通信の高度化
情報通信は、警察活動を支える不可欠な基盤であり、警察独自の無線通信、光ファイバー回線を利用した電気通信事業者の専用回線、衛星通信等を組み合わせて運用することにより、警察庁から第一線の現場までの間における迅速・的確な情報の伝達を実現している。昨今、高度な通信技術が幅広く研究されており、警察においてもこれらの技術を活用した通信の高度化が検討されている。
例えば、オーストラリアのニューサウスウェールズ州警察では、中・低軌道を周回する多数の小型非静止衛星を連携させて一体的に運用するシステムである、衛星コンステレーションを活用した通信の高度化に着手している。地形的な制約を受けずに遠距離かつ広範囲の通信を確保することができる衛星通信の中でも、衛星コンステレーションによる衛星通信は、従来の静止軌道を周回する静止衛星による衛星通信よりも高速大容量の通信を確保できることから、通信基盤の堅牢(ろう)化・高度化に資すると期待されている。
衛星コンステレーションによる衛星通信のイメージ