2 経済安全保障に関する取組
(1)技術情報等の流出の脅威
① 経済安全保障をめぐる情勢
近年、国際情勢の複雑化、AI、量子技術等の革新的技術の出現、宇宙・サイバー・電磁波といった安全保障における新たな領域の誕生等により、安全保障の裾野が経済・技術分野に急速に拡大しつつあるとの認識が広がっている。また、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により、世界中でサプライチェーンの寸断がみられるなど、サプライチェーンのぜい弱性が顕在化した。このような情勢を踏まえ、諸外国において産業基盤強化の支援、機微技術の流出防止、輸出管理強化等の経済安全保障に関連する施策が推進されている。我が国においては、サプライチェーンの強靱(じん)化や基幹インフラの信頼性確保等を通じた経済構造の自律性の確保、AI、量子技術等の重要技術の育成等を通じた我が国の技術の他国に対する優位性、ひいては国際社会にとっての不可欠性の獲得及び基本的価値やルールに基づく国際秩序の維持・強化を目標として、政府一体となった取組を進めていくこととしている。この中で、法制上の措置を講ずべき分野について、法制度の整備を行うため、経済安全保障推進法が、第208回国会で成立した。

② 技術情報等の流出の脅威
平成30年(2018年)4月、米国の大手航空メーカーからジェット機のエンジンに使われる複合材料に関する情報を窃取しようとしたとして、中国江蘇省国家安全庁の職員が米国当局に逮捕された。また、令和元年(2019年)7月には、米国の小児病院の研究機関に勤務していた元研究員の夫妻が、同研究機関から、肝臓がん等の疾病の特定や治療に役立つ細胞外小胞に関する情報を窃取した上、中国国内に流出させたとして米国当局に逮捕された。
令和2年(2020年)7月、米国連邦捜査局(FBI(注1))長官は、「米国の情報、知的財産及び経済力にとっての最大の長期的脅威は、中国の諜報活動と経済スパイ活動である」と発言したほか、令和3年(2021年)7月には、英国保安庁(MI5(注2))長官が、ロシア、中国及びイランを念頭に、「外国スパイによる英国国民に対する接近事案が、過去5年間で1万件以上確認されており、国内の大学や研究機関の優れた研究成果が国家を背景に持つスパイ活動によって窃取され、国内の企業が優位性を失っている」と発言するなど、知的財産の国外流出への懸念が指摘されている。
我が国では、平成31年2月から3月にかけて、大手通信関連会社の従業員が、同社の営業秘密である無線基地局の実証実験に関する情報を不正に領得し、ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部代表代理に渡したとして、令和2年5月までに、警視庁が両人を不正競争防止法違反(営業秘密の領得)等で検挙した。また、平成28年9月から平成29年4月にかけて、合計5回にわたり、住所、氏名等の情報を偽って日本のレンタルサーバの契約に必要な会員登録を行ったとして、令和3年4月に警視庁が中国共産党員の男を検挙した事件では、JAXA(注3)等へのサイバー攻撃が中国人民解放軍を背景に持つ可能性が高いサイバー攻撃集団によって実行されたものと結論付けるに至った。
こうした活動に加えて、様々な経済活動を通じた外国への技術情報等の流出が懸念されており、警察として違法行為にわたる活動を認知した際には厳正に対処することとしている。
我が国には、規模の大小を問わず、様々な産業分野において、先端技術に関する情報を保有する企業や最先端の高性能製品の製造・販売をする企業が多数存在しており、これらの企業が保有する技術情報等の中には、軍事用途に転用可能なものがある。こうした技術情報等が国外に流出した場合、企業や研究機関の国際競争力が低下するだけでなく、我が国の安全保障上重大な影響が生じかねない。こうした状況を踏まえると、技術情報等の流出防止対策は、サプライチェーンの強靱化や重要技術の育成と並び、経済安全保障上の重要かつ喫緊の課題であり、警察も、この課題に一層積極的に取り組むことが期待されている。
注1:Federal Bureau of Investigationの略
注2:Military Intelligence 5の略
注3:Japan Aerospace Exploration Agency(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の略

中国の諜報活動と経済スパイ活動について発言するFBI長官(FBI)
(2)技術情報等の流出防止に向けた取組
① 取締り
警察では、従前から、安全保障貿易管理の実効性を確保する取組の一環として、大量破壊兵器関連物資等の不正輸出に対する取締りを徹底しており、令和3年12月までに39件の大量破壊兵器関連物資等の不正輸出事件を検挙している。例えば、同年7月には、軍事転用が可能なモーターを無許可で中国企業に輸出しようとしたとして、警視庁が、制御用電子機器等の製造販売会社とその代表取締役を外為法違反(無許可輸出未遂)で検挙した。
また、このような不正輸出に対する取締りに加え、経済安全保障の観点からは、広く先端技術に関する情報の流出に対応することが求められている。このため、警察では、産業スパイ事案やサイバー事案の実態解明・取締りについても強化している。
② アウトリーチ活動
海外では、技術情報等の流出防止のためには企業や研究機関による自主的な対策の強化を促す必要があるという考えから、MI5の関連機関、FBI、オーストラリア保安情報機構(ASIO(注))等の治安情報機関が、企業や研究機関に対して技術情報等の流出事例やその流出防止対策について情報提供する取組を推進している。
我が国の警察においても、捜査等を通じて把握した技術情報等の獲得に向けた外国からの働き掛けの手口やそれに対する有効な対策について、技術情報等を扱う企業や研究機関に情報提供する、いわゆるアウトリーチ活動を強化している。
警察によるアウトリーチ活動は、47の都道府県警察に置かれる1,100以上の警察署を基盤とし、地域住民の生活に密着して犯罪の予防等に当たる我が国の警察の特性を生かして行う、技術情報等の流出の未然防止のための取組である。また、一部の都道府県警察では、警察が把握した情報の提供にとどまらず、経済産業省、地方公共団体、経済団体等と連携し、これらの関係機関・団体が所管している安全保障貿易管理に関する制度や、講じている営業秘密の流出防止対策等についての情報提供も行っている。
また、こうした都道府県警察の取組に加え、警察庁も大企業や経済団体等へのアウトリーチ活動を行い、国レベルでの官民協力を推進しており、令和3年下半期には、警察庁から延べ約700の企業等に情報提供を実施した。
注:Australian Security Intelligence Organisationの略


警察庁経済安全保障室長による講演
CASE
外国政府の職員が、身分や目的を秘して先端技術を保有する企業の社員に繰り返し接近し、関係構築を図ろうとしている動向を確認した。そこで、当該企業に警察において把握した事実の概要を教示して注意喚起を行い、具体的な対策を教示した結果、技術情報等の流出を未然に阻止することにつながった。