特集 高齢化の進展と警察活動

2 高齢運転者の交通事故防止対策の推進

(1)高齢運転者対策の歩み

これまで、累次にわたり道路交通法の改正が行われ、加齢に伴う身体機能や認知機能の低下を踏まえた高齢運転者対策が強化されてきた。

 
図表特2-5 高齢運転者対策に係る道路交通法改正の主な経緯
図表特2-5 高齢運転者対策に係る道路交通法改正の主な経緯
① 平成9年改正
ア 高齢運転者標識の導入

高齢運転者は、身体機能の低下により、危険を避けるためのとっさの行動が困難になったり、危険の回避が遅れたりする傾向にある。このような高齢運転者の保護等を図るため、身体機能の低下が自動車の運転に影響を及ぼすおそれがある75歳以上の者は、高齢運転者標識を表示して普通自動車を運転するよう努めることとし、周囲の運転者については、標識を表示した自動車に幅寄せや割込みをしてはならないこととされた。

イ 運転免許証の自主返納制度の導入

高齢運転者の中には、身体機能の低下等を自覚し、自らの安全と道路交通に与える影響を考慮して、運転免許の取消しを求める者がいることを踏まえ、運転免許証の自主返納制度が導入され、運転免許を受けた者がその取消しを申請したときは、都道府県公安委員会はその者の運転免許を取り消すことができることとされた。

ウ 高齢者講習制度の導入

高齢運転者による交通事故が急増するとともに、高齢になるほど死亡事故を起こしやすい傾向がみられたことに加え、一般的に自動車等の運転に関する身体機能は、加齢に伴い低下する傾向にあることを踏まえ、更新期間が満了する日における年齢が75歳以上の者が運転免許証の更新を受けようとするときは、加齢に伴う身体機能の低下が自動車等の運転に影響を及ぼすおそれがあることを理解するため、高齢者講習を受けなければならないこととされた。

② 平成13年改正
ア 高齢者講習及び高齢運転者標識の対象年齢の拡大

平成12年中の70歳から74歳までの運転者による死亡事故件数は、319件と、平成3年中と比較して約2倍となっており、同年齢層の運転免許人口1万人当たり死亡事故件数は、1.4件と、全年齢層の1.1件と比較して高いなどの状況がみられた。こうした状況等を踏まえ、高齢者講習の受講対象者は、更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の者とされた。また、高齢運転者標識を表示して普通自動車を運転するよう努めなければならない者についても、身体機能の低下が自動車の運転に影響を及ぼすおそれがある70歳以上の者とされた。

イ 運転経歴証明書制度の導入

運転免許証を自主返納した者の中には、運転免許証に代わる身分証明書としての機能を有するものの交付を求める者がいることを踏まえ、都道府県公安委員会は、運転免許証を自主返納した者に対して、その者の自動車等の運転に関する経歴を表示する書面として、運転経歴証明書を交付することができることとされた。

③ 平成19年改正
ア 認知機能検査制度の導入

高齢運転者による交通事故に関し、運転に必要な記憶力、判断力等の認知機能の低下が原因の一つとみられる事故等の割合が高いという特徴がみられたことを踏まえ、高齢運転者が自己の認知機能の状況を自覚し、安全運転を継続できるよう支援するため、更新期間が満了する日における年齢が75歳以上の者が運転免許証の更新を受けようとするときは、認知機能検査を受検し、その結果に基づく高齢者講習を受けなければならないこととされた。

イ 臨時適性検査制度の導入

認知機能検査により、認知症のおそれがある(第1分類)と判定された者が、その後一定期間内に認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反行為をしたときは、都道府県公安委員会は、その者が認知症であるかどうかについて、臨時に適性検査(医師の診断)を行うこととされた。

④ 平成27年改正
ア 臨時認知機能検査制度及び臨時高齢者講習制度の導入

認知機能検査は、3年ごとの運転免許証の更新の際に行われるものであったが、認知機能は3年を待たずして低下するおそれがあることから、認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反行為をした75歳以上の運転者に対しては、次回の更新の機会を待つことなく臨時に認知機能検査を行うとともに、その結果等により認知機能の低下が自動車等の運転に影響を及ぼすおそれがあると認められる場合には、最新の認知機能の状況に応じた臨時の高齢者講習を行うこととされた。

イ 認知症に係る医師の診断を受けることを義務付ける者の範囲の拡大

認知機能検査により、認知症のおそれがある(第1分類)と判定された者は、その後認知機能が低下した場合に行われやすい一定の違反行為が行われたかどうかにかかわらず、認知症であるかどうかについて、医師の診断を受けることが義務付けられた。

(2)高齢運転者に対する教育等の現状

更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の者は、運転免許証を更新する際、高齢者講習の受講が義務付けられている。また、更新期間が満了する日における年齢が75歳以上の者は、満了する日より前の6月以内に、認知機能検査を受けることが義務付けられており、同検査の結果に応じた高齢者講習を受講することとされている。

具体的には、認知機能検査により認知症のおそれがある(第1分類)と判定された者及び認知機能が低下しているおそれがある(第2分類)と判定された者に対しては、実車指導の状況をドライブレコーダーにより撮影した映像を活用した個別指導を含め、3時間の講習を行っている。

また、認知機能が低下しているおそれがない(第3分類)と判定された者及び75歳未満の者に対しては、個別指導を除いた2時間の講習を行っている。

警察では、認知機能検査及び高齢者講習の円滑な実施に向け、受検・受講枠の拡大や円滑な予約の促進、運用の効率化等の取組を推進している。

 
図表特2-6 運転免許証の更新時における認知機能検査及び高齢者講習の流れ
図表特2-6 運転免許証の更新時における認知機能検査及び高齢者講習の流れ
 
図表特2-7 更新時の認知機能検査及び臨時認知機能検査の実施状況(令和元年)
図表特2-7 更新時の認知機能検査及び臨時認知機能検査の実施状況(令和元年)
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図表特2-8 高齢者講習及び臨時高齢者講習の実施状況(令和元年)
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(3)運転免許証の自主返納(申請による運転免許の取消し)等

身体機能の低下等を理由に自動車等の運転をやめる際には、申請により運転免許証を返納することができるが、その場合には、返納後5年以内に申請すれば、運転経歴証明書の交付を受けることができる。また、令和元年12月1日からは、運転免許証の更新を受けずに失効した場合でも、失効後5年以内に申請すれば、運転経歴証明書の交付を受けることができることとなった。

この運転経歴証明書は、金融機関の窓口等で犯罪収益移転防止法(注1)の本人確認書類として使用することができる。

警察では、自主返納及び運転経歴証明書制度の周知を図るとともに、自主返納者等への支援について、関係機関・団体等に働き掛けを行い、自動車等の運転に不安を有する高齢者等が運転免許証を自主返納等しやすい環境の整備に向けた取組を進めている(注2)

注1:犯罪による収益の移転防止に関する法律

注2:一般社団法人全日本指定自動車教習所協会連合会のウェブサイト(http://www.zensiren.or.jp/kourei/)において、運転免許証を自主返納した者等を対象とした各種支援施策について紹介している都道府県警察等のウェブページを集約し、高齢者等への情報提供に取り組んでいる。

 
運転経歴証明書の様式
運転経歴証明書の様式
 
運転免許証の自主返納に関する広報ポスター
運転免許証の自主返納に関する広報ポスター
 
図表特2-9 申請による運転免許の取消し件数及び運転経歴証明書の交付件数の推移(平成27~令和元年)
図表特2-9 申請による運転免許の取消し件数及び運転経歴証明書の交付件数の推移(平成27~令和元年)
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(4)高齢運転者に係る安全運転相談の充実・強化

警察では、これまでも自動車等の安全な運転に不安のある運転者及びその家族等からの相談に対応するため、運転適性相談を実施してきたところである(注1)が、近年は、特に高齢運転者及びその家族等から積極的に相談を受け付け、加齢に伴う身体機能の低下を踏まえた安全運転の継続に必要な助言・指導や、自主返納制度及び自主返納者等に対する各種支援施策の教示を行うなど、運転適性に関する相談対応以外の役割も求められるようになっている。

このため、運転適性相談の名称をより親しみやすい「安全運転相談」に改めるとともに、令和元年11月22日からは、全国統一の専用相談ダイヤル「#8080(シャープハレバレ)」(注2)を導入し、安全運転相談の認知度及び利便性の向上を図った。

注1:150頁参照

注2:安全運転相談ダイヤルに電話すると、都道府県警察の安全運転相談窓口に直接つながるようになっている。

 
安全運転相談に関する広報ポスター
安全運転相談に関する広報ポスター

MEMO 安全運転サポート車(セーフティ・サポートカーS(サポカーS))の普及啓発

衝突被害軽減ブレーキ及びペダル踏み間違い時加速抑制装置を搭載した安全運転サポート車は、高齢運転者による交通事故の被害軽減に有効である一方で、これらの先進安全技術は事故を完全に防ぐものではないことにも留意する必要がある。

警察では、運転免許センター等の警察施設を試乗会の場所として提供しているほか、自動車教習所や自動車メーカーをはじめとする関係機関・団体等との連携を強化しながら、更なる普及啓発を進めている。

他方で、普及啓発に当たっては、高齢運転者による交通事故の特徴等を周知するとともに、安全運転サポート車の機能の限界や使用上の注意点を正しく理解し、同機能を過信せずに責任を持って安全運転を行わなければならない旨についても、周知を図っている。

 
関係機関・団体と連携した安全運転サポート車の試乗会
関係機関・団体と連携した安全運転サポート車の試乗会

(5)更なる高齢運転者対策

① 政府決定等

平成29年7月、高齢運転者による痛ましい交通事故の発生等を受け、中央交通安全対策会議交通対策本部において、「高齢運転者による交通事故防止対策について」が決定され、今後の方策として、80歳以上の運転リスクが特に高い者への実車試験の導入や「安全運転サポート車」限定免許の導入といった運転免許制度の更なる見直しについて検討することとされた。また、令和元年6月に開催された「昨今の事故情勢を踏まえた交通安全対策に関する関係閣僚会議」においては、「未就学児等及び高齢運転者の交通安全緊急対策」が決定され、安全運転支援機能を有する自動車を前提として高齢者が運転できる運転免許制度の創設に向け、令和元年度内に結論を得ることとされた。

② 調査研究

これらの政府決定等を踏まえ、警察庁では、平成29年度から有識者による調査研究を実施しており、令和元年度には「高齢運転者交通事故防止対策に関する調査研究」分科会を開催し、今後の高齢運転者の運転免許制度の在り方に関する検討を進めてきた。その結果、令和元年度末に取りまとめられた同分科会の最終報告において、次のような考え方が示された。

ア 運転技能検査の導入

昨今の高齢運転者による死亡事故の情勢をみると、認知機能検査で認知機能が低下しているおそれがない(第3分類)と判定された者によるものが約半数を占めており、認知機能以外の身体機能の低下が関わる運転技能についての検査を導入することが必要であるとされた。そこで、一定の要件に該当する者に対して運転技能検査を行うこととし、その結果、運転技能が特に不十分な場合には運転免許証の更新を認めないことが適当であるとされた。

なお、一定の要件として、例えば、事故歴や事故につながりやすい特定の違反歴を確認するなどの方法により、運転技能検査の対象者を、将来交通事故を発生させるリスクがより高い者に絞り込むことが考えられるとされた。

イ 限定条件付免許の導入

運転免許証を返納すると一切の運転ができなくなることから、自己の運転能力の低下を自覚した高齢者等が、自主的な申請によって、限定条件の付与を受けたり、新規に限定条件付免許を取得したりできる限定条件付免許制度を設けることが、高齢者等の安全運転やモビリティの確保に資するとされた。

限定条件付免許の内容としては、運転することができる自動車等の種類を衝突被害軽減ブレーキ等の先進安全技術を搭載した安全運転サポート車に限定する制度を設けることが考えられる一方で、現在普及している安全運転サポート車の先進安全技術では事故防止効果が限定的であることに留意する必要があり、今後の技術の実用化の動向を踏まえた限定条件等を設けることもあり得るとされた。

ウ その他

認知機能検査については、高齢運転者や実施機関の負担が少ない態様に見直すことについて、更なる検討を進める必要があるとされた。また、高齢者講習の実車指導においても、安全運転指導を行うにとどまらず、運転技能についての客観的指標を用いた評価を行うべきであるとされた。さらに、認知機能検査の結果にかかわらず高齢者講習の指導時間を統一し、検査・講習を一連の手続として行いやすい態様とするなど、増加する高齢運転者に対応できる仕組みを構築することが考えられるとされた。

③ 令和2年道路交通法改正

これらを踏まえ、令和2年6月、第201回国会において、高齢運転者対策の充実・強化を図るための規定の整備等を内容とする道路交通法の一部を改正する法律が成立した。今回の改正では、75歳以上の者で一定の要件に該当するものは、運転免許証を更新する際、運転技能検査(注)を受けていなければならないこととされるとともに、都道府県公安委員会は、運転技能検査の結果により運転免許証の更新をしないことができることとされた。また、運転免許を受けた者は、都道府県公安委員会に、運転することができる自動車を一定の機能を有する自動車に限定するなどの条件を、その者の運転免許に付することを申請することができることとされた。

注:普通自動車等の運転について必要な技能の検査

 
図表特2-10 令和2年道路交通法改正による手続変更のイメージ図
図表特2-10 令和2年道路交通法改正による手続変更のイメージ図


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