第6章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

北朝鮮、中国及びロシアは、様々な形で対日有害活動を行っており、警察では、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等を行っている。

(1)北朝鮮の動向

① 核・ミサイル開発をめぐる動向と対外情勢

北朝鮮は、平成31年(2019年)4月及び同年8月に最高人民会議を開催し、2度にわたって憲法改正を行った。これらの改正では、国務委員会委員長について、「国家を代表する朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者」と明記したほか、「国務委員会委員長は全朝鮮人民の総意によって最高人民会議で選挙する」と規定するなど、国務委員会委員長の権限を強化し、金正恩(キムジョンウン)委員長(注)の権威をより一層高めた。

外交面では、金正恩委員長が、同年2月、ベトナム・ハノイで、トランプ・米国大統領と2回目の米朝首脳会談を行ったものの、同会談で合意には至らず、事実上の決裂に終わった。その後、同年6月の板門店での両首脳の面会を経て、同年10月にはスウェーデン・ストックホルムで実務協議を開催したものの、北朝鮮が「決裂」と発表するなど、依然として米朝間の立場は隔たりが大きい。

米朝協議が膠(こう)着状態にある中、北朝鮮は、中国、ロシア等との積極的な外交を展開し、金正恩委員長が同年4月にロシア・ウラジオストクでプーチン大統領と首脳会談を行ったほか、同年6月には、中国の習近平(しゅうきんぺい)総書記を国賓として北朝鮮に招いて首脳会談を行った。

一方、北朝鮮は、同年5月から同年11月にかけ、新たに開発したとみられる弾道ミサイル等の発射を13回にわたって行った。これらに関して北朝鮮は、「通常兵器の開発措置」などと正当化する一方、「米国と南朝鮮当局が繰り広げた合同軍事演習に適切な警告を送る機会になる」と、米韓両国を非難した。また、同年10月2日に発射された潜水艦発射弾道ミサイルは、島根県隠岐諸島島後沖の我が国の排他的経済水域内に落下したとみられるが、北朝鮮は、「周辺国家(複数)の安全にささいな否定的影響も与えなかった」などと主張した。北朝鮮は、こうした弾道ミサイル等の発射を重ねることによって、弾道ミサイル関連技術や運用能力の向上を図っていると考えられる。

注:金正恩国務委員会委員長兼朝鮮労働党委員長

 
板門店で行われた米朝首脳による面会(朝鮮通信=時事)
板門店で行われた米朝首脳による面会(朝鮮通信=時事)
 
5月に発射された短距離弾道ミサイル(朝鮮通信=時事)
5月に発射された短距離弾道ミサイル(朝鮮通信=時事)
② 我が国における諸工作

北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられる。

朝鮮総聯(れん)(注)の許宗萬(ホジョンマン)議長は、令和元年(2019年)6月に行われた総聯中央委員会第24期第2回会議において、朝鮮学校への高校授業料無償化制度の適用等をめぐる問題等について、取組の強化を指示した。今後も朝鮮総聯は、各種宣伝活動や要請行動を行うなど、我が国における親朝世論を形成するための活動等を行うものとみられる。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、令和元年までに53件の北朝鮮関係の諜報事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2)中国の動向

① 中国国内の情勢等

令和元年(2019年)10月、天安門広場において、建国70周年記念祝賀式典と軍事パレードが行われた。同式典において習近平国家主席は、70年間にわたる中国共産党の指導の下における国家の発展を自賛するとともに、「いかなる勢力も我々の偉大な祖国の地位を揺るがすことはできない」と様々な問題で対立する米国をけん制した。また、過去最大規模となった軍事パレードでは、米国本土を射程に収める新型大陸間弾道ミサイル「東風(DF)41」を初公開するなどして、軍事力を誇示した。

外交面では、依然として継続する米中貿易摩擦の影響を受け、米国との対立が続いている。米国は、中国に対し、「中国製造2025」(注)や中国政府による国有企業への産業補助金の見直し等を求めているものの、中国は「内政干渉に等しい要求」などと強く反発している。また、米国は、中国の通信機器等に関する規制を強めており、平成30年(2018年)に成立した国防権限法に基づき、令和元年(2019年)8月、米国政府機関に対し「華為技術(ファーウェイ)」等の中国企業5社から製品を調達することを禁止したほか、同年11月、一部の民間通信事業者にも中国企業2社からの調達を禁止する規制を決定し、令和2年(2020年)1月に発効した。

軍事面では、令和元年(2019年)7月、4年ぶりに「国防白書」が発表され、平成27年(2015年)から進める軍の組織改革を「強軍の歴史的歩みを踏み出した」などと評価するとともに、引き続き経済の発展に合わせて国防費を増加させ、今世紀半ばまでに「世界一流の軍隊」を建設する目標を掲げた。

このほか、平成31年(2019年)4月に香港の立法会が逃亡犯罪人条例等改正案の審議を開始して以降、民主活動家等が中国本土への引渡し対象になるおそれがあるとして、香港市民の間で同改正案に対する危機感が強まり、長期間にわたり大規模なデモが頻発している。同年9月、林鄭月娥(りんていげつが)行政長官が、同改正案の完全撤回を表明したものの、デモは継続しており、収束のめどは立っていない。

注:平成27年(2015年)5月に中国政府が策定した、製造業の高度化を目指す10年間の行動計画。特に重要な産業として、情報通信技術(ICT)産業、ロボット、航空・宇宙用機器等の10分野を指定している。

 
軍事パレードに登場した東風(DF)41(新華社/共同通信イメージズ)
軍事パレードに登場した東風(DF)41(新華社/共同通信イメージズ)
② 我が国との関係をめぐる動向

安倍首相は、令和元年(2019年)6月、G20大阪サミットに出席するため国家主席就任後初めて訪日した習近平国家主席と日中首脳会談を行った。会談では、日中関係が正常な軌道に戻り、新たな発展を得つつあることを確認するとともに、長期的に安定した日中関係を構築することで一致した。

一方、平成24年(2012年)9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、中国公船が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

 
日中首脳会談の状況(Avalon/時事通信フォト)
日中首脳会談の状況(Avalon/時事通信フォト)
③ 我が国における諸工作等

中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っており、我が国においても、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素からその動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

令和元年(2019年)中、日露間の対話は継続しており、同年1月にはロシア・モスクワ、同年6月には大阪、同年9月にはロシア・ウラジオストクと相次いで日露首脳会談を行った。同月の会談では、平和条約の締結に向けた交渉について未来志向で作業することを再確認し、双方が受け入れられる解決策を見付けるための共同作業を進めていくことで一致した。

一方、同年8月にメドヴェージェフ首相(当時)が択捉島を訪問し、同年9月の日露首脳会談の直前に、プーチン大統領が、ロシア企業が色丹島に新設した大規模水産加工施設の稼働式にテレビ中継で参加するなど、我が国の立場と相容れない動向がみられた。

ロシア情報機関は、世界各地において依然として活発に活動しており、米国は、同年3月、いわゆる「ロシア疑惑」(注)をめぐる捜査を終結したが、約1年10か月の捜査ではロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の情報機関員ら合計34人が起訴された。

ロシア情報機関は、我が国においても活発に情報収集活動を行っている。警察では、ソ連崩壊以降、令和2年5月までに10件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、厳正な取締りを行うこととしている。

注:平成28年(2016年)の米国大統領選挙に、ロシア政府やその関係者が、様々な手段を通じて介入したとされる疑惑

CASE

大手通信関連会社の元従業員の男(48)は、同社に在職中の平成31年2月及び3月、ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部代表代理(当時)(52)から唆され、同社の営業秘密である機密情報等計3点を不正に領得した。令和2年5月までに両人を不正競争防止法違反(営業秘密の領得)等で検挙した(警視庁)。



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