第1章 警察の組織と公安委員会制度

公安委員の声

高齢者の安心と安全を


静岡県公安委員会委員長

生座本 磯美(おざもと いそみ)


委員就任  平成26年7月15日

委員長就任 平成30年7月31日


平成30年10月現在、65歳以上の高齢者数は全国で約3,558万人(28.1%)、更に65歳以上の高齢者を支える15~64歳の人口(以下「15~64歳人口」という。)との比較では、昭和35年は高齢者1人に対し15~64歳人口11.2人で支えており、胴上げ型と称されておりました。それが平成30年になりますと15~64歳人口2.1人で1人を支える騎馬戦型とその数や様は激変しており、今後更にその割合は減少し、高齢者1人に就労人口1人、あるいはそれ以下といった肩車型になっていくであろうと予測されます。

このような超高齢化社会の中で、高齢者が関係する事件・事故が全国的にも多くみられることから、静岡県でも防犯まちづくりの推進として「防犯まちづくり講座」を開催するなど、高齢者の安全確保に向けた重点的な取組がなされています。例えば、高齢者に対する交通事故防止対策として、高齢者宅への個別訪問や運転適性相談の内容の充実、免許返納のしやすい環境づくり等を推進しているほか、高齢者が被害者となりやすい特殊詐欺事件を抑止するため、「迷惑・悪質電話防止装置」の普及促進や、金融機関等の関係機関と連携した「しずおか関所作戦」等の活動を実施しております。

このように、警察の業務の中でも高齢者に対応したものは多く、警察職員には高齢者の特性の理解が求められます。

昨年8月には、警察学校の学生に対する公安委員長講話として、「高齢者の特徴」についてお話しする機会をいただき、その際に、高齢者の身体や心理的特徴を説明するとともに、県の社会福祉協議会からお借りした「高齢者体験グッズ」を学生に実際に着装してもらい、「動きにくい」、「聞こえにくい」、「見えにくい」、「物がつかみにくい」ことを体験していただきました。体験した学生からは、「思っていた以上に聞こえない」、「見える範囲が狭く、更に思うように動くことができない」といった感想のほか、「高齢者に警察官である自分たちが親身になって手助けしてあげなければならないという気持ちがより一層強くなりました」という感想をいただいており、これから第一線に向かう若い警察官の一助となったのではないかと思います。

さらに、高齢化社会が進む中で、警察職員には、令和7年までに約700万人前後が発症すると見込まれる認知症への理解と対応も求められます。

私は、介護事業所を運営しております。先日、久しぶりではありましたが、利用者の方の失踪の連絡が入りました。全く生きた心地がしませんでしたが、とにかく一刻も早く発見しなければならないため、職員を総動員して捜索に当たります。警察官にも協力していただき、お蔭様で数時間後に発見することができましたが、御本人は非常に興奮状態で、なだめながら車に乗せるのに一苦労。専門職である我々が関わっても、非常事態ではなかなかうまくはいきません。

こうした場合、警察職員としても、御本人の言動にとまどうことがあるようですが、御本人は、今自分がどうなっているのか解らない「非常事態」なのです。自分はどうして今ここにいるのか、なぜ警察官が自分に関わっているのか。そもそも、普段の生活で、パトロールをしている姿を見かける、あるいは巡回連絡の際にお話しをするほかは、交通違反をして取締りで苦い思いをする以外に警察官と関わる機会はほとんどありません。そこでの不安感と緊張感は健康な市民でもかなり強いものと思われます。

認知症の中で最も多いのはアルツハイマー型認知症であり、非可逆的な疾患として知られています。認知症を支えるサポート体制は、介護保険の導入により各自治体や福祉関連団体、介護事業者等の取組が進み、かなりの実績をみるに至っており、利用者の方にはおおむね穏やかな生活を過ごしていただいておりますが、何らかのことがきっかけで、家や施設を抜け出して帰ることができなくなる、自分の物と他人の物の区別がつかなくなる、会話がちぐはぐになる、大声で威嚇する、あるいは暴力を振るう場合もみられます。警察職員にこれらの行動を理解していただき、関わり方や声の掛け方に配慮いただくことは、認知症の方とのコミュニケーションにおいてはとても重要なこととなります。

生きている中で“今が解らないこと”は、どなたにとっても不安であり恐怖であろうと思います。認知症の方の言動は理解しがたいこともありますが、矢継ぎ早な質問は御本人の不安や恐怖感を強めるだけなのです。警察職員には、少しだけ落ち着いていただいてから、ゆっくりとした口調でお話しするようにお願いしております。

他方で、昨今の社会情勢は高齢化だけではありません。女性や子供が被害者となる悲惨な事件・事故も後を絶たず、それらの事件・事故を未然に防ぐための取組や凶悪な犯罪への対策・対応も重要な課題となっております。また、ラグビーワールドカップ2019日本大会や2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を控え、観光客を含めた来日外国人の増加が見込まれるため、その対応が求められます。

来るべき時代に、市民として、警察力に頼るだけではなく、自助・共助努力も強めていかなければならないと考えます。

何よりも警察職員には、住民の安全で安心な暮らしを守るために、より強い組織力と優れた技能に基づいた執行力をもって、治安の維持、安全の確保に努めていただきたいと願います。

 
静岡県公安委員会委員長 生座本 磯美(おざもと いそみ)


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