第6章 公安の維持と災害対策

2 国際テロ対策

我が国における国際テロの脅威が現実のものとなっている中、平成27年2月、改めて我が国に対するテロの未然防止及びテロへの対処体制の強化に取り組むための諸対策を検討・推進することを任務とする警察庁国際テロ対策推進本部を設置した。その後、警察庁では同推進本部を中心に諸対策の検討を行い、同年6月、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下この項において「東京大会」という。)の開催までのおおむね5年程度を目途として推進していくべき施策を、「警察庁国際テロ対策強化要綱」として取りまとめ、決定・公表した。

警察では、同要綱に基づき、情報収集・分析、水際対策、警戒警備、事態対処、官民連携といったテロ対策を強力に推進している。

(1)テロの未然防止のための具体策

① 官民一体となったテロ対策の推進

テロ対策は、警察による取組のみでは十分ではなく、関係機関、民間事業者、地域住民等と緊密に連携して推進することが望まれる。このため、警察では、テロ対策に関する様々な官民連携の枠組みに参画している。

例えば、東京都では、平成20年、「テロ対策東京パートナーシップ推進会議」を発足させた。同会議には、警視庁、東京都等の関係機関に加え、電力、ガス、情報通信、鉄道等の重要インフラに関わる事業者や、大規模集客施設を営む事業者等が加入し、「ソフトターゲット」と呼ばれる不特定多数の者が集まる大規模集客施設や公共交通機関等が諸外国においてテロの標的とされる中、「テロを許さない社会づくり」というスローガンの下、テロに対する危機意識の共有や大規模テロ発生時における協働対処体制の整備等が行われている。

警察では、東京大会をはじめとする大規模スポーツイベント等の開催を見据え、全国的な広がりを見せているこうした官民連携の枠組み等を活用して、関係機関、民間事業者等と連携した訓練を実施し、テロ対処能力を強化している。

 
図表6-5 官民一体となったテロ対策の概要
図表6-5 官民一体となったテロ対策の概要
 
テロ対策東京パートナーシップ
テロ対策東京パートナーシップ

また、不特定多数の者が集まる施設、イベント等について、制服を着用した警察官による巡回の実施や、パトカーの活用等により「見せる警戒」を実施するとともに、施設管理者等に対して職員や警備員による自主警備を強化するよう働き掛けるなどして、ソフトターゲットに対するテロへの警戒を強化している。

さらに、テロリストが武器を入手できないようにするための取組も官民の連携により推進されている。警察では、銃砲刀剣類や火薬類を取り扱う個人や事業者に対し、銃刀法や火薬類取締法に基づく規制や指導を行っているほか、爆発物の原料となり得る化学物質を販売する事業者に対し、関係省庁と協力して、販売時の本人確認を徹底するよう指導したり、不審な購入者への対処要領を教示したりしている。

このほか、旅館、インターネットカフェ、レンタカー、賃貸マンション等の事業を営む者に加え、住宅宿泊事業法が30年6月に施行されたことを受け、住宅宿泊事業者等に対しても顧客に対する本人確認の徹底等の働き掛けを行い、テロリストによる悪用の防止を図っている。

 
「見せる警戒」
「見せる警戒」
 
薬局従業員に対する指導
薬局従業員に対する指導
② 国際協力の推進

国際テロ対策を推進するためには、我が国一国のみの努力では限界があり、世界各国との連携・協力が必要不可欠であることから、警察庁では、諸対策に関する国際会議等に積極的に参加している。

平成29年(2017年)5月にG7タオルミーナ・サミット(イタリア)において採択された「テロ及び暴力的過激主義との闘いに関するG7タオルミーナ声明」を受け、同年10月に開催されたG7内務大臣会合には、国家公安委員会委員長が出席し、G7各国の治安担当大臣等との間で国際テロ対策に関する議論を行い、外国人戦闘員に関する情報共有の更なる強化等の内容を含む共同声明を採択した。

また、例年、JICAと共催している国際テロ対策セミナーにおいて、世界各国から招へいした実務担当者に対し、テロ事件の捜査技術に関するノウハウの提供を行っている。

 
G7内務大臣会合(EPA=時事)
G7内務大臣会合(EPA=時事)
③ 核物質、特定病原体等の防護対策の強化

NBCテロ(注)の発生を未然に防止するため、警察では、核物質や特定病原体等を取り扱う事業所等に警察職員が定期的に立入検査を行うなどして、事業者の講ずる防護措置や盗難防止措置が適正なものとなるよう指導している。

注:N(Nuclear:核)B(Biological:生物)C(Chemical:化学)物質を使用したテロの総称

④ テロ資金対策

大規模なテロの敢行やテロ組織の維持・運営には、そのための資金が必要であることから、テロを未然に防止するためには、テロリストがテロを実行するために資金その他の財産の提供を受け、又は財産を使用することを防ぐための取組が重要である。我が国では、テロ資金提供処罰法(注1)に基づき、テロリストに対するテロ資金の提供等を規制している。また、犯罪収益移転防止法に基づき、顧客等の本人特定事項等の取引時確認、疑わしい取引の届出等を特定事業者(注2)に対し求めている。さらに、外為法及び国際テロリスト財産凍結法(注3)に基づき、30年5月25日現在、399個人105団体の国際テロリストを財産の凍結等の措置をとるべき者として公告している。

注1:公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律

注2:148頁参照

注3:国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法

 
図表6-6 国際テロリスト財産凍結法の概要
図表6-6 国際テロリスト財産凍結法の概要

MEMO 東京大会に向けた取組

警察では、警察庁に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会対策推進室を、警視庁に警視庁オリンピック・パラリンピック競技大会総合対策本部を設置しているほか、東京大会の競技会場を管轄する関係道県警察においても体制を順次整備して、東京大会における警備諸対策について検討を進めている。また、警察庁次長が「シニア・セキュリティ・コマンダー」として、東京大会の警備の計画・運営段階において関係機関を主導する役割を担うこととされている。さらに、平成29年7月に警察庁に設置されたセキュリティ情報センターでは、東京大会の安全に関する情報集約、リスク分析等を行うとともに、必要な情報を関係機関等に提供しているほか、同センターに置かれた国際リエゾンセンターにおいて、外国治安情報機関等との情報交換を行うなど、国際連携の更なる強化に努めている。

 
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会対策推進室会議
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会対策推進室会議

東京大会では、平成28年(2016年)夏に開催されたブラジル・リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック競技大会(以下「リオ大会」という。)と異なり、競技会場が特定の地区に集約されず、都内及び都外に分散配置されることから、会場ごとに高いセキュリティレベルを確保するため、警戒力の効果的かつ効率的な投入等について検討を進めていく必要がある。また、東京大会前に行われる聖火リレーが全都道府県を巡ることが予定されており、これまでの大会において聖火リレーに対する妨害事案が発生していることから、全国警察においてその対策について検討を進めていく必要がある。

さらに、東京大会の開催期間中の安全安心を確保するためには、施設管理者や地域住民等を含む社会全体でのテロ対策が重要であることから、関係機関、民間事業者等と連携した訓練の充実等、官民一体となったテロ対策を深化させることとしている。

 
官民連携した爆発物対処訓練
官民連携した爆発物対処訓練

このほか、インターネットが国民生活や社会経済活動に不可欠な社会基盤として定着する中、社会機能を麻痺させるサイバー攻撃の脅威にも備えなければならないところ、リオ大会では、開催期間中に行政機関やリオ大会の関係機関等においてウェブサイトの閲覧障害、情報窃取の被害が発生するなど、国際的な大規模スポーツイベントを狙ったサイバー攻撃の脅威が高まっている。警察では、東京大会に向けて、関係機関と連携して、サイバー攻撃及び攻撃者に関する情報収集・分析等を推進するとともに、サイバー攻撃の発生を想定した共同対処訓練を実施している。

(2)テロ対処体制の強化

① テロ対処部隊の充実強化

警察では、万一テロが発生した場合に備え、特殊部隊(SAT)、銃器対策部隊、NBCテロ対応専門部隊等の各種部隊を設置し、その充実強化を図っている。また、有事の際に迅速的確な対処を可能とするため、関係機関と連携して、日々訓練を実施している。

 
図表6-7 テロ対処部隊の概要
図表6-7 テロ対処部隊の概要
② スカイ・マーシャルの運用

航空機のハイジャックを未然に防止し、またハイジャックが発生した際に航空機内での犯人の制圧・検挙を可能とするため、警察では、国土交通省や航空会社等と緊密に連携して、警察官が航空機に警乗するスカイ・マーシャルを運用している。

③ TRT-2(注1)の派遣

警察では、邦人や我が国の権益に関係する重大テロが国外で発生した場合には、情報収集や現地治安機関に対する捜査支援等を任務とするTRT-2を派遣することとしている。平成28年(2016年)7月のバングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件の発生に際しても、TRT-2として、外事特殊事案対策官(注2)等を現地に派遣し、関係国の治安情報機関との情報交換等を行った。

注1:Terrorism Response Team‐Tactical Wing for Overseas(国際テロリズム緊急展開班)の略

注2:平成25年(2013年)1月に発生した在アルジェリア邦人に対するテロ事件を受け、国外における邦人や我が国の権益に関係するテロ事件等の重大突発事案に対処するために設置された。

 
図表6-8 TRT-2の概要
図表6-8 TRT-2の概要
④ 自衛隊等との共同訓練の推進

警察では、平素から防衛省・自衛隊と緊密な情報交換を行うとともに、都道府県警察及び陸上自衛隊が武装工作員等による不法行為が発生した場合を想定した共同訓練を実施しており、29年中は、実動訓練46回を実施した。また、内閣官房や都道府県が主催する国民保護法(注)に基づく関係機関との共同訓練に参加し、テロ等に対する対処能力の向上や関係機関との連携強化を図った。

注:武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律

 
自衛隊との共同実動訓練
自衛隊との共同実動訓練
 
国民保護共同図上訓練
国民保護共同図上訓練

(3)原子力関連施設におけるテロ対策

① テロ関連情報の収集・分析等

警察では、原子力関連施設に対するテロを未然に防止するため、各国治安情報機関等との緊密な情報交換、関係省庁との連携による水際対策、不審人物や組織に関する情報の収集・分析等を実施している。

② 原子力関連施設における警戒警備

原子力関連施設に対する銃器を使用したテロ事案、爆発物使用事案、NBCテロ事案等への対処を行うため、自動小銃、サブマシンガン、ライフル銃、耐爆・耐弾仕様の車両、爆発物処理用具、防護服等を装備した原発特別警備隊が、24時間体制で原子力関連施設の警戒警備に当たっている。

 
原子力関連施設の警戒
原子力関連施設の警戒
③ 関係機関等との連携

平成23年、政府は、原子力発電所等に対するテロを現実の脅威として再認識し、その未然防止対策を強化することを決定しており、その中で、警察庁、海上保安庁、防衛省等の関係省庁による継続的な連携強化が示された。これを受けて関係都道府県警察では、海上保安庁との合同訓練を定期的に実施しているほか、一般の警察力だけでは対応することができないと認められる事案が発生した場合を想定し、24年以降、原子力発電所の敷地を利用した自衛隊との共同実動訓練を実施している。

④ 警察庁職員による立入検査

原子力事業者との間では、警察庁職員が事業所等に定期的に立入検査を行うとともに、治安当局の立場から自主警戒に関する指導を行うことなどにより、事業者による防護措置が実効あるものとなるよう努めている。



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