第6章 公安の維持と災害対策

第6章 公安の維持と災害対策

第1節 国際テロ情勢と対策

1 国際テロ情勢

(1)イスラム過激派

ISIL(注1)は、平成26年(2014年)にカリフ制国家の樹立を宣言した後、その過激思想に影響を受けた多くのイスラム教徒を世界中から引き付け、イラク及びシリアにおいて勢力を増大させたが、平成29年(2017年)には、諸外国の支援を受けたイラク軍やシリア軍等の攻撃により、両国における支配地域の大部分を失った。

しかし、ISILは、「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等に対してテロを実行し、その実行の際に爆弾や銃器が入手できない場合にはナイフ、車両等を用いるよう呼び掛けており、平成29年(2017年)中には、欧米諸国でテロ事件が相次いで発生した。また、同年5月、ISILを支持する勢力がフィリピン南部の都市マラウィの一部を占拠し、フィリピン政府と同勢力との戦闘が約5か月間継続した。

ISILがイラク及びシリアにおける支配地域の大部分を失ったことや、各国がイラク及びシリアへの外国人戦闘員(注2)の渡航を規制する措置を講じていることなどにより、ISILに参加する外国人戦闘員は減少したとみられるものの、今後、外国人戦闘員が母国又は第三国に渡航してテロを行うことが懸念されるほか、イラク及びシリア以外の紛争地域に多数の外国人戦闘員が流入し、当該地域の紛争を激化又は長期化させたり、世界中に過激思想を広めたりすることが懸念される。

AQ(注3)及びその関連組織については、指導者アイマン・アル・ザワヒリが、反米・反イスラエル的思想を繰り返し主張しているほか、AQ結成時の指導者オサマ・ビンラディンの子とされるハムザ・ビンラディンが、インターネットを通じて、米国等に対するテロの実行を呼び掛けている。また、中東、アフリカ及び南アジアにおいて活動するAQ関連組織が、政府機関等を狙ったテロを行っているほか、オンライン機関誌等を通じて欧米諸国におけるテロの実行を呼び掛けるなど、AQ及びその関連組織は、依然として大きな脅威である。

注1:Islamic State of Iraq and the Levant の頭字語。いわゆるイスラム国

注2:テロ行為を準備・計画・実行することやそのための訓練を受けることなどを目的として、居住国又は国籍国以外の国や地域に渡航する者

注3:Al-Qaeda(アル・カーイダ)の略

 
図表6-1 平成29年(2017年)に欧米諸国で発生した主な国際テロ事件
図表6-1 平成29年(2017年)に欧米諸国で発生した主な国際テロ事件
 
スウェーデン・ストックホルムにおける車両使用テロ事件(EPA=時事)
スウェーデン・ストックホルムにおける車両使用テロ事件(EPA=時事)
 
米国・ニューヨークにおける車両使用テロ事件(AFP=時事)
米国・ニューヨークにおける車両使用テロ事件(AFP=時事)

(2)我が国に対する国際テロの脅威

平成28年(2016年)7月に発生したバングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件をはじめ、現実に邦人や我が国の権益がテロの被害に遭う事案等が発生していることから、今後も邦人がテロや誘拐の被害に遭うことが懸念される。

ISILは、オンライン機関誌「ダービク」等において、我が国や邦人をテロの標的として繰り返し名指ししている。

AQについても、平成24年(2012年)5月に米国が公開したオサマ・ビンラディン殺害時の押収資料によれば、「韓国のような非イスラム国の米国権益に対する攻撃に力を注ぐべき」と同人が指摘していたことが、明らかになった。また、米国で拘束中のAQ幹部のハリド・シェイク・モハメドの供述によれば、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したことなども明らかになっている。こうした資料や供述は、米軍基地等の米国権益が多数存在する我が国に対するイスラム過激派組織によるテロの脅威の一端を明らかにしたものといえる。

また、殺人、爆弾テロ未遂等の罪でICPOを通じ国際手配されていた者(注)が、過去に不法に我が国への入出国を繰り返していたことも判明しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激派組織のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。

これらの事情に鑑みれば、我が国に対するテロの脅威は現実のものとなっているといえる。

注:同人は、国際連合安全保障理事会アル・カーイダ制裁委員会から、制裁対象として指定されている。

 
バングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件(写真:読売新聞/アフロ)
バングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件(写真:読売新聞/アフロ)

(3)日本赤軍・「よど号」グループ

① 日本赤軍

日本赤軍は、平成13年4月、最高幹部・重信房子(注)が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、いまだに、過去に引き起こした数々のテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、「解散」はテロ組織としての本質の隠蔽を狙った形だけのものに過ぎず、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。

警察では、国内外の関係機関と連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

注:12年11月に潜伏先の大阪府内で逮捕され、22年8月、懲役20年の刑が確定した。

② 「よど号」グループ

昭和45年3月31日、故田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられており(注)、このうち3人に対し、日本人を拉致した容疑で逮捕状が発せられている。

警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。

注:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

 
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ
国際手配中の日本赤軍と「よど号」グループ

(4)北朝鮮

① 北朝鮮による拉致容疑事案
ア 拉致容疑事案等の捜査・調査状況

警察では、平成29年末現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断している。このうち、北朝鮮工作員等拉致に関与したとして8件に係る11人について逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。

また、これらの事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関と緊密な連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査や調査を進めている。

注:警察が把握している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない者は、30年5月末現在、883人である。

イ 日朝協議

26年5月にスウェーデン・ストックホルムで開催された日朝政府間協議において、北朝鮮が、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査を行うことで合意(以下「ストックホルム合意」という。)し、同年7月、北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始したことから、日本政府は、同月、日本が独自に講じている対北朝鮮措置の一部を解除した。

しかし、その後拉致問題に何ら進展がない中、北朝鮮は、平成28年(2016年)1月に核実験を行ったほか、同年2月には弾道ミサイルの発射を強行した。こうした状況を踏まえ、日本政府は、同月、26年7月に一部解除した対北朝鮮措置の内容を含む独自の対北朝鮮措置の実施を決定したが、これに対し北朝鮮は、ストックホルム合意に基づく調査の全面的中止及び特別調査委員会の解体を表明し、その後も核実験や弾道ミサイルの発射等の挑発行動を繰り返した。

日本政府は、北朝鮮に対し、ストックホルム合意の履行を一貫して求めているものの、現在までのところ、拉致被害者等の帰国は実現していない。

ウ 拉致の目的

北朝鮮の故金正日(キムジョンイル)国防委員長は、14年9月に行われた日朝首脳会談において、日本人拉致の目的について、「一つ目は、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、二つ目は、他人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と説明した。また、「よど号」事件犯人の元妻は、故金日成(キムイルソン)主席から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」との教示を受けた故田宮高麿から、日本人獲得を指示された旨を証言している。

これらを含め、諸情報を分析すると、拉致の主要な目的は、北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞うことができるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して、拉致した者になりすまして活動できるようにすることなどであるとみられる。

エ 拉致容疑事案等に関する取組

警察では、拉致容疑事案等に対する的確な捜査等を推進しているところであり、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案の真相を解明するために警察庁に設置されている特別指導班が、都道府県警察を巡回・招致して、捜査・調査を担当する職員への具体的な指導や同事案の実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。また、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が出てきた場合に、本人確認に役立ち得るなどの観点から、家族の意向等を勘案しつつ、積極的にDNA型鑑定資料の採取を実施しているほか、広く国民から情報提供を求めるため、家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察のウェブサイトに掲載している。

警察では、今後とも、拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図り、関連情報の収集、捜査・調査に取り組むこととしている。

 
図表6-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
図表6-2 日本人が被害者である拉致容疑事案(12件17人)
 
図表6-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
図表6-3 日本人以外が被害者である拉致容疑事案(1件2人)
 
図表6-4 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
図表6-4 国際手配被疑者(拉致容疑事案関係)
② 北朝鮮による主なテロ事件

北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。中でも、昭和62年(1987年)に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により敢行された。



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