第4章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮による対日諸工作

平成22年3月、韓国海軍哨(しょう)戒艦が北朝鮮の魚雷攻撃で沈没し、朝鮮半島をめぐる情勢は一気に緊迫化した。また、同年4月及び10月には、脱北者に偽装した北朝鮮工作員が、黄長燁(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記の暗殺を企図して韓国に入国し、相次いで韓国当局に逮捕されるなど、北朝鮮は依然として暴力的な工作を継続していることが明らかとなった。

こうした中、同年9月、北朝鮮は、健康に不安を抱える金正日国防委員長の三男である金正恩(キムジョンウン)氏に対し、朝鮮人民軍大将の称号を授与するとともに、同氏を朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長に選出するなど、体制の移行に向けた動きを表面化させた。

また、同年10月の朝鮮労働党創建65周年記念式典では、3年半ぶりに正規軍による軍事パレードを実施し、弾道ミサイルとみられる兵器を登場させ、朝鮮労働党の「先軍政治」を誇示するとともに、内外のメディアを通じて、ひな壇で参観する金正恩氏の存在をアピールした。

さらに、同年11月、北朝鮮は、ウラン濃縮施設の稼働を自ら認めたほか、同月23日には、韓国・延坪島(ヨンピョンド)に対する砲撃事件を敢行し、民間人を含む複数の者を死傷させるなど、情勢を更に緊迫化させた。

朝鮮労働党創建65周年の記念式典(時事)

朝鮮労働党創建65周年の記念式典(時事)

北朝鮮からの砲撃を受け煙を上げる延坪島(時事)

北朝鮮からの砲撃を受け煙を上げる延坪島(時事)

<1> 我が国に対する牽制等

22年中、北朝鮮は、日朝関係改善のためには、我が国の「過去の清算」の先行が必要である旨の主張を繰り返すなど、日朝関係が進展しない責任を我が国に転嫁することを企図した宣伝工作を展開した。特に、北朝鮮は、日韓併合100年を捉え、我が国に対して謝罪と補償を執拗(よう)に要求し、同年8月に発表された「内閣総理大臣談話」に対しては、韓国に対してのみ過去の反省や謝罪を表明したとして、我が国を非難した。

また、北朝鮮は、同年6月、国際連合安全保障理事会決議第千八百七十四号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法の成立に際し、「共和国の自主権と尊厳を甚だしく蹂躙(じゅうりん)した許し難い罪悪」と強い反発を示したほか、同年7月の同法の施行に際しては、「日本が公海上で我が方の船舶を少しでも挑発するなら、即時、我が軍隊の無慈悲な報復打撃を免れない」と警告するなど、我が国の動きを強く牽制した。

<2> 各界関係者に対する働き掛け等

朝鮮総聯(れん)(注1)は、朝鮮総聯、傘下団体等が主催する各種行事に国会議員、地方議員、著名人等を招待し、北朝鮮に対する理解、朝鮮総聯の活動に対する支援等を働き掛ける一方、北朝鮮に不利となる記事を掲載したマスコミに対する抗議を展開するなど、我が国の各界各層に対して硬軟織り交ぜた諸工作を展開している。

こうした中、22年5月22、23日、朝鮮総聯は、第22回全体大会を開催した。同大会では、許宗萬(ホジョンマン)朝鮮総聯中央責任副議長が、「敬愛する将軍の領導の偉大性と不滅の業績に対する対外宣伝事業を展開して、日本各界の親朝人士達を固め、増やしました」と述べるなど、朝鮮総聯の北朝鮮に対する従属性を改めて明らかにしたほか、対日諸工作の成果を誇示した。

警察では、北朝鮮や朝鮮総聯による諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。また、警察では、対北朝鮮措置に関係する違法行為に対しても徹底した取締りに努めており、22年中には、対北朝鮮措置に係る違法行為(大量破壊兵器関連物資等(注2)に関する事件を除く。)を5件検挙した。

なお、22年5月には、閣議において、第三国を経由した北朝鮮との迂(う)回輸出入等を防ぐため、関係機関間の連携を一層緊密にし、更に厳格な対応を求める旨の総理指示が伝えられている。

朝鮮総聯第22回全体大会(時事)

朝鮮総聯第22回全体大会(時事)

注1:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

注2:4章2節2項 参照

事例

貿易会社社長(63)は、同社役員(55)と共謀の上、18年11月15日から北朝鮮を仕向地とした奢侈(しゃし)品の輸出禁止措置がとられていたにもかかわらず、21年5月、奢侈品に該当する化粧品(総額約50万円相当)を含む貨物を経済産業大臣の承認を受けないまま、中国の大連を経由して北朝鮮に輸出した。22年6月、社長ら2人を外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)違反(無承認輸出)で逮捕した(山口・兵庫)。

(2)中国による対日諸工作

平成22年、中国では、上海国際博覧会等の国家的行事が行われた一方で、国民の権利意識の高まりに起因するとみられる労働争議が全国に拡大したほか、地方政府の債務急増を含む経済問題、少数民族問題等、中国共産党や政府にとって深刻な問題が顕在化した。

同年9月7日、尖閣諸島周辺の領海内で、中国漁船が海上保安庁石垣海上保安部所属の巡視船に衝突する事件が発生したが、中国は、本件をめぐり、我が国に対し一貫して強硬な姿勢を示した。同月18日、北京の日本国大使館前を始めとする中国国内外の各地で、尖閣諸島の領有権を主張する中国人が我が国に対する抗議活動を行ったほか、同年10月には、四川省成都市、湖南省武漢市、重慶市等の内陸部の都市で数十人から数万人規模の反日デモが発生した。

中国は、我が国において、先端科学技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、長期間にわたって、巧妙かつ多様な手段で情報収集活動を行っている。

警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、こうした諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

最近では、19年3月、愛知県警察において、自動車部品メーカーに勤務する中国人技術者を、大量の電子設計図データを不正に持ち出したとして、横領罪で逮捕した。

尖閣諸島をめぐる日本への抗議デモ(中国・重慶)(AP/アフロ)

尖閣諸島をめぐる日本への抗議デモ(中国・重慶)(AP/アフロ)

(3)ロシアによる対日諸工作

メドヴェージェフ大統領は、平成21年11月の年次教書演説において、資源輸出と外国製品輸入に依存した経済体質から決別し、国家の全面的な近代化を図ることを最重要課題に掲げ、内政面では、天然資源の輸出依存型から製造業の確立を目指す経済改革等を進め、外交面では、経済の近代化と長期的発展を目的に、欧米諸国とのパートナー関係の拡大に取り組んでいる。

一方、我が国との関係では、22年11月1日、メドヴェージェフ大統領が北方領土の国後島を訪問したほか、APEC の際の日ロ首脳会談でも、改めて、北方領土を「ロシアの領土」と主張するなど、北方領土問題をめぐって強硬な姿勢を示している。

メドヴェージェフ大統領は、同年12月、「対外情報庁創設90周年」の祝賀会において、「情報機関は、最も重要な政府機関の一つ」と述べたほか、プーチン首相も、同月、報道機関のインタビューにおいて、対外情報庁を「他の諸国家との関係構築において正しい決定を行うための重要な要素の一つ」と位置付け、その任務として、科学技術、政治、安全保障等における諜報の重要性を強調した。

これまでに、ロシア情報機関員は、我が国において違法な情報収集活動を繰り返し行っており、最近では、17年、18年及び20年と違法行為の摘発が続いている。

警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、こうした諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

北方領土・国後島で、ソ連時代の砲台前を歩くメドヴェージェフ・ロシア大統領(時事)

北方領土・国後島で、ソ連時代の砲台前を歩くメドヴェージェフ・ロシア大統領(時事)

図4―8 最近のスパイ事件


第2節 外事情勢と諸対策

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