第5章 公安の維持と災害対策

2 国際テロ対策

(1)テロの未然防止に関する法整備に向けた検討の推進
 平成16年8月、警察庁は、厳しさを増す国際テロ情勢を踏まえ、テロの未然防止と発生時の対処について、当面講ずべき諸対策を「テロ対策推進要綱」として取りまとめた。テロ対策に万全を期するためには、警察と関係機関や国民が協力して対策を講ずる必要があるため、本要綱には、警察が独自に行う対策だけでなく、幅広い分野にわたる対策が盛り込まれている。
 また、同年12月、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において、「テロの未然防止に関する行動計画」が策定された。この計画には、我が国がテロ対策の「ループホール(抜け穴)」とならないよう、主要諸外国が採用しているテロの未然防止に有効と考えられる諸施策を参考として「今後速やかに講ずべきテロの未然防止対策」16項目が盛り込まれ、それぞれについて実施省庁と実施時期が明記された。このうち、18年度までに措置を講ずることとされた金融活動作業部会(FATF)(注)勧告実施のための取組みについては、17年11月、同推進本部において、警察庁が法律案を作成し、19年の通常国会に提出することなどが決定された。

注:Financial Action Task Force


 さらに、18年3月、「行動計画」に基づき、上陸審査時に特別永住者等を除く外国人に指紋等の個人識別情報の提供を義務付けることなどを内容とする出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案(以下「入管法改正案」という。)及び生物テロに使用されるおそれのある病原体等の管理体制の確立を図ることなどを内容とする感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律案が閣議決定され、第164回国会に提出され、このうち入管法改正案は、同年5月に成立した。
 なお、テロ対策の要諦は未然防止にあり、その重要性に対する国民の認識・理解を深め、その対策の推進に資するため、テロの未然防止対策に係る基本方針等に関する法制を整備することが必要である。警察庁は、関係機関と連携を図りながら、諸外国の法制の整理や有識者との意見交換を行うなど法制の整備に必要な検討を行っている。
 
 図5-1 今後速やかに講ずべきテロの未然防止対策等 ~「行動計画」第3及び第4の骨子~
図5-1 今後速やかに講ずべきテロの未然防止対策等 ~「行動計画」第3及び第4の骨子~

(2)テロの未然防止対策の推進
〔1〕 情報収集と捜査の徹底等
 テロを未然に防止するためには、とりわけ、幅広い情報を収集し、それを的確に分析することが不可欠である。また、テロは極めて秘匿性の高い行為であり、収集される関連情報のほとんどは断片的なものであることから、情報の蓄積と総合的な分析が求められる。
 警察では、米国における同時多発テロ事件以降、外国治安情報機関等との連携を緊密化させるなど、テロ関連情報の収集・分析活動を強化している。平成16年4月には、警察庁警備局に外事情報部を設置するとともに、従前外事課に置かれていた国際テロ対策室を国際テロリズム対策課に発展的に改組し、さらに17年4月には、同課に国際テロリズム情報官を設置した。
 また、過去に「アル・カーイダ」関係者が不法に入出国を繰り返し、国内に潜伏していたことが判明しており、警察では、徹底した捜査を推進している。

〔2〕 水際対策の強化
 周囲を海に囲まれた我が国で、テロリストの入国を防ぐためには、国際空港・港湾で、出入国審査、輸出入貨物の検査等の水際対策を的確に推進することが重要である。国際空港・港湾では、警察、税関、入国管理局、海上保安庁等の様々な機関が水際対策に携わっており、これらの連携をより緊密なものとするため、政府は、内閣官房に空港・港湾水際危機管理チームを設置するとともに、国際空港に空港危機管理官又は空港危機管理担当官を、国際港湾に港湾危機管理官又は港湾危機管理担当官を置き、これらの者を中心に関係機関が連携を図りつつ、不法に入国を図ろうとするテロリストの検挙や不審物の処理を想定した訓練を実施するなど、水際対策の強化に努めている。
 なお、空港危機管理官、空港危機管理担当官、一部の港湾危機管理担当官に、都道府県警察の警察官が充てられている。
 また、テロリスト等の入国を防ぐためには、顔情報、虹彩、指紋等のバイオメトリクス(生体情報)を活用することが有効である。このため、16年6月、犯罪対策閣僚会議幹事会の下に設置されたワーキングチームでの検討を踏まえて、関係省庁が連携し、バイオメトリクスを活用した出入国管理を推進するため、制度の在り方や技術の高度化等に関する検討を行っている。これらを踏まえ、上陸審査時に特別永住者等を除く外国人に指紋等の個人識別情報の提供を義務付けることなどを内容とする入管法改正案が、18年5月、第164回国会において成立した。
 
 図5-2 空港・港湾における水際対策・危機管理体制の強化
図5-2 空港・港湾における水際対策・危機管理体制の強化

〔3〕 重要施設の警戒警備
 警察では、関連情報の収集・分析を行い、情勢に応じた警備計画を立案の上、組織の総合力を発揮して、効果的かつ効率的な警戒警備を実施している。
 2001年(13年)9月の米国における同時多発テロ事件以降、厳しい国際テロ情勢を踏まえ、総理大臣官邸、空港、米国関連施設等の警戒警備を強化している。16年2月の陸上自衛隊本隊のイラク派遣に当たっては、重要施設の警戒警備を更に強化し、2004年(16年)3月のスペイン・マドリードにおける同時多発列車爆破テロ事件や2005年(17年)7月の英国・ロンドンにおける同時多発テロ事件が発生した際には、新幹線を始めとする鉄道の駅の警戒警備を強化するなど、情勢に応じた的確な警戒警備を実施している。
 
 新幹線駅構内における警戒状況
写真 新幹線構内における警戒状況

(3)テロへの対処態勢の強化
〔1〕 特殊部隊(SAT)、銃器対策部隊の充実強化
 特殊部隊(SAT)(注1)は、8都道府県警察(北海道、警視庁、千葉、神奈川、愛知、大阪、福岡、沖縄)に設置されており、ハイジャック、重要施設占拠事案等の重大テロ事件、銃器等武器を使用した事件等に出動し、被害者や関係者の安全を確保しつつ、事態を鎮圧して、被疑者を検挙することを主たる任務としている。主な装備として、ライフル銃、自動小銃、特殊閃光弾、ヘリコプター等を保有している。
 銃器対策部隊は、全国の機動隊に設置されており、銃器等を使用した事案への対処を主たる任務とし、原子力発電所等の重要施設の警戒警備にも当たっている。また、重大事案発生時には、SATが到着するまでの第一次的な対応に当たるとともに、SATの到着後は、その支援に当たることを任務としている。主な装備として、サブマシンガン、ライフル銃、防弾衣、防弾帽、防弾盾、通常の警備車より装甲を強化した特型警備車等を保有している。

注1:Special Assault Team


〔2〕 NBCテロ対応専門部隊等の充実強化
 NBCテロ対応専門部隊は、9都道府県警察(北海道、宮城、警視庁、千葉、神奈川、愛知、大阪、広島、福岡)に設置されており、NBCテロ(注2)が発生した場合に、迅速に現場に臨場して、関係機関と連携を図りながら、原因物質の検知・除去、被害者の救出救助、避難誘導等に当たることを任務としている。主な装備として、NBCテロ対策車、化学防護服、生化学防護服、生物・化学剤検知器等を保有している。
 さらに、NBCテロ対応専門部隊が設置されていない府県警察においても、現場における初動対処が可能となるよう、NBCテロ対策班が設置されている。

注2:N(Nuclear:核)、B(Biological:生物)、C(Chemical:化学)物質を使用したテロ


〔3〕 スカイ・マーシャルの運用
 スカイ・マーシャルとは、ハイジャックの発生等に備えて、警察官が、航空機に警乗する制度又はそのような任務により警乗する者をいう。米国における同時多発テロ事件以降、航空機がハイジャックされて自爆テロに用いられないようにするため、諸外国では、地上における航空保安対策の強化に加え、この制度の導入が進んでいる。
 警察では、ハイジャック対策を強化するため、国土交通省等の関係省庁や航空会社と緊密に連携して、平成16年12月からスカイ・マーシャルを運用している。

〔4〕 国際テロリズム緊急展開班(TRT-2)の派遣
 警察庁では、1996年(8年)の在ペルー日本国大使公邸占拠事件の教訓を踏まえ、国際テロ緊急展開チーム(TRT)(注1)を設置し、国外で邦人や我が国の権益に関係する重大テロ事件が発生した際に、このチームを派遣し、現地治安機関と緊密に連携しつつ、情報収集や人質交渉等の捜査活動支援を行ってきた。
 2002年(14年)10月のインドネシアのバリ島における爆弾テロ事件では、同国の治安機関から我が国に対する支援要請に基づき、DNA型鑑定の専門家をTRTの一員として現地に派遣した。こうした支援要請には様々なものがあることから、16年8月、従来のTRTを発展的に改組し、現地治安機関に対してより広範囲の支援活動を行う能力をもつ国際テロリズム緊急展開班(TRT-2)(注2)を発足させた。
 TRT-2は、2004年(16年)9月のインドネシア・ジャカルタにおけるオーストラリア大使館前爆弾テロ事件、同年10月のイラクにおける邦人人質殺害事件のほか、2005年(17年)10月のインドネシア・バリ島における同時多発テロ事件に際し派遣された。

注1:Terrorism Response Team
 2:Terrorism Response Team-Tactical Wing for Overseas


 
 表5-4 TRT及びTRT-2の派遣状況
表5-4 TRT及びTRT-2の派遣状況

〔5〕 関係省庁との協力
 警察では、テロ対策に関し、平素から関係省庁との連携を図っている。
 特に、防衛庁・自衛隊とは、事案発生時には、装備資機材を相互に貸与するなど、十分な連携の下で事態に対処することとしている。また、17年7月までに、すべての都道府県警察とこれに対応する陸上自衛隊の師団等の間で、武装工作員等事案を想定した自衛隊の治安出動に際しての連携等に関する共同図上訓練を実施した。16年9月、警察庁と防衛庁は、それまでの共同図上訓練の成果等を踏まえ、「治安出動の際における武装工作員等事案への共同対処のための指針」を作成した。また、17年10月、北海道警察と陸上自衛隊北部方面隊は、共同図上訓練と同様の想定の下、初の共同実動訓練を実施し、パトカーやヘリコプター等を使用した部隊輸送、現地共同調整所設置、共同検問等の訓練を行った。
 海上保安庁とは、米国における同時多発テロ事件以降、連携して原子力発電所の警戒警備に当たっており、同年7月までに、原子力発電所が設置されているすべての道県において、不審船の接近を想定した共同訓練を実施した。
 
 自衛隊との共同実動訓練
写真 自衛隊との共同実動訓練

〔6〕 国際的連携の強化(第6章第15項(280頁)参照)
ア 国際会議への参画
  国際テロ対策は、世界各国の連携・協力が必要であるとの観点から、国際連合や主要国首脳会議(サミット)を始め、様々な国際会議で活発に討議されている。2005年(17年)6月に英国で開催されたG8司法内務閣僚会合には警察庁次長が、同年11月にベトナムで開催された国境を越える犯罪に関するASEAN+3閣僚会議には国家公安委員会委員長が出席し、国際テロ対策について各国との連携、協力関係の構築に努めている。

イ テロ資金対策
  我が国は、国際連合安全保障理事会決議第1373号等で求められているテロリスト等の資産凍結にも積極的に取り組んでおり、警察庁は、機動的な資産凍結実施のために設置されたテロリスト等に対する資産凍結等に係る関係省庁連絡会議に参加している。18年6月現在、我が国では、511のテロに関連する個人及び団体を資産凍結対象としている。

〔7〕 国際協力の推進(第6章第15項(280頁)参照)
 警察庁は、テロ事件の捜査技術を提供するため、独立行政法人国際協力機構(JICA)との共催により、開発途上国のテロ対策担当者を招致し、国際テロ事件捜査セミナーを開催している。また、テロ対策に関する地域協力を推進するため、東南アジア諸国等からテロ対策担当者を招き、地域テロ対策協議を開催している。

〔8〕 海外における邦人の安全対策
 近年、世界各地で宗教問題や民族問題を背景としたテロが多発しており、日本企業の海外展開の拡大や国民の海外旅行の増加に伴い、邦人が海外でテロに巻き込まれる危険性が高まっている。また、我が国が、政治、経済等の面で国際的に重要な役割を果たすようになったことに伴い、日本権益を標的としたテロ、誘拐、襲撃事件等も発生している。
 警察庁は、平素から専門知識を持つ職員を海外に派遣し、外国治安情報機関等との情報交換を行うなど積極的に情報収集活動を行い、国際テロ組織や国際テロリストの動向把握に努め、情報を随時関係機関等に提供するなど、海外における邦人の安全対策に貢献している。また、職員を海外安全対策会議(注)にパネリストとして派遣し、国際テロ情勢や在外邦人が講ずべき安全対策等を教示している。

注:(財)公共政策調査会等が、平成5年以降、毎年1回、海外主要都市で在外邦人の安全対策のために開催する会議


 
海外安全対策会議
写真 海外安全対策会議

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