第1章 世界一安全な道路交通を目指して 

第2節 交通警察活動の現状

(1) 警察による交通安全対策の全体構造
 交通事故は、「車」や「道路」に潜む危険性が、車の運転者、歩行者といった「人」の危険な行動をきっかけに現実のものとなることによって発生する。
 これに対し、交通安全対策は、交通事故発生の要因となる「車」、「道路」、「人」の3つの要素に着目し、このうち「人」については、「交通管理・交通工学的手法(Engineering)」、「法の執行(Enforcement)」、「教育(Education)」の「3E」と呼ばれる手段を組み合わせて実施される。
 これらは、単一の者により実施されるのではなく、適切な役割分担の下、様々な行政機関、民間団体、事業者等により実施されるが、そのうち警察による交通安全対策は、交通事故の要因となる3つの要素の中で、交通事故発生のきっかけとなる「人」の危険な行動を防止することを主眼としたものである。
 「人」の危険な行動を防止するためには、「人」の行動が適正で妥当なものとなるよう制限・誘導しなければならないことから、道路交通の場における行動の規範を定めて示すとともに、違反に対して罰則等の制裁を課することにより、その遵守を図る必要がある。また、特に車の運転者については、違反を繰り返す者や、そもそも運転に必要な知識、技能、適性を有しない者を、道路交通に参加させないこと、既に参加している場合には排除することが重要である。そこで、「規範の設定」、「制裁による規範遵守の確保」、「危険性の高い者の排除」という相互に連動する措置を一貫性をもって推進することが求められる。
 他方で、「人」の危険な行動を防止するためには、自ら進んで規範を守るなど、自律的に安全な行動をとることのできる「人」を育成することも不可欠である。そこで、車の運転者となるための条件として一定の教育を受けることを義務付けるなどの措置を、「人」の行動の制限・誘導と一体的に運用することが効果的である。
 このような考え方に立ち、我が国では、法令の定めるところにより、警察が一貫性をもって、「人」の行動を制限・誘導する観点から、強制力を有する
 [1] 信号機及び道路標識・標示(交通安全施設等)による交通規制という形での規範の設定
 [2] 設定した規範に違反した者を制裁するための交通指導取締り
 [3] 危険な運転者を道路交通の場から排除するための運転免許試験や運転免許の行政処分
を実施するとともに、強制力を有しない
 [4] 渋滞情報、交通規制情報その他の交通情報の提供
等を推進することにより、安全な運転行動を促すこととされている。また、同じく警察が、安全運転を励行する「人」を育成する観点から、
 [5] 運転免許試験や運転免許の更新、行政処分等と制度的に組み合わされた運転者教育等の各種交通安全教育
を実施することとされている。

 
図1-21 警察による交通安全対策の全体構造

図1-21 警察による交通安全対策の全体構造

 
(2) 交通警察活動のねらい
 [1] 交通指導取締り
  ア 交通事故防止上の有効性
 交通指導取締りは、交通違反の取締り権限を背景に運転者や歩行者に交通ルールを守らせる、有効な交通事故防止手段である。
 例えば、山口県警察の調査によると、平成12年以降、同県において、飲酒運転、最高速度違反及び交差点関連違反(信号無視、横断歩行者妨害、一時停止違反)を重点として取締りを強化した結果、16年までに、これらの違反を原因とする交通事故死者数が55.6%減少し、さらに、交通事故死者の総数も33.3%減少するという効果が認められた。

 
図1-22 山口県における重点違反の取締り件数と交通事故死者数の推移(平成12~16年)

図1-22 山口県における重点違反の取締り件数と交通事故死者数の推移(平成12~16年)
Excel形式のファイルはこちら


 また、全国における年間の交通違反取締り件数と交通事故死者数の関係をみると、取締り件数が増加している時期には死者数が減少し、逆に取締り件数が減少している時期には死者数が増加するという、一定の相関関係が認められる。

 
図1-23 取締り件数と死者数の関係(昭和41~平成16年)

図1-23 取締り件数と死者数の関係(昭和41~平成16年)
Excel形式のファイルはこちら


  イ 交通指導取締りの基本的考え方
 交通指導取締りは、取締権限を有する警察が監視・指導を行うことで交通違反を防止するとともに、交通違反が行われた場合には、取締権限を行使して罰則等の制裁を課することにより、交通ルールを遵守させるものである。
 交通指導取締りを行うに当たっては、交通事故の発生状況、交通量等の地域の実態や国民の要望を踏まえ、白バイ、パトカー、制服警察官が運転者や歩行者の目に見えるようにパトロールを行うことで交通違反の未然防止に努めるとともに、悪質で危険性や迷惑性の高い違反に重点を置いた取締りを推進している。

 
コラム1 平成16年の道路交通法改正による暴走族対策の強化〔同年11月から施行〕
 [1] 共同危険行為等禁止規定の見直し
 共同危険行為等の禁止規定違反が成立するためには、集団暴走行為により実際に危険に遭ったり、迷惑を被ったりした者の供述が必要であったため、現行犯逮捕ができないなど取締り上の支障が生じていたことから、そうした実際の被害の有無にかかわらず、違反が成立することとされた。

 [2] 騒音運転等に対する罰則規定の見直し
 従来、罰則が設けられていなかった急発進、急加速、空ぶかしといった騒音運転等の禁止の規定違反について、5万円以下の罰金が設けられた。

 [3] 消音器不備に対する罰則の引上げ
 消音器不備の規定違反の罰則が、2万円以下の罰金又は科料から5万円以下の罰金に引き上げられた。

 
コラム2 平成16年の道路交通法改正による新たな駐車対策法制〔18年6月までに施行予定〕
 [1] 放置車両についての使用者責任の拡充
 運転者が車両から離れている放置駐車違反は、違反者の特定が困難であることが多く、取締りに支障が生じていた。そこで、車両の使用者(通常、車検証上の使用者であり、多くの場合は所有者と一致する。)の責任が強化され、放置駐車違反について、運転者による反則金の納付、運転者に対する公訴提起等があった場合を除いて、都道府県公安委員会は、車両の使用者に放置違反金の納付を命ずることができるようになった。
 [2] 違法駐車取締り関係事務の民間委託の推進
 駐車違反取締りの現状をみると、大量の違反がある割に、取締り件数が少なく、違法駐車を防止する上で不十分であるほか、取締りの公平感を損なっている。その一方で、現在の厳しい治安情勢の下では、駐車違反取締りに充てることのできる警察力には限界がある。そこで、警察署長は、違反事実の確認と標章の取付けに関する事務を、都道府県公安委員会の登録を受けた民間法人に委託できるようになった。

 
違法駐車
違法駐車

 [2] 交通規制の実施・交通安全施設等の整備
  ア 交通事故防止上の有効性 
 交通規制の実施や信号機、道路標識を始めとする交通安全施設等の整備は、交通人身事故が、信号機を1基新設すると約72%減少し、道路標識を高輝度のものにすると約74%減少する効果が認められるなど、有効な交通事故防止手段である。

 
表1-1 交通安全施設等の交通事故防止効果

表1-1 交通安全施設等の交通事故防止効果
Excel形式のファイルはこちら


  イ 交通規制の実施・交通安全施設等の整備の基本的考え方
 交通規制の実施・交通安全施設等の整備は、車両と歩行者の衝突や車両同士の衝突を防ぐために、同方向の通行、対面する通行、交差する通行を信号機や道路標識・標示を用いて適切に分離し、分離できない場合には交通ルールを定めることにより車両や歩行者の動きを整序し、また、衝突等の危険を少なくするため車両の速度を制御し、車両の通行すべき場所等を明示するなどして、運転者や歩行者が安全に通行できるような環境を整えることにより、交通の秩序を確立しようとするものである。
 交通規制は、交通指導取締りという強制力をもってその実効性を担保しているが、望ましいのは、道路利用者が規範の必要性・重要性を理解し、自主的に遵守するようになることである。このため、警察では、交通事故の発生状況等に応じて既存の交通規制を見直すなど、規制内容をより合理的なものにするよう努めるとともに、その見直しに当たっては、国民の意見を積極的に反映させている。
 また、交通安全施設等の整備に当たっては、道路管理者が整備する交通安全施設等と効果的に組み合わせることで、より高い効果が発揮されるようにしている。例えば、事故発生率が高い箇所を「事故危険箇所」に指定し、信号機の設置等の警察の施策と、交差点改良等の道路管理者の施策を集中的に実施し、事故の抑止を図っている。

 
図1-24 事故危険箇所対策のイメージ図

図1-24 事故危険箇所対策のイメージ図

 [3] 交通安全教育
  ア 交通事故防止上の有効性
 交通安全教育は、運転者や歩行者に自らの意思に基づく安全な運転行動を促す、有効な交通事故防止手段である。
 例えば、愛媛県警察の調査によると、同県において、15年9月から16年2月にかけて全高齢人口の9.1%に当たる3万人強の高齢者の自宅を訪問し、個別に交通安全指導を行った結果、訪問指導を受けた高齢者を受けていない高齢者と単位人数当たりで比較すると、その関与した交通事故件数が6割以上少ないという効果が認められた。

 
図1-25 自宅訪問による交通安全指導の有無別の高齢者1万人当たりの事故件数

図1-25 自宅訪問による交通安全指導の有無別の高齢者1万人当たりの事故件数
Excel形式のファイルはこちら


 また、運転者に対する交通安全教育も、高い交通事故防止効果が期待でき、内容の良否で効果に大きな差が生じる。東京都にある年間の卒業者数が2,000人以上の指定自動車教習所を調査したところ、14年中の卒業者が運転免許取得後1年間に事故を起こした率は、最も高い教習所で1.95%と、最も低い教習所の3.8倍となっており、教習所の取組みいかんで教習の事故防止効果に大きな差が生じることが示されている。

コラム3 民間の交通安全活動
 交通安全教育は、警察や市区町村等の行政機関のほか、民間団体が果たす役割も非常に大きい。
 社団法人日本自動車工業会、財団法人全日本交通安全協会、社団法人日本自動車連盟は、3年から、三者共催による実技講習会を全国で開催している。一般運転者を対象に、車の特性や性能の限界を理解させ、実践的な安全運転技術の向上を図る「セーフティ・トレーニング」と、50歳以上の運転者を対象に、身体能力の変化に応じた安全運転について実践的な教育を行う「シニア・ドライバーズスクール」の2種類があり、16年度は、全国42の都道府県で、前者を37回、後者を21回開催した。

 
自動車の死角についての講習
自動車の死角についての講習

  イ 交通安全教育の基本的考え方
 交通安全教育は、運転者、歩行者という「人」の危険な行動が交通事故の主な原因となっていることに着目し、道路利用者に必要な知識及び技能を習得させることにより、道路交通の場で自主的に安全な行動をとるように促すものである。
 交通安全教育を行うに当たっては、受講者の習得意欲や理解度を高めるため、年齢その他の受講者の特性に応じた内容とし、参加・体験・実践型の手法を用いるなど、効果的かつ適切なものとなるように努めている。

事例
 兵庫県警察では、13年から、スクリーンに投影された自動車の映像を見ながら、道路に見立てたマットの上を歩き、道路での危険を擬似体験できるシステムを活用し、高齢歩行者を対象とした体験型の交通安全教育を実施している。このシステムを用いた交通安全教育は、16年度は22の道府県警察で実施された。

 
高齢歩行者に対する交通安全教育
高齢歩行者に対する交通安全教育

 [4] 運転者対策
  ア 交通事故防止上の有効性
 運転者対策とは、運転免許試験、運転免許の取消し等の行政処分、運転者教育等をいい、交通事故防止に大きな効果のある手段である。
 例えば、14年に、飲酒運転を始めとする悪質・危険な違反行為に付する点数を引き上げるなど行政処分を強化したが、施行前後の1年間を比較すると、運転免許の取消し処分件数が65.3%、90日以上の停止処分件数が35.7%増加する一方、飲酒運転を伴う死亡事故件数が30.0%減少した。

  イ 運転者対策の基本的考え方
 交通事故の多くは運転者に起因するものであり、その交通事故防止のためには運転者に着目した対策を行う必要がある。中でも、危険性の高い運転者を道路交通の場から早期に排除することが重要であり、例えば、運転免許の行政処分は、違反行為の危険性の程度に応じて付された点数の合計だけでなく、過去に受けた停止処分の回数等に応じて行っている。
 また、安全運転に対する意識を高めるための働き掛けを、数千万人の免許保有者に対して漏れなく、かつ、定期的に実施することが重要であり、このため、運転免許の取得時や更新時に講習の受講を義務付けるなどの制度が整備されており、また、多くの運転者が教育を受けている指定自動車教習所の役割を重視し、その教習水準の向上を図っている。

 
コラム4 中型免許の新設
 貨物自動車は、乗用自動車より保有台数及び走行距離当たりの死亡事故件数が多い。また、現行では、普通免許で車両総重量8トン未満の自動車を運転することができるが、保有台数当たりの死亡事故件数は、車両総重量5トン以上8トン未満の自動車が多い。その背景には、貨物自動車の大型化に運転者の知識や技能が追い付いていないことがある。
 そこで、16年の道路交通法の改正では、自動車の種類として中型自動車(車両総重量5トン以上11トン未満)が新設され、中型免許が新たに設けられた(19年6月までに施行)。中型免許の受験資格は20歳以上で経験が2年以上あること、大型免許の受験資格は21歳以上で経験が3年以上あることとされた。
 なお、現行の免許保有者は、引き続き施行前と同じ範囲の自動車を運転できる。普通免許を受けている者は、車両総重量8トンまでの限定が付された中型免許を受けているものとみなされる。

コラム5 社会参加活動を体験する違反者講習
 違反者講習は、比較的軽微な違反行為を繰り返してその点数が一定の基準に達した者を対象に実施しており、16年中は22万5,491人が受講した。交通安全の重要性を再認識できるよう、受講者の選択により、実車や運転シミュレーターを用いた講習に代えて、歩行者の誘導、交通安全に関するチラシの配布やポスターの作成、カーブミラーの清掃、放置自転車の整理等の社会参加活動を体験することとされている。

 
(3) 交通警察活動に対する国民の意識
 警察庁では、平成17年2月、運転免許を受けている全国の満16歳以上の男女3,382人を対象に、交通警察活動に関する意識調査(注)を行った。


注:5ページの意識調査と同一の機会に行ったもの

 まず、交通警察の諸活動について、どのような印象を持っているかと質問したところ、「交通事故の処理・ひき逃げ事件等の捜査」、「交通安全教育」といった項目については、約半数が「好感が持てる」、「やや好感が持てる」と答えている。これに対し、「交通違反取締り」については、「印象が悪い」、「やや印象が悪い」と答えた者の割合が比較的高く、30.7%に上っている。その理由としては、「取り締まりやすい場所で取り締まっている」、「自分だけ取締りを受けた」など、取締りが公平でないとする回答が目立った。

 
図1-26 交通警察の活動についてどのような印象を持っているか

図1-26 交通警察の活動についてどのような印象を持っているか
Excel形式のファイルはこちら


 次に、交通警察の諸活動について、今後どうしていくべきかと質問したところ、調査票に示したいずれの活動についても、「控えるべき」、「もう少し控えるべき」と答えた者はほとんどおらず、国民の大半が、交通警察活動全般について、交通事故を防止していくために重要なものであると認識していることが分かる。
 印象が悪いとの回答が多い「交通違反取締り」についても、62.5%が活動の強化を求めており、また、序節(3)で紹介したように、「悪質違反者の検挙」は調査回答者の約9割が「強化すべき」、「もう少し強化すべき」と答えており、多くの国民が、交通事故を防止する上で交通違反取締りは必要不可欠であると認識していることが分かる。

 
図1-27 今後交通警察はどのようにしていくべきか

図1-27 今後交通警察はどのようにしていくべきか
Excel形式のファイルはこちら


 
(4) 第一線の交通警察活動
 第一線の交通警察活動がどのようなものであるかを紹介したい。
 下記は、静岡県静岡南警察署の交通課取締係に所属する巡査が作成した、平成17年3月某日の勤務日誌の抜粋である。同警察署は、静岡駅の南側に当たる38.3平方キロメートルの地域を管轄し、管内には、国道150号のほか、東名高速道路のインターチェンジや主要地方道があるため、特に朝夕の交通量が非常に多い。

 
表1-2 勤務日誌

表1-2 勤務日誌
Excel形式のファイルはこちら


 勤務日誌をみると分かるように、警察署の交通警察官は、1日のうちに警察署の内外で様々な業務を処理しており、目まぐるしく、多忙である。以下、その活動の一端を紹介する。

 [1] 交通指導取締り
 厳しい交通情勢の下、交通事故を未然に防止するため、白バイ、パトカー、制服警察官によるパトロールや、交差点における交通整理等の活動を強化している。また、交通事故が多発する時間帯や場所において、著しい速度超過のような、交通事故に直結する交通違反の取締りを実施している。

 
白バイによる遊動取締り
白バイによる遊動取締り

 このような活動は、飲酒運転の取締りがそうであるように、深夜でも行われており、また、悪天候のときにも行われる。違反取締りの際には、明白な違反事実があるにもかかわらずそれを否認したり、取締り方法等についておよそ理不尽な苦情を申し立てたりする違反者への対応を強いられることが多い。
 さらに、検問や職務質問を振り切って逃走しようとする車両やルールを無視して暴走する車両に立ち向かい、極度の緊張を強いられ、身の危険に晒されることもしばしばである。16年中は、違反取締り以外のものも含む交通警察活動中に、2人が殉職し、24人が受傷した。
 このように、交通警察官の肉体的・精神的負担は非常に重い。

 
速度違反の取締り
速度違反の取締り

 
違反者に対する取調べ
違反者に対する取調べ

 17年2月に警察庁が全国の交通警察官を対象に実施した意識調査(注)によれば、10年前と比べ、国民の理解や協力が得られやすくなったと思うかとの質問に対し、「速度違反の指導取締り」については6割以上の者が、「ひき逃げ事件の捜査」と「任意の交通事故捜査における出頭要請」については半数近くの者が、「得られにくくなった」、「やや得られにくくなった」と答えている。
 特に交通指導取締りについては、先の意識調査の結果にみられたように、多くの国民が事故防止の観点から強化を求めている反面、交通警察官の多くは国民の理解と協力が得られにくくなっていると感じているという、相矛盾した状況が生じていることが分かる。


注:全国の都道府県警察の警察官のうち、警察署の交通課で勤務する警部補以下の階級にある者1,077人に対して実施

 
図1-28 10年前と比べて国民の理解や協力は得られやすくなったか

図1-28 10年前と比べて国民の理解や協力は得られやすくなったか
Excel形式のファイルはこちら


  [2] 交通事故捜査
 交通警察官は、交通事故が発生した旨の通報等を受けたときは、昼夜や天候を問わず、速やかに現場に赴き、負傷者の救護や事故原因の究明等の捜査活動を行っている。

 
交通事故の現場見分
交通事故の現場見分

 過去10年間で約30%増加した交通事故を全件捜査することを求められていることに加え、事故原因の徹底究明を求める国民の声の高まりを背景に、よりち密な捜査が求められるようになっていることから、交通事故事件捜査の業務負担の総量は、大変重くなってきている。
 このような状況の下、警察署の交通警察官は、通常勤務中や当直勤務中に次々と発生する交通事故の現場に臨場し、その状況を把握し、目撃者の証言や物証を得るなどして、いずれの当事者にどのような過失があるのか、虚偽の申立てはないか、交通事故を装った保険金詐欺の可能性がないかなどの点について、交通警察官としての知識と経験に照らして判断をしながら、適切な初動捜査の実施に努めている。
 中でもひき逃げ事件は、被害者を置き去りにして逃走する卑劣な行為であり、交通警察官は、被害者の無念に思いをはせながら、事故現場に残された痕跡を絶対に見逃さないと固く誓って、文字どおり地にはいつくばった地道な捜査を行い、被疑者の早期検挙に全力を注いでいる。
 前記の意識調査で、交通警察官として10年以上の経歴を有する者に対し、交通警察の各業務について、10年前と比べて業務負担はどのように変わったかと質問したところ、「交通事故捜査」については78.9%の者が、「交通指導取締り」については74.3%の者が「増加」した、「やや増加」したと答えており、多くの者が業務負担の増加を感じていることが分かる。

 
図1-29 10年前と比べた業務負担量

図1-29 10年前と比べた業務負担量
Excel形式のファイルはこちら


 [3] 在署勤務
 交通警察官が行わなければならない業務は、街頭における活動だけにとどまらない。例えば、交通事故の捜査は、事故現場ですべての手続が終了するわけではなく、多くの場合、後日、関係者からの事情聴取を行う必要がある。この事情聴取は、相手方の仕事の都合等に合わせて行うため、深夜や休日に行わざるを得ないことが多い。中には、日が経つにつれて捜査に非協力的となり、出頭要請に応じなくなる者がいるなど、捜査に予想外の時間がかかることも多い。その間にも交通事故は次々と発生するため、複数事件の捜査を同時並行で進めなければならず、一時的又は恒常的に業務量が過重になることが少なくない。

 
在署勤務
在署勤務

 [4] 交通警察官としての誇りとやりがい
 前記の意識調査によると、7割を超える交通警察官が「人員が少なく、超過勤務が常態化している」などの理由で「仕事がきつい」と答えている。

コラム6 捜査書類の書式の簡略化
 増加する事故に的確に対応し、当事者の負担を軽減し、事案の悪質・危険性等に応じた捜査を推進するため、交通事故捜査では、被害者の傷害の程度等に応じ、簡略化した書式で捜査書類を作成する場合がある。
 [1] 基本書式:一般の刑事事件等と同じ捜査書類の書式
 [2] 特例書式:基本書式を簡略化したもの(被害者の傷害程度が約3か月以下であるなどの要件を満たす事故に適用)
 [3] 簡約特例書式:特例書式を更に簡略化したもの(被害者の傷害程度が約3週間以下であるなどの要件を満たす事故に適用)

 このように勤務環境が非常に厳しい中、交通警察官は自身の職務についてどう感じているのだろうか。そこで、自身の仕事についてどのように思うかと質問したところ、9割以上の者が誇りを持って仕事していると答え、8割以上の者が交通警察官を続けていきたいと答えており、交通警察官の大半が、仕事に誇りややりがいを感じていることが分かる。

 
図1-30 自身の仕事に対する評価

図1-30 自身の仕事に対する評価
Excel形式のファイルはこちら


 また、交通警察官としてどのようなときにやりがいを感じるかと質問したところ、「交通事故の被害者や管内の住民から感謝されたとき」と答えた者が最も多く、国民からの感謝の声が大きな励みとなっていることが分かる。

 
図1-31 どのようなときにやりがいを感じるか

図1-31 どのようなときにやりがいを感じるか
Excel形式のファイルはこちら


 交通違反は、重大な交通事故を招き、見知らぬ他者や自分自身、そしてその家族、知人等を死に至らしめる要因となるにもかかわらず、それを軽んじる運転者は少なくない。そうした運転者の意識に接したとき、交通警察官はどのように考えるのか。ここで、ある交通警察官の手記を紹介する。

『「誇りと自信」を持った交通取締りをするために』
 警察の仕事は過酷である。人の生命や権利を守ることはやりがいも大きいが、人生の裏側を覗くような重苦しい気持ちになることも多い。そこに誇りを見出すことが出来なければ、「何のためにやっているのか」という疑問に押しつぶされてしまいそうになる。
 では、どうやって誇りを見出せばよいか。警察官を拝命して15年が過ぎようとしているが、私がこの「誇り」をはっきりと理解する契機となった体験を紹介したい。
 私は現在、警察の仕事の中で最も府民との接点が多い交通部門の警察官として、交通死亡事故を減らすため、交通機動隊でパトカーのハンドルを握り、日々交通戦争を戦っている。
 取締りの対象となる違反者のほとんどが善良な一般市民であり、人に重大な危害を加えるおそれのある行為をしたとの意識が希薄で、「たかが交通違反」と考えている者が多いのが実情である。そのため、取締りの現場では、違反者から「運が悪かった」、「もっと他に悪い奴は一杯いるのに」といった具合に、反省がうかがわれない言葉をよく浴びせられる。
 私自身、交通警察官になって間もないころ、「本当にこれが府民のためになっているのだろうか」と疑問に思うことがあった。そうした気持ちを抱えていた頃のある夜、私は先輩の主任と二人で、夜間の飲酒検問をしていた。
 酒気帯び運転で中年の男性を検挙し、取調べをしていたところ、男性は我々に向かって、「俺みたいな善良な市民捕まえんでも、もっと他に悪い奴がおって、せなあかんことがぎょうさんあるやろ」と言いながら、しきりに罰金や行政処分のことばかりを口にし、更には「運が悪かった」と連発する始末であり、危険なことをしてしまったという意識はまったく感じられなかった。
 私は、いやみばかり言う違反者と早く別れたかったので、事務処理を急ぎ、違反者の話を聞き流していたのだが、主任は私とは逆に、しばらく事務の手を止め、違反者の言いたい放題の言葉に耳を傾けていた。そして、語気荒くまくし立てる違反者とは対照的に、静かに自分が体験してきた悲惨な交通事故の現場の話、そして幼いときに自分の親を交通事故で亡くした話をし、最後に「交通違反はなんぼでもやり直しがきく。けど交通事故はやり直しがきかん。だから、わしらがこうやって取締りしとるんや」と、しみじみと話したのだった。すると男性は、それまでの態度とはうって変わって、「そうやな、あんたらみたいな人がおらんと事故はなくならんな」、「罰金のことが気になって悪口ばかり言うたけど、これからは違反は絶対にせん」と言い、現場を後にしたのである。
 私は当時、「仕事で大事なのは交通違反を数多く検挙することだ」と単純に考えていたが、この体験を機に、「検挙した違反者に二度と違反をさせないことこそ一番大事なことだ」と強く意識するようになった。そして、そのことを胸に現場に臨み、更に多くの違反者と接しているうちに、「自分が街頭で汗を流し取締りをすることで死亡事故が減るのだ」という「誇りと自信」を持つに至ったのである。少し遅かったかもしれないが、思い悩み、迷った末に得た誇りと自信は、警察官として生きる私の心を支えている。
 多くの人が見過ごしがちだが、交通違反の先に潜んでいるのは、「やり直しのきかない交通事故」であり、私は、このことをひとりでも多くの人に分かってもらうため、全身全霊をささげて、自分が選んだこの仕事をやりぬいていこうと思っている。

 『交通警察官になりたくなかったが・・・』(財団法人京都府交通安全協会発行)より。なお、掲載に当たって一部改稿した。

 第2節 交通警察活動の現状

テキスト形式のファイルはこちら

前の項目に戻る     次の項目に進む