第2節 高齢者を中心とした安全の確保と地域・ボランティア活動

1 高齢者の安全で自由なモビリティーの確保

(1) 交通社会の現状と高齢者対策
 平成7年の国勢調査によれば、65歳以上の高齢者人口は約1,826万人で、総人口(約1億2,557万人)に占める割合は14.5%となっており、今後、平均寿命の延びや出生数の減少を反映して上昇を続け、21世紀には、国民の4人に1人以上が65歳以上の高齢者という本格的な高齢社会が到来するものと予測されている。
 8年末現在、65歳以上の高齢者で運転免許を保有している者は約525万人となっており、10年前の昭和61年末の高齢者の運転免許保有者数約181万人の約2.9倍になっている。また、運転免許保有者に占める高齢者の割合は、61年の3.4%から平成8年の7.5%へと、4.1ポイント上昇した。自動車は高齢者の社会参加を支える移動手段として重要性を増してきており、高齢者の安全で自由なモビリティーの確保に向けた各種の施策を積極的に展開していくことが必要となっている。
 8年中の65歳以上の高齢者の交通事故死者数は3,145人で、全死者数に占める割合は31.6%に上っており、5年以来4年連続して死者数の最も多い年齢層となっている。また、65歳以上の者が自動車等を運転して起こした交通事故の件数は4万4,686件となっており、昭和61年の1万3,317件と比べると、約3.4倍になっている。このように、高齢者は交通事故の被害者

図2-7 年齢層別交通事故死者数の推移(昭和61年~平成8年)

図2-8 高齢者の状態別死者数の推移(昭和61年~平成8年)

というばかりでなく、交通事故の原因者としても、その比重を増してきている。
 平成8年中の65歳以上の高齢者が関係する交通死亡事故の主な特徴は、次のとおりである。
○ 高齢者の死者については、歩行中のものが圧倒的に多く(50.5%)、次いで自動車乗車中(19.6%)、自転車乗用中(18.6%)の順となっている。過去10年間の傾向は図2-8のとおりで、高齢者の死者に占める自動車乗車中の死者の割合は、昭和61年の10.2%と比べると、9.4ポイント上昇している。
○ 高齢運転者が第1当事者(注)となった死亡事故の主原因である法令違反をみると、全運転者においては「最高速度違反」が19.8%を占めて最も多いのに対し、高齢運転者の場合は「一時不停止」が14.7%を占めて最も多く、次いで「運転操作不適」が13.4%、「漫然運転」が10.9%を占め、「最高速度違反」は2.2%を占めるにすぎない。
○ 運転免許を保有している高齢者1万人当たりの歩行中の死者数と運転免許を保有していない高齢者1万人当たりの歩行中の死者数を比べると、前者が0.23人であるのに対して、後者は1.07人と5倍近く高くなっている。
(注) 第1当事者とは、当該交通事故に関係した者のうち、過失が最も重い者をいい、過失が同程度の場合は、被害が最も軽い者をいう。
 今後、本格的な高齢社会が到来すると予測される中で、安全かつ快適な交通社会を実現するためには、高齢者の関係する交通事故を防止するための総合的な対策が必要となっている。
 警察庁では、学識経験者等を構成員とする「高齢者にやさしい交通社会をめざす懇談会」を開催し、8年4月、同懇談会から、高齢者の安全で自由なモビリティーの確保に向け、体系的、効果的な交通安全教育システムの整備、個々の高齢運転者の運転適性等に応じたきめ 細かい措置を講じるための運転免許制度の見直し、高齢者に優しい道路交通環境の整備等について提言を受けた。
 警察としては、この提言を踏まえ、高齢者に優しい交通社会を構築するための施策の充実を図っていくこととしている。
(2) 参加・体験・実践型の高齢者交通安全教育の推進
 高齢者の交通事故死者の半数を占める歩行中の死者についてみると、運転免許を保有している者の方が保有していない者よりも事故に遭う確率が著しく低いことからもうかがわれるように、交通安全に関する知識の普及を図ることが、高齢歩行者の死者を減少させるのに効果的であると考えられる。
 交通安全教育を実施するに当たっては、講義形式で高齢者が受動的に知識を得るようにすることよりも、高齢者が自ら体験し、考えることを重視する立場から、交通事故現場において実際の事故事例に基づく教育を行ったり、夜間の反射材効果実験を盛り込むなどして、参加・体験・実践型の交通安全教育を積極的に推進するように努めている。
 さらに、高齢者自身が積極的に各種の交通安全活動に参加することが高齢者の交通安全意識を高めるために効果的であると考えられることから、老人クラブへの交通安全部会の設置を促すとともに、高齢者交通安全指導員(シルバー・リーダー)による自発的な街頭活動の推進を働き掛けている。

(3) 高齢運転者を支援する施策の推進
 自動車が国民にとって不可欠の移動手段となっている今日の「くるま社会」においては、自動車は高齢者の移動手段としても重要性を増してきている。他方、高齢運転者による交通事故は増加傾向にあるほか、運転免許保有人口1万人当たりの交通死亡事故件数も、75歳以上の者では全年齢層の約2.3倍となっている。
 高齢者が自動車等を安全に運転するためには、高齢者が自らの身体機能や運転技能を認識し、身体機能に応じた運転ができるようにすることが重要である。このため、警察では、運転適性についての相談や診断を行うとともに、運転免許の更新時講習の機会に高齢者学級を設けたり、希望者を対象とする参加・体験・実践型の講習会を開催したりして、高齢運転者教育の充実に努めている。これらの講習においては、コンピュータ・グラフィックス技術を用いた運転シミュレーター、1台で7種類の運転適性診断ができるCRT型運転適性診断機器等の科学的検査機器を活用して、高齢者の安全運転への動機付けとなるようにしている。


column [3] 高齢運転者に対する講習についてのアンケート調査結果

 平成7年に(財)全日本交通安全協会が行ったアンケート調査によれば、高齢運転者を対象とする参加・体験・実践型の講習に参加した高齢者のうち93.8%の者が、講習は「大変役立った」としており、70.8%の者が、講習全体の中で一番参考になったのは「車の運転や、模擬運転装置による実技講習」であるとしている。
 また、運転免許の更新に訪れた高齢者が講習の内容として興味があるものとしては、「車や摸擬運転装置を使った実技講習」(55.1%)や「反応時間等を調べる運転適性検査」(47.8%)の割合が多くなっており、高齢者が参加・体験・実践型の講習内容に興味を持っていることがうかがわれる。


 なお、高齢運転者教育の一層の充実を図るため、平成9年5月の道路交通法の一部改正により、75歳以上の者が運転免許証の更新を受けようとするときは、高齢運転者を対象とする特別の講習を受けなければならないこととされ、10年秋からの施行が予定されている。
 この特別の講習においては、実際の自動車等の運転等を通じて、高齢運転者が身体機能の低下と自己の運転能力の変化を自覚し、これに応じた安全な運転ができるようにするための指導を行うこととしている。
(4) 高齢者に思いやりのある運転行動を促進するための施策の推進
 高齢運転者の安全を確保するためには、高齢者自身が安全な運転を心掛けるばかりでなく、周囲の運転者が高齢者に思いやりのある運転をすることが重要である。
 平成9年の道路交通法の一部改正によって、75歳以上の者が運転する普通自動車が、高齢運転者標識を付けているときは、他の車両が幅寄せをしたり、割込みをしたりすることを禁止するとともに、高齢の歩行者が通行しているときは、車両等の運転者はその通行を妨げないようにしなければならないこととされ、9年10月からの施行が予定されている。警察では、高齢者の保護に関する運転者教育を積極的に推進するなどして、運転者が高齢者の安全に配意した運転をするように、その意識の啓発に努めていくこととしている。
(5) 高齢者に優しい道路交通環境の整備
 高齢者の交通事故死者の圧倒的多数が歩行中の事故によるものであることから、高齢歩行者が安心して歩行できる空間を作り出すための諸施策を推進している。具体的には、高齢者が利用する施設の周辺等の地域を対象に、生活道路の安全対策として、最高速度規制、大型車通行禁止等の交通規制を組み合わせたシルバーゾーン等の設置を推進しているほか、高齢者等の携帯する無線発信器を感知して歩行者用信号の青の時間を延長する弱者感応信号機、歩行者をセンサーにより感知し歩行者用信号の青の時間を調整する歩行者感応信号機及び視力の低下した高齢者が信号の変化を音で認識できる音響信号機の整備を行っている。
 また、第6次交通安全施設等整備事業五箇年計画においては、ゾーン規制等の交通規制等を通じて住居系地区等におけるコミュニティ・ゾーンの形成を推進するなど、高齢者に配慮した道路交通環境を整備している。
 そのほか、高齢運転者がゆとりをもって運転できるように、右折矢印信号機の整備や、信号交差点における進行・停止の判断負担を軽減する信号制御、交差点での停止回数を減少させる系統制御等の充実を図っている。
 また、道路標識や道路標示についても、見やすく分かりやすいものにするため、道路標識

図2-9 弱者感応信号機・歩行者感応信号機

の大型化、内部に照明設備を備えた内照式道路標識や太陽電池を用いた自発光式道路標識の設置を進めるとともに、道路標示の視認性を向上させる高輝度化を推進しており、高齢運転者を支援する道路交通環境の整備に努めている。

2 地域ぐるみの交通安全活動と警察活動

(1) 市町村、地域ボランティア等と連携した交通安全活動
ア 市町村と連携した交通安全活動
 住民の交通安全意識を高め、地域社会における交通の安全を確保するために、市町村が大きな役割を果たすことが期待されている。警察では、市町村と協力してシートベルトの着用促進や反射材の普及促進のための広報啓発活動を積極的に推進しているほか、市町村が実施する講習会に警察官等を講師として派遣するなど、市町村による交通安全対策が効果的に行われるようにするための協力を行っている。
 平成9年の道路交通法の一部改正により、都道府県公安委員会は、地方公共団体の行う交通安全対策が的確かつ円滑に実施されるように必要な措置を講じることとされている。警察では、引き続き、交通事故の発生状況に関する情報を提供することなどにより、市町村による交通安全対策が効果的に行われるように必要な支援を行っていくこととしている。
イ 地域ボランティア等の自主的な交通安全活動の促進
 民間においても、様々な形で、交通安全のための自主的な取組みが行われている。
 交通安全活動を行っている団体を代表するものの1つに、各地域における交通安全協会がある。交通安全協会では、交通事故防止に関する啓発活動、交通安全教育、被害者に対する交通事故相談、交通安全功労者の表彰等の事業を行っている。
 また、交通安全活動に従事しているボランティアとして、9年3月末現在、全国で1万9,574人の地域交通安全活動推進委員、約31万人の交通指導員等が交通安全に関する広報啓発活動、街頭における交通安全指導等の活動を行っている。
 警察は、これらの活動に対して、関係機関・団体と連携して、地域交通安全活動推進委員等の民間の指導者を対象とする研修会の開催、交通事故実態に関する資料の配布等、地域における交通安全活動が効果的に行われるように必要な協力を行っている。また、9年の道路交通法の一部改正により、国家公安委員会は、民間等における交通安全教育が効果的かつ適切に行われるよう、交通安全教育に関する指針を作成することとされており、今後はこの指針を通じて、地域交通安全活動推進委員等の民間の指導者による交通安全教育の一層の充実に資することとしている。


column [4] (財)交通事故総合分析センターによる交通事故情報の提供

 (財)交通事故総合分析センターでは、警察その他の関係機関と連携して、交通事故と人間、道路交通環境及び車両に関する総合的な調査研究を進めているが、平成8年中の交通事故死者9,942人について、全国3,370の市区町村別に人口1万人当たりの死者数の比較を行ったところによると、市区部よりも町村部の方が人口1万人当たりの死者数が多くなっていることが明らかとなった。このことからも、町村部においても交通事故防止対策の一層の強化が必要であるといえよう。

市区町村別平均死者数(平成8年)


(2) 交通安全意識を高めるための交通安全教育活動
ア 全国交通安全運動と交通安全教育
 国民一人一人に交通安全に関する知識を普及し、交通安全意識の高揚を図るとともに、交通ルールの遵守と交通マナーの実践が図られるようにすることを目的として、毎年春と秋に全国交通安全運動を実施している。
 また、警察は、関係機関・団体と協力して、幼児から高齢者に至るまでの各年齢層を対象に、道路交通への参加の態様や心身の発達段階に応じた交通安全教育を体系的かつ継続的に実施している。
 幼児に対しては、道路の歩き方、横断の仕方等交通ルールの基本を遊びながら学ぶことができる幼児交通安全クラブの結成及びその活動の活発化を図っている。
 小中学生に対しては、自転車の安全な乗り方教室を開催しているほか、交通安全推進のための少年達のリーダーとなる交通少年団の結成及びその活動の活発化を図っている。
 高校生に対しては、安全で正しい自転車の利用、原動機付自転車、普通自動二輪車等の特性に応じた安全運転の方法等についての交通安全教育を推進している。特に、普通自動二輪車等の安全運転に関する指導については、教育委員会及び学校と連携し、法令講習及び実技指導員(白バイ隊員等)の派遣による実技講習を推進している。
高齢者に対する交通安全教育については、1(2)参照。
イ 事業所等における交通安全運動
 一定台数以上の自動車を使用する事業所等においては、安全運転管理者及び副安全運転管理者を選任することとされており、平成8年末現在、約35万事業所において安全運転管理者約35万人、副安全運転管理者約5万人が選任されている。
 警察では、これらの安全運転管理者等に対し、安全運転管理に必要な知識等に関する講習を実施しており、8年度中の実施回数は2,595回、受講者数は延べ約39万人であった。
 また、都道府県ごとに安全運転管理者等を会員とする安全運転管理者協(議)会が結成され、交通安全運動、シートベルト着用推進運動、無事故無違反コンクール等を積極的に推進しているほか、安全運転管理に関する各種講習会の開催、教育資料の作成・配布等を通じ、職域における交通安全思想の普及に努めている。
ウ 自動車安全運転センター安全運転中央研修所
 自動車安全運転センターが設置している安全運転中央研修所においては、安全運転の実践的かつ専門的な知識・技能についての体験的研修を行い、地域における交通安全教育の担い手の育成に当たるなど体系的な交通安全教育の推進を図っている。
 研修においては、高速道路、都市内道路、山道等を模した多種のコースにおける危険の予知及び回避の訓練、摩擦係数を低くして凍結路面等を再現するスキッドパンにおける走行訓練等危険な走行状態等を実地に体験しながら、高度で実践的な訓練を実施している。
(3) 地域の特性に応じた道路交通環境の整備
ア 地域の特性に応じた交通規制の点検・見直し
 警察では、地域における交通の実態に応じ、幹線道路等を重点的に、規制速度の変更等の交通規制の点検・見直しを進めている。
 特に、都市部における幹線道路等については、駐車規制を強化する一方で、特定の時間帯、曜日に交通需要の減少する官公庁・ビジネス街では夜間、週末の駐車禁止規制を解除するなど、道路の構造や地域の交通実態に応じ、駐車規制の見直しを進めている。
〔事例〕 名古屋市最大の繁華街「錦三地区」における夜間の恒常的な違法駐車を解消するため、夜間における交通需要の減少する隣接するビジネス街周辺の道路(桜通り約3,000メートル、若宮大通り約3,800メートル)について、午後8時以降翌朝午前6時まで駐車禁止規制を解除し、さらに、錦三地区の違法駐車を排除する対策を講じた結果、同地区の違法駐車は著しく減少した(愛知)。
イ 生活の場の安全を確保するための対策
 第6次交通安全施設等整備事業五箇年計画において、住居系地区等を対象に、公安委員会によるゾーン規制等の交通規制と道路管理者によるハンプや狭さく等が整備されたコミュニ ティ道路等の面的整備を適切に組み合わせたコミュニティ・ゾーンの形成を推進するなど、歩行者が安心して通行することができる生活環境を整備している。なお、コミュニティ・ゾーンは、平成8年度において23箇所の整備に着手した。


column [5] 交通安全総点検

 交通安全への参加意識を高めることにより、高齢者、身体障害者をはじめ、だれもが安心して利用できる道路交通環境を創造するため、警察及び道路管理者が連携し、地域住民の参加による交通安全総点検を実施し、その結果に基づき、地域の実情に応じた交通安全施設等の整備を推進している。
 平成8年度は、全国で13都道県の29市区町で、高齢者、身体障害者、学校関係者等約1,500人の地域住民の参加を得て、交通安全総点検が実施され、「歩道と車道の段差をなくしてほしい」、「横断歩道を設置してほしい」などの意見が多数出された。
 交通安全総点検においては、健常者が車いすを利用して点検を行ったり、昼間と夜間の道路交通環境の違いに配意して、昼間と夜間の2回実施するなどの工夫により、地域の実情に応じた意見が得られている。


ウ 交通事故多発地点対策
 国民の安全な生活環境を確保するため、身近な生活の場に潜む交通事故の多発地点を抽出し、未然に防止する活動を行っていく必要性が高まっている。警察は、(財)交通事故総合分析センターの統合データを基に抽出された交通事故多発地点に対して、道路管理者と連携して事故原因の詳細な分析及び合同現場点検を実施するとともに、信号機等の交通安全施設等の整備を重点的に行うことなどにより、総合的かつ計画的な対策を行っている。
エ 交通ボトルネック解消対策
 交差点、橋、踏切、トンネル等は、交通容量が他の区間に比べて小さいため、交通渋滞が

図2-10 コミュニティ・ゾーン

発生しやすい。このような交通ボトルネックを解消するため、適切な信号機の制御、右折矢印信号制御、踏切信号機の設置等の対策を進めるとともに、道路環境の改善を行うよう道路管理者等に働き掛けている。
(4) 交通事故被害者に対する相談活動
ア 交通事故相談の現状
 被害者等からの交通事故に関する相談にこたえるため、警察では、昭和40年ころから、「交通事故相談窓口」を設け、様々な相談内容に的確に対応できるように専門家を委嘱するなど体制の整備に努めている。
 また、交通安全協会、弁護士会等の関係機関・団体等においても交通事故相談が行われており、警察では、これらの関係機関・団体とも相互に連携をとりながら相談業務を進めている。
イ 交通事故相談業務の今後の課題
 交通事故相談の内容は、従来、経済的な面での被害に関する相談がその大半を占めていたが、近年、精神的な被害に関する問題についても対応が迫られている。警察では、犯罪の被害者の精神的被害を軽減するための総合的な被害者対策に取り組んでいるところであるが(第9章第3節参照)、交通事故についても、年間約1万人もの死者と約90万人に上る負傷者が生じており、精神的な被害が生じる可能性のあるその遺族等まで視野に入れると、緊急に 取り組むべき課題であるといえる。
 そこで、交通事故相談業務の推進に当たっては、今後、被害者等のカウンセリングを行うことが可能な機関・団体との連携を積極的に図っていくこととしている。

3 運転者の特性に応じた交通警察活動

(1) 運転者の資質の向上を図る運転者教育
 交通の安全を確保するためには、7,000万人を超える運転者の資質を向上させることが重要であり、警察では、高齢者、身体障害者、初心運転者等の運転者の特性に応じた運転者教育の充実に努めている。
ア 運転免許を取得しようとする者に対する教育の充実
(ア) 自動車教習所における教習
a 指定自動車教習所における教習の充実
 指定自動車教習所は、平成8年末現在、全国で1,530箇所ある。また、指定自動車教習所の卒業者で8年中の運転免許試験に合格した者は、約211万人で、合格者全体の94.9%を占めており、指定自動車教習所は、初心運転者教育の中心的役割を果たしている。都道府県公安委員会では、その社会的役割にかんがみ、指定自動車教習所に対する指導監督を強め、効果的な教習や技能検定を行う体制の充実強化に努めている。
 また、国民の免許取得機会の拡大と安全運転教育の充実を図るため、8年9月1日から、総排気量400ccを超える大型自動二輪車について、指定自動車教習所における教習及び技能検定制度を導入した。これに併せて、大型自動二輪車及び普通自動二輪車の教習カリキュラムについても、危険への対応力を向上させるための教習を取り入れ、運転シミュレーターを活用することなどにより、運転者が道路交通状況を的確に判断し、より安全な運転ができるようにするための実践的な内容の教習とした。
 なお、国民皆免許時代にあって、運転免許取得に伴う国民の負担に配慮しながら、教習を効果的なものにするため、指定自動車教習所における教習課程等の見直しについて更に検討を進めていくこととしている。
b 指定自動車教習所以外の自動車教習所における教習水準の向上
 都道府県公安委員会に届出をした自動車教習所のうち、同公安委員会の指定を受けていないものは、8年末現在、全国で270箇所ある。同公安委員会では、これらの自動車教習所に対して、教習の適正な水準を確保するため必要な指導及び助言を行っている。
(イ) 取得時講習
 原付免許を受けようとする者は、原付講習を受けなければならないこととされている。ま た、普通免許、大型二輪免許又は普通二輪免許を受けようとする者は、それぞれ普通車講習、大型二輪車講習又は普通二輪車講習のほか、応急救護処置講習を受けなければならないこととされている。
 原付講習は、原動機付自転車の操作方法、走行方法、安全運転に必要な知識等について、普通車講習、大型二輪車講習及び普通二輪車講習は、それぞれの自動車の運転に係る危険の予測等安全な運転に必要な技能及び知識について、応急救護処置講習は、気道確保、人工呼吸、心臓マッサージ等の応急救護処置に必要な知識について行われる。8年には、42万9,250人が原付講習を、3万9,171人が普通車講習を、4,645人が二輪車講習(大型二輪車講習及び普通二輪車講習)を、3万8,768人が応急救護処置講習を受講した。
(ウ) 運転免許試験場のコースの開放
 運転免許取得希望者に対し、練習場所を提供するため、運転免許試験場のコースの開放に向けた取組みを推進している。
イ 運転免許取得後の教育の充実等
(ア) 優良運転者制度
 運転者に対する安全運転の動機付けとなるように、6年から、継続して運転免許を有する期間が5年以上であり、かつ、5年間無違反である優良運転者については、運転免許証の有効期間が、5回目の誕生日(年齢によっては3回目又は4回目の誕生日)が経過するまでの期間とされている。8年中の運転免許証の更新者のうち優良運転者は1,153万5,862人で、全更新者の51.4%であった。
(イ) 更新時講習
 運転免許証の更新を受けようとする者は、更新時講習を受けなければならないこととされている。更新時講習は、優良運転者等講習と一般運転者講習に区分される。
 優良運転者等講習ではビデオ等を活用し、簡素な講習を実施している。8年には、約1,717万人が受講した。
 一般運転者講習では、若年者学級、二輪車学級、高齢者学級等の特別学級を編成して、運転者の態様に応じた講習の実施に努めている。8年には、約425万人が一般運転者講習を受講し、このうち約41万人がこの特別学級による講習を受講した。
 また、一定の基準に適合する講習(特定任意講習)を受講した者は、更新時講習を受講する必要がないこととされている。特定任意講習では、地域、職種等が共通する運転者を集めて、その態様に応じた講習を行っている。8年には、約7万人が受講した。
(ウ) 二輪車運転者講習
 各都道府県の二輪車安全運転推進委員会は、二輪車安全普及協会の協力を得て、7年10月から原動機付自転車及び総排気量125cc以下の普通自動二輪車(以下「原付等」という。)を運転することができる免許を受けている者に対して、原付等の安全運転に関する知識及び技能を指導する原付等安全講習を実施している。また、総排気量125ccを超える普通自動二輪車及び大型自動二輪車を運転することができる者を対象に、学科講習と技能講習から成る二輪車安全運転講習を実施している。警察では、講師として警察官等を派遣するなど積極的な指導及び協力を行った。
(エ) 指定自動車教習所における交通安全教育の推進
 指定自動車教習所では、地域住民のニーズに応じ、いわゆるペーパードライバー、高齢運転者等の運転免許保有者に対する交通安全講習会をはじめ、地域住民に対する交通安全教育を行っており、地域における交通安全教育機関としての役割を果たしている。8年春及び秋の全国交通安全運動の期間中には、多数の指定自動車教習所において「1日開放」を実施し、運転実技講習や各種のイベントを行い、参加者に対して交通安全意識の高揚を促した。
ウ 身体に障害を有する運転免許取得希望者等に対する利便性の向上
 7年12月、政府の障害者対策推進本部において「障害者プラン」が策定され、生活環境面での物理的な障壁の除去(バリアフリー化)を促進するために、身体に障害を有する運転免許取得希望者等に対する利便の向上を図ることとされた。
 警察では、運転免許試験場において身体障害者用の技能試験車両の整備に努めているほか、受験者である身体障害者が持ち込んだ車両による技能試験を実施している。また、運転免許試験場施設の整備・改善等に努めているほか、字幕の入った講習用ビデオを作成・活用するなど、身体障害者のニーズに応じた施策の推進に努めている。
 このほか、身体障害者用教習車両の整備や身体障害者が持ち込んだ車両による教習の実施等に努めるよう指定自動車教習所を指導している。
(2) 効果的な交通指導取締りの推進
ア 悪質・危険性、迷惑性の高い違反に対する取締りの強化
 「くるま社会」における交通の安全と円滑を確保するためには、無免許運転、飲酒運転、著しい速度超過、信号無視、過積載運転等の交通事故に直結する悪質・危険性の高い違反の検挙に努め、交通事故を抑止する必要がある。このため、交通事故発生状況等地域の交通実態を踏まえつつ、これらの悪質・危険性の高い違反に重点を指向した効果的な取締りに努めている。さらに、一部の府県警察においては「交通事故情報管理システム」等の各種コンピュータ・システムを活用して、取締りの実施状況と交通事故の発生状況との関係を詳細に分析し、より効果的な取締りの管理を可能としている。
 また、暴走族による騒音運転、幹線道路の交差点等における駐停車違反、朝夕の通勤時間帯でのバス専用レーン等におけるバス運行妨害等迷惑性が大きく、住民からの取締り要望の多い違反に対する取締りも強化している。

表2-1 主な道路交通法違反の取締り状況(平成4~8年)

 最近5年間の主な道路交通法違反の取締り状況は、表2-1のとおりである。
イ 背後責任追及の徹底
 企業の事業活動に関して行われた放置駐車、過積載運転、過労運転等の違反やこれらに起因する事故事件については、運転者の取締りにとどまらず、これらの行為を下命・容認した自動車の使用者等についてもその背後責任の追及に努めている。なかでも過積載については、使用者に対する指示、自動車の使用制限命令、荷主等に対する再発防止命令等の処分を積極的に行っている。使用者等の背後責任追及状況は、表2-2のとおりである。なお、平成9年の道路交通法の一部改正により、最高速度違反車両及び過労運転車両の使用者に対し、都道府県公安委員会が指示を行うことができることとなり、10年春からの施行が予定されている。
(3) 迅速・適正な交通事故事件捜査活動の推進
 交通事故等が発生した場合には、迅速かつ適正な捜査活動を遂行することにより、事故の

表2-2 使用者等の背後責任の追及状況(平成7、8年)

内容に応じて適切な刑事処分及び運転免許の行政処分が決定される必要がある。このため、警察では、逐年、交通事故が増加する中で、簡素合理化を図りつつ、交通事故事件捜査活動の推進に努めている。
ア 交通事故事件の発生検挙状況
 平成8年中、交通事故に係る業務上(重)過失致死傷事件の検挙件数は65万3,384件(前年比345件(0.5%)増)、検挙人員は68万3,691人(6,764人(1.0%)増)であった。
 これは、過去20年間で交通事故発生件数の最も少なかった昭和52年に比べ、検挙件数は49.7%、検挙人員は48.9%それぞれ増加している。
 また、物件事故の発生は、約307万件(前年比約6万件増)であった。
イ 交通事故事件捜査業務の簡素合理化
 交通事故の発生件数が依然として増加傾向にある中で、交通事故当事者の負担軽減や交通流の早期回復等の要請にこたえるため、交通事故簡易見分システム等の機器の活用、比較的軽微な人身事故に適用する捜査書類について簡易な様式を定めた「簡約特例書式」の運用、一定の要件を満たす軽微な物件事故について現場見分を省略する「現場見分省略制度」の運用等を推進し、交通事故事件捜査業務の合理化に努めている。


column [6] 赤いランドセル

千葉県勝浦警察署 椎木一弘

 新入学児童に対する春の交通安全運動が間もなく始まろうとしていたころ、私が朝、警察署に出勤して間もなく、本部通信指令課から緊張した声で交通事故発生との無線通報が入った。事故の内容は、小学校の校門前で歩行者が大型ダンプに跳ねられたというものであった。だれからともなく「新一年生じゃないだろうな」という言葉が出て、不安な気持ちで現場に向かった。
 不安は適中し、現場に向かう途中で、「被害者は小学1年生の女の子。病院で死亡」との無線が入った。病院に向かう途中、被害者の子と、当時、同じく新入生だった我が子が、私の心の中で重なり、「その子の親に何と声を掛けたらよいのか」とそのことばかり考えていた。
 病院の手術室に入り、一番最初に目に入ったのは、真新しい赤いランドセルだった。持ち主をなくしたランドセルには、ふたに交通安全を願う黄色いビニールカバーが掛けられ、生々しい傷が残されていた。
 春が来て、真新しいランドセルを背負い登下校する新一年生の姿を見るたびに、私はあのランドセルを思い出す。そして、子供たちがあの子のような事故の被害者とならないよう交通安全について指導している。
 「ちょっと止まって、ワン、ツー、スリー、手を挙げて車が止まったらゴー」


ウ ひき逃げ事件に対する捜査の強化
 迅速かつ適正な初動捜査を徹底するとともに、交通鑑識資機材等の整備充実に努め、被疑者の検挙に努めている。
 最近5年間の死亡ひき逃げ事件の発生、検挙状況は、表2-3のとおりである。
エ 交通特殊事件に対する捜査の強化
 保険金詐欺事件をはじめとした交通特殊事件の最近の傾向として、犯罪の組織化、広域化が挙げられる。警察では、このような情勢に対応するため、関係都道府県警察が連携した共同捜査・合同捜査を積極的に推進している。

表2-3 死亡ひき逃げ事件の発生、検挙状況(平成4~8年)

表2-4 交通特殊事件の検挙状況(平成7、8年)

 最近5年間の偽装交通事故による自動車保険金詐欺事件等交通特殊事件の検挙状況は、表2-4のとおりである。
(4) 総合的な暴走族対策の推進
 昭和50年代に50台、100台といった大集団で爆音をたてながら暴走していた暴走族も、近年は小規模な集団によるゲリラ的な暴走が主流となるなどその形態が変容してきており、警察においても、その変容に応じた対応に努めている。
ア 暴走族の実態と動向
 平成8年末現在、警察が把握している全国の暴走族の総数は、約3万5,000人である。この内訳は、爆音暴走を集団で行う従来型の暴走族が約940グループ、約2万6,700人、山岳道路等でコーナリング等の運転技術を競う「ローリング族」、400メートルの直線区間を複数の車両で速度を競う「ゼロヨン族」等の非従来型の暴走族が約8,600人となっている。

表2-5 暴走族の勢力と動向(平成4~8年)

 最近の暴走族の傾向としては、グループの小規模化が進んでいる一方、縄張りや組織を維持するため、大きなグループの傘下に入ったり、連合組織を形成するなどの傾向がみられており、その活動範囲が複数の都府県にまたがるなど、広域化の傾向が顕著となっている。
 暴走族の引き起こす犯罪は、道路交通関係法令違反のほか、窃盗、恐喝、強姦、薬物使用等様々な罪種にわたっており、さらに、対立する暴走族同士の縄張りをめぐる対立抗争から殺人行為に及ぶなど、凶悪化、粗暴化の傾向を強めている。
 また、暴力団と深くかかわりを持つ悪質なグループも確認されている。
 最近5年間の暴走族の勢力と動向は、表2-5のとおりである。
イ 取締り状況
 警察では、交通、少年、刑事等各部門の連携により、暴走族に関する情報を幅広く収集し、その実態を把握して個別的な指導や補導を強化したほか、共同危険行為等禁止違反、消音器不備等の道路交通法違反や番号標表示義務違反等の道路運送車両法違反の取締りを強化し、グループの解体や構成員の離脱を図っている。
 また、毎年6月に「暴走族取締り強化期間」を実施し、不法改造車両の押収等を通じて、暴走族と車両の分離を図るとともに、車両を運転した者だけでなく、改造等を行った業者に対しても徹底した背後責任の追及を行っている。8年中の検挙人員は10万4,062人であり、また、運転免許の行政処分件数は、取消処分が1,477件、停止処分が1,179件であった。
ウ 暴走族を許さない社会環境づくり
 関係機関・団体等で構成される暴走族対策会議等と協力し、「暴走を『しない』、『させない』、『見に行かない』」運動を推進して暴走族を許さない世論の醸成に努めたほか、暴走族のい集場所として利用されやすい公共施設等に対しては、管理者に夜間における閉鎖措置等を呼び掛けるとともに、暴走族へのガソリンの販売自粛及びファミリーレストラン等の深夜営業の自粛の要請を行うなど、地域と一体となった各種対策を展開している。
 また、暴走行為が行われやすい場所については、効果的な交通規制や集中的な取締りを実施するとともに、道路管理者等と協力した暴走しにくい道路環境づくりを推進している。
(5) 危険運転者の排除と改善
 道路交通の安全を確保するためには、危険な運転者を道路交通の場から的確に排除するとともに、必要に応じてこれらの者の危険性を改善するための教育を行うことが重要であり、警察では、これらの対策の強化に努めている。
ア 運転者の危険性に応じた行政処分等の推進
 道路交通法違反を繰り返し犯したり、交通事故を起こしたりする運転者は危険性が高いと認められることから、これらの者を道路交通の場から早期に排除するため、行政処分の迅速、確実な実施に努めている。最近5年間の運転免許の行政処分件数の推移は、表2-6のとおりである。
 また、平成9年の道路交通法の一部改正により、運転免許を取り消された者が新たに運転免許を受けることができない期間の上限が従来の3年から5年に延長されるとともに、運転者を唆(そそのか)して重大な道路交通法違反をさせた者等について、新たに運転免許の取消し等ができることとされた。
 一方、自動車等の運転に関し道路交通法等に違反する行為で軽微なものをした者に対しては講習の受講が義務付けられ、これを終了した者については、運転免許の効力の停止等の行政処分を行わないこととされた。この講習については、実際に交通安全活動に参加することを通じて運転者の資質の向上を図るなどの内容を盛り込むこととしている。

表2-6 運転免許の行政処分件数の推移(平成4~8年)

イ 危険運転者の改善のための教育
(ア) 初心運転者講習
 普通免許等取得後1年未満の初心運転者に安全に運転するよう動機付けを行うとともに、道路交通法等に違反する行為をし一定の基準に該当する者に対しては、初心運転者講習の受講の機会を与えることにより、技能及び知識の定着を図ることとしている。
 初心運転者講習は、少人数のグループを編成して行われ、路上訓練やシミュレーターを活 用した危険の予知や回避の訓練を取り入れるなど実践的な内容になっている。8年には、15万6,020人がこの講習を受講した。
 なお、初心運転者講習を受講しなかった者等に対して行う再試験では、運転免許試験と同等の基準で合格判定が行われ、8年は、1万126人が受験し、不合格となった7,509人が免許を取り消された。
 運転免許取得後1年以内の運転者を第1当事者とする交通死亡事故件数は、元年は1,331件であったが、この制度施行後着実に減少し、8年は781件となっている。
(イ) 停止処分者講習
 停止処分者講習は、運転免許の効力の停止又は保留等の処分を受けた者を対象に、その者の申出に基づいて行われるものであり、受講者については、効力の停止等の期間が短縮される。8年には、この講習を受けることができる者の88.3%に当たる約124万人が受講した。
(ウ) 取消処分者講習
 取消処分者講習は、運転免許の取消し等の処分を受けた者を対象に、その者に自らの心理的・性格的特性を自覚させ、その特性に応じた運転の方法を指導することにより、その運転態度の改善を図ろうとするものである。運転免許の取消し等の処分を受けた者が新たに運転免許試験を受けようとする場合には、この講習を終了していることが受験資格となっている。この講習においては、自動車等の運転に必要な適性に関する調査を実施してその者の運転に関する心理的・性格的な特性を把握し、これに基づく運転実技を含むカウンセリング、グループ討議を行うなど個別的かつ具体的な指導を行っている。8年には、3万5,733人がこの講習を受講した。


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