第1節 戦後50万人を超えた交通事故死者

1 第1次交通戦争と第2次交通戦争

(1) 交通事故情勢の推移
 昭和21年以降平成8年までの51年間で交通事故死者の累計は50万5,763人となった。
 戦後の車両保有台数及び運転免許保有者数は、図2-1のとおり増加の一途をたどり、自動車は国民の日常生活に不可欠の移動手段となっている。このような状況を背景として、戦後の交通事故死者数の推移も、図2-2のとおり昭和20年代後半から著しい増加傾向を示すようになり、45年には1万6,765人に達し、その状況は「交通戦争」と呼ばれるようになった(第1次交通戦争)。
 その後、交通安全施設の整備等の交通安全対策の充実が図られたことにより、交通事故死者は減少傾向を示し、54年には8,466人と45年に比べてほぼ半減したが、50年代後半から再び

図2-1 戦後の車両保有台数と運転免許保有者数の推移(昭和21年~平成8年)

図2-2 戦後の交通事故死者数等の推移(昭和21年~平成8年)

増加し始め、63年からは8年連続して1万人を超えるなど、第2次交通戦争と呼ばれる事態となっている。平成8年には、交通事故死者は9,942人と9年振りに1万人を下回ったものの、交通事故件数は77万件を超え、史上最高を記録するなど、現在の交通事故情勢にはなお厳しいものがある。
 昭和45年(第1次交通戦争)と平成8年(第2次交通戦争)を比べると、第2次交通戦争には次のような特徴がみられる。
ア 高齢者の死者の割合が上昇
 交通事故死者の年齢層別構成率を比べると、図2-3のとおりであり、15歳以下の子供の占める割合は、昭和45年の12.5%から平成8年の3.3%へと、9.2ポイントも低下している。これに対して、65歳以上の高齢者の占める割合は、我が国の社会の高齢化を背景として、昭和45年の16.3%から平成8年の31.6%へと、15.3ポイントも上昇している。
イ 自動車乗車中の死者の割合が上昇
 交通事故死者の状態別構成率を比べると、図2-4のとおりであり、歩行中の死者の占める割合は、昭和45年の35.4%から平成8年の28.1%へと、7.3ポイント低下している。これに対して、自動車乗車中の死者の占める割合は、昭和45年の33.5%から平成8年の43.1%へと、9.6ポイント上昇している。
ウ 深夜に発生する死亡事故の割合が上昇
 交通死亡事故の発生時間帯別構成率を比べると、0時から6時までの深夜の時間帯に発生

図2-3 年齢層別交通事故死者数(平成8年)

図2-4 状態別交通事故死者数(平成8年)

した死亡事故の占める割合は、昭和45年の12.8%から平成8年の24.5%へと、11.7ポイント上昇している。
(2) 警察の対応
 警察においては、交通事故死者を減少させるため、交通安全施設の整備、交通安全教育の充実等各種の対策を講じてきたが、特に、交通事故死者の急増が大きな社会問題となった昭和40年代以降の対応を概観すると、次のとおりである。
ア 交通安全施設の整備
 20年代後半からの交通事故死者の急増の背景には、モータリゼーションの急速な進展に対して、信号機、道路標識等の交通安全施設が不足していたという事情があった。このため、40年代から交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法に基づき交通安全施設の整備を積極的に推進し、信号機の数でみると45年度末には2万3,290基であったのが、平成8年度末には16万1,891基(約7.0倍)に達している。
 また、信号機や可変式道路標識の増加に伴い、昭和46年からは、交通情報の収集、信号機の制御等を一体的かつ有機的に行う交通管制センターの整備が開始された。
 さらに、収集された交通情報を運転者に適切に提供することにより、自律的な交通流・量の分散、配分、誘導を図るため、交通情報提供装置の充実も図っており、50年代の終わりころから、自動車のラジオで交通情報を聞くことができる路側通信端末装置や、多様な情報を提供することができるフリーパターン式交通情報板の整備を進め、最近では、情報通信技術を活用した交通管理の高度化に努めている。
イ 交通安全教育等の充実
 40年代の厳しい交通情勢に対応し、事業所において使用される自動車に係る交通の安全を確保するため、40年には、一定の数以上の自動車を使用する事業所においては、運転者に対する交通安全指導や自動車の運行管理を行う安全運転管理者を選任しなければならないこととされた。また、46年には、交通安全に関する知識の普及を図るため、国家公安委員会が交通の方法に関する教則を作成し、公表することとされたほか、48年には、運転者の資質の向上を図るため、普通免許を受けようとする者に対して路上試験を実施することとした。さらに、50年には自動車安全運転センターが設立され、運転者に交通違反に伴う累積点数を通知したり、事故や違反に関する運転経歴の証明をするなどの安全運転への動機付けを図るための業務が開始された。
 平成に入ってからは、事故を起こしやすい若年運転者の交通事故を防止するため、2年に、初心運転者に対する再試験及び講習の制度が導入されたほか、3年には、自動車安全運転センターの安全運転中央研修所が業務を開始し、実際に自動車を運転して危険を体験することのできる高度な運転者教育が行われている。また、6年からは、無事故無違反の運転者につ


column 〔1〕 エアバッグ装置の効果等について、

 警察庁では、エアバッグ装置が最近急速に普及しつつあることから、その乗員保護効果等を把握することを目的として、平成7年以降、交通事故発生時のエアバッグ装置の被害軽減効果等に関する調査を実施している。
 7年及び8年には、普通自動車相互の正面衝突事故発生時における運転席の乗員保護効果を分析したところ、エアバッグ装置は装備されているがシートベルトを着用していない場合の死亡・重傷率は16.3%で、エアバッグ装置は装備されていないがシートベルトを着用した場合に比して7.8ポイントも高いなど、エアバッグ装置のみでは被害軽減効果は小さいという結果が得られている。

シートベルト着用別 エアバッグ装備別 死亡・重傷率(平成7・8年)


いて運転免許証の有効期間を延長することなどにより運転者の安全運転の意識を高めることをねらった優良運転者制度の運用が開始された。
ウ 交通違反の指導取締り
 モータリゼーションが急速に進展する中で、大量に発生する交通違反に対応するため、昭和43年に、違反者が反則金を納付すれば、刑事手続に移行しないこととする反則通告制度が導入された。また、40年代後半以降、暴走族が一般通行者に多大な危険や迷惑を及ぼす暴走行為、暴走族同士の対立抗争事件の多発等が大きな社会問題となったことから、53年には共同危険行為等が禁止、処罰されることとなり、暴走族の取締りに効果を挙げている。また、60年には、高速道路以外の道路においても、シートベルトの着用が義務付けられることとなった。
 平成3年には、放置駐車車両の使用者に対する都道府県公安委員会の指示、指示後に違反 が反復された場合の自動車の使用制限に関する制度が導入された。さらに、6年には、違法駐車車両に対する車輪止め装置の取付け、過積載車両の使用者に対する指示及び自動車の使用制限の制度が導入されるなど、道路交通の秩序を維持し、交通の安全と円滑を確保するための諸制度の整備が進められている。

2 交通事故死者1万人を下回った平成8年

(1) 平成8年の交通事故発生状況
ア 概況
 平成8年に発生した交通事故は、件数が77万1,084件(前年比9,295件(1.2%)増)、死者数が9,942人(737人(6.9%)減)、負傷者数が94万2,203人(1万9,526人(2.1%)増)であった。死者数は、昭和62年以来9年振りに1万人を下回ったが、件数は過去最悪の記録を4年連続して更新した。また、負傷者数も過去最悪であった45年の98万1,096人に迫る状況である。
 なお、平成8年における交通事故発生から30日以内の交通事故死者数は1万1,674人(996人(7.9%)減)であった。
イ 交通死亡事故の特徴
 8年における交通死亡事故の特徴は、次のとおりである。
(ア) 若年者の死者は減少したが、高齢者の自動車乗車中の死者は増加

図2-5 状態別、年齢層別死者数(平成8年)

 8年の死者数を状態別、年齢層別にみると、図2-5のとおりであり、16歳から24歳までの若年者の死者が291人(12.0%)、特に20歳から24歳までの年齢層の者の自動車乗車中死者が110人(16.5%)と大きく減少した。逆に、高齢者の自動車乗車中の死者は25人(4.2%)増加した。
 年齢層別にみた交通事故死者数の構成率と人口構成率を比べると図2-6のとおりであり、高齢者及び若年者は、人口構成率と比べて、交通事故死者構成率が高い。
(イ) 自動二輪車乗車中、原動機付自転車乗車中の死者が減少
 8年の状態別死者数をみると、すべての状態で死者が減少しているが、特に、自動二輪車乗車中が119人(11.2%)、原動機付自転車乗車中が93人(10.0%)と大きく減少した。
(ウ) 夜間の交通死亡事故件数が減少
 8年中の昼夜別交通死亡事故件数をみると、昼間、夜間とも減少しているが、昼間の死亡事故が287件(6.3%)の減少であったのに対して、夜間の死亡事故は423件(7.5%)の減少で、夜間の死亡事故の減少率の方が高かった。
(2) 交通事故死者減少に向けた平成8年中の警察の取組み
 平成8年においては、関係機関の努力や国民の協力により、9年振りに交通事故死者が1万人を下回ったが、警察では、交通事故死者数を減らすために、特に次のような施策に重点的に取り組んだ。

図2-6 年齢層別にみた交通事故死者数の構成率と人口構成率の比較(平成8年)

ア 活発な広報啓発活動の推進
 国民が厳しい交通情勢を認識し、交通安全意識を高めることができるようにするため、広報啓発活動を積極的に推進した。特に、自動車乗車中の死者を減少させるためのシートベルトの着用率の向上及び自転車乗用中や歩行中の死者を減少させるための反射材の普及促進に重点を置いたほか、年末期における飲酒運転防止の呼び掛け等時期に応じた広報啓発活動の推進に努めた。
 また、高速道路における8月中の交通死亡事故件数の44.7%が、大型貨物自動車に関連するものであったことなどから、大型貨物自動車の指導取締り等の徹底を図るとともに、関係団体に対し、交通事故防止活動への協力を要請した。
イ 効果的な交通指導取締りの実施
 飲酒運転や著しい速度超過等死亡事故に直結する悪質な違反、交通事故が多発する交差点における信号無視、一時不停止、歩行者妨害等の違反及び死亡事故となる確率の高い夜間における違反に重点を置いた取締りを行った。
 7年と比べると、飲酒運転と最高速度違反(超過速度30km/h以上)の取締り件数は、それぞれ2.3%、10.2%増加し、信号無視、一時不停止及び歩行者妨害の交差点関連違反の取締り


column [2] 携帯電話使用による交通事故の発生状況と対策

 携帯電話の著しい普及に伴い、携帯電話の使用が原因とみられる交通事故の多発が新たな社会問題となっている。
 警察庁において、携帯電話の使用が原因とみられる人身事故のうち平成8年7月以降12月までの間に発生したものについて調査した結果、次のような特徴点がみられた。
[1] 事故類型としては、追突事故が全体の75.4%を占めている。
[2] 事故発生時の使用形態としては、受信操作時(42.9%)が最も多く、次いで架電操作時(28.4%)となっている。
 携帯電話の使用による交通事故の実態を踏まえ、8年10月に交通の方法に関する教則が改正され、運転中は携帯電話を使用しないこと、運転する前に電源を切るなどして呼出音が鳴らないようにすることの2点が規定され、警察では、これに基づいて指定自動車教習所における教育の徹底を図っている。
 また、携帯電話事業者等の関係機関・団体と連携し、運転中の携帯電話使用に関するマナーについての広報啓発活動を行った。
 今後も、事故実態の把握や諸外国の関連法則の調査等を進めるとともに、運転者教育や携帯電話事業者と連携した広報啓発活動の強化に努め、運転マナーの一層の向上を図ることとしている。


件数は、総数で11.9%増加するとともに、夜間における取締り件数も3.2%増加した。これらの違反に起因する死亡事故の発生状況についてみると、飲酒に起因した死亡事故件数と最高速度違反に起因した死亡事故件数は、それぞれ21.8%、13.1%減少し、交差点(その付近を含む。)における交通事故件数は、6.7%減少するとともに、夜間における死亡事故件数も7.5%減少した。
ウ 交通安全施設等の重点的な整備
 第6次交通安全施設等整備事業五箇年計画の初年度である8年度においては、交通事故の分析に基づき重点的な交通安全施設等の整備を推進した。交通事故のほぼ6割を交差点における事故が占めていることから、信号機の新設及び高度化による交差点事故の防止に努めたほか、増加する高齢者の交通事故を防止するため、道路標識等の大型化、高輝度化による視認性の向上や高齢歩行者等の快適な歩行空間を確保するためのコミュニティ・ゾーン形成事業等を推進した。また、幹線道路における速度超過に起因する交通事故を防止するための高速走行抑止システム及び見通しの悪いカーブにおける衝突事故の防止を図る対向車接近表示システムの整備を行った。

3 今後の対策の方向性

 平成8年の交通事故死者数は、9年振りに1万人を下回ったが、自動車保有台数や運転免許保有者数は今後も増加が予想され、また、8年の交通事故件数は史上最高を記録するなど、依然として楽観を許さない現状にある。今後、交通事故死者数の減少を図り、安全で快適な交通社会を構築するためには、交通社会の変化に対応した的確な交通警察行政の推進が必要不可欠であり、警察においては、次のような施策を重点として進めていくこととしている。
○ 高齢者に優しい交通社会の実現
 社会の高齢化に対応するため、交通の安全を確保しつつ、高齢者のモビリティーを高め、高齢者に優しい交通社会を実現するための諸施策を推進する。
○ 地域社会の活力を生かす交通警察活動
 住民の交通安全意識を高め、地域社会と警察の連携による交通安全活動を推進するため、地域住民による交通安全活動を支援するための諸施策を推進する。
○ 快適な交通社会の実現
 交通渋滞の解消に積極的に取り組むとともに、環境問題にも十分配慮し、人が快適に生活できる成熟した「くるま社会」を実現するための諸施策を推進する。
○ 科学技術を活用した交通警察活動
 高度情報通信技術の活用による交通管理の高度化を推進するほか、運転免許証の高機能化 についても引き続き検討を行い、科学技術の活用による効果的な交通警察活動の推進に努める。

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