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6.終わりに

ここまでの本調査における各国別の調査結果を踏まえ、最後に全体を整理しておく。

まず、一般犯罪被害者に対する公的補償制度はいずれの調査対象国も有している。財源は各国ごとに様々であり、イギリス及びドイツにおいては、一般税収が補償の財源となっているのに対し、米国の各州における補償制度においては、罰金によって財源が賄われ、フランスの「テロ及びその他犯罪行為による被害者補償基金」は保険契約に係る課徴金を財源としている。また、給付額の決定においても各国ごとに特長が見られ、アメリカでは、審査官の裁量に拠るところが大きいものの、イギリスでは、公に示されている基準である傷害等級表をもとに、細かな傷害のレベルに応じて、給付が実施されていることがわかった。

一方、テロ被害者に特化した国家的補償制度を有している国はフランスとアメリカのみであった。アメリカの「国際テロ被害者費用償還制度」は海外におけるテロ被害のみを対象としているが、フランスの「テロ及びその他犯罪行為による被害者補償基金」は国内・国外両方のテロ被害を救済の対象とする比較的寛大な制度となっている。他方で、イギリス及びドイツに関しては、補償制度ではないものの、被害者のための緊急の支援金が政府によって準備されている。ただし、これら国外で発生したテロ被害者への支援について、ドイツの緊急支援制度においては明示されていなかったものの、イギリスの制度では、外務省が渡航自粛を勧告している国や地域への旅行や、海外旅行保険に未加入であった場合などは援助の対象から除外されており、国外でのテロ被害に対する支援については、厳格に要件を定めていることが伺える。

そのドイツについても、社会の風潮として、近年では、自然災害を含む不可抗力的な暴力の被害に対しては同情が集まるものの、危険とされている地域にわざわざ出向くなどの冒険主義的な個人の行動の結果としてもたらされた被害に対しては世論が割れる傾向が指摘されており(注234)、上のような緊急支援制度が国外でのテロ被害者に対して無条件に適用されるとは考えにくい。

なお、調査対象国において、補償によるカバーの最も薄い部分として、海外における一般犯罪被害を指摘することができる。国外での犯罪を対象とする国家的な補償制度を有する国は、調査対象国中、フランスのみであり、残りの調査対象国は同種の制度は有していない。そのため、アメリカ、イギリス、及びドイツ政府は海外における犯罪被害者に対して、基本的には被害発生国の補償制度を利用するよう勧奨している。

こうして見ると、国際犯罪被害に対しては、フランスを除き、ほぼ手つかずの状態が目立つ中で、国際テロ被害に関しては、各国は程度の差こそあれ、概ね一定の経済的支援の枠組みを持っているとことがわかる。国外におけるテロ被害について救済措置をとる理由について各国は必ずしも明解な説明をおこなってはいないが、米国政府によれば、テロは一般犯罪と異なり無差別かつ、被害が大規模であり、海外ともなると被害者は必要な支援へのアクセスに困難をきたすことになると指摘している。英国外務省もまた、テロリズムはその他一般犯罪と比べて、無差別的傾向があり、誰もが被害者になりえ、テロ攻撃は社会全体に対する攻撃であるとしている。ドイツにおいても、社会全体でテロに対峙することと共にテロ被害者に対する社会的連帯の精神からの支援が謳われていることから、テロの持つ凶悪性のみならず対社会性という要素も国際テロ被害と国際犯罪被害に対する扱いの差違をもたらしている1つの要因と考えられる。

ただし、今回の調査対象国の多くにおいては、テロの反社会性を認めつつも、海外でのテロ被害に対する支援は、渡航を含めた被害者当人の行動が正当であり、したがって被害が不可抗力的なものであることが条件となっている点を改めて指摘して本報告書の結びとする。

以上

注234
本田宏、「イラクでの人質事件とドイツ市民社会」、日本比較政治学会編『テロは政治をいかに変えたか 比較政治学的考察』、早稲田大学出版部、2007年6月、92-93頁。