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5.ドイツにおけるテロ事件被害者等への経済的支援

ドイツにおける犯罪被害者補償は「犯罪被害者補償法(Opferentsschadigungsgesetz)」に拠っている。同法の下、ドイツ政府は犯罪被害者に対し、国家の義務として、医療費の全額補償及び稼得能力に応じた終身年金の支給を実施している。また、近年では、テロ活動の活発化に伴い、ドイツ国民がこの被害となるケースも散見されるようになってきたところ、犯罪被害者補償法の枠組みとは別に、国内外のテロ被害者を対象にした特別給付金「テロ被害者のための過酷事件給付((Härteleistungen für Opfer terroristischer Straftaten)」も創設されている。これは、同法が海外における暴力被害を対象としていないためである。表5-1にドイツにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援制度の給付対象を大まかに整理した。

以下、本章では、こうしたドイツの犯罪被害者補償システムについて、一般犯罪被害の場合とテロ被害の場合とに分け、関連事項も交えつつ、概要を整理していく。

表5-1:ドイツにおける犯罪・テロ被害者への経済的支援制度
  犯罪 テロ
国内 国外 国内 国外
犯罪被害者保障法 × ×
極右暴力被害者のための過酷事件給付 ** ** × ×
テロ被害者のための過酷事件給付 × ×
*
EU加盟国においては当該国の制度による救済が保証されている。
**
極右による暴力事件においてのみ適用される。
(出典:株式会社 独立総合研究所作成)

5-1:犯罪被害者への経済的支援

ドイツにおける犯罪被害者補償は1976年に制定された犯罪被害者補償法(Opferentsschadigungsgesetz) に基づいて実施されている。同法は犯罪被害者に対する補償は犯罪を防ぐことが出来なかった国家の当然の義務であるという考え方に根ざしている。内容においては、医療費は全額が給付の対象となっており、また稼得能力の減少度に応じて、年金の給付も行われる。ただし、こうした補償は、犯罪を防ぎきれなかった国家の補償義務によるものであることから、ドイツ治安当局の管轄の及ばない国外における犯罪被害は補償の対象とはなっていない。以下に制度概要を記述する。

5-1-1:犯罪被害者補償法(Opferentsschadigungsgesetz)に基づく補償

(1)制度の趣旨、理念、及び根拠法令
ドイツにおける犯罪被害者に対する補償は1976年に成立した犯罪被害者補償法(Opferentsschadigungsgesetz)に基づき実施されている。同法は1950年に制定された軍人の受けた被害に対する補償を目的とした連邦援護法による給付を暴力被害にまで拡大したものであることから、実質的にはドイツにおける犯罪被害者に対する補償は連邦援護法を援用したものともいえる(注186)。
 ドイツにおける犯罪被害者保護は国家保護義務論と呼ばれる理念にもとづいている。ここでいう国家保護義務論とは、国家には国民を危険から保護する義務があり、やむを得ず国民を危険にさらさざるを得ない場合には、相応の補償を行わなければならないという考え方である。
 こうした考えに則り、連邦援護法においては、権力を独占している国家が国民に戦争を強制し、国民を危険にさらす形になった時には、国家は国民の被害に対して補償義務を負うという論理が導かれている(注187)。一方、犯罪被害者法においては、犯罪を予防することに国家は責任を負っており、もしも犯罪が発生して、国民が被害を負うことになれば、国家が被害に対する補償義務を負うという考え方がとられている(注188)。故に、今日のドイツにおいては、犯罪被害者補償法による補償は国家による恩恵ではなく、むしろ国民が有している当然の権利であるという認識がある(注189)。
 なお、同法による補償を所管しているのは連邦労働社会福祉省であり、そのもとで地方の援護庁が事務に従事している(注190)。関係者によると、ドイツは連邦国家であるため、各州の自治権が強く、同法は連邦法であるものの、実際の運用は各州に委ねられているという(注191)。
(2)給付対象
同制度に申請資格があるのは、暴力犯罪の被害者及び殺された被害者の扶養者である(注192)。対象者の要件は以下のようになっている(注193)。
  • ドイツ国籍保持者
  • EU加盟国の国民
  • 相互主義により、母国において、ドイツ人が同様の補償を受けることが保証されている者
  • ドイツに3年以上合法的に滞在する者
補償の対象となる被害は、[1]故意かつ違法な暴力による健康上の被害、[2]精神的被害となっている。なお、上記の被害が加害者不明のケースや、責任無能力者(子供及び精神障害者)による犯行、児童に対する暴力を伴わない性的虐待、同法制定前の1949年5月23日から1976年5月15日の間の犯罪被害である場合においても補償は可能となっている。
 補償を受けられる空間的な範囲はドイツの管轄権が及ぶ範囲となっている。すなわち、被害はドイツ領域内または、ドイツ国籍の船舶及び航空機内で発生したものでなくてはならないとされている(注195)。したがって、ドイツ国外での犯罪被害は同制度の補償の対象とはされていないが、後述するように、近年では国外でのテロ被害については別の制度をもって被害補償を行うこととされている。
 なお、被害の内容や被害発生の空間的条件を満たしていても申請が拒否されるケースとしては以下のケースが挙げられている(注196)。
  • 被害者自身が被害を惹起していた場合
  • 政治的争い(政治的デモ等)に積極的に参加して被害を負った場合
  • 犯罪組織の構成員が組織内で被害を負った場合
  • 当局への非協力(通報の遅れ等)があった場合
(3)給付内容及び併給調整
制度における給付の内容は以下のようになっている(注197)。
  • 医療費(歯科も含む)
  • 心理療養費
  • 住居費、リハビリ等の特別費用に対する援助
  • 埋葬費
  • 終身年金
医療費に関しては、ドイツでは、健康保険制度が充実しているため、犯罪被害者補償制度が適用された場合、医療費は健康保険ではなく、援護庁による負担となり、援護庁から健康保険に対して被害時にさかのぼって支払いが実施されることになる(注198)。
 また、年金に関しては、本人分(基礎年金、所得調整年金、調整年金)と遺族分(寡婦年金、遺児年金)が用意されている。ただし、基礎年金を受給するためには、稼得能力を30パーセント以上失った状態が半年以上続いているケースに限られる。年金額は稼得能力の減少の度合いに応じて決まり、表1のように、減少率ごとに給付額が定められている。なお、旧東ドイツ地域においては収入格差があるため、額の設定が異なる。所得調整年金については、被害前の所得額と被害後の所得額の差額の42.5パーセントが支給される。この際、被害前の所得額は、実際の所得額ではなく、職業別の平均収入リストに依拠して算定される(注199)。
 そのほか、被害者死亡の場合の、寡婦年金及び遺児年金に関しては、定額となっており、寡婦年金は月額372ユーロ、遺児年金は184ユーロ(あくまで一定期間)と定められている(注200)。なお、被害者補償法に基づく制度は他の補償制度からは完全に独立した制度であり、他の制度との併給調整は実施されない(注201)。
表5-2:障害者の稼得能力の減少率と月あたりの年金額
稼得能力の減少率 年金額* 65歳以上の重篤な被害者に対する加算額(合算金額)
30% 減少 118ユーロ  
40% 減少 161ユーロ
50% 減少 218ユーロ 24ユーロ(242ユーロ)
60% 減少 275ユーロ 24ユーロ(299ユーロ)
70% 減少 381ユーロ 30ユーロ(411ユーロ)
80% 減少 461ユーロ 30ユーロ(491ユーロ)
90% 減少 553ユーロ 37ユーロ(590ユーロ)
稼得能力の完全な喪失 621ユーロ 37ユーロ(658ユーロ)
*
旧東ドイツ領に関しては、設定額が異なる。
(出典:European Commission, “Compensation to Crime Victims: National Law,” (2005) ,pp.25
をもとに株式会社独立総合研究所作成(注202
(4)申請方法及び査定方法
あらゆる給付は申請に基づいて実施される(注203)。申請にあたっては、申請書の他、出生証明書と住民登録証が必要とされる。また、外国人の場合には滞在許可証が必要となる(注204)。
 申請者は居住地域を管轄している援護庁に対して申請を行わなければならないとされており、申請の期限は特に定められていない(注205)。審査はその申請を受けた州の援護庁が実施することとなっているが、犯罪の立証に関しては、検察庁から援護庁に捜査書類が送付されることになっている。援護庁は送付された捜査書類に基づいて「故意の違法行為による暴力行為」であるか否かを判断する。また、ある州では、援護庁職員が犯罪現場に赴き、直接的に状況を確認したケースも伝えられている(注206)。
 一方、補償金額を決定するための査定では、稼得能力の喪失の程度が査定対象となり、喪失度合の大小に応じて補償として支給される年金の額が決定される。
 喪失の度合いを決定するにあたっては、医師による専門的鑑定が判断基準とされている(注207)。
(5)供給実績及び財源
2006年における申請件数は2万2599件となっており、そのうち受理された申請は8566件となっている(注208)。給付の財源は一般財源であり、連邦政府と地方政府がそれぞれ負担している。負担の比率は連邦政府が40パーセント、州政府が60パーセントとなっている。補償に係る年間予算であるが、ノルトライン・ヴェストファーレン州では3700万ユーロと報告されており、連邦全体では、その5倍の額(1億8500万ユーロ)にのぼると推定されている(注209)。

5-1-2:国外における犯罪被害のケース

上述のとおり、ドイツにおける犯罪被害者補償制度は国家義務論の観点から、犯罪を予防できなかった国家に被害者に対する補償の義務が課せられている。即ち、被害者を犯罪から守ることのできなかった当局の手落ちを補うために制度が存在しているということである。故に、犯罪被害者補償法は属地主義に基づき、ドイツの治安当局の手の及ばないドイツ領域外における犯罪被害を補償対象とはしていない。

しかし、既にイギリスにおいて指摘したとおり、EU加盟国は、欧州連合指令2004/80/ECに基づき、自国で犯罪被害に遭った他のEU加盟国国民に対して、公平で適切な補償を提供する義務が課せられていることから、ドイツ国民はEU域内であれば被害を受けた国において救済を受けることが可能となっている。また、逆にドイツは他の加盟国国民がドイツ領内で被害にあった場合、当該被害者に対して経済的支援を行う責任を有している。

この他、各州のレベルで、連邦の被害補償制度の手の届かない海外における犯罪被害に対して、支援をおこなうための基金が創設されているケースも伝えられている。例えば、バーデン・ウッテンベルグ州は海外における犯罪被害者に対して、130万ユーロの基金を準備している(注210)。

5-2:テロ被害者への経済的支援

前節末尾で指摘したとおり、ドイツ国外における暴力被害は犯罪被害者補償法の対象とはされていない。よって、同法による措置だけでは、国外における暴力事件の被害者は救済されないことになる。

ところで、2002年4月に発生したチュニジアでのテロ事件において、多数のドイツ人が死傷した。これまで論じてきたような制度運用を行った場合、この事件における被害者に対してはドイツの制度による救済は行われない事になるが、かかる状況を問題視する世論が高まったことから政府は臨時に基金を設けて被害者への経済的な支援に乗り出した。

この結果、2002年5月にドイツ政府は国内外におけるテロ被害者を救援するための緊急の特別給付金「テロ被害者のための過酷事件給付」を創設した。また同じ年に、国内おける極右主義者の暴力被害に遭った外国人のための特別給付金「極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付」も開始された。

以下、本節では「極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付」および「テロ被害者のための過酷事件給付」について記述していく。

5-2-1:極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付(Härteleistungen für Opfer rechtsextremistischer Übergriffe)

近年のドイツ国内における極右主義者による外国人排撃の増加に対応するための基金として、連邦政府は2002年に「極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付(Härteleistungen für Opfer rechtsextremistischer Übergriffe)」を創設した。同基金は極右に対する非難及び、被害者と共にある国家と市民の連帯の考えを体現するものとして設けられたものである(注211)。給付の対象は身体的被害及び偏見によって生じたモラル上の被害となっている(注212)。基金の財源は連邦予算から調達され、2002年時には、250万ユーロの予算措置が講じられた(注213)。

5-2-2:テロ被害者のための過酷事件給付(Härteleistungen für Opfer terroristischer Straftaten)

「極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付」と共に、ドイツ政府は2002年から国内外におけるテロ被害者に対する経済的支援を目的とした「テロ被害者のための過酷事件給付(Härteleistungen für Opfer terroristischer Straftaten)」も開始した。

既に簡単に指摘したが、同給付が生まれた背景には、2002年4月にチュニジアで発生したテロ事件があった。

すなわち、2002年4月11日、チュニジアのリゾート地であるデュルバ島(Dyerba)のユダヤ教会において、自動車爆弾を用いた自爆テロにより多数の外国人が死傷する事件が発生した。この事件でドイツは14人の死者と、重傷者を含む17人の被害者を出した。事件は海外における事案であったため、被害者及び遺族達は犯罪被害者補償法による支援を受けることができなかった。このうした事態において、被害者に同情的な世論が高まったことから、連邦政府は2002年4月24日に被害者支援のための緊急基金設立を決定し、5月より運用を開始した(注214)。

同給付はテロ事件被害者に対する迅速な支援を実施すること及び社会全体でテロに対峙し、連帯の精神でテロ被害者を助けるという理念を有している。給付の対象となるのはドイツ国内外のテロ被害者となっている。なお、ドイツ国外で発生したテロ事件による被害の場合、給付の対象となるのは、ドイツ国籍保持者及び在留資格者のみである(注215)。給付は人道的な理由から迅速な援助を必要としており、被害者が法律上の請求権を持ち得ない特別過酷なケースに限られるとされる。

申請者は、所定の質問票に、氏名や住所等の基礎情報のほか、表5-3に挙げるような質問事項に対する回答を文章で行わなければならない(注216)。

表5-3:テロ被害者のための過酷事件給付における質問票の記載事項
基本情報 氏名、生年月日、住所、電話/FAX番号、職業、疾病金庫(社会保険)、銀行連絡先
質問事項
  1. どこでテロ被害に遭いましたか。
  2. 当該テロ攻撃により怪我を負いましたか。
  3. 当該テロ被害によりどういった種類の怪我を負いましたか。また、治療を受けた医師の連絡先、受けた処置の種類及び受診期間を教えてください。また、必要に応じて、各種証明書類を付してください。
  4. 当該テロ事件による心理的なダメージから、追加的な医学的ないし心理学的治療を受けていますか、またそういった処置を検討していますか。もし治療を受けている場合、治療を担当している医師/心理療法士の連絡先、受けている治療の内容、受診期間を教えてください。
  5. 医薬品に対する追加の支出や治療に関する交通費、通信連絡費等、当該テロ被害に伴う治療による財政的な負担があるか、予定されていますか。
  6. 当該テロ被害により収入に変化がありましたか。
  7. 既に別の組織等から当該テロ被害に伴う支払いを受けていますか。受けている場合、誰からどのような支払いを受けていますか。また、保険(災害保険)に加入していますか。
  8. 当該テロ被害に伴い、あなたの状況に変化が生じましたか、また変化が予見されますか。
(出典:連邦法務局HPをもとに株式会社 独立総合研究所作成。URLは次の通り。
http://www.bundesjustizamt.de/nn_258920/DE/Themen/Strafrecht/Opferhilfe/Opferhilfe__Anlagen/
Fragenkatalog__Terror,templateId=raw,property=publicationFile.pdf/Fragenkatalog_Terror.pdf

給付は身体的被害に対し一括払いで実施される(注217)。ただし、これらの給付措置は何ら法的な裏付けを持っていない(注218)。なお、これらの給付を所管しているのは法務大臣となっている(注219)。

同給付の財源は連邦予算であり、2002年の予算では1000万ユーロが充てられた(注220)。同基金からは、これまで、先述のチュニジアにおける事件、及びその前年に起きていたバリ島における爆破テロ事件、並びに米国同時多発テロ事件における被害者及び遺族に対しても、給付が実施されてきた(注221)。

なお、2006年12月21日成立の予算以降、同給付は連邦法務省が提出する単年度予算において項目としては挙げられているものの、予め具体的な金額が計上されていない。

かわりに、同給付と極右主義者による攻撃の被害者のための過酷事件給付とで、併せて30万ユーロが毎年計上されており、給付の必要性が生じた際に連邦法務省のガイドラインにもとづき連邦財務省と協議の上、どちらかの費目で支出を行うとされている。

2009年度予算において判明している限り、対象となった事件は不明であるものの、2007年度に27,000ユーロが支出されていることが分かっている(注222)。

5-3:総括

市民を対象にしたアンケートでは、制度に対する評価は好意的であると伝えられている。とりわけ、速やかに給付を受けることができた場合の被害者の同制度に対する満足度は高いと報告されている(注223)。

また、スウェーデンの犯罪被害者補償支援庁のジュリア・ミハエルソン並びにアンナ・ワーゲンスは、ドイツにおける被害者補償制度は以下の点で寛大な制度であると指摘している。まず1つめは、ドイツの被害者補償法に基づく補償は同法制定以前における犯罪被害も対象としている点である。よって、要件に合致している被害者であるならば、事件の発生が制度の発足の前後である無いに関わらず、救済を受けることができるようになっている(注224)。

次にあげられる点としては、申請に期限が設けられていないという点である(注225)。これによって、被害者は期限を気にせずに、自身の都合にまかせて申請をおこなうことが可能となり、さらに、申請期限を過ぎていることを理由に申請を拒否されることもない。

他方で、先に述べたように、被害者補償法の運用が各州に委ねられているため、申請管理における一貫性及び均一性の確保が連邦レベルにおける課題として指摘されている。これに関して、連邦労働社会福祉省は既に各州の担当機関に配布用チラシを送付するなどの均一性確保に向けた取組も実施している(注226)。

また、全国犯罪被害者の会「あすの会」の報告書においては、申請件数に対する認可件数が低すぎるという問題点も指摘されている。問題の要因としては、犯行の立証基準が厳格すぎるという点が挙げられている。さらに、医師による専門鑑定も非常に厳しいと指摘されている(注227)。また、ドイツ連邦政府がEUに提出したメモランダムによると、申請拒否の多くは、申請者が十分に申請に係る要件を知らなかったため起こっていたとの見方も示されている(注228)。

そのほか、専門鑑定に長い時間を掛けるあまり、申請を処理する手続きに時間がかかりすぎているという指摘もある。援護庁には6ヶ月以内に裁定を出すよう指示が出ているものの、ケースによっては裁定に数年要した例もあったと伝えられている。さらに、精神的被害に対する稼得能力の低下を評価するための明確な判断基準が無く、精神的被害に対する稼得能力の低下率の認定に困難をきたしているとの事項も報告されている(注229)。

また、根源的な問題として指摘されるのは、犯罪被害者補償法の給付は戦争犠牲者向けの連邦援護法を準用する形で実施されていることから、元来戦争犠牲者向けであった法律を人数も状況も異なる犯罪被害者に直接的に用いることの問題も指摘されている(注230)。

一方、近年、いくつかの注目される動きも出てきている。前述の「あすの会」の報告によると、制度における対象犯罪及び対象被害が拡大してきているという。事実、身体的後遺症のない精神的被害も補償対象として認められるようになってきており、加えて、間接的被害や暴力の伴わない形での児童に対する性的虐待も対象範囲に含まれるようになってきている(注231)。犯罪の多様化及び被害者支援に対する理解や関心の高まりに応じて、こうした対象の拡大は当然ながら今後も続いていくものと推察される。

また、同報告は、家庭内での性犯罪における被害認定のハードルも以前より下がりつつあることを伝えている。家庭内性犯罪は被害立証が困難なケースが多いことから、近年では、被害者の供述だけでも当局の介入が可能になるよう、制度改良がはかられてきているという(注232)。

そのほか、近年になって、犯罪被害者補償法の対象を海外における犯罪被害にまで拡大しようという動きが緑の党などから出ている(注233)。現在のところ議論に大きな進捗はないものの、今後の議論の動向が注目されるところである。

注186
全国犯罪被害者の会(あすの会)『ヨーロッパ調査報告書-犯罪被害者補償制度』(2005年)59頁。
注187
同上、60頁。
注188
The Federal Ministry for Health and Social Security, “Memorandum from the Government of the Federal Republic of Germany to the Commission of the European Communities,” (June 27, 2005), p.1, <http://ec.europa.eu/justice_home/judicialatlascivil/html/pdf/cv80_ger_en.pdf6gt;, accessed on March 16, 2009.
注189
あすの会、60頁。
注190
Julia Mikaelsson and Anna Wergens, “Reparing the Irreparable: State Compensation to Crime Victims in the European Union,” (The Crime Victim Compensation and Support Authority, 2001), p.77, <http://ec.europa.eu/justice_home/judicialatlascivil/html/pdf/cv80_ger_en.pdf>, accessed on March 16, 2009. 安部哲夫「ドイツにおける被害者支援と法整備の状況」(犯罪被害者等基本計画推進3検討会合同ヒアリング、2006年6月30日)1頁。<http://www8.cao.go.jp/hanzai/suisin/kentokai/kentokai3/data3/shiryo3-1.pdf>2009年3月16日アクセス。
注191
あすの会、68頁。
注192
Offices of Victims of Crime, US Department of Justice, “Directory of International Crime Victim Compensation Program,” <http://www.ovc.gov/publications/infores/intdir2005/germany.html>, accessed on March 16, 2009.
注193
あすの会、65頁。
注194
同上、62-64頁。
注195
Sylvia Frey, “Victim Protection in Criminal Proceedings Reparation for Damages,” Resource Material Series, No.63, (July 2004), p.74, <http://www.unafei.or.jp/english/pdf/PDF_rms/no63/ch07.pdf >, accessed on March 16, 2009.
注196
あすの会、64頁。
注197
あすの会、67-69頁。The Landratsamt, Victims Acts of Violence, <http://www.ortenaukreis.de/media/custom/468_379_1.PDF?loadDocument&ObjSvrID=468&ObjID=379&ObjLa=1&Ext=
PDF&_ts=1208759335>, accessed on March 16, 2009.
注198
あすの会、67-68頁。
注199
同上、70-71頁。内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006)<http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#germany>2009年3月16日にアクセス。
注200
安部哲夫「ドイツにおける被害者支援の現在」『被害者学研究』第18号(2008年3月)69頁。
注201
内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006) <http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#germany6gt;2009年3月16日にアクセス。
注202
資料の所在するURLは次の通り<http://ec.europa.eu/justice_home/judicialatlascivil/html/cv_documents_en.htm?countrySession=1& >, accessed on March 16, 2009.
注203
The Federal Ministry for Health and Social Security, p.2.
注204
あすの会、65頁。
注205
The Federal Ministry for Health and Social Security, p.2.
注206
あすの会、65-66頁。
注207
同上、66頁。
注208
安部「ドイツにおける被害者支援の現在」70頁。
注209
あすの会、77-78頁。
注210
Frey, p.76.
注211
同上, pp.75-76.
注212
Ministry of Justice of Germany, “Victims: Places, Rights and Assistance,” (October 2006), p.6, <http://www.coe.int/t/dghl/standardsetting/minjust/mju27/MJU-27(2006)3E-Germany.pdf>, accessed on March 16, 2009.
注213
Frey, pp.75-76.
注214
同上, p.76.
注215
Committee of Experts on Terrorism(Codexter), “Profiles on Counter-Terrorist Capacity: Germany,”(October 2004), p.4, <http://www.coe.int/t/e/legal_affairs/legal_co-operation/fight_against_terrorism/4_theme_files/apologie_-_incitement/
CODEXTER%20Profiles%20(2004)%20Germany.pdf>, accessed on March 16, 2009.
注216
Bundesamt fur Justiz, <http://www.bundesjustizamt.de/cln_101/nn_258920/DE/Themen/Strafrecht/Opferhilfe/
Opferhilfe__Inhalte/HaerteleistungTerror.html>, accessed on March 17, 2009.
注217
Ministry of Justice of Germany, p.6.
注218
Committee of Experts on Terrorism, p.4.
注219
Ministry of Justice of Germany, p.6.
注220
Frey, p.76.
注221
Committee of Experts on Terrorism, p.4.
注222
連邦法務省の2009年度予算は以下のURLより閲覧できる。“Bundeshaushaltsplan 2009 Einzelplan 07 Bundesministerium der Justiz”, <http://www.bundesfinanzministerium.de/bundeshaushalt2009/pdf/epl07.pdf6gt;, accessed on February 26, 2009.
注223
内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006)<http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#germany>2009年3月16日にアクセス。
注224
Mikaelsson, p.86.
注225
同上, p.86.
注226
同上, p.86.
注227
あすの会、78-79頁。
注228
The Federal Ministry for Health and Social Security, pp.3.
注229
あすの会、79頁。
注230
内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006) <http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#germany>2009年3月16日にアクセス。
注231
あすの会、79-80頁。
注232
同上、80頁。
注233
ドイツ連邦議会ホームページ内、2009年1月22日付広報<http://www.bundestag.de/aktuell/hib/2009/2009_018/02.html> , accessed on January 22, 2009.