4.フランスにおけるテロ事件被害者等への経済的支援
フランスにおける一般犯罪被害者及びテロ被害者を対象にした公的補償制度は「テロ及び一般犯罪被害の被害者補償基金(Fonds de Garantie des victimes dáctes de Terrorisme et dáutres Infractions (FGTI))」である。同制度は犯罪被害者及びテロ被害者に対する「連帯の表現(an expression of national solidarity)」という理念の下、被害者の補償及び加害者に対する償還請求を実施している(注135)。同制度は国内犯罪被害及び海外犯罪被害の両方を管掌しているのみならず、国内及び海外のテロ被害者も補償対象としている広範な補償制度となっている。
しかしながら、フランスの補償制度では、FGTIという共通の基金を用いながらも、犯罪被害とテロ被害とでは被害認定を行う機関が異なっており、これに伴って申請先および申請方法にも若干の差異がある。このように、補償の対象となる事案の性質(犯罪かテロか)によって共通の制度が異なった窓口をもつことがフランスの補償制度を特徴付けるポイントの一つとなっている。これについては、本章4-2-2(4)に付した表4-2も併せて参照されたい。
さて、フランスではFGTIのほか、FGTIでは救済されないような軽微な犯罪による被害を救済する目的で「犯罪被害者に対する取引支援サービス(Service dáide au recouvrement en faveur des victimes dínfractions (SARVI))」と呼ばれる制度も補助的に整備されている。
本稿では同制度を一般犯罪被害の場合とテロ被害の場合とに分け、関連事項も交えつつ、概要の整理を行うこととする。
犯罪 | テロ | |||
---|---|---|---|---|
国内 | 国外 | 国内 | 国外 | |
テロ及び一般犯罪被害の被害者補償基金(FGTI) | ○ | ○ | ○ | ○ |
犯罪被害者に対する取引支援サービス(SARVI)** | ○ | ○ | × | × |
- *
- EU加盟国においては当該国の制度による救済が保証されている。
- **
- FGTIでの補償を申請できないようなケースにおいて適用される。
4-1:犯罪被害者への経済的支援
フランスにおいて、一般犯罪被害に係る補償制度は大きく分けて2つある。1つは、FGTI によって運営されている、刑事訴訟法典(Code de Procédure Pénale)706-3条以下が定義する一般犯罪被害者に対する国民連帯に基づく補償制度である。もう1つの制度は、FGTIの定める被害要件に満たない軽犯罪の被害者を対象とした補償制度「犯罪被害者取引支援サービス(Service dáide au recouvrement en faveur des victimes dínfractions (SARVI))」である。以下にこれらの制度概要について述べる。
4-1-1:犯罪被害者補償への道のり
フランスにおいては、長きにわたり、訴訟手続きと刑罰に関する被害者の権利は一定の制約を受けてきたとされる。例えば、犯罪被害が認定されたとしても、加害者の弁済不能を理由に被害者に対する補償が実施されず、実施されたとしても、今日の制度に比べ、極めて限定された補償にとどまっていたと言われる。また、被害が被害者の日常生活に与える影響も考慮されることはなかったという(注136)。
しかし、1960年代に、学会及び法曹界は被害者が被害発生以前の状態を回復できるよう、被害者の被害をあらゆる分野で救済しなければいけないということを前提にした上で、学説と判例を通して、身体的被害の全面賠償の基盤の確立を図っていった。その結果、こうした判例や学説が死文化されないよう、確固とした安定的財源を土台とする補償制度の創設が立法府に対して求められていくようになった(注137)。
こうした流れを受けて、立法府は70年代後半以降様々な措置を講じていった。その頃すでに、フランスでは、補償制度として、「強制損害補償基金 (Fonds de Garantie des Assuarance Obligatoires de Dommages)(FGAO)」が存在していたが、同基金は主として狩猟事故、交通事故、鉱山事故を対象としていた。そこで、犯罪被害者を対象とした補償を実施するために、「犯罪に起因する身体損害の特定の被害者に係る1977年1月3日法(Loi n°77-5 du 3 janvier 1977 garantissant líndemnisation de certaines victimes de dommages corporels résultant dúne infraction)」が制定され、それに伴い各控訴院に審査機関として犯罪被害者補償委員会(Commission díndemnisation des victimes dínfractions(CIVI))が設置された(注138)。なお、補償の財源は国庫から拠出された(注139)。
当初は補償に上限が定められていたが、「テロリズムとの戦いおよび国家の安全に対する侵害に関する1986年9月9日の法律第86-1020号(1) (Loi n°86-1020 du 9 septembre 1986 relative á la lutte contre le terrorisme)」及び「犯罪被害者に係る刑事訴訟法典および保険法典を改正する1990年7月6日の法律第90-589号(1)(Loi n°90-589 du 6 juillet 1990 modifiant le code de procédure pénale et le code des assurances et relative aux victimes dínfractions)」によって、深刻な被害を負った被害者に対して全面賠償をはかるため、財産保険契約に科される課徴金を財源とするFGTIが創設されることになった(注140)。
これに伴い、元来、国庫を財源としていた一般犯罪被害者に対する補償制度は、財産保険課徴金を財源としていたテロ被害者補償制度と一体化し、財産保険課徴金に依拠する制度となった(注141)。
4-1-2:刑事訴訟法典(Code de Procédure Pénale)706-3条以下が定義する一般犯罪被害者に対する国民連帯に基づく補償制度
- (1)制度の趣旨、理念、及び根拠法令
-
FGTIは「国民連帯の表現」という理念の下、2種類の補償システムを有している。1つは刑事訴訟法典706.3条以下が定義する一般犯罪被害者に対する国民連帯に基づく補償制度であり、もう1つは「テロリズムとの戦いおよび国家の安全に対する侵害に関する1986年9月9日の法律第86-1020号(1) (Loi n°86-1020 du 9 septembre 1986 relative á la lutte contre le terrorisme)」が定義するテロ被害者に対する国民連帯に基づく補償制度である。理念である「国民連帯の表現」であるが、補償に申請する被害者は社会でおこなわれた犯罪の被害者であり、連帯という名の下、国家は補償義務を有するという考え方からきている(注142)。
一般犯罪被害者に対する補償制度には2つの機関が介在している。先に述べた、CIVI及びFGTIである。CIVIは申請が補償に値するかどうかの判断を行う民事裁判機関である。当初は控訴院に設置されていたが、その後、各郡及び地区にある大審裁判所内に設置され、2人の治安判事及び被害者に対する利害関係を持つフランス国籍の成人の3人によって構成される。他方で、補償に充てる資金の確保、運用、管理、並びに、被害者間で補償が適切に分配されているかどうかを監視する役割を担っているのがFGTIであり、CIVIが被害者に給付する補償金を支払う責務を負っている。なお、FGTIは先述のFGAOによって運営された組織であり、FGAOは経済・財政・産業大臣の監督下にある(注143)。 - (2)給付対象
-
同制度の対象となるのは、以下の項目に該当する者となっている。
- フランス国籍を有する者
- EU加盟国の国民
- 正規にフランスに滞在している外国籍者
なお、国外における犯罪被害については、フランス国籍保持者のみが補償対象となっている(注146)。犯罪の発生地による補償金額に差違はない。また、加害者の国籍も問われないとされている。 - (3)給付内容及び併給調整
-
被害者は自己負担分の医療費(フランスでは医療費の75パーセントは社会保障制度から充当される)、逸失利益、永久的部分後遺障害、被害に伴う肉体的損傷の整形、生きる喜びの喪失等について補償を受けることができる(注147)。なお、被害者が、上記の重大な身体的被害を受けた場合、医療費補償に上限はない。重大な被害に達しない軽度の被害であるならば、上限額は3984ユーロと定められている。なお、軽度の被害に対する補償に関しては、[1]月収が1328ユーロ以下である、[2]加害者が不明であるか事件が未解決であることの証明の提示、[3]被害者は他の利用可能な財源から補償を受けられず、被害の結果、身体的、精神的被害を負っていることが受給の条件となっている(注148)。
また、重大な精神的・物的被害に遭い、他の利用可能な財源からの補償が受けられない被害者に対しては、司法費用の一部負担も行われる。ただし、負担額には上限があり、2008年における上限は1万5936ユーロとなっている(所得による制限もあり)。また、同様の被害者に対しては、窃盗、詐欺、横領、金銭強要、所持品の破壊又は損傷などの物的被害も補償される。
一方、被害者死亡の場合、権利者に対して、[1]精神的損害、[2]経済的損害、[3]葬儀費用が補償される。それ以外の損害に関しては、基金との相談の上で、給付の是非が検討されることになっている(注149)。なお、先述したように、被害者が保険会社、社会保障機関、又はその他債権者から十分な補償を受けることができるならば、基金からの補償は受けられない(注150)。 - (4)申請方法及び査定方法
-
一般犯罪被害に関する補償手続きは、従来、CIVIでの審理を通して実施されていた。
しかし、補償手続きの迅速化を目的に、2004年3月9日のプルベンII法(la loi Perben II du 9 mars 2004)によってFGTIと申請者との示談に基づいて補償内容を決定していく「相互交流方式(Transactional system)」が導入された。
現在では、この相互交流方式が原則的な手続きとされ、同方式において申請者とFGTIとの間で合意に達せなかった場合に限りCIVIでの審理によって補償内容を決定する旧来の方式がとられることになっている。
手続きにあたっては、まず被害者がCIVIに申請を行う必要がある。申請に際して、定められた用紙はないものの、申請者は申請内容に係る情報や内容を証明する文書を提供しなくてはならない(注151)。以下が申請にあたって、提供されるべき情報である。
- 氏名、生年月日、出生地、職業、国籍、住所
- 被害者との関係
- 加害者を裁いた管轄区域
- 負傷の具合、労働不能期間、後遺症
- 申請者に対して補償を実施するであろう公的又は民間機関
- すでに講じられている加害者からの支払いを伴う法的措置等
- CIVIに求める補償額
- 申請者の財産に関する情報
- その他の利用可能な財源から補償が受けられない理由
- 深刻な物的又は精神的被害を受けていることを示す文書
近年原則となっている相互交流方式の下では、CIVIに提出された申請書類は、認定後にCIVI文書課を経て、FGTIに送付され、書面に不備がなければ、FGTIから2ヶ月以内に被害者に対して補償内容が提案される。提案が被害者に受諾されれば、FGTIはCIVI裁判長に合意証明書を送付し、裁判長が示談への認可を出す。この認可によって示談の実施が可能となる。
しかし、最終的に、被害者が提案内容を拒否した場合や基金側がCIVIの補償を拒否した場合、又は基金の提案に対して2ヶ月以内に申請者から返答が無い場合は、相互交流方式ではなく、従前用いられていた審理手続きにのっとって申請が処理されることになる(注154)。
この場合、CIVIにおける審理を通した補償手続きは、加害者による賠償が不可能であることを理由として、被害者が、国家に対して賠償を請求する司法手続きの形をとっている(注155)ことから、被害者はCIVIにおいて、国代表であるFGTI及び検察官を相手に対峙すると言う形を取る(注156)。
具体的な手続きは以下のようになる。 すなわち、予備的な手続きとして、審理開始前に治安判事が上記に挙げた情報を審査する。その後、CIVI委員及びCIVI委員長が申請書類を審査し、更に書類はFGTI及び検察官へと送付され、両者が申し立てに対する意見を陳述する。その後、合議制の審問へと進み、CIVIにおいて、被害者と国代表であるFGTIとの間で口頭弁論及び討論がおこなわれる。これらの過程を経て、最終的に被害者に対する補償の実施を認める判決又は仮払金の支給と査定の実施を命じる裁判長命令が出される(注157)。
なお、補償額の算出にあたっては、CIVIが被害者にとって受給可能な他の財源からの補償額、及び既に受給している補償額を算定するとされている(注158)。また、労働不能日数や後遺症のレベルも医師による診断に基づいて考慮される。さらに、逸失利益も査定の対象となり、精神的苦痛も判例に基づいて算出される。加えて、負傷に伴う住居の改築や介護機器の購入が必要な場合には、直接被害者宅にて査定が実施される。そのほか、被害者死亡の場合には、被害者が家計に対して提供していた金額も調査される(注159)。 - (5)給付実績及び財源
-
2005年においては、FGTIに対して、1万7130件の申請があり、2億3500万ユーロの補償金が支給されている。2006年においては、FGTIは1万7426件の申請を受け、総額にして2億3700万ユーロを支給している(注160)。
なお、補償基金は保険会社によって徴収される保険料に科される課徴金を主たる財源としている。課徴金の額は毎年経済財政産業省によって設定されており、2007年時点では、1保険契約あたり、3.30ユーロの課徴金が課されている(注161)。より具体的に説明すると、保険会社が引き受けた財産保険の保険料ないし掛け金に基づいて算出された課徴金をまず保険会社が集め、徴収費用及び基本費用を除いて、徴税事務所に納める。その後、納められた課徴金は基金へと交付される仕組みとなっている(注162)。そのほか、FGTIは、加害者に代行して被害者に支払った金額を加害者から回収することもできるため、こうした回収金も財源となっている(注163)。
4-1-3:犯罪被害者に対する取引支援サービス(Service dáide au recouvrement en faveur des victimes dínfractions (SARVI))
- (1)制度の趣旨、理念、及び根拠法令
-
刑事事件において、補償を受けるべき被害者にあたるものの、CIVIへの申請の要件を満たすことができない軽犯罪の被害者に対しては別の補償枠組みとして「犯罪被害者に対する取引支援サービス(SARVI)」が用意されている。
先に紹介した一般犯罪被害者に対する補償制度は主に重大犯罪の被害者を対象としている。ゆえに、軽微な犯罪の被害者は同制度の下では救済の対象とはなっていない。そのため、重大犯罪と比べても、軽微な犯罪は数において圧倒的多数を占めているにも関わらず、それらの被害者は司法手続きの費用を負担するばかりか、加害者からの賠償を得ることにもしばしば、困難をきたす状態となっていた(注164)。
係る背景から、一般犯罪被害に対する給付手続きの緩和措置を盛り込んだ2008年7月1日のワルシュマン法(LOI n° 2008-644 du 1er juillet 2008 créant de nouveaux droits pour les victimes et améliorant l'exécution des peines (1))が制定され、SARVIが創設されることになった。SARVIは、従来まで刑事事件の判決において補償を受けるべき被害者であるにも関わらず、CIVIに申請できない被害者を支援することを目的とする制度である。 - (2)給付対象
-
先に述べたように、同制度の給付対象者はCIVIに申請できない犯罪被害者である。有資格者の具体的要件は以下である(注165)。
- 民間人であること
- 犯罪被害者であること
- 告訴が受理されている者であること
- 原告人として司法手続きを開始できる者であること
- 裁判所が加害者に補償の支払いを命じていること
- CIVIに申請できない者であること
- (3)給付内容及び併給調整
-
給付額は裁判所が命じた損害賠償額の30パーセント未満であり、最低で1000ユーロ、最高で3000ユーロまで前渡し金を請求することが可能である。なお、損害賠償額が1000ユーロに満たない場合は、満額がSARVIより支給される(注166)。
以上の通り、SARVIによる補償は損害賠償額に影響を受ける。また、他の利用可能な財源からの給付も申請時に確認される(注167)。 - (4)申請方法及び査定方法
-
申請にあたっては、SARVIに対し、以下の必要書類を提出しなくてはならない(注168)。
- 身分を証明する文書
- 残高証明
- CIVIからの拒否の通知
- 他の組織がすでに支払った補償の給付額を記述した文書
- 裁判所の決定の写し
- 決定に不服のないことを示す証明書
4-2:テロ被害者への経済的支援
FGTIは先に紹介した一般犯罪被害者に対する補償制度と共に、テロ被害者に対する経済的支援を実施するための制度も運営している。同制度は一般犯罪被害者を対象とする制度と同様に被害者の身体的被害全額を補償する。なお、後述するが、同制度はフランス国内及び国外両方のテロ被害を対象としている。
4-2-1:テロ被害者に対する補償制度創設に至る背景
フランスにおいて、テロ被害者に対する補償が法律に規定されたのは1986年のことである。この背景として、1970年代以降、フランスがテロの頻発に悩まされていたことがある。すなわち、1974年に発生したパリ市内におけるドラッグストアに対する爆弾テロ事件以降、フランス国内では多くの民間人がテロの犠牲になってきた。1983年12月には、市内の高級レストランで爆破事件が発生し、10人が負傷した。その後もテロは続き、1985年及び86年には、市内の複数のデパートで爆弾テロが発生し、合わせて13人の死者と303人の負傷者を出す惨事となった。とりわけ、85年に発生したギャラリー・ラファイエット並びにプリンテンプスの2つのデパートに対する爆弾テロ攻撃は、フランス社会に大きな恐怖を与えたといわれている(注169)。
当時、テロ被害に対して傷害保険で対処するという方法もあったが、同保険は任意加入のものでかつ支給額は一定であり、加えて、テロ攻撃が不可抗力であることから、被害が発生した店舗経営者が加入している責任保険が適用されることもなかった(注170)。こうした情勢の中で、1986年1月、上記の83年に発生したテロ事件の被害者が、SOS Attentats と呼ばれる被害者支援団体を結成した。同組織は着実に組織を拡大していき、被害者の権利向上のためのキャンペーンを展開していった。このキャンペーンは、結果として、以下に詳述する1986年のテロ被害者に対する補償を定める法律の成立に結実し、また90年には、テロ被害者が戦争被害者として認定される法改正ももたらすこととなった。
こうして、一連のテロ事件とそれに伴う被害者支援団体の活動を通して、80年代後半にフランスのテロ被害者補償制度が確立されていくことになった。
4-2-2:「テロリズムとの戦いおよび国家の安全に対する侵害に関する1986年9月9日の法律第86-1020号(1) (Loi n°86-1020 du 9 septembre 1986 relative á la lutte contre le terrorisme)」が定義するテロ被害者に対する国民連帯に基づく補償制度
- (1)制度の趣旨、理念、及び根拠法令
-
テロ被害者に対する補償は1986年9月9日法が定義するテロ被害者に対する国民連帯に基づく補償制度の下で実施される。1986年法9月9日法は「テロリズムとの戦い及び国家の安全に対する侵害に関する法律」であり、同法はテロ事件に係る刑事手続き及びテロ事件被害者に対する補償を定めている(注171)。
なお、同法がいうところの「補償制度」は、既述の90年7月6日法によってFGTIが創設されたことに伴い、財源面で一般犯罪被害者に関する補償制度との統合がはかられている。この結果、実際の補償内容の決定に際しては、被害認定を除いて一般犯罪被害者に対する補償制度とほぼ同様の手続きがとられている。 - (2)給付対象
-
補償の対象はテロ被害に限られる。テロを如何に定義づけるかについては、先に述べた1986年9月9日法によると、テロは「極度の不安を与えること、又は威嚇行為によって公の秩序を大きく乱すことを目的とした個人又は集団が計画する行為」と定義される。フランス国内におけるテロ事犯であれば、国籍を問わず、あらゆる被害者が補償の対象となる。ただし、海外におけるテロ事犯であれば、補償の対象となるのはフランス国籍を有する者だけである(注172)。
対象となる傷害はすべての身体的被害(死亡、傷害の程度は問わず)である。物的被害は対象にはならないが、FGTI理事会の決定に基づき、920ユーロを上限とする衣類及び所持品(現金、株等の有価証券、貴重品は除く)も補償対象となる場合もある。被害者死亡の場合は、遺族の精神的、経済的損害も補償の対象となる(注173)。なお、同補償が対象としているのは1985年1月1日以降のテロ被害であり、それ以前の被害は対象とはされていない(注174)。 - (3)給付内容及び併給調整
-
テロ被害に関しては、被害の大小にかかわらず、医療費の全額が補償される。テロ事案の被害者に対する補償は、刑事訴訟法典に定められた重罪(死亡、負傷、並びに重罪の被害を受けた世襲ないし世襲外の財産上の損害)によって被った損害のケースと同等の補償となっており、加えて、FGTIの決定に基づき、追加費目が加えられる。この追加費目はテロ被害損害賠償と呼ばれ、テロ被害者全員に一定額支給されるものである。その額は、FGTIの承認を受けた生涯機能障害者に支給される傷害補償の給付額の40パーセントにあたる額となっており、最低額として、2300ユーロが定められている。この最低支給額は生涯機能障害者以外の被害者にも支給される。
また、同制度下では、一般犯罪被害者に対する場合と同様に、テロ被害者に対する補償においても併給調整が実施される。被害者が健康保険、共済組合、保険会社、または海外におけるテロ被害で、被害発生国の補償制度から給付を受けた場合、それらの差額分が支給されることになる。 - (4)申請方法及び査定
-
テロ事件における被害者補償に係る手続きは、一般犯罪被害の部分で述べた「相互交流方式」がとられており、FGTIが申請者との交渉を通して得られた合意に基づいて補償を実施する(注175)。
ただし、一般犯罪被害の場合はCIVIが被害の認定をおこなうのに対して、テロ被害の場合には認定機関はFGTIとなる。加えて、テロ被害に関しては、被害者の申請は必要とはされておらず、フランス国内におけるテロ被害であれば、事件発生後に検事局がFGTIに通報し、事件の状況並びに被害者の身元を伝える。一方、海外におけるテロ被害であれば、検事局ではなく、外務省(領事や外交官)がFGTIに対して同様の通報及び情報提供を実施する。なお、被害者の身元に関しては、被害者名簿と言う形でFGTIに送付される。いずれの場合においても、基金はそれぞれの機関からの通報を受けて、被害者や被害者の家族に直接連絡を取ることになっている(注176)。
無論、被害者本人も直接的に基金に申請を実施することが出来る。但し、もしも、その時点で、FGTIが検事局又は外務省から通報を受けていなければ、FGTIが担当機関から必要な情報を入手した上で、申請書の受理の是非を判断する。
また、被害者が申請をおこなう際は、証拠書類の提出が必須である。とりわけ以下の情報に関する書類の提出が求められる(注177)。- テロ事件に関する情報(発生場所、日時、捜査にあたった機関)
- 市民のステータス(身分証明書)
- 身体的被害に係る情報(医師の発行した証明書、給与明細書、納税申告書)
上記の証拠書類を受けた後、3ヶ月以内にFGTIは最終的な補償内容を提示する。被害者には15日以内に提案内容を受諾するか否かの判断が求められる。被害者はそれを受け入れるか、拒否するか、再度FGTIと交渉するかの選択肢が与えられている。もしも、被害者が提案を拒否した場合、被害者は関係する裁判所に訴訟を提起することになる(注179)。
以下に、参考として、一般犯罪被害とテロ被害における手続き上の相違点を表4-2として示す。表4-2:フランスにおける一般犯罪被害とテロ被害での被害補償制度の差異 一般犯罪被害 テロ被害 財源 FGTI 申請先 CIVI FGTI* 被害認定機関 CIVI FGTI 申請手続き 相互交流方式 FGTIが申請者に補償内容の提案を行うべき期限 2ヶ月以内 3ヶ月以内 申請者が提案に回答すべき期限 2ヶ月以内 15日以内 - *
- テロ事案であれば、当局が事案の状況と被害者の身元をFGTIに通知するため被害者自身による申請の必要はない。
- (5)給付実績及び財源
- 1985年1月1日から2004年12月31日にかけて、3069人の被害者が申請を行った(注180)。また、先述したように、FGTIは保険契約の課徴金を基金の財源としている。
4-3:総括
以上の制度概要を踏まえた上で、フランスにおける制度の特徴を整理してみたい。まず、手続き面においては、「相互交流方式」による被害者とFGTI間の交渉と合意に基づく手続き方式が導入されている点である。同方式の導入は、申請処理の迅速化をはかることを目的としたもので、同方式の導入前は、司法手続きによる補償申請の処理が、申請件数の増加に追いつかず、補償に係る検討期間の延長や補償の待機期間の発生といった事態を招いていた。新方式導入後は70パーセントの案件において被害者とFGTIとの合意によって補償が成立している(注181)。
また、一般犯罪における重大な身体的被害及びテロ被害における身体的被害に関しては、補償に上限が定められておらず、全額補償となっているという点もフランスの制度のひとつの特長であるといえる。かつて、フランスの一般犯罪被害者の補償は定額給付方式で実施されていたが、現在では、一般犯罪被害とテロ被害の両方で、実質補填方式が採用されており、被害者に対する補償額は以前よりも大きくなっている(注182)。
次に、補償の財源が一般歳入ではなく、保険契約の課徴金によって支えられている点もフランスの制度の特長といえる。これは、元来、FGTIが自動車賠償補償基金をモデルに創設された制度であるためである。自動車賠償補償基金のもとでは、自動車利用者が自動車事故の潜在的被害者と見なされ、自動車保険加入者からの課徴金徴収が正当化されている(注183)。FGTIでは、財産保険契約に係る課徴金が財源となっており、課徴金の額は毎年の経済財政産業省の省令によって定められる。そのため、FGTIによる補償は国家全体による補償という形をとる(注184)。
最後に、近年の制度を取り巻く情勢としては、申請件数の急増が目を引く。FGTIが発足した年である1991年には5000件の申請であったのに対し、2006年においては1万7500件と大幅に件数が増加してきており(注185)、限られた財源のなかで、現行の補償内容が今後とも安定的に維持されていくことになるのか否かが注目されるところである。
- 注135
- Guarantee Fund for Victims of Acts of Terrorism and other Offences (FGTI), <http://www.fgti.fr/anglais/connaitre/missions.htm>, accessed on March 11, 2009. Web. p.1.
- 注136
- Therry Tisserand, “Le m?canisme d’indemnisation des victimes d’infractions par la Civi et le r?le du Fonds de Garantie des victimes d’actes de terrorisme et d’autres infractions,” (2008, Fonds de Garantie) , p.1.
- 注137
- 同上, p.2.
- 注138
- 同上, p.2. Fonds de Garantie des Assuarance Obligatoires de Dommages,<http://www.fga.fr>
- 注139
- 山野嘉朗。「テロ・犯罪行為、自然災害被害者の補償制度-フランス法を参考にして」『損害保険研究』第58巻第3号(1996年11月)134頁。
- 注140
- Tisserand, p.2.
- 注141
- 山野、134-135頁。
- 注142
- Tisserand, p.3.
- 注143
- 同上, p.3.
- 注144
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/conditions-182.html>, accessed on March 11, 2009.
- 注145
- 同上.
- 注146
- 同上.
- 注147
- Tisserand, pp.15. Julia Mikaelson and Anna Wergens, “Repairing the Irreparable: State Compensation to Crime Victims,” (2001), p.71-72, <http://www.brottsoffermyndigheten.se/Sidor/EPT/Bestallningar/PDF/Repairing.pdf>, accessed on March 26, 2009.
- 注148
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/conditions-182.html>
- 注149
- Tisserand, p.15.
- 注150
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/conditions-182.html>
- 注151
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/procedures-183.html>, accessed on March 11, 2009. FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/documents-184.html>, accessed on March 11, 2009.
- 注152
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/documents-184.html>
- 注153
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/procedures-183.html>
- 注154
- Tisserand, p.2, 5.
- 注155
- 同上, p.6.
- 注156
- 同上, p.5.
- 注157
- 同上, p.4.
- 注158
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-offences/conditions-182.html>
- 注159
- 内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006)<http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#france>, 3月26日にアクセス。
- 注160
- Tisserand., p.2.
- 注161
- 同上, p.3; and Christina Pelikan, “Report on Non-Criminal Justice Remedies for Crime Victimes,” (Strasbourg, the Directorate General of Human Rights and Legal Affairs of Council of Europe, September 3, 2007) , p.5, <http://www.coe.int/t/e/legal_affairs/legal_co-operation/steering_committees/cdcj/cj-s-vict/
CJ-S-VICT%20_2007_%208%20E%20-%20Report%20on%20non-criminal%20justice%20reme%E2%80%A6.pdf>, accessed on March 26. - 注162
- 山野、132頁。
- 注163
- Tisserand, p.3.
- 注164
- Service d'aide au recouvrement en faveur des victimes d'infractions (SARVI), <http://www.sarvi.org/index-6.html>, accessed on March 11, 2007.
- 注165
- 同上.
- 注166
- 同上.
- 注167
- 同上.
- 注168
- 同上.
- 注169
- 山野、130頁。Henry Samuel, “Explosives found in Paris department store,”Telegraph, December 16, 2008, <http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/france/3793529/Explosives-found-in-Paris-department-store.html>, accessed on March 11, 2009. Barry James, “In France , a Victim of Terror Fights Back,” International Herald Tribune, April 22, 1995,<http://www.iht.com/articles/1995/04/22/victim.php>, accessed on March 11, 2009.
- 注170
- 山野、130頁。
- 注171
- Loi n°86-1020 du 9 septembre 1986 relative a la lutte contre le terrorisme,<http://www.legifrance.gouv.fr/affichTexteArticle.do;jsessionid=BCED18172981F4513D05089440E14B4F.tpdjo13v_2?idArticle=
LEGIARTI000006490798&cidTexte=JORFTEXT000000693912&dateTexte=19870730>, accessed on March 9, 2009. - 注172
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism-138.html>, accessed on March 11, 2009.
- 注173
- 同上.
- 注174
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism/conditions-185.html>, accessed on March 11, 2009.
- 注175
- FGTI, <http://www.fgti.fr/anglais/connaitre/missions.htm>
- 注176
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism-138.html>. FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism/procedure-186.html>, accessed on March 11, 2009; 内閣府「平成18年度海外調査結果最終報告書」(2006) <http://www8.cao.go.jp/hanzai/report/h18of/3-1.html#france>, 3月26日にアクセス。
- 注177
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism/documents-188.html>, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism/procedure-186.html>
- 注178
- FGTI, <http://www.fgti.fr/claims-terrorism/compensation-187.html>
- 注179
- 同上.
- 注180
- FGTI, <http://www.fgti.fr/index-132.html>
- 注181
- Tisserand, pp.4-5.
- 注182
- 山野、138頁。
- 注183
- 同上、138頁。
- 注184
- Tisserand, p.3.
- 注185
- 同上, p.4.