第5章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮の動向

① 思想統制の強化を通した体制の引締め

平成25年12月、北朝鮮において、金正恩(キムジョンウン)国防委員会第一委員長(以下「金正恩第一委員長」という。)の後見人とみられていた張成沢(チャンソンテク)党行政部長が粛清されたことに伴い、一部の幹部が失脚するなどしたことから、この粛清が金正恩体制に与える影響が注目されていた。こうした中、金正恩第一委員長が26年1月に発表した新年の辞において粛清の効果を強調したほか、金己男(キムギナム)党政治局員が同年2月に行われた中央報告大会において金正恩第一委員長の指導に従うべきことを強調するなど、北朝鮮は、思想面での統制を強化し体制の引締めを図った。

② 対話と挑発を使い分けた外交政策

北朝鮮は、26年3月、6月及び7月に、米韓合同軍事演習等に対抗する形で日本海に向けて弾道ミサイルを発射したほか、同年3月に実施した弾道ミサイル発射を非難した国際連合安全保障理事会議長の報道談話に反発して「新たな形態の核実験」の実施に言及するなど、軍事的挑発を繰り返した。その一方で、北朝鮮は、国営メディアを通じ、朝鮮半島情勢の悪化の根源は米国であり、韓国は米国の支配と干渉から抜け出すべきであると強調したほか、同年9月から10月にかけて韓国の仁川(インチョン)で開催された仁川アジア競技大会の閉会式に黄炳瑞(ファンビョンソ)軍総政治局長らを出席させ、高官級協議の継続的な開催について韓国と合意するなど、韓国との積極的な対話姿勢を示した。このように、北朝鮮は、米韓の離間を企図し、対話と挑発を使い分けながら、各種の外交政策を展開した。

 
仁川アジア競技大会閉会式に出席するため仁川国際空港に到着した黄炳瑞軍総政治局長(共同通信社)
仁川アジア競技大会閉会式に出席するため仁川国際空港に到着した黄炳瑞軍総政治局長(共同通信社)

中朝関係については、両者の代表団や要人の往来が鈍化するなど、冷却化ともみられる動向が認められる一方で、露朝関係については、同年10月に李洙白(リスヨン)外相がラヴロフ外相と会談したほか、同年11月に玄永哲(ヒョンヨンチョル)人民部長や崔竜海(チェリヨンヘ)政治局常務委員がプーチン大統領と会見するなど、北朝鮮がロシアへの接近を図る動向がみられた。

③ 我が国における親朝世論の形成

北朝鮮は、北朝鮮と縁のある我が国の著名人による訪朝団等を積極的に受け入れた。また、北朝鮮は、終戦前後に現在の北朝鮮域内で死亡し埋葬された残留日本人の遺骨返還問題等に関し、日本人墓地とされる場所を公開し、遺族による墓参訪朝を継続して受け入れている。このように北朝鮮においては、我が国における親朝世論を形成しようとする動向がみられた。

④ 朝鮮総聯(れん)(注)の動向

朝鮮総聯は、朝鮮総聯やその傘下団体等が主催する各種行事等に国会議員、著名人等を招待し、北朝鮮及び朝鮮総聯の活動に対する理解を得るとともに、支援等を行うよう働き掛けた。また、朝鮮学校が高校授業料無償化制度の適用から除外されたことなどについて不当であるなどと主張し、国際連合人種差別撤廃委員会へ訴えるなど、国際世論の支持を取り付けようとする動向がみられた。

朝鮮総聯中央本部の土地・建物の強制競売をめぐっては、26年11月、最高裁判所が朝鮮総聯側が提起した特別抗告及び抗告許可の申立てを棄却して、当該土地・建物の売却許可決定が確定し、落札業者である香川県の不動産業者に当該土地・建物の所有権が移転した。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2)中国の動向

① 3年目を迎えた習近平(しゅうきんぺい)指導部

習近平総書記は、平成25年12月には改革全般を指揮するために新設された「中央全面深化改革領導小組」の長に、26年3月には軍の組織改革を指導するために新設された「中央軍事委員会深化国防・軍隊改革領導小組」の長に、それぞれ就任した。また、同年6月には、経済政策を総括する中国共産党の最高意思決定機関とされる「中央財経指導小組」の長にも習近平総書記が就任していたことが明らかになるなど、習近平総書記は、組織上の権力基盤をほぼ盤石にしたとみられる。

中国国内では、都市部と農村部における地域・経済格差、党・政府幹部による汚職・腐敗問題に加え、環境汚染等生活に密着する問題に対する国民の不平・不満が深刻化した。また、新彊(しんきょう)ウイグル自治区を中心に無差別殺傷事件が相次いで発生し、中国当局はこれらを新彊の分離独立を狙ったテロ組織の犯行と断定した。26年5月、習近平指導部は、「対テロ戦争」の展開を宣言し、27年6月までの1年間、新彊ウイグル自治区におけるテロ行為を徹底的に取り締まることを決定した。これら中国が抱える社会の不安定要素は、中国共産党の指導基盤の安定にも影響を与えるおそれがある。

習近平指導部は、反腐敗キャンペーンを推進しており、26年中には、人民解放軍の制服組トップの中央軍事委員会副主席を務めた徐才厚(じょさいこう)胡錦濤(こきんとう)政権下で最高指導部の一人であった周永康(しゅうえいこう)前政治局常務委員が、巨額の収賄や職権乱用等の疑いで摘発された。また、同年12月、習近平指導部は、胡錦濤前国家主席の側近とみられていた令計画(れいけいかく)党統一戦線工作部長を重大な規律違反の疑いで調査していると発表した。

中国共産党は、同年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議(四中全会)において、「法に基づく国家統治」の目標を「中国の特色ある社会主義法治システムの建設」と定めた上で、「党の指導が社会主義法治の最も本質的な特徴で根本的な要求」として、中国の独自の法治の在り方を目指す姿勢を示した。

 
四中全会における習近平指導部(共同通信社)
四中全会における習近平指導部(共同通信社)

また、香港では、中国政府が29年の香港行政長官選挙の立候補者から事実上民主派を排除する改革案を発表したところ、これに反発した民主派の学生団体等が大規模な抗議活動を行い香港政府庁舎前等を占拠するなどした。

対外的には、中国は急進する経済力及び軍事力を背景に積極的な外交活動を行っており世界各国において存在感を増している。また、同年5月には、南シナ海で中国船とベトナム船が衝突したほか、同月及び6月には、東シナ海の公海上空を飛行していた我が国の自衛隊機に対して、中国軍戦闘機が異常接近したことが明らかになるなど、中国は、独自の主張に基づく海洋進出の動きを強め、武力を背景とした現状変更の試みを繰り返している。

軍事面では、同年3月、中国は、同年の予算案における国防費が8,082億3,000万元(前年度比12.2%増加)になると発表した。同国の国防費は、元年以降、世界同時不況が影響した22年を除き、過去20年余り10%以上の増加を続けており、同国は軍事力の増強を図っている。

② 我が国との関係をめぐる動向

24年9月、日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、我が国の領海に侵入する事案が度々発生し、緊迫した事態が続いている。警察では、尖閣諸島周辺海域において、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

 
中国海警局の船(手前)と海上保安庁の巡視船(共同)
中国海警局の船(手前)と海上保安庁の巡視船(共同)

また、中国においては、第二次世界大戦後70周年となる27年に、終戦70周年記念行事の開催を国際社会に呼び掛けるなどの動向がみられた。その一方で、中国は元政府高官を訪日させたり、我が国の閣僚や政府関係者等の訪中を受け入れたりしたほか、26年11月、中国・北京で開催されたAPEC首脳会議の際に約2年半ぶりとなる日中首脳会談が行われるなど、日中関係の改善に向けた動向もみられた。

③ 我が国における諸工作等

中国は、諸外国において多様な情報収集活動等を行っていることが明らかになっており、我が国においても、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等、各界関係者に対して積極的に働き掛けを行うなどの対日諸工作を行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、こうした工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

ウクライナにおいて、平成25年11月から続いていた反政府運動が激化し、26年2月にヤヌコーヴィチ政権が事実上崩壊すると、ロシアは、同年3月、ウクライナのクリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市を併合した。その後もロシアは、ウクライナ東部において政府軍と戦闘を続ける親ロシア派武装勢力を支援するなど、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害する動きを継続させたことから、欧米諸国との間で相互に経済制裁を行うなど対立が深まった。

日露関係については、同年2月、ソチ・オリンピック開会式出席のためにロシアを訪問した安倍首相が、プーチン大統領と首脳会談を行った。その後、ウクライナ情勢を受けて、我が国がウクライナの主権と領土の一体性の侵害に関与したと判断される23名の査証発給を停止するなど数次にわたって制裁を発動したところ、同年8月には、ロシアが特定の日本人を対象としたロシアへの入国制限を発表した。このような状況の中でも、両首脳間では、同年9月及び10月に相互の誕生日を捉えて電話会談が行われたほか、同年10月のアジア欧州会合(ASEM)首脳会合、同年11月のAPEC首脳会議の際に会談が行われるなど、日露間の対話は継続している。

また、ロシア情報機関は、世界各地において依然として活発に活動しているところ、我が国においても、活発に情報収集活動を行っており、警察では、ソ連崩壊以降、これまでに8件の違法行為を摘発している。警察としては、ロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、今後も厳正な取締りを行うこととしている。



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