第5章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と対策

1 対日有害活動の動向と対策

(1)北朝鮮の動向

① 金正恩(キムジョンウン)体制の求心力向上に向けた動向

平成24年中、北朝鮮は、故金正日国防委員長の「遺訓」による統治を強調することで、金正恩氏による後継を正当化し、求心力を高めるための宣伝や扇動を展開した。

同年4月に金正恩氏が、朝鮮労働党第一書記及び国防委員会第一委員長(以下「第一委員長」という。)に就任すると、北朝鮮は、金正恩第一委員長が李雪主(リソルジュ)夫人を随行させて、市民と触れ合う姿や、大衆娯楽施設を視察する姿を報じることで、金正恩第一委員長が「人民愛」に溢れた指導者であるとのイメージづくりを推進した。一方で、金正恩第一委員長の最側近とみられていた李英鎬(リヨンホ)朝鮮人民軍総参謀長を朝鮮労働党の役職から解任したほか、青年層における忠誠心の醸成や思想強化に着手するなど、新体制の方針に独自性をみせた。

こうした中、北朝鮮は、国際社会が自制を強く求めたにもかかわらず、同年4月13日及び同年12月12日に人工衛星と称するミサイルを発射したほか、25年2月12日には、通算3回目となる核実験を強行し、その後も更なる軍事的挑発行為の可能性を示唆することで、北朝鮮への圧力を強める各国を牽制するなど、朝鮮半島情勢を緊迫化させた。

朝鮮総聯(れん)(注)では、24年5月、許宗萬(ホジョンマン)朝鮮総聯中央責任副議長が議長に就任した。議長就任挨拶では、金正恩第一委員長に対する忠誠が示され、金正日時代と変わらない朝鮮総聯の北朝鮮に対する従属性が明らかとなった。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。
 
部隊を視察する金正恩第一委員長(右から2番目)(共同)
部隊を視察する金正恩第一委員長(右から2番目)(共同)
 
ミサイル発射の状況(12月)(共同)
ミサイル発射の状況(12月)(共同)
② 我が国に対する牽制等

北朝鮮は、24年中、国営メディア等を通じ、拉致問題について「既に全て解決した」と改めて主張するとともに、戦時中の「犯罪」に対する補償や謝罪を要求した。一方、北朝鮮に埋葬された残留日本人の遺骨返還問題について、民間団体の訪朝及び現地調査を受け入れるとともに、同問題を議題とした日朝政府間協議に応じるなど、対北朝鮮措置の解除等に向けて硬軟織り交ぜた駆け引きを展開した。

③ 各界関係者に対する働き掛け等

朝鮮総聯は、各種行事に国会議員、地方議員、著名人等を招待し、北朝鮮に対する理解、朝鮮総聯の活動に対する支援等を働き掛けるなど、我が国の各界各層に対して工作を展開している。24年中には、朝鮮学校に対する我が国政府の施策の不当性を訴える街頭宣伝や中央省庁への要請行動等を行ったほか、朝鮮総聯中央本部の土地及び建物に対する競売手続の開始が決定し、朝鮮総聯を取り巻く情勢が厳しくなる中で、親朝世論の醸成に向けた取組を展開した。

警察では、北朝鮮や朝鮮総聯による工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、25年1月には、北朝鮮工作員による著作権法違反事件を検挙した。また、警察では、対北朝鮮措置に関係する違法行為に対しても徹底した取締りに努めており、これまでに、対北朝鮮措置に関する違法行為を計25件(24年12月末日現在)検挙している(うち24年中は7件)。

事例

軍事関係情報に関するデータを不正に複製した上、北朝鮮の軍関係者の疑いのある人物に提供したとして、25年1月、北朝鮮工作員(42)を著作権法違反(複製権侵害)で逮捕した。同人は、北朝鮮側の要望に応えて軍事関係資料の収集等を行い、北朝鮮側に提供するなどの工作活動を行っていたことが判明した(大阪)。

(2)中国の動向

平成24年11月、中国共産党第18回全国代表大会が開催され、胡錦濤(こきんとう)総書記(当時)が今後の施政方針等を示す政治報告を行い、官僚の汚職根絶等、今後党が目指すべき方針を掲げた。また、党大会閉会後に開催された中国共産党中央委員会第1回全体会議では、習近平(しゅうきんぺい)国家副主席が総書記に就任するなど、中国新指導部が発足した。

国内では、中国政府による民主活動家への弾圧やチベット政策に対する抗議デモ等が相次いで発生したほか、都市部と農村部の所得格差や党幹部の腐敗等に対する国民の不満が表面化し、各地で民衆の暴動が頻発した。また、同年9月には日本政府による尖閣諸島の所有権の取得を受けて反日感情が高まり、中国各地で大規模な反日デモが発生し、暴徒化した一部が日本企業等を襲撃する事態となった。

 
中国で発生した反日デモ(アフロ)
中国で発生した反日デモ(アフロ)

外交面では、中国は、急伸する経済力を背景に世界各国において存在感を増し、南シナ海では海洋権益をめぐり周辺諸国との摩擦が生じている。我が国との関係では、尖閣諸島に関する独自の主張に基づき、強硬姿勢を示した。

軍事面では、同年3月、中国政府は、同年予算案の国防費が6,702億元(前年比 691億元(11.2%)増加)になると発表し、米国に次ぐ世界第2位の規模となることが明らかになった。また、中国は、長距離航行が可能な無人攻撃機やレーダーで捕捉しにくいステルス戦闘機の開発に加え、中国初の空母を就役させるなど、軍備の拡充を図った。

中国は、我が国において、先端技術保有企業、防衛関連企業、大学・研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣して、先端技術に関する情報収集活動を行っているほか、環境、食料、医療等にその情報収集活動の対象を拡大しているとみられる。

警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、こうした工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、同年5月には、警視庁は中国大使館の元一等書記官を被疑者とする公正証書原本不実記載・同行使及び外国人登録法違反事件を東京地方検察庁に送致した。

コラム④ 尖閣諸島をめぐる情勢と警察活動

平成24年8月、香港の活動家らが魚釣島に上陸したことから、沖縄県警察は、出入国管理及び難民認定法違反(不法上陸)で5人を現行犯逮捕した。

また、同年9月以降は、尖閣諸島周辺で中国の漁業監視船や海洋調査船の出現が常態化するとともに、中国の海洋調査船等が我が国の領海内に侵入する事案が度々発生している。

一方、こうした情勢を受けて、国内では、同年9月に在福岡中華人民共和国総領事館に対する発煙筒投てき事件、在大阪中華人民共和国総領事館に対する建造物損壊事件等が発生し、右翼団体構成員等を検挙した。

警察は、国内の中国関連施設に対する警戒警備を強化するほか、尖閣諸島周辺海域において、関係省庁と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして不測の事態に備えている。

 
尖閣諸島周辺海域で警戒に当たる部隊員
尖閣諸島周辺海域で警戒に当たる部隊員

(3)ロシアの動向

平成24年5月、プーチン前首相が4年ぶりに大統領に復帰し、メドヴェージェフ前大統領が首相に就任した。プーチン大統領は、就任後直ちに、国家の全面的な近代化に向け、従来の資源依存型経済から脱却し、技術革新を進めて経済を立て直すことを目指す政策を示した。また、極東開発に重点を置くロシアは、同年9月に初のホスト国としてAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議をウラジオストクにおいて開催し、極東への投資や技術協力を呼び込むため、アジア諸国との外交関係を重視する姿勢を示した。

日露関係については、プーチン大統領がAPEC首脳会議終了後の記者会見で、北方領土問題の決着に意欲を示した一方で、メドヴェージェフ首相は、同年7月、自身2度目の国後島訪問を強行するなど強硬な姿勢を示した。今後、ロシアは我が国に対して、北方領土問題をめぐる対話を継続する姿勢を示しつつ、経済協力や技術獲得に向けた働き掛けを行うものとみられる。

ロシアの情報機関は依然として世界各地で活発に情報収集活動を行っており、24年中は、ロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事件が1月にカナダで、2月にエストニアで、3月にオランダで、8月にドイツで、それぞれ摘発されている。我が国でもロシア情報機関員は活発に情報収集を行っており、警察では、ソ連崩壊以降、これまでに8件の違法行為を摘発している。

自身も情報機関の出身であるプーチン大統領は、引き続き国政運営に情報機関出身者を重用していくものとみられる。警察としては、ロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることがないよう、今後も厳正な取締りを行うこととしている。



前の項目に戻る     次の項目に進む