特集II:安全・安心で責任あるサイバー市民社会の実現を目指して

第1節 サイバー犯罪の現状

1 サイバー犯罪の概況

(1)サイバー犯罪の検挙状況

インターネットその他の高度情報通信ネットワークは、国民生活の利便性を向上させ、社会・経済の根幹を支えるインフラとして機能している。その一方で、サイバー犯罪(注1)は年々その深刻さを増している状況にある。

注1:高度情報通信ネットワークを利用した犯罪やコンピュータ又は電磁的記録を対象とした犯罪等の情報技術を利用した犯罪

<1> 検挙状況全般

サイバー犯罪の検挙件数は増加の一途をたどっており、平成22年中は6,933件と、前年より243件(3.6%)増加し過去最多となった。また、22年中のネットワーク利用犯罪(注2)の検挙件数についても5,199件と、前年より1,238件(31.3%)増加し、過去最高となった。

図―1 サイバー犯罪の検挙件数の推移(平成13~22年)

図―2 ネットワーク利用犯罪の検挙件数の推移(平成13~22年)

注2:その実行に不可欠な手段として高度情報通信ネットワークを利用する犯罪

<2> 被疑者の特徴

警察の犯罪統計を元に、サイバー犯罪に係る被疑者の特徴について分析を行った。その結果、犯行時の職業、被疑者の前科について以下のような特徴が見られた。

ア 犯行時の職業について

犯行時の職業について「その他の専門・技術職」に該当する被疑者の割合は、刑法犯では0.8%であるのに対し、ネットワーク利用犯罪では3.1%、不正アクセス行為の禁止等に関する法律(以下「不正アクセス禁止法」という。)違反では6.9%となっている。このように、刑法犯全体に比べてサイバー犯罪において専門的な知識を持つ者による犯行の割合が多く、ネットワーク利用犯罪に比べて不正アクセス禁止法違反において専門的な知識を持つ者による犯行の割合が高いことがうかがわれる。

図―3 犯行時における被疑者の職業について(平成21年)

イ 前科について

犯行時に前科を有している被疑者の割合は、刑法犯全体では28.7%であるのに対し、ネットワーク利用犯罪では20.1%、不正アクセス禁止法違反では8.1%と、サイバー犯罪においては前科のない者が犯罪を敢行している割合が高くなっている。

図―4 犯行時における被疑者の前科の有無、同一罪種前科の有無について(平成21年)

<3> 不正アクセス禁止法違反

ア 不正アクセス禁止法違反の検挙件数

22年中の不正アクセス禁止法違反の検挙件数は1,601件と前年より933件(36.8%)減少した。しかし、これは21年中に1事件で1,925件検挙という大規模なフィッシングによる不正アクセス事件を検挙したことが要因であり、この10年間をみると、検挙件数は急激に増加している。また、22年中の検挙人員については125人と前年より11人(9.6%)増加しており、不正アクセス禁止法違反についての情勢は依然として深刻な状況にある。

図―5 不正アクセス禁止法違反の検挙件数の推移(平成13~22年)

イ 不正アクセス行為に係る識別符号の入手方法、不正アクセス行為の動機

不正アクセス行為に係る識別符号の入手方法については、フィッシング(注)により他人の識別符号(ID・パスワード等)を大量に入手するものが21年は約8割、22年は約9割と大多数を占めている。しかし、他人の識別符号を知り得る立場にあった者による不正アクセス行為や、推測した識別符号を使用した不正アクセス行為も依然として発生している。

また、不正アクセス行為の動機については、不正アクセス禁止法の施行当初は、不正アクセス行為により好奇心を満たそうとしたものが多かったが、現在は、サイバー空間における各種サービスを悪用して金銭を得たり、商品をだまし取るなど不正に経済的利益を得ることを動機とする不正アクセス行為が大多数を占めている状況にある。

表―1 不正アクセス行為に係る識別符号の入手方法の内訳(平成18~22年)

表―2 不正アクセス行為の動機の内訳(平成18~22年)

注:フィッシングとは、銀行等の実在する企業を装って電子メールを送り、その企業のウェブサイトに見せかけて作成した偽のウェブサイト(フィッシングサイト)を受信者が閲覧するよう誘導し、そこに当該サイトでクレジットカード番号、識別符号を入力させて金融情報や個人情報を不正に入手する行為をいう。

<4> ネットワーク利用犯罪

ア インターネットを利用した児童ポルノ事犯

22年中のインターネットを利用した児童ポルノ事犯の検挙件数は、783件と前年より276件(54.4%)増加、検挙人員については、644人で前年より250人(63.5%)増加し、過去最多となった。

図―6 インターネットを利用した児童ポルノ事犯に係る検挙件数及び検挙人員(平成13~22年)

イ インターネットを利用した薬物密売事犯

22年中のインターネットを利用した薬物密売事犯(注1)の検挙事件数(注2)は、19事件と、前年より6事件増加しており、違法な薬物密売事犯は後を絶たない状況にある。

図―7 インターネットを利用した薬物密売事犯の検挙事件数の推移(平成18~22年)

注1:広告違反、あおり・唆しを含む。

注2:同一の被疑者で関連の余罪がある場合でも、一つの事件として計上した統計

ウ インターネットを利用した知的財産権侵害事犯

22年中の知的財産権侵害事犯において、偽ブランド事犯等の商標法違反の検挙事件数のうちインターネットを利用したものの割合は52.3%であり17年以降上昇している。また、海賊版事犯等の著作権法違反の検挙事件数のうちインターネットを利用したものの割合は77.8%であり、18年以降上昇している。

図―8 インターネットを利用した知的財産権侵害事犯の割合の推移(平成13~22年)

エ コミュニティサイト等の利用に起因する事犯

22年中の出会い系サイト(注1)の利用に起因する事件の検挙件数は1,025件と、前年より178件(14.8%)減少し、19年から4年連続して減少する一方、コミュニティサイト(注2)の利用に起因して児童(18歳未満の者をいう。以下同じ。)が被害に遭った一定の事件(注3)として警察庁に報告のあった検挙件数は1,541件であり、前年より194件(14.4%)増加した。

図―9 出会い系サイト及びコミュニティサイトの利用に起因する検挙件数及び児童被害の推移(平成18~22年)

また、22年中に出会い系サイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童は254人と、前年より199人(43.9%)減少する一方、コミュニティサイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童は1,239人と、前年より103人(9.1%)増加した。

被害児童数について罪種別でみると、出会い系サイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童については、児童買春の被害児童が151人(59.4%)と最も多く、コミュニティサイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童については、いわゆる青少年保護育成条例違反(みだらな性行為等違反等)の被害児童が772人(62.3%)と最も多くなっている。

注1:面識のない異性との交際(以下「異性交際」という。)を希望する者(以下「異性交際希望者」という。)の求めに応じ、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し、かつ、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供するウェブサイト

注2:SNS、プロフィールサイト等、ウェブサイト内で多人数とコミュニケーションがとれるウェブサイトのうち、出会い系サイトを除いたものの総称をいう。

注3:児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童買春・児童ポルノ法」という。)違反、児童福祉法違反、青少年保護育成条例違反及び重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦(かん)、略取誘拐・人身売買及び強制わいせつ)に係る事件

年齢別でみると、14歳以下の被害児童数については、出会い系サイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童は50人(19.7%)であるのに対し、コミュニティサイトの利用に起因する犯罪の被害に遭った児童は362人(29.3%)となっており、コミュニティサイトの利用に起因する被害児童の低年齢化が顕著である。

図―10 出会い系サイト及びコミュニティサイトの利用に起因する事件(注)の被害に遭った児童の罪種別被害状況(平成22年)

図―11 出会い系サイト及びコミュニティサイトの利用に起因する事件の被害に遭った児童の年齢別被害状況(平成22年)

注:出会い系サイトの利用に起因する事件として警察庁に報告のあったもの及びコミュニティサイトの利用に起因して児童が被害に遭った一定の事件として警察庁に報告のあったもの

(2)違法情報・有害情報や相談受理の状況

<1> インターネット上の違法情報・有害情報

インターネット・ホットラインセンター(特集II 2節1項(2)参照)に通報される情報のうち、違法情報・有害情報(注)に該当するとされた件数は増加の一途をたどっており、平成22年中は4万4,683件と、前年より1万715件増加している。また、22年中の違法情報の内訳は、わいせつ物公然陳列に関する情報が56.7%とその多数を占めている状況にある。

図―12 違法情報・有害情報該当件数の推移(平成18~22年)

図―13 違法情報の内訳(平成22年)

注:違法情報とは、児童ポルノ画像、わいせつ画像、覚せい剤等規制薬物の販売に関する情報等、インターネット上に掲載すること自体が違法となる情報をいう。有害情報とは、違法情報には該当しないが、犯罪や事件を誘発するなど公共の安全と秩序の観点から放置することのできない情報をいう。

<2> サイバー犯罪等に関する相談受理状況

22年中の都道府県警察におけるサイバー犯罪等に関する相談の受理件数は7万5,810件と前年より7,929件(9.5%)減少したが、依然として高い水準にある。

図―14 サイバー犯罪等に関する相談受理件数の推移(平成18~22年)

(3)サイバー空間をめぐる捜査環境

(1)及び(2)でみたとおり、サイバー犯罪はますます深刻さを増しており、警察では様々な事案に対応している。しかしながら、サイバー空間は、<1>匿名性が高く、痕跡が残りにくい、<2>地理的・時間的制約を受けることが少なく、短期間のうちに不特定多数の者に影響を及ぼしやすいといった特性を有していることから、サイバー犯罪の被害拡大の防止、被害の未然防止を図ることが困難である場合もあり、サイバー空間をめぐる捜査環境は厳しい状況にある。

<1> 匿名性が高く、痕跡が残りにくい

サイバー空間では、相手方の顔や声を認識することはできず、筆跡、指紋等の物理的な痕跡も残らない上、相手方が本人かどうかの確認は、専ら識別符号によって行われる。このような特性に着目し、正規の利用者の識別符号を盗用するなどの不正アクセス行為により、正規の利用者になりすましてサイバー犯罪を実行する以下のような事例が発生している。

事例〔1〕

インターネットカフェのアルバイト店員の男(25)は、平成20年1月、客用のコンピュータに仕掛けておいたキーロガー(注)により、客が入力したインターネットバンキングに係る識別符号を不正に入手し、インターネットバンキングに対する不正アクセス行為を行い、客の口座から自らが管理する電子マネーカードに不正にチャージするなどし、財産上不法の利益を得た。同年3月、不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)、電子計算機使用詐欺罪等で検挙した(千葉)。

注:コンピュータのキーボードでどの文字が入力されたかを記録するプログラムをいう。

サイバー犯罪の捜査では、犯罪に使用されたコンピュータを特定するとともに、そのコンピュータを誰が使用したのかを明らかにすることが必要である。しかしながら、本人確認を行っていないインターネットカフェやセキュリティ対策が不十分である無線LAN を利用するなどして敢行されたサイバー犯罪については、被疑者の特定は非常に困難である。

事例〔2〕

会社員の男(33)らは、21年4月から22年1月までの間、他人名義で契約したデータ通信カードを使用してフィッシングサイトを構築し、本人確認を行わないインターネットカフェから当該フィシングサイトへのアクセスを誘導する電子メールを送信して、当該サイトにアクセスした者にクレジットカード番号やインターネット上のクレジットカード決済時に必要となる本人認証用の識別符号を不正に入力させ、インターネットショッピングサイトにこれを入力して不正アクセスを行い商品をだまし取った。22年1月、5人を詐欺罪で逮捕するとともに、そのうち3人を同年7月、不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)で検挙した(静岡、熊本)。

事例〔3〕

デザイナーの男(29)らは、ウェブサイトでモデル募集と称して男子児童を集め、わいせつな姿態をとらせた上、その様子を撮影して児童ポルノを製造し、これを販売した。男らは、他人の無線LAN を無断で使用してウェブサイトに児童ポルノをアップロードしていた。22年2月から同年10月にかけて、デザイナーの男に児童ポルノ画像を提供した会社員の男(47)ら2人を含め、合計6人を児童買春・児童ポルノ法違反(児童ポルノ提供等)等で逮捕した(埼玉、警視庁、兵庫)。

<2> 地理的・時間的制約を受けることが少なく、短時間のうちに不特定多数の者に影響を及ぼしやすい

サイバー空間では地理的・時間的な制約を受けることが少ないため、不特定多数の者に対して瞬時に情報を発信することができるなど、短時間のうちに不特定多数の者に影響を及ぼしやすいものであり、こういった特性は、サイバー空間の利用者にとって、大きな便益がもたらされるものである。

その一方で、一たびサイバー空間で犯罪が敢行された場合、その被害は全国に拡大し、捜査を困難にするといった側面を持つものである。具体的には、インターネット・オークション詐欺の被害者が全国的に所在していたりウェブサーバが外国に所在していたりすることなどにより、サイバー犯罪の捜査においては、犯罪の実行地、証拠の所在地、被害発生地等の間に地理的関連性が希薄な場合があり、被害の全貌を把握することが困難となっている。さらに、それらが判明した場合でも、外国を含む広大な地域において捜査を展開していかなければならないことが多く、捜査が困難となっている。

事例〔4〕

会社役員の男(20)らは、21年11月、アダルトゲームの実行ファイルに偽装したコンピュータ・ウイルスをファイル共有ソフト上に公開した。当該ウイルスは、これをインストールしたコンピュータのデスクトップ画面やインストール時に入力する個人情報を遠隔地のウェブサーバに自動送信するものであり、当該コンピュータの設定情報やインストール時に入力された個人情報をウェブサイトに掲載した上、あたかもゲームソフトについて著作権を有するかのように装って被害者らを欺き、著作権侵害の和解金名下に2万3,400円をだまし取った。22年5月、2人を詐欺罪で逮捕した(警視庁)。

事例〔5〕

無職の男(32)は、22年5月、米国所在の事業者が運営している簡易投稿サイトに、「きょうで死にますゆるさない確実にころします」などと交際していた女性の殺害予告を書き込んだ。日本所在の当該事業者の関連事業者を通して通信記録を入手して被疑者を特定し、同月、脅迫罪で逮捕した(警視庁)。

事例〔6〕

無登録貸金業者(30)らは、19年3月頃から20年2月頃にかけて、インターネット上に登録業者を仮装して広告を掲載するなどの方法により融資を勧誘し、全国47都道府県にわたって約2,600人に総額約1億2,000万円を貸し付け、法定金利の約56倍から約102倍の利息を他人名義の口座に振り込ませ受領するなどした。20年5月までに、貸金業法違反(無登録)、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)違反(超高金利等)、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織的犯罪処罰法」という。)違反(犯罪収益等隠匿)等で10人を逮捕した(富山)。

(4)インターネットカフェの現状

匿名性の高さ及び痕跡の残りにくさを利用したサイバー犯罪の事例の一つとしてインターネットカフェを利用したものを取り上げたが、インターネットカフェにおいては、事業者が利用者の本人確認を行い、その使用状況を記録していなければ、犯行に利用されたコンピュータを特定することができたとしても、これを利用していた者を特定することは困難である。

警察庁では、平成20年からインターネットカフェの実態について調査を行っているところ、22年の調査結果を21年の調査結果と比較すると、全国のインターネットカフェにおける本人確認の実施率は大きく向上した。この要因の一つとして、東京都においてインターネット端末利用営業の規制に関する条例が制定されたことがあると思われる。

しかしながら、東京都以外の道府県においては、日本複合カフェ協会(注)に加盟していない店舗における書面による本人確認の実施率は半数にとどまっており、さらにこうした店舗ではコンピュータの使用状況の記録保存や防犯カメラの記録保存もあまり行われていない状況が見受けられる。

図―15 インターネットカフェについての調査結果(平成21、22年)

注:平成13年7月に設立されたインターネットカフェ及び漫画喫茶等の業界における唯一の事業者団体であり、業界の健全発展等を図るため、運営ガイドラインを策定し、これに従った店舗運営を加盟店舗に推奨している。

コラム〔1〕 「インターネット端末利用営業の規制に関する条例」(東京都)

東京都では、インターネットカフェ等におけるサイバー犯罪の防止及びその他各種犯罪の発生を防止することを目的として、事業者が店舗を設けてインターネットカフェ等を営もうとする際には東京都公安委員会への営業に関する届出義務を課すとともに、インターネットカフェ等の営業者に対し、運転免許証等の本人確認書類による利用者の本人確認を義務付けること等の規制を行うインターネット端末利用営業の規制に関する条例を制定し、22年7月1日に施行された。


第1節 サイバー犯罪の現状

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