第2節 犯罪情勢と捜査活動

1 平成10年の犯罪の特徴

(1) 毒物等混入事件の連続発生
 平成10年7月に発生した「和歌山市園部における毒物混入事件」以降、10年末までに警察庁に報告のあった毒物等混入事件は35件で、うち13件を検挙している。
(注) ここでいう「毒物等」は、毒物及び劇物取締法に規定する毒劇物、消防法に規定する危険物をいい、家庭用洗剤や粉石鹸(けん)等の類は含まれていない。
[事例1] 7月、主婦(37)は、自治会員が調理したカレーライスにヒ素を混入し、自治会主催の夏祭り会場において、これを食べた祭りの参加者4人を急性ヒ素中毒により死亡させ、63人に同中毒による傷害を負わせた。12月、殺人罪等で検挙した(和歌山)。
[事例2] 8月、塗装業の男性が、長野県小布施町の自宅において毒物が混入された缶入りウーロン茶を飲んだところ、心肺停止状態となり、病院へ収容後、死亡した。同ウーロン茶は、同月、須坂市内のスーパーで販売されていたことが判明している。11年6月現在、捜査中である(長野)。
(2) 重要凶悪事件
ア 凶悪な手口の殺人事件の多発
 平成10年中の捜査本部設置事件(殺人、強盗殺人等殺人の絡む事件のうち捜査本部を設置した事件をいう。)は140件で、前年に比べ4件減少したが(図3-3)、そのうちバラバラ殺人・死体遺棄事件は8件発生し、前年に比べ6件増加している。
[事例1] 2月、中国人の調理師(36)は、自宅において、同棲(せい)中の中国人ホステスの頚(けい)部を包丁で切り付けて殺害し、その死体を浴室でバラバラに切断してビニール袋に入れ、道路工事現場に遺棄した。9月、殺人及び死体遺棄罪で検挙した(神奈川)。
[事例2] 7月、調理師の男(22)は、自宅において実父の腹部付近を足蹴(げ)りするなどの暴行を加え殺害し、その死体を浴室でバラバラに切断してビニール袋に入れ、兵庫県伊丹市内の河川敷に運び、ガソリンをかけて焼却した。同月、殺人及び死体遺棄罪で検挙した(兵庫)。
イ 増加する強盗事件
 10年中の強盗事件の認知件数は3,426件、検挙件数は2,614件で、前年に比べ、認知件数で617件(22.0%)、検挙件数で382件(17.1%)増加した。このうち、けん銃使用による現金輸送車襲撃事件等銃器発砲を伴う強盗事件の認知件数は11件となっている(表3-1)。

図3-3 捜査本部設置事件解決状況の推移(平成6~10年)

表3-1 銃器発砲を伴う強盗事件の対象別認知件数の推移(平成6~10年)

 路上強盗事件については1,119件発生し、前年に比べ85件(8.2%)増加している。なお、路上強盗の検挙人員に占める少年の割合は、全検挙人員の73.1%と依然として高水準で推移している(表3-2)。また、金融機関対象強盗事件は161件発生し、前年に比べ44件(37.6%)増加している(表3-3)。

表3-2 路上強盗事件の推移(平成6~10年)

表3-3 金融機関対象強盗事件の推移(平成6~10年)

ウ 性犯罪の増加
 10年中の強姦事件の認知件数は1,873件、検挙件数は1,652件、検挙人員は1,512人で、前年に比べ、認知件数で216件(13.0%)、検挙件数で180件(12.2%)、検挙人員で64人(4.4%)それぞれ増加している。
 警察では、犯罪被害者対策の一環として、性犯罪の被害者がしゅう恥心等から警察に対する被害申告をしゅん巡する傾向が強いことを踏まえ、性犯罪捜査指導官及び性犯罪捜査指導係等の設置、女性の警察官による事情聴取の拡大等の施策を推進している(第8章第4節2(2)ア参照)。
[事例] 9年4月、韓国人の無職の男(32)は、独居女性方に侵入し、帰宅した女性をナイフで脅し、両手両足を縛った上、現金約5,000円を強取するとともに同女を強姦した。10年8月、強盗強姦罪等で検挙した。なお、その後の取調べにより、ほかに19件(10年中6件)の強盗強姦事件等を敢行していたことが判明し、9月、再逮捕した(警視庁)。
(3) 金融・不良債権関連事犯
 平成10年中の金融・不良債権関連事犯の検挙件数は、住宅金融専門会社関連事犯を含め214件(85件(注))で、前年に比べ42件(6件)増加した。内訳をみると、融資過程における詐欺、背任事件等の検挙が23件(11件)、債権回収過程において民事執行を妨害するなどした競売入札妨害、公正証書原本不実記載事件等の検挙が107件(74件)、その他の金融機関役職員による詐欺、背任事件等の検挙が84件となっている(図3-4)。
(注) ( )内は、暴力団等(暴力団、暴力団構成員、準構成員、総会屋等及び社会運動等標ぼうゴロをいう。)に係る金融・不良債権関連事犯の件数を示す。
 このような情勢に対応して、警察においては、捜査体制を強化する一方、破綻(たん)金融機関の債権回収等に当たる預金保険機構、整理回収機構(11年4月、住宅金融債権管理機構及び整理回収銀行の合併により発足)からの告訴・告発、相談、保護要請等に対する的確な対応を行い、刑罰法令に触れる行為に厳正に対処するとともに、民事執行の妨害行為の排除等、債権回収への支援に努めている。

図3-4 金融・不良債権関連事犯の検挙状況の推移(平成6~10年)

[事例1] 地方銀行頭取(71)らは、共謀の上、5年7月から7年3月までの間、自己や融資先不動産会社役員らの利益を図る目的をもって、7回にわたり、同社に返済能力がないことを知りながら、十分な担保を取らずに合計約65億円の融資を行い、同銀行に対し財産上の損害を与えた。10年5月、商法違反(特別背任)で検挙した(警視庁、長崎)。
[事例2] 農業協同組合組合長(71)らは、共謀の上、7年4月及び9月の2回にわたり、不動産会社代表取締役らの利益を図る目的をもって、同社に返済能力がないことを知りながら、十分な担保を取らずに合計2億2,100万円の貸付けを行ったほか、10年3月及び6月には、担保不動産の抵当権の一部を放棄し、同組合に対し財産上の損害を与えた。11月、背任罪で検挙した(福岡)。
[事例3] 不動産会社代表取締役(62)らは、共謀の上、8年6月、共同債権買取機構が根抵当権を設定していた同社及び関連会社保有の土地を売却し、その際、売買契約書を偽造するなどして売却代金を偽り、売却代金の一部を返済金に充当しないまま、同機構に根抵当権を抹消させ、財産上不法の利益を得た。10年4月、詐欺罪で検挙した(大阪)。

2 犯罪情勢及び捜査活動の現況

(1) 全刑法犯の認知及び検挙の状況
ア 認知状況
 平成10年中の刑法犯の認知件数(注)は203万3,546件(前年比13万3,982件(7.1%)増)である(図3-1)。
(注) 罪種別認知件数は、資料編統計3-3参照。
 10年中の刑法犯認知件数の包括罪種別構成比をみると、窃盗犯が178万9,049件で、全体の88.0%を占めている(図3-5)。
 過去20年間の刑法犯包括罪種別認知件数の推移をみると、粗暴犯が減少傾向にあるのに対し、窃盗犯は増加傾向にある(図3-6)。

図3-5 刑法犯認知件数の包括罪種別構成比(平成10年)

イ 検挙状況
 10年中の刑法犯検挙件数は77万2,282件(前年比1万2,673件(1.7%)増)、検挙人員(注)は32万4,263人(1万690人(3.4%)増)である(図3-2)。
(注) 検挙人員には、触法少年を含まない。

図3-6 刑法犯包括罪種別認知件数の推移(昭和54~平成10年)

(2) 犯罪による被害者の状況
ア 生命、身体の被害
 平成10年中に認知した刑法犯により死亡し、又は負傷した者の数はそれぞれ1,350人(前年比70人(5.5%)増)、2万6,578人(889人(3.5%)増)である(表3-4)。

表3-4 刑法犯による死者数と負傷者数の推移(平成6~10年)

イ 財産犯による被害
 10年中に認知した財産犯(強盗、恐喝、窃盗、詐欺、横領、占有離脱物横領をいう。)による財産被害の総額は約2,652億円(前年比約7億5,599万円(0.3%)減)であり、このう

表3-5 財産犯による財産の被害額の推移(平成6~10年)

ち、現金の被害は約1,020億円(約20億2,793万円(1.9%)減)である(表3-5)。
(3) 重要犯罪及び重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 警察では、刑法犯のうち個人の生命、身体及び財産を侵害する度合いが高く、国民の脅威となっている重要犯罪、重要窃盗犯の検挙に重点を置いた捜査活動を行っている。
ア 重要犯罪
 平成10年中の重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦の凶悪犯に略取・誘拐、強制わいせつを加えたものをいう。)の認知件数は1万2,725件(前年比359件(2.9%)増)、検挙件数は1万700件(98件(0.9%)減)、検挙人員は8,980人(326人(3.8%)増)である。
 なお、元年以降10年までの重要犯罪の罪種別検挙率の推移は、図3-7のとおりである。

図3-7 重要犯罪罪種別検挙率の推移(平成元~10年)

イ 重要窃盗犯
(ア) 重要窃盗犯の認知及び検挙の状況
 10年中の重要窃盗犯(侵入盗、自動車盗、ひったくり、すりをいう。)の認知件数は33万369件(前年比2万5,041件(8.2%)増)、検挙件数は21万3,261件(4,414件(2.1%)増)、

図3-8 重要窃盗犯手口別検挙率の推移(平成元~10年)

検挙人員は2万4,533人(320人(1.3%)増)である。特にひったくりの認知件数は、前年に比べ8,783件(32.6%)の増加となっている。
 なお、元年以降10年までの重要窃盗犯手口別検挙率の推移は、図3-8のとおりである。
(イ) 組織窃盗事件
 来日外国人グループによる貴金属店や衣料品店等を対象とした出店荒しや、暴力団員らによる自動車盗等、組織的な広域窃盗事件が増加している。
[事例1] 暴力団幹部の男(38)らは、7年4月ころから、暴力団関係者から高級自動車の注文を受け、その注文に合った車両を盗み、偽造ナンバーを取り付けて売却し、不法な利益を得ていた。11年2月までに、1都14府県下において205件、被害総額7億1,028万円相当の犯行を確認し、51人を窃盗罪等で検挙した(滋賀、鹿児島)。
[事例2] 不法入国した中国人の男(41)らは、7年7月ころから、飲食店内における窃盗、窃取したカードを使用した詐欺、ブティック対象の出店荒し等の犯行を組織的に引き起こしていた。11年3月までに1都1道18府県において515件、被害総額12億2,516万円相当の犯行を確認し、26人を窃盗罪等で検挙した(広島、愛知、岐阜、愛媛、香川)。
(4) 政治・行政とカネをめぐる不正事案
 ここ数年、行政改革が国政の最大の焦点の一つとされる中、政治参画意識や行政監視への関心の高まりとともに、政治・行政とカネをめぐる構造的不正の追及を求める国民の声がかつてない高まりをみせているところである。このため、警察においては、この種事犯に対する捜査体制の整備・充実を図るとともに、専門的知識・技能を有する捜査員の育成強化に努め、こうした不正事案の解明を進めている。
ア 贈収賄事件
 平成10年中の贈収賄事件の検挙件数は71件、検挙人員は240人で、検挙状況は図3-9のとおりである。検挙人員のうち、首長、地方議会議員の検挙人員は、それぞれ11人、49人となっており、引き続き高い水準で推移している。

図3-9 贈収賄検挙件数、検挙人員の推移(平成元~10年)

[事例] 国立大学医学部教授(60)は、6年2月から10年4月までの間、自らが主任教授を務める薬理学教室に複数の製薬会社の社員を研究生として受け入れ、製薬会社のために新薬開発等に関する研究、実験等を行い、その結果等の情報を提供するなどの有利な取り計らいを受けたことに対する謝礼等の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、それらの製薬会社から現金合計2億5,600万円を収受した。8月、収賄罪で検挙した(愛知)。
イ 談合・競売入札妨害事件
 10年中の談合及び競売入札妨害事件の検挙件数は15件、検挙人員は136人である。
[事例] 神奈川県議会議員(55)らは、共謀の上、7年12月ころ、神奈川県企業庁発注の公共工事の指名競争入札に際し、特定の建設会社に落札させることを企て、県職員から予定価格を聞き出して同社に内報し、よって同社に同工事を落札させ、偽計を用いて公の入札の公正を害した。10年11月、競売入札妨害罪で検挙。なお、その後、同議員が本件に関して賄賂を収受したことが判明したため、12月、あっせん収賄罪で検挙した(神奈川)。
ウ 選挙違反の取締り
(ア) 第18回参議院議員通常選挙違反取締り状況
 第18回参議院議員通常選挙(7月12日投票)における公職選挙法違反事件の検挙状況(投票日後90日現在)は、件数が233件、人員が526人(うち被逮捕者70人)で、前回に比べ、件数で113件(32.7%)減少しているものの、人員は45人(うち被逮捕者34人)(9.4%(94.4%))増加している。
 このうち、買収事件の検挙状況は、検挙件数が135件、検挙人員が362人で、全検挙に占める割合は、検挙件数で57.9%、検挙人員で68.8%である(表3-6)。

表3-6 参議院議員通常選挙における罪種別検挙状況の比較

(イ) 国政補欠選挙及び一般地方選挙における違反取締状況
 10年には、参議院議員通常選挙以外の国政補欠選挙及び一般地方選挙の違反取締りにおいて、元衆議院議員、首長、各種議会議員等を検挙している。
[事例] 元衆議院議員(75)は、秘書と共謀の上、2月ころ、自己の当選を図る目的で、選挙運動者数人に対して、現金合計数百万円を供与した。5月、公職選挙法違反で検挙した(長崎)。
(5) 企業犯罪
 バブル経済崩壊後の長引く不況の影響を受け、数多くの企業が経営破綻に至ったが、破綻に至る過程又は破綻処理の過程における企業経営陣による経済取引の健全性・公正性を大きく害する不正事犯が顕在化した。
 平成10年には、不法な利益配当をした会社社長や債権者の不利になるような財産処分を行った会社役員等を検挙している。
[事例1] 大手スーパー社長(68)は、同社の決算を行うに当たり、配当可能利益が皆無であったにもかかわらず、会社の信用を維持し、金融機関等からの資金調達を容易にするため、架空の利益を計上するなどして、8年6月及び11月ころ、合計約14億円の利益配当を行った。10年11月、商法違反(違法配当)で検挙した(静岡)。
[事例2] 建設会社の副社長(63)らは、元暴力団組長の利益を図る目的をもって、更生手続を申し立てる直前、交際費勘定からいわゆる裏金として現金5,000万円を出金してこれを隠匿した上、9年7月から8月までの間に、元組長に対し供与し、債権者等の不利益に処分した。10年1月、会社更生法違反(詐欺更生)で検挙した(警視庁)。
(6) カード犯罪
 平成10年中のカード犯罪(注)の認知件数は6,174件(前年比5,540件(47.3%)減)、検挙件数は5,616件(5,752件(50.6%)減)、検挙人員は1,230人(203人(14.2%)減)であった(図3-10)。
(注) クレジットカード、キャッシュカード及び消費者金融カードを悪用した犯罪をいう。

図3-10 カード犯罪の認知、検挙状況(平成6~10年)

 検挙件数を態様別にみると、購入したカードを使用したもの(盗難・拾得等されたカードを購入して使用する場合を指す。)が全検挙件数の32.5%で最も多く、次いで窃取したカードを使用したものが23.9%、他人名義で不正取得したカードを使用したものが14.6%の順となっている。

3 捜査力の充実強化のための施策

 近年の情報通信システムの高度化、交通手段の発達、外国人入国者数の増加等の社会情勢の変化を背景に、犯罪も多様化の度合いを強めている。加えて、広域化、スピード化、国際化等犯罪の質的な変化も著しい。
 一方、都市化の影響等を背景に、聞き込み捜査等の「人からの捜査」が一層困難になるとともに、大量生産、大量流通の著しい進展により、遺留品等、事件と関係ある物から被疑者を割り出す「物からの捜査」も難しくなるなど、捜査活動を取り巻く環境も厳しさを増している。
 こうした情勢にかんがみ、警察では捜査力の充実強化のため、広域捜査力の強化、専門捜査力の強化、科学捜査力の強化、国際捜査力の強化、犯罪捜査に対する国民協力の確保を柱とした施策を積極的に推進している。
(1) 広域捜査力の強化
 社会のボーダレス化に伴い、犯罪についてもその広域化が顕著であることから、これら広域事件に的確に対応するために次の施策等を行っている。
ア 合同・共同捜査
 広域重要犯罪の発生時に、指揮系統を一元化し、関係都道府県警察が一体となって捜査を行う「合同捜査」、指揮系統の一元化までは行わないが、捜査事項の分担やその他捜査方針の調整を図りつつ捜査を行う「共同捜査」を積極的に推進している。
[事例] 平成10年7月、大阪府在住の会社員が、車両でら致され行方不明になる事案が発生した。その後、滋賀県内の国道沿いの崖(がけ)下に転落していた車両のトランク内から同会社員の死体が発見されたため、滋賀県警察及び大阪府警察は、滋賀県警察を拠点とする合同捜査を実施し、8月までに、9人を死体遺棄、強盗殺人等で検挙した(滋賀、大阪)。
 なお、6年の警察法の一部改正により、合同捜査に関し、警視総監又は警察本部長の協定により関係都道府県警察の指揮権の一元化を行うことが可能となり、オウム真理教関連事件の捜査においても、この改正規定を活用し、合同捜査本部を設置するなどして適切な捜査が進められた。
イ 広域捜査隊の設置
 地理的条件、交通網の状況等から、地域の一体性の強い都府県境付近の区域において発生した犯罪に即応するために、都道府県警察の単位を越え、広域的に捜査、訓練等を行う広域捜査隊の整備を進め、初動捜査強化のための体制づくりに努めている。広域捜査隊については、6年の警察法の一部改正により、法律上の明確な根拠が与えられたところであり、現在、全国で11区域に設置され、殺人、強盗等の凶悪事件や、特に迅速な対応を要する特異な窃盗事件等の初動捜査を行っている。
ウ 広域機動捜査班の設置
 各都道府県警察の機動捜査隊に、身の代金目的誘拐事件や人質立てこもり事件等に対する専門的捜査技術と広域的な機動捜査力を有する広域機動捜査班を設置し、広域捜査の中核として運用している。
[事例] 11月、鉄工所経営者(45)は、登校中の男子中学生を車両で連れ去り、会社事務所に監禁した上、身の代金500万円を要求した。
 島根県警察は、広域機動捜査班を中心とした捕捉(そく)体制を確立して徹底した捜査を行った結果、発生日同日、同経営者を身の代金目的拐取罪等で検挙するとともに監禁されていた被害者を無事救出した(島根)。
エ 広域的な捜査情報の共有
 広域重要事件においては、警察庁や関係都道府県警察が捜査情報を共有し、組織的な捜査活動を展開することが不可欠であることから、警察庁では、捜査過程で収集された情報等を一元的に管理するとともに、関係都道府県警察の間で必要な情報を伝達することを目的とする「捜査情報総合伝達システム」 の整備を推進している。
(2) 専門捜査力の強化
ア 捜査官の育成
 犯罪の質的変化、捜査環境の悪化等に適切に対応し、国民の信頼にこたえるち密な捜査を推進するには、捜査技術の向上を図るとともに各種の専門的知識を備えた捜査官を育成するなど刑事警察の更なるプロ化を総合的に推進していく必要がある。
 このため、警察大学校等において、国際犯罪捜査、広域特殊事件捜査等に関する研究や研修を行うとともに、都道府県警察において、若手の捜査官に対し、経験豊富な捜査官がマンツーマンで実践的な教育訓練を行うことにより、新しい捜査手法や技術の研究・開発、長期的視野に立った捜査官の育成、捜査幹部の指揮能力の向上に努めている。
 また、警察庁、管区警察局及び都道府県警察において、捜査上得られた教訓及び効果的な捜査手法等を他の捜査幹部に模擬的に体験させるための研修を行うなどして捜査技術の向上に努めている。
 なお、財務解析、科学捜査、国際犯罪捜査、ハイテク犯罪捜査等専門的知識や特別な技術を必要とする分野においては、公認会計士や海外経験豊富な者等専門的知識を有する者を積極的に中途採用するなどして、捜査力の向上に努めている。
[事例] 大手スーパー社長らによる商法違反(違法配当)事件(2(5)[事例1]参照)においては、同スーパー及び複数の子会社との間でなされた資金移動の状況及び各会社の財務状況を解明する必要があったが、中途採用された財務捜査官による的確な捜査によりそれらを迅速かつ詳細に掌握することができ、事件全容の早期解明に至った。なお、同事案においては、専門捜査員制度を活用し、千葉県警察及び福岡県警察から財務捜査官の応援派遣を受けた(静岡)。
イ 専門捜査員制度
 航空機事故、列車事故のように、発生頻度が低いために事件捜査の経験を有する捜査員が少ない事案や、複雑・特異な証券・金融犯罪のように、高度な専門的知識を持つ捜査員を多数必要とする事案等、一の都道府県警察においては捜査に必要な知識を有する捜査員を確保することが困難な場合があり、このような場合は他の都道府県警察からの応援派遣が有効である。そこで、都道府県公安委員会等が相互に協定を結び、一定の事案の捜査に必要な知識、技能、経験を有する捜査員を専門捜査員として応援派遣できる制度を確立し、その円滑な実施を推進している。また、サリン等の毒性物質を使用した新たな態様の犯罪に的確に対処するため、専門捜査員の分野を細分化し、化学事故・事件専門捜査員を登録して全国的な運用を図っている。
 さらに、発生頻度の低い航空機事故、列車事故、爆発事故等の大規模事件事故に関して、事件捜査の経験を有する捜査員を多く育成するために、事案が発生した際にあらかじめ指定された捜査員を現場に臨場させる指定臨場官制度を併せて運用している。
ウ 警察庁指定広域技能指導官制度
 警察庁指定広域技能指導官制度とは、極めて卓越した専門的技能又は知識を有する警察職員を指定することにより、その名誉をたたえるとともに、警察全体の財産として都道府県の枠にとらわれず広域活用する制度である。平成6年度から運用が開始され、11年6月現在、火災犯捜査、すり犯捜査等に卓越した能力を有する20人を指定している。
エ 組織窃盗対策官・組織窃盗捜査班の整備
 警察では、来日外国人や暴力団員等による組織窃盗事件に対する捜査体制を強化するため、全国の警察本部等に組織窃盗対策官、組織窃盗捜査班を設置し、組織の実態及び盗品の処分ルートの解明を徹底するなど、組織壊滅を目指した捜査を推進している。
オ 財務解析センターの設置
 金融機関等から押収した膨大な量の財務関係書類を迅速かつ精ちに分析するため、金融機関の本支店、これらの大口融資先等が集中する地域を管轄する警視庁と大阪府警察に、財務捜査のための総合施設としての財務解析センターを設置するとともに、各都道府県警察に高度な機能を備えた財務解析機器を配備して、増加する金融・不良債権関連事犯等企業犯罪に対応している。
[事例] 会社役員(33)は、9年1月、買い付け金を支払う見込みもないのに証券会社に自動車部品メーカー株の買い注文を出させ、そのころ別の証券会社に出していた自己が保有する同メーカー株の売り注文との間で売買約定を成立させ、その代金55億円をだまし取った。
 同事案においては、被疑者が経営する会社の財務状況、同株式の売買約定成立が株価に与えた影響等を分析することが不可欠であったが、この作業を財務解析センターにおいて行ったことにより、事件の解決に至った。10年3月、詐欺罪で検挙した(警視庁)。
(3) 科学捜査力の強化
ア 捜査支援システムの活用
(ア) 自動車ナンバー自動読取システム
 自動車利用犯罪や自動車盗の捜査のために自動車検問を実施する場合、実際に検問が開始されるまでに時間を要すること、徹底した検問を行えば交通渋滞を引き起こすおそれがあることなどの問題がある。
 警察庁では、これらの問題を解決するために、走行中の自動車のナンバーを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合する自動車ナンバー自動読取システムを開発し、整備を進めている。
(イ) 指紋自動識別システム
 指紋は万人不同、終生不変であり、個人識別の最も確実な資料である。警察庁では、コンピュータによるパターン認識の技術を応用して指紋自動識別システムを開発し、犯行現場に遺留された指紋から犯人を特定する遺留指紋照合業務や、逮捕した被疑者の身元と余罪の確認等に活用している。
 さらに、平成9年度からは、指紋を光学的に短時間で採取できるライブスキャナの警察署への設置や、遺留指紋照会端末装置の各警察本部への設置をそれぞれ進めるとともに、衛星通信回線等を利用したネットワークを構築し、同システムの高度化を図っている。
(ウ) 被疑者写真検索システム
 警察庁では、都道府県警察で撮影した被疑者写真を一元的に管理、運用し、犯罪の広域化に対応した効率的な活用を図ることを目的として、コンピュータによる被疑者写真検索システムを導入しており、全国の警察署において被疑者写真を迅速に入手することが可能となっている。
(エ) 現場こん跡画像検索システム
 犯行現場等に遺留された足跡、タイヤこん等は、犯人の割り出し、犯行の裏付け、余罪の確認等に大きな役割を果たす重要な資料である。
 こうした資料を有効に活用するため、警察庁では、9年度から、履物底や自動車タイヤのトレッドパターン、自動車部品のランプレンズのデバイス記号等をデータベース化した現場こん跡画像検索システムを構築し、コンピュータによる画像の比較対照により、ひき逃げ事件等の容疑車両の車種割り出し等に活用している。
[事例] 7月、愛知県内で発生した重傷ひき逃げ事件において、被害者の衣服にタイヤ側部の文字の跡が残っていたことから、現場こん跡画像検索システムを活用し、タイヤの品名及び装着車種を特定して捜査対象を絞り込んだことにより、事件発生から2日後に容疑車両を発見し、被疑者を検挙した(愛知)。
イ 鑑識・鑑定の強化
(ア) 鑑識活動の強化
 警察では、科学技術の発達に即応した鑑識資機材の開発・整備を進めるとともに、機動鑑識隊(班)や現場科学検査班等の基盤整備を図ることにより、現場鑑識活動の強化に努めている。
 また、警察庁の鑑識資料センターでは、収集した各種資料の分析結果等をデータベース化し、都道府県警察が採取した微量・微細な資料と比較照合することによって、同資料の性質や製造業者等を迅速に割り出し、犯罪捜査に役立てている。
(イ) 鑑定の高度化
 的確な鑑定を行うためには、鑑定対象物の多様化に合わせ、人的・物的両面から絶えずその高度化を図っていく必要がある。
 特に、10年においては、毒物等混入事件が全国的に相次いで発生したことから、原因物質の迅速・的確な鑑定が行えるよう警察庁科学警察研究所や都道府県警察の科学捜査研究所に高性能の鑑定機材を整備している。さらに、鑑定技術職員に対する法医学、化学、工学、指

紋、足こん跡、写真等各専門分野の教養の充実も絶えず図っているところである。
 また、鑑識科学分野における先端技術の応用を目的として、日本鑑識科学技術学会等各種学会への参加も積極的に行っている。
(ウ) DNA型鑑定
 DNA型鑑定は、ヒトの身体組織の細胞内に存在するDNAの塩基配列の多型性に着目し、これを分析することによって、個人識別を行う鑑定方法である。従来から実施しているMCT118型及びHLADQα型と、8年度から新たに導入を開始したTH01型及びPM検査の4種類がある。これらはいずれも、微量な現場資料等からでも鑑定が可能な方法であり、特にTH01型とPM検査では、より古い資料からの鑑定も可能である。
 DNA型鑑定は、型分類が豊富なことから個人識別能力に優れ、ABO式血液型鑑定とこれら4つの鑑定法を併せて実施することにより、同一の型が現れる割合は、最も出現頻度が高いものでもおおよそ日本人数万人に1人となることから、殺人、強姦事件等の犯罪の現場で犯人のものと判断し採取した血液、精液等のDNA型と、聞き込み等の捜査から浮上した容疑者のDNA型が一致した場合、その容疑者が犯人である可能性は極めて高く、逆に、DNA型が一致しない場合は、その容疑者を捜査対象から除外することができる。
 このように、DNA型鑑定は、血液、精液等の現場資料が残されやすい殺人、強姦事件等の凶悪事件の捜査における極めて有効な鑑定手法である。
[事例] 4月、会社員の男(29)は、愛知県内において、中学校時代の同級生を殺害し、静岡県内の果樹園農道脇において、その死体を切断した上、ガソリンをかけて胴体を焼却するとともに、頭部を愛知県内の山中に遺棄した。
 同事案においては、発見された死体の肉片、被害者と思われる行方不明者のへその緒、同人宅の室内から採取された血こんについてDNA型鑑定を実施した結果、被害者の身元判明に至り、事件の早期解決を図ることができた。5月、強盗殺人罪等で検挙した(愛知、静岡)。
ウ 科学技術の新しい展開
 多様化する犯罪に対処するために、警察では、最先端の科学技術を導入し、新しい鑑定法や検査法の研究開発を行っている。
(ア) 法医学・血清学分野における研究
 DNA型分析による個人識別法の開発に関する研究のほか、頭蓋(がい)と顔貌(ぼう)との解剖学的相関、ポリグラフ等の捜査心理学等の研究を行っている。
[研究例] 三次元顔画像識別システムの開発と鑑定への応用に関する研究
 被疑者の顔画像を三次元形状データとして記録し、犯行現場に設置された防犯カメラやビデオに映った犯人の顔画像と同じ撮影角度で再現することにより精度の高い個人識別を可能にするスーパーインポーズシステムの構築に向けた研究を行っている。
(イ) 工学分野等における研究
 新しい爆薬の威力・分析法、事故原因解析法、音声や画像処理法等工学分野における広範囲の研究・開発を行っている。
[研究例1] 新しい爆薬の威力及び分析法に関する研究
 最近、国際テロ等で使用されているプラスチック爆薬をはじめとする合成爆薬等に関する情報が氾(はん)濫する中、これらの爆薬を使用した犯罪の発生が危惧(ぐ)されることから、その威力や物性を解明し、防御・処理方法を考案するとともに、爆発後の残存物から爆薬の種類を特定する方法の研究を行っている。
[研究例2] 疲労破断面から荷重変動を推定する方法に関する研究
 機械構造物の破断事故の原因を材料強度の観点から解明するためには、変動する荷重を正確に見積もることが重要であることから、金属顕微鏡や走査電子顕微鏡を使っての破断面の平面的な観察に加え、立体的な観察を行うための三次元計測の方法について検討している。
[研究例3] インクジェット式プリンタの識別法の開発に関する研究
 最近、インクジェット式プリンタを使用した通貨偽造や有価証券類の偽造事件が急増していることから、使用されたプリンタの機種識別を的確に行うため、印字パターンの分析及びインキの光学的分析を統合した機種識別法の研究を進めている。
(ウ) 化学分野における研究
 毒物等混入事件における毒物及び薬物事犯における薬物の特定方法や、微細物件の鑑定法の研究開発を行っている。
[研究例] 新しい乱用薬物の分析法に関する研究
 最近、通称エクスタシーと呼ばれるメチレンジオキシメタンフェタミン等、覚せい剤と類似の効果や幻覚作用を引き起こすアンフェタミン型興奮剤が乱用される傾向にあるが、こうした行為等を薬物事犯として立件するためには、興奮剤の化学構造の解明及び使用の証明を行うことが必要である。そこで、各種分析機器を用いてこれらのアンフェタミン型興奮剤についての鑑定法の研究開発を行っている。
(4) 国際捜査力の強化
 組織化傾向の著しい来日外国人犯罪、国外における日本人犯罪等の国際犯罪に対応するため、警察では、国際捜査官の育成、組織体制の整備、通訳体制の強化及び外国捜査機関との積極的な連携を図っている。
 なお、国際犯罪への対応については、第1章第2節参照。
(5) 犯罪捜査に対する国民協力の確保
 犯人検挙、事件解決のためには、犯罪捜査に対する国民の理解と協力が不可欠である。
 警察では、国民に犯罪捜査に対する協力を呼び掛ける方法の一つとして公開捜査を行っており、新聞、テレビ、ラジオ等の報道機関に協力を要請するとともに、人の通行や出入りの多い場所においてポスター、チラシ等を掲示、配布するなどの方策を講じている。
 11月には、全国において「指名手配被疑者捜査強化及び捜査活動に対する市民協力確保月間」を実施し、ポスター、チラシ等を掲示、配布したほか、都道府県警察の捜査担当課長等がテレビ、ラジオ等に出演するなどして、事件発生時における速やかな通報、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く国民に呼び掛け、1,390人の指名手配被疑者を検挙した。
 また、同月、オウム真理教関係警察庁指定特別手配被疑者3人の早期検挙に向け、インターネットの警察庁ホームページに新たに同被疑者の動画及び肉声を掲示して、情報提供を呼び掛けるなどしたほか、各都道府県警察においても、早期検挙に向けた積極的な広報活動を行うなど、国民協力確保のための諸活動を推進した。
[事例] 昭和59年、ホステスが殺害されその遺体が名古屋港で発見された事件において、愛知県警察は、行方不明となっていた同居人を指名手配し、その追跡捜査を進めていた。同時に、ポスターの作成・配布等の広報活動も継続的に行っていたが、平成10年4月及び9月、被疑者の写真をテレビ放映し、情報提供を呼び掛けたところ、10数件の情報が寄せられ、それを基に捜査を進めた結果、被疑者の所在が判明し、9月、検挙に至った(愛知)。
 なお、被害者等の立場に立った捜査の推進については、第8章第4節参照。


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