第1節 50年の歩み

1 情勢の推移

(1) 概況
 刑法犯の認知件数、犯罪率(人口10万人当たりの認知件数をいう。)の推移は、図3-1のとおりである。認知件数は、戦後の混乱を反映して、昭和23年、24年にほぼ160万件に達した後、減少に転じ、48年には120万件を割って底を打ったが、以降は、多少の起伏はあるものの、増加を続け、平成10年には戦後初めて200万件に達した。

図3-1 刑法犯認知件数と犯罪率の推移(昭和22~平成10年)

図3-2 刑法犯検挙件数、検挙人員の推移(昭和22~平成10年)

 一方、刑法犯の検挙件数、検挙人員の推移は、図3-2のとおりである。検挙件数は、5年以降は70万件台で推移しており、検挙人員は、ここ10年は30万人前後で推移している。
(2) 主要罪種の情勢の推移
 認知件数を包括罪種別でみると、凶悪犯、粗暴犯、知能犯、風俗犯は、戦後一時期、高水準に達した後、以後、減少又は横ばいの状態にあり、認知件数の増加は、窃盗犯、その他の刑法犯(占有離脱物横領、器物損壊)の増加によるところが大きい。
ア 凶悪犯
 戦後の生活圏の拡大、交通通信網の整備、経済活動の多様化は、犯罪の広域化を進展させ、複数の都道府県にまたがる凶悪犯が多発するようになった。また、自動車の普及や道路網の整備により、犯罪の面でも自動車の利用が一般化している。例えば、凶悪犯の検挙件数をみると、犯行現場から犯人が自動車(オートバイを含む。)を利用して逃走したものの割合は、統計を取り始めた昭和54年の26%から、平成10年には38%へと増加している。犯罪の国際化も進み、来日外国人による凶悪犯の検挙件数は、統計を取り始めた昭和55年の15件から、平成10年には228件となっている。
 殺人の認知件数は、昭和29年の3,081件をピークに減少傾向にあり、平成10年には1,388件となっている。一方、検挙率は90%台で推移しているが、その形態には質的変化がみられる。すなわち、多額の保険に加入した上で、計画的に犯行を行う保険金目的殺人事件や犯行の発覚を避ける目的で死体をバラバラにして隠蔽(ぺい)するバラバラ殺人事件等がみられるようになったほか、近年では、オウム真理教による地下鉄サリン事件や相次ぐ毒物等混入事件の発生等、不特定多数の者を対象とする事件も発生している。
 強盗の認知件数は、昭和23年の1万854件をピークに減少し、平成元年には1,586件と戦後最低となったが、以降増加に転じ、10年には3,426件となっている。強盗を身体的被害の生じる強盗(強盗殺人・強盗傷人・強盗強姦)とそれ以外の強盗とに分けると、強盗全体の認知件数に占める身体的被害の生じた強盗の割合は、昭和21年の14.2%から平成10年には46.6%と増加している。また、金融機関対象強盗事件は、その統計を取り始めた昭和44年以降、50年代に増加し、60年代にいったん減少したものの、再び増加しており、平成10年には161件となっている。近年では、深夜スーパーマーケット対象強盗事件の増加も目立っている。
 なお、身の代金目的誘拐事件は、昭和21年以降、平成10年末までに216件発生し、209件を検挙しているが、昭和20年代の年間平均発生件数が0.6件であったものが、以後増加し、50年代には7.1件、60年以降は6.1件となっている。その形態は、20~40年代は、単独犯が未成年者を誘拐し、近親者に金銭を要求するという形態が多数を占めていたが、その後、複数犯による犯行や成人を誘拐する形態の犯行が増加しており、60年以降は半数以上がこの種の事案となっている。また、平成3年以降には、来日外国人が同国人を誘拐する事案も発生している。
イ 窃盗犯
 刑法犯の認知件数の大半を占める窃盗犯の認知件数は、戦後しばらくの間100万件前後で横ばいの状態が続いたが、昭和40年代後半から増加に転じ、平成10年には178万9,049件に達した。窃盗犯のうち、侵入盗は減少傾向にあるが、オートバイ盗、自転車盗等の乗物盗や車上ねらい、ひったくり、自動販売機荒し等の非侵入盗が増加しており、窃盗犯の増加の要因となっている。また、窃盗犯の被害品は、昭和20年代は、現金のほか被服類、食料品等が目立っていたが、近年では、40万件以上の認知がある自転車を除くと、現金、自動車、キャッシュカード、クレジットカード等が被害品目の上位を占めている。
ウ 知能犯
 知能犯の認知件数は、25年の26万8,094件をピークに減少傾向にあるが、その手口は悪質・巧妙化している。詐欺についてみると、高度経済成長期以降の地価上昇を背景として地面師詐欺が多発したほか、カード社会到来に伴いクレジットカードを利用した詐欺や豊田商事事件のような職業的詐欺師集団や会社組織等による大型詐欺事件が発生した。また、コンピュータ・ネットワークを利用した詐欺事件も、近年、発生している。
 最近は、インサイダー取引等の証券犯罪やバブル経済崩壊の影響による金融機関・企業トップらによる特別背任事件、粉飾決算事件等の、大型企業犯罪も続発している。
 通貨偽造については、「はり合わせ」による偽造や印刷による偽造のほか、カラーコピー機等の新たな複写技術を利用した偽造等手口の多様化がみられる。

2 刑事警察の対応

 昭和23年に施行された旧警察法及び24年に施行された刑事訴訟法により、警察は独立した第一次捜査機関とされた。以来、50年、社会情勢の急激な変化等を背景として、犯罪が質的 に変化し、また、捜査活動を取り巻く環境も大きく変ぼうする中で、刑事警察は幾多の困難に直面してきたが、絶えず、情勢に対応すべく、今日までその充実強化に努めてきた。
(1) 第一次捜査機関として
ア 旧警察法と刑事訴訟法の施行
 戦前、警察官は、検察官の指揮の下に、その補助としての立場で犯罪捜査を行うにすぎないとされていたが、昭和23年施行された旧警察法第1条で、「犯罪の捜査、被疑者の逮捕」が警察固有の責務であることが明らかにされ、また、24年に施行された刑事訴訟法第189条で、「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。」と規定され、警察は、独立した第一次捜査機関として捜査を行うこととなった。
イ 刑事訴訟法の改正
 第一次捜査機関として、戦後の社会の混乱を反映して激増する犯罪に対処すべく捜査体制の強化に努め、また、23年には、科学捜査を推進するため科学捜査研究所(科学警察研究所の前身)が設立された。しかし、第一次捜査機関として発足して間もない警察捜査に対する批判もなされ、特に、逮捕権の運用についての非難から、28年には、刑事訴訟法の一部が改正され、逮捕状の請求権者は公安委員会の指定する警部以上の司法警察員に限られることとなった。これを契機に、第一次捜査機関としての責務を更に果たすべく、捜査運営の刷新改善が図られた。
(2) 刑事警察の充実強化
ア 「刑事警察強化対策要綱」(38年要綱)
 昭和30年代には、終戦直後にみられた犯罪の多発傾向は鎮静化したものの、凶悪、悪質な事件が発生した。特に、38年に「吉展ちゃん誘拐事件」、「狭山市における女子高生殺害事件」が発生したが、これら事件の捜査の不手際に対し、世論の厳しい批判を受けることとなった。
 こうした中、38年、刑事警察の充実強化を図るため、「刑事警察強化対策要綱」が策定された。同要綱では、特に、犯罪捜査に専従する警察官の質的向上のため、刑事教養の徹底が図られることとなり、管区警察学校に刑事専門の教養コース等が新設された。また、捜査用自動車や鑑識機材等の装備の充実、刑事警察官の増員等の捜査体制の整備が進められたほか、42年には、警察大学校に特別捜査幹部研修所が設置され、捜査幹部に対する捜査の指揮及び管理に関する研修が行われるようになった。
イ 「刑事警察刷新強化対策要綱」(45年要綱)
 40年代には、自動車利用犯罪が増加するなど犯罪の広域化・スピード化が進むとともに、都市化の進展に伴い聞き込み捜査が困難化し、また、大量生産・大量消費型の経済生活の浸透によって物からの捜査も困難化し、捜査を取り巻く環境が変ぼうした。こうした情勢を踏まえ、捜査体制を抜本的に強化することを目的として、45年、「刑事警察刷新強化対策要綱」が策定され、各都道府県警察への機動捜査隊の設置、鑑識技術の向上、コンピュータを活用した犯罪情報管理システムの創設等が進められた。
ウ 「刑事警察強化総合対策要綱」(55年要綱)
 50年代に入ると、都市化の進展が続く一方、国際化が進展し、社会経済構造が複雑化するなど社会構造の変ぼうが進んだ。また、経済が高度経済成長から安定成長に移行するに伴い、社会的・経済的公正の確保を求める国民の期待が高まった。こうした情勢を踏まえ、55年、「刑事警察強化総合対策要綱」が策定され、重要知能犯捜査力、広域犯罪、国際犯罪等の捜査力の強化が進められた。また、57年、指紋自動識別システムが導入されたほか、60年には、外国語能力及び国際捜査実務能力を備えた捜査官を養成するため、警察大学校に国際捜査研修所が設置された。
エ 「刑事警察充実強化対策要綱」(61年要綱)
 その後も、ますます社会情勢が変化し、また、情報化社会を反映したコンピュータ犯罪が発生し、新たな対応を迫られることとなった。60年1月には、暴力団山口組と一和会の対立抗争事件が発生したほか、暴力団が市民経済生活への介入を深めるなど、暴力団犯罪が多様化、巧妙化の傾向を強め、暴力団対策の一層の強化が求められた。
 一方、自白の任意性と信用性、証拠能力の有無等の各般にわたって精密かつ厳格な審理を行う裁判実務が定着し、さらに、刑事弁護活動が強化される傾向にあったことも加わり、より一層ち密な捜査を推進する必要性が高まった。
 こうした情勢を踏まえ、61年、「刑事警察充実強化対策要綱」が策定され、実践的教養やコンピュータ犯罪捜査等の専門的教養を強化するとともに、公判対応体制を確立するなど、優れた捜査官の育成とち密な捜査推進のための施策が推進された。また、微量・微細な資料を活用した捜査のために、刑事局鑑識課に鑑識資料センターが設置されたほか、国際捜査力の強化や暴力団対策の強化等が進められた。
オ 平成元年以降
 捜査力の強化は、警察全体の重要課題であり、元年以降も各種の施策を推進してきた。具体的には、広域捜査隊(第2節3(1)イ参照)の設置、人事教養制度の改善、国民の理解と協力を得るための積極的な広報の推進等が挙げられる。
 法制面では、警察法の一部が改正され、6年には、犯罪の広域化に効果的に対応するため、都道府県警察相互間の関係に関する規定等の整備が、また、8年には、地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教関連事件のような広域組織犯罪に的確に対処するため、都道府県警察の管轄区域外における権限の行使に関する規定の整備が行われた。
 また、科学捜査力の強化のため、DNA型鑑定の個人識別精度の向上と全国的な運用、指紋を光学的に短時間で採取できるライブスキャナの導入による指紋自動識別システムの高度化等を行った。


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