第3節 ハイテク犯罪への取組み

1 ハイテク犯罪の現状

(1) ハイテク犯罪を取り巻く情勢
 高度情報通信社会の発展により、コンピュータ・ネットワークは、電子メール等の身近な情報システムから、行政、金融、交通等の公共性の高い社会基盤にまで浸透するに至っているが、このコンピュータ・ネットワークに作り出される仮想的な空間、いわゆるサイバー・スペース上での犯罪が急増しており、情報通信社会の影の側面への対策が急務となっている。国際的にも、1998年(平成10年)5月に開催されたバーミンガム・サミットの「コミュニケ」において「ハイテク犯罪と闘うための原則と行動計画」を迅速に実施することが宣言されるなど、重要な課題となっている。
 警察庁では、このような情勢を踏まえ、急増するハイテク犯罪(注)に的確に対処するために、平成10年6月「ハイテク犯罪対策重点推進プログラム」を策定、公表した。本プログラムにおいて、グローバル・スタンダードを満たすための体制及び法制の整備等を掲げ、これに基づき積極的な取組みを推進してきたところである。
 国民だれもが安心して高度情報通信社会の恩恵を受けられるように、そしてその健全な発展を促進するため、警察は重大な責務を負っている。
(注) ハイテク犯罪とは、コンピュータ技術及び電気通信技術を悪用した犯罪を指す。
(2) ハイテク犯罪の検挙状況
 平成10年中のハイテク犯罪の検挙件数は415件であり、5年に比べ約13倍となっている(図3-11)。

図3-11 ハイテク犯罪の検挙件数(平成5~10年)及び平成10年のハイテク犯罪の検挙件数の内訳

(3) ハイテク犯罪の特徴と主な事例
 ハイテク犯罪の主な特徴としては、匿名性、無こん跡性、不特定多数の者に被害が及ぶこと、暗号による証拠の隠蔽が容易であること、国境を越えることが容易であることなどが挙げられる。
 平成10年中に発生したハイテク犯罪の主な事例は、次のとおりである。
[事例1] 学習塾講師(27)は、12月、インターネットを利用して自殺願望を持つ女性にシアン化カリウムの薬物カプセルを販売し、シアン化カリウムを嚥(えん)下させて、薬物中毒により死亡するに至らしめ、同人の自殺をほう助した。11年2月、自殺ほう助罪で送致した(警察庁)。
[事例2] 無職男性(26)は、8月、インターネットを利用して、規制薬物であるLSDや乾燥大麻を販売した。11年2月、麻薬及び向精神薬取締法違反で検挙した(神奈川)。
[事例3] 自動車販売業者(29)ら9人は、9年6月から10年6月まで、インターネット利用者にダイヤルQ2回線を利用し、わいせつ画像を送信して再生閲覧させていた。6月、わいせつ図画公然陳列罪で検挙した。また、同業者らにわいせつ画像が蔵置されたサーバ・コンピュータを販売した製造業者(31)ら8人をわいせつ図画販売罪で検挙した(警視庁、埼玉、千葉、長野)。
[事例4] 男子高校生(16)は、プロバイダのセキュリティ・ホールを利用してシステム管理者としての権限を不正に取得し、1月、プロバイダのホームページのデータを削除した上、当該ホームページにあらかじめ入手していた当該プロバイダの顧客情報等を掲載するなどして当該プロバイダの業務を妨害した。さらに、電子掲示板の改ざん等に気付き、防護措置を施したプロバイダの経営者に対し、同人の名誉等に害を加える旨を告知して脅迫し、防護措置の解除、管理者用のパスワードの提供等義務なきことを行わせようとした。2月、電子計算機損壊等業務妨害罪、強要未遂罪により検挙した(警視庁)。

2 ハイテク犯罪対策の推進

(1) ハイテク犯罪対策重点推進プログラム
 警察庁では、バーミンガム・サミットの「コミュニケ」を受け、また急増するハイテク犯罪に的確に対処するため、平成10年6月「ハイテク犯罪対策重点推進プログラム」を策定、公表した。本プログラムでは、サイバーポリスの創設、不正アクセス対策法制の整備、産業界との連携強化、国際捜査協力のためのルール作りの4つを重点施策と位置付けている。
(2) 高度情報通信社会の推進とハイテク犯罪対策
 平成10年11月に高度情報通信社会推進本部(注)が決定した「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」では、「高度情報通信社会の実現に向けた課題と対応」として「ハイテク犯罪対策・セキュリティ対策・プライバシー対策」が重要な施策の一つと位置付けられた。さらに、同基本方針中、「電子商取引等推進のための環境整備」が掲げられ、ここでは、「違法・有害コンテンツ対策」、「セキュリティ・犯罪対策」について、積極的に環境整備を行っていく必要があるとされている。
(注) 我が国の高度情報通信社会の構築に向けた施策を総合的に推進するとともに、情報通信の高度化に関する国際的な取組みに積極的に協力するため、内閣に設置されたもの。内閣総理大臣を本部長とし、各閣僚を本部員としている。
 また、この基本方針に基づく各省庁の具体的な行動計画をまとめた「アクション・プラン」が、11年4月に本部決定された。この中では、ハイテク犯罪対策重点推進プログラムの4つの施策が盛り込まれたほか、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営適正化法」という。)の適正な運用や暗号技術の不正利用対策等が掲げられている。
(3) サイバーポリスの創設
 「ハイテク犯罪対策重点推進プログラム」に基づき、ハイテク犯罪に的確に対処するためのサイバーポリスともいうべき体制の整備に取り組んでいる。
ア ナショナルセンター(HITEC;High-tech-crime Technical Expert Center)の設置
 ハイテク犯罪の特徴を踏まえ、サイバーテロ等の新たな脅威から社会を防衛していくためには、警察庁において、情報通信に関する高度かつ最先端の技術力を確保し、これらの技術力を通じて都道府県警察をリードしていく必要がある。
 このため、平成11年4月、電磁的記録の解析や情報通信の技術を利用した犯罪の取締りのための情報通信の技術に関する事務を警察庁情報通信局に追加することなどを主な内容として警察法の一部が改正された。
 この改正を踏まえ、同月、警察庁情報通信局に技術対策課を新設し、また、その技術的中核として同課に警察庁技術センターを開設した。
イ ハイテク犯罪専従捜査体制
 都道府県警察では、高度な情報通信技術の専門家が自ら捜査に従事し得る体制を整えるため、企業等においてシステム・エンジニアとしての勤務経験を有する者等をハイテク犯罪捜査官として中途採用するほか、ハイテク犯罪対策プロジェクト等の体制の整備を進めており、警察庁では、必要な資機材等の整備を進めている。また、サイバーテロを未然に防止するとともに、事案発生時に的確に対処するための体制の整備についても取り組んでいる。
 警察庁では、このような第一線でハイテク犯罪に対峙(じ)する警察官の技術的能力の向上を図るため、ハイテク犯罪捜査官会議を開催するほか、各種教養の実施を推進している。
(4) 不正アクセス対策法制の整備
 警察庁では、通商産業省及び郵政省をはじめ関係省庁とともに不正アクセス対策法制の検討を行ってきたところであり、両省と共同で第145回通常国会に法律案を提出した。11年8月、不正アクセス行為の禁止等に関する法律が成立した(資料参照)。

資料 不正アクセス行為の禁止等に関する法律の概要


1 目的
 電気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪の防止及びアクセス制御機能により実現される電気通信に関する秩序の維持を図り、もって高度情報通信社会の健全な発展に寄与すること。
2 不正アクセス行為の禁止、処罰
 不正アクセス行為(アクセス制御機能を有する特定電子計算機等に電気通信回線を通じて他人の識別符号等を入力して作動させ、当該アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為)を禁止し、その違反に対して罰則を設ける。
3 不正アクセス行為を助長する行為の禁止、処罰
 他人の識別符号を無断で提供する行為を禁止し、その違反に対して罰則を設ける。
4 アクセス管理者による防御措置
 アクセス管理者は、特定電子計算機を不正アクセス行為から防御するため必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
5 都道府県公安委員会による援助等
(1) 都道府県公安委員会による援助等
 都道府県公安委員会は、不正アクセス行為に係るアクセス管理者からの申出に応じ、特定電子計算機を不正アクセス行為から防御するため必要な応急の措置が的確に講じられるよう、必要な援助を行うものとする。
(2) 国による援助
 国家公安委員会、通商産業大臣及び郵政大臣は、毎年少なくとも1回、不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況を公表するものとする。
 また、国は、不正アクセス行為からの防御に関する啓発及び知識の普及に努めなければならないこととする。


(5) 産業界との連携
 ハイテク犯罪の防止及び早期発見を行うためには、平素から各企業における防護措置の確実な実施が必要であるとともに、ハイテク犯罪が発生した時にその被害を最小限とし、さらに、犯人の特定が可能となるような技術的・制度的仕組みをあらかじめ措置しておく必要がある。
 これを踏まえ、産業界との連携体制の構築を行い、被害者の相談に応じ、広報啓発を行うことなどを任務とする情報セキュリティ・アドバイザーを都道府県警察に設置することとし、現在その整備に取り組んでいる。
 また、産業界との連携の強化のための施策を「ACT2000」(Awareness of counter Cyber Terrorism and other high-tech-crime 2000)と名付け、ハイテク犯罪及びサイバーテロ対策に関する広報啓発活動、産業界との対話等を積極的に推進している。
(6) 国際的な連携強化
 国境のないコンピュータ・ネットワーク上で行われるハイテク犯罪に的確に対処するためには、各国の捜査機関相互間における迅速な協力を確保することが必要不可欠である。このため、長官官房国際部に、情報通信技術及び外国語に堪能な捜査官等による「コンピュータ犯罪国際協力ユニット」(Computer Crime International Cooperation Unit)を設けた。同ユニットでは、外国の捜査機関から発信される緊急の協力要請に24時間体制で対応するほか、諸外国のコンタクト・ポイントを通じ、専門的、技術的情報に関する連絡を行うこととしている。その他、G8国際組織犯罪対策上級専門家会合(リヨン・グループ)等の国際会議の場で、外国に蔵置されたデータの捜索・押収、データの保存に関する産業界との協力の在り方等についての検討が進められている。
(7) 違法・有害コンテンツ対策
 近年の急速な情報化の進展等に伴い、ホームページ等を利用して性的な行為を表す場面等の映像を有料で見せる営業等が目立ってきており、少年の健全な育成という観点等から大きな問題となっている。平成11年4月から施行された改正風営適正化法では、映像送信型性風俗特殊営業(注)に対する規制を設けている。その主な内容は、届出制の導入、18歳未満の者を客とすることの禁止等である。届出義務違反には罰金が科せられるほか、違反行為等を行った営業者には、都道府県公安委員会が措置命令等をすることができることとされている。また、プロバイダには、その者のサーバ・コンピュータに映像送信型性風俗特殊営業を営む者がわいせつな映像を記録したことを知ったときは、その映像の送信防止のため必要な措置を講ずる努力義務が課せられ、これを遵守していないプロバイダに対しては、都道府県公安委員会は、郵政大臣と協議の上、必要な措置をとるべきことを勧告できることとされている。
 また、コンピュータ・ネットワーク上における少年に有害な情報として、例えば暴力を内容とする映像、風営適正化法等の規制対象とならないような無料の映像等があり、少年の健全育成の観点から諸対策が必要である。警察庁が学識経験者等の参加を得て開催した「ネットワーク上の少年に有害な環境に関する調査委員会」の報告書では、成人向け情報についての格付けのガイドラインを策定する第三者機関の設立、情報発信者による格付けの促進等システムの理念的イメージが提示された。警察としては、報告書の求める具体的施策を着実に推進するなど、総合的な有害コンテンツ対策に取り組んでいくこととしている。
(注) 「専ら、性的好奇心をそそるため性的な行為を表す場面又は衣服を脱いだ人の姿態を見せる営業で、電気通信設備を用いてその客に当該映像を伝達すること(放送又は有線放送に該当するものを除く。)により営むものをいう」(風営適正化法第2条第8項)
(8) 暗号技術の普及と暗号の不正利用を防止するための取組み
 暗号技術は、ネットワーク上において情報の保護及び確実な本人確認を確保する重要なセキュリティ技術であり、犯罪の防止対策上、その普及を進めていく必要がある。その一方で、犯罪者等が犯罪に係る情報を隠蔽するために利用したり、認証システムを悪用して他人へなりすました上で、詐欺等の犯罪を行うなど、暗号技術を犯罪等に不正に利用することも考えられる。
 このような認識の下、警察庁は、高度情報通信社会推進本部決定の「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」に基づく「アクション・プラン」に従って、認証機関及び鍵回復機関の適格性及び業務の適正性の確保の仕組みの導入等暗号技術の不正利用対策についての検討を行い、法的環境整備を行うこととしている。
(9) 調査研究の推進
ア サイバーテ口対策に関する研究
 米国等においては、既にサイバーテロとみられる事案が発生し、諸対策が急速に進められているところであり、警察庁においては、国内外のテロ組織の動向に関する情報収集、諸外国における関連事案や政府の取組み状況に関する調査を行うほか、我が国におけるサイバーテロの未然防止方策、発生時の対処方策等に関する調査研究を推進することとしている。
イ 暗号技術に関する研究
 暗号技術は、情報の保護、本人確認等システムのセキュリティを確保するための主要技術となっている。このため、警察大学校警察通信研究センターにおいては、暗号やそれを活用したシステムの安全性評価について調査研究を行っている。
ウ ネットワーク・セキュリテイ技術に関する研究
 ハイテク犯罪の捜査においては、コンピュータ・ネットワーク上に残された犯罪のこん跡を収集し、コンピュータ・ネットワークの機能がどのように働いたか、安全措置がどのように破られたかなどについて解明することが不可欠である。また、ハイテク犯罪を防止するためには、安全なコンピュータ・ネットワークを構築するための技術に関する理論的裏付けを与えることが重要である。このため、警察大学校警察通信研究センターにおいては、これに必要なコンピュータ・ネットワーク技術について調査研究を行っている。
エ 不正アクセスの防止に関する研究
 平成11年5月、特定公共電気通信システム開発関連技術に関する研究開発の推進に関する法律が改正され、警察通信の安全の確保に係る研究開発が通信・放送機構に行わせる研究開発業務として追加された。警察では、この法律に基づき、警察のネットワークに対する不正アクセスを自動的に検出し、これを遮断することのできるシステムを開発するための研究を行わせることとしている。


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