第3節 銃器・薬物問題の現状と対策

1 銃器犯罪の現状と対策

(1) 平成8年の銃器情勢
ア 概要
 過去10年間の銃器発砲件数、死傷者数は、図3-10のとおりであり、平成8年は、負傷者数を除き、前年に比べ大幅に減少し、過去10年間で最も少ないものとなった。
 しかし、個々の事件の内容をみると、女性被疑者による現職市議会議員殺人事件、警察官に対する逃走目的の銃器発砲事件、けん銃使用の強盗傷人事件等のけん銃を威嚇の道具ではなく殺傷の道具として使用する事件が発生するなど凶悪化の傾向がみられ、予断を許さない情勢が続いている。
 このため、警察では、今後とも総力を挙げて所要の捜査活動に取り組むとともに、関係機関等と連携して総合的な銃器対策を進めることとしている。
イ 銃器発砲事件の発生状況
 8年中は銃器発砲事件が128件(前年比40件(23.8%)減)発生し、6年の発砲件数(249件)をピークとして、2年連続の大幅減少となった。これは、暴力団によるとみられる発砲が108件(前年比20件(15.6%)減)と7年と同様に減少したことに加え、7年まで横ばいが続いていたそれ以外の発砲件数も20件(20件(50%)減)と大幅に減少したことによるもので

図3-10 銃器発砲回数と死者数・負傷者数の推移(昭和62年~平成8年)

ある。
ウ 発砲による死者・負傷者数
 8年中の銃器発砲による死者数は17人(前年比17人(50%)減)、負傷者数は35人(2人(6.1%)増)であり、前年に比べ、死者は半減したが、負傷者はわずかに増加した。
 また、暴力団勢力(注)以外の一般の被害者数については、死者が6人(前年比8人(57.1%)減)、負傷者が12人(4人(25%)減)であった。
(注) 暴力団勢力とは、暴力団の構成員及び準構成員、(構成員ではないが、暴力団と関係をもちながら、その組織の威力を背景として暴力的不法行為等を行う者、又は暴力団に資金や武器を供給するなどして、その組織の維持、運営に協力し若しくは関与する者)をいう。
エ 銃器を使用した凶悪事件等の発生状況
(ア) 銃器発砲を伴う強盗事件
 8年中の銃器発砲を伴う強盗事件は3件(前年比11件(78.5%)減)発生した。これら3件のうち、2件はパチンコ店をねらったもの、1件は現金輸送車をねらったものであり、いずれの事件も威嚇をせずに直接被害者の身体に向けて発砲するというものであった。
〔事例〕 6月、東京都中野区において、信用組合職員2人が現金輸送車で集金途中に襲撃され、うち1人がけん銃で撃たれ重傷を負い、現金約4,000万円を強取された。9年5月現在捜査中である(警視庁)。
(イ) 警察に対する銃器使用事件
 警察に対する銃器使用事件は2件(前年比3件減)発生したが、ともに逃走を図る犯人が、銃器の発砲を繰り返したものであった。
〔事例1〕 9月、銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反事件の捜索に向かった警察官に対し、居合わせた暴力団傘下組織組長(55)が逃走を図り、けん銃の発砲を繰り返した。弾は防弾盾、防弾衣に当たり、捜査員に軽傷を負わせた。殺人未遂及び銃刀法違反で現行犯逮捕した(大阪)。
〔事例2〕 10月、タクシー運転手(男性、45歳)は、妻の知り合いの男性を猟銃により射殺するとともに、実子2人を人質に取って逃走を図り、警察官に向け猟銃を発射し、警察官3名に軽傷を負わせた。殺人及び銃刀法違反で現行犯逮捕した(宮崎)。
(2) 銃器摘発の現状
ア 銃器の押収状況
(ア) けん銃の押収状況
 過去10年間のけん銃の押収丁数の推移は、図3-11のとおりである。
 平成8年中のけん銃の押収丁数は1,549丁であり、過去最高となった前年に比べ、331丁(17.6%)の減少であった。これは、暴力団勢力からの押収丁数が1,035丁(前年比361丁

図3-11 けん銃押収丁数の推移(昭和62年~平成8年)

(25.9%)減)と、前年に比べ減少したことによる。
 しかし、暴力団勢力以外の者からの押収丁数は、514丁(前年比30丁(6.2%)増)と過去最高となった。また、全押収丁数に占める割合も、4年以降、4分の1を超えて推移してきたが、本年は33.2%と約3分の1を占めるに至っており、けん銃の一般社会への拡散が更に進んでいることがうかがわれる。
 また、検挙人員をみると、けん銃の不法所持、密輸入等で913人(前年比3人(0.3%)減)が検挙されたが、このうち暴力団勢力が720人(6人(0.8%)増)、それ以外の者が193人(9人(4.5%)増)であり、7年と同様、暴力団勢力以外の者の検挙が約2割を占めており、この面からもけん銃の一般社会への拡散が裏付けられている。
〔事例1〕 6月から12月にかけて、ガンマニアグループによるけん銃の密売、改造、隠匿に関する情報を基に、順次捜査を進め、けん銃40丁、実包298個を押収し、関連被疑者11人を検挙した(警視庁)。
 一方、暴力団に対しては、その組織的管理に係るけん銃を重点として取締りを推進した。
〔事例2〕 2月、内偵捜査を通じて、暴力団が武器庫として利用していると思われるマンションの空室を割り出し、同所の捜索を行い、けん銃8丁、実包137個を発見、押収し、暴力団傘下組織組長(50)以下4人を検挙した(栃木)。
〔事例3〕 8月、内偵捜査を通じて、暴力団フロント企業(注)を割り出し、関係箇所として同所の捜索を行い、同企業の資材置場の廃車車両内からけん銃10丁、実包121個を発見、押収し、暴力団幹部(46)以下3人を検挙した(徳島)。
 けん銃の隠匿方法は、事情を知らない人に預ける、土中に埋める、墓の中に隠すなど、年々巧妙化しており、摘発は困難化している。
〔事例4〕 暴力団員(31)は、けん銃2丁を厳重に梱包して外見上それとは分からなくした上で、ゴルフのコンペでたまたま知り合ったスナックの経営者に保管を依頼し、隠匿していた。6月に検挙した(栃木)。
(注) 暴力団フロント企業とは、暴力団が設立し、現にその経営に関与している企業又は暴力団準構成員等暴力団と親交のある者が経営する企業で、暴力団に資金提供を行うなど、暴力団組織の維持、運営に積極的に協力し、若しくは関与するものをいう。
(イ) けん銃以外の銃砲の押収状況
 8年中におけるけん銃以外の銃器の押収丁数は、小銃・機関銃・砲が合わせて7丁(前年比16丁減)であった。また、ライフル銃が32丁(前年比12丁減)、散弾銃が136丁(78丁減)、その他の装薬銃砲が52丁(1,194丁減)、空気銃が35丁(50丁減)となっている。
イ 密輸事件の摘発状況
 8年に押収された真正けん銃は1,400丁(前年比302丁(17.7%)減)であるが、その大半が外国製であり、海外から密輸されたものと考えられ、新たなけん銃の供給を遮断するためには、密輸入を水際で阻止する必要がある。
 しかし、最近5年間のけん銃密輸入事犯の検挙件数の推移は、表3-13のとおりであり、特に押収丁数については、全押収丁数に占める割合が数%と低い水準にある。

表3-13 けん銃密輸入事犯の検挙状況(平成4~8年)

〔事例〕 7月、フィリピン人の輸入業者(53)は、中古外車の輸入を装い、同車両内にけん銃8丁、実包70個を隠匿して密輸入した。8月に検挙した(愛知)。
(3) 我が国の銃器規制
ア 規制の概要
 我が国においては、銃砲の所持、輸入等は、銃刀法により、また銃砲の製造、販売等は、武器等製造法により、それぞれ規制されている。
 銃砲には、けん銃等(けん銃、小銃、機関銃、砲)のようなものから、猟銃(散弾銃及びライフル銃)、空気銃や産業用銃のような社会的有用性を有するものまで様々である。銃刀法は、銃砲の所持を原則として禁止し、本来的に対人殺傷の用に供されるけん銃等については、規制が厳しく、警察官、自衛官等を除き一般の者の所持はほとんど認められていないが、猟銃、空気銃、産業用銃等については、その社会的有用性に着目して、都道府県公安委員会の許可を受けて所持することが認められている。
 平成8年末における都道府県公安委員会の所持許可を受けた銃砲の数は48万4,274丁であり、このうち猟銃及び空気銃(以下「猟銃等」という。)は43万7,051丁で、全体の90.2%を占めているが、その数は18年連続して減少している。8年の猟銃等による事故の発生は84件、死傷者は87人であった。猟銃等を使用した犯罪の検挙件数は15件で、このうち殺人は2件であった。このうち許可を受けた猟銃等を使用したものは、殺人の2件を含み12件であった。
イ 最近における銃刀法の改正とその効果
 けん銃等については、5年の銃刀法改正で、不法所持の重罰化と自首減免規定(注1)の新設等がなされ、7年の同法改正で、発射罪(注2)、実包所持罪(注3)の新設等がなされるなど、数次の改正によりその規制の強化等が行われた。
(注1) けん銃等の提出を促し、当該けん銃等の以後の使用を防止するため、けん銃を提出して自首した場合に、刑を必要的に減軽又は免除する規定
(注2) 公共の場所・乗り物において又はこれに向けてのけん銃等の発射を、具体的な被害の有無を問わず、その所持とは別に、公共の静穏に対する危険犯として、禁止したもの
(注3) けん銃実包の所持、輸入等については、災害防止の観点から火薬類取締法により一定の規制が行われていたが、更にけん銃の発射の抑止力を強化する観点からこれを一定の場合を除き禁止したもの
 押収けん銃のうち自首減免規定の対象となったものの推移は、表3-14のとおりで、法改正後、その割合は上昇しており、同規定は国内に潜在しているけん銃の回収に効果を上げている。
 また、発射罪については、8年中の発砲事件128件のうち、同罪による検挙件数は28件、検挙人員は46人であった。この検挙人員のうち、44人は暴力団勢力であった。7年の発射罪の新設以降の同罪の適用は、累計で49件であり、うち13件は暴力団事務所等へのけん銃発砲事

表3-14 押収けん銃のうち自首減免規定の対象となったもの(平成5~8年)

件であり、従来であれば、器物損壊罪の責を負ったに過ぎない行為に対し、その危険性に応じた厳正な処罰が行われることとなった。
〔事例〕 2月、7年6月に発生した、対立する暴力団事務所のドアにけん銃を発射した事件の被告人に対して、発射罪が適用され、懲役6年の実刑判決が確定した(京都)。
 8年の実包所持罪による検挙件数は64件、検挙人員は65人であり、押収された実包全体の14.6%を占める3,453個に同罪が適用されている。また、これを端緒として、けん銃の密輸入事件や大量押収事件の検挙につながった事例もみられた。
(4) 総合的な銃器対策の推進
ア 政府における対策
 平成7年9月、内閣官房長官を本部長とする「銃器対策推進本部」(内閣官房及び警察庁、環境庁、法務省、外務省、大蔵省、水産庁、通商産業省、運輸省、海上保安庁、郵政省で構成。12月に自治省が加わった。)が閣議決定により設置され、同年12月には、銃器使用犯罪への厳正な対処、水際対策の強化、国内に潜在する銃器の摘発の推進、国際的な取組みの強化及び国民の理解と協力の確保による銃器根絶に向けた社会環境の醸成の5点を柱とする「銃器対策推進要綱」が決定された。8年3月には、この要綱に基づいて、「平成8年度銃器対策推進計画」が策定され、警察庁では、同本部の下、総合的な銃器対策を推進している。
イ 銃器摘発の推進
(ア) 摘発体制の強化
 各都道府県警察では、銃器対策課(室)を設置するなど専従捜査体制を強化するとともに、関係各部門が参画した「銃器取締り総合対策本部」の下、組織の総合力を発揮できる体制を確立した。また、警察署の規模等に応じた銃器専従捜査員の配置や銃器捜査に対する専門的技能・ノウハウを有する専門捜査員の計画的育成を図るとともに、変化する銃器情勢に対応した各種装備資機材等の整備・活用に努めている。
(イ) 取締りの徹底強化
 警察は、発砲事件の検挙に全力を挙げることはもとより、国内に流入、潜在しているけん銃を摘発するため、密輸・密売事件の摘発や暴力団の武器庫の摘発等根源的事犯の取締りに重点を置き、計画的な内偵捜査の推進、銃器情報の収集体制の確立、高度な捜査手法の導入等に努めている。
 また、水際でのけん銃等の取締りと水際監視力強化のため、大蔵省(税関)、海上保安庁等との共同摘発班の編成、合同訓練の実施、連絡協議会の積極的な開催等関係機関との連携を強化しており、8年には、税関及び海上保安庁と銃器密輸入事件を想定した合同訓練を、4管区警察局、24都道府県警察において実施した。
 また、4年以降、「けん銃取締り特別強化月間」を設けて全国一斉のけん銃特別取締りを実施しており、8年には春と秋に2箇月間実施し、期間中に541丁を押収した。
ウ 国際的な銃器対策の推進
(ア) 銃器をめぐる国際情勢
 銃器に対する規制やその運用に関する国家間の差異は銃器のブラックマーケットでの取引価格差をもたらし、銃器に対する規制の緩やかな国から厳しい国への銃器の流れを加速させることになっている。
 また、冷戦構造の崩壊等の混乱に伴う銃器管理の緩みにより、国際的な銃器情勢が悪化している。
 そのため、国際的な銃器の不正流通はもはや、一国だけの努力によっては阻止できるものではなくなっており、我が国における銃器管理を実効あるものにするためには、捜査、銃器管理の両面にわたり、国際的な協力体制を構築する必要がある。このため、警察庁では、8年5月、生活安全局銃器対策課に国際的な銃器の不正な流通に関する情報の収集等及び銃器の規制に関する国際協力に関することをつかさどる「国際銃器対策官」を新設するなど、国際捜査、国際協力体制の強化を図っている。
(イ) 銃器対策に関する国際協力と諸外国の動向
a 銃器規制等に関する国際協力
 銃器及び銃器規制に対する考え方は、国によって大きな違いがある。けん銃についてみると、我が国のようにその所持を原則として認めていない国は少なく、多くの国では許可や登録といった規制を設け、手続を踏めば、その所持が許されている。
 このように、銃器規制の在り方について世界的な共通認識が存在しないことが、薬物等の規制を行う場合と異なり国際的な協力を進める上での大きな問題となっている。諸外国の協

力を得ることができなければ、国内においても有効な銃器対策を推進することは困難であることから、警察庁では国際会議の開催や国際連合における決議等様々な場を利用して、銃器問題に関する国際世論の喚起を図るとともに国際的な共通認識の形成に努めている。
〔事例1〕 11月、P8諸国(第1章第1節1(5)の(注)参照)の関係法執行機関等による「P8銃器対策会議」を東京において開催し、「P8国際組織犯罪上級専門家会合」の「銃器の不正取引対策」に関する勧告のフォローアップを行った。
〔事例2〕 6月、銃器取締りに関する国際協力の円滑化を図るとともに関係国における適切な銃器規制の推進に寄与するため、ODA事業の一環として、アジアを中心に5箇国・1地域の銃器管理担当者を東京に招き、「第2回国際銃器管理セミナー」を開催した。
b 国連における取組み
 国連では、1995年(平成7年)の第9回犯罪防止会議において、我が国の提案に係る銃器規制決議が採択されたことを契機に、「加盟国が共通に採用し得る銃器規制の方策」についての検討、銃器使用犯罪や銃器規制の現状に関する国際調査等を行う国連銃器規制プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)が推進されている。1997年(平成9年)の犯罪防止刑事司法委員会には、プロジェクトによるこれまでの調査結果を取りまとめた中間的な報告書(“DRAFT UNITED NATIONS INTERNATIONAL STUDY ON FIREARM REGULATION”(E/CN.15/1997/CRP.6)。以下「国連中間報告書」という。)が国連事務局から提出され、銃器規制や銃器使用犯罪の現状、銃器規制に関する各国の取組み等に関する国際的な比較(資料編統計3-36、統計3-37参照)や分析の結果について報告が行われた。また、同委員会では、日本、カナダ、メキシコ及びオーストラリアの4箇国が起草した銃器規制に関する経済社会理事会決議案が全会一致で採択された。この決議案は、これまでの調査結果を踏まえ、プロジェクトの今後の活動方針を定めるとともに、今後加盟国が銃器規制の在り方を検討する際に考慮すべき事項や銃器捜査に関する国際協力の推進についての勧告を掲げている。
 なお、プロジェクトに対して、我が国は、1997年(平成9年)度の拠出予定分を含め、約50万ドルの資金拠出を行っているほか、プロジェクトに置かれた専門家会合に警察庁及び法務省(国連アジア極東犯罪防止研修所)から専門家を派遣するなど、積極的に人的・物的貢献を行っている。
c 諸外国における銃器規制の動向
 近時世界各地で発生している銃器の乱射事件等を契機として、諸外国において銃器規制を強化する方向での法制度の改正が行われている。国連中間報告書によれば、調査対象国の46箇国のうち25箇国が過去5年以内に銃器の所有に関する法律や制度を改正し、規制の強化を行っている。例えば、申請者が正当な理由を示すことを銃器の所有免許の付与の条件とした(オーストラリア、1996年)、銃器所有についての統一許可制度を設けるとともに、すべての銃器の登録の実施等を定めた新法を制定した(カナダ、1995年)、けん銃の購入に5日間の待機期間を設け、法執行機関が事前に資格調査を行うことができるようにした(アメリカ合衆国、1993年)などの事例が掲載されており、このほか、英国においては、1997年(平成9年)2月、一般人による22口径を超えるけん銃の所持を全面的に禁止する法律が成立し、同年5月には、労働党新政権が22口径以下のけん銃についても所持を全面的に禁止する法案を発表した。また、同報告書によれば、46箇国のうち22箇国が銃器の所有に関する法律や制度の改正を検討中とのことであり、銃器規制の強化は、世界的なすう勢となっているとみられる。
d 外国との捜査協力体制の強化
 警察庁では、我が国で押収された外国製真正けん銃の流入ルートの解明、海外からの密輸入阻止のための情報交換等を目的として、職員の海外派遣等により、関係諸外国との緊密な情報交換及び捜査協力体制の強化を推進している。
エ 違法銃器の根絶に向けた国民等の理解と協力の確保
 銃器の一般社会への拡散傾向がみられる今、けん銃等の違法な銃器を根絶するためには、国民一人一人の銃器問題に対する理解と協力が必要不可欠である。
 そのため、警察庁では、政府広報をはじめとした各種のメディアを活用して、けん銃等の銃器の危険性、反社会性等についての国民の意識を高め、銃器に関する不審情報の積極的な提供を求めるための広報啓発活動に努めている。特に押収されるけん銃の大半が外国で製造されたものであることから、我が国への銃器の持込みを防止するため、在外公館、旅行会社、航空会社等を通じた対外広報をそれぞれ積極的に展開することにより、国内外の理解と協力の確保に努めている。また、島国である我が国においては、警察等の取締機関だけで水際全

体を監視することが困難であるため、水際監視協力員等のボランティアや漁業協同組合、通関業者、海運業者、航空会社等民間の事業者からの協力確保にも努めている。
 こうした国民と協力した広報啓発活動の一環として、「銃犯罪撲滅のための市民運動の会」等の民間活動家との連携の強化を図り、平成8年11月には、警察庁の支援の下、民間主体のボランティア団体「ストップ・ガン・キャラバン隊設立準備委員会」が発足し、けん銃への拒絶感の薄い若者及びその保護者等に的を絞った広報啓発活動を推進している。
 さらに、11月には、東京で、我が国の民間活動家やアメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアから銃器規制団体の代表者等を招請して「銃器犯罪の根絶に向けたシンポジウム」を開催するなど幅広く銃器問題に対する国民の理解と協力の確保に努めている。
 このほか、各都道府県においても、8年中に、高知県、奈良県、岡山県及び京都府で知事を本部長とする「銃器対策推進本部」の設置がなされるなど、官民一体となった銃器根絶運動を推進しており、インターネット等の新しい媒体を活用した広報啓発活動と相まって、国民の銃器の拒絶感の醸成に努めている。

2 薬物乱用の現状と対策

(1) 深刻化する覚せい剤情勢
 覚せい剤乱用は、第2次世界大戦後急速に拡大して昭和30年代にいったん沈静化した(第1次覚せい剤乱用期)が、40年代半ばから再び拡大が始まり、59年には検挙人員が2万4,022人となり、戦後2度目のピークを迎えた(第二次覚せい剤乱用期)。検挙人員は、その後減少傾向を示し、平成元年以降1万5,000人前後で推移してきたが、7年に1万7,000人を超えて再び増加傾向を示し、8年には検挙件数が2万6,624件(前年比3,242件(13.9%)増)、検挙人員が1万9,420人(同2,319人(13.6%)増)とそれぞれ2年連続で大幅に増加し、特に高校生の検挙は2年連続で倍増するなど、覚せい剤乱用の拡大が深刻な問題となってきている。過去10年間の覚せい剤事犯の検挙状況は、図3-12のとおりである。
ア 高校生等少年による覚せい剤事犯の急増
 8年に覚せい剤事犯で検挙された少年は1,436人(前年比357人(33.1%)増)に急増し、特に高校生の検挙人員は214人(122人(132.6%)増)になり、6年に比べて5倍以上になるなど、非常に深刻な情勢にある(詳細については、第2節1(1)イ参照)。
イ 史上最高を更新した覚せい剤押収量
 8年の覚せい剤の押収量は約650.8キログラムで史上最高を記録するとともに、7月には、一度の押収量としては過去最高の約528キログラムを押収するなど、大量の覚せい剤が我が国に不正に流入し、密売されている状況がうかがわれる。

図3-12 覚せい剤事犯の検挙状況(昭和62~平成8年)



〔事例1〕 7月、情報に基づき、覚せい剤を中国からの輸入食品の缶の中に隠匿し貨物船を利用して密輸入した輸入業者等2人を検挙し、覚せい剤約528キログラムを押収するとともに、逃亡した台湾人被疑者2人を指名手配した(神奈川)。
〔事例2〕 10月までに、東北、関東、中部及び中国地方にわたって覚せい剤を密売していた大物密売人、暴力団幹部、末端乱用者等284人を麻薬特例法を適用するなどして検挙し、合計で覚せい剤約7.5キログラム、乾燥大麻約1キログラム等を押収した(福島、静岡、愛知、鳥取)。
ウ 来日外国人による覚せい剤事犯の多発
 8年に覚せい剤事犯で検挙された来日外国人は558人で、前年に比べて73人(15.1%)増加しており、特にイラン人の激増(前年比98人(81.7%)増)が目立った。イラン人による覚せい剤事犯検挙状況の推移は、表3-15のとおりである。

表3-15 イラン人による覚せい剤事犯検挙状況の推移(平成4~8年)

 国籍別検挙状況は、フィリピン230人(41.2%)が最も多く、次いで、イランが218人(39.1%)、韓国44人(7.9%)、タイ10人(1.8%)等の順となっている。
〔事例〕 11月、大阪市中央区の通称アメリカ村及びその周辺における薬物密売事犯の集中取締りを実施し、覚せい剤等を所持していたイラン人等の来日外国人等11人を検挙し、覚せい剤約230グラム、大麻樹脂約730グラム、乾燥大麻約210グラム、LSD225片等を押収した(大阪)。
エ 不正取引に深くかかわる暴力団
 8年に覚せい剤事犯で検挙された暴力団勢力は7,912人(前年比535人(7.3%)増)で、覚せい剤事犯の総検挙人員の40.7%を占めており、依然として暴力団が覚せい剤の不正取引へ深く関与していることがうかがわれる。過去10年間の暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況は、表3-16のとおりである。
〔事例〕 4月、突き上げ捜査により、覚せい剤等を密輸、密造、密売していた暴力団幹部等を検挙するとともに、覚せい剤約40キログラム、乾燥大麻約3キログラム等を押収した(警視庁、大阪)。

表3-16 暴力団による覚せい剤事犯の検挙状況(昭和62~平成8年)

(2) 社会を汚染し続ける薬物乱用
ア 大麻事犯
 平成8年の大麻事犯は、検挙件数・人員及び乾燥大麻の押収量に減少がみられたが、有害成分が濃縮され、その含有率が乾燥大麻よりも高い大麻樹脂については、5月と9月に過去

図3-13 大麻事犯の検挙状況(昭和62~平成8年)

最高の押収事案が相次ぎ、年間の総押収量も約144.5キログラム(前年比約19.5キログラム(15.6%)増)と4年連続して史上最高を更新した。また、来日外国人による大麻事犯も依然として顕著で、大麻樹脂1キロ以上の大量押収事案15件中12件は来日外国人によるものであった。さらに、8年に大麻事犯で検挙された30歳未満の青少年の検挙人員は760人で、総検挙人員の61.9%を占めており、依然として青少年層への深い浸透がうかがわれる。過去10年間の大麻事犯の検挙状況は、図3-13のとおりである。
〔事例1〕 5月、大理石のボード内に大麻樹脂を隠匿し、貨物船を利用して密輸入したイラン人等2人を検挙するとともに、大麻樹脂約36.5キログラムを押収した(兵庫)。
〔事例2〕 5月、「タイからの郵便小包に大麻が隠匿されている」旨の情報に基づき捜査を行い、受取人のナイジェリア人ほか2人を検挙するとともに、乾燥大麻約1.4キログラムを押収した(警視庁)。
イ 麻薬等事犯
 8年の麻薬等事犯(麻薬及び向精神薬取締法違反及びあへん法違反をいう。)の検挙件数は662件(前年比77件(10.4%)減)、検挙人員は361人(83人(18.7%)減)であった。MDMA(幻覚作用等を持ち、麻薬として規制されている。別名エクスタシー。)の大量押収事案が目立ったほか、パソコン通信の電子メールを密売に利用した向精神薬譲渡事案もみられた(第4章第2節1(3)〔事例3〕参照)。過去10年間の麻薬等事犯の検挙状況及び最近5年間の麻薬等の種類別押収状況は、それぞれ図3-14、表3-17のとおりである。

図3-14 麻薬等事犯の検挙状況(昭和62~平成8年)

表3-17 麻薬等の種類別押収状況(平成4~8年)

〔事例〕 3月、オランダからMDMAを身体に巻き付け、航空機を利用して密輸入したオランダ人を検挙し、MDMA7,900錠を押収した(千葉)。
(ア) コカイン事犯
 8年のコカイン事犯の検挙人員は78人(前年比33人(29.7%)減)で、検挙件数及び押収量も前年に比べそれぞれ減少しているが、依然として、南米のコカイン・カルテル等の活発な活動がみられ、南米系外国人による航空機を利用した大量コカインの携帯密輸入事犯が相次いだ。
〔事例〕 11月、「コロンビアから韓国経由で輸送されてきた受託手荷物の中に大量のコカインを発見した」旨の情報に基づき、受け取りに来たコロンビア人夫婦を検挙するとともに、コカイン約7.24キログラムを押収した(千葉)。
(イ) ヘロイン事犯
 8年のヘロイン事犯の検挙人員は36人(前年比35人(49.3%)減)で、検挙件数及び押収量も前年に比べそれぞれ減少した。タイからの密輸入事犯、ベトナム人等の来日外国人による事犯が目立った。
(ウ) 向精神薬事犯
 8年の向精神薬事犯の検挙件数は91件(前年比4件(4.2%)減)、検挙人員は62人(前年比1人(1.6%)減)、押収量は、鎮静剤7万5,758錠(1万6,419錠(27.7%)増)、興奮剤3,098錠(7年は押収なし)であり、依然としてタイからの大量密輸入事犯が顕著であった。
〔事例〕 2月、「タイからの国際郵便物内に大量の向精神薬が隠匿されている」旨の情報に基づき受取人のタイ人を検挙するとともに、向精神薬2,082錠を押収した。さらに4月、裏付け捜査等により、同タイ人が向精神薬の密輸入及び譲渡しを業としていたことを解明し、麻薬特例法を適用して追送致した(千葉、埼玉)。
(エ) あへん事犯
 8年のあへん事犯の検挙件数、検挙人員及び生あへんの押収量は前年に比べてそれぞれ減少したが、けし(けしがら)の押収量は1万1,497本(前年比6,045本(110.9%)増)に増加した。また、依然として来日外国人による事犯が顕著で、栽培事犯を除くあへん事犯全体の検挙人員の84.6%を占めている。
〔事例〕 2月、シンガポールから自己の携帯するスーツケースの二重底にあへんを隠匿して密輸入したシンガポール人男女2人を検挙するとともに、あへん約6.4キログラムを押収した(大阪)。
ウ シンナー等有機溶剤事犯
 8年のシンナー等有機溶剤の乱用者(摂取又は使用目的の所持で検挙された者をいう。)の検挙人員は6,789人である。乱用の中心は少年で、4,489人と全体の66.1%を占めており、密売には、依然として暴力団が深く関与している。最近5年間のシンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移は、表3-18のとおりである。なお、少年事犯の状況は、第3章第2節1(1)表3-12のとおりである。
〔事例〕 5月、携帯電話やポケットベルを利用して少年等にトルエンを密売していた暴力

表3-18 シンナー等有機溶剤乱用者の検挙人員の推移(平成4~8年)

団員を検挙し、トルエン35リットルを押収するとともに、突き上げ捜査により、同組員や少年にトルエンを販売していた塗料販売業者等3人を検挙した(北海道)。
(3) 薬物乱用に起因する事件、事故
 覚せい剤、大麻等の薬物の乱用は、幻覚、妄想等の精神障害をもたらし、殺人、強盗等の凶悪事件や、自殺、急性中毒等による死亡事故、交通事故等を誘発することが少なくないほか、使用をやめた後でも、少量の再使用や疲労等をきっかけに乱用時と同様の精神障害を突然引き起こすことがある(フラッシュバック現象)。平成8年の薬物の乱用に起因する事件、事故の認知状況は表3-19のとおりである。

表3-19 薬物に係る事件、事故の認知状況(平成8年)

〔事例〕 3月、建設作業員の男(31)は、覚せい剤を注射した後、警察に追われているという妄想を抱き、アクセサリー店において女性客にカッターナイフを突き付けて人質にとり、立てこもった。逮捕監禁罪により逮捕した(神奈川)。
(4) 総合的な薬物対策の推進
ア 政府における対策
 最近の厳しい薬物情勢にかんがみ、内閣官房長官を本部長として設置されていた「薬物乱用対策推進本部」(昭和45年設置)が、平成9年1月、内閣総理大臣を本部長とする本部(副本部長:内閣官房長官、国家公安委員会委員長、総務庁長官、法務、大蔵、文部、厚生、運輸各大臣、本部員:外務、通商産業、郵政、労働、建設、自治各大臣)に格上げされ、政府を挙げて薬物乱用対策に取り組むこととされた。4月には、政府における薬物乱用対策の基本方針として「薬物乱用対策推進要綱」が策定されるとともに、深刻化する青少年の薬物乱用に歯止めを掛けるために9年度において緊急に取り組む対策として、「青少年の薬物乱用問題に対する緊急対策」が策定された。
イ 警察の取組み
 警察では、政府の薬物対策の中核を担う機関として、これを治安の根幹にかかわる重要な課題としてとらえ、薬物の供給の遮断と需要の根絶の両面から、総合的な対策を推進している。
(ア) 供給の遮断
 薬物の密輸・密売は、犯罪組織によって行われているため、警察では、コントロールド・デリバリー(注)等の効果的な捜査手法を積極的に活用した取締りを行っており、8年には、19件のコントロールド・デリバリーを実施した。さらに、薬物の密売によるばくだいな不法収益が、犯罪の誘因となり、また、犯罪組織存立の基盤にもなっていることから、麻薬特例法等を積極的に活用し、そのはく奪等の不法収益対策を推進している。一方、我が国で乱用されている薬物のほとんどが海外から密輸入されたものであることから、税関、入国管理局、海上保安庁等の関係機関及び薬物の生産国や密輸入中継国の取締当局等との連携を強化し、薬物の供給源や供給ルートの解明、壊滅に努めている。また、来日外国人の密売人が街頭で無差別に薬物を売りさばく事案が目立つことから、その取締りを強化している。
(注) コントロールド・デリバリーとは、捜査機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で直ちに検挙することなく、十分な監視の下にその運搬を継続させ、関連被疑者に到達させてその者らを検挙する捜査手法をいう。
(イ) 需要の根絶
 警察では、薬物乱用の根絶を図るため、末端乱用者の検挙を徹底するとともに、乱用がもたらす様々な害悪についての広報啓発活動を活発に展開し、薬物乱用のない健全な社会環境づくりに努めている。8年には、啓発用資料「ドラッグ1996」等を作成し、全国において薬物乱用防止に係る様々な会合、キャンペーン等での活用に供したほか、関係機関等と協力して、薬物乱用相談や薬物乱用防止教室を実施した。
(ウ) 国際協力の推進
 薬物の不正取引は、国境を越えて行われており、一国のみでは解決できない問題であることから、警察では、関係国との捜査員の相互派遣、各種国際会議への参加等を通じた情報交換等による国際捜査協力の推進を図っており、8年3月には、アジア太平洋地域各国及びヨーロッパ諸国(24箇国1地域)並びに国際刑事警察機構(ICPO)及び国際連合薬物統制計画(UNDCP)の参加を得て「第2回アジア・太平洋薬物取締会議」を主催し、各国の薬物情勢、法制度や捜査手法に関する相互理解と協力関係を一層強化した。さらに、警察では、生産国等における薬物問題への取組みを支援することを目的として、薬物犯罪取締セミナーの開催や途上国への技術援助のための調査を行っている。


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