第3節 ボランティア活動を支えるもの

-ある地方都市のケーススタディ-

 前節においてみられたように、地域安全活動は、警察の活動と併せて、様々なボランティアの活動に負うものが大きい。ボランティアによる地域安全活動は、失われつつある地域住民の連帯を高め、地域社会の犯罪抑止機能を回復させる可能性をも秘めており、今後ともその活動の拡大が期待されるところである。
 本節では、このようなボランティア活動の成立基盤を考察するため、ケーススタディとして、愛知県春日井市におけるボランティアの地域安全活動の実例を取り上げ、その背景にある市民の意識を分析する。愛知県春日井市を対象として選定したのは、次の理由によるものである。
(1) 都市化の進展等によりコミュニティー形成が困難化する傾向にある都市であること。
(2) 地域安全のためのボランティア活動が活発であること。

1 地域安全のためのボランティア活動

 愛知県春日井市においては、市内全域の地域安全を目的として組織された春日井地区防犯協会の活動、近隣の地域安全を目的として立ち上がった地域住民の草の根的な活動等、地域安全のためのボランティア活動が活発に行われており、また、内容的にも他の都市にみられない豊かなものがある。以下、こうした活動を概観する。



(1) 「防犯モデル道路」の設定
 県内で通り魔事件が発生したことから、防犯という観点から道路の整備を見直す必要があるという認識が広まり始め、昭和56年、名古屋市において全国初の「防犯モデル道路」が設定されたのに呼応し、春日井市においても、春日井地区防犯協会が中心となって、自治体、警察との緊密な連携により「防犯モデル道路」を設定した。これは、学校、公園、駅等の周辺で人々の通行が多く、かつ、路上犯罪の発生が危ぶまれる道路を「防犯モデル道路」として指定するものであり、指定した道路については、「防犯モデル道路」であることを表示板で示し、防犯ベル、防犯灯及び公衆電話ボックスの設置を関係機関に働き掛けるとともに、防犯モデル道路推進員を委嘱して周辺地域の防犯上の点検等を行うものである。防犯ベル、防犯灯及び公衆電話ボックスの設置は、犯罪者が犯罪を起こすことを抑制させるものであり、これらの効果的な設置に当たり、路上犯罪の発生状況の分析に基づく警察の助言が、大いに功を奏した。また、防犯モデル道路推進員は、警察との緊密な連絡を行っており、そ

の結果、警察が路上犯罪防止対策を講ずる上で有効な情報がもたらされている。
 「防犯モデル道路」は春日井市を含め愛知県内各地で設定され、設定後は、乗物盗や車上ねらいが軒並み減少するなど、大きな防犯効果を上げている。
(2) 「暗がり診断」の実施
 春日井市では、市民ぐるみで地域安全の観点から街づくりを見直そうとする機運が盛り上がり、平成5年6月、地域住民と防犯団体や自治体の関係者による「春日井市安全なまちづくり協議会」が結成された。
 同協議会においては、夜間において照明のない状況下でのひったくり等を予防するためには防犯灯や街路灯を効果的に設置する必要があるという認識に至り、5年11月、「暗がり診断」と称して、婦人会会員、小中学校の教諭、老人クラブのお年寄り、少年補導員等地域住民約70人が地図を片手に駅周辺を巡回し、犯罪等を防止するために照明が必要な地点を診断した。その際、警察は、ひったくり等の発生状況に関する情報

の提供等専門的な助言を求めに応じて行ったほか、「暗がり診断」には、交番の地域警察官や防犯担当の警察官が地域住民とともに参加した。
 診断の結果は、市が街路灯や防犯灯の設置場所を検討するための資料として活用され、「暗がり診断」はその後も何回か実施されている。また、「春日井市安全なまちづくり協議会」では、「暗がり診断」に続く安全な街づくりのための施策を検討している。
(3) 「愛のパトロール」活動
 市内の新興住宅地である高藏寺ニュータウン石尾台地区においては、昭和63年、地区内で続発した悪質ないたずらに対処するため、地域の防犯問題に関心の高い一部の住民が主導して「高藏寺ニュータウン石尾台コミュニティ推進協議会」が結成された。
 同協議会では、少年の非行防止や路上犯罪の防止等を目指して、毎週末、4~5人が組となり、「愛のパトロール」と銘打って輪番で夜間パトロールを実施することとした。また、パトロールに付随して、パトロール中に発見した放置自転車の所有者への返還又は関係機関への引継ぎ

を行うほか、補助錠、防犯ブザー等の防犯器具を地区住民にあっせんするとともに、防犯灯や街頭消火器を点検し、関係機関に設置、修理を働きかけるなどの活動も行っている。さらに、毎月、地区内全戸に防犯広報紙「石尾台ニュース」を配布し、地区住民の自主防犯意識の高揚を図っている。その際、警察は、パトロールに地域警察官を同行させるなど活動の側面支援に努めている。また、防犯協会も、「愛のパトロール」の推進役を果たした男性に表彰状を贈るなどその活動を支援している。
 その後、同地区においては、悪質ないたずらは途絶えている。

2 市民の意識

 以上の活動の背景として、春日井市民が地域安全対策についてどのような意識を持っているかを分析するため、平成6年2月、(財)全国防犯協会連合会が同市の市民230人を対象に実施したアンケート調査の結果を紹介する。
(1) 地域安全への不安感
 世の中全体で犯罪が増えると思う人の割合が86.1%に上り、自分の街でも犯罪が増えると思う人の割合も半数に迫った(48.2%)。
 また、犯罪の被害に遭う危険から夜間行くことができない場所が街中にあると思う人の割合が半数を超え(53.9%)、夜間一人で人気のない道を歩くことに不安を感じる人の割合が81.7%に上った。
 実際の犯罪にかかわる状況としては、半数以上(60.4%)が過去1年間に自転車泥棒を身近で見聞していた(表1-19)。

表1-19 過去1年間に見聞した犯罪(複数回答)

(2) 地域安全対策についての意識
 身の回りで起きる犯罪を防止するための手段として、防犯灯や街灯の増設を望む人の割合が86.9%、近所のつながりや助け合いを深めるべきであると考える人の割合が55.7%に上るなど地域社会の在り方に関するものの割合が高かった(表1-20)(注)。
 他方、警察に対しても、警察官の活動の強化を求める人の割合が55.2%に上ったほか、犯罪の発生状況に関する情報の提供、犯罪から身を守るためのノウハウの提供等の支援を望む人の割合がそれぞれ61.3%、43.5%に上った(表1-21)。
(注) 防犯灯や街灯による街の明るさが十分でないと思う人の割合が54.4%に上り、不審者の潜みやすい公園の管理が十分でない思う人の割合は56.1

表1-20 身の回りで起きる犯罪を防止するための手段

表1-21 安全と安心を確保するための必要事項(複数回答)

%に上った。
(3) 地域安全のためのボランティアに対する意識
 犯罪の被害を減少させるには地域住民の協力と積極的活動が必要であると考える人の割合が84.0%に上った(注1)。また、住民によるパトロールへの参加を求められたら協力するという人の割合が90.0%に達した。しかし、自分の街で住民による自主防犯活動が行われていることを知っている人の割合は40.8%にとどまり、そうした自主防犯活動を経験した人の割合に至っては17.8%にとどまった。
 地域安全のためのボランティア活動にこれまで参加しなかった人の83.0%が、不参加の理由として活動を知らなかったことないし活動への参加方法を知らなかったことを挙げている。また、参加の条件としては、時間的余裕(47.1%)、指導者の存在(33.9%)を挙げる人の割合が高かった(表1-22)(注2)。

表1-22 住民による犯罪防止活動に必要な条件

(注1) 地域住民による現行の自主防犯活動が十分でないと思う人の割合が71.3%に上った。
(注2) 地域安全のためのボランティア活動の活動内容に魅力があれば参加するという人の割合が56.3%に上った。

3 考察

 春日井市においては、全国の例に違わず、都市化の進展等によるコミュニティー形成の困難化という今日的な問題状況がうかがわれるにもかかわらず、地域住民による地域安全対策として他に類を見ない特徴的かつ継続的なボランティア活動が見受けられた。特に、「愛のパトロール」の例のように、人間関係の希薄化を指摘される居住歴の短い新入住民層の間においても、活動が成り立っていたことが注目される。そこで、同市の特徴的かつ継続的なボランティア活動の成立要素となるものを考察した場合、以下の3点が指摘される。
(1) ボランティア活動の強力な推進者の存在
 同市でみられた地域安全のためのボランティア活動の例によると、「防犯モデル道路」では防犯協会が、「愛のパトロール」では地域安全に関心の高い一部の地域住民が、それぞれイニシアティブをとって強力に活動を推進していた。このように、ボランティア活動を実施し、継続するには、強力な推進者の存在が大きな要素であると考えられる。このことは、アンケ-トによっても裏付けられた。
(2) ボランティア活動の工夫
 「愛のパトロ-ル」が昭和63年以来実施されている背景には、単にパトロ-ルをするだけでなく、防犯器具をあっせんしたり、防犯広報紙を地域住民間のミニ・コミ紙として活用するなど、活動内容に幅をもたせていたことが注目される。
 また、アンケートによると、ボランティア活動を実施し、活動内容に魅力のあることや活動に時間的余裕のあることが活動への参加条件として主に挙げられていたところであり、これらを考えあわせると、ボランティア活動を実施し、継続するには、活動内容、手法を工夫することが必要であると考えられる。
(3) ボランティア活動に対する支援
 同市においてみられた地域安全のためのボランティア活動の各事例は、助言、パトロールの共同実施等警察の協力を受けて効果的に行われていた。また、「防犯モデル道路」では、自治体が防犯の観点を取り入れた道路づくりを行い、「暗がり診断」では、自治体と警察を構成員に含む「春日井市安全なまちづくり協議会」が結成されて、診断の結果が街づくりの資料として活用されるなど、自治体が支援し、さらには警察、自治体との緊密な連携がなされることによってより効果的なボランティア活動が行われていた。
 なお、アンケートによると、ボランティア活動の潜在的供給層の多くがボランティア活動にアクセスするための手段を求めていたことから、ボランティア活動に関する情報の提供等の支援が、ボランティア活動を一層活性化させることとなることがうかがわれる。


目次  前ページ  次ページ