第3節 外国人労働者の就労に係る犯罪等への対応

1 外国人労働者の就労あっせんに係る犯罪の取締り

 我が国に出稼ぎに来る外国人の多くは、いわゆる単純労働に従事する者であるが、現在、我が国は、原則としていわゆる単純労働に従事するための入国は認めておらず、これらの外国人は、就労あっせんブローカー等を介し、不法に就労することが多い。こうしたブローカー等は、外国人労働者の不法就労を助長しているばかりでなく、外国人労働者を食い物にすることにより、不当な暴利を得ている。
 外国人労働者の就労あっせんの形態は、多種多様であるが、その一例として、労働者派遣の形態を取るものを図示すると、図1-2のとおりである。
 この種の事犯に対し、警察は、その態様に応じ、職業安定法や「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(以下「労働者派遣法」という。)等の雇用関係法令を適用し、悪質なブローカー等の取締りを進め、外国人労働者の保護に努めている。
 平成元年の雇用関係事犯の検挙状況は、検挙件数が102件、検挙人員が162人であった。
(1) 大規模化する雇用関係事犯
 近年、不法就労者が増加している背後には、大規模なブローカー組織の暗躍がみられ、平成元年には、多数の外国人労働者を多数の企業に派遣する大規模な雇用関係事犯の検挙が相次いだ。このような大規模な事犯は、ブローカーが会社ぐるみで組織的に敢行することが多く、ブロー

図1-2 外国人労働者派遣の形態

カーが手にする利益も巨額に上り、中には検挙されるまでに170億円もの売上げを得ていた会社もあった。
 また、検挙されたブローカーの中には、当初は製造業、運送業等を本業とし、外国人労働者を雇っていたが、人手不足に悩む他の同業者等に外国人労働者をあっせんしているうちに、これがもうかることに目を付け、就労あっせん業が本業となった者が目立った。
〔事例〕 もぐりの人材派遣会社社長(54)らは、ブラジルに同社の連絡事務所を設置して、現地のブローカーと提携し、募集した日系ブラジル人等約2,300人を、人手不足に悩む全国約170社の自動車部品製造会社等に派遣して単純労働に従事させていた。10月、労働者派遣法違反で逮捕(千葉)
(2) 増加した日系人労働者
 平成元年に警察が検挙した雇用関係事犯について、ブローカーが派遣等を行った外国人労働者の国・地域別状況をみると、ブラジル、タイ、中国、フィリピン、パキスタン等十数箇国に及んでいる。中でも、近年、特に目立っているのは、ブラジル、アルゼンチン等の南米諸国の国籍を有する二世、三世の日系人の増加である。これらの日系人の中には、当初、観光等の短期滞在の在留資格で入国し、その後、長期滞在が可能な特定の在留資格に変更して就労していた者が目立った。また、その在留資格の変更の申請のための身元保証書の入手を手伝うなど、ブローカー等が日系人の便宜を図っている場合もあった。
 こうした日系人が増加した背景には、日系人の場合、特定の在留資格を付与されれば、原則として我が国での就労が可能となることから、この点にブローカーや就労先企業が目を付けたこともあると思われる。
 また、日系人の就労あっせんに係る事犯では、ブローカーが南米の就労あっせんブローカーと提携し、現地の新聞に求人広告を出して労働者を募集していた例や、南米に自ら連絡事務所を置き、大規模な募集活動をしていた例もみられた。
〔事例〕 日系人の旅行業者(45)は、ブラジルに本社を置き、邦字新聞に求人広告を出して募集した日系人約850人を、我が国に入国させ、もぐりの人材派遣会社等15社に有料であっせんし、約3億円の売上げを得ていた。7月、職業安定法違反で逮捕(神奈川)

2 外国人労働者の入国、在留に係る犯罪の取締り

 外国人労働者の就労に当たっては、彼らを我が国に入国させたり、彼らの在留期間を延長するなどの目的で、様々な犯罪が敢行されている。
(1) 偽装結婚事犯
 風俗営業等で稼働する外国人女性が、我が国に長期間滞在するため、偽装結婚が行われる例がみられる。このようなことが行われるのは、例えば、興行の在留資格では60日までしか在留期間が認められないのに対して、日本人の配偶者としての在留資格を得れば、3年までの在留期間が認められる上、原則として国内での稼働が自由となるからである。こうした実態のない結婚の婚姻届を提出し、戸籍に虚偽の記載をさせることは、公正証書原本不実記載の罪に当たる。通常、この種の偽装結婚事犯にもブローカーが介在しており、我が国での長期滞在を望む外国人女性と、偽装結婚の相手となる日本人男性との間を仲介することにより、多額の報酬を得ている。
 偽装結婚事犯には、この他にも様々な手口があり、雇用主自らが外国人女性と偽装結婚する場合、暴力団組長が配下の組員を外国人女性と偽装結婚させる場合、日本国内で他人名義の旅券を取得したブローカーが、その他人に成り済まし、海外で外国人女性と偽装結婚する場合等の例がみられる。
〔事例1〕 元公務員(54)らは、韓国人女性から約200万円を受け取り、日本人男性には100万円の「戸籍使用料」を支払った上、虚偽の婚姻届を提出して、韓国人女性と日本人男性の偽装結婚を仲介し、この手口で、約1億2,000万円を荒稼ぎしていた。平成元年9月、公正証書原本不実記載、同行使で逮捕(滋賀)
〔事例2〕 暴力団組長(48)らは、韓国人女性に日本人の配偶者としての在留資格を取得させるため、配下の組員等を1人当たり約400万円の「戸籍使用料」を支払って韓国に渡航させ、現地で募集した韓国人女性と偽装結婚させた上、これらの韓国人女性を自己の経営する飲食店等でホステスとして客の接待業務に従事させていた。昭和63年5月、公正証書原本不実記載、同行使、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」違反で検挙(福岡)
(2) 在留期間の延長等に係る公文書の偽造
 外国人労働者の入国又は在留をめぐっては、それが合法的なものであるかのように装うために、入国審査の際に提出する入国事前審査終了証や在留期間更新許可を受けたときに旅券に押される証印等を偽造する事犯が目立っている。これらの偽造された公文書の中には、かなり精巧なものもあり、行使の段階で発覚したのは偽造されたもののうちごく一部と思われる。
〔事例〕 中国人就学生(23)は、他の中国人就学生が、専らアルバイト活動に従事しているため、日本語学校への出席日数が足りず、在留期間更新手続ができないことに目を付け、正規に許可を受けることができると偽って、偽造の在留期間更新許可の証印を同人の旅券に押捺し、手数料として1人当たり30万円を得ていた。平成元年6月、有印公文書偽造、同行使、詐欺で逮捕(警視庁)
(3) 日本語学校への就学に係る私文書の偽造
 外国人が就学生として入国するには保証人が必要であるが、保証人となる者が少ないため、就学を希望する外国人とは全く無関係の他人を本人には無断で保証人に仕立て上げるという事例がみられる。ブローカーは、この場合に必要な他人の住民票の写しや課税証明書の交付申請書等を偽造して、これらの保証人関係の書類を不正に入手した上、日本語学校あるいは就学を希望する外国人に売ることによって利益を得ている。この種の事犯では、日本語学校関係者が、自己の経営する日本語学校に就学生を入学させるため、入国管理局に提出する身元保証人関係の書類を不正に入手する目的で、敢行する例が目立っている。
 なお、日本語学校の中には、就学生が在留期間更新許可を受けられるようにするため、虚偽の内容の出席証明書や成績証明書等を、就学生に対して金銭と引換えに交付している悪質なものもみられる。
〔事例〕 日本語学校学院長(42)らは、同校に入学する中国人の就学生を確保するため、中国人が就学生として出国する際の旅券発給申請に必要な身元保証人関係の書類を偽造し、我が国への就学を希望する中国人に対して、同校への入学金と引換えに交付していた。平成2年4月、有印私文書偽造で検挙(警視庁)

3 外国人女性に係る風俗関係事犯の取締り

 近年、「じゃぱゆきさん」と称される外国人女性が、観光等の短期滞在や興行等の在留資格で入国し、売春防止法違反等の風俗関係事犯に関与する事案が多発している。これらの事犯では、悪質雇用主やブローカーにより外国人女性が売春を強要される例もあり、外国人女性に係る風俗関係事犯の取締りを推進し、外国人女性の保護を図ることが重要な課題となっている。
(1) 関与外国人女性の状況
 最近5年間の風俗関係事犯に関与した外国人女性(以下「関与外国人女性」という。)の状況をみると、表1-11のとおりで、昭和61年をピークにほぼ横ばい状態にあるものの、依然として高水準で推移している。

表1-11 関与外国人女性の推移

 関与外国人女性の在留資格別状況をみると、表1-12のとおりで、平成元年では、観光等の短期滞在が864人(55.8%)と最も多く、次いで興行278人(18.0%)、就学等の特定の在留資格213人(13.8%)となっている。また、これを5年前の在留資格別状況と比べると、就労が直ちに違法となることが多い短期滞在が73.3%から55.8%へと減少し、就労が可能で比較的長期滞在が可能な興行及び特定の在留資格が、それぞれ7.2%から18.0%、4.4%から13.8%へと、かなり増加していることが注目される。

表1-12 関与外国人女性の在留資格別状況

 次に、関与外国人女性の国・地域別状況をみると、表1-13のとおりで、元年では、フィリピン人532人(34.4%)、タイ人493人(31.8%)、台湾人302人(19.5%)の順となっているが、近年タイ人の増加が著しく、5年前の約2倍となっている。

表1-13 関与外国人女性の国・地域別状況

〔事例〕 元暴力団組員(41)らは、自己の経営する無許可のスナックに雇い入れたタイ人女性が逃げることができないように、旅券を取り上げた上、同店の従業員の監視の下、自己の管理下にあるアパートに居住させて、このタイ女性に同店の客を相手に売春を行わせていた。また、入国あっせん手数料の返済名目で、売春による報酬の全額をタイ人女性から取り上げていた。12月、売春防止法違反で逮捕(埼玉)
(2) 外国人女性の供給組織の暗躍
 外国人女性に係る風俗関係事犯では、暴力団関係者が直接海外に渡航して外国人女性を募集するなど、暴力団が組織的に外国人女性のあっせん及び雇用に介入している例が目立ち、これらの外国人女性を食い物にして得た金銭が、暴力団の資金源の1つとなっている。
 また、国外の供給組織がこの種の事犯に関与している例もある。平成元年の検挙事例では、マレーシアルートのタイ人女性供給組織が、複数の都府県にまたがる一連の風俗関係事犯に関与していたことが判明した。この組織は、大ボスを頂点とするピラミッド型の構成となっており、タイ国内に本拠を置き、我が国国内にも下部組織を有する大掛かりなものであり、しかも、我が国ばかりでなく、米国、西ドイツ、インド等世界十数箇国にもタイ人女性を供給していた。
 また、フィリピンでは、オーデションを行うなどして募集した自国の女性を興行等の在留資格で我が国に送り出す組織が、我が国の売春婦あっせんブローカーと結託して女性を供給する例や、現地のブローカー自らが来日し、女性を売春婦として直接雇用主にあっせんする例がみられた。
〔事例1〕 タイ人女性供給組織の日本担当のマレーシア人幹部(28)らは、旅券を偽造するなどして入国させたタイ人女性を、我が国国内の下請ブローカー等を通じて関東、中部、近畿の飲食店経営者等に、1人当たり約130万円で、売春婦としてあっせんし、約3億円の暴利を得ていた。平成元年7月、職業安定法違反で逮捕(警視庁)
〔事例2〕 暴力団幹部(32)らは、フィリピンに自ら渡航し、現地ブローカーと結託して募集したフィリピン人女性を、観光を装い来日させ、売春婦として他の暴力団幹部の経営するスナック等にあっせんしていた。昭和63年11月、職業安定法違反で検挙(警視庁)
(3) 関与外国人女性の保護
 売春事犯の中には、外国人女性が当初から売春をすることを承諾していたもののほかに、悪質な雇用主等が外国人女性に売春を強要していた例もみられた。また、外国人女性も承諾の上での売春であっても、ブローカーに支払った多額のあっせん料の回収を急ぐため、雇用主が外国人女性に1日に何人もの客をとらせたり、旅券を取り上げて一定額の収入を得るまでは自己の管理下から逃げることができないようにしていた例もあった。
 このほか、興行の在留資格で来日させ、外国人女性自身も在留資格どおり歌手又はダンサーの仕事をするつもりでいたのに、実質的には客の接待をさせ、ホステスとして稼働させていた例もみられた。
 警察では、外国人女性に係るこれらの風俗関係事犯の取締りを通じて、外国人労働者の保護を図っている。


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