第2節 外国人労働者等による犯罪の状況と捜査上の問題点

1 外国人労働者と犯罪

 平成元年の外国人入国者数が過去最高の約298万6,000人を記録するなど、我が国に流入する外国人の増加が著しいが、このような状況を反映して、近年、来日外国人による犯罪が増加している。例えば、元年の来日外国人刑法犯の検挙状況をみると、検挙件数3,572件、検挙人員2,989人と、過去最高を記録した前年と比べて件数で334件(8.6%)、人員で31人(1.0%)やや減少しているものの、10年前の昭和54年に比べて、検挙件数で約7.0倍、検挙人員で約7.4倍に達しており、図1-1のとおり、ここ10年で急激な増加をみせている。
 このような来日外国人犯罪の増加は、我が国への外国人労働者の流入と関連があると思われる。例えば、入国管理局が資格外活動又は資格外活動がらみの不法残留事犯により摘発した外国人の数の推移(表1-1参照)をみても、近年、不法就労者の数が急増していることがわかるが、この急増は来日外国人による犯罪の増加状況と軌を一にしている。
 今後も外国人労働者の流入が続けば、これらの者が被疑者又は被害者となる犯罪がますます増えていくと考えられる。これまで、外国人労働者による犯罪のみを対象とした統計等は取られていないことから、以下においては、来日外国人による犯罪についてみることとする。

図1-1 外国人入国者数及び来日外国人刑法犯検挙状況(昭和55~平成元年)

2 来日外国人犯罪の特徴的傾向

(1) 外国人労働者による犯罪
 最近の来日外国人による犯罪をみると、外国人労働者による犯罪が目立っている。例えば、平成2年1月から4月までの間に、警察が検挙した来日外国人の一部について、取調べを通じて判明した実態の取りまとめ結果(第1節2参照)によれば、刑法犯で検挙された来日外国人被疑者653人中276人(42.3%)が何らかの形で就労していることから、我が国で就労している外国人による犯罪が来日外国人犯罪全体の中でかなりの割合を占めていると推測される。
〔事例1〕 食肉加工工場において不法就労していたマレーシア人(25)は、仲間との賭博(とばく)に負け、仕送りをする金を失ったことから、賭博(とばく)に勝った同僚の同国人(25)を殺害し、所持金を奪った。元年3月19日逮捕(群馬)
〔事例2〕 不法残留しながら職を転々としていた元就学生の中国人(23)は、中国人就学生(49)に対して、その中国にいる知人の日本語学校への入学をあっせんしてやると言って、偽造した入学許可証等を渡して信用させるなどして、金銭をだまし取った。2月7日逮捕(兵庫)
(2) アジア地域から来日した外国人による犯罪
 最近の来日外国人被疑者の中では、アジア地域から来日した者がその大半を占めている。この背景としては、地理的に近接しているアジア地域からの外国人の流入及びそれに伴う滞在者の増加がその大きな要因となっていると考えられる。平成元年の来日外国人被疑者についてみると、全体の約9割(88.5%)がアジア地域から来日した外国人であり、その割合は年々増加傾向にある。中でも、昭和63年以降、中国・台湾から来日した者による犯罪が急増し、平成元年には、検挙件数、検挙人員ともに全体の半数を超えている。これは、昭和62年以降において、中国・台湾から就学生をはじめとする多数の者が来日し、我が国に滞在するこれらの者が増加したことを反映していると思われる。
〔事例1〕 香港人3人は、来日した翌日の夜、仲間のうち1人が数年前来日したときに稼働していた自営業者宅に、強盗目的で押し入ったが、自営業者(72)に抵抗されたことから、同人を殺害した。平成元年1月8日逮捕(兵庫)
〔事例2〕 中国人就学生(21)とその弟(20)は、就学のあっせんをめぐるトラブルから、日本語学校の経営者(34)を脅迫し、現金180万円を強取した。9月4日までに2人を逮捕(警視庁)
(3) 来日外国人犯罪の地域別検挙状況
 来日外国人刑法犯の地域別検挙状況をみると、関東の1都3県(東京、埼玉、千葉、神奈川)に集中しており、平成元年では、件数で2,670件(74.4%)、人員で2,476人(82.8%)と大半を占めている。一方で、これら以外の地域においても、来日外国人による殺人事件等の凶悪犯罪の発生が目立ってきており、今後、来日外国人犯罪が増加することが懸念される。
(4) 大きな割合を占める窃盗犯と急増する凶悪犯
 来日外国人刑法犯の包括罪種別検挙状況は、表1-10のとおりである。

表1-10 来日外国人刑法犯の包括罪種別検挙状況

 包括罪種別にみると、最も大きな割合を占めるのが窃盗犯であり、平成元年の窃盗犯検挙状況をみると、検挙件数2,353件(65.9%)、検挙人員1,776人(59.4%)を記録しているが、全来日外国人刑法犯に窃盗犯の占める割合は年々低下傾向にある。また、検挙された窃盗犯の内訳をみると、非侵入盗が1,408人と窃盗犯被疑者の59.8%を占めており、その多くは万引き等の軽微な事案である。また、2年1月から4月までの間に、警察が検挙した来日外国人の一部について、取調べを通じて判明した実態の取りまとめ結果(第1節2参照)によって窃盗犯被疑者366人の犯行の動機をみると、生活困窮によるとみられるものが58人(15.8%)、その他の利欲目的とみられるものが193人(52.7%)であった。
〔事例〕 インドネシア人4人は、旅行代理店に赴き、外国語で事務員に両替を申し込み同人を困惑させ、そのすきにグループの1人がカウンターに置いてあった現金286万円を窃取した。元年9月16日逮捕(福岡)
 一方で、来日外国人による凶悪犯罪は年々増加しており、元年には、検挙件数98件、検挙人員94人と過去最高を記録している。来日外国人の凶悪犯における特徴的な型としては、多数人が集団となって敢行した殺人、強盗等の凶悪事件が挙げられる。また、これらの事件のほとんどは、同国人又は同地域出身者が共犯となって犯行を行っている。特異な事例としては、在日歴の長いリーダーを中心として形成された不法就労者らの集団が、敵対する別のグループを多人数で襲うといった対立抗争的な事件も発生している。また、犯行自体も、凶器を持って集団で相手を襲うといった乱暴な手口が目立つ。
 次に、凶悪犯被疑者の国籍をみると、元年には中国が最も多く、以下、昭和63年に最も多かったパキスタン、次いでフィリピンの順となっている。
 63年及び平成元年における凶悪犯被疑者172人を対象とした調査によれば、69人(40.1%)が観光等の短期滞在の在留資格で入国した後、不法残留していた者であり、45人(26.2%)が就学生として我が国に来日した者であった。
 これらの者について、その年齢をみると、20歳未満が8人(4.7%)、20歳以上30歳未満が127人(73.8%)、30歳以上が37人(21.5%)と、20歳代の者が圧倒的に多い。
 また、これらの者について就労状況をみると、約半分の85人(49.4%)の者が何らかの形で就労しており、土木建築業、製造業等において、いわゆる単純労働に従事していたとみられる者が目立っている。
 次に、被疑者と被害者の関係をみると、同国人に被害を与えた凶悪犯被疑者は75人(43.6%)であり、日本人に被害を与えた凶悪犯被疑者は86人(50.0%)であった。罪種別にみると、殺人では、被疑者41人中同国人を被害者としている者が26人(63.4%)と同国人を被害者とする割合が高い。
〔事例1〕 パキスタン人グループの構成員(24)は、ナイフ、野球バット等を持った同じグループの構成員多数人とともに凶器を持って集合し、日ごろから対立関係にあった別のグループの構成員の住むアパートの部屋に押し入り、部屋にいたパキスタン人(30)をナイフで殺害した。元年3月15日逮捕(警視庁)
〔事例2〕 日本国内でフィリピン人女性の職業あっせんを行っていたフィリピン人男性(35)は、男女関係のもつれ等から、フィリピン人女性(21)をナイフで十数回突き刺した上、ガソリンをかけて焼き殺し、その死体を遺棄した。昭和63年2月13日逮補(山梨)
〔事例3〕 タイ人女性(25)は、ホテルにおいて、日本人男性に声を掛け、同人の部屋に入り込み、すきをみて、飲物に睡眠薬を入れて、それを飲んだ被害者を昏睡させ、現金約420万円等を奪った。平成元年3月15日逮補(警視庁)

3 来日外国人に係る犯罪捜査における困難点

 来日外国人に係る犯罪捜査には、言語、慣習等を異にする外国人被疑者、参考人を取り扱うこと、捜査が外国に及ぶことなどの点において、日本人のみを関係者とする通常の犯罪捜査と異なる困難を伴う。
(1) 被疑者の取調べ等における困難
 来日外国人に係る犯罪捜査における第1の問題は、日本語を理解できない外国人被疑者の取調べ又は参考人の事情聴取における通訳の確保である。現在、警察は、英語、中国語等の部内に多くの通訳要員を有している言語については、部内の通訳を運用し、その他の言語については、警察部内の通訳が少ないため、部外の通訳能力のある者に依頼している。
 中でも、被疑者の取調べ等における通訳の確保が問題になるのは、タガログ語(フィリピン)、ウルドゥー語(パキスタン)等のアジア地域の言語による通訳が必要となる場合である。これらの言語については、部外に協力を求めることが多いが、最近のアジア地域からの来日外国人による犯罪の急増に伴って、通訳需要が増大しているにもかかわらず、警察部外においても通訳ができる者が限定されることもあって、その確保が困難な場合が多い。また、部外の通訳の場合には、夜間、休日に事件が発生した場合の対応の問題や、取調べや刑事手続に関する知識が十分でないといった問題があることから、現在、これらの言語についても、警察大学校の附置機関である国際捜査研修所における語学研修をはじめとして、警察部内での通訳の養成に努めている。
 このほかにも、通訳という第三者を介入して取調べを行うことから、日本語による取調べに比べてより多くの時間と労力を要することや、生活習慣等を異にする被疑者に対して十分な配慮を行わなければならないことなども、来日外国人被疑者の取調べ等に困難を来す要因となっている。
(2) 被疑者の所在確認等における捜査上の困難
 来日外国人、特に不法就労者が被疑者の場合には、居所を転々とするため、被疑者の所在確認に困難を伴うことが多い。また、被害者、参考人が来日外国人である場合でも、不法就労が発覚することを恐れて犯罪被害に遭っても届出をしなかったり、警察に対する協力を避ける傾向があり、これらのことが来日外国人に係る犯罪を潜在化させ、来日外国人に係る犯罪捜査を遂行する上での困難の原因となっている。特に、事件の関係者が来日外国人のみである場合には、このような傾向が強い。
 また、被疑者の国籍、氏名等を確認する場合でも、戸籍制度が整備されていない国や旅券発給手続が比較的厳格でない国で発行された旅券については、偽造され、あるいは他人名義で取得されたものも存在し、被疑者の身元確認に困難を来すことがしばしばである。例えば、ある窃盗事件の被疑者は、指紋の照合により、過去2回、国内での逮捕経歴のあることが判明したが、今回を含め3回とも異なる名前を使っていることから、どれが本名か確認できなかったといった事例もある。
(3) 捜査活動が外国に及ぶことに伴う困難
 来日外国人犯罪捜査では、国内における捜査のみで完結せず、証拠、情報の収集及び国外逃亡した被疑者の所在確認等において、外国捜査機関との捜査協力が必要となることが多い。法制、警察事情等を異にする外国との捜査協力においては、特有の知識、手法が要求されるとともに、捜査協力の成否は相手国の対応によるところが大きいなどの困難がある。
 また、来日外国人犯罪では、被疑者が犯行後、国外に逃亡する事例が頻繁にみられ、犯行後直ちに逃亡する事例も多い。いったん被疑者に国外逃亡されてしまうと、被疑者の身柄を確保し、我が国において処罰することが事実上、極めて困難になる。


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