警察庁 National Police Agency

警察庁ホーム  >  犯罪被害者等施策  >  公表資料の紹介:犯罪被害者白書  >  令和元年版 犯罪被害者白書  >  コラム4 警察職員による被害者支援手記

第4章 支援等のための体制整備への取組

目次]  [戻る]  [次へ

1 相談及び情報の提供等(基本法第11条関係)

コラム4 警察職員による被害者支援手記

警察においては、毎年、犯罪被害者支援に関する警察職員の意識の向上と国民の理解促進を図ることを目的に、犯罪被害者支援活動に当たる警察職員の体験記を広く募集し、優秀な作品を称揚するとともに、優秀作品を編集した「警察職員による被害者支援手記」を刊行し、これを広く公開している(警察庁ウェブサイト「警察職員による犯罪被害者支援手記」:https://www.npa.go.jp/higaisya/syuki/index.html参照)。

平成30年度優秀作品の中の一つを紹介する。

『一期一会』~似顔絵捜査員として~

警察本部勤務 副主査

「おねえちゃん、またね!」

女児が満面の笑みで小さな手を大きく振っている。何度も何度も振り返る彼女に「またねはないよ…。」と心の中で思いながら、

「今日はありがとう、元気でね!」

と私も負けないくらいの笑顔で手を振り返す。

「もう会えないなら、せめて最後に抱きしめてください。」

目に涙を浮かべながら、体を寄せてきた女性もいた。

握った手をなかなか離そうとしない女性もいた。

時間が許すのなら、もっともっとそばにいて、彼女たちの笑顔の裏にある「助けて。」の心の声に耳を傾けてあげたい。『性犯罪』という誰にも言えない孤独と闘い、藁をもすがる気持ちで訪れた『最後の砦』が警察だったのだろう。

「どうか心から笑える日が来ますように。」と祈り、帰宅していく姿を見送っている。

私は現在、似顔絵捜査員として勤務している。任務は事件発生後、要請のあった警察署に向かい、犯人の似顔絵を作成すること。被害者の記憶が鮮明なうちに、犯人逮捕の手がかりとなる特徴を聞き出し、絵に残す。彼女たちの記憶が頼り、それも、心に深い傷を負わせた思い出したくもない犯人の記憶である。

今まで男性警察官のみで構成されてきた係に、初の女性、初の行政職員として着任した。当然、第一線での捜査経験もないし、被害者支援要員に指定されたこともない。

私が被害者と接することができるのは、似顔絵を作成しているほんの1~2時間程度。似顔絵が完成すれば、被害者とはお別れである。

自分自身の限られた任務にもどかしさを感じながらも、強い信念だけは持ち続けている。それは、被害者の『心』に親身に寄り添い、生きる『ささえ』となれる似顔絵捜査員でありたいということ。

「ママには内緒だけどね、この間、野良猫を家に入れちゃった。」

「じゃぁ私たち二人だけの秘密だね?」

「うん、秘密だよ!」

あどけない顔でにっこり笑う、彼女はまだ小学生だ。数分前、お母さんに手を引かれ、不安そうに警察署にやってきた。

「お母さんがいなくても大丈夫だよね?」

できれば彼女と二人きりになりたい私の気持ちを察してか、お母様は席を外してくださった。泣きそうだった彼女が笑顔で打ち明けてくれた内緒話に、ほっと胸をなでおろしたことを覚えている。

事件は、路上で遊んでいたところ、知らない男に抱きつかれ、「こういう遊び知ってる?」とわいせつな行為をされたというもの。

「バッグを斜めにかけていて、ここにこういうのが付いてるの。」

「パーカーから出ている紐は、左側が長く出ていて、右側はバッグの下に挟まってるの。」

「唇はカサカサだったよ、目はねぇ…。」

次から次へと懸命に伝えてくれる犯人の情報に、私も真剣に耳を傾け、犯人につながることなら一つも漏らさず絵に残そうと必死にメモを取った。彼女の協力のおかげで、犯人の顔や全身像、所持品等、4枚の絵を完成させることができ、後に、まさに彼女の記憶どおり、似顔絵どおりの男が検挙された。

子供の記憶力、観察力には毎回驚かされると同時に、こんなに幼いうちから被害の記憶が刻まれ、大人になるにつれて、された行為の内容を理解していくのかと思うと、胸がしめつけられる思いがする。

似顔絵捜査員の私が一緒に過ごせる時間はほんの僅かだけれど、絵を描くのが好きな子とは一緒にお絵描きをし、歌うのが好きな子とは一緒にお歌も歌う。警察は怖い場所でも叱られる場所でもなく、助けてくれる温かい場所なんだと記憶してくれることを願って…。

『寄り添う』

よく耳にする素敵な言葉だ。でも、我々警察は、本当の意味で、寄り添うことができているだろうか。私がそう感じる出来事があった。

似顔絵の要請を受け、向かった署にいたのは幼い女の子、すでに時刻は夜8時を過ぎており、眠たそうにぐったりしていた。

「こんばんは、お腹空いたでしょう。」

と声を掛けると、彼女は

「うん…。」

とうつむいた後、

「でもあそこに、食べ物×って絵が貼ってあるよ。」

と室内に貼ってある禁止事項の貼り紙を指差しながら教えてくれるのだった。貼り紙を見てずっと我慢をしていたのかと思うと、いたたまれない気持ちになり、「特別に許してもらうから待っててね。」と伝え、担当の刑事に声を掛けた。隣にいたお母様の安堵の表情が今でも忘れられない。

事件直後、早期に似顔絵を作成することは、今後の捜査に非常に有効ではあるが、それは警察側の都合や発想である。何よりも、今、目の前にいるのは、計り知れない心の傷を負っている被害者であり、年齢、体調、置かれた状況もみな違うということを忘れてはならない。時間に追われる第一線の捜査では、目の前の処理や犯人を捕まえることを優先し、被害者の心情に目を向ける余裕がつい欠落してしまうこともあるのだろう。

私は警察官のように事件捜査そのものは担当できないけれど、女性ならではの視点、国民により近い目線で寄り添うことはできる。私にしかできない私らしい支援、気が付いた人が気が付いた支援をする、それも被害者支援と言えるのではないだろうか。

私が被害者に、最初に掛けている言葉がある。

「よく来てくれましたね。とても勇気のいることだったと思いますよ。似顔絵は描けそうであれば描きますね。思い出すのがつらかったら、無理しなくていいんですよ。」

警察職員として、ではなく、一人の人間として、共に生きる女性として、相手が子供であろうと伝えている私の思いである。

捜査に協力してくださることに心から感謝をし、署の捜査員と連携し、与えられた任務の中で、これからも精一杯の支援をさせていただきたいと思う。

被害者からいただいた大切な手紙がある。

『この度は、警察の方々のお陰で、犯人を逮捕していただきました。本当にありがとうございます。事件後、男性と会うことに、不安や警戒心がありましたが、お会いできたのが女性の方でホッとしました。

犯人の特徴を上手く表現できない私に対し、焦らすことなく丁寧に対応していただき、出来上がった似顔絵は犯人にとても似ていて驚きました。

「被害を訴えることさえできない人が多くいると思います。本当は事件のことなんて思い出したくないだろうけど、こうして勇気を出して来てくれたのだから、そんな犯人は捕まえましょう。」

と言ってくれましたね。

私のようなちっぽけな被害で、警察の方にお世話になっていいのかと思っていましたが、そんな言葉をかけていただき、警察の方に頼っていいんだと思えました。私が被害を訴えることで、これ以上被害者が増えなければいいと思えるようになりました。

逮捕までの長い捜査の中で、お会いしたのは一度きりでしたが、私の中では存在がとても大きく、感謝の気持ちでいっぱいです。』

手紙の中での懐かしい再会に、嬉しくて涙が止まらなかった。捜査経験もなく、突然刑事の世界に飛び込んだ私を支えてくれていたのは、実は被害者である彼女たちなのではないだろうか。彼女たちの言葉に、私自身が励まされてきたように感じている。

性犯罪は犯人が捕まれば終わるわけではない。忘れることもできないだろう。でも自分の胸に押し込めて生きていくより、向き合う勇気を持って闘ったことに、私は同じ女性としてエールを送りたい。

「勇気を出して警察に来てくれて、本当にありがとう。」

目次]  [戻る]  [次へ

警察庁 National Police Agency〒100-8974 東京都千代田区霞が関2丁目1番2号
電話番号 03-3581-0141(代表)