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コラム3 犯罪被害者等の声(平成24年度地方公共団体職員に対する犯罪被害者等施策に関する研修会での講演概要)

佐藤 清志 氏

「交通犯罪被害者の声 ~娘を交通事件で奪われて~」

私は本日交通犯罪被害者遺族として話をさせていただくのですが,その立場を除けば,ごく一般の市民です。

犯罪被害というのは,毎日毎日あちらこちらで起きて,ニュースとして取り上げられます。小さいお子様が被害に遭ったニュースなどを聞きますと,かわいそうだ,という思いを持たれる方が多いと思います。しかしその後,皆様方の興味のあるスポーツや或いは芸能など自分に関心のあるニュースに切り替わったときに,すぐに気持ちを切り替えることができるのではないかと思います。しかし私達の様な被害者遺族となった立場ですと,そのニュースの記事の内容,被害者のことが頭のなかに残り,その衝撃がずっと引いて,俗に言うフラッシュバックというものに陥ってしまいます。そういうものが犯罪被害者であるということを認識していただきたいと思います。

これから話す私の娘に起きた被害について,皆様の身内,或いは自分の友人・知人などの大切な方が同じような被害に遭ったときに,自分達がどのような思いをするか,どのような行動がとれるか,というようなことを頭のなかで連想しながら聞いていただきたいと思います。そうすることにより犯罪被害というものをより一層身近に感じ,自分のこととして被害者に対して接することができるのではないか,と思っております。

我が家の長女,当時6歳の娘は,平成15年5月24日午前11時半頃,区で行われているスイミングスクールの帰り道,母親と共に自転車で連なって国道一号線を,青信号を待って横断しているところ,同じく青信号で左折してきた大型ダンプに,横断歩道上で踏み潰され,命を奪われました。積荷と合わせて20トン以上の大型ダンプにほぼ全身を踏み潰されてしまいました。死因欄にはただ一言,全身挫滅と書かれてあり,頭部はもとより身体のほとんどの部分を完全に潰された状態での即死でした。

事件現場は私の会社のすぐ近くでしたので,私はその知らせを聞いてすぐに搬送先の大学病院に行きました。確認のためということで,娘の顔の辺りにかかっていた白い布を取っていただいたのですが,そこで見た遺体の顔は,頭も完全に潰されてしまっていました。娘は白い布に覆われたまま,私以外の誰ひとりも娘の顔の確認や,顔を合わせてのお別れをすることもなく荼毘に伏され,遺骨となりました。

事件から二週間後,妻は男の子を無事出産しました。亡くした娘とはすれ違いの兄弟です。

私達家族にとって,その産まれてきた子というのは,容姿は娘にそっくりでしたけれど,ひとつの新しい命という思いがありました。これは励ましの意味で周りの方から掛けられた声のひとつひとつだったのですが,「まるで生まれ変わりだね」とか「今度はお姉ちゃんの分まで元気で育てないとね」そんな言葉を投げかけられる度に,なぜかやるせない思いをしていました。これは犯罪被害のなかでよく取り上げられる,言葉による二次被害というものです。何気ない言葉でも,大きなショックを受けた犯罪被害者,遺族にとってみれば,そのナーバスになってしまった状態のなかでかけられる言葉,これは被害者妄想と言ってしまえばそれまでなのですが,そういった状況に置かれている被害者と接しているということも,しっかりと認識していただきたいといます。

人の死について,あるご遺体との関わりで思いが変わりました。その方はご高齢の老衰による大往生ということで,その顔は声をかければすぐに起きだしそうな,穏やかな寝顔のようなお顔をされていました。それは神々しさを感じる程,ご遺体を美しいと感じて見ることができました。そのときに,私は人の死とは本来こういうものではないかと感じました。例えそれが病気による幼い命の終わりだったとしても,お疲れさま,ご苦労様と見送ってあげる大事な時間である,と考えることができたのです。同時に,皆と顔を合わせてお別れすることさえできなかった娘の死というものは,とうてい人の死にざまとは言えないのではないか,人としての死を迎えることさえ出できなかった娘のことに,より一層の悔しさを感じました。

事件後,交通遺族が集う団体に参加し,同じように不幸にして遺族になってしまった方々と語り合う場所を得ることができました。そのことによって,このように悲しい思いをしているのは私だけではない,ということを感じることができて,少し心を癒される,そんな場所を得ることができたのです。

いま国の方でも基本法というものができて,現在47都道府県すべてに支援センターができましたが,そこに辿り着くことが大事であると思います。しかしそれが難しいのが,犯罪被害者遺族です。そういう意味では,被害者自身が辿り着くことのできるツールを作っていただくことが,地方行政に求められるところだと思います。足を運び易い体制を作っていただくことが大事です。

各警察署にも被害者支援窓口というものがあるのですが,警察や検察といったところへは被害者自身はなかなか自分から足を踏み込んでゆくことができません。一方地方行政というのは,とても私達に身近な場ですので,そういったところに窓口があるということが非常に重要だと思います。私の場合ですと,事件後,死亡届や仕事関連の抹消届などを出しに行くのが地方行政の場でした。そこで被害者に対して感じ取ることができて,声をかけて必要な支援に結びつけることできる体制があることが,自分から向かって行くことができない被害者にどれだけ大きな影響を与えることができるか。そしてそこでは声をかけることも大事ですけれど,被害者自身が話をしていただけるような体制に持っていって,被害者自身からどういったものが必要なのかを引き出すことができること。そういうことをぜひ皆さんには考えていただきたいと思います。そこに辿り着くためにも,被害者側の立場をしっかりと知ること,言葉による二次被害を起こさない,被害者の立場に立って,しっかりと同じ立場で話をすることができる,聞き取ることができる,そういったものが被害者支援には必要となってくると思います。そして,それが早期であればあるほど被害者に対しては回復に,より大きな効果を発揮しますので,そのことも考えていただきたいと思います。

そういった意味でも一般の方々に対しても被害者支援というものを知っていただく広報も非常に重要だと思います。私たちの場合は,周りの方々から心ない声をかけられ,二次被害というものがありました。そういったものを生まないためにも,被害者支援をしっかりと一般の人々に理解していただくことが大事だと思います。皆さんが窓口をしっかりと知っていれば,そういう被害に遭った方々へも,一般市民・近隣の中で情報提供することができ,より早く被害者支援に辿り着くことができると思います。

被害者に対しては早期な支援が求められますが,被害者自身は何が必要なのか,何をして欲しいのか,そういったものも解らない状態で日々過ごしています。東日本大震災の被害者でも,ただ聞いてあげるというボランティアの方が活躍されたそうです。苦しい気持ちを聞いてあげることのできる人が身近にいるということは,非常に大きな意味を持っていますので,そういうものを支援の場に設けていただくこと,これも大事なことです。

それと地方行政に求められることとして,とかく自分の立場で,このことはできるけれど,このことはできない,と線引きをしてしまうことが担当の方々にはあると思うのですが,自分のところではできないではなく,自分のところでは,何ができるのかということを率先して考えていただきたいと思います。それをするためにも,冒頭申しましたが,自分達が被害者になったときに自分がどう思うのか,自分ならどういう行動をしているのか,を考え,自分のところで何ができるのかを考え,動いていただけるとありがたいと思います。

或いは横の連携を持つ,どこに行けばこの人を支援することができるかということ。そういう意味では,地方行政というのはすごく大きな意味を持ったところだと思っていますので,私は警察の犯罪被害窓口よりも,地方行政の窓口の皆さんひとりひとりがしっかりと知っていただくことが大事だと思います。今日聞いていただいた方々は,その担当のところだけではなく,いろいろな場所にも犯罪被害というものを伝えていっていただければと思います。

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