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コラム3 犯罪被害者の手記

PANSAKU 山本恵子

■はじめに

私は、「PANSAKU」という女性2人組アコースティックデュオのギターボーカルをしている「ぱん」(本名:山本恵子)です。

2010年6月、大阪で開催された性暴力チャリティーコンサートをきっかけに、全国各地の被害者支援イベントなどでトークライブをさせていただいています。

私自身が、性犯罪被害者であり、2010年6月に、その自らの被害体験をもとにした「STAND」という曲を発表しました。CDの収益は、フォトジャーナリスト大藪順子(おおやぶのぶこ)さんの写真プロジェクト「STAND~性暴力サバイバー達の素顔~」に全額寄付され、性暴力撲滅活動のために使われています。

■被害をうけて

2004年7月15日。音楽練習の帰り道、疲れて立ち寄ったコンビニの駐車場で、突然見知らぬ男が車に乗り込んできました。首を絞められ、「殺すぞ!」と脅され、所持金を盗られ、人気のないところまで運転させられた私は、自分の車の中でレイプ被害に遭いました。

「このまま殺される・・・。」死の恐怖の中で必死に耐え続けた屈辱的な時間は、私がこれまで生きてきた人生も、「私」という存在そのものも、全てを否定されたような絶望そのものでした。

「私は汚れてしまった。これからどうやって生きていったらいいの?神様助けて下さい。」と、心の中で何度も繰り返しました。助手席のドアから立ち去った犯人は現在もまだ捕まっていません。

■被害直後の二次被害(警察・産婦人科にて)

あまりに突然降りかかってきた非現実的な体験からか、しばらくすると、ある瞬間を境にして体の痛みや精神的な絶望感が全くなくなってしまいました。どこか冷静すぎる自分に半ば驚きながらも、私は車内に残っていた服を着て、自ら運転して交番へ助けを求めました。

警察署では、取調室に案内され、複数の刑事さんから被害の詳しい内容や犯人の特徴を何度も聞かれました。その後、連れていかれた産婦人科では、私が数時間前に見知らぬ男性から性的暴行を受けた被害者であるにもかかわらず、精神的にも身体的にも配慮の欠けた対応で、ただ淡々と証拠採取のための必要な処置をされました。

なかでも一番辛かったのは、警察での再現見分でした。私自らが被害者役となり、犯人役の警察官からもう一度車の中で襲われる様子を自分で説明し、再現させられました。あまりのショックだったのか、この事実は昨年警察で当時の資料を見て知ったことであり、被害時の記憶は戻った現在でも、警察での再現見分の記憶だけは思い出すことができないままでいます。

「私は助けて欲しくて警察に来たのに、誰も今の本当の私を知ろうとしてくれない。」

レイプは、まぎれもなく私の人生の身に起こった出来事であるはずなのに、犯人逮捕のためだけに被害者と向き合っているかのようにみえる刑事さんの対応が、私の心をさらなる孤独に追い詰め、どこかぽつんと1人取り残されていくような感覚を味わいました。

※ 現在は、警察での性暴力被害者に対する支援のあり方がますます重要視されており、被害者の方には被害者支援担当の警察官が必ずついて、再現見分も人形を使うなどの配慮がなされているそうなので、当時の私がうけたような警察の対応はなくなってきていると聞いています。ただそんな中でも、警察に限らず周囲の人たちが、被害者の方によかれと思ってかける何気ない言葉が二次被害につながっているという現実は、残念ながらあると言わざるを得ません。

■被害後の回復の道のり

私は、多くの友人・仲間たちのおかげで、一度は失われた自尊心を少しずつ取り戻すことができました。事件後、それまでの生活をなんとか送りながらも、精神的にとても不安定で、体調を崩したりしました。仕事も長く続けられず、摂食障害にも苦しみ続けました。

被害後1年経ってからは突然襲ってくるフラッシュバックや自殺衝動と闘う日々でした。

私がパニックで泣き叫ぶ時、弱音を吐いてしまう時、自分を責めてしまう時、仲間は忍耐強くありのままの私を受け止め続け、寄り添ってくれました。被害後、一変してしまった日常の中での新たな道のりを一緒に歩いてくれるような、そんな毎日でした。

「ぱんちゃんは、悪くないよ。悪いのは加害者だよ。あなたは大切な存在だよ。」

傷ついた心の回復には、時間も必要だったと思います。事件から数年かかって、それまで繰り返し投げかけられてきた周囲からのメッセージが、ある時私の心に本当の意味でストンと落ちた時、長い暗闇のトンネルから抜け出したような体験をしました。

「私は悪くない。私は大切な存在。もう、自分を責めるのはやめよう。私は幸せになれる。」

■立ち上がる選択

レイプ事件から5年たったある日、警察から電話がかかってきました。「証拠として提出されていた被害時の服を返却しますので、印鑑を持って署にきて下さい。」という内容でした。5年ぶりに警察署へ行き、あの日の服を返却された時、もちろん当時の傷ついた自分もリアルに思い出されましたが、それ以上に私の内側が強く感じたのは、「5年経った、今の生きている自分」に対するなんともいえない晴れやかな気持ちでした。

そして私は、このことをきっかけとして、これからの人生において一つの決断をしました。

それは、PANSAKUの音楽活動を通して自分のレイプ被害をブログに公表することでした。その翌年には、レイプ被害体験をもとに、「STAND」という曲を発表しました。

家族は私が実名で被害を公表したことに対して猛反対しました。私のシンプルな感情とは裏腹に、家族や一部の人からは、「あんたは傷を売り物にしてそこまで音楽で有名になりたいのか?」と言われたりしました。正直にいうと、この言葉は、とてもとても悲しかったです。

でも、回復の道のりの中で、自然に私の内側から生まれた『STAND』という曲を人前で歌うこと。これに対しては、どんなに反対されても不思議と迷いや躊躇はありませんでした。

「自分に与えられた音楽という表現方法で、傷ついた心に寄り添えるメッセージと、絶望から再び勝ち取った“生きる”という光を届けたい。」

相方SAKU(永吉明香)の理解もあり、そういう思いの中でPANSAKUとしての被害者支援ライブ活動が始まりました。

私はこの数年間で、「過去を乗り越えた強さ」ではなく、「弱さの中でありのまま生きる強さ」を得ました。「STAND」を歌うこと、それが傷ついてきた私の「立ち上がる」選択でした。

私だけでなく、被害に遭われた多くの方々にとっても、きっと神様は被害後の新たな人生において、その人だけの「立ち上がる」選択を用意されているのかもしれません。

■PANSAKU被害者支援音楽活動を通して

性暴力被害当事者の私(ぱん)と、その隣で回復の過程を共に歩いてくれる友人&支援者の相方(SAKU)。

私たち2人のトークライブは、「当事者の目線」と、「支援者の目線」という2つの角度で、自分たちの思いを音楽にのせながら率直に語っていくスタイルです。「1人の人間として」生身の感情を不器用ながらにも伝えさせていただくことで、心に届く生きたメッセージを届けたいと思っています。

といいながらも、毎回ライブをさせていただくと、呼んでくださる方々や会場のみなさんから励ましをいただいたり、パワーをもらったりして、ステージに立って何かを伝えることよりも、私たち自身が受けるものの方が大きかったりします。ただただ、PANSAKUという音楽に共感してくださり、応援してくださる方たちの支えがあるからこそ、この活動ができるのだと心から感じます。

今後は、普通のミュージシャンとしてもライブ活動をしながら、全国各地で被害者支援ライブ講演をしたり、学校などの場で若者に心のメッセージを届けていく予定です。私個人的には、時々警察など非公開の場所で、二次被害をなくすためのお話をさせていただく貴重な機会も大切にしていきたいと思っています。

■性犯罪被害者施策に対して思うこと

私は、先にふれたように、レイプ被害直後、どこへ助けを求めてよいかわからず、『犯罪に遭ったらまず110番』という、幼い時からインプットされていた情報で何もわからず警察へ駆け込んだ人間です。でも、現実的には、私のように警察へ届け出る人の方がはるかに少ないと聞きます。

性暴力被害に遭ってしまった被害者は、心に深いダメージを負います。さらに「恥ずかしさ」が追い打ちをかけ、被害を口に出せずにいる方も多いと思います。誰にも相談できず、妊娠・性感染症などの身体的不安や、その後の自分の人生に対する絶望感を孤独に抱えてしまうことになります。

今、日本では、ハートフルステーションあいちや、性暴力救援センター・大阪(SACHICO)などを皮切りに、性暴力被害者のワンストップセンターが全国で作られる動きがあります。

被害に遭ってしまった人がこの場所に駆け込んだ時、医療的ケア、支援員による心のケア、加害者検挙につながる警察の捜査など、あらゆるサポート体制が被害者を中心に動き出すシステム作りは、とても必要であり、大切なことだと思います。

今はまだ、すでに動き出しているワンストップセンターの存在を知らない人の方が、社会には圧倒的にたくさんいます。被害に遭ってしまってから、その存在を「知る」のでは遅いと思います。

「自分には関係ないこと」だと思っているような、幸いにも被害に遭っていない人たちが、『性暴力・性犯罪被害にあったら、まずワンストップセンターへ』と、頭のどこかで誰もがインプットできているような広報の仕方をしていく必要があると思います。

“全ての人が知っている存在にする。”それを前提とした上で、そこが被害者の方にとって安全に守られた場所であり、信頼して駆け込める場所であるように、その他あらゆる面で配慮できるように、関係者の方々には今後も議論を進めていただけたらと、願います。

■最後に

私は、本音を言ってしまえば、被害者支援と呼ぶこともできないような、ただ一性犯罪被害者でありミュージシャンでしかすぎないので、今すでにこの瞬間も、日本中で被害者支援を現場で奮闘されている方たちのことを思うたびに、心から感謝の気持ちでいっぱいになります。同時に、今日もどこかで性暴力によって傷つけられ、暗闇の中にいる人たちがいるのではないかと思うと、胸が痛くなります。

1人の被害者の方の人生を長い目で支えていくために、身体的・精神的・また、経済的な面においても、警察、病院、行政、司法など、あらゆる機関の連携体制が常に網の目のように張り巡らされているような社会のシステムが構築されていってほしいと願います。

もしかしたら現実的には、被害者の支援体制を整備していく中で、予算の関係や、場所の制限、人員的な問題など、なかなか100%理想像のようにはいかない場合もあるかもしれません。

でも、そんな時でも被害者の1人として思うことがあります。たとえ「システム」に限界があったとしても、「人が人を救いたいと思う気持ち」は、シンプルでありながら、最もその人自身に委ねられる領域であり、たぶん限界はないと思います。

自分の肩書きを通して対応しようとするのではなく、まず1人の人間として「傷ついた目の前の心に寄り添う姿勢」こそが、被害者に安心を与える瞬間だと思います。

これから少しずつ性犯罪被害者ワンストップセンター開設が進み、各地の性暴力被害者支援も地域で進んでいく中で、「人が人を思う」、そんな優しい心が溢れ出る被害者支援が、個人レベルでも当たり前に行われていく世の中になりますように。

心から願いをこめて。

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