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第4章 支援等のための体制整備への取組

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1 相談及び情報の提供等(基本法第11条関係)

手記 警察職員による被害者支援手記

警察においては、毎年、犯罪被害者等支援に関する警察職員の意識の向上と国民の理解促進を図ることを目的に、犯罪被害者等支援活動に当たる警察職員の体験記を広く募集し、優秀な作品を称揚するとともに、優秀作品を編集した「警察職員による被害者支援手記」を刊行し、これを広く公開している(警察庁ウェブサイト「警察職員による被害者支援手記」:https://www.npa.go.jp/higaisya/syuki/index.html参照)。

令和3年度優秀作品の中の一つを紹介する。

寄り添う心

警察署勤務 警部補

警察が被害者やその家族、遺族のためにできる一番の支援は犯人を捕まえることだと言う人がいる。

「犯人を逮捕したことを報告して、被害者の方がすごく喜んでいた。」という話を聞くことからも、支援の一つとして犯人逮捕の重要性がよくわかる。

「事件が解決して、被害者やその家族、遺族の方々が喜んでくれて良かった。」という気持ちで、私たち警察職員は一つの事件を終えるのである。

しかし、被害者やその家族は、これで終わらない。

被害に遭ったという消せない事実と向き合い、苦しみと闘いながら生きていかなければならないのだ。

だからこそ警察ができる一番の支援は、犯人逮捕よりも以前に、「寄り添う心」を持って被害に遭われた方々に接することではないかと思う。

私がそのことを強く実感したのは、警察本部犯罪被害者支援室で勤務していた時である。

私は当時、警察職員や被害者等が中学生・高校生に対し直接「被害者の心の痛み」や「被害者支援の必要性」を語ることで、自分や他人の命の大切さ等を強く感じ取ってもらうことを目的とした「命の大切さを学ぶ教室」という施策を担当していた。

私が所属する警察では、犯罪被害者遺族の方々に同教室の講師を依頼しており、私は各学校から講師の方々へ講話依頼を受け、講話予定を組み、必要があれば講話先まで講師の方を送迎する等のアシスタント的役割を担っていた。

私が初めて講師の方々とお会いした際に抱いた印象は、「明るく素敵な方々だな。」というものだった。

どの方も笑顔で、見ず知らずの私のことを受け入れて下さり、「辛い思いを乗り越えて、平穏な生活に戻れたんだな。」と考えたことは今でも覚えている。

私は、この考えがいかに浅はかで、遺族の方々にとって残酷な考えであるかを、遺族講話を通じて実感した。

講話が始まる前までは私と談笑していた講師の方が、講話が始まると学生の前で、涙ながら、事件の悲惨さ、最愛の家族の命を突然奪われた苦しみを振り絞るように語っていた。

「再び平穏な生活を取り戻すことはない。」、「奪われた命は戻ってこない。」、「残された家族の苦しみはずっと続く。」

どの講師の方々も強い苦しみと今もなお闘っていたのだ。

その姿は筆舌に尽くしがたく、私はひたすら涙を流しながらその姿を見届けることしかできなかった。

「事件のことを話すたびに、心が抉られる思いだが、これを伝えることが私たち遺された家族の使命だと思っている。」と、講話が終わった後にある講師が、泣いている私に話してくれた。

また他の講師は、「いつもこの講話を聴くあなたも辛いと思う。」と言ってくれた。

一番辛いはずの講師の方々は常に私に寄り添ってくれた。

自分を情けなく思うと同時に、壇上で闘う講師を一人にしてはいけない、この人たちの支えになりたいと強く思った。

そこから私は、講師の方々と話す内容や、その際に不適切な言葉選びがないよう心理学の本を読んだり、心理職の方に相談しながら被害に遭われた方々への理解を深めることを始めた。

また、講師の方々がどのような考えを持っているのか、どのようなことに関心があるのかなど、一人一人の話に真剣に耳を傾け、些細なことも取りこぼさないようにした。

事件の苦しみと闘いながら強い信念を持って講話をする講師の方々の負担を少しでも軽減することを目標に、私に寄り添ってくれた講師の方々への感謝の気持ちを込め、自分なりに懸命に講師の方々と向き合い寄り添い続けた。

そうして二年間、犯罪被害者支援室で勤務をし、私は転勤することとなった。

講師の方々にも転勤の報告と二年間の感謝の気持ちを伝えようと連絡をした。

すると講師の方々から、「寂しくなる。」「こちらこそお世話になった。本当にありがとう。」といった嬉しい言葉をかけていただいた。

何より一番嬉しかったのは、

「あなたが担当で本当に良かった。」

「一番気持ちをわかってくれた。」

と言ってもらえたことだ。

私は、講師の方々の支えになれたのだという喜びや、これまで被害に遭われた方々のためにと費やした時間が無駄では無かったことへの安堵感、様々な感情が湧き上がり、溢れそうになる涙をこらえながら、「ありがとうございました。」の一言に思いの全てを込め、講師の方々一人一人にその言葉を伝えた。

警察は事件が終われば終わり。

しかし、被害者やその家族、遺族は事件が終わった後も、被害に遭ったという消せない事実に苦しみながら懸命に生きている。

「明るく振る舞っているから大丈夫。」なのではなく、明るく振る舞うことで、自分たちを奮い立たせているのだ。

私たちは犯人を逮捕することも大切だが、何より目の前にいる被害者やその家族、遺族がこれからどのような苦しみの中で生きていかなければならないのかということを理解し、僅かな時間でも寄り添うことが一番大切なのではないかと思う。

苦しみを抱きながら生きていく中で、私たちが寄り添った時間が、ほんの少しでも支えになってくれたら、これほど嬉しいことはない。

私は講師の方々から被害者支援において、「寄り添う心」を持つことの大切さを教えてもらったのである。

今私は警察署で勤務をしている。

ある当直中、「彼氏から暴力を振るわれた。」と若い女性が来署した。

彼女は最初は気丈に振る舞っており、時には彼氏の愚痴を言うほどの元気があった。

昔の私なら、この様子を見て、「強そうな人だな。あまり心の傷は深くないだろう。」と思っていただろう。

しかし、被害に遭われた方々がどのような苦しみを抱えているかを知った今、そのようなことは一切考えられず、「頑張って耐えているんだ。」と思えた。

そして、必死で耐える彼女を支えたいと思い、「勇気を出して警察まで来てくれてありがとう。よく頑張ったね。」と素直な自分の気持ちを伝えた。

すると今まで気丈に振る舞っていた彼女は突然泣き出し、「すごく怖かった。」と自分が抱えていた思いを話し始めた。

そして泣き笑いの顔で、「お姉さんがいてくれて安心した。ありがとう。」と言ってくれた。

最後は、「私もお姉さんみたいに誰かを助けてあげたいな。私も警察官になりたいな。」とまで言ってくれた。

彼女はこれからも、この被害のことで辛い思いをしたり、苦しむことがあるだろう。

しかし、この数時間の出来事が彼女のこれからの人生で少しでも支えになってほしいと強く願う。

このような言葉をかけることができたのは、講師の方々と接した時間があったからだ。

講師の方々から学んだ、「寄り添う心」をいつまでも忘れず、また、警察全体が「寄り添う心」を大切にする組織になるよう、これからは私が多くの警察職員に「寄り添う心」を伝えていきたい。

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