講義

 
テーマ:「犯罪に巻き込まれた被害者の心理」
講師:神部 英子 氏(静岡県臨床心理士会事務局長)

 この市民講座の第2回は、「犯罪に巻き込まれた被害者の心理」についてですが、最近まで、犯罪の被害について心の問題まではではなかなか取り上げてこられませんでした。心の問題が取り上げられるようになったのは、静岡県では、まだ10年くらいではないかと思います。

 前回の話の静岡犯罪被害者センターについては、立ち上げるとき、静岡県の警察本部から、全国的に被害者のための支援団体をつくるからということで、臨床心理士会にも加わってほ欲しいというお話がありました。そのときから臨床心理士会は面接相談をお引き受けしまして、臨床心理士の方々にお願いして、当番をきめて決めて面接相談をやっていくことになりました。

 しばらくしてNPOの法人になり、以来ずっと臨床心理士の方、性被害者にも対応できるよう、女性の方ばかりですが、当番制で、支援センターで面接ができるような態勢を整えております。私もそのセンターの立ち上げのときから関わっていますので、面接相談員として当番表の中に入っております。

 それで面接をしていまして、それほど数多くはありませんが、私の経験した面接の中からも、皆さんにお話できるようなことがあるかもしれないと思っております。

 この心の問題について取り上げられるようになったのはごく最近だと言いましたが、今日はPTSDについて書かれた資料があります。このPTSDという言葉が、臨床心理士の中でも盛んに使われるようになったのはそんなに古いことではなく、やはり10数年前からで、阪神淡路大震災の後あとからだと思っています。

 あの頃ころ、ちょうどオウムの事件もありましたし、その前には奥尻島で津波の被害があって、そのときも臨床心理士の人が被害者の方々に支援をされて、そのすぐ後が阪神淡路大震災でした。それからいろいろありましたけれども、大阪教育大附属小学校で子ども供が殺された事件があって、それ以来PTSDというのは非常に一般的な言葉になってきました。

 日本に入ってくる前は、アメリカでベトナム戦争の帰還兵が戦争から帰ってきて、アメリカにいるのにもかかわらず大変な症状、昔でいえば戦争神経症といわれるような症状を出していました。なかなか回復もできず、アメリカではそのころからPTSDに対する支援をするのは大事なことだと、いろいろな方法で支援がされるようになりました。

 それ以来、PTSDというのは皆さんの中にもおなじみの言葉になってまいりました。そして犯罪などに遭った人でも、やはり心の支援が必要であるということが折に触れてい言われるようになりまして、静岡県でも東海地震が予想されていますから、そのときにもし心の面で被害があったらどうしようかというようなことを、皆、真剣に考えております。

 最近は事件や事故があると、すぐ心のケアが大事であるとい言われ、学校であった場合にはすぐスクールカウンセラーが対応するということも考えられております。そのために、こういう市民講座でも心の問題について皆さんにわかっていただくことが必要だということになって、ここで私がお話をするということになったわけです。

 皆さんは、この資料集を見てくださっていると思うので、犯罪に巻き込まれた人の心の問題については、概略をおわかりになっていると思います。私の用意した資料は簡単に説明して、わかりにくいところはこの資料集[PDF:463KB]のほうをご覧ください。

 私たちは犯罪被害者支援センターで電話相談もやっておりまして、お受けする犯罪で最近増えているのは交通事故の問題、それから性犯罪の問題です。確かに殺人の被害者、傷害の被害者もありますけれども、そういう方たちは電話をかけてくるというところまでいかない方が多く、交通事故・性犯罪の方は、警察にはなかなか訴えて出にくいけれども、被害者支援センターならば言いやすいのかもしれません。

 最近は虐待やDVの問題についても、犯罪だという形になってきましたので、そういう方たちの被害について私たちが考えることもかなりあります。私も母子支援施設というところで相談をやっておりますが、最近入ってこられる方はDVの被害者の方がほとんどです。ご主人に暴力を振るわれて、もう家にはいられなくて逃げてくる方たちが住めるところ、お子さんと一緒に暮らせるところといえば母子支援施設という形になっています。

 それから被害者も様々と書きましたけれども、被害者の中には実際にその被害に遭った本人、殺されてしまえば殺人の被害者ですが、そのご遺族の方、それから目撃者もやはり非常に悲惨な場面を見ていますし、話を聞いた方たちも被害者であると考えています。友達とか知人とか、それについて見聞きしてしまうと、やはり被害を受けます。

 被害にもいろいろありまして、傷害のように、体に受ける被害があります。物を取られたとか詐欺に遭あったとか、経済的な被害もあります。それに加えて精神的な被害、心に受ける被害もあります。これは1つだけではなくて、1つの事件があればかなり複雑な被害が生じてくることは想像できることです。

 次に被害の経過を追ってという説明をしていきますが、この資料集の中にも直後の問題と中長期の問題、後になってからの被害ということについて書いてあります。被害者の心理の問題を考えるときには、やはり時間の経過を追って考えていったほうがわかりやすいし、どういう支援をどういうときにすればいいかということが考えられるので、時間的に説明をしていきたいと思います。

 とにかく被害があった直後というのは非常に恐ろしい、恐怖感に襲われます。自分が自分でなくなってしまったような感じとか、自分がそういう被害を受けたことが信じられないとか、現実として受けとめられないということは当然だと思います。それから感覚が麻痺するような感じ、無力感などがあります。感覚の異常というのは、時間の観念などがわからなくなってしまって、いつのことだったのか、ものすごく時間が経たってしまった感じがするけれども実際には短時間だったということもあります。感覚的には非常に異常な状態になってきます。被害を受けた直後は、とにかく冷静な判断は非常に難しい時期だと思います。

 どこか病院に運ばれるとか、警察に届け出るとか、多少のことができて、家に帰ったり、あるいは病院に入院しても、やらなければならない、いろいろなことが起こってきます。遺族の方にすれば、辛いことですが、死因の特定をしなくてはいけませんので司法解剖をしなくてはいけないということもあります。警察では、どういう犯罪が起きたのか、犯罪の後どうなったのかということを確かめなければいけないので、いろいろな事情聴取をされます。それが検察庁へ回ったら、また検察庁での事情聴取があります。体が傷ついている方は治療もしなければいけませんし、いろいろ損害を受けていれば損害の修復もしなければいけません。

 被害で亡くなった方がいらっしゃれば葬儀もしなくてはいけないという事態になります。そのときにはマスコミが来たりすることもあります。法律的な手続などもいろいろあるでしょうし、とにかく無我夢中でいろいろな処理をしなければならない時期がきます。その犯罪に対する処理だけではなくて、他ほかの家族の方もいらっしゃいますから、家族の生活もあるし、家事もあるしと、いろいろなことをしなければなりません。

 具体的に想像していただければわかると思いますが、池田小で子ども供たちが殺されたとき、ご遺族の方はどういうことをなさったかというと、非常に混乱した中で、とにかく子ども供を学校へ迎えに行かなくてはいけない、亡くなったお子さんを家へ連れて帰らなければいけない。家へ連れて帰るとうち家の前にマスコミが列をなしていて、とても正面から入れる状態ではなかったとか、学校に行ったときもヘリコプターが学校の上をグルグル回っていて、とても遺族の方がきちんと連絡を取り合えるような静かな状態ではなく、混乱してわからなかったりしました。マスコミが押し寄せて、大変な思いをされていたということも本には書かれております。

 その亡くなったお子さんの下に幼稚園のお子さんがいて、その子を幼稚園へ送って行くこともできない、買い物にも行けないということになってしまう。そんなこともあるので、ほかの家族の生活、家事、大変な思いをされたということがわかります。

 とにかくやることはやらなければならないという時期を一応は通り過ぎたころには、大体もう皆さんくたびれてしまいますので、体に不調が出てきます。気分的に落ち込んだり、あるいは寝れない、ご御飯もよく食べられなくなってしまったりします。免役機能不全といいますが、非常にストレスが多い状況では免役機能が下がってしまいます。ひどい風邪を引いてしまったり、頭痛になったり、肩凝りなんてごく当たり前で、非常に体に負担が来ます。

 その後は急性ストレス反応というのがあって、資料を差し上げてあると思いますが、そういう大変な状況になったとき、体の面ではやはりいろいろな不調が出てきます。お医者さんに行けば、「あなたはこのASDに当たりますね」という診断を下されるようなことですが、具体的にどういう症状が出てくるかということが書いてあるので、ご覧ください。私の資料の中のほうにあります。“Acute”というのは「急性」という意味です。

 その次にPTSDという資料があると思いますが、“Post Traumatic”というのは、「心的外傷後ストレス障害」ということですが、ASDというのは大体4週間ぐらいの間にそういう症状が起こっていれば急性ストレス障害ですが、それが1ヶカ月以上経たっても治らずに続いているというようなときにはPTSDといいます。ですから、PTSDというのは直後に起こるものではなくて、かなり時間が経たってから起こる症状だとお考えいただきたいと思います。起こってくる症状については、大体同じような症状が起こってきます。

 こういう病気の診断は、お医者さんがされますが、私たちが心理の面でかか関わるとすると、いろいろな感情が起きてくることを大切にします。緊急支援などに出て、感情的な変化について説明するときは、「異常時の正常な反応である」と言います。直接被害を受うけた方にそんなことは言えませんので、「大変ですね」という形で、「いろいろな多くの方がこういう症状を示されます」という説明をします。

 どういう症状が主に起こってくるかというと、まず否認ですね。否認というのは自分が被害を受けたということを認めたくない気持ちがあるので、否認という感情が起きてきます。「自分はそんな被害を受けるような弱い人間じゃない」、「自分にも落ち度があったかもしれない、だからこれは被害じゃなくて自分もそういうことになってしまったのだ」というだけの話として受けとめたいということがある。人によっては被害がなかったかのように振る舞うこともある。だから、怪我をしていても「これは被害じゃない、自分は犯罪に巻き込まれたのではない、転んだからだ」などと、いじめなどを受けたときに言いたくなってしまう子どももいます。そういう意味の否認です。犯罪に遭ったことを認めたくないという気持ちになってしまいます。

 それから怒り。これは一番大事な感情ですけれども、その後に悲嘆というのもありますが、悲しみです。その怒りが憎しみになって、今度は逆に復讐心になるということもありますが、とにかく自分がそういう犯罪に巻き込まれたことに関して、加害者に対してものすごい怒りが起きます「何で自分をこういう目に遭わせたんだ」という怒りです。時には怒りが起きない人もいたりしますが、怒りがないと、回復のエネルギーがないという感じになります。

 それから、私は余り書いていないですが、乖離状態で、自分が自分でないような感じがしてくることがあります。それと無力感、抑うつ感。「自分はもう何もできなかった」「本当にどうしたらいいかわからない、何もやる気が起きない」という感じの無力感。それから自責感、罪悪感。「自分にも責任があるんじゃないか」という感じ。それから「自分も何か悪いところがあったのではないか」と自分を責めてしまうような感じが起きてくることもあります。

 犯罪の被害に遭った方自身もそう思われることもありますが、ご遺族の方などは自分が「もうちょっと遅く家を出ればいいよ」と言ってあげればよかったのに、そうしたらその事故に遭わなかったのに、事件に巻き込まれなかったのにとか、自責感を非常に強く感じられることがあります。

 また性犯罪の被害者の方に多いですが、恥辱感とか屈辱感とか、本当に恥ずかしい思いをするということもかなりあります。過剰な警戒心と書いてありますが、「もしかしたら、またそういう被害に遭うかもしれない」という心配、それと犯人が捕まらなかったときにはまた出会あってしまうかもしれません。犯人が捕まって刑務所に入れられても、何年か経たてば出てきます。そうしたらまた被害を受けるかもしれない。それがひどく心配で、大変になってしまうということもあります。同じように恐怖心もそうです。普通は何でもないと思って、普段なら外に出て、特に犯罪に遭うなんて思っていないですけれども、交通事故に遭ったりした方などは、外に出て乗り物に乗ることもできなくなってしまうこともあります。

 それから疎外感というのは、自分だけがそういう被害に遭っていて、みんなの中に入っていけない、自分だけがひどい思いをさせられているというような、非常に寂しい孤独感みたいなものが起きたり、「こんなことをしててはいけないけれど、どうしたって回復なんかできない」という焦りもあります。

 怒りから来る復讐心がありますが、大変になってくるのは、今までは将来自分はこういう仕事をしたいとか、こういう生活がしたいと、希望を持って生活していたのに、犯罪に遭ってしまったために、「もう私の希望はなくなってしまった」という気持ちが起きてくることがあります。そして自信がなくなってしまう。「みんなが私のことを守ってくれなかったからこうなってしまったのではないか」とか、「これで回復してちゃんともとの生活ができるだろうか」とか、そういう意味でこんな犯罪を避けられなかった自分が情けなかったり、将来を失ってしまったように感じたり、「これから頑張ってやっていける」というような自信がなくなってしまいます。

 他人への信頼感がなくなるというのは、今までは普通の人間関係の中で他人を信頼しながらやっていたわけですけれども、わけのわからない加害者にやられてしまったりすると、「人間って信頼できないじゃないか」と、他人への信頼感というのが失われてしまうことが起こります。

 自分に起こっている感情だけではなくて、今度は被害そのものよりも、周りの人や社会の言葉やいろいろな人の行動などに傷つく二次被害ということがあります。これについては、この資料集の中にもたくさん書いてありますので見ていただければわかりますが、普通の人が見ている限りは何でもないようなことですが、被害を受けた人にとっては非常に傷つく元になってしまうことがあります。

 例えば殺人の被害に遭ったお母さんが非常につ辛らい思いをして家にいると、子ども供たちがテレビを見て笑っている。それを聞いただけで、「何で私のこともわからずに、そんなテレビを見てぎゃあぎゃあ笑ってるんだろうか」と、さらにそのお母さんが傷ついてしまうという話を聞いたことがあります。普通の人にとってみれば何ともないと思われることでも、被害を受けた方にとってみれば、非常に傷つく元になってしまうということも起こります。だから近所の人が何か言っていても、別にその人のことを批難しているわけではないけれども、傷つけてしまうこともたくさんあります。

 それから三次被害というのも出てきてしまいます。二次被害よりももっと家庭生活とか社会生活そのものまで支障を来してしまうような、「周りの人に、私は被害者だって言われて非常に辛いことが多くて、ここには住んでいられない気がする」と言って転居しなければならなくなったり、「もうこれでは職場に行けない」という気持ちになって、失業したり転職したりしなくてはならなくなったり、そういうところまで被害が及んでしまう方もあります。

 次に支援について説明します。被害を受けて大変な方たちに、私たちが支援をしたいと思うのは普通のことだと思うのですが、どういうことをしてあげたらいいかということについてです。最初の非常に混乱している時期には、とにかく安全なところに、その方が安全な生活を送れるように、その安全を確保してあげるということが大事です。

 それから日常生活を取り戻すためには、その方が家事や育児やお仕事等、いろいろなことをしていらっしゃると思うので、それができていない場合には、何とか元通りにできるようにするために、いろいろな手助けをしてあげる必要があります。被害者の方は非常に孤独感とか無力感に襲われていますので、一緒にいてあげるとか、「いつでも困ったときにはお手伝いできますよ」という感じで、その人は孤独ではない、頼めばちゃんとやってもらえるんだという気持ちを取り戻していただくことが大事です。

 混乱がおさまってきたころには、カウンセリングなどは非常に有効ですけれども、亡くなった方に対しては、その方を追悼することを話していただくことや、喪に服することも非常に大事です。四十九日とか一周忌ということをきちんとすることによって、亡くなった方に対して「安らかに眠ってください」とい言う祈りの気持ちをこめた儀式をすることも大事です。亡くなった方を自分の心の中におさめるというか、そういう作業をしていくことが大事なことと思います。

 それから自助グループとして同じような経験をなさった方と一緒に話し合いをしたり、楽しいときを過ごすということによって、被害を受けたのは自分だけではない、そういう経験をなさった方もたくさんいるということがわかりますと、安心していられるようになるということもあります。

 「さらに回復を求めて」と書いてあるのは、大体ここまで来れば日常生活には戻り、そんなにPTSDに悩まされることもなく生活はできていくと思うのですが、やはり亡くなった方に対する思いはずっと持っていますし、怒りもそのまま心のうちに秘めていますから、亡くなった方を無駄むだ死にさせてはいけないということも考えて、さらに公の場所で被害体験を語るとか、いろいろな法律などの面で、法律を改正していく。お子さんを交通事故の非常に悲惨な場面で亡くされて、ご自分も大やけどを負っていながら、飲酒運転でひどい交通事故を起こした人に対してはもっと刑期を長くしなくてはいけないという運動をなさった方たちがおられます。そういうところまでしっかりやっていただくと、お母さん方も回復されたといっても良い状態になられます。皆さんのところに講演に回ったり、本を出されたり、そういう形でお子さんの亡くなったことを生活かしていけるということになれば、お子さんが亡くなったことが無駄むだにはなりません。

 ではどこで被害者支援の活動をしているかについてお話しします。この間皆さんにお話をしてくださった、NPOの静岡犯罪被害者支援センターでは直接支援もやってくれますし、私たちも関わって面接相談もやっているので、そういうところに申し込んでいただければ、多少カウンセリングの機会とか、直接支援に出るとか、法廷の付き添いをするという形での支援はさせていただけます。

 犯罪の起こった直後には、静岡の警察本部の中に犯罪被害者支援室というのがあり、そこには臨床心理士がいますので、事件の直後に、精神的に非常に大変な混乱した状況になっているのだけれど、何とか支援ができないだろうかというときには、所轄の警察署の担当の方から警察本部へ連絡がいきますと、臨床心理士が現場へ出向いてきちんとお話を聞いてくれます。その方には継続して何回もというわけにはいかないと思いますが、初期対応としては非常にいい対応ができるのではないかと思います。ですから犯罪の現場で大変だなというのを見聞きしたようなときには、警察で対応できるので、是非出動を要請していただけるといいと思います。

 そういう心の問題が起きたときには、早く対応することというのはとても大事です。早く対応して、私たちは「アセスメント」、査定といいますか、この方にはどういうことが必要かということを、きちんと見きわめ極められれば、その方に「こういうことをしたらどうですか」と言うことができますし、長くPTSDに苦しまなくても済むような方法を考えられるので、出来るだけ早く対応したほうがいいと思っています。

 それから、静岡市には「こころの健康センター」が南保健所のそばにありますので、そこに連絡していただけると、相談員の方もいますし、精神科医もいますので対応ができると思います。

 次にCRT(Crisis Response Team)というのがあります。これについて説明をしますと、静岡県の精神保健福祉センターというのがあるのはご存じでしょうか。静岡駅の南のところの総合庁舎の児童相談所などが入っている建物の中に、静岡県精神保健福祉センターというのがあります。そこの所長、松本先生のご提案から始まったといっていいと思いますが、静岡県では東海地震が予想されており、東海地震があったときに、心のケアの問題というのは非常に大事なことになってくるので、それをできるようなところがどこかにないと困るということで、つくられた組織です。東海地震など大規模災害が起きてしまったときに活動ができることを目指していろいろな活動をやっております。

 今、一番CRTがやっているのは、学校で子ども供が死亡事故に遭ったとき、例えば交通事故に遭ってお子さんが亡くなってしまったとか、傷害事件でお子さんが亡くなったとか、子ども供が自殺してしまったというときに精神保健福祉センターが中心になって、CRTが出動しています。いろいろな役割を担う方が大体10人ぐらい必要なので、チームのメンバー登録をしている方の中から招集します。メンバーは普段はそういう仕事をしていないので、緊急のときには招集して、事故の後、数時間以内には学校に到着するように組織を整えています。

 実際にやることは何かというと、事故が起こったとき、学校は非常に混乱状態になります。先生方も、担任の先生、管理職の方々も何をしたらいいかということで非常に大変なことになったり、マスコミが来てしまったりというようなことがあるので、どのようにしたら学校の混乱が静まるのか、保護者の方にどう説明するかとか、非常に落ち着かない子も出てきますし、当事者でない子でも、友達が事故に遭ってしまうと混乱しますので、そういうときにはどう対応したらいいだろうかというようなことについて、先生方がスムーズに対応できるよう助言をします。原則として3日間ですが、そのチームとして出かけられる方は、診療の予約が入っていても、一時キャンセルにして、とにかくそこへ駆けつけるのです。そして深夜まで学校の会議室の中でどういう対策をとるかを先生方と話し合っています。

 CRTは3日間だけしかいないので、その後学校の混乱が収まるまで、スクールカウンセラーが2週間ぐらいだれ誰かが毎日そこで待機して、「相談がある方は是非来てください」という形にします。私たちはスクールカウンセラーとしても学校へ行っていますが、それは緊急支援ということで、できる人が大体2人ずつチームを組んで、フルタイムでというわけにはいきませんが、2時間でも3時間でも毎日そこで相談ができるようにしています。ですから学校でそういうことが起こった場合には、かなり対応がよくなっているのではないかと思っています。

 支援をするときの難しさというものも、お話しなければいけないのですが、まず支援者の姿勢としては、被害を受けた方に対して批判をしたり批非難をしたりして「あなただって悪いとこあったでしょ」というようなことを言いがちですが、それは絶対言わないということ。それと被害者は聖人君子ではないということも、やはり理解しておかなくてはいけないといいますが、誰だれでも人間ですから落ち度はありますし、なかなかきちんとできないこともあります。でも犯罪が起きたときには悪いのは加害者なので、被害者を責めるようなことは絶対にできません。

 それから被害者は大変な思いをしておられるので、そこでは共感を持って「大変ですね」「よくやっていらっしゃいますね」というようなねぎらいの言葉も添えて、被害者の方の感情をきちんと受けとめるということが大事です。よくお説教したり、「こういうことをしたからあなたも被害に遭ったんでしょう」ということを言ってはだめなので、とにかく被害者の辛い気持ちに共感してあげなければいけません。

 「支援を押しつけない」とその下に書いてありますが、支援をするときには、押しつけるような「こういうふうにしたらいいですよ」とか、助言するつもりで言うのだと思いますけれども、そうではなくて被害者の意見、こうしたい、こういう方法をと取りたいという被害者の選択を大事にしなくてはいけません。その下にありますが、支援者というのは救済者ではないのです。

 何でもやってあげる人ではありません。被害者が自分でやっていかないと、回復は難しいので、どうしたら被害者が自分でそういうことをやっていこうという気になるか、というようにお話を聞いてあげるのが一番です。助言みたいなことも「あなたの場合はこういうこともあるし、こういうこともあるし、こういうこともあるけれども、どれだったらできそうですか」という形で、被害者が自分でできそうなことを選ぶということが大事です。

 心理的な扱い方として最近非常に有効であるといわれているのは、認知的な関かかわり、認知療法的な関かかわりです。「認知」とは、被害者の方が物事をどう受けとめて、どう感じているかというところをまず大事にして、そこが歪ゆがんでいないかどうか、偏見を持っていないか、勝手なことしか思っていなくて、いろいろなことを考えられない状態にいるのではないかと考えて、その方がきちんと物事を受けとめる、あまり偏って受けとめないように、納得してもらいながらですけれども、しっかりした考え方ができていくようにお話を聞いていくということが大事だと思います。

 もう一つ、最近有効であるのは、「長時間曝暴露法」という名前で言われています。ショッキングな名前ですけれども、自分が危険なことに遭ったとき、その状況をそのまま再現したらまたPTSDみたいな症状が起きてきてしまいますけれども、そうではなくて、事故に遭ったりしたときでもここなら安全だという気持ちを持つことからだんだん慣れて、危ないことはここでは起こらない、安心という感情を持てるような体験を繰り返しやっていく。そういうことによって、怖かったことでも大丈夫になってきた、自分は何とかそれを乗り越えられるということを感じていただくような治療法です。多分、病院でないとできないと思いますが、そういうことも行われております。

 最後に、支援者への支援も必要になるということも書いてありますが、やはり辛いお話を聞きますので、聞いたほうも何かすごく辛いような感じがしてきてしまうのです。それは「代理受傷」といったり「二次受傷」といったりしますけれども、自分もすごく辛い気持ちになる。ご御飯を食べるのが大変になったり、「あの方、大変だろうな」と思うと寝つけなくなってしまうこともあります。

 それから「逆転移」というのは、被害者の方に対して余りいい感情を持たなくなってしまうと言うことです。何でそんなつまらないことをいつまでもグジグジ言っているのだろう」と思ったり、「何でこの人ちゃんとやれそうなのにやらないんだろう」とか、被害者の方を見ていると腹立たしい気持ち、いらいらしたり、無力感を感じたり、そんな気持ちを持つこともあります。それは余り望ましいことではないので、私としては、被害を受けたことによって被害者の方の気持ちがそうなってしまっているのだから、こちらがそれを責めても仕方ないので、何とかその方がそういうふうに持たないようにするにはどうしたらいいだろうかということを考えるようにしています。逆転移も起こりやすいということです。

 それから、やはり一生懸命聞いていますから疲れてしまい、燃え尽き状態になることもあります。非常に疲労を感じることもあります。ストレスを感じることもあります。そういうことに対しては、ストレスを解消する方法をこちらが持っていなければなりません。

 何をするかというのは、ご自身でいろいろ考えていただければいいことだと思っていますが、スーパービジョンを受けるということも大事です。自分がやっていて、本当にこれでよかったのだろうかと思うことがあります。やはり個人ですから、人間ですし、自分の感情に負けてひどいことを言ってしまったりすることもあるかもしれないし、いい考えを思いつかなくて被害者の方に対してきちんと対応できなかったりすることもあります。うまく対応できることもあります。自分のやったことに対して、どなたか第三者みたいな人がいいのですが、その方に「自分はこういうふうにして、ここはうまくいったけれど、ここはうまくいかなかった。どうしてだろう」とか「今後どういうことを考えていったらいいだろうか」ということについて相談してみる。そうすると、自分がそうやって話をすることだけによっても、自分を振りかえる返ることができますし、よりよい支援がだんだんとできるようになります。だから、誰だれかに話してみるということは、とても大事なことなのです。ただ、秘密を漏らしてしまうというような感じで話してはまずいので、やはり秘密をきちんと守ってくださる方に話すことが大事です。

 それから実際に支援に当たるときには、どんなときでも1人で行くととても大変です。個人ではなくてチームで行く。少なくとも2人で行くというのは大事なことです。2人で行きますと、行き帰りの車や電車の中で「あのときこうだったよね」というような話ができるので、そうすると一種のスーパービジョンにもなりますし、お互い「ああ、大変だったな」というようなことを感じ合うこともできるので、後々、非常にいい支援ができていくような感じがしております。

 それから、参考文献については幾つか挙げてありますので、ご興味があれば是非読んでいただきたいと思います。小林美佳さんの『性犯罪被害にあうということ』というのはごく最近出された本ですけれども、読んでいただければ実際にどんな体験をされているかということがよくわかります。被害者の方、特に性犯罪の被害者の方が書かれることは少ないので、貴重な本だと思います。

 それから先ほど池田小のことについてお話ししましたが、その池田小のご遺族の体験記を書かれたのは酒井肇さん、酒井智恵さんという方で、お嬢さんが亡くなったのですが、『犯罪被害者とは何か』という本が出ています。倉石先生、池埜先生は大学の先生ですけれども、この酒井さんご夫妻から非常に詳しくお話を伺っておられて、伺ったことについても倉石先生が書いていらっしゃるので、犯罪の場合にはどういう支援が本当に必要なのだろうかということが、読んでいただければわかると思います。

 皆さん是非何かの機会に被害者の方にお会いになることがあったら、その方たちが安心して自分の生活を取り戻されるようなお手伝いをしてあげていただけたらと思っています。よろしくお願いいたします。

【グループワーク】
 前回も使用した夫が暴力の被害を受けてなくなった例について、グループのメンバーが妻、子供1、2、親だったらと想像して、「被害を受けたあと、どう感じるか」、「どのような支援を必要とすると思うか」について自分の意見を発表しあうというワークをした。終了後、各グループからどんな意見が出たか報告をしていただいた。

 皆さんに書いていただいたり、お話し合いをしていただいたり、報告をしていただいたり、本当にありがとうございました。皆さん、ちゃんとイメージを膨らませて、きちんと考えていただいたことをありがたく思います。もう私が何も言うことがないほど、皆さん充分考えてくださっていると思いますが、この犯罪被害に遭ったことによって、ご家族の中が崩壊してしまわないように、みんながお互いのことを思いやって何とか生活がやっていけるようなことを考えなくてはいけない。そのために支援が必要ならば、私たちも含めていろいろなところがきちんと対応していかなければいけないと思いました。

 それと、ちょっと思ったのは心理的なものについて支援が必要であると考えられた方は余り多くないという感じがいたしました。やはり生活の問題で、生活を立て直すことができるような、これから生きていくめど目途が立つような、そういう支援をまず必要としておられるという感じがして、アドバイスが欲しいとかおっしゃっていても、大体、皆さん自分でどういうふうにしたらいいかというのはお考えになるという感じがしました。

 心理的な支援をしてくれるようなところに、ちょっと声をかけてみるとか、そういうことも是非やっていただきたいなという感じもしますので、もし、大変な方がいらしたら、「こういうところに言行ってみるといろいろなことがわかるかもしれない」「考え方が変わるかもしれない」とか、「何か助けになるようなことがあるかもしれないよ」というようなことを言ってほしいという気がいたします。

 

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