第4節 国際化の進展と犯罪

1 国際犯罪の現状と問題点

 近年の通信技術、交通機関の著しい発達に伴い、政治、経済、文化等あらゆる分野において国際化が急速に進行している。過去10年間における日本人の出国者数、外国人の入国者数及び国際通信の取扱数の推移は、図1-25のとおりであって、いずれも著しく増加している。
 このような国際化の波は、犯罪の分野にも着実に押し寄せている。過去10

図1-25 出入国者数及び国際通信の取扱数の推移(昭和48~57年)

年間における来日外国人の刑法犯検挙人員、日本人の国外犯罪者数及び国外逃亡被疑者数の推移は、図1-26のとおりである。来日外国人の刑法犯検挙人員の著しい増加が注目されるが、これは国際的常習犯罪者による買物盗にみられるように、日本の経済的豊かさをねらって来日する外国人による犯罪の増加に伴うものである。また、国外逃亡被疑者数も増加しており、捜査の長期化、困難化の一因となっている。
 なお、海外から密輸された覚せい剤の事犯や暴力団によるけん銃の密輸入事犯が増加の傾向にある(164ページ、175ページ参照)。また、国際的商取引をめぐる違法事犯も多発している(181ページ参照)。
(1) 来日外国人による日本国内での犯罪
 過去10年間における来日外国人の刑法犯検挙人員の推移は、図1-26のとおりであって、昭和57年には1,031人と過去最高を記録し、48年の約3.6倍となっている。
 最近、国際的常習犯罪者が、多数来日し、犯罪後直ちに出国する事例が目立っている。この種の犯罪者については、ICPO(国際刑事警察機構)を通

図1-26 来日外国人の刑法犯検挙人員、日本人の国外犯罪者数及び国外逃亡被疑者数の推移(昭和48~57年)

じて関係国当局と積極的な情報交換を行い、行動の把握に努めている。
ア 東南アジア系外国人グループによる買物盗
 日本の貴金属店が一般的に防犯体制が手薄であることや日本の商品は鑑定書なしで国外での処分が可能であることなどに目を付けた東南アジア系外国人グループによる買物盗(注1)や店舗荒らし(注2)が頻発している。この種の事案に共通する手口は、日本国内で買物盗を敢行する目的をもって偽名を用い、偽造旅券を行使して入国し、国内では航空機、新幹線等各種の交通機関を駆使して短期間のうちに集中的かつ広域的に犯行を繰り返すことである。警察では、この種の事犯の検挙を期するため、あらかじめ被害を受ける可能性のある貴金属店、カメラ店等を対象に周到な防犯指導を実施するとともに、事件発生時の迅速な通報、認知体制の確立に努めている。
(注1) 買物盗とは、買物客を装い、店舗で偽計手段を用いて金品を窃取するものをいう。
(注2) 店舗荒らしとは、店内の商品、売上金等をすばやく窃取するものをいう。
〔事例〕 フィリピン人4人組は、56年11月から57年8月にかけて、窃盗目的で4回来日し、東京と沖縄で、貴金属店を対象に買物盗、店舗荒らし等合計37件、総額1億3,500万円に上る犯行を重ねていた。8月18日、4人全員を逮捕するとともに、10月10日、このグループから盗品を譲り受けていた日本人1人を逮捕した(警視庁、沖縄)。
イ 盗難又は偽造旅行小切手を使用した詐欺
 国際的常習犯罪者が、盗んだり、偽造したりした旅行小切手を使用して現金をだまし取る事件が多発している。
〔事例〕 シンガポール人(31)は、偽造旅券を使用して、最近3年間に十数回にわたり来日し、他国で仲間が盗んだ旅行小切手を東京、大阪等8都府県下で行使して換金し、合計四十数件、3,000万円に上る犯行を重ねていた。この事件の捜査の結果、その背後に国際的犯罪者集団があり、「窃盗グループ」十数人及び「換金グループ」二十数人から成っていることが判明した。その手口は、まず、「窃盗グループ」がインド、フィリピン等で主に旅行者を対象に、すり、置き引き等の手段で旅行小切手を入手し、「換金グループ」は、首領の指示に基づき、日本、欧米等の銀行で署名を偽造してこれを換金するというものであった。7月22日逮捕(警視庁)
ウ 海外旅行保険制度を悪用した詐欺
 海外旅行の普及に伴い、誰でもが簡易な手続で加入でき、保険金の支払を受けられる海外旅行傷害保険が発達してきているが、57年に、これを悪用した国際的常習犯罪者による詐欺事件を検挙した。今後、この種の事犯の続発が予想される。
〔事例〕 フランス人(29)は、55年1月から57年4月までの間、約30の偽名を使い、日本やアメリカの保険会社十数社と海外旅行傷害保険契約を締結した後、他国で事故に遭ったとして警察の被害調書を偽造し、これを関係書類とともに保険会社に郵送し、保険金を自己の銀行口座に振り込ませるという計画的かつ巧妙な手口で、合計50件、約800万円に及ぶ犯行を重ねていた。7月9日逮捕(警視庁)
エ 外国人女性による風俗関係事犯
 出入国規制の緩和を背景に、近年、日本で短期間のうちに多額の金銭を稼ぐことを目的として、外国人女性が観光ビザ等により入国し、スナック等の深夜飲食店をはじめ、キャバレー、ストリップ劇場等の風俗関連営業において稼働する傾向が目立っている。また、稼働地域も大都市、盛り場から地方都市、観光地へと全国的な広がりをみせている。
 57年に風俗関係事犯で取り調べた外国人女性の数は、499人で、国籍別にみると、図1-27のとおり台湾が172人(34.5%)と最も多く、次いで韓国が120人(24.1%)、フィリピンが75人(15.0%)の順となっている。

図1-27 風俗関係事犯で取り調べた外国人女性の国籍別内訳(昭和57年)

 そのうち380人(76.2%)を検挙したが、法令別にみると、風俗営業等取締法違反が182人(47.9%)と最も多く、次いで出入国管理及び難民認定法違反が114人(30.0%)、公然猥褻(わいせつ)が44人(11.6%)、売春防止法違反が35人(9.2%)の順となっている。
 また、取り調べた外国人女性のうち、在留資格が永住である者を除いた353人について入国状況をみると、自国内ブローカー等の周旋によるものが96人(27.2%)、日本のブローカー等の勧誘によるものが60人(17.0%)、日本の芸能関係者を頼ってきたものが30人(8.5%)等の順となっている。
 警察では、今後とも、風俗関連営業者等に対する指導を更に強化するとともに、入国管理事務所等関係機関との連携を強め、取締りを推進することとしている。
(2) 日本人の国外における犯罪
 我が国の警察がICPO等を通じて認知した日本人の国外犯罪者数は、図1-26のとおりである。
 その多くは、外国の法律や社会制度等に関する知識の欠如に起因すると思われる事犯であるが、最近は、我が国の警察の追及が及びにくい国外において犯罪をあえて実行したり、我が国と外国との間の制度の相違を悪用して犯罪を実行したりする事案が目立っている。この種の事案は、犯行地が外国であることや、被害者、事件関係者が外国に居住することなどから、事件の認知や捜査に困難を伴うが、あらゆるルートを通じて関連情報を入手し、捜査協力を依頼するなどの方法により、事件の解明に努めている。また、更に重大複雑な事案にあっては、我が国の捜査官を外国へ派遣して、直接、情報交換等を行っている。今後とも、捜査官を派遣する必要性が高まるものと予想される。
ア 国外における保険金目的の殺人事件
 保険金目的の殺人事件は、近年、国内において数多く発生しているが、最近、被害者を国外に連れ出して殺害するという悪質な事件が発生した。
 我が国の警察は、関係国警察との協力の下に、長期にわたって捜査を遂げた結果、昭和56年、57年に各1件を検挙した。この種の事案は、今後も続発が予想される。
〔事例〕 水産業者(43)ら4人は、知人である被害者(28)に、総額9,000万円に上る傷害保険を掛けた上、フィリピンに連れ出し、53年6月4日、海水浴中に殺害し、保険金をだまし取った。本件は、フィリピンでは事故死として処理されていたが、風評を端緒に、同国へ捜査官を数度派遣するなど長期にわたる捜査を遂げた結果、57年1月8日、保険金目的の殺人事件として、全員を逮捕した(沖縄)。
イ 国際運転免許証の不正取得
 外国において不正な手段により国際運転免許証を入手し、日本国内で自動車を運転するという無免許運転事犯が、全国各地で発生している。50年以降における検挙件数、検挙人員の推移は、図1-28のとおりであって、いずれも増加の傾向にあり、57年には検挙件数、検挙人員とも、過去最高となった。

図1-28 国際運転免許証制度を悪用した無免許運転検挙件数、人員の推移(昭和50~57年)

〔事例〕 芸能プロダクションの経営者(36)らは、56年夏ごろから我が国で運転免許の取消処分を受けた者らを勧誘して、フィリピンに旅行させ、現地で国際運転免許証を不正に取得させていた。57年2月までに不正取得者94人、あっせん者18人を無免許運転、同幇(ほう)助でそれぞれ検挙した(埼玉)。
 なお、フィリピンにおいては、57年9月、不正取得の防止を目的として、国際運転免許証を取得しようとする外国人に対して、申請時に本人の出頭を義務付け、滞在期間が免許取得に必要な日数であるか否かのチェックを強化するなどの対策が講じられた。
(3) 被疑者の国外逃亡事案
 我が国で犯罪を犯し国外に逃亡したとみられる者の数は、図1-26のとおりである。昭和57年12月末現在、その数は153人で、4年前の約2.1倍となっている。
 最近の傾向としては、事前に用意した旅券等により犯行後短時間のうちに出国し、国際電話等により関係者と連絡を取りながら国外に潜伏するという計画的な事案が目立っている。
〔事例〕 元タクシー運転手(53)は、57年9月23日愛人関係にある共犯者(39)の夫(40)を殺害し、以前から用意していた数次往復旅券を使用して、翌24日マニラへ逃亡した。我が国の警察は、被疑者が帰国するという情報を入手し、10月3日、大阪空港で逮捕した(埼玉)。
 警察では、国外逃亡を企てる被疑者について、出国前の検挙を図るとともに、出国した後は、ICPOを通じて所在を確認した上、本人の状況、逃亡先国の法制等を勘案して、身柄の確保に努めている。
 57年に、被疑者の身柄を確保するために、捜査官を派遣した件数は、6件である。

2 対策の現状と今後の課題

(1) 捜査体制の整備、充実
 警察庁においては、既に昭和50年4月刑事局に国際刑事課を設置し、犯罪の国際化に対処してきたが、都道府県警察においても、逐次、国際犯罪の捜査体制の整備、充実を図っている。
 また、捜査官に対し、語学教養をはじめとする各種の教養を実施してきたが、57年からは警察大学校における国際犯罪捜査に関する教養、管区警察局における各種の研究会を実施し、専門捜査官の育成に努めている。
(2) ICPOの活用
 我が国は、最も迅速な情報交換ルートであるICPO(国際刑事警察機構)(注)を積極的に活用し、国際犯罪の徹底検挙を期しているところであるが、昭和57年からICPO東京無線局内にICPO写真電送装置を設置し、活動の一層の強化を図っている。過去10年間に警察庁が行った国際犯罪に関する情報の発信、受信状況は、図1-29のとおりであり、その総数は10年間で約1.6倍となっている。

図1-29 国際犯罪に関する情報の発信、受信状況(昭和48~57年)

 なお、我が国は、警察庁から、アジア地域会議、ICPO総会に代表を派遣し、各国代表と活発な意見の交換を行うほか、ICPO事務総局(パリ)に、警察庁の係官を常駐させるなど、ICPOの活動に積極的に参加している。
(注) ICPOは、国際犯罪捜査に関する情報交換、犯人の逮捕と引渡しに関する円滑な協力の確保等、国際的な捜査協力を迅速的確に行うための国際機関であり、国際連合により政府間機関とみなされている。57年12月末現在、同機構の加盟国は134箇国となっている。我が国は、27年に加盟して以来、警察庁を国家中央事務局として国際捜査協力活動を強化し、今日に至っている。
(3) 外国捜査機関との協力関係の強化
 我が国は、各国捜査機関との良好な協力関係を維持、発展させていくために、国際捜査セミナー(昭和50年から隔年に開催)、麻薬及び覚せい剤問題に関する日韓連絡会議(7月)、インドネシア刑事警察幹部教養(11、12月)、日米暴力団対策会議(55、56年)等、各種の国際会議を主催しているほか、鑑識等の技術協力を実施している。
 また、個々の事件の捜査に関し外国捜査機関に対し捜査協力を行い、証拠資料を送付したり、外国捜査員の受入れを実施しているところである。
 55年に制定された国際捜査共助法に基づく外国からの協力要請に対し警察が調査等を実施した件数は、外交ルートによるものが、56年3件、57年2件、ICPOルートによるものが、56年158件、57年186件となっている。最近の事例としては、56年6月、フランス留学中の日本人学生(32)による殺人事件に関してフランス国政府からの要請に基づき、必要な証拠を収集し、これを送付した。
 外国捜査員の受入れについて、57年には、海外旅行保険詐欺事件に関する情報交換を目的として来日したオーストラリアの捜査員をはじめ、3箇国から合計4件、8人の外国捜査員を受け入れた。
 今後の課題としては、このような捜査協力を一層充実したものにするとともに、捜査技術等の交流を積極的に行っていく必要があり、また、ICPOの国際逮捕手配(注)の法的整備について検討する必要がある。
(注) 国際逮捕手配とは、ICPO加盟国の国家中央事務局が、直接、又はICPO事務総局を通じ、各国家中央事務局に対して、引渡請求を行う予定であることを示して逃亡犯罪人の一時的な身柄拘束を求める手配制度をいう。


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