第2節 外事情勢と諸対策
1 対日有害活動の動向と対策
(1)中国の動向
① 中国国内の情勢等
令和6年(2024年)3月、第14期全国人民代表大会第2回会議が北京で開催された。同会議では、李強(りきょう)国務院総理が、今後の政治や経済の基本方針を示す報告を行い、「3年間続いたコロナショックを受け、経済の回復自体に多くの難題を抱え、不動産、地方債、中小金融機関などのリスクが顕在化した」、「党中央の力強い指導の下、経済の質の効果的向上を推し進める」などと述べた一方で、「軍事闘争への備えを一体的に進め、国家の主権・安全・発展の利益を断固として守り抜く」との考えを示したほか、同年の予算案の国防費が1兆6,655億元(前年比7.2%増加)になると発表した。
同年7月には、中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)が開催され、発表されたコミュニケにおいて、「国家安全保障は中国式近代化を長期にわたって着実に進めるための重要な基盤」と明記された上で、「2029年に迎える建国80周年までに改革任務を達成する」との目標が掲げられた。また、同会議で、習近平(しゅうきんぺい)国家主席(以下「習主席」という。)は、「反腐敗闘争」を推進すると述べたほか、李尚福(りしょうふく)前国防部長ら中国人民解放軍の元幹部の党籍をはく奪する処分が確認された。
さらに、令和7年(2025年)1月、習主席は、就任直前の米国のトランプ大統領と電話会談を行い、台湾をめぐる問題は中国の国家主権と領土の保全に関わることから、米国が慎重に対処することを求めた。

中国共産党中央委員会全体会議で演説を行う習近平国家主席(中国通信/時事通信)
② 我が国との関係をめぐる動向
平成24年(2012年)9月に日本政府が尖(せん)閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域での中国海警局に所属する船舶等の出現が常態化するとともに、これらの船舶が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じ、体制を構築して警備に当たるなどして、不測の事態に備えている。
石破首相は、令和6年(2024年)11月、ペルーで開催されたAPEC首脳会談の際に習主席と会談を行った。同会談において両首脳は、引き続き「建設的かつ安定的な日中関係」を構築するという大きな方向性を共有していることを確認した。一方で、石破首相は、尖閣諸島を含む東シナ海をめぐる情勢や中国軍の活動の活発化についての深刻な懸念を伝え、中国側の対応を求めた。
③ 我が国における諸工作等
中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っている。我が国においても、目的を偽って機微情報を収集したり、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に対する研究者、技術者、留学生等の派遣、技術移転の働き掛け等を行ったりするなど、巧妙かつ多様な手段で様々な情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。
警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素から中国による我が国における諸工作の動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。
CASE
会社経営者の中国人の女(44)ら2人は、新型コロナウイルス感染症の影響で収入が減少した個人事業者等を装い、インターネットを介して虚偽の内容を中小企業庁に申請して持続化給付金の名目で現金をだまし取っていたことから、令和6年2月、同女らを詐欺罪で検挙した。本事件の捜査を通じ、事件の発生当時に同女らが所属していた日本(にほん)福州十邑(ふくしゅうじゅうおう)社団聯(れん)合総会が、「日本東京海外110サービスステーション」と称して、少なくとも数十人の中国の運転免許証の更新手続を支援していたことを把握した(警視庁)。
(2)ロシアの動向
① ウクライナ侵略をめぐる情勢等
我が国は、令和4年(2022年)2月のロシアによるウクライナ侵略開始以降、G7をはじめとする国際社会と連携し、ロシアに対する制裁措置を強化した。同年3月、ロシアは我が国を含む48の国・地域を「非友好国」として指定したほか、我が国との平和条約締結交渉を継続する意思はないと発表するなど、強硬な姿勢を示した。
同年4月には、ウクライナ情勢を踏まえ、総合的に判断した結果、8人の駐日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員について国外退去を求め、これに対し、ロシア外務省は、8人の我が国の在ロシア大使館員の国外退去を求めた。
令和6年(2024年)3月、プーチン大統領はウクライナ侵略開始以来初めて行われたロシア大統領選挙において、8割を超える得票率で再選を果たした。また、同年11月、「核抑止分野におけるロシア連邦国家政策の基本原則」が改定されたことにより核兵器の使用要件が大幅に緩和されたところ、当該措置はウクライナに長距離ミサイルを供与する米国をけん制する動きである可能性が指摘されている。
令和7年(2025年)2月、プーチン大統領は、米国のトランプ大統領と電話会談を行った。両首脳は、同会談において、ウクライナにおける事態の終結に向けた協議を開始することで合意したと報じられているが、欧州各国は、米国とロシアのみで交渉が進められることへの懸念を表明した。

通算5期目の就任式に臨むプーチン大統領(共同通信)
② 我が国における諸工作等
近年においても、世界各地でロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事案が摘発されている。我が国においても、ロシアの情報機関員が、大使館員等の身分で入国し、情報収集活動を活発に行っており、警察では、戦後、令和6年12月までに30件の諜報事件を検挙している。
令和4年(2022年)6月、プーチン大統領は、ロシア対外情報庁(SVR)本部においてスピーチを行い、ウクライナ侵略に伴う欧米の対露制裁強化を踏まえ、「産業・技術分野の発展と防衛力の強化を支援することが優先すべき任務だ」と述べ、外国での情報収集活動を活発化するように指示した。
ロシアは、長期化するウクライナ侵略や対露制裁を背景に、今後も我が国において、大使館員等を装った情報機関員による先端技術情報の移転工作等を展開するとみられる。警察では、ロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることがないよう、情報収集・分析に努めるとともに、対露制裁措置の実施及び違法行為の取締りの双方の側面から、G7をはじめとする国際社会と緊密に連携して対応することとしている。
CASE
貿易会社代表取締役のロシア人の男(38)は、令和5年1月、対露制裁措置として輸出が禁止されている水上バイク等計27点(輸出申告価格合計約4,279万円)を、経済産業大臣の承認を受けないで、韓国を経由してロシアに輸出した。令和6年7月、同人を外為法違反(無承認輸出)で逮捕した(大阪)。
(3)北朝鮮の動向
① 軍事動向
北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記兼国務委員長(以下「金正恩総書記」という。)は、令和5年(2023年)12月末に開催された朝鮮労働党中央委員会第8期第9回全員会議拡大会議において、ミサイル開発・生産の重点目標と諸課題を提示するとともに、武装装備の開発・生産の拡充、令和6年(2024年)の核兵器生産計画の遂行、同年中の偵察衛星3基の追加打ち上げ等について指示した。
また、北朝鮮は、同年4月、「新型中長距離極超音速ミサイル」の試験発射を初めて行った。同年5月には、弾道ミサイル技術を使用した「偵察衛星」の打ち上げを行ったが失敗に終わった。
さらに、金正恩総書記は、同年9月、北朝鮮の創建76周年に当たっての演説を行い、北朝鮮を「責任ある核保有国」とした上で、「核力量を不断に強化していくであろうし、核武力を含む国家の全ての武装力が完全な戦闘準備態勢にあるようにするための対策と努力を倍加していく」などとして、核開発をはじめとする軍備増強を一層推進すると述べた。

北朝鮮の創建76周年に当たり演説を行う金正恩総書記(朝鮮中央通信=時事)
② 対外関係
金正恩総書記は、令和5年(2023年)12月末、朝鮮労働党中央委員会第8期第9回全員会議拡大会議において、韓国との関係について「敵対的な二つの国家の関係」と述べ、令和6年(2024年)1月の最高人民会議第14期第10回会議においては、南北交流を担う祖国平和統一委員会等の対南機関の廃止を決定するなど、対南政策の方針転換を表明した。
また、金正恩総書記は、同年6月、北朝鮮を訪問したロシアのプーチン大統領と首脳会談を行い、ロシアによる「ウクライナでの特別軍事作戦」への全面的な支持を表明したほか、有事の際の相互援助条項を含む「包括的戦略的パートナーシップ条約」を締結し、同年11月、両国は同条約に批准した。北朝鮮は、同年10月以降、兵士をロシアに派遣するなどしており、両者は極めて密接な協力関係を構築している。
③ 対北朝鮮措置に関係する違法行為の取締り
我が国は、北朝鮮による拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するため、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置(武器等の輸出入の禁止、人的往来の禁止等)のほか、我が国としての措置(北朝鮮籍船舶の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等)を実施している。警察では、こうした対北朝鮮措置の実効性を確保するため、関係する違法行為に対し、徹底した取締りを行っている。
④ 我が国における諸工作
北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に様々な情報収集活動を行っているとみられ、例えば、北朝鮮と密接な関係を有する朝鮮総聯(注1)の構成員やその関係者が、北朝鮮工作員の密入国や北朝鮮への大量破壊兵器関連物資等の不正輸出、北朝鮮による拉致容疑事案に関与していた事例が確認されている。
朝鮮総聯は、令和6年(2024年)9月、北朝鮮の創建記念日に当って、高徳羽(コトクウ)東京都本部委員長を団長とする在日本朝鮮人祝賀団を北朝鮮に派遣した。同祝賀団は、平壌で崔竜海(チェリョンへ)最高人民会議常任委員長と面会したほか、祝賀行事に参加し、高徳羽東京都本部委員長が朝鮮労働党幹部、政府高官等と並んで慶祝公演を観覧した。在日韓国・朝鮮人の訪朝受入れは、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて停止されていたが、同年8月から朝鮮大学校の学生らによる祖国訪問団が複数回訪問するなど、人的往来が段階的に再開されている。
また、国際連合安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル(注2)は、北朝鮮IT労働者が身分を偽装して仕事を受注することで得ている収入が北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源として利用されていると指摘しており、我が国においても、令和6年3月、事件捜査を通じて、日本企業からオンラインプラットフォームを介して受注したアプリ開発等が中国に所在するとみられる北朝鮮IT労働者に委託されていた実態が明らかとなっている。同月には、日本国内の企業・団体において、こうした労働者に対する認識を深めることなどを目的として、警察庁、外務省、財務省及び経済産業省の共同により、「北朝鮮IT労働者に関する企業等に対する注意喚起」を発表した。
警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報の収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、これまでに様々な北朝鮮関係の諜(ちょう)報事件を検挙している。
注1:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という
注2:令和6年3月、マンデート更新に関する安保理決議案にロシアが拒否権を行使したため、専門家パネルは同年4月で活動を終了した