第2節 外事情勢と諸対策
(1)中国の動向
① 中国国内の情勢等
令和3年(2021年)7月、天安門広場において、中国共産党結党100周年祝賀式典が開催された。同式典の演説で、習近平(しゅうきんぺい)総書記は、「小康社会」(ややゆとりのある社会)の構築及び貧困問題の解決を中国共産党の業績として強調した上で、「中国共産党がなければ新中国はない」などと中国共産党一党支配体制の成果と正統性を誇示した。また、「我々をいじめ、服従させ、奴隷にしようとする外国勢力を中国人民は決して許さない」などと強い表現を用いて外圧に対抗する姿勢も示した。さらに、人民解放軍を「世界一流」の軍隊に作り上げるなどとする軍事力強化の意向、「一帯一路」構想の更なる推進、台湾統一の実現等についても言及した。
同年11月には、中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議において、過去の政治路線や思想について振り返り、新たな方針を示す「歴史決議」が採択された。過去には、毛沢東(もうたくとう)及び鄧小平(とうしょうへい)が「歴史決議」の採択を主導しており、いずれも主導した指導者の正統性を示し、権力基盤を固める役割を果たしたとされる。同会議のコミュニケにおいて、習近平総書記を「核心」とする中国共産党中央が、長年にわたる難題を解決し、「歴史的変革」を推進したなどと強調され、中国共産党が「中華民族の偉大な復興の実現」という目標に向かって引き続き前進するとされた。習近平総書記については、平成30年(2018年)の憲法改正により、国家主席の任期制限(2期10年)が撤廃されており、令和4年(2022年)秋に開催される中国共産党第20回全国代表大会において、3期目に入ることが有力視されている。
このほか、令和2年(2020年)6月に、香港の統制を強める香港国家安全維持法(注)が施行されて以降、同法に基づき、香港紙「リンゴ日報」創業者の黎智英(れいちえい)等のメディア関係者や元立法会議員等の50名以上の民主派関係者が逮捕されたほか、同紙関係者の資産等が凍結され、令和3年(2021年)6月には同紙が停刊することになった。
外交面では、米国は、新疆(きょう)ウイグル自治区における強制労働等の人権侵害問題を理由に、同自治区からの輸入を原則として禁止する立法措置を講じるなどしたほか、台湾との関係を重視する姿勢を鮮明にしている。こうした米国の対応について、中国は、対抗措置を示唆するなどして強く反発しており、米中の対立は依然として継続している。
令和4年(2022年)2月及び3月には、人権状況を理由に米国等が「外交的ボイコット」を行う中で、北京2022冬季オリンピック・パラリンピック競技大会が開催された。習近平総書記は、同大会について「新型コロナウイルス感染症等の困難を克服し、国際社会との約束を果たした」などと成果を総括した。
注:中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法

祝賀式典で演説する習近平総書記(時事)
② 我が国との関係をめぐる動向
岸田首相は、首相に就任した令和3年10月、習近平国家主席と初めての電話による首脳会談を行った。同会談において岸田首相は、両国間の様々な懸案を提起したほか、令和4年の日中国交正常化50周年を契機に、建設的かつ安定的な日中関係を共に構築していくことを呼び掛け、習近平国家主席も日中関係を発展させていくことに賛同した。
一方、平成24年9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域での中国海警局に所属する船舶等の出現が常態化するとともに、これらの船舶が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。また、令和2年5月以降、これらの船舶が尖閣諸島周辺海域で日本漁船に近づこうとするなどの事案が連続して発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じ、体制を構築して警備に当たるなどして、不測の事態に備えている。

日中電話会談後、記者会見する岸田首相(時事)
③ 我が国における諸工作等
中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っており、我が国においても、目的を偽った上での機微情報の収集、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等への研究者、技術者、留学生等の派遣、技術移転の働き掛け等、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。
また、中国政府は、世界各地で展開している「キツネ狩り作戦」について、汚職取締りの一環として、海外に逃亡した被疑者の拘束を目指すものであるとしているところ、令和2年(2020年)7月、米国連邦捜査局(FBI)長官は、同作戦の実態について、習近平総書記が脅威とみなす中国国外在住の中国人に対して、親族への接触や脅迫を含む圧力をかけて中国への帰国等を強要するもので、法の支配を破るものであるなどと指摘しており、我が国においても、同様の手法を用いた、これらの者への抑圧行動が行われているものとみられる。
警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素から中国による我が国における諸工作の動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。
(2)ロシアの動向
① ウクライナをめぐる情勢等
令和4年(2022年)2月、ロシアは、ウクライナの一部である「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」の「独立」を承認した後、ウクライナへの侵略を開始した。その後もロシアは、キーウ近郊において民間人の殺害等残虐な行為を繰り広げるなど、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、重大な国際人道法違反に当たる動きを継続したことから、我が国では、G7をはじめとする国際社会と緊密に連携し、ロシアに対する制裁措置を強化した。
我が国が講じた制裁措置に反発して、ロシア外務省は、同年3月、我が国との平和条約締結交渉を継続する意思はないと発表した。我が国は、今回の事態は全てロシアによるウクライナ侵略に起因して発生しているものであり、それを日露関係に転嫁しようとする今般のロシア側の対応は極めて不当であり、断じて受け入れることができず、強く抗議すると表明した。
また、同年4月には、こうしたウクライナ情勢を踏まえ、総合的に判断した結果、8名の駐日ロシア大使館の外交官及びロシア通商代表部職員について国外退去を求めた。

ロシアからの攻撃を受け煙を上げるキーウ中心部のテレビ塔(AFP=時事)
② 我が国における諸工作等
近年も、世界各地でロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事件が摘発されている中、我が国においても、ロシアの情報機関員が、大使館員等の身分で入国し、情報収集活動を活発に行っている。警察では、ソ連崩壊以降、令和3年12月までに11件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、情報収集・分析に努めるとともに、厳正な取締りを行うこととしている。
CASE
元技術文献調査会社経営者の男(70)は、令和元年7月から同年12月にかけて、ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部員(当時)(42)と共謀の上、自ら使用する目的の範囲内でのみ利用が認められるデータベースサービスに使用されるシステムに対し、実際には文献を同部員に譲渡する意図であるにもかかわらず、その意図を秘して会員登録をする虚偽の情報を与え、文献の複製物を入手した。令和3年6月、両人を電子計算機使用詐欺罪で検挙した(神奈川)。
(3)北朝鮮の動向
① 北朝鮮の内部での動向と対外情勢
金正恩(キムジョンウン)委員長(注)は、令和3年(2021年)1月に開催された朝鮮労働党第8回大会において、党総書記に就任した(以下「金正恩総書記」という。)。
金正恩総書記は、前回大会後の5年間における経済発展の目標を示した「国家経済発展5か年戦略」について、「掲げた目標はほぼ全ての部門で甚だしく未達成」などと、経済事業で成果が現れていない現状に言及した。また、新たな「国家経済発展5か年計画」では、経済の自立的構造を完備して輸入依存度を低下させ、人民生活を安定させるためのテーマとして、「自力更生、自給自足」を掲げた。
米朝関係について、米国のバイデン政権は、前提条件なしの対話を呼び掛けているものの、金正恩総書記は、同年9月に開催された最高人民会議第14期第5回会議において、「米国の軍事的威嚇と敵視政策には少しも変わったところがなく、むしろその表現の形態と手法は一層狡猾(こうかつ)になっている」と述べており、米朝間の立場の隔たりは依然として大きい。
また、南北関係について、金正恩総書記は、同会議において、「新たな段階へと発展」するか「悪化状態が続く」かは韓国の態度次第であるとし、韓国に「危害を加える考えはない」と言及した上で、断絶させていた南北通信連絡線を復旧する意思を表明した。韓国統一部は、同年10月、同連絡線の復旧を確認したことを明らかにした。
注:金正恩朝鮮労働党委員長(当時)兼国務委員会委員長

朝鮮労働党第8回大会における金正恩総書記(写真提供:朝鮮通信/共同通信イメージズ)
② 核・ミサイル開発をめぐる動向
北朝鮮は、令和3年(2021年)3月以降、新型潜水艦発射型弾道ミサイルや、「極超音速ミサイル」と称するミサイル等、新たに開発又は改良をしたとみられるミサイルを発射した。また、同年10月、「国防発展展覧会「自衛-2021」」を開催し、最近5年間で開発されたミサイル等を展示した。さらに、令和4年(2022年)には、新型のICBM(注)級弾道ミサイルを含む様々なミサイルの発射を繰り返し行ったほか、同年4月には朝鮮人民革命軍創建90周年を記念する閲兵式を実施し、金正恩総書記が、「核武力を最大の急速なスピードで一層強化し、発展をさせる」と強調しており、動向を引き続き注視していく必要がある。
注:Intercontinental Ballistic Missile(大陸間弾道ミサイル)の略

北朝鮮が「極超音速ミサイル『火星8』型」と称するミサイルの発射(写真提供:朝鮮中央通信=共同)
③ 対北朝鮮措置に関係する違法行為の取締り
我が国は、北朝鮮による拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するため、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置(武器等の輸出入の禁止、人的往来の禁止等)のほか、我が国としての措置(北朝鮮籍船舶の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等)を実施している。警察では、こうした対北朝鮮措置の実効性を確保するため、関係する違法行為に対し、徹底した取締りを行っており、令和3年12月までに41件の事件を検挙している。
④ 我が国における諸工作
北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられる。
朝鮮総聯(れん)(注)の許宗萬(ホジョンマン)議長は、令和3年3月に行われた総聯中央委員会第24期第4回会議において、同年を「歴史的な朝鮮労働党第8回大会決定貫徹の初年」であるとし、「在日朝鮮人運動を新たな発展段階へと押し上げる」ため、組織基盤を強化する必要性等を強調した。また、許宗萬議長は、同年6月に開催された総聯本部委員長会議において、令和4年に開催予定の第25回全体大会に向け、愛族愛国運動を推し進めなければならないと述べた。今後も朝鮮総聯は、各種宣伝活動や要請活動を行うなど、親朝世論の形成を目指した活動を展開するものとみられる。
警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、令和3年12月までに54件の北朝鮮関係の諜(ちょう)報事件を検挙している。
注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。