第6章 公安の維持と災害対策
第1節 国際テロ情勢と対策
1 国際テロ情勢
(1)イスラム過激派
① ISIL(注1)及びAQ(注2)の動向
平成26年(2014年)にカリフ制国家の樹立を宣言したISILは、一時はイラク及びシリアにおいて広大な地域を支配していたものの、諸外国の支援を受けたイラク軍、シリア軍等の攻撃により、その支配地域を失った。令和4年(2022年)2月3日には、米国の作戦により、指導者サルビ(注3)が殺害され、同年3月10日、ISILは新指導者を発表した。
ISILは、従前から、「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等に対してテロを実行し、その実行の際に爆発物や銃器が入手できない場合には刃物、車両等を用いるよう呼び掛けてきた。令和2年(2020年)以降、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大している状況においても、テロの実行の呼び掛けを継続した。こうした中、ISIL等の過激思想に影響を受けたとみられる者によるテロ事件が発生している。
イラク及びシリアにおける外国人戦闘員(注4)及びその家族に関しては、母国又は第三国に渡航してテロを起こす危険性や、収容施設又は難民キャンプで更なる過激化が進む可能性が指摘されている。
AQ及びその関連組織については、反米・反イスラエル的思想を繰り返し主張しており、オンライン機関誌等を通じて欧米諸国におけるテロの実行を呼び掛けている。また、アフリカにおいては、現地のAQ関連組織が、政府機関等を狙ったテロを行っている。令和4年(2022年)7月31日、米国の作戦により、指導者アイマン・アル・ザワヒリが殺害されたものの、AQ及びその関連組織は、依然としてテロを実行する能力を有しているとみられ、その脅威は継続している。
このほか、アフガニスタンでは、令和3年(2021年)8月末に駐留米軍が撤退を完了した後、タリバーンが全土を制圧した。タリバーンはAQとの密接な関係が指摘されているほか、アフガニスタンでは同月にカブール国際空港付近でISIL-K(注5)による大規模な自爆テロ事件が発生するなど不安定な治安情勢が続いており、同国を拠点としてイスラム過激派組織の活動が活発化することが懸念されている。
これらの事情に鑑みれば、国際テロ情勢は依然として厳しい状況にあるといえる。
注1:Islamic State in Iraq and the Levantの頭字語。いわゆる「イスラム国」
注2:Al-Qaeda(アル・カーイダ)の略
注3:ISILは、アブ・イブラヒム・アル・ハシミ・アル・クラシと公表。国連の報告書では、アミール・ムハンマド・サイード・アブダル・ラフマン・アル・サルビと呼称している。
注4:テロ行為を準備・計画・実行することやそのための訓練を受けることなどを目的として、居住国又は国籍国以外の国や地域に渡航する者
注5:Islamic State in Iraq and the Levant-Khorasan(イラクとレバント地方のイスラム国ホラサン)の略


アフガニスタン・カブール国際空港における自爆テロ事件(EPA=時事)
② 我が国を標的とする国際テロの脅威
平成25年(2013年)1月の在アルジェリア邦人に対するテロ事件、平成31年(2019年)4月のスリランカにおける連続爆破テロ事件等、邦人や我が国の権益がテロの標的となる事案等が現実に発生していることから、今後も邦人がテロや誘拐の被害に遭うことが懸念される。
ISILは、オンライン機関誌「ダービク」等において、我が国や邦人をテロの標的として繰り返し名指ししている。
AQについても、平成24年(2012年)5月に米国が公開したオサマ・ビンラディン殺害時の押収資料により、「韓国のような非イスラム国の米国権益に対する攻撃に力を注ぐべき」と同人が指摘していたことが明らかになった。また、米国で拘束中のAQ幹部は、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したと供述している。こうした資料や供述は、米軍基地等の米国権益が多数存在する我が国に対するイスラム過激派組織によるテロの脅威の一端を明らかにしたものといえる。
また、過去にはICPO国際手配被疑者の不法入国事件も発生しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激派組織のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。
これらの事情に鑑みれば、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。

スリランカにおける連続爆破テロ事件(AFP=時事)
(2)日本赤軍と「よど号」グループ
① 日本赤軍
日本赤軍は、平成13年4月、最高幹部・重信房子が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、いまだに、過去に引き起こした数々のテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、「解散」はテロ組織としての本質の隠蔽を狙った形だけのものに過ぎず、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。
警察では、国内外の関係機関と連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。

国際手配中の日本赤軍
② 「よど号」グループ
昭和45年(1970年)3月、共産主義者同盟赤軍派の故田宮高麿ら9人が、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、北朝鮮には、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人がとどまっているとみられており(注)、このうち3人については、日本人を拉致した容疑で逮捕状の発付を得ている。
警察では、「よど号」犯人らを国際手配し、外務省を通じて北朝鮮に対して身柄の引渡し要求を行うとともに、「よど号」グループの活動実態の全容解明に努めている。
注:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。

国際手配中の「よど号」グループ
(3)北朝鮮
① 北朝鮮による拉致容疑事案等
ア 拉致容疑事案等に関する現在の取組
警察では、令和3年末現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断するとともに、拉致に関与したとして、北朝鮮工作員等11人について逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。
また、拉致容疑事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関との連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査・調査を進めており、同事案の真相を解明するために警察庁に設置されている特別指導班が、都道府県警察の巡回・招致をして、捜査・調査を担当する職員への具体的な指導、同事案の実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。
さらに、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が出てきた場合に、本人確認に役立ち得るなどの観点から、御家族の意向等を勘案しつつ、積極的にDNA型鑑定資料の採取を実施してきているほか、広く国民から情報提供を求めるため、御家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察及び警察庁のウェブサイトに掲載している。
注:警察が把握している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない方は、令和4年5月末現在、871人である。



イ 拉致容疑事案等をめぐる動向
我が国では、拉致問題の解決は最重要課題であるとして、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現するため、政府一体となって取り組んでいる。また、拉致問題の解決には、その重要性について各国の支持と協力を得ることが不可欠であるため、各種国際会議をはじめ、あらゆる外交上の機会を捉え、拉致問題を提起している。
令和3年(2021年)4月、米国・ワシントンDCで行われた日米首脳会談においては、菅首相(当時)が拉致問題の即時解決に向けて引き続きの理解と協力を求めたのに対し、バイデン大統領から米国のコミットメントが改めて示された。また、同年10月に就任した岸田首相も、バイデン大統領をはじめとする各国首脳との電話会談等において、拉致問題の解決に関し、各国から支持を得ている。
ウ 今後の取組
北朝鮮による拉致容疑事案は、我が国の主権を侵害し、国民の生命・身体に危険を及ぼす治安上極めて重大な問題である。
警察では、被害者や御家族のお気持ちを十分に受け止め、全ての拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図りつつ、関連情報の収集、捜査・調査に全力を挙げることとしている。
② 北朝鮮による主なテロ事件
北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。例えば、昭和62年(1987年)に発生した大韓航空機爆破事件は、日本人を装った工作員により実行されたものであった。