第2節 警察捜査のための基盤整備
1 犯罪捜査に関する各種取組
(1)取調べの録音・録画に係る取組
逮捕又は勾留されている被疑者を裁判員裁判対象事件で取り調べる場合等においては、原則として、その全過程の録音・録画をすることが義務付けられており、警察では、これまでに蓄積された経験をいかし、制度の趣旨を踏まえた適正かつ効果的な取調べを推進している。また、逮捕又は勾留されている被疑者が知的障害、発達障害、精神障害等を有する場合の取調べ等においても、必要に応じて、録音・録画を実施している。


(2)通信傍受の有効かつ適正な実施
通信傍受は、他の捜査手法のみでは困難な組織的犯罪の全容解明や真に摘発すべき犯罪組織中枢の検挙に有用な捜査手法であることから、警察では、引き続き通信傍受法の定める厳格な要件・手続に従いつつ、通信傍受の有効かつ適正な実施に努めていくこととしている。
(3)初動捜査における客観証拠の収集
事件発生時には、迅速・的確な初動捜査を行い、犯人を現場やその周辺で逮捕し、又は現場の証拠物や目撃者の証言等を確保することが、犯人の特定や犯罪の立証、更には連続発生の防止のために極めて重要である。
都道府県警察では、機動的な初動捜査を行うため、機動捜査隊、機動鑑識隊(班)、現場科学検査班等を設置し、事件発生後、直ちに現場に臨場して迅速な客観証拠等の収集を徹底している。

(4)国民からの情報提供の促進
警察では、犯罪捜査に不可欠な国民の理解と協力を得るため、国民に対し、都道府県警察のウェブサイトを活用して情報提供を呼び掛けるほか、様々な媒体を活用して、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く呼び掛けている。また、必要に応じ、被疑者の発見・検挙や犯罪の再発防止のため、被疑者の氏名等を広く一般に公表して捜査を行う公開捜査を行っている。
さらに、警察庁では、平成19年度から、国民からの情報提供を促進し、重要犯罪等の検挙を図ることを目的として、公的懸賞金制度である捜査特別報奨金制度を導入し、警察庁ウェブサイト等で対象となる事件等について広報している(注)。
(5)緻密で適正な捜査の徹底
警察では、「警察捜査における取調べ適正化指針」(注)に基づき、取調べの一層の適正化を図るための各種施策を推進している。
また、平成2年5月に栃木県足利市内において発生した幼女誘拐殺人死体遺棄事件について、平成22年3月、再審公判において、無期懲役の刑に服していた男性に無罪判決が言い渡されたことなどを踏まえ、取調べ方法の指導・教育を充実させたほか、被疑者の供述と客観証拠、裏付け捜査等との関連の精査によって自白の信用性の十分な検討をするなど緻密で適正な捜査の一層の徹底を図っている。
さらに、警察捜査における捜査書類及び証拠品の適切な管理に努めている。
注:平成19年11月、警察捜査における取調べの一層の適正化を推進するため、国家公安委員会によって決定された「警察捜査における取調べの適正化について」に基づき、警察庁において、警察が当面取り組むべき施策を取りまとめたもの。
① 的確な捜査指揮・管理の徹底
警察では、取調べに過度に依存することのない適正な捜査を推進するため、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の樹立、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、証拠資料等に基づく取調べ方法についての必要な指示、指導等を徹底するなど、捜査幹部による的確な捜査指揮に努めている。
② 各種教育訓練の実施
警察では、適正捜査に関する教育訓練の充実を図る取組の一環として、警察大学校、管区警察学校等において取調べ専科等を実施し、捜査員の取調べ適正化についての見識の醸成、取調べ等に関する具体的手法の習得等を図っている。
また、捜査幹部による入念な指導教育により、適正な取調べに向けた個々の捜査員の意識改革を図るとともに、より実践的な教育訓練や熟練した捜査員等による技能指導を行うなど、若手捜査員等の取調べ技能の向上に努めている。

取調べを想定した教育訓練
③ 被疑者取調べ監督制度の実施
平成21年4月以降、取調べの一層の適正化に資するため、警察庁及び都道府県警察本部の総務又は警務部門に設置された被疑者取調べの監督業務を担当する所属の職員が、取調べの状況の確認、調査等必要な措置を行っている。
(6)捜査技能の伝承
近年、捜査の現場における世代交代が進んでいる中、特に地域の治安に責任を持つ警察署においては、捜査経験が豊富な捜査員が減少しており、犯罪の捜査に必要不可欠な捜査技能の伝承が課題となっている。
従来、捜査技能については、先輩や上司のやり方を見習わせ、実際に何度も経験させてみるなど、捜査経験が豊富な捜査員と共同して捜査に当たるオンザジョブトレーニングの方法により伝承されてきた。しかし、捜査員の世代交代が急速に進んだことから、この方法のみでは捜査技能の伝承が困難となっており、警察では、体系的に捜査技能が伝承されるよう、各種取組を進めている。
① 将来の警察組織を担うにふさわしい刑事捜査員等の育成
新たな捜査手法や最先端の科学技術を活用した捜査は、全ての捜査員が実際の事件で経験できるわけではない。他方で、こうした捜査手法等が必要となる事件は、時間や場所を問わず発生し得るものである。警察では、各捜査員の捜査技能の更なる向上を図るため、様々な教育訓練の場において、仮想の事件の模擬的な捜査を通じて、防犯カメラ画像、DNA型鑑定資料等の客観証拠の収集方法を含む様々な捜査手法全般を体験させるなどしている。
捜査幹部に対しては、警察大学校、管区警察局、管区警察学校等において教育訓練を行い、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の策定、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、証拠資料等に基づく適正な取調べの方法、裏付け捜査の徹底等の捜査運営等、捜査幹部としての職務に必要な知識及び技能の向上を図っている。

指導状況(捜査用似顔絵の作成)

指導状況(足痕跡の採取)
② 警察庁指定広域技能指導官制度
警察庁では、平成6年から警察庁指定広域技能指導官制度の運用を開始し、卓越した専門技能又は知識を有する警察職員を警察庁長官が指定し、その職員を警察全体の財産として、都道府県警察の枠を越えて広域的に指導官として活用している。
令和4年4月18日現在、全国警察において、213人の警察職員が情報分析、強行犯捜査、性犯罪捜査、窃盗犯捜査、薬物事犯捜査、鑑識等の各分野(注)で広域技能指導官に指定され、各都道府県警察職員に対して警察活動上必要な助言や実践的指導を行うとともに、警察大学校、管区警察学校等において講義を実施している。
注:このほか、職務質問、交通鑑識、警衛・警護等の様々な分野において広域技能指導官を活用している。
(7)犯罪インフラ対策の推進
① 犯罪インフラに関する取組
犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、本人確認書類を偽造して携帯電話やクレジットカード等の契約をするなどその行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、特殊詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等がある。
警察では、犯罪インフラに関連する情報を広範に収集・分析をし、関係事業者等との連携を強化することによって、犯罪インフラの解体等を図るとともに、関係事業者が提供するサービス等に関する捜査に必要な情報を適時かつ円滑に確保できるようにすることにより、迅速かつ的確な捜査に資する捜査環境(捜査インフラ)を構築するための取組を推進している。
警察庁においては、関係省庁及び事業者と連携し、技術の発展等に伴う新たな制度やサービス等が犯罪に悪用されることの防止・解消をするための取組を推進している。
② 特殊詐欺等に悪用される電話への対策
ア 携帯電話への対策
特殊詐欺等を実行する犯行グループには、自己への捜査を免れるために不正に取得した携帯電話を悪用する実態が認められ、特に近年では、MVNOに対して偽造した本人確認書類を提示したり、本人確認書類に記載された者になりすまして契約したりするなどの方法により、不正に取得された架空・他人名義の携帯電話が特殊詐欺等に悪用される事例が目立っている。
このような状況に鑑み、警察では、不正に取得された携帯電話について、携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否がなされるよう携帯電話事業者に情報提供を行うとともに、悪質なレンタル携帯電話事業者を検挙するなど、犯罪に悪用される携帯電話への対策を推進している。

イ 固定電話番号への対策
特殊詐欺の犯行では、電話転送の仕組み(注)を悪用して、犯行グループの携帯電話等から相手方に固定電話番号を表示させて架電したり、官公署を装った電話番号への架電を求める文面のはがき等を送り付けたりする手法が多用されている。
このような状況に鑑み、犯行に利用された固定電話番号について、警察の要請に基づき、固定電話番号を提供する電気通信事業者が利用停止をするほか、複数回利用停止要請の対象となった固定電話番号の契約者に対しては、電気通信事業者が連携して新たな電話番号の提供を一定期間行わないなどの対策を、令和元年9月から推進している。これにより、令和4年3月までに、警察の利用停止要請に基づき、9,433件の利用停止が実施されている。
注:電話転送サービス事業者が電気通信事業者から提供を受けた固定電話番号を顧客に貸し出し、その電話番号に係る通話を顧客やその通話相手の電話番号等に自動的に転送する仕組み

ウ 特定IP電話番号への対策
近年、特殊詐欺の犯行に、特定IP電話番号(050IP電話番号)が悪用される事例がみられていることに鑑み、令和3年11月から、警察の要請に基づき、犯行に利用された固定電話番号について電気通信事業者が利用停止等をする枠組みの対象に、特定IP電話番号が追加された。これにより、令和4年3月までに、警察の利用停止要請に基づき、18件の利用停止が実施されている。