第5章 公安の維持と災害対策

第2節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

北朝鮮、中国及びロシアは、様々な形で対日有害活動を行っており、警察では、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等を行っている。

(1)北朝鮮の動向

① 北朝鮮の内部での動向と対外情勢

金正恩委員長は、令和元年(2019年)末に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第5回全員会議において、制裁下においても「自力更生」によって経済建設を推進する「正面突破戦」へのまい進を呼び掛けた。しかし、令和2年(2020年)に入り、新型コロナウイルス感染症の防疫措置を講じた結果、外国との貿易が大幅に減少したことや、同年8月から9月にかけて、北朝鮮各地で大雨等による風水害が発生したことなどを受け、金正恩委員長は、同年10月10日に行われた「朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式」における演説で、「我が人民が生活上の困難から抜け出すことができずにいる」などと、経済事業で成果が現れていない現状に言及した。

米朝関係について、北朝鮮は、同年7月10日付けの金与正(キムヨジョン)朝鮮労働党中央委員会第一副部長(当時)の談話で、米国に対し、制裁解除のみならず「対朝鮮敵視政策」の撤回を求める一方、相応する北朝鮮側の行動については、「非核化措置」ではなく、米朝協議再開とすべきであると主張した。これに対し、米国は、北朝鮮の非核化を求める従前の姿勢を崩しておらず、米朝間の立場の隔たりは依然として大きい。

また、南北関係について、北朝鮮は、韓国の脱北者団体が同年5月末に行ったビラ散布を捉えて韓国に対する強硬姿勢を強め、同年6月16日には、南北協力の象徴的な施設である南北共同連絡事務所を爆破した。さらに、同年9月には、北朝鮮による韓国の漁業指導船の乗員への銃撃事案が発生し、これに対し、北朝鮮は、金正恩委員長が「非常に申し訳ない」と述べたとする内容を含む通知文を韓国に送付したとされるものの、韓国政府が要請する共同調査に応じる姿勢は見せていない。

このほか、軍事面では、北朝鮮は、令和元年(2019年)に引き続き、令和2年(2020年)3月中に短距離弾道ミサイルを4回にわたって発射した。また、北朝鮮は、「核戦争抑止力」を更に強化する方針を打ち出し、「朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式」では、新型の大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイルとみられるものを初めて公開しており、動向を引き続き注視していく必要がある。

 
「朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式」 で演説する金正恩委員長 (KCNA/UPI/ニューズコム/共同通信イメージズ)
「朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式」
で演説する金正恩委員長
(KCNA/UPI/ニューズコム/共同通信イメージズ)
② 対北朝鮮措置に関係する違法行為の取締り

我が国は、北朝鮮による拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するため、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮措置(武器等の輸出入の禁止、人的往来の禁止等)のほか、我が国としての措置(北朝鮮籍船舶の入港禁止措置、北朝鮮との間の全ての品目の輸出入禁止等)を実施している。警察では、対北朝鮮措置の実効性を確保するため、対北朝鮮措置に関係する違法行為に対し、徹底した取締りを行っており、令和2年12月までに41件の事件を検挙している。

③ 我が国における諸工作

北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられる。

朝鮮総聯(れん)(注)は、令和2年9月、総聯中央委員会第24期第3回拡大会議を開催し、朴久好(パククホ)副議長を第一副議長に選出するなどの中央常任委員会人事を決定した。また、許宗萬(ホジョンマン)議長は、同会議の報告で、朝鮮総聯は、「内外反動勢力」による「継続的な共和国敵対視政策」と「反総聯策動」に加え、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、結成以来の試練に直面しているとし、現状を打開するため、組織基盤の強化を指示した。今後も朝鮮総聯は、各種宣伝活動や要請活動を行うなど、親朝世論の形成を目指した活動を展開するものとみられる。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、令和2年12月までに54件の北朝鮮関係の諜(ちょう)報事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2) 中国の動向

① 中国国内の情勢等

令和元年(2019年)12月に中国の武漢市で確認された原因不明の肺炎は、令和2年(2020年)1月、新型コロナウイルス感染症によるものと判明した。「春節」に伴う大規模な人の移動もあり、感染は中国各地に拡大した。習近平(しゅうきんぺい)国家主席は、感染拡大防止に関する指示を出すとともに、武漢市当局は移動制限等の措置をとったが、感染は世界各地に広まった。また、同年3月に予定されていた第13期全国人民代表大会第3回会議は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、同年5月に延期して開催された。このような中で、中国政府は同年6月、新型コロナウイルス感染症に関する白書を公表し、中国が世界の公衆衛生のために重要な貢献をしたと強調した。

このほか、令和2年(2020年)6月30日、全国人民代表大会常務委員会で、香港の統制を強める、いわゆる香港国家安全法(注)が全会一致で可決され、香港政府により即日施行された。中国は、令和元年(2019年)6月以降、香港で広がった逃亡犯罪人条例等改正案をめぐる抗議活動を受けて、同法の整備を進めていたとみられる。

外交面では、令和2年(2020年)1月、中国政府は、貿易交渉をめぐる米国との対立を収束させるため、米国政府と貿易協議の「第一段階」の合意文書に署名した。しかし、米国は、新型コロナウイルス感染症を中国が拡散したと非難したほか、中国の通信機器メーカー等の製品を扱う企業と米国政府機関との取引を規制した。また、米国は、中国の少数民族に対する人権侵害や香港の自治の侵害に関与した中国当局者等への制裁を可能とする立法措置を講じるなどした。こうした米国の対応について、中国は強く反発しており、米中の対立は依然として継続している。

注:中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法

 
全国人民代表大会に出席する習近平国家主席(AFP=時事)
全国人民代表大会に出席する習近平国家主席(AFP=時事)
② 我が国との関係をめぐる動向

令和2年3月、日中両政府は、同年4月上旬に予定していた習近平国家主席の国賓来日について、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を最優先する必要があるなどの観点から、延期を決定した。同年9月に就任した菅首相は、同月、習主席と初めての電話による首脳会談を行い、今後も二国間、地域及び国際社会の諸課題について、首脳間を含むハイレベルで緊密に連携していくことで一致した。

一方、平成24年(2012年)9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、尖閣諸島周辺海域で中国公船の出現が常態化するとともに、中国公船が我が国の領海に侵入する事案が度々発生している。また、令和2年5月以降、中国公船が尖閣諸島周辺海域で日本漁船に接近するなどの事案が連続して発生している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成するなどして、不測の事態に備えている。

 
日中電話首脳会談後、記者会見する菅首相(時事)
日中電話首脳会談後、記者会見する菅首相(時事)
③ 我が国における諸工作等

中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っており、我が国においても、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることがないよう、平素からその動向を注視し、情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている(注)

注:中国共産党員の男によるレンタルサーバ不正契約事件の検挙については20頁参照(特集2)

(3)ロシアの動向

令和2年中、日露間の対話は継続しており、同年中、安倍首相(当時)とプーチン大統領は、2回の電話による首脳会談を行った。また、菅首相とプーチン大統領は、同年9月に電話による首脳会談を行い、平和条約締結問題を含む対話を継続することを確認した。

他方、ロシアは、同年4月、同国にとっての「第2次世界大戦終結日」を、9月2日から、ソ連時代に対日戦勝記念日とされていた同月3日に変更するなど、我が国に対し、硬軟織り交ぜた姿勢を見せている。

近年も、世界各地でロシア情報機関の関与が疑われるスパイ事件が摘発されている中、我が国においても、ロシア情報機関員が、大使館員等の身分で入国し、情報収集活動を活発に行っている。警察では、ソ連崩壊以降、令和2年12月までに10件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、情報収集・分析に努めるとともに、厳正な取締りを行うこととしている。

CASE

大手通信関連会社の元従業員の男(48)は、同社に在職中の平成31年2月及び3月、ロシアの情報機関員とみられる在日ロシア通商代表部代表代理(当時)(52)から唆され、同社の営業秘密である機密情報計3点を不正に領得した。令和2年5月までに両人を不正競争防止法違反(営業秘密の領得)等で検挙した(警視庁)。



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