第1章 警察の組織と公安委員会制度

公安委員の声

公安委員となって見えてきたこと


奈良県公安委員会委員

島本 太香子


委員就任  平成30年10月23日


1 はじめに気付いた共通点

平成30年秋に公安委員にとのお話をいただきました時、私がそれまで歩いてきたのとは全く違う世界と出会うことに、期待とともに非常に強い緊張を覚えました。私は産婦人科医師です。病院での診療や府県の保健医療行政の仕事を通じて、警察関係者の方々と接する経験はありましたが、警察組織は私にとって、一般人が警察に抱くであろうイメージと同じ「堅くて近寄り難い」未知の世界でした。

ところが、初めて公安委員会に出席して、これまで私が生きてきた世界と警察の共通点に気が付きました。それはどちらも「人のいのちを守ること」を目的としているということでした。実際に一緒に仕事をして警察関係者の揺るぎない人間への親愛と信念に触れて、「堅くて近寄り難い」イメージは、実は人のいのちを守るための「厳しさ」と「強さ」を示しているのだと私は理解しました。そしてその堅実さに、私たち県民の日常が犯罪や事故から守られていることを再認識しました。

さらに気付いた共通点は、科学的、予防的な視点です。医療には科学的根拠が求められ、また疾病の発生要因の研究が進み、発病後の対症療法に対して、疾病を予防する「予防医学」の考え方が重要となっています。それに対して、警察について私は、理屈抜きの何よりも精神論を重んじる傾向があるものと勝手なイメージを持っていたのです。しかし、犯罪や事故について、実情の把握のためのデータ収集は綿密にかつ体系的に行われ、人間工学に基づいた科学的な分析と考察から事故防止や犯罪抑止の方策が決定されていることを知り、私は警察の取組姿勢にとても共感を覚え、これまでの自分の思考パターンをいかしてお役に立てるのではないか、と考え公安委員会の仕事に臨み始めました。

2 奈良という地の独自性を再認識

大学や仕事のため他府県で過ごすこともありましたが、奈良は私の生まれた場所であり、生活の基盤の土地です。ですから奈良についてはよく知っているつもりであったのに、公安委員となってから、新しく認識することが多くあることに驚いています。

その一つは、奈良の多様性です。奈良は1,300年の歴史があり文化財等の保護されるべき過去の時間と、現在ここに生きている県民の日常、さらには国内及び外国からの観光客の非日常が混在しています(世界遺産の寺社、県警本部や県庁のある奈良公園周辺は野生動物である鹿の生活圏でもあります。)。このように様々な次元での「多様性」が共存する場所で、安全と安心を確保するには、非常に細やかで、かつ多角的な目線が必要とされるということを、改めて認識しています。

もう一つは、奈良の地勢への再認識です。先日、県警ヘリコプター「あすか」から県内全域を視察する機会がありました。平成23年に発生した紀伊半島大水害の現場をこの目で確認して、私は規模の大きさに衝撃を受けただけでなく、これまで県の半分以上を占める南部の山間部を訪れる機会がなかった自分の奈良県全体の地勢に対する認識不足を痛感しました。私たちは自分の目で見えるものしか実感を持って認識できないものだ、と思い知りました。また、車ならば数時間を要する地域に十数分で移動できるヘリコプターの有用性・機動性を知りました。災害時等において現地の状況を迅速に把握し、カメラで対策本部と共有し方策を立てるために欠かせない存在で、人が容易に近づけない場所に素早く到達できることから、山岳事故等の山間部での緊急対応で重要な役割を実質的に担うと知りました。私は奈良県全体の課題を議論する際には、この経験を常に胸に持っていようと思います。

3 奈良県の安全と安心の確保のために

奈良県警察運営指針は「日本一安全で安心して暮らせる奈良の実現」であり、目指すのは「県民の期待と信頼に応える強くしなやかな警察」です。「しなやかさ」とは、先に述べた多様性や社会の動きに敏感に対応し自ら改革していく柔軟性で、それに対して「強さ」は変わらずに貫くべき警察の本来の力を発揮するということでしょう。変わっていくべき面と変えてはいけない面という二つの相対する姿勢を的確に両立させる警察のプロ意識を頼もしく思っています。令和へと元号が変わることに伴う警衛等、奈良ならではの行事が、緻密さと一体感のある警察活動に支えられていることにも感銘を受けました。今後はこれらの県民を守る警察活動を、世代に応じた方法で見えるようにすることで、安心をより実感できる奈良が実現するのではと感じています。私の認識の変化のように、「堅くて近寄り難い」イメージを払拭し、「強くて科学的で頼れる」警察の実像が地域でさらに理解されるようになることを望みます。

また、県と警察が一体となって平成29年4月に策定した「安全・安心の確保のための奈良県基本計画」の実現のためにも積極的に、特に子供や女性に関わる関係機関との相互理解と連携を図っていただくことを望みます。

奈良県では女性として初めて公安委員となりました。私に与えられた役割とは何なのか、これからも一生懸命考えていこうと思います。警察の「強さ」に守られる側の視点、そして私がこれまでの仕事や生活で出会った女性や子供、その他あらゆる方々の思いを、私を通してお伝えしていくことで、「しなやかな」警察活動の一助となれればと考えています。

女性の活躍推進の面からは、警察の女性職員の方との意見交換会を通じて、健康で働きやすい職場づくりへの共通認識を進めたいと考えています。女性にとって働きやすい職場は男性にとっても働きやすい職場でありましょうし、誰もがその特性をいかして心身ともに健やかに活躍できる警察組織とはどのようなものか、これから一緒に考えていきたいと思っています。

 
奈良県公安委員会委員 島本 太香子


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