第2節 テロ対策
国際テロ情勢としては、ISIL(注1)が「対ISIL有志連合」に参加する欧米諸国等に対してテロを実行するよう呼び掛けているほか、AQ(注2)及びその関連組織も米国等に対するテロの実行を呼び掛けている。また、世界各地でテロ事件が相次いで発生するとともに、海外で邦人や我が国の関連施設等の権益がテロの被害に遭う事案も発生しており、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。北朝鮮による拉致容疑事案についても、発生から長い年月が経過しているが、いまだに全ての被害者の帰国は実現しておらず、一刻の猶予も許されない状況にある。
国内では、極左暴力集団は、依然としてテロの実行部隊である非公然組織を維持しながら、組織の維持・拡大に取り組んでいる。また、右翼は、領土問題、歴史認識問題等に関し、関係国や日本政府等を批判し、その過程で、拳銃を使用した事件を引き起こす者もいる。さらに、オウム真理教は、依然として「地下鉄サリン事件」等の首謀者であった麻原彰晃こと松本智津夫及び同人の説く教義を基盤としており、その本質に変化はないと認められる。
こうした情勢に加え、サイバー空間においては、世界的規模で政府機関や企業等を標的とするサイバー攻撃が発生しており、我が国において、社会の機能を麻痺させる電子的攻撃であるサイバーテロ(注3)が発生することも懸念される。
このような厳しい情勢を踏まえ、警察は、テロ等違法行為を未然に防止し、公安の維持を図るため、各種テロ対策を推進している。本節では、過去に発生した我が国に関連するテロ事件等を概観し、近年のテロ情勢について述べた上で、警察におけるテロ対策について紹介することとする。
注1:Islamic State of Iraq and the Levantの頭字語。いわゆるイスラム国
注2:Al-Qaeda(アル・カーイダ)の略
注3:35頁参照
1 テロの発生状況と諸課題
(1)我が国に関連した主なテロ事件等と警察の取組
① 日本赤軍
ア 日本赤軍の沿革
日本赤軍は、その前身の極左暴力集団である共産主義者同盟赤軍派(赤軍派)の「国際根拠地建設」構想(注)に基づき、昭和46年(1971年)、レバノンに向け出国した重信房子らによって組織された。
重信房子は、当時、盛んにテロ事件を起こしていたパレスチナ解放人民戦線(PFLP)と接触し、その支援を受けて、赤軍派の国際根拠地として、赤軍派アラブ支部を設立した。
その後、赤軍派アラブ支部は、日本国内の赤軍派と決別し、独立の組織として、昭和47年(1972年)5月30日には、岡本公三ら3人が、イスラエルのテルアビブ・ロッド空港を襲撃し、一般旅行者ら約100人を無差別に殺傷する事件を引き起こしたことで、世界から「Japanese Red Army(日本赤軍)」として知られるようになった。その後、同組織は、日本国内に対してアラブ赤軍を、国外に対して日本赤軍をそれぞれ名のり、ハーグ事件(昭和49年9月)、クアラルンプール事件(昭和50年8月)といった在外公館占拠や、ドバイ事件(昭和48年7月)、ダッカ事件(昭和52年9月)といったハイジャックによるテロ事件を引き起こしており、クアラルンプール事件及びダッカ事件においては、人質と交換に、我が国で服役、勾留中の日本赤軍や赤軍派の関係者をはじめとする合計11人を釈放させるなど、武装闘争を繰り広げた。なお、この間、昭和49年には、名称が日本赤軍へと統一された。
注:革命を達成するために、社会主義国に根拠地を作り、そこに赤軍派の活動家を送り込んで軍事訓練を受けさせ、再び日本に上陸して、武装蜂起を決行するという構想
テルアビブ・ロッド空港事件(時事通信フォト)
ダッカ事件以降、日本赤軍は表面的には武装闘争を差し控えていたが、昭和60年代に入って再び活動を活発化させ、「反帝国主義国際旅団」等の名の下に、ジャカルタ事件(昭和61年5月)、ローマ事件(昭和62年6月)、ナポリ事件(昭和63年4月)等のテロ事件を相次いで引き起こした。その後、昭和62年11月、国内に潜伏していたメンバー1人の逮捕を皮切りに、世界各国で複数のメンバーが発見・逮捕され、さらに、平成12年(2000年)11月には、国内に潜伏していた日本赤軍最高幹部である重信房子が逮捕された(注)。
注:平成22年8月、懲役20年の刑が確定した。
国際手配中の日本赤軍
イ 近年の動向と警察の取組
平成13年4月、重信房子が日本赤軍の「解散」を宣言し、後に組織も「解散」を表明した。しかし、いまだに過去に引き起こした数々のテロ事件を称賛していること、現在も7人の構成員が逃亡中であることなどから、テロ組織としての危険性がなくなったとみることはできない。
警察では、国内外の関係機関との連携を強化し、逃亡中の構成員の検挙及び組織の活動実態の解明に向けた取組を推進している。
② 「よど号」グループ
ア 「よど号」ハイジャック事件
昭和45年3月、赤軍派の故田宮高麿ら9人が、「国際根拠地建設」構想に基づき、東京発福岡行き日本航空351便、通称「よど号」をハイジャックし、北朝鮮に入境した。現在、ハイジャックに関与した被疑者5人及びその妻3人が北朝鮮にとどまっているとみられる(注)。
注:ハイジャックに関与した被疑者1人及びその妻1人は死亡したとされているが、真偽は確認できていない。
「よど号」ハイジャック事件(時事)
国際手配中の「よど号」グループ
イ 日本人拉致容疑事案への関与
平成14年、「よど号」事件の犯人の元妻の供述により、「よど号」グループが、朝鮮労働党の指導の下、金日成(キムイルソン)主義に基づく革命を日本で実現するため、日本人の拉致に深く関与していたことが明らかになった。
警察は、「よど号」事件の犯人である魚本(旧姓:安部)公博については、有本恵子さんに対する結婚目的誘拐容疑で、「よど号」事件の犯人の妻である森順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子については、石岡亨さん及び松木薰さん両名に対する結婚目的誘拐容疑で、それぞれ逮捕状を取得し、国際手配を行っている。
「よど号」グループは、マスコミ報道や声明文等を通じて拉致容疑事案への関与を否定し続けており、日本政府に対しては、拉致容疑事案の被疑者としての引渡し要求を撤回するとともに、帰国をめぐる話し合いに応じるよう要求している。
③ 北朝鮮による拉致容疑事案等
ア 拉致容疑事案等に関する取組
警察では、平成30年末現在、日本人が被害者である拉致容疑事案12件(被害者17人)及び朝鮮籍の姉弟が日本国内から拉致された事案1件(被害者2人)の合計13件(被害者19人)を北朝鮮による拉致容疑事案と判断するとともに、拉致に関与したとして、北朝鮮工作員等11人について逮捕状の発付を得て国際手配を行っている。
また、拉致容疑事案以外にも、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案(注)について、関係機関との連携を図りつつ、全国警察において徹底した捜査・調査を進めており、同事案の真相を解明するために警察庁に設置されている特別指導班が、都道府県警察を巡回・招致して、捜査・調査を担当する職員への具体的な指導、同事案の実地調査、都道府県警察間の協力体制の構築等を行っている。
さらに、将来、北朝鮮から拉致被害者に関連する資料が出てきた場合に、本人確認に役立ち得るなどの観点から、御家族の意向等を勘案しつつ、積極的にDNA型鑑定資料の採取を実施してきているほか、広く国民から情報提供を求めるため、御家族の同意を得られたものについては、事案の概要等を各都道府県警察及び警察庁のウェブサイトに掲載している。
注:警察が把握している北朝鮮による拉致の可能性を排除できない方は、令和元年(2019年)5月末現在、882人である。
イ 拉致容疑事案等をめぐる動向
日本政府は、拉致問題の解決は最重要課題であり、その重要性について各国の支持と協力を得ることが不可欠であるとして、各種国際会議をはじめ、あらゆる外交上の機会を捉え、拉致問題を提起している。平成30年2月には、安倍首相が、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック競技大会の開会式のレセプション会場において、金永南(キムヨンナム)北朝鮮最高人民会議常任委員長(当時)に対し、拉致問題を取り上げ、全ての拉致被害者の帰国を含めた拉致問題の解決を強く求めるなど、日本政府は、北朝鮮に対して我が国の基本的な考えを繰り返し伝えている。
ウ 今後の取組
北朝鮮による拉致容疑事案は、我が国の主権を侵害し、国民の生命・身体に危険を及ぼす治安上極めて重大な問題である。
日本政府は、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現するため、政府一体となって取り組んでいるところであり、警察では、被害者や御家族のお気持ちを十分に受け止め、全ての拉致容疑事案等の全容解明に向けて、関係機関と緊密に連携を図りつつ、関連情報の収集、捜査・調査に全力を挙げることとしている。
④ 北朝鮮による主なテロ事件
北朝鮮は、朝鮮戦争以降、南北軍事境界線を挟んで韓国と軍事的に対峙(じ)しており、これまで、韓国に対するテロ活動の一環として、工作員等によるテロ事件を世界各地で引き起こしている。例えば、昭和62年(1987年)に大韓航空機爆破事件が発生したが、同事件は、日本人を装った工作員により敢行されたものであった。
⑤ 国内諸勢力によるテロ事件
ア 極左暴力集団による爆弾を使用した無差別連続テロ事件
極左暴力集団(注1)は、70年安保闘争を主要な課題に据え、昭和42年頃から、角材等で武装した大量の活動家を街頭に動員する街頭武装闘争を展開していたが、昭和44年に初めて手製爆弾を使用して以降、多くのテロ事件で爆弾・爆発物を使用した。
極左暴力集団が使用した爆弾は、初期においては小型で威力も小さいものであったが、その後、急速に性能が高まるとともに威力を増し、明治公園爆弾投てき事件(昭和46年6月)では、警察部隊に投げ込まれた爆弾により、37人の警察官が重軽傷を負った。また、市民を巻き込む卑劣な事件も発生し、警視庁警務部長宅爆破殺人事件(同年12月)では、警察幹部宅に郵送された爆弾により、同幹部の家族が犠牲となったほか、警視庁追分(おいわけ)派出所クリスマスツリー爆弾事件(同月)では、繁華街の交番に仕掛けられた爆弾により、付近を通行していた市民が巻き添えとなった。
その後、昭和49年には、不特定多数の市民を巻き込む無差別爆弾テロが連続して発生した。既存の極左暴力集団には属さない東アジア反日武装戦線「狼」は、独自の闘争理論を展開し、海外進出企業への爆弾攻撃を画策して、その闘争理論や爆弾の製造方法を記した教本の地下出版等により同調者を集め、同年8月には、三菱重工ビル爆破事件(注2)を実行し、8人を死亡、380人を負傷させた。その後も、同調者と共に、企業を標的とする爆弾事件を次々と引き起こし、これら一連の企業爆破事件は11件に上った。なお、昭和50年5月には、当該事件の被疑者8人が逮捕された(注3)。
爆弾事件は模倣性が強く、初歩的な理化学知識があれば爆発物の製造は可能であることから、その後も、2人が死亡、95人が負傷した北海道庁爆破事件(注4)(昭和51年)や6人が負傷した神社本庁爆破事件(注5)(昭和52年)等の過激な理論や思想を背景とする卑劣な爆弾事件が発生し、多くの市民が巻き添えになった。
注1:近年の極左暴力集団の動向については、211頁参照
注2:昭和49年8月30日、都内にある三菱重工本社ビルの正面玄関前に仕掛けられた時限式爆弾2個が爆発し、玄関及びその周辺が原形を留めないほど破壊され、通行人等388人が死傷した。
注3:警察は、令和元年5月末現在、実行犯の1人で、警察庁指定重要指名手配被疑者である桐島聡の発見検挙に向けて取り組んでいる。
注4:昭和51年3月2日、北海道庁本庁舎1階に仕掛けられた時限式爆弾1個が爆発し、壁が損壊するとともに、付近の天井構造物が損壊落下し、同庁職員等97人が死傷した。
注5:昭和52年10月27日、都内にある神社本庁本館ロビーに仕掛けられた時限式爆弾1個が爆発し、付近の扉やガラスが破壊され、同庁職員等6人が軽傷を負った。
三菱重工ビル爆破事件(共同通信社)
北海道庁爆破事件
イ 右翼による拳銃を使用したテロ事件
右翼(注)は、「国家、民族の危機を救うためには実力行動もやむを得ない」とする「民族正当防衛論」や「クーデター合理論」を公然と主張し、政治家の言動やマスコミ関係者の報道姿勢等を捉え、拳銃を使用したテロ事件を引き起こしてきた。
例えば、平成2年1月、「天皇に戦争責任があると思う」と発言した本島長崎市長(当時)に対し、長崎市役所正面玄関前において背後から拳銃を発射して重傷を負わせた事件は、右翼による戦後初の要人狙撃テロ事件であった。平成4年3月には、右翼活動家が、北朝鮮との国交正常化交渉に抗議するなどとして、栃木県内の市民会館で演説を行っていた金丸自民党副総裁(当時)に対し、至近距離から拳銃を発射する殺人未遂事件を引き起こしたほか、平成6年4月には、朝日新聞社を中心とするマスコミの偏向報道の是正を求めるなどとして、同社東京本社内で拳銃を発射した上、同社役員らを人質にして立てこもる事件を引き起こした。なお、この事件の犯人は、日本刀やダイナマイトも所持していた。
また、平成14年9月の日朝首脳会談以降、日本人を被害者とする拉致容疑事案に対する政府の対応等に不満を募らせた「刀剣友の会(日本人の会)」の会長らが、「建国義勇軍国賊征伐隊」等を名のり、同年10月から15年11月にかけて、北朝鮮関連施設、政界要人等を攻撃対象として、拳銃を発射したり、実包を同封した脅迫文を送付したりするなど、計24件の事件を引き起こしたが、被疑者の多くは、右翼活動家としての経歴もなく、刀剣愛好という趣味を通じて知り合った者であった。
さらに、平成16年11月には、右翼活動家が、大手建設会社各社による訪朝計画に抗議するなどとして、大成建設本社受付で拳銃を発射した後、同社の応接室に立てこもる事件を引き起こした。
注:近年の右翼の動向については、212、213頁参照
長崎市長殺人未遂事件
建国義勇軍事件で押収された拳銃
ウ オウム真理教による有毒ガスを使用した無差別大量殺人事件
オウム真理教(以下この節において「教団」という。)は、宗教団体として発足し、その後テロ集団化して、松本サリン事件(平成6年)、地下鉄サリン事件(平成7年)等の数々の凶悪事件を引き起こした。(注1)
教団は、松本サリン事件や地下鉄サリン事件以前から、脱会を表明した信者や教団施設から信者を連れ出そうとした元信者をリンチにより殺害したり、信者に薬物を投与し、「イニシエーション」と称する宗教的儀式を実施したりするなどして、信者の脱会防止、結束の強化等を図っていた。
また、活動資金を獲得するため、多額の財産を有している在家信者等を強引に出家させ、その財産を教団に寄附させる目的で、逮捕監禁事件、営利目的略取事件等を引き起こした。
教団は、こうした違法な内部統制活動や組織・経済基盤の確立活動を行うほか、教団の活動に対する障害を取り除こうとして、教団によるお布施の強制や脱会信者の拉致等を厳しく追及していた弁護士及びその家族を殺害するなどした。また、人類救済のためには、教団に敵対する者を含め、一般人に対する無差別大量殺人の実現と国家権力の打倒が必要であるとして、密かに教団の武装化を計画し、有毒ガスの大量生産等を行った。
このような中、平成6年6月には、教団名を隠して取得した土地をめぐり、当該土地の取得が詐欺に当たるなどとして、地主が長野地方裁判所松本支部に提起した訴訟に関し、教団が敗訴する可能性が高くなったことや、教団の進出に対する地域住民の反対運動が展開されたことなどを受け、同支部の裁判官及び地域住民を殺害しようと企て、かねてから研究開発及び量産を進めていたサリン(注2)を長野県松本市の住宅地において噴霧する事件を引き起こし、8人を死亡、143人を負傷させた。この「松本サリン事件」は、化学兵器として用いられるサリンが世界で初めて犯罪に使用された例である。
その後、教団は、平成7年2月、公証役場事務長逮捕監禁致死事件(注3)を引き起こしたが、この事件は犯行直後に警察に発覚し、教団が関与した疑いがあるとの報道もされたため、教祖の麻原彰晃こと松本智津夫は、大規模な強制捜査に対する危機感を抱いた。このため、松本は、警察組織に打撃を与えるとともに、東京の中心部を大混乱に陥れるような事件を引き起こすことで、教団に対する強制捜査を妨害しようと考え、警視庁等の行政機関の庁舎が付近に集中する霞ケ関駅を通過する地下鉄車両内でサリンを散布することを計画した。
教団の実行者5人は、平成7年3月20日午前8時頃、乗客の多い通勤時間帯を狙い、東京都内の複数の地下鉄車両内において、先のとがった傘でサリン入りのナイロン袋を突き刺し、サリンを地下鉄車両内及び駅構内に発散させた。
この「地下鉄サリン事件」では、13人が死亡、5,800人以上が負傷するなど、甚大な被害が発生し、国際的にも犯罪史上例をみない残虐極まりない無差別テロとして、国内外に衝撃を与えた。
注1:近年のオウム真理教の動向については、210頁参照
注2:サリン(メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル)は、第二次世界大戦前のドイツで、有機リン系殺虫剤を製造する過程で発見された。無色の液体で揮発性が高く、気体の比重は空気より重い。人体へは主に呼吸器、皮膚等により吸収され、おう吐、縮瞳、けいれん、頭痛、めまい、呼吸困難等を引き起こす。持続性と即効性が強いほか、毒性が著しく強く、人に対する殺傷能力が極めて高い。
注3:平成7年2月28日、帰宅途中の目黒公証役場事務長をあらかじめ準備していた車両に押し込んだ上、教団施設へと連れ込み、同人に全身麻酔薬を投与し続け、同年3月1日、心不全により死亡させた。
地下鉄サリン事件直後の東京地下鉄日比谷線築地駅前の状況(共同通信社)
⑥ 日本国内において発生した国際テロ事件
昭和60年6月23日、新東京国際空港(注)の手荷物仕分場において、預けられていた手荷物が爆発し、作業員の邦人2人が死亡し、4人が負傷する事件(カナダ太平洋航空機積載貨物爆破事件)が発生した。昭和63年(1988年)、被疑者として、シーク教徒過激派の男1人が英国において逮捕され、平成3年(1991年)、カナダにおいて有罪判決を受けた。
注:現在の成田国際空港
カナダ太平洋航空機積載貨物爆破事件(時事)
⑦ 日本に関連する国際テロリストの関与が疑われる事件等
ア 千代田区内同時爆弾事件
昭和63年3月21日、東京都千代田区内のビル前において時限式の爆発物が爆発し、同ビル1階に所在するサウジアラビア航空事務所の看板、窓ガラス等が破損した。また、この爆発と同時刻頃、同区内に所在するイスラエル大使館付近の駐車場においても、時限式の爆発物が爆発した。これらの事件の発生前後には、シンガポール、ドイツ等において、サウジアラビア権益等を狙ったとみられる爆破事件が多数発生していた。
イ 「悪魔の詩」邦訳者殺害事件
平成3年7月12日、茨城県つくば市内の筑波大学構内において、小説「悪魔の詩」(サルマン・ラシュディ著)の邦訳者であり、同大学の助教授であった男性が、刃物で切り付けられるなどして殺害された。「悪魔の詩」をめぐっては、イスラム教を冒とくする内容であるとの批判があり、イタリア語版の翻訳者が襲撃されるなどしていた。
ウ ボジンカ計画
平成7年(1995年)2月、平成5年(1993年)2月に発生したニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件の主犯格とみられるAQ幹部がパキスタンで逮捕され、同人らが、東京を経由する便を含む米国旅客機12機を同時に爆破する計画である「ボジンカ計画」を企てていたことが明らかになった。計画者の一人であるハリド・シェイク・モハメドは、平成13年(2001年)9月に発生した米国における同時多発テロ事件(注)で中心的な役割を果たしたとされる。
また、平成6年12月、マニラ発セブ経由成田行きのフィリピン航空機内において、座席下に設置された爆発物が爆発し、乗客の邦人1人が死亡した爆破テロ事件も、同計画のテストとして同人らによって敢行されていたことが判明した。
注:30頁参照
エ ICPO国際手配被疑者の不法入国事案
平成15年(2003年)12月、殺人、爆弾テロ未遂等の罪でICPO(注1)を通じ国際手配されていたフランス人(注2)がドイツで逮捕され、同人が他人名義の旅券を使用して我が国への不法な入出国を繰り返していたことが判明した。
注1:International Criminal Police Organization(国際刑事警察機構)の略
注2:同人は、国際連合安全保障理事会アル・カーイダ制裁委員会から、制裁対象として指定されている。
⑧ 過去に邦人が海外で被害に遭った主なテロ事件(注)
平成8年(1996年)12月17日、ペルーの左翼テロ組織「トゥパク・アマル革命運動(MRTA)」が、天皇誕生日祝賀レセプションを開催中の在ペルー日本国大使公邸に爆発物等を使用して侵入し、当初約700人に上る人質を取り、4か月余りにわたって立てこもる事件(在ペルー日本国大使公邸占拠事件)が発生した。この事件は、平成9年(1997年)4月22日、ペルー軍の特殊部隊が大使公邸に突入して終結したが、人質1人、特殊部隊隊員2人及び犯人グループ14人が死亡した。
なお、平成20年までに発生した邦人が海外で被害に遭った主なテロ事件については、図表特2-4のとおりである。
注:平成21年以降に邦人が海外で被害に遭った主なテロ事件については、32、33頁参照
(2)イスラム過激派の台頭と近年のテロ情勢
① AQ
ア AQの台頭
平成13年(2001年)9月11日に発生した米国における同時多発テロ事件は、テロリストが、民間旅客機4機を同時にハイジャックし、乗員、乗客と共にニューヨークの世界貿易センタービル等に激突させるという前例のない手口により、邦人24人を含む約3,000人の犠牲者を出した。
この事件で世界に衝撃を与えたAQは、ソ連のアフガニスタン侵攻に対して戦ったアラブ人を集めて、1980年代後半、オサマ・ビンラディンによって結成されたイスラム過激派組織である。AQの目標は、彼らが非イスラム的とみなす政権を転覆させ、イスラム諸国から西洋人や非イスラム教徒を追放することを通じて世界中に汎(はん)イスラム主義のカリフ統治国を樹立することにあるとされる。
米国における同時多発テロ事件(dpa/時事通信フォト)
イ オサマ・ビンラディンの死亡とAQの現状
平成23年(2011年)5月、米国の作戦によりオサマ・ビンラディンは死亡したが、その後も現指導者のアイマン・アル・ザワヒリが反米・反イスラエル的思想を繰り返し主張しているほか、オサマ・ビンラディンの息子とされるハムザ・ビンラディンも、インターネットを通じて、世界中のイスラム教徒に向けてテロの実行を呼び掛けている。また、中東、アフリカ、南西アジア等において活動するAQ関連組織が、政府機関等を狙ったテロを行っているほか、オンライン機関誌等を通じて欧米諸国におけるテロの実行を呼び掛けるなど、AQ及びその関連組織は、依然として大きな脅威となっている。
② ISIL
ア ISILの台頭
AQ関連組織であったISILは、AQとの方針の違いから平成26年(2014年)にAQ中枢と決別した後、次々とその支配地域を広げ、イラクの首都バグダッドにも迫る勢いを見せた。さらに、ISIL指導者のアブ・バクル・バグダディがイスラム教の預言者ムハンマドの代理人(後継者)を意味するカリフを自称するとともに、イラクとシリアにまたがる地域にカリフ制国家である「イスラム国」の樹立を宣言した。
このようなISILの台頭を受けて、米国の呼び掛けにより、同年9月、欧米諸国等から成る「対ISIL有志連合」が結成され、同年8月から欧米や中東諸国がイラク及びシリアのISILの拠点に対する空爆等を行うなど、国際社会によるISILの壊滅に向けた取組が強化された。
イ ISILの世界各地への影響と現状
ISILの台頭を受けて、北・西アフリカ、東南アジア等世界各地の多数のイスラム過激派組織が、ISILに対する忠誠や支持を表明した。こうした組織の中には、かつてはAQへの支持を表明していたものも含まれており、その後ISILが自らの「州」だと主張しているものもある。
他方、ISILは、一時はイラク及びシリアにおいて広大な地域を支配していたものの、諸外国の支援を受けたイラク軍、シリア軍等の攻撃により、現在は両国における支配地域を失ったとされている。
しかし、ISILは依然として攻撃を行う能力を有しているとみられており、平成30年8月には、アブ・バクル・バグダディの声明が発出され、欧米諸国において攻撃を実行することはイラク及びシリアにおける活動と同等の価値があるなどとして、世界各地でテロを実行するよう改めて支持者に呼び掛けた。
このほかにも、ISILは、インターネットを積極的に活用して支持者に対する呼び掛けを行っている。例えば、声明やインフォグラフィック(注)を通じ、爆弾や銃器が入手できない場合には、刃物、車両等を用いてテロを実行するよう呼び掛けており、実際に、図表特2-5のとおり、刃物、車両等を用いたテロ事件が欧米諸国等で発生している。また、インターネット上において、新たなテロの手段として放火が掲げられているほか、テロの標的とすべき施設についても具体的に例示がなされている。
さらに、ISIL等の過激思想に影響を受けたとみられる者によるテロ事件が発生すると、オンライン機関誌等でこれらのテロ事件を称賛するとともに、効果的な作戦として推奨するなどして、更なるテロの実行を呼び掛けている。
注:情報を視覚に訴えるようなイメージ等を用いて分かりやすく表現したもの
③ テロ組織の我が国等に対する言及
ISILは、オンライン機関誌「ダービク」等において、我が国や邦人をテロの標的として繰り返し名指ししている。
AQについても、平成24年(2012年)5月に米国が公開したオサマ・ビンラディン殺害時の押収資料により、「韓国のような非イスラム国の米国権益に対する攻撃に力を注ぐべき」と同人が指摘していたことが明らかになった。また、米国で拘束中のAQ幹部の供述によれば、我が国に所在する米国大使館を破壊する計画等に関与したことも明らかになっている。こうした資料や供述は、米軍基地等の米国権益が多数存在する我が国に対するイスラム過激派組織によるテロの脅威の一端を明らかにしたものといえる。
④ 近年邦人が海外で被害に遭った主なテロ事件等
近年、邦人や我が国の関連施設等の権益がテロの標的となる事案等が現実に発生している。
ア 在アルジェリア邦人に対するテロ事件
平成25年(2013年)1月16日、アルジェリア東部のイナメナスにおいてガスプラント等が襲撃され、邦人を含む同プラントの職員多数が人質として拘束された。この事件は、アルジェリア軍による制圧作戦により、同月19日までに収束したが、邦人10人を含む40人が死亡した。この事件に対しては、イスラム武装組織「覆面部隊」の指導者であるモフタール・ベルモフタールが、インターネット上に犯行声明を発出した。
在アルジェリア邦人に対するテロ事件で、日本人犠牲者の遺体が納められた棺に花を供える関係者ら(時事)
イ シリアにおける邦人殺害テロ事件
平成27年(2015年)1月20日、平成26年(2014年)中にシリアにおいて行方不明となっていた邦人2人とみられる人物の動画がISILによりインターネット上に配信され、この動画の中でISILの構成員とみられる男が拘束された2邦人の身代金として2億ドルの支払いを要求した。ISILは、その後要求内容を変遷させたが、平成27年1月24日、拘束された邦人のうち1人が殺害されたとみられる画像を、同年2月1日、もう1人が殺害されたとみられる動画を、それぞれインターネット上に公開した。
ISILは、同動画の中で、日本政府を名指しして、今後も邦人をテロの標的とすることを示唆したほか、その後、オンライン機関誌「ダービク」において、同様に邦人への攻撃を示唆した。
ISILがインターネット上に配信している英語版オンライン機関誌「ダービク」
ウ チュニジアにおけるテロ事件
平成27年(2015年)3月18日、チュニジアの首都チュニスに所在するバルドー国立博物館において、武装グループが観光客を人質に立てこもる事件が発生した。発生から約3時間後に治安部隊の鎮圧により人質が解放されたが、邦人3人を含む22人が死亡したほか、邦人3人を含む42人が負傷した。この事件については、チュニジア政府がAQ関連組織の犯行であるとの見方を示す一方、ISILは、本件犯行がISILによるものであるという犯行声明を発出したほか、オンライン機関誌「ダービク」において、日本を含む「対ISIL有志連合」に参加している多くの国と国民を殺害し、苦しみを与えたことは成功であったと述べている。
チュニジアにおけるテロ事件の現場付近(EPA=時事)
エ バングラデシュ・ロングプールにおける邦人殺害事件
平成27年(2015年)10月3日、バングラデシュ・ロングプールにおいて、人力車に乗車していた邦人1人が銃撃を受けて死亡した。この事件については、「ISILバングラデシュ」を名のる者が、インターネット上で犯行声明を発出した。
オ バングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件
平成28年(2016年)7月1日、バングラデシュ・ダッカ市内において、武装グループがレストランを襲撃して、飲食客らを人質に立てこもる事件が発生した。発生から約12時間後に治安部隊の鎮圧により人質が解放されたが、邦人7人を含む20人の人質が死亡した。この事件についても、「ISILバングラデシュ」を名のる者が、インターネット上で犯行声明を発出した。
バングラデシュ・ダッカにおける襲撃テロ事件の現場付近(時事)
カ スリランカにおける連続爆弾テロ事件
平成31年(2019年)4月21日、スリランカ・コロンボ市内等に所在する複数のホテル、キリスト教会等において連続爆弾テロ事件が発生し、邦人1人を含む258人が死亡したほか、邦人4人を含む約500人が負傷した。この事件については、ISILがインターネット上で犯行声明を発出した。
スリランカにおける連続爆弾テロ事件の現場(NurPhoto)
⑤ ホームグローン・テロリストの脅威等
近年、欧米等の非イスラム諸国で生まれ又は育った者が、ISILやAQ等によるインターネット上のプロパガンダ等に影響されて過激化し、自らが居住する国やイスラム過激派が標的とする国の関連施設等の権益を狙ってテロを敢行するホームグローン・テロリストによる事件が数多く発生している。
我が国においても、ISIL関係者と連絡を取っていると称する者や、インターネット上でISILへの支持を表明する者が存在しているほか、過去にはICPO国際手配被疑者の不法入国事件(注)も発生しており、過激思想を介して緩やかにつながるイスラム過激派組織のネットワークが我が国にも及んでいることを示している。
これらの事情に鑑みれば、我が国に対するテロの脅威は継続しているといえる。
注:29頁参照
(3)近年のテロ情勢から見る特徴及び諸課題
近年のテロ情勢を俯瞰すると、次の特徴及び諸課題が見えてくる。
まず、近年のテロ情勢を特徴付けるものとして、イラク及びシリアに世界100か国以上から3万人以上が渡航したとされている外国人戦闘員(注)の存在が挙げられる。例えば、平成27年(2015年)11月のフランス・パリにおける同時多発テロ事件の実行犯や、平成28年(2016年)3月のベルギー・ブリュッセルにおける連続テロ事件の実行犯については、シリアへの渡航歴があるとされており、今後も、外国人戦闘員が母国又は第三国でテロを行うことなどが懸念されている。
イラク及びシリアにおけるISILの支配地域が失われたことにより、外国人戦闘員が両国に渡航する流れはほぼ停止し、イラク又はシリアから母国に帰国する外国人戦闘員の流れも、当初懸念されていたものと比較して緩やかであるとみられるものの、平成30年中には、両国からアフガニスタンに移動する外国人戦闘員の数が増えたとされているなど、外国人戦闘員の今後の動向については注視する必要がある。
一方、近年、欧米諸国で発生したテロ事件をみると、組織的なテロリスト集団による事件より、イラクやシリア等の紛争地域への渡航歴がなく、テロ組織等によるプロパガンダやイスラム過激派が敢行した過去の事件に影響を受けて過激化したとみられる個人による事件が多いという特徴もみられる。例えば、平成28年(2016年)6月に発生した米国・フロリダにおける銃乱射テロ事件の実行犯である米国人は、インターネット上の情報に影響を受けて過激化したとみられている。
ISILは、イラク及びシリアにおける支配地域を失う中、世界各地のイスラム教徒に対し、ISILが支配する地域への移住(ヒジュラ)よりも、自らが所在する場所でテロを行うよう呼び掛けており、そうした呼び掛けに呼応したホームグローン・テロリストの中には、過激化してからテロを実行するまでの期間が短い者もいるとされていることから、こうした脅威を速やかに探知し、未然防止することが必要となる。
さらに、近年、図表特2-5のとおり、刃物、車両等の入手が容易な凶器が用いられるテロ事件の発生が目立つことも特徴といえ、実際にISILは、声明、インフォグラフィック等により、爆弾や銃器が入手できない場合には、入手が容易な刃物、車両等を用いたテロを実行するよう呼び掛けている。この点、刃物、車両等については、爆弾や銃器と比べて規制が緩く入手が容易であることから、テロの準備段階においていかにその動向を探知し、未然防止するかが課題となっている。
また、我が国においても、市販の化学物質から爆発物が製造される事案や、3Dプリンタを使用して銃砲製造がなされる事案が発生しており、偽造身分証、3Dプリンタ、小型無人機、爆発物等原材料、情報通信技術等といったテロリスト等に悪用され得る科学技術等及びこれらを悪用する者を適切に把握することが求められている。
警察では、これら諸課題に対して、関係機関・団体等との連携及び情報収集・分析を強化し、テロの未然防止に向けた対策に万全を期す必要がある。
注:テロ行為を準備・計画・実行することやそのための訓練を受けることなどを目的として、居住国又は国籍国以外の国や地域に渡航する者
車両を用いたテロを呼び掛けるインフォグラフィック
(4)サイバー空間における脅威
① サイバーテロの脅威
インターネットが国民生活や社会経済活動に不可欠な社会基盤として定着する中で、社会機能を麻痺させる電子的攻撃であるサイバーテロ(注)の脅威は、国の治安や安全保障に影響を及ぼすおそれのある問題となっている。また、テロの対象となる施設への侵入等、物理的なテロの実行を容易にする目的でサイバーテロが行われるおそれもある。例えば、攻撃対象の施設の電気設備を使用不能にするために、電力会社の制御システムを機能不全に陥らせて電力供給を停止させることを企図したサイバーテロが行われることが想定される。
注:重要インフラ(情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス(地方公共団体を含む。)、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油の各分野における社会基盤)の基幹システム(国民生活又は社会経済活動に不可欠な役務の安定的な供給、公共の安全の確保等に重要な役割を果たすシステム)に対する電子的攻撃又は重要インフラの基幹システムにおける重大な障害で電子的攻撃による可能性が高いもの
② サイバーテロの発生状況
我が国では、社会的混乱が生じるようなサイバーテロは発生していないものの、海外では不正プログラムによって重要インフラ事業者等のシステムに機能不全を引き起こす事案が発生している。
CASE
平成27年(2015年)4月、フランスの国際放送局に対するサイバー攻撃により、同局の放送が一時的に停止した。また、同局の公式ウェブサイトや同局のSNSアカウントが一時的に乗っ取られ、ウェブサイトの改ざん等の被害が発生した。
CASE
平成27年(2015年)12月、ウクライナにおいて大規模な停電が発生した。ウクライナ政府は、同停電がサイバー攻撃によるものとした上で、同国の電力会社のうち1社がシステムへの不正な侵入を受け、30か所の変電所との通信を切断されたことにより、8万の顧客が停電の影響を受けたと発表した。また、平成28年(2016年)12月、これに関連するとみられるサイバー攻撃による停電が同国の首都・キエフ近郊で発生したと報道された。