第6章 公安の維持

第6章 公安の維持

第1節 外事情勢と諸対策

1 対日有害活動の動向と対策

北朝鮮、中国及びロシアは、様々な形で対日有害活動を行っており、警察では、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等を行っている。

(1)北朝鮮の動向

① 核・ミサイル開発をめぐる動向と対外情勢

北朝鮮は、核実験や様々な弾道ミサイル等の発射を行った平成29年(2017年)から一転して、平成30年(2018年)中、核実験やミサイルの発射を行わず、金正恩(キムジヨンウン)国務委員長兼朝鮮労働党委員長(以下「金正恩委員長」という。)による首脳外交を展開するとともに、内政面では経済建設に注力する姿勢を示した。

金正恩委員長は、同年1月に発表した新年の辞において、「国家核武力の完成」を前年の成果として誇示した上で、平昌冬季オリンピック競技大会の開催と北朝鮮「建国」70周年を捉え、韓国との関係改善の必要性を強調しており、同年2月には、同大会へ代表団が派遣された。また、同年4月に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第3回全員会議では、金正恩委員長は、核開発と経済建設を同時に行う「並進路線」に関する課題を貫徹したと宣言し、核実験及びICBM(注)級の弾道ミサイルの試験発射を中止すること並びに経済建設に注力することを決定した。こうした中、同年5月には、豊渓里(プンゲリ)の核実験場が爆破された。

金正恩委員長は、同年4月、3回目、11年ぶりとなる南北首脳会談を行い、文在寅(ムンジェイン)韓国大統領と共に「核のない朝鮮半島を実現する」ことを共通の目標とすることなどを盛り込んだ「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」に署名するなど、韓国との関係改善を急速に進めた。同年6月には、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が行われ、同会談後に発表された米朝首脳共同声明では、朝鮮半島の非核化に向けた北朝鮮側の意思が改めて確認された。しかし、北朝鮮は、米国が北朝鮮に対する制裁を解除しない限り、非核化を進める用意はないと主張しているのに対し、米国は、北朝鮮の非核化が実現するまでは制裁を解除しないことを明らかにしている。平成31年(2019年)2月には、ベトナム・ハノイで2回目の米朝首脳会談が行われたものの、双方の立場が折り合わず、合意に至らなかった。

こうした中で、北朝鮮は、令和元年(2019年)5月、2回にわたり「火力打撃訓練」を実施した。その際に北朝鮮が発射した飛翔体には短距離弾道ミサイルが含まれており、こうした短距離弾道ミサイルの発射は一連の国際連合安全保障理事会決議に違反するものである。しかし、北朝鮮は、これらの決議には拘束されないとの立場を改めて明らかにしている。

他方で、北朝鮮は、中国の習近平(しゆうきんぺい)総書記と平成30年中に3回の首脳会談を行うなど、中国、ロシア等とも積極的な外交を展開しており、中国やロシアは、北朝鮮に対する制裁の緩和を主張している。また、こうした中で、北朝鮮関連船舶による違法な洋上での物資の積替え(瀬取り)が行われるなど、制裁逃れを図る動向もみられている。

注:Intercontinental Ballistic Missile(大陸間弾道ミサイル)の略

 
史上初の首脳会談を行う金正恩委員長とトランプ・米国大統領(朝鮮通信=時事)
史上初の首脳会談を行う金正恩委員長とトランプ・米国大統領(朝鮮通信=時事)
② 我が国における諸工作

北朝鮮は、我が国においても、潜伏する工作員等を通じて活発に各種情報収集活動を行っているとみられる。

朝鮮総聯(れん)(注)の許宗萬(ホジヨンマン)議長は、平成30年5月の第24回全体大会で、金正恩委員長の指示に従って組織の強化や民族団結等を進める方針を示した。今後も朝鮮総聯は、北朝鮮との密接な関係を維持しながら、組織の引締めを行うとともに、我が国における親朝世論を形成するための活動等を行うものとみられる。

警察では、北朝鮮による我が国における諸工作に関する情報収集・分析に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしており、平成30年までに53件の北朝鮮関係の諜報事件を検挙している。

注:正式名称を在日本朝鮮人総聯合会という。

(2)中国の動向

① 中国国内の情勢等

平成30年(2018年)3月、第13期全国人民代表大会第1回会議が北京で開催され、14年ぶりに憲法が改正された。憲法前文には、毛沢東(もうたくとう)、鄧小平(とうしようへい)等の指導思想と並ぶ行動指針として、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が、胡錦濤(こきんとう)前総書記の「科学的発展観」と共に追加されたほか、習近平総書記が主張する「社会主義現代化強国の建設」や「中華民族の偉大な復興の実現」が盛り込まれた。また、国家主席と国家副主席の任期を最大で2期10年とする規定が撤廃されたほか、全ての公務員を摘発の対象とする「国家監察委員会」の設立に関する規定が追加された。

 
第13期全国人民代表大会の状況(UPI/アフロ)
第13期全国人民代表大会の状況(UPI/アフロ)

内政面では、同年10月、改正「中国共産党規律処分条例」が施行され、党内の言論統制及び党員の宗教活動の制限が強化された。習近平指導部は、「虎もハエもたたく」という大物幹部から末端の公務員まで取り締まる方針の下、引き続き反腐敗闘争を進めている。

外交面では、貿易政策等をめぐり、米国との関係が悪化した。米国は、同年7月以降、中国による技術移転の強要及び知的財産権の侵害を理由として、中国からの輸入品に対して追加関税を課しており、それに対し中国も対抗措置を講じている。今後、中国にとって最大の輸出先である米国が更なる追加措置を講じた場合には、景気が相当程度下押しされるなど、中国経済に影響を及ぼすものとみられる。

軍事面では、同年の国防費が約1兆1,070億元(前年比約8.3%増加)と公表されるなど、軍事力の増強が図られている。中国は、国防費の増加を背景に、軍事力の急速な近代化を進めており、新型水上艦艇等の増強を継続しているほか、航空戦力についても、第4世代戦闘機を着実に増加させるとともに、多種多様な軍用機を自国で開発・生産・配備している。

② 我が国との関係をめぐる動向

安倍首相は、平成30年5月、李克強(りこくきよう)首相と会談し、経済関係の強化や国民交流の促進等の方針で一致した。また、同年10月には、多数国間会議への出席を除き、日本の首相として約7年ぶりに訪中し、李克強首相及び習近平国家主席とそれぞれ会談を行った。李克強首相との会談では、日中関係を新たな段階に進めていくため、戦略的意思疎通の強化が重要との認識で一致し、幅広い分野で対話や交流を進めていくこととした。また、習近平国家主席との会談では、若い世代を中心とする国民交流を後押ししていくことなどで一致した。

 
10月の日中首脳会談(時事通信)
10月の日中首脳会談(時事通信)

一方、平成24年9月に日本政府が尖閣諸島の一部の島について所有権を取得して以降、中国公船は、荒天の日を除きほぼ毎日接続水域を航行しており、我が国の領海にも侵入を繰り返している。警察では、関係機関と連携しつつ、情勢に応じて部隊を編成し、不測の事態に備えている。

中国航空戦力も、平素から東シナ海で活発に活動しており、平成30年4月には、中国の偵察用無人機とみられる航空機1機が東シナ海を飛行した。また、同年5月には、爆撃機4機を含む中国軍機8機が、沖縄本島と宮古島の間を飛行した。

③ 我が国における諸工作等

中国は、諸外国において活発に情報収集活動を行っており、我が国においても、先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関等に研究者、技術者、留学生等を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で各種情報収集活動を行っているほか、政財官学等の関係者に対して積極的に働き掛けを行っているものとみられる。警察では、我が国の国益が損なわれることのないよう、平素からその動向を注視し、情報収集・分析等に努めるとともに、違法行為に対して厳正な取締りを行うこととしている。

(3)ロシアの動向

平成30年(2018年)中、日露間の対話は継続しており、同年5月にはロシア・モスクワ、同年9月にはロシア・ウラジオストク、同年11月にはシンガポール及び同年12月にはアルゼンチン・ブエノスアイレスと相次いで日露首脳会談を行った。同年11月の会談では、昭和31年(1956年)の日ソ共同宣言を基礎として平和条約の締結に向けた交渉を加速させることで一致したほか、平成30年(2018年)12月の会談では、両国の外務大臣を交渉の責任者とすることなどで一致した。

一方、ロシア情報機関は、世界各地において依然として活発に活動しており、米国は、同年7月、平成28年(2016年)の米国大統領選挙にサイバー攻撃を通じて不正に介入したなどとして、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の情報機関員12人を起訴したと発表した。また、平成30年(2018年)9月には、英国が、同年3月に元ロシア情報機関員らが神経剤「ノビチョク」で襲撃された事件をめぐり、GRUに所属するとされるロシア人2人の逮捕状を取得したと発表した。

ロシア情報機関は、我が国においても活発に情報収集活動を行っている。警察では、ソ連崩壊以降、平成30年までに9件の違法行為を摘発しており、今後もロシアの違法な情報収集活動により我が国の国益が損なわれることのないよう、厳正な取締りを行うこととしている。



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