第2章 生活安全の確保と犯罪捜査活動

第6節 警察捜査のための基盤整備

1 捜査力の強化

(1)捜査手法、取調べの高度化への取組

警察庁では、犯罪を的確に検挙し、良好な治安の維持に資するため、「捜査手法、取調べの高度化プログラム」に基づき、各種施策を推進している。また、平成28年6月には、取調べの録音・録画制度等を内容とする刑事訴訟法等の一部を改正する法律が公布されたことを受け、更なる証拠の収集方法の適正化及び多様化を図る必要があることも踏まえ、捜査手法、取調べの高度化への取組として以下の施策を推進している。

① 捜査手法の高度化の推進

警察庁では、取調べをめぐる環境の変化や科学技術の発達等に伴う犯罪の悪質化・巧妙化等に的確に対応し、客観証拠による的確な立証を図ることを可能とするため、DNA型鑑定及びDNA型データベースを効果的に活用するための取組を推進しているほか、証人保護プログラム等の新たな捜査手法の導入について検討を行っている。

② 取調べの高度化・適正化等の推進

警察庁では、取調べにおいて真実の供述を適正かつ効果的に得るための技術の在り方やその伝承方法について、時代に対応した改善を図るため、心理学的知見を取り入れた教本「取調べ(基礎編)」を作成し、「取調べ技術総合研究・研修センター」を設置しているほか、31年6月までに取調べの録音・録画制度が施行されることを見据え、従来から取り組んできた取調べの録音・録画の試行を一層拡充するなど、取調べの高度化・適正化等に向けた施策を推進している。

(2)初動捜査における客観証拠の収集

事件発生時には、迅速・的確な初動捜査を行い、犯人を現場やその周辺で逮捕し、又は現場の証拠物や目撃者の証言等を確保することが、犯人の特定や犯罪の立証、更には連続発生の防止のために極めて重要である。

都道府県警察では、機動的な初動捜査を行うため、機動捜査隊、機動鑑識隊(班)、現場科学検査班等を設置し、事件発生後、直ちに現場に臨場して迅速な客観証拠等の収集を徹底している。

また、犯人の検挙における防犯カメラ画像の有用性の高さが認識されているところ、防犯カメラ画像の中には、原記録が消去される可能性が高いものや、抽出等に技術的な困難を伴うものもあることから、防犯カメラ画像の抽出及び解析を支援する体制を整備するなどして、防犯カメラ画像の適切かつ確実な収集に努めている。

 
図表2-64 初動捜査態勢の整備と鑑識活動の徹底
図表2-64 初動捜査態勢の整備と鑑識活動の徹底

(3)国民からの情報提供の促進

警察では、犯罪捜査に不可欠な国民の理解と協力を得るため、国民に対し、都道府県警察のウェブサイトを活用して情報提供を呼び掛けるほか、様々な媒体を活用して、聞き込み捜査に対する協力、事件に関する情報の提供等を広く呼び掛けている。また、必要に応じ、被疑者の発見・検挙や犯罪の再発防止のため、被疑者の氏名等を広く一般に公表して捜査を行う公開捜査を行っている。

さらに、警察庁では、平成19年度から、国民からの情報提供を促進し、重要犯罪等の検挙を図ることを目的として、公的懸賞金制度である捜査特別報奨金制度を導入し、警察庁ウェブサイト(注)等で対象となる事件等について広報している。

注:https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/reward/index.html

(4)犯罪死の見逃し防止への取組

警察が取り扱った死体数(注1)は、平成29年中は約16万6,000体であった。

警察では、適正な死体取扱業務を推進して犯罪死の見逃しを防止するため、検視官(注2)の臨場率を向上させるとともに、死体取扱業務に携わる警察官に対する教育訓練の充実及び資機材の整備を行っている。

また、警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律に規定された調査、検査等の措置を的確に実施するとともに、必要な解剖の確実な実施に努めている。

注1:交通関係及び東日本大震災による死者を除く。

注2:原則として、刑事部門における10年以上の捜査経験又は捜査幹部として4年以上の強行犯捜査等の経験を有する警視の階級にある警察官で、警察大学校における法医専門研究科を修了した者から任用される死体取扱業務の専門家

 
図表2-65 死体取扱数及び検視官の臨場率の推移(平成20〜29年)
図表2-65 死体取扱数及び検視官の臨場率の推移(平成20〜29年)
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MEMO 検視体制等の充実

警察では、新任検視官等を対象に、大学法医学教室による講義、解剖への立会い等の研修を行っている。また、体液又は尿中の薬毒物の有無を確認することができる簡易検査キットや、検視官が現場に臨場することができない場合であっても、現場の映像等を送信し、検視官によるリアルタイムの確認を可能とする資機材の整備を行うなど、犯罪死の見逃しを防止するための検視体制等の充実を図っている。

 
大学法医学教室による研修の状況
大学法医学教室による研修の状況

(5)緻密で適正な捜査の徹底

警察では、「警察捜査における取調べ適正化指針」(注)に基づき、取調べの一層の適正化を図るための各種施策を推進している。

また、2年5月に栃木県足利市内において発生したいわゆる足利事件について、22年3月、再審公判において、無期懲役の刑に服していた男性に無罪判決が言い渡されたことなどを踏まえ、相手方の特性に応じた取調べ方法の指導・教育を行った上で、被疑者の供述と客観証拠・裏付け捜査等との関連の精査によって自白の信用性の十分な検討をするなど緻密で適正な捜査の一層の徹底を図っている。

さらに、警察捜査における捜査書類及び証拠品の適切な管理に努めている。

注:平成19年11月、警察捜査における取調べの一層の適正化を推進するため、国家公安委員会によって決定された「警察捜査における取調べの適正化について」に基づき、警察庁において、警察が当面取り組むべき施策を取りまとめたもの

① 的確な捜査指揮・管理の徹底

警察では、取調べに過度に依存することのない適正な捜査を推進するため、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の樹立、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、被疑者の特性や証拠資料等に基づく取調べの方法についての必要な指示、指導等を徹底するなど、捜査幹部による的確な捜査指揮に努めている。

② 各種教育訓練の実施

警察では、適正捜査に関する教育訓練の充実を図る取組の一環として、警察大学校、管区警察学校等において取調べ専科等を実施し、捜査員の取調べの適正化についての見識の醸成、取調べ等に関する具体的手法の習得等を図っている。

また、捜査幹部による入念な指導教育により、適正な取調べに向けた個々の捜査員の意識改革を図るとともに、より実践的な教育訓練や熟練した捜査員等による技能指導を行うなど、若手捜査員等の取調べ技能の向上に努めている。

 
取調べを想定した教育訓練
取調べを想定した教育訓練
③ 被疑者取調べ監督制度の実施

21年4月以降、取調べの一層の適正化に資するため、警察庁、警視庁及び道府県警察本部の総務又は警務部門に設置された被疑者取調べの監督業務を担当する所属の職員が、取調べの状況の確認、調査等必要な措置を行っている。

 
取調べ室の外部からの視認状況
取調べ室の外部からの視認状況

MEMO 適切な性犯罪捜査の推進

平成29年6月、第193回国会において、近年の性犯罪の実情等に鑑み、事案の実態に即した対処をするため、性犯罪の法定刑の見直し等を内容とする刑法の一部を改正する法律が成立し、同年7月に施行された。警察では、改正後の刑法を適正に運用し、捜査の過程において被害者が受ける精神的負担を少しでも軽減するため、被害者が望む性別の警察職員が被害者からの事情聴取に対応するなど、被害者の心情に配意した取組を推進している。

(6)捜査技能の組織的な伝承

近年、多くの捜査員が退職する一方、若い捜査員が多数任用され、急速な世代交代が進んでいる中、特に地域の治安に責任を持つ警察署においては、捜査経験が豊富な捜査員が減少しており、犯罪の捜査に必要不可欠な捜査技能の伝承が課題となっている。

従来、捜査技能については、先輩や上司のやり方を見習わせ、実際に何度も経験させてみるなど、捜査経験が豊富な捜査員と共同して捜査に当たるオンザジョブトレーニングの方法により伝承されてきた。しかし、捜査員の世代交代が急速に進んだことから、この方法のみでは捜査技能の伝承が困難となっており、警察では、体系的に捜査技能が伝承されるよう、組織的な取組を進めている。

① 新時代に対応した刑事捜査員等の育成

新たな捜査手法や最先端の科学技術を活用した捜査は、全ての捜査員が実際の事件で経験できるわけではない。他方で、こうした捜査手法等が必要となる事件は、時間や場所を問わず発生し得るものである。警察では、各捜査員の捜査技能の更なる向上を図るため、様々な教育訓練の場において、仮想の事件の模擬的な捜査を通じて、防犯カメラ画像、DNA型鑑定資料等の客観証拠の収集方法を含む様々な捜査手法全般を体験させるなどしている。

捜査幹部に対しては、警察大学校、管区警察局、管区警察学校等において教育訓練を行い、事件の全容を把握した上での適切な捜査方針の策定、事件の性質に応じた組織的捜査の推進、被疑者の特性に応じた適正な取調べの方法、裏付け捜査の徹底等の捜査運営等、捜査幹部としての職務に必要な知識及び技能の向上を図っている。

 
先輩捜査員による指導状況(足跡の採取)
先輩捜査員による指導状況(足跡の採取)
 
先輩捜査員による指導状況(指掌紋の採取)
先輩捜査員による指導状況(指掌紋の採取)
② 警察庁指定広域技能指導官制度

警察庁では、平成6年から警察庁指定広域技能指導官制度の運用を開始し、卓越した専門技能又は知識を有する警察職員を警察庁長官が指定し、その職員を警察全体の財産として、都道府県警察の枠を超えて広域的に指導官として活用している。

30年4月23日現在、全国警察において、182人の警察職員が情報分析、強行犯捜査、性犯罪捜査、窃盗犯捜査、薬物事犯捜査、鑑識等の各分野で広域技能指導官に指定され、各都道府県警察職員に対して警察活動上必要な助言や実践的指導を行うとともに、警察大学校、管区警察学校等において講義を実施している。

(7)犯罪インフラ対策の推進

① 犯罪インフラに関する取組

犯罪インフラとは、犯罪を助長し、又は容易にする基盤のことをいい、本人確認書類を偽造して携帯電話やクレジットカード等の契約をするなどその行為自体が犯罪となるもののほか、それ自体は合法であっても、特殊詐欺等の犯罪に悪用されている各種制度やサービス等がある。犯罪インフラは、あらゆる犯罪の分野で着々と構築され、犯罪組織等がこれを利用して各種犯罪を効率的に敢行するなど、治安に対する重大な脅威となっている。

警察では、犯罪インフラに関連する情報を広範に収集・分析し、関係事業者等との連携を強化することによって、犯罪インフラの解体等を図るとともに、関係事業者が提供するサービス等に関する捜査に必要な情報の適時・円滑な確保を可能にすることにより、迅速かつ的確な捜査に資する捜査環境(捜査インフラ)を構築するための取組を推進している。

警察庁においては、関係省庁及び事業者と連携し、技術の発展等に伴う新たな制度やサービス等が犯罪に悪用されることを防止・解消するための取組を推進している。

② 特殊詐欺等に悪用される携帯電話への対策

特殊詐欺等を実行する犯行グループには、自己への捜査を免れるためにレンタル携帯電話やMVNO(注)が提供する携帯電話を悪用する実態が認められる。

レンタル携帯電話事業者の中には、携帯電話不正利用防止法で定められた貸与時の本人確認を適切に行わないものや本人確認を全く行わないものが存在するとともに、犯行グループの手に渡るまでに複数の事業者が介在している場合もあるなど、レンタル携帯電話の実際の利用者を特定することが困難となっている。

また、MVNOに対して偽造した本人確認書類を提示したり、本人確認書類に記載された者になりすましたりして契約するなどの方法により、不正に取得された架空・他人名義の携帯電話が特殊詐欺等に悪用されている。

このような状況に鑑み、警察では、本人確認が適切に行われなかった携帯電話について、携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否がなされるよう携帯電話事業者に情報提供を行うとともに、悪質なレンタル携帯電話事業者を検挙するなど、犯罪に悪用される携帯電話への対策を推進している。

注:Mobile Virtual Network Operatorの略。自ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業者

 
図表2-66 携帯電話事業者における携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否の仕組み
図表2-66 携帯電話事業者における携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否の仕組み


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